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LETISGEAR OVERTECHNOLOGY TOHO FANTASY   作者: PHIOW BJIJ LHJIJ LJIJ
律城世界メタトロン編
34/45

31章 漂白された空白

「僕さぁ……単に君と会話したかっただけなんだよねぇ」


右手を服の内ポケットに突っ込み、片方だけ填めた手袋を付ける左手だけを見せる彼は、何処かおどろおどろしい佇まいを見せていた。不気味な感覚が否めないのだ。

そんな彼の先に居たのは、大鎌を後ろ手に持つ1人の少女であった。しかし彼女は涙腺をうっすらと描いており、明らかな不安感情を抱いているのは明白だ。しかし話しかける彼は其れさえ潔しとしてしまう。


「な、何が目的なの。貴方の思索の偏向性が全く掴めない」


「掴む必要なんて無いよ。時間のムダだよ、ムダ」彼は簡単にあしらった。「そもそも、僕が幻想郷を離れて律城世界で暴れてる原因はキミにあったんだよ。―――オラクル・メア」


「私の名を呼ばないで」彼女は冷たく言うも、彼はつまらなそうな顔立ちさえ浮かべない。


「悲しいな。僕はレティスギアとか言う表立ちだけの組織を立ち上げたのは、イ・ゼルファーである君を呼ぶためであったのに。君が此の三世界のあちこちを見廻ってる事実を知ったから、だけど。

そもそも、君自身が"未だに"希望を抱いていることに一驚を馳せているよ。神様なんだから、そこら辺の見極めは出来てるって思ってたけどね」


彼は更に彼女に言い寄った。対して身長差は存在しないのに、メアにとって彼は巨人のように思えた。

ただ話しているだけなのに、身体を漆黒で纏わっているような闇を、感じずにはいられなかったのだ。

そんな彼女の想いなぞどうでもよく、全く知らん顔に彼は言い詰める。一種の恐ろしさを伴わせた、徐な口調はまるで宵闇の中で光る鋭い眼光のようであった。


「こう見えても、一応は神話を齧ってるんだ」彼は続ける。「だからこそ、会いたかった」


すると彼女は、急に大鎌を彼に向かって大きく振りかぶった。唐突な攻撃に彼は腰を抜かすも、辛うじて攻撃を躱す。彼女は明らかな悪寒感情を露わにした睥睨を見せている。

しかし彼は静かに下を俯くや、ポケットに突っ込んでいた右手を咄嗟に取り出しては、武器を構える彼女に向けて手のひらを差し伸ばしたのだ。するとどうだろう、忽ち彼女に向けて深紅の剣―――太刀、大剣、短刀、それこそ多様性に満ちた赤の武器が先を向けて現れたのだ。空中に浮かぶ幾多の武器は、魔法か何かで突然姿を見せつけては、彼女に敵意を差し向けた。

彼女は沈黙し、尻餅を付いた。そして目を丸くしては彼をたじろいで見た。


「危ないよ~」ふざけては彼女を眼下に収める表とは裏腹に、その内心は血のように染めあがった気の悪い物である事を感じさせる。「死ぬとこだったよ」


「何が"死ぬとこだった"、なのよ……貴方、一体私に何の目的があるの!?」


「そうだね、話は早い方がいい」彼は魔法か何かの力で動かしていた深紅の武器の多くを、すぐさま空気に溶かしては消してしまった。彼女の顔に安堵が戻る。「君自身の本音を聞きたいと思って、さ」


「本音?」


「そう、本音。―――今の、この世界に対して思うことだよ。三世界を管理する神様として」


「そんな事を聞いて…何をするつもりなの」


「質問を質問で返すのは不文律じゃない?」彼はやっぱり薄笑いを止めない。「それに、何をするかは僕の自由。リベラル性に欠けてたら人生つまんないよ」


「貴方ね…」彼女は全霊を以て、彼の不穏性を感じ取っていた。「何が目的なのよ、本当に」


「まあ、そこまで聞くなら仕方ない。答えましょうかね」彼はぶっきらぼうに答えた。いい加減さが滲み出ており、狂悖さえも醸し出す。「僕は貴方たちイ・ゼルファーとは別のやり方で、世界を救済したい」


「救済?何を言うかと思ったら戯言なのね…」


「戯言、そう一笑に付してしまう前に弁明をさせて頂きますよ。僕は貴方とは違い、神性も透過性も持たない、只の人間。貴方はイ・ゼルファーとして此の世界の全てを知っている、その、一種の"見通し"が、遍く『恩寵』として思想を根付かせた。事実、貴方は全てを知っていて、この世界の行く末を案じている」


彼は懐からメモ帳を取り出すや、雑にとある一枚を引きちぎっては彼女に見せつけた。

幾筋もの線がうっすらと描かれたメモ書きには、彼が降誕聖書やその他さまざまな著書で得たイ・ゼルファーの情報を纏めたものが書き留められていた。それは熱心と言うより他は無い。

彼は自慢げに鼻を高くする事もなく、ただ彼女を見据えるだけであった。


「だから言ったでしょ?神話は齧っている、と」


「何処で調べたかは聞く余地も無いけど、よく知ってるわね。その努力は称賛するわ」


「神様直々に称賛を頂くとは、こりゃまた有難い話だ」彼は、言った。「だが、今のイ・ゼルファーの体系では世界は破滅に導かれるのを待つだけだ」


「イ・ゼルファーを全否定、と。一種のプロテスタンティズムを感じさせるわね」


「全否定なんて事はしていませんよ。貴方がた神様は、三世界の礎とも言えるべきハルト・デリートやアバタール・ネットワークを作り上げた。腹蔵なく、僕は尊敬しているさ。

だけど、貴方がたがどうして我々人間を生み出したのか、それが未だに理解出来ない。遵守するまでもない、倫理や秩序の欠けた愚衆を作り出すことさえ、非合理性に思うけどね」


「それは私の祖先に聞いてほしいわね。私はあくまでイ・ゼルファーとしての仕事を果たしてるだけよ」


「そう、イ・ゼルファーは我々人間と対して生没に大差ない。そこが僕の驚いた点でもあった。

能力以外を除いては、我々人間と何ら差が無い。それはもはや、第三次世界で生まれた人間のようなものであると思うけどね。

―――だからこそ、イ・ゼルファーに頼り切った平和は、そのイ・ゼルファーに都合のいい平和だと、僕は考えたワケさ。何故なら、そこにあるのは非現実性でも究極性でも真理性でも無い、ただの人間だ」


彼はイ・ゼルファーとしての彼女では無く、ただ超能力を持った一人の人間としての彼女を尊敬していたのかもしれない。そこに在った、たった一筋の温かさは不器用であり、現実臭い。

リアリズムに満ちた彼の発言を、一種の軽侮に見た彼女は喧嘩を売られたように思えた。構え直した大きな鎌を片手に、彼の発言の意図を問う。睨みつけるような彼女の視線の先は、穴が空きそうな程であった。


「私を人間扱いするって言うのかしらね。イ・ゼルファーも甘く見られたものだわ」


「じゃあ、君はイ・ゼルファーとしての職務を果たす上で、これっぽっちでも人間にその尊厳を見せることが出来たかい?―――"君自身"としての、話だよ」


目の前の彼女の額を、自身の手袋を填めた手の人差し指で押し当てながら、彼は言葉を続ける。


「イ・ゼルファーとしての自尊心に駆られ、溺れ、過去の栄光を照らしている神様が、そんな尊厳なんて持ち合わせていないと思うけどね。代々受け継いだ神理性たるもの以外を排除すれば、そこにあるのは只の人間の残骸だ。その神理性たるものも、今の僕が思うに存亡が掛かっている」


「私としての尊厳が無いって言いたいのかしら?別に私の事を馬鹿にしてくれては構わないわ、しかし貴方の論述と世界の破滅、どう因果性があるのかしらね?」


「自己への恍惚は、時として破滅を導く」彼はふざけた笑みを消し、彼女を真顔で睨みつけた。「貴方はイ・ゼルファーとしての勤務を果たしているが、いざとなって其の神理性を発揮できるかどうかを僕は憂えてるんだ。杞憂と一笑に付すのなら、それは愚か者だ」


彼は口調を強め、怒りの一面を顕現させたかのように思えた。

しかし、顔は睥睨の色しか浮かんでおらず、全く他の表情を見せようともしない。ポーカーフェイスのような彼の佇まいは、更なる不穏の闇を覆わせる。


「何が相対的に僕の発言を行わせたか?―――"アセンション・アーク"だよ」


「アセンション・アーク……」


「そう。―――人間の限界突破、アセンション・アーク。選ばれし者のみに与えられた、真なる力。それは一天四海を統べ、遍く普遍性を根本から変える力を持つ。…降誕聖書の一文から引っ張ってきたよ。

しかし、降誕聖書によればアセンション・アークはあくまで神話上の話だ。それが今や現実のものと為った、つまり人間の中で一天四海を統べる力を得た者が現れるようになった」


彼はさらに話を続ける。「何が我々に力を与えたのか?我々人間はアセンション・アークと言う一種の怪奇的で幻想的な力を得た事によって、この三世界の管理者として統轄するイ・ゼルファーとしての尊厳を低く見るようになった。しかし其れは慢心した人間の浅はかさでは無く、イ・ゼルファーとしての弱さも露呈することとなった。そして其れは、元来人間の持つ狂気と言うものを盛り上げる糧になった」


彼の威勢に、彼女は押し黙ってしまっていた。まるで人々を洗脳するかのような巧みな話術を用いてるような彼の話し方は決して居心地の良い物では無く、沈黙を以て彼を制しようと考えた彼女は口を閉じたままでいた。真面目な目つきの彼が言う、一つの"尊厳"はイ・ゼルファーが喪失した真実の栄光を傷口として抉っているようで、妬み深そうな彼の一面が露わになった気もさせる。


「沈黙を張られていては僕の話す意味が無くなる。簡潔に言おう、僕自身が世界を変えるんだ」


「―――貴方が、どうやって?」


「三世界融合さ」


フッ、と細かな笑みを口にした彼の発言は、彼女を恐怖で染めるに充分であった。

統括者としての意味を無くそうとする彼の羨望は、残酷さと狂気で満ちているとすぐに判断出来た。彼女は大鎌をすぐに震えるよう構えながらも、彼の発言の真意を問い質そうとする。

しかし、武器を構える彼女を物騒だと扱うような眼差しを向ける彼は、両手を広げては演説口調で答えた。


「三世界融合……何をしでかすつもりなの」


「しでかす、とは悪者扱いみたいで御免だね。僕は正義の代弁者、と言ってほしいね。

最早、君が三世界を統轄していたところで蒼穹而戦争のような紛争は発生し、誰彼が幸せになれる事は決してない。僕が三世界を全て融合し、一から世界を作り直す。

そうすれば、人々はお互い至近で感じ合うようになる。此処で僕がイ・ゼルファーにとって代わった"監視者"となり、パノプティコンのように世界を見張るんだ。リヴァイアサンのように。

なれば世界は似非でも平和を織り成すことが可能だ。みんなが僕と言う存在に怯え、意地でも笑うようになる。争いもなくなるだろう。何故なら彼ら彼女らに逃げ道は無い。世界は融合され、統合世界と言う監獄に変遷したのだから」


彼は一切の感情を捨て、投げるように発言した。「僕はパーフェクト・ワールドの神となる」


「その通りです、ユイトさん」


彼の発言を肯定する意見が、突発的に飛んできた。彼女は声のした方向を向くが、其処には彼よりも身長が一段と高い、黒服を纏った若い青年の姿が在った。

ユイトはそんな彼の登場に何も思わずして、彼女に紹介を行った。


「―――メアさん、彼は我々レティスギアの広報部で活躍するアンラ・マンユさんだ。

マンユさんは僕の思想を積極的に受け止めてくれるからね。否、解条主義フォノニズムとはまた別の、"零神主義レティスギアズム"たるものの賛同者だ」


零神主義レティスギアズム……」彼女は沈黙した。


「ユイトさんの仰ることは間違ってはいません。私の家族は戦争で失いました、その悲劇を今や忘れられようとして、しかも第二次蒼穹而戦争を起こそうとする此の世界に未来はありません。

新たなる神の誕生を、私は全力を以て支援していくつもりです。やらない善よりやる偽善ですから」


「そんな彼も、はたまた僕も、零神主義レティスギアズムを裏付ける特殊能力がある。それはメタモルフォーゼ、特殊変異だ。僕らには人間を超えた力を得た。だから神に挑むのさ」


「メタモルフォーゼ?アセンション・アークとは違うのかしら?」


「メタモルフォーゼは、僕ら人間が『人間』と言う身体を脱皮し、もう一つの『存在』になる力。謂うべくして特殊変異、間違ってはいないだろう?無論、僕もマンユもメタモルフォーゼは出来る」


彼は再びふざけた笑顔を浮かべては、左手を懐に突っ込んだ。


「―――話が出来て嬉しかったよ、メア。帰って作戦を練るなりイ・ゼルファーとしての神性を以てして我々を排除してみたらどうだい?…その時は、零神主義レティスギアズムを掲げ、メタモルフォーゼやアセンション・アークを以て、人間の力を使うまでだ。

最後に一つ、僕の名は上崎ユイト。君の次に列聖される事を願っているよ。此の世界にある情け深さと言うものの体現、さしずめ世界の意思を代弁する者として、虚ろで厳守的な人格を描くつもりでさ」


◆◆◆


チルノたちを乗せた白のワゴンは、セトやカイアスが居るであろう王家の城へとやって来た。

改めて見るに、荘厳に築かれた一種の建築は正しく歴史的建造物とも言うべきもので、中世ヨーロッパのような街並みを傘下に、山のように重厚感を以て存在していた。

メタトロンと言う魔法世界の中で、一際異端な白ワゴンはそのまま街中の物陰、太陽の日差しが入りこまない裏路地に停車させるや、4人は降り立った。


「今から城に乗り込む。が、相手は素直に歓迎はしてくれないのは知っての通りだ。戦いは避けられないだろう。セト臨時独裁官率いるアルファオメガの連中、そしてクーデターを起こしたフィリキア陣営。どいつもこいつも貪欲に満ちていやがる。私たち第三勢力が疎外されてる気がする位だ。

現在、城の中にはクーデター陣営の本陣、フィリキアと服属のメイド長ことミリエルが奥に居るはずだ。どうも騒がしいと思えばコレだ」


シエルは指を差し、3人に示した。

壮大に構える城からは白煙が幾筋か天に昇って行くのが分かる。明らかに戦闘が発生していることが示唆されているのだ。シエルは静かに溜息を吐いては、3人の方を向きなおした。


「アルファオメガの連中―――セトとカイアスは、同士のアリスノート様の拿捕をしたフィリキアとの戦闘をしているようだな。しかしアリスノート様、お心持は?」


「今や私の心は一つ、簡単に左右はされない不動の意思です。過去の自分への贖罪を果たすために、貴方たちに付いて行く。もうアルファオメガ陣営には絶対付きませんから、ね?」


「昔とはお変わりなさったな。私も嬉しい限りです」


彼はアリスノートの意思を聞いては安堵し、少しだけ笑顔を浮かべた。

戦乱へと入って行く中、唯一して安心が得られた時に起こる、希望を含有した笑みだ。

その笑みに、チルノもつられていた。絶望にひし暮れた世界の中、どんなに闇が覆おうと必死に足掻こうとする姿勢に、彼女も賛同していたのだ。


「―――あたいね、もう後悔はしないよ。世界を守るためなら、仕方ないもんね!」


「その通り、偽善家と言われてでも、自分の思う善を全うすればいい。果たさない現実論より果たす理想論の方が何倍も合理的だ。行くぞ、大混戦になるが……やるしかない」


そう彼が言った時、4人は勇ましい佇まいと共に、そのまま城までの道を歩いて行ったのである。


◆◆◆


「まさかお帰りになってたとは。フィリキア様、今回は随分ご勝手な判断を致した様でして」


最初からセトは苛立ち気味だ。同胞であったアリスノートを、これまた別の私怨によってクーデターを起こして彼女を束縛したフィリキアに好感を抱けるはずもなく、二つある玉座のうちの一つに腰かけていた彼女の元に便宜院の兵士たちと共に、両手をポケットに突っ込んでは彼は姿を現した。

連れである兵士たちが銃を持っているのを見れば、著しい敵愾心を抱いていることは誰だって分かるだろう。


「貴方に言われる筋合いはないわ、セト。便宜院を司っては、私を拿捕しようと言う目論見で?」


「まあ、そうですね。序でに黎明都市にある深淵庁の捜索機動隊のご協力も頂きまして。先程から聞こえる、城内の物騒な音はクーデター派に対する捜索機動隊の攻撃です」


「そうね……素晴らしいわ。こんな奴を臨時独裁官に指名するアイツの頭はお花畑で幸せそうね」


そう言うや、彼女は右手を手向けては指を鳴らした。

すると彼女の玉座を取り囲むように武装した何者かが、セト率いる便宜院の兵士たちに対峙するかのようにマシンガンを向けたのである。彼は予想外の伏兵に固唾を飲んだが、怯む様子は見せなかった。


「クーデター派の親衛隊ですか?」


「いいや、彼らは私のクーデターに賛同した"レティスギア"の活動団体よ。

彼らに王家の武具を渡すことで私直属の機関にしたわけ。貴方たち官僚が公的機関を用いるのに対し、国王の私が民間機関を用いる。珍しい構図でしょう?」


すると、彼女の横に空いた玉座に腰かけた一人の男の子が現れた。

彼は麻の貧しい服を着ている一般庶民だと誰もが分かったが、足を組んでは偉そうに佇まいを見せる分際に、セトは怒りさえ感じた。が、ぐっと押し込めては兵士たちに彼をも囲わせる。

しかしレティスギアのメンバーがそんな兵士たちを押しのけるように玉座の彼を守ろうとする。


「なかなか良い座り心地だね。為政者はこんなに良質な椅子に座ってたのか」


「お前は誰だ。部外者は立ち退いて貰おう」


セトの挑発的な文句に彼は椅子から立ち上がるや、口元をへりつった。


「部外者なんて呼び名は止めて欲しいね。一応、身勝手な自己紹介を済ませておくと、僕は"零神主義レティスギアズム"の一環としてフィリキアに力貸しをしているレティスギアのリーダー、上崎ユイトだ。まあ、アリスノートが拿捕されたのも僕たちが一種の囮になったお陰であるんだけどさ」


「そう言う事よ。セト、貴方に座る椅子は残されていないの。最後に国王として宣告するわ、セト―――貴方は今を以て臨時独裁官含む全職を解く。残念だったわね、権力なんて無いわよ」


「権力なら貴方を退かして奪取するまでですから―――」


―――其の瞬間、玉座では単なる幻想から現実と打って変わったのだ。


◆◆◆


城内は戦乱の炎で包まれ、その喧噪は外にまで漏れるに時間の問題であった。

アルファオメガ陣営と、国王血筋とレティスギアの対立。魔法と科学を駆使された、長けるに長けた紛争は敢無く繰り広げられる。玉座で始まった戦乱は今や城からはみ出しそうな勢いである。


そんな混乱状態に門番も守りもなく、勝手に城内へ入り込めるようになっていた表正門から、チルノ達4人は堂々と入って行った。武装しながらも、肝心の重要人物が居る玉座へ向かう階段や道筋を駆け抜けた。

しかし、そう易々と行ける訳でもなく、唐突にして、しかも両者が目を瞑るであろう人物4人がその場に居たのだから、更なる混乱を極めてしまう。紛糾する戦争は、突如とした第三者の介入で攪乱されてしまったのだ。


「あ、アイツは……!?」


闘いを広げる最中での、素っ頓狂な声。それを幾度も耳にしながら、彼女らは進む。

目的は、この世界の支配を企む存在―――セト、そしてクーデター派の本懐、フィリキア。

彼女らは曇った世界を睥睨しながら、前へと進んだのだ。一種の信念たるものか、何をも恐れない姿勢で。


すると、彼女たちを立ち塞がるように現れたのは便宜院の兵士たちであった。彼らは甲冑を纏いながら、魔法を駆使しながらも剣を振るう。此処で残りの3人に先に行くよう勧めたのはシエルであった。

彼は自身の持つ、飛躍に満ちた魔法力を信じては彼らの前に仁王立ちをして立ちはだかったのである。


「行け、此処は私が食い止める!」


「わ、分かったよシエル!!」


チルノの承諾の声と共に、3人は更なる先へと進んでいく。

レッドカーペットの長い道のりを進んでいくと、今度はレティスギアの団員による兵士たちだ。

彼らも、便宜院の兵士たち同様に3人を睨み据えるようにしては一向に退く気配を見せない。今度はセーラが、その持つ拳銃を頼りにしながら勇ましくも言い放った。


「チルノちゃんにアリスノートちゃん!ここは私が止めるから、2人は先を!」


「う、うん!!」


アリスノートの返事が虚空に響き渡ったと同時に、2人は更なる奥へ足を速めた。

焦燥と齷齪した感情が、彼女らの足を自然に速めていく。カーペットが敷かれた階段を昇った先、閉じられた端麗な装飾の為されたドアを開け放つや、其処には驚くべき光景が広がっていたのは言うまでもない。

黒いシルクハットを深く被っては拳銃を向ける者、白衣のような服を纏っては魔法で生み出した剣を構える者、空中に浮遊させた橙色の武器を扱ってみせる木綿の服の者、綺麗煌びやかなドレスを着こなしては自身の魔力を手掛かりに作り出した拳銃を持つ者―――それぞれ2人ずつが二極化しては対立していたのだ。

今にも拳銃の引き金は引かれそうであり、正しく一触即発の状況の最中、彼女らは姿を見せたのだ。


チルノは唖然とした。其処には、かのユイトの姿があったからだ。それも、幻想郷で話していた健気な表情は全く見えず、寧ろ在ったのは人間の本来の顔、残酷な霊性を滲ませた佇まいであった。

口を大きく開けた彼女に対し、その場に居た4人も目を疑った。アリスノートとチルノの登場、それは彼らにとっても腰を抜かすに十分であった。


「ユイト、なんで此処に」チルノは、沈黙を最初に制した。


「アリスノート様!?ご無事だったのですか!?」セトは彼女に言うも、フィリキアは憤怒に満ちる。


「アリスノート、どうやってあそこから脱出を……」姉の問いに、妹は妹らしく振る舞う。


「さあね、お姉さま。それよりも随分派手な行動をしてくれたね。お陰で目が覚めたよ、ありがとう。セト、貴方にもう心配される筋合いでは無いね」


「ど、どういう事でしょうかアリスノート様…!?」彼は目を丸くして問うた。そこには彼の迷いも透けて見える。


「そのままの話、キルヴェスターから脱退する。私はチルノちゃんと共に、第二次蒼穹而戦争を食い止めて見せる。今更正義感ぶって悪いけど、目が覚めたから。裏切り屋なんて思わないで」


ここで、ずっと黙っては傍観していたユイトが口を開いた。重々しくも、何処か重鎮としての威厳があって、しかし容姿の子供っぽさが取り拭えず、一種のジレンマが存在するような感覚であった。


「チルノお姉ちゃん、ようこそ。元気そうで何よりだよ」


「何でだよユイト、どうしてお前が――――お前が此処に居るんだ」彼女は未だに口が収まろうとしない。


「見ての通り、僕はレティスギアの代表者として此処に居るまで。―――横に居るのは、僕に釣られて捕らえられたアリスノートさんでは?どうです、回心した今のお心持は?」


「貴方がレティスギアのリーダー格、上崎ユイト……」彼女は言葉を詰まらせた。


「しかしアリスノート様、一体どうしてキルヴェスターを…!?」此処でセトが口を挟んだ。「私たちは、共に世界を保存しては後世に残す、そう言う目的でもあったはずです」


「そんなのは只の言い訳に過ぎない、そう考える。もっと他のやり方があるはず、私はそう考える」


「貴方とはもう分かり合えそうに無いですね―――」そこに浮かんだのは、必死に擁護してきたアリスノートに背を向けられた、哀れなる男の残骸。その横で何も知らないように佇む、黒いシルクハットを被った男性は"何故か"面白そうな顔を浮かべていた。「―――なら、敵とみなさせて頂きます」


「面白いね。人間関係、準じて世界の相対性たるは」此処で口を開いたのは、今までずっと寡黙を貫いては影さえも取り込んでいたかのように思えた存在であった。「どんなに深淵にあっても、すぐに拗れる。なんだかなぁ。僕の歩んだ過去が語った訓戒は、今や只の藻屑だと言う事が良く分かるね。月日も経てば聖君をも忘れる、継承なんて言葉はとっくの昔に死語になったのかなぁ」


彼は沈黙が愚者たちの美徳であるかのように、突発的に寡黙を打ち破った。

彼の言葉を受け、チルノは苦い顔を浮かべる。其処には、黎明都市で散々と言う程問題を引き起こした張本人、カイアスの縮こまった笑みがあったからだ。

大体、彼が笑う時に限って不幸なことが起きると言う一種の因果律は決して避けられないものであり、表象は笑みを繕っているにせよ、彼の中では"また別の"、現実味から外れた機知性に富んでいるのは事実無根とは言い難い。


「で、そこに居るのは解条者フォノンお二人組、と言う事かな。イ・ゼルファー直属の最終兵器たる人物が此処に来るとは、こりゃまた面倒になったなぁ。趨勢が分からなくなる」


「なら貴方を徹底的にぶっ飛ばす、そうすりゃ自己の趨勢ぐらいは分かるだろう―――」


ユイトの殺意に沸いた声が聞こえた時、カイアスはフッと一つ、爛れ切った感情を思いに出すや、拳銃の方向を改めてユイトの方に向けたのであった。

ユイトもまた、自身が操る数多の武器の先をカイアスに向けたのであった。どちらも涼しそうな顔面をしており、この緊迫した状況で浮かべるに相当な度胸を持ち合わせていないと不可能な佇まいを見せている。


「まあ、こうなったら誰が誰だか分からなくなる―――違うかい?上手く散らばらないと」


カイアスがそう言うや、彼は魔力で研ぎ澄ませては、一気に其れを膨張させたのであった。

セトやシエル、ましてアリスノートでさえ懼れる程の破壊力を持った魔力。黎明都市の人間であると信じていた彼が魔法を使うこと自体不可解に感じるが、今はそれを考える暇が無かった。

彼を中心として、6人に襲い掛かったのは魔力の暴走。それが爆発を顕在化させ、玉座の間は一瞬にして崩壊を遂げた。幸い、出口付近に居たチルノとアリスノートはすぐさま機転を利かせて階段へ身を投げ込んだ。


雪崩のような轟音を立てて崩壊する、城の最上部。

城下町の民衆も、その音には背筋を凍らせてしまう。そんな規模のものを、カイアスは持ち合わせていたのだ。崩れゆく城内の中を疾走する2人は、闘いの最中、必死に疾走した。


「な、何アレ……」アリスノートは走りながらも目を丸くしていた。


「カイアス、あいつは黎明都市の人間のはずだったのに…!?」チルノも同様、驚きを拭えない。


やがて彼女らは爆発が発生した箇所の真下、巨大な庭園が広がる場所へ辿りついた。

其処は美しい草植物の楽園と為っていたはずだが、今や戦乱の火を正面から受けている。

レンガを基調として敷き詰められた道筋の向こう、降り積もった玉座の残骸の上に身を横にしていたセトとフィリキアの姿が在った。彼らは爆発の影響を受け、もはや体力は根こそぎ奪われ、出血多量で、何とか息を存えている容態だ。瀕死とは正に此の事だろう。


2人はそんな彼らの元へ足を急いで運んだ。チルノたちの姿を見つけたフィリキアとシエルは、さぞ機嫌を悪そうに見せたが、自身の様相とは背に腹は変えられぬ、ひもじい思いを込めては視線で訴えた。

敵に哀れささえ思い浮かばせるだけの容態の事ではあった、チルノはやはり正義心としての我を優先してしまった。


「だ、大丈夫…」言いかけたチルノを、アリスノートは肩を掴んで制した。


「奴らは敵、敵如きに情けを振るう必要はないよ」


「まあ、そんな具合でして。どうです、清々しいでしょ?お姉ちゃん―――だって、相当嫌っていたもんね」


瓦礫の山に登るようにして現れたのはユイトであった。しかし彼は、フィリキア達とは違って一切の負傷を負っておらず、さぞ元気そうに振る舞っている。

アリスノートはそんな彼に睨みを効かせるが、彼は全く感情を表に出さない。


「ユイト、無事だったのね…」


「まあね。あんな爆発を受けるような低度な人間では無いと自負してるつもりでさ」


彼は傷を負っては身を横にしている2人を見下すように言い放つ。そこには彼の、尊大さや威勢さに欠けた、しかし何処か狂悖を感じさせるものが存在していた。


「しかし、カイアスの攻撃を受けるなんて―――情けないね。芳しくない」


「ユイト、貴方は……誰の味方なのかしら…」味方気取りをしていたフィリキアが、そんな彼に問うた。


「さあ?」惚ける彼の後ろ、無傷の黒服を纏う男が彼が姿を見せるや、ユイトは顔を見上げた。


「でも僕は最初から貴方の味方になったつもりでは無いんでね。―――力貸しはするとは公言したけども」


「なっ……!?」


そんな彼の、取り付く島もない答えにフィリキアは狼狽えた。

そして、爆発を起こした張本人がユイトの横に背を並べるように立つや、彼はまた口を広げた。尊厳なんてものを捨てた、狡猾に満ちた顔であった。


「紹介するよ。キルヴェスターを脱退し、零神主義レティスギアズムの賛同者であるカイアスさんだよ。この僕が世界を一新しようとするのに、どうして愚かな為政者に力貸しをするのか、そんなの深い意味しか無いって事を。考えれば誰でも分かる。そもそもフィリキアの方向性と零神主義レティスギアズムの方向性は真逆だって言うのに」


「カイアス、あんた……」チルノは一瞬言葉を詰まらせた。「…ユイトの仲間なの!?」


彼はそんな彼女の問いに、「私自身とて、元は解条主義者フォノニズマーだ。しかし世界の更新が遅すぎる。痺れを切らしたんでね」と、解条者フォノンとしての彼女を間接的に皮肉った。


「ではカイアス、後は頼んだ。僕は君に出会えて光栄だった」


そう言い残すや、ユイトは自身の魔法を以ってしては姿を韜晦させた。後は知らぬの随徳寺、誰彼構わずに自己の宿命だけを果たそうとする硬い意思は一種の残虐性を伴わせている。

言葉を受けたカイアスは、瓦礫の山の上で拳銃を構えては眼下の2人を見つめた。仲間であったシエルの介抱なぞ、最初からしないと頭の片隅で置いておいたかのように。


「カイアス、何故だ、何故だ―――」シエルは問うた。「どうして、お前が…」


「キルヴェスターはお前の玉座に対する執着が故に生まれたものだ。そんな簡潔な話で世界が変わる訳もない、って分かった。其れだけの話だ、最初から私を味方だと思っていたお前が可笑しいだけで」


彼の言葉も、一切シエルを寄せ付けない。


「最初からユイトとグルだった訳ね!」チルノは憶測を述べた。


「まあ、正しい観測だ。でも私はこうも言ったハズだ、―――上手く散らばらないと、って」


彼に敵愾心以外の己を見いだせなかった2人は、武器を構えた。

黒いシルクハットを深く被る彼の、ほくそ笑むような不気味な表情。

強大な魔法さえも扱う、過去を暗闇に閉ざした男の本性が今、垣間現れたような気がしたのだ。


「さあ、世界を実証化させないと―――!!」


◆◆◆


不穏の闇に覆われ、その中を霧曇った"何か"が屍衣を着た肉体を守り、蛆虫とともに悲しく淋しい眠りに付く陰鬱な彼らの凄惨な叫びさえ聞こえそうな、古腐った墓地の一端。よもや世界は腐朽の闇に堕ちた、燐光の満ちる墓地は、人の気配すら窺わせない。

昼夜構わず、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれ、天井は常に薄暗い。不気味さが永劫に払拭されないであろう、古い墓地の中を、黒スーツの男は歩いていた。頭を爛れさせ、一種の亡霊と見間違えるように。


弱々しい霊性なぞ捨てたかのように、狂気と陰湿に長けた感情を仕舞っては、彼は歩いていた。

この先何処へ向かうのか。地平線の向こうまで存在するような墓地の中を、徐に進んでいく。

何が目的なのか、全く知り得ない未知の感覚を我々に抱かせるに容易い、彼の呪縛に類似した行動は何処か激烈で、酷薄な―――。


死者への手向け。既に呪われたかのように、ただゆっくりと足を進める様相は、眠りに付く死者たちをも興味付かせるようでもあった。


―――ネフティス。彼は、自身の名をそう言いたげに只前へと進んでいた。


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