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2章 空視の代償

授業が終わっても尚、彼女の中にある複雑な心境は消えること無く、そのまま残っていた。

明日にでもなれば、アイツらはきっとユイトを虐める、そうに違いない…と言う恐ろしさを胸にして、何処か悲しんでいたのだ。

彼女は純粋な心で、人を泣かせる事を全くして厭わない彼らの心境を全く以て理解出来なかった。

しかし大妖精は、そんな葛藤について悩んでいたが為に帰りの準備が遅れていた彼女を待っていた。


「……チルノちゃん」


「大ちゃん、今準備を終わらせるから……」


彼女は素早く身支度を終え、帰りの準備を颯爽と終わらせる。

既に辺りは夕日が沈みかけている頃で、遠く烏が高鳴きしては橙の情景を髣髴とさせている。

彼女は待っていた友人の元へ急いでは、遅れた事を詫びる。

だが、友人は分かっていた。彼女が自分自身の正義と守れない悔しさの狭間で苦しんでいるのを。


「……えへへ、今終わったから。待っててくれてありがと」


「チルノちゃん、私…今日の朝、チルノちゃんを助けられなかった…」


彼女もまた、自分が如何に臆病な性質であることを悔やんでいたのである。

小さく溜息を吐いては、彼女が決して後ろに引かない姿勢を傍観していた過去を呪っていたのだ。

大妖精もチルノの考えには賛同していたが、彼女にあって自分には無い勇気と言うモノが欠けており、立ち上がる事が出来ない。

自己の姿に恐ろしさを思い、そして悲しく感じていた。


「……いいんだ。あれは私の問題だし、大ちゃんを巻き込んで悪かったよ」


「チルノちゃん…。……ユイトくんの件、なんだけどさ。…何でユイトくんは虐められてるのかな」


「…アイツは、幼い時から可哀想な奴でさ」


チルノは大妖精にそう聞かれた時、初めて彼と出会った時の事を思い出した。

今とは違って、桜が満開な春のお話。多くの人々が花見を楽しんでいた時、1人淋しく佇んでいた小さな男の子を彼女は見つけた。

彼女はその時、友人たちとかくれんぼ遊びをしていたが、チルノは鬼であったが為に色んな個所を捜していた。其の最中の話だ。

他の人たちとは違って、何処か浮いていたような存在。しかし孤独で、笑ったり楽しんだりしている人々とは対照的に下を俯き、この世に失望したかのような立ち振る舞いを見せていた。

彼女は最初、どうでもよさそうに振舞おうとしたが、やっぱり見過ごせなかった。

良心では無い、彼女の優しさと言うものが、そんな小さな彼に手を差し伸べた。彼が寺子屋に通い始めたのは、つい最近の話だ。しかし、虐めといい彼に辛く当たる世俗にチルノは疲弊していた。


「…桜が満開で、みんなが祭りだって言う時に1人淋しく居るんだ」


「そうだったんだ…」


大妖精は何処か感心したと同時、ユイトの不憫さを憐れんでいた。

しかしチルノは夕焼けの下へ歩もうとする。もうその話はしたくないと言わんばかりに。


「…今日は博麗神社で飲み会だからさ、大ちゃんも早く行こうよ!ルーミアちゃんたちも、きっと其処にいると思うよ!」


「う、うん……」


大妖精は明るく振る舞うチルノの意見に賛同し、彼女の後ろをついて行った。

しかし、本当は分かっていた。一番辛い思いをしていたのは、紛うこと無きユイトであった事を。

そして、其れを見て見ぬフリが出来ない体質の彼女もまた、自分の非力さを最も呪い、最も蔑み、最も懺悔していた事を。

明るく振る舞う事、其れが彼女にとって唯一の逃避方法なのかもしれない。


◆◆◆


彼女が大妖精と喋りながら家路を歩いていた時は既に夜も更け、人里は一層賑わいの色を見せるものだ。

多くの村人が仲良い人同士でつるみ合い、酒やつまみを片手に日ごろの仕事の欝憤を晴らす。

彼女たちは騒がしくなった夜の頃合い、静かに歩んでいく。

やがて彼女たちは遠く、神社の朧げな鳥居が見えたと思えば、其処は事前に聞いていた祭り会場であった。

この日、博麗神社では彼女の知り合いが多く揃っては色々会話したり遊んだりし合う飲み会が行われる期日であった。

既に友人は其処にいるだろうと早合点した2人は、やたら騒がしい境内へ足を踏み入れた。

中では多くの存物が入り混じって、最早彼女たちにはどうしようもない光景が広がっていた。酒の空き瓶が至る所で転がり、飲み潰れた連中があちこちで傍若無人に寝転がっている。

予測はしていた情景であれ、溜息を少しばかり吐くや、2人は会場へ入った。


中では博麗神社の巫女にして飲み会の主宰である霊夢を始めとして、多くの人たちが笑ったり話したり等している。

その中で彼女たちは友人たちの姿を見つけた。友人たちは友人たちでグループを形成しており、遅れた2人を見つけては喜んで入れてくれた。

既に酔い潰れているルーミアは顔を仄かに紅く染めては酔っていた。そんな彼女を介抱しながらも、会話を楽しんだ。


大妖精はルーミア達と会話を賞翫し、笑顔を浮かべているが、どうもチルノはそれどころでは無かった。

彼女が帰った時には既に姿を消していたユイトの、何処か心配する感情が高ぶって、今は何をしているだろうか、今はどうしているだろうかと言う問いかけが無限に生まれて仕方ないのだ。

この、楽しき場でも彼女は愉悦に浸れないジレンマを感じ、何処か悲しくさえも思えた。しかし、そんな己の驕傲の羞恥心よりも、何処かユイトの事を思えば果てしなく、ただ無常の海が広がっていただけなのだ。


すると柱に靠れ掛かるようにして立つ、黒いマントを羽織るは性、狷介にして一切の交わりを蒙る事を虚ろに、黒洞々たる服を纏う男が居た。

その男は寄りかかった状態で目を瞑っており、寝ているようにも捉えられる。

彼女はグループの中、其れを見た。その男は飲み会の中でも一層目立つ立場で、服装も他と変わっているからにおかしく思った。

だが更に不思議なのは、誰もそんな男に見向きもせず、会話に夢中になっている点だ。事実、彼を知ったように振る舞っていた阿誰は見受けられない。

来たばかりの彼女でさえすぐに気づけるのに、さぞいないかのように振る舞う。彼女は怪訝な顔を浮かべ、其れを友人に問いてみることにした。

会話に夢中になっており、笑顔が全面的に見える大妖精の肩を人差し指で幾度か突くと、すぐさま彼女は反応してくれた。


「大ちゃん、あの人って一体…」


「チルノちゃん、何言ってんの?誰もいないよ」


男が寄りかかっている柱を指で差すも、大妖精は笑ってチルノの問いを不可思議に思った。

他の友人にも誰もいないことへ箔を付け、大妖精の解をこれぞもって真のものとし、更にチルノの思惑は深くなった。

この、非現実たる存在に自分だけが気づけているのか。漆黒を主とする男は一体何者なのか、彼女は竟に考えを極致に至らせた。


「―――あんた、誰?………あたいはチルノって言うんだ!」


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