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LETISGEAR OVERTECHNOLOGY TOHO FANTASY   作者: PHIOW BJIJ LHJIJ LJIJ
律城世界メタトロン編
32/45

29章 合理と不合理のクレオール化

「な、何故に貴方たちが…!?」


凛はアリスノートたちの姿を見ては、忽ち身体を硬直させたかのように一驚する。

眼を丸くする彼女に、またチルノとセーラも吃驚に付す。何故ならば、かの城内で戦った相手であったからだ。

手当てを受けても尚、負傷の跡を垣間見せる様相は決して気分のいいものでは無い。


「…神泉凛、なんであんたが此処に」


「それはこっちのセリフ。しかも何故にアリスノート様と一緒におられるのか」


凛は反駁してきたチルノを鎖で縛りつけるかのようにギッと睨みつけるが、当の彼女も臆せずに睥睨している。其れを宥めるようにアリスノートが仲介する。

段々と場が騒がしくなりつつあるのは一種の偶然性か、それとも必然だったのか。


「凛、今は飲みこんでほしい。今の私にとって、この人たちは恩人だから」


「そ、そうですか……」


アリスノートの言葉に、凛は何処か怖れを為したのか、徐に食い下がる。


「私たちが此処に来たのは、貴方たちなら…まだ私に意を持ってくれていると考えたから。

常に傲慢主義で、振り回してばかりいた私の背には、気が付けば剣先が向けられていた。其処で初めて目が覚めたような気がしてならなかった―――」


ゆっくりと語りだすアリスノートに、ザラスシュム博士は椅子の腰掛けに深く腰掛け直した。

周囲に立つチルノたちは、そんな彼女の話に耳を傾け、そして吟味する。


解条者フォノンの儀式……私がこの律城世界の解条者フォノンであると判明した時、降誕聖書に則って儀式が行われ、贄が殺された。

あの時に、私は鮮烈な血の色を知った。そして、自分が今まで味わっていた闇を払拭するためなのか、誰かの死を弄ぶことに遠慮さえなくなった。

曾ての私とは真逆の、昔の自分が恨んでいた架空の人物像、そのものであった」


「架空の人物像?」セーラは聞いた。「それって…どういうこと?」


「―――私は、王家の血を引いた子孫じゃない」


彼女は、徐に言葉を走らせた。

唐突の暴露に、凛を含めたその場の大多数が驚きに満ち、素っ頓狂な声を上げた。しかしザラスシュムだけは重たい顔を沈めたままであった。

アリスノートは、多くの人が抱いていたイメージ、仮象を一気に取り拭ったのである。そんな馬鹿馬鹿しい話があるか、と言いだけな凛の顔は引きつって、セーラたちの顔もまた同じであった。

一種の、痺れるような感覚―――内奥、当たり前だと思っていた思いへの唐突な根本転回―――コペルニクス転回、そのものであった。

そんな場の空気に交わろうとしない白眉の姿、ただ幾重と自分の周りに壁を張っているようなザラスシュムは、一つ溜息を吐いて、再び耳を傾けた。


「私は、律城世界を支配する王家の嗣子じゃない」


改まった口調で、彼女は再びそう言った。


「…元は、私は違法風俗店で働かせられていた孤児。嗤いなよ。この私をさ―――嗤いなよ。嗤われること、其れが今の私にとって一番の気つけ薬だよ」


「気つけ薬、ですか…」


「そう。元々は底辺中の底辺だった存在。井の中の蛙のように、周囲の何をも知らない世間知らずで、ただ闇の中で蠢いていた。

哀れ?哀れ以外の何だったのだろうね―――あの時の私は。何も知らないから、憎悪や禍根なんてものも知らなかった―――私は、愚かだった」


凛の言葉に、彼女は付け加えた言葉を足した。


「道は切り拓くもの?そんなバカみたいな話が出来るなら―――私は全うな人生を送っていた!!!

『道』と言うものは天から垂らされた蜘蛛の糸みたいなもの。天と言う、世の救済が無ければ―――どんなに足掻こうが努力しようが、全て空回りするだけなんだ!!

私は知った、この現実を―――この真実を!この世界、否、どの世界も同じに決まっている。誰が成功し、誰が失敗するか―――其れは全て"予定"されているんだ。カルヴァンが言う通りだった。

くそったれ―――くそったれ!!あの頃の自分に、倨傲な自分に言いたかった。くそったれ、くそったれええええ!!!」


感情を露わにしたアリスノートは、叫ぶようにして過去の自分に言い放った。

その震えるような声は、その場に居たチルノたちにも涙を誘うものであった。しかし、一番悲しかったのは彼女当人だろう。凄惨な人生を送って来たこと、それを一番良く知っているのだから。

眼を擦り、涙を拭った。身体全体が硬直し、血の気に染まる様相は、沸々と湧き出ていた憎しみが、恨みが、禍根が噴き出るように爆発し、火山の噴火のように感情が漏れだすようであった。

徐々に手がわなわなと震え、急に寒くなったかのように小刻みに揺れた。瀕死の人間のような青白い眼が、其処には映し出されていた。


彼女は過呼吸に陥った。ゼェ、ゼェと息切れをしては、再び言葉を口にした。


「自分が甘かったのか、それとも自分が元来愚かであったからなのか。どっちにせよ―――今と言う現象は、過去と言う事象の積み重ねで出来あがった砂山みたいなもの。

しかも其の砂山は簡単には崩れない。何せ、時間と言う砂粒が其れを確固たるものにしているから。その砂山がどんな属性を持とうが、全て自分の責任にある、と―――俗世は、そう言っている。

不合理性も、理不尽さも、矛盾も、全て自分の所為なんだ。そんな脆いモラルで生み出された砂山なんて、何処に信憑性があるって言うんだ!

功績?名声?そんなもの―――そんなものは、腐れきった属性の砂山の頂点でのさばっているだけなんだ。私は其の隠蔽された現実に気づいた。気づいたんだ―――」


「砂山、ですか。真実を知ったからに、"御淑やか"なんて肩書は既に卒業なさっているんですね、お嬢様」


ザラスシュムは、彼女の話を汲み取って発言した。


「私に淑女なんて仇名は合わない。幾ら解条主義フォノニズムの頂点であろうが、中身はただの人間なんだから。

そんな私も、腐れ切った山の上で横暴していた輩に過ぎなかった。自分がホントに愚かだった。それを理解する迄もなく、ザラスシュムの言葉を聞き流していた」


「私が言っていた事、漸く理解していただけましたか。そうです、お嬢様。私はそれが言いたかった。

名誉なんて、結局は灰塵みたいに、儚く、そして脆いもの。塵や埃を盾にして生きていること、そしてそれに気づかないこと、私はそれを伝えたかったのでございます。

しかし、気づくのが少しばかり遅すぎたようでありましたが―――間に合った、それだけで感謝の至りです」


「馬鹿馬鹿しいゲームは終わりにする。今の私に出来ること―――其れは、今までの自分の犯した罪を取り返すこと。何が何でも、私は断続的な過去の罪、愚かな背徳感に、私はピリオドを打つ」


「しかし、今さっき言ってた『あの人』って…」


アールシュヴァルツは、先程アリスノートが言っていた「あの人」たる人物について猜疑した。

彼女はそう言われては静かに深呼吸すると、ゆっくりと話し出した。


「それは―――側近のクォール、メイド副総括のあの娘よ」


彼女は赤裸々に心情の思うがままを語る。


「クォールは、何事にも熱心で、努力を惜しまない人柄だった。それに、彼女は元々私と同じ過去を歩んできていたから。私より幾年か生きているようだけど、人生観は類似しているし。

何処となく共感を持てるし、彼女は私なんかとは違って誰彼構わず優しく振る舞うんだ」


「そうですな。確かに彼女は、幼い時に水商売をやらされておられた。

そう言う面に於いても、やはりアリスノート様と似ておられる気がしますな。これも人の性たるものですかな」


話が一段落付いたところで、凛には仕事が残っていた。

話の途中でも、耳を傾けながら且つ部屋の掃除などを熟していた彼女は、アセンション・アーク研究として使われていた人物、謂わばして実験材料への食事の準備をしていた。

簡単に作ったピザトースト、本格的な石窯で焼き上げた代物であるが、果たして牢の中で閉じ込められる人たちにとって待遇が悪いのか良いのか。斯様な食事は気分を良くさせるが、圧迫感と拮抗させる。


「それじゃあ博士、ソワとリルノに食事を運んできますね」


「は!?」


凛の言葉に、アールシュヴァルツは感づいた。

草臥れたスーツ服を纏う、負傷していた彼女に対して飛びかかり、胸倉を掴まんとするアールシュヴァルツ。

息を荒くして、殺さんとばかりの悍ましい眼で睨みつける姿は、セーラもチルノも初めて見た。

急いでチルノ達がアールシュヴァルツを取り押さえるが、早く振動する柔和な猫耳で彼女の感情は大体察せる事が出来た。


「ソワとリルノの何をした!?私が育ててたあの子たちに何をした!?」


「それは、私が説明しよう。だから凛に当たるのは止してくれ。彼女に罪は無い」


椅子からザラスシュムは立ち上がるや、憤りを路程させていたアールシュヴァルツの傍にやって来た。

鼻息を荒くしているが、凛から一旦離れて気を落ち着かせる。当の凛も、唐突の事象に目を丸くしていた。

徐にアールシュヴァルツの右手を両手で握っては、言い聞かせるように彼は言った。


「あの2人を返して!私が育ててた、まるで自分の子同然だった存在を…!!!」


「落ち着きなさい、一旦。

あの子たちは恐るべき力を持っている。だから私はその研究をしているんだ。しかし、それももうすぐ終わりそうでな」


「恐るべき力…?」アールシュヴァルツは聞き返した。


「通称、『アセンション・アーク』。

人間が持つ限界と言うものを超克し、想像を遥かに超えた力を放つ現象だ。分かってることとして、アドレナリンが通常の何倍も放たれ、人間の機能の無視した興奮を与える。それは一種の諸刃の刃であるが、その状態は過度に感覚が優れ、常人では太刀打ちできない程の体機能を与える。

そしてアセンション・アークは、ごく限られた存在しか用いることは出来ない。要約して『選ばれし者の力』、だ」


「そのアセンション・アークとやらを調査する為に攫っていたとしても、決して許されることでは無い。

如何なる理由があっても、拐かした貴方たちを私は許す訳にはいかない……!!」


アールシュヴァルツはもう片手で拳銃を取り出すや、目の前のザラスシュムに銃口を差し向けたのだ。

唖然とする場の空気。しかし彼は一切の恐怖を見せず、顕著な佇まいを見せているだけだ。

猫耳の彼女は怒りに暮れており、そう易々と宥められるような雰囲気では無かった。


「あ、アールシュヴァルツさん、落ち着いて…!」


「チルノちゃん、貴方も私を止めるのね…。……悪いけど、コイツらの味方をするようなら、私も全力で破って見せるわ。誘拐が義理となるなら、私は悪だと教えてあげる。

それが、私の信じること―――私の信念、排他的にも考えて、それが唯一形骸化されない、私の想い!」


ザラスシュムを突き飛ばすや、擁護に入ったチルノに対して睥睨するアールシュヴァルツ。

彼女の右腕、右手の手首がふと輝くと、研究所内でも大きく呼応する巨大な声を上げたのであった。すると、彼女の立つ場を中心に円形の魔法陣が幾重にも描かれたのである。

燐光でうち輝く魔法陣、そこから彼女は青白いオーラを放ちながらも、モンスターを"召喚"したのだ。


白亜の鱗が敷き詰められた、深紅の眼を持つ巨竜。

それは薄暗い研究所内で唐突に現れ、眼下のチルノたちを静かに睨んでいる。

凛は咄嗟にザラスシュムを匿い、遠くへ避難させる。

召喚の魔法なのか、彼女は巨竜を呼び出すのに精一杯で、身体が硬直するように動かなかった、が、唇だけはゆっくりと動かせた。しかし、それが今の彼女にとって限界のようであった。


「ちょ、アールシュヴァルツさん!私たちは敵対する考えなんてありません!」


「五月蠅い五月蠅いッ!私の力を見せてやる!

行くぞ、バハムート・ロドムウェル!もう誰も失いやしない!私は……守って見せるんだ!」


◆◆◆


「あのバハムートがアールシュヴァルツさんの魔力を吸い上げているんだ!

このままでは魔力が枯渇して、生命を脅かす事になる!こんな事を早く止めさせるためにも、私たちはあの巨竜を倒すんだ!行くよ、みんな!!」


セーラの声に、後ろに居た2人も武器を構えては対峙して見せた。

口元に浮かべるは、自身有り気で一切の後ろめたさを見せない恰好。自信に溢れた佇まい。

自暴自棄になってしまい、まともな判断を下せずに冷静になれないアールシュヴァルツを救うためにも、今は彼女が召喚したバハムート・ロドムウェルを倒さなくてはならない。

先程の戦いで未だに傷を蒙っていたアリスノートも、全くそれを歯牙にもかけず、戦いを挑む姿は勇猛果敢であった。


「私は負けない!過去への背徳を、私自身の手で贖罪して見せる!

誰か1人を守れないで、自分の罪を贖えるハズなんて無いんだから!!」


アリスノートはそう言うや、目の前を浮遊する巨竜にショットガンの弾を一発撃ち込んだ。

薄暗い部屋の中で撃ち込まれた、鮮烈な音を上げて直線を描く弾はバハムートの鱗によって弾かれてしまったのである。ガンッ、と言う音が空しく響き渡る。

負けじと何発か連続して引き金を引くも、巨竜は一切の弾を受けず、全て弾き返してしまう。苦い顔を浮かべるアリスノートに、続いてセーラとチルノも行動した。


ルインタイプライターを使役し、鮮やかに舞って見せるチルノに、拳銃で援護するセーラ。

軽量な剣は彼女と共に踊るが如く、巨竜の鱗を剥ぎ取らんとする。しかし、バハムートはその分厚い右腕で斬りかかったチルノの腹部目がけてパンチをお見舞いしたのだ。

彼女はもろに攻撃を受け、そのまま壁に飛ばされる。壁には衝撃で罅が入り、チルノは壁に靠掛かるような形で、頭から血を流している。


「チルノちゃん、大丈夫!?」


「下らない大義名分は程々にするんだね!にゃ!」


彼女は重い右手を真上に翳して見せると、巨竜は大きな咆哮を上げたのだ。

竦みあがるアリスノートとセーラは忽ち尻餅を付いてしまう。遠くに居たザラスシュムと凛もまた、同じであった。何処か祟られたように、不敵な笑みを浮かべるようにさえなったアールシュヴァルツは、様子がおかしくなってきているようであった。


「おしまい―――」アールシュヴァルツは、宣言して見せた。「メガフレア」


するとバハムートは天井のギリギリまで飛翔するや否や、口を大きく開かせた。

鋭利な牙が押し並ぶ口に、巨竜は自身の持つエネルギーを抽出し、一気に溜めこんだのだ。光り輝くエネルギーが球状となって、口の中で溢れださんばかりに溜めている。

両手を徐に広げては、バハムートの魔力によって苦しい表情を隠しながらも笑って見せるアールシュヴァルツ。それは一種の余裕であったのだ。


「腸を絞るほど歎き悲しんでいた私を愚弄した結果だ!!」


「ち、違う!話を聞け!!」


遠くからザラスシュムが彼女を宥めようと声を掛けるも、アールシュヴァルツは彼の方をただ睨むばかりであった。あとで殺してやる、と言わんばかりに。

一種の狂悖を持ち合わせている彼女の佇まいは、セーラたちを恐怖で踊らせるに充分であった。


「一旦、落ち着いてアールシュヴァルツさん!こんなの…こんなの、間違っているよ!」


「黙れ!」


アリスノートを一蹴した彼女は、そのままバハムートに指示を下したのである。


「全てを焼き尽くせバハムート!その力で、狂気の持つ燦爛と言うものを見せてやれ!!」


「―――バリア!」


其の瞬間、バハムートが口の中で溜め込んでいたエネルギー球は放出されたのだ。

真下の地面に対して撃ち込まれたエネルギーは、全てを破壊する爆弾のように一気に広がった。しかし、此処でエネルギーを包容するかのように取り囲むバリアのようなものが、エネルギーを包み込んだ。

バリアはバハムートのエネルギーと相殺し、そのまま消えてしまった。残ったのは、息切れをするアリスノートと、驚いた表情を浮かべるアールシュヴァルツであった。


「な、何故―――」


「忘れたの?私は律城世界の解条者フォノン、魔法は使える。高度魔法も」


「余計な真似をしてくれるね。そんな残滓、今の此の場では不必要だ!!」


「そうですか、私の行為は戯言が波止場ですか。確かに、以前の私は、晴れの日に傘を貸し付け、雨の日に傘を取り上げていた。雨の日に服を外で干すよう言うような人間だった。

立場次第で、嘘も真実に変えられる。私は其れを知った。だから私は戦う。残滓なんてものはない、全て私の"意思"なんだから!!!」


アリスノートはそんなアールシュヴァルツの言う事が誤謬である事を論証する為にも、すぐさまショットガンを構えた。一瀉千里いっしゃせんり、彼女は自分の意たるものが如何に倨傲であらんと、其れが"正しい"と言う自信があった。それは以前までの自分には決して無かった、一種の正義感であった。

無論、彼女は分かっていた。正義なんてものは、自分の意思、意見を正当化させる為に築かれた装飾みたいなもので、肝心の意思、意見が醜悪であれど綺麗に飾るだけのアンチノミーそのものである事、そんなのは未だ思考が幼いアリスノートでも淡白ながらも理解していた。


だからこそ、彼女は戦うのだ。―――薄汚い「正義感」と言うものを、信じたのだ。


「私は負けない!」彼女は、言った。「アンチモラルに身を従わせてきた私だから分かる。今の貴方は、間違っている!!」


「私も続く!」アリスノートに続いて勇ましい声を上げたのは、セーラであった。彼女は拳銃を構え、たじろぎながらも、目の前を飛ぶ飛竜に隙を見せない。「だって、私はアールシュヴァルツさんが好きだから!!」


「―――下らないインスピレーションに寄る諧謔は終わりかな?」


アールシュヴァルツは、自身に込められた魔力を全て巨竜に解き放ったのだ。

やがて膝から崩れ落ちるかのように地に倒れこんだアールシュヴァルツの上を、悠々と飛翔していたバハムートは与えられた魔力を全て解き放つが如く、全身全霊にエネルギーを蓄えた。

白亜の鱗の隙間の、枝分かれした線を彩るように輝く深紅の色。やがてそれは巨大な翼にも広がり、遂には全体が白と赤に染まったのだ。轟々と燃えるが如く、勢い凄まじくして佇むバハムートは、眼下の彼女たちに向けて全てのエネルギーをぶつけようとしたのだ。

その証拠に、バハムートは口を再び大きく開けては、光輝くエネルギーを溜めこんでいる。


「来る…来るよ、奴のメガフレア…いや、ギガフレアが!!」セーラは恐ろしくも、そう言った。


「怖がらないで。あんな奴なんか倒して、助け出さなくちゃ!!」


アリスノートは言ったと同時にショットガンを巨竜の口に撃ち込んだのだ。その弾は見事に巨竜の口内を穿ち、バハムートは狼狽えてエネルギー抽出を一旦中断させる。苦しそうな声が大きく響く。

今だ、と言わんばかりにアリスノートは巨竜に連続的に弾を撃ちこんだのだ。弾はエネルギーを溜めこんでいたバハムートの鱗と鱗の狭間の深紅に当たり、それは急激な苦痛と為ってバハムートに襲い掛かる。更なる雄叫び―――瘢痕の咆哮が痛々しく響き渡ったのだ。


「たじろぐなバハムート!その恐ろしさを身に染みこめさせて教えてやれ!―――砂上の楼閣の意思なんて、結局は破綻した感情そのものだ!懼れに足らん事を知るんだな!!

――――――ギガフレア!!!!!」


其の瞬間、バハムート・ロドムウェルは最大出力のエネルギーを放ったのだ。

ギガフレアと言う、メガフレアの何倍もの威力を誇るであろう攻撃は凄まじく、アリスノートやセーラも怯えてしまうのであった。


「そんな攻撃…」身を震わせながら、徐に呟いたのはチルノであった。


「そんな攻撃、あたいが止めてやる!!」


彼女は負傷した身体を無理やり鞭打ち、一気に起こしてはルインタイプライターを構えたのだ。

その様子はまるで八甲田山に立ち向かう勇ましき雪中行軍か?何事にも懼れすら抱かず、ただ自分の想いを胸に立ち向かう様相は、誰彼に真似出来るものでは無いのだ。

彼女はルインタイプライターに数字を打ち込んだ。それは彼女が変身する"鍵"―――光り輝く天使と変化したチルノは、強大な力を手に入れたのだ。


「セラフィックモードで……!!」


刹那、彼女は大きな声を上げながら、一気に斬りかかったのだ。

片翼の天使の剣は、堅牢な白亜の逆鱗を纏うバハムートの全てを貫かんと、一気に襲い掛かったのだ。

其の瞬間、であろうか。巨竜は溜めこんでいたエネルギーが暴発し、身体の中から蛆虫が湧き出るように閃光が肌を突き破り、魔力の大爆発を起こしたのである。

全てのエネルギーを使役させたアールシュヴァルツは、その柔らかい猫耳を乾燥させたかのような時間が経ったように唖然としている。


「どうして、どうして……」


◆◆◆


全ての魔力を使い果たした彼女は、爆発して塵になった竜の下で大の字に寝込んだ。茫然とした顔は、大勝負に敗北を喫したような、そして自分の信念が全否定されたかのような、そんな気分であった。

決して居心地の良いものでは無く、自分の心の中に巣食う蟠りが鬱蒼として晴れる気配を見せない。不意に意識裡のうちに涙が漏れ、冷たい地面が、対照に仄かに暖かい水滴の何粒かによって濡れる。悲しき驟雨しゅうう、それに他ならなかったのだ。


「アールシュヴァルツさん、目を覚ましてください。貴方は端的に行動してしまった」


「既に眼を覚ましてるつもりでいた。なんでだろう……」


アリスノートの言葉を、彼女は一概に否定したとはいえ、何処か該当してしまっている個所があったのか、彼女は息を飲みこんでは無寐に陥っていた。自分の全てが空回りに終わった時に生まれる、眼前の暗闇に類似している。


「―――お姉ちゃん?」


ふと、馴染み深い声が彼女の耳に入った。其れはずっと探し回っていた声、そのものであった。

今先程の戦闘で魔力を使い切り、疲弊に駆られた身体に湧き出る謎の活気、それこそ魔法そのものと言うような力が彼女を裕に起き上がらせる。ハッとして声のした方を向いてみると、其処には幼き2つの顔が存在していた。自分が我が子のように育てていた顔、そのものであった。

訝しげか、不安感情か、そんな2人を連れてきたのは凛であり、彼女はアールシュヴァルツに怯えた様子を呈しながらも、徐に口を開いた。


「―――お2人は、私たちが預かっています」


◆◆◆


凛から話を聞いたアールシュヴァルツは、たいそう萎んだ蕾のように縮みこんだ。

全てはカーム、もといカイアス・レプリカントの告発と第一セナトのシエル、そして其れに目を付けたセトの参謀が渦まいて、凛とザラスシュムは一種の被害者のようになっていたからだ。

未だ発見されていない黎明都市の解条者フォノンが、霊験視ベールを見破ったソワであった事にも驚きを隠せないでいたが、一番は2人が無事であった事であった。

お姉ちゃん、と泣きながら再会を喜びソワとリルノに、アールシュヴァルツも涙を流した。乾燥し切ってい

た猫耳も、今や感涙に共鳴して湿っている。柔和な感覚が戻ってたのだ。


「ソワ、リルノ……会いに行くのが遅くてごめんね、ごめんね…」


「お姉ちゃん…会いたかったよ…!!」「会いに来るのが遅いよ…」


リルノとソワは、とうとう涙を流しては彼女との再会を心底喜んだ。傍から見ていたチルノたちは何処かホッとしては、安らかな気持ちを久しぶりに感じることが出来たような気がした。

凛とザラスシュムは、無理に2人を束縛していた事―――圧力を2人に掛けることで、逆に2人を助けていたという矛盾、不合理で理不尽な現実に、心を痛めていた。すまなかった、と言う謝罪の意は、決して許されることは無いであろうが、ただ申し訳なかったという感情が心を占めていた。


「アールシュヴァルツさん、此の事については本当に申し訳なかった。我々はセトに傀儡人形にされているんだ…。皆さんが2人を代わりに守ってくれるのなら助かります。

これで我々も、今方話題となっているアルファオメガのセトを更迭する切り札になる。凛の姉、藍佳さんの仇を返せるかと…」


「―――姉?」アールシュヴァルツは聞いた。「凛さんには、お姉さんが居るんですか」


「はい」彼女は、静かに頷いた。


「元老院の議員として勤めていましたが、以前の粛清の際に行方が分からなくなりまして。あの凄惨たる情景を見れば、生存の可能性なんて俄かに信じがたい。私はそう思っています。

ですから、私は粛清を起こしたセト、彼の背中を追っていました。城内に侵入したチルノさんとセーラさんに闘いを挑んだのは、今まで積んできた私の努力が踏みにじられそうな気がしたからの故です。杞憂であった事、そして寧ろ其れがプラスに回った事に関しましては、本当に申し訳ないの一途です」


「この研究所で、私はアセンション・アークの研究をしていました。その研究の故、シエルが誘拐したお2人を匿う形になった。私たちに非は存在します。この通りです、誠に申し訳ございませんでした」


「私もです。本当に申し訳ございません」


地べたに両膝を付き、頭を垂れ提げては額を地に付ける白眉と女性。

土下座をして非を詫びる2人に、再会を喜んでいたアールシュヴァルツは止めて下さいと言っては土下座を中止させた。一過性があった事は事実かも知れないが、悪いのはシエルとセトの親子、そうだと分かっていたのだ。


「私はこの2人を連れ去ったシエルと、人質にしたセトと言う人物が許せない。ひねもす2人を監禁する羽目になったシエルとセトに一発殴ってやりたい気分ですにゃ。

確か、貴方はセトの為にシエルを監禁していると言っていた。シエルに会わせてくれませんか?」


「―――分かりました」その返事は、重々の思考を練ったが故のザラスシュムの答えであった。


◆◆◆


「私が来た時に限って、お凄い大逆転劇が起こるものなんですね」


「さあ、私は一体何の事やら…。それより、深淵庁の中心たるカイアスさんをお迎え出来てうれしい限りです」


「こちらこそ。私もアルファオメガ臨時独裁官のセトさんにお会い出来て」


かつて2人のいる此の部屋では、カノンヘレムの自決事件があって以来、誰も使いたがることは無かった。

不吉な噂―――爆発で木っ端微塵になったカノンヘレムの肉片が飛び散り、幽霊だの怨霊だの良からぬ風の話が聞こえる此の部屋で敢えて面会したいの申し出たのは、カイアスの方であった。

爆発後に一応整えられ、面会室となった部屋で、深く椅子に腰かけるカイアスは、くたくたになったスーツ服を一回伸ばすと、対面するセトの方を向いては怪訝そうな顔をした。


「しかし、予定外ですね。先程アリスノート様と面会したばかりなのに、今やクーデターですか」


「ええ。ですから私も便宜院付けで以て主犯格のフィリキアとミリエルを拘束させます。ご安心ください」


「そうだと良いですが、ね……」彼は心配そうな顔を浮かべた。「これでは計画に逸れてしまう」


「御心配なさらず。メテオ計画は既に進んでいますし、第二次蒼穹而戦争の準備は刻々と進んでいます」


「いや、こっちにも問題がありまして」カイアスは続けた。「今更になって、オズハルドとシレイルが機鉱発電所の爆破事故を漁っている。寄りによって協力依頼先はあのオプティマス・エデン社だ」


「それは厄介ごとです」


ここで「失礼します」、と言う声と同時に職員が入ってきては、紅茶の入ったカップを2つ、机上に置いた。其れを啜るセトに、カイアスは一切の興味を示さなかった。


「前大統領のヨフュエルに襲撃するよう命令したんですが、当の本人たちは逃げられたようでして。

大虐殺の言い訳はアクシス・パラダイムにこじつけて逃れさせますが、当のオズハルドとシレイルを野放しにしておけば、我々キルヴェスターの独り勝ちは難しくなる」


「それに」セトは、言った。「一応は捜索させていますが、アリスノート様のご協力があってこそ、今の我々アルファオメガは成り立つ、と…」


「その見解に関して、一言宜しいですか」セトの顔をまじまじと見ながら、カイアスは言った。「アリスノートは、どうも流れそうな可能性が高いと思われます」


「流されそう?一体何の事です」


「実はですね…」此処で彼は持っていた革の鞄から、一つの白いファイルを取り出しては、一枚の報告書を机上に置いた。「とある告発者から今先程貰い受けた情報を即効にアバタール・ワープロで纏めたものです」


アバタール・ワープロと言うのは、アバタール・ネットワークを用いて資料や報告書を作るシステムで、比較的全体で利用されている。何せ紙一枚を用意するだけで、後はセンサー型キーボードに打ち込むだけの話なので、容易性に利点がある。


「先程、アリスノートが収容されていたと思われる場所から3人の脱走者たる人物が確認されまして。それがどうも、解条者フォノンチルノ、そして深淵庁担当のセーラ、そしてアリスノートらしいのです。

アリスノートが閉じ込められていた場所が、元々幼い頃に闇商売をさせられていた、一種の"記憶攻撃"たるものなのですが、どうやら助け出されたようで」


「よりによって奴らですか……」


「はい。奴らはソワ、リルノの捜索を目的の一環として掲げているようです。このままではセトさんのひた隠しにしていた工作が明るみに出てしまいます」


「そうすれば私を更迭する切り札になる、と」セトは苦い顔を浮かべ、天井を仰いだ。「厄介ですね」


「リ・レギオンの連中ですから、厄介性におきましては相当なものです。人を怒らせるのが上手いというか、何というか」


「お話は分かりました」溜息を吐き、セトは言葉を続けた。「最重要指名手配として、セーラ、チルノの2人を拘束します。そして勝手なクーデターを起こしたフィリキア、ミリエルを臨時独裁官付けで拘束、と。

これで"エレミアの嘆き"は完成しそうですね、カイアスさん」


「ええ。我々もシレイルとオズハルドの弾圧に入ります。序でに反蒼穹而戦争団体とか小粋な連中を潰しますので」


◆◆◆


ダムの中に作られた本部に掛かって来る、ひっきりなしの電話。それをあちこちの職員が対応し、図る。

その絵の中、椅子に腰かけては机上に置かれたデスクトップ型パソコンをマウスで操作するレヴィンの姿があった。パソコンの中には、律城世界のニュース速報を纏めるサイトで、アクシス・オーバー社の系列会社が運営しているものであった。

アクシス・パラダイムに巻き込まれたのは黎明都市だけであり、律城世界の会社は補填資金だの運用資金だの過剰融資だので悠々と生き存えていると言う現実に、酷く腹正しい思いであった。

そのサイトを隈なくチェックしていた彼は、一つのニュースが目に留まる。


―――――シュノファス社長、ロアトル氏は実は律城世界の人間だった!?


ロアトルがカイアスに脅し立てられた話は、彼も知っている。そしてアクシス・オーバー社からの迂回融資によって、弱みを握られていたのも事実であった。

迂回融資の件は、実を言えば深淵庁やリ・レギオンの中枢しか知らない事実であり、未だマスコミに告発されていなかった以上、彼らが律城世界の操り人形であることは明白であった。律城世界側が圧力を掛ければ、シュノファス側も耳を塞ぐ訳にはいかない。何故ならば、「迂回融資」と言う事実が摘発されて、"売国企業"と称されておかしくないからだ。


「何時、シュノファスが此の混乱した黎明都市に牙を向けるか分からない…」


「買収は?」誰かの声が聞こえた。耳馴染みのある声だ。「カイアスが行った家宅捜索のお陰で株価は急低下らしいから、さ」


「ああ、アーセか。…それにしても、買収と?一体何の為に…」


「実はさ、シュノファスの資料漁ってたらこんなのが出てきたんだ」彼の前に叩きつけるようにして一枚の報告書が置かれる。「ちょっと見てみてよ」


資料には同じ年度、14年前の業績データが2つ、比較として載せられている。不可解な事に、2つのデータは同じ年度であるのにも関わらず、差が生じているのだ。


「……随分と古い資料だな、しかしどういうことだ?」


「何故か異なったデータが2つ存在している……」彼女は、言った。「粉飾よ」


「粉飾…」彼は言葉を詰まらせた。


「そう。シュノファス鐵工所は、業績低下が著しくなって、実破に分類されている。そして、ブリュンヒルデ率いる経済庁が業務改善命令を出した。

無論、銀行はシュノファスへの融資を取りやめた。業務改善命令が出されたからね。だけど、彼らは粉飾をして、事実を隠蔽した」


実破とは実質破綻先、法理的には破綻はしていないものの、経営は極めて困窮の立場に存在していると言う事である。だが、彼らは粉飾をして業績を改竄したのだ。だからこそ、見栄えはとても素晴らしい。

しかし、実際は未だに実破に分類されるような貧窮を極めているのだ。


「だったら何故に迂回融資なんかを…?」


「銀行に知られてはマズイ事実があったから」アーセは、言う。


「粉飾の事だよ。更に、今回のカイアスの家宅捜索で株価は右肩下がり。だけど、アクシス・オーバー社への勝手な捜索と言う行為が彼の家宅捜索を"決して金融価値のないもの"と判断されると、例に続いてシュノファスも見逃された。だけど、業務改善命令が出されたのは事実。

だから、業績の良い"とある会社"を、シュノファスは『こっそり』買収しようとして、粉飾云々を有耶無耶にする事で、実破から正常先への分類を試みた」


「"とある会社"…?」


「まあ、これは今さっき分かった事実なんだけど。…バルトロメイと一緒に鐵工所に訪れた際に置いてあったティッシュ箱を調べたんだけどさ」


此処で、アーセはタブレット端末を用意しては彼にその画面を見せる。その画面には、見覚えのある会社のロゴマークが映っていたのだ。


「――――――株式会社ハーシュ・フェニックス」


ハーシュ・フェニックス。その名を聞いた時、レヴィンは戦慄した。

突如にして表舞台から消えた、機鉱管理機関。唇が震えながらも、彼は口を開いたのだ。


「……アルトヴィレン機鉱発電所の爆発事故の時に機鉱を管理していた会社か…!」


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