サムライ・フジヤマ・ストレンジャー
薄暗い通路を黒い具足をつけた鎧武者が静かに進む。
黒い兜からはクワガタのように二本の角が天を突く形で生え鈍い銀色の光を放つ。
男の顔を覆う面具にべっとりと付いた血がしたたり落ちる。
石造りのいささか広い通路は、明かりがなく闇が延々と続く。
男の頭上には鬼火がゆらめき、その微かな明かりだけを頼りに足を進める。
鬼火の不確かな明かりは死角を生む。
しかし、そこから飛び出してくる異形の物を男は右手に持った業物の刀で斬り伏せていく。
刀が血を求めているかの様に、目の前の異形の物を全て斬った。
男もまた渇き飢えていた。
刀を振るうたびに渇きが大きくなった。
泥のような水をすすり、異形の物の血肉をむさぼり進む姿は端から見れば、男こそ異形の物だったろう。
どれほど進んだのか、まっすぐ何かに吸いよせられる様に歩く。
その歩みがついに止まる。
通路の終点は大きなホールになっていた。
天井は高く、眩しい程の光が降り注ぐ。
その中央には骸骨が鎮座していた。
まるで男を待っていたかのように、骸骨は顔を上げ男の方を一瞥するとカタカタと音をならしながら立ち上がる。
骸骨の手には両刃の長剣、左手には丸い木製の盾が握られる。
あとは全身白い骨。
男はゆっくりとした動作で骸骨剣士の前まで進む。
それまでとは打って変わって音もなく、骸骨剣士は淀みない動作で剣を構える。
男は刀を高くかかげ上段の構えをとる。
「いざ、尋常に」
男の声に反応して、頭蓋骨の空洞になった眼に青白いおぼろげな光がともる。
「勝負!」
先に動いたのは骸骨剣士の方だった。
正面に構えた長剣がまるで矢のようにまっすぐ男の顔めがけて飛んでくる。
常人ならざる鋭い突き。
これを男は一歩踏み込み紙一重でかわす。顔の横を鋭い刃が衝撃をともなって通り過ぎる。
上段から振り下ろされる刀が、骸骨剣士の左肩から袈裟懸けに斬りつける。
勝負は一瞬だった。
ボッという音とともに骸骨剣士は燃え、灰になって消える。
あとに残されたのは灰の山と骸骨剣士の装備。
もはや男に飢えも渇きもなかった。
◇◇◇
どれほどそうしていたのか。
一瞬のようで永遠に感じる。
鎧武者はぼんやりと灰の山を見つめていた。
かすかな空気の流れを感じ振り向き様に刀をかまえる。
小柄な男が驚いた表情で両の手をあげていた。
「いや、その…… オレは、えっと」
しどろもどろの小柄な男を一瞥すると構えた刀を鞘に納める。
それまでの張詰める殺気が消え小柄な男はヨロヨロとへたりこんだ。
「はあ…… しょんべんちびるかと思ったぜ」
額の汗を拭い、立ち上がると軽い調子で話しかけてくる。
「ここには旦那だけですかい? たぶんボス部屋だと思うんだが、何かいませんでしたか?」
「骨がおったが」
鎧武者が短く返事をし、わずかに体を反らし灰の山をみせる。
「斬り伏せたら燃えて灰になった」
「骨? スケルトンソルジャーか。いやロングソードとラウンドシールド装備だとスケルトンナイトだな」
灰の山に埋もれる長剣と丸盾をめざとく見つけ、小柄な男は顎に手を当て片目をつぶる。
「ところで旦那。そのロングソードなんですがね」
言い切る前に鎧武者が長剣を蹴って寄越す。
「ちょいと見せて……」
「すきに致せ。我には無用ぞ」
「こりゃどうも」
骸骨剣士の長剣は一見なんの変哲もない鉄製の両刃の直剣だが、柄の部分に魔石がはめこまれたユニークアイテムだった。
なにがしかの魔術付与がなされている。
しっかりと鑑定できたわけではないが、少なくともこの魔石だけでもそこそこの値で売れる。
小柄な男は思わぬ収穫にほくそ笑んだ。
「そうだ旦那。ここであったのも何かの縁だ」
灰の中から丸盾も取り出し吟味する。
こちらも中央に金属製の枠で縁取られた魔石がはめられている。装備の上等さからスケルトンナイトではなくスパルトイの可能性がある。
もしスパルトイを一人で倒したというなら、このヘンテコな鎧姿の御仁はかなりの手練れと言える。
一瞬のもの思いをおくびにも出さず、相変わらずの軽い口調で鎧武者に話しかける。
「オレはスカウトのレニーってんで」
革の手袋についた灰をはたき右手をだして挨拶する。
だされた右手を一瞥だけして鎧武者は低い声で名を告げた。
「藤山直政」
レニーは出した手をプラプラさせてから頭をかいた。
「フジヤマナオマサの旦那」
「フジヤマでよい」
「じゃあフジヤマの旦那。もう探索は終わりですかい?」
「探索?」
「あれ? 旦那は冒険者じゃないんですか?」
「いや」
「まあ、どっちにしろここで行き止まりみたいなんで、戻るしかなさそうですけどね」
レニーが入ってきた通路に目をやる。
と同時に直政は刀を構えていた。
「あっ! いや、おそらくオレの同業者ですよ」
通路から響いてくる足音に気づいたレニーが答える。
「チッ! 新しく通路が見つかったからってわざわざこんな初級ダンジョンに来たってのに、なんにもねえじゃねえか」
「頭ッ! あれ」
「リーダーって呼べっていつも言ってんだろうが。ああ、レニーじゃねえか、まだくたばってなかったのか」
通路から出てくるなり大声でしゃべりだす一団。
頭と呼ばれたのは中央で腕を組むスキンヘッドの大男。
その右脇を手足の長いひょろっとした目つきの鋭い男。
少し下がった左脇にいるフードで顔を隠した人物。
「チッ、いやなのに当たっちまった」
レニーの舌打ちにスキンヘッドの大男が睨みつける。
「ああ、聞こえてんぞ!」
スキンヘッドを赤く染めて大男が背中に担いでいた大剣を構える。
そう言うが大男が睨み付けるのはレニーではなく直政であった。
直政は未だ構えを解いていない。
一触即発か。
ピリピリとした空気にレニーがたじろぐ。
しかし、直政は大男の大剣ではなくホールの上部、天井をにらみ気を吐く。
「くるぞっ!」
直政の一喝に全員が頭上の気配に意識が向かう。
黒い塊が雹のように降り注ぐ。
ガシャンガシャンと金属の山が崩れるような音が辺りに響く。
三人組の一人、フードの人物からしわがれた声が漏れる。
「……デスナイト」
頭上から振ってきた黒い塊が一人でに集まりまとまる。
そして人型に組み上がると黒いもやのようなものに覆われた甲冑騎士が現れ長剣を構える。
「頭ぁ! ヤバいっすよ」
「うろたえんなッ! ここは初級ダンジョンだぞ! デスナイトなんているわけねぇ。見掛け倒しに決まってる」
そう言うスキンヘッドだが額からは嫌な汗が流れていた。
禍々しいまでの黒い甲冑から溢れ出るもやに闇のオーラでもまとっているかの様で、レニーの奥歯はカタカタとふるえだしていた。
直政は全身に走る怖気にしばらく忘れていたモノを思い出す。
そして一歩前に出る。
「殿は我に任せよ。逃げる隙くらいは作れよう」
「チッ、レニーいくぞッ」
「だ、だ、だんな!?」
「行け」
先ほどと変わらず、平坦でそれでいて力強い声。
「レニーッ!」
スキンヘッドの男にせかされ、レニーは笑う膝に喝を入れ通路に向って走り出す。
デスナイトは剣を構えたまま動く気配はない。
「いざッ! 尋常に」
四人がホールを出るのを見計らい直政は上段の構えをとる。
「勝負!」
タイトルは迷ったのですが、バイオ4の武器商人がレオンのこと「stranger」と呼ぶのでこうなりました