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LETISGEAR OVERTECHNOLOGY TOHO FANTASY   作者: PHIOW BJIJ LHJIJ LJIJ
黎明都市フィッツジェラルド編
24/45

21章 ゲーム理論の権謀術数主義者

律城世界側、自決して自ら命を絶ったカノンヘレムの葬式が行われていた。

その日の、静粛性が強い葬式会場では弔いの声が大きく、其れは律城世界全体に影響を及ぼす事となった。

各地から人が集まっては、その彼の死を悼み、偲んだ。

聖十字の、宝飾が張り巡らされた十字架が高々と飾られる教会で、原型すら留めていない彼の死体を奉納した棺桶は厳粛に置かれていた。

線対称に置かれた、年季のある木製のベンチに座っては、死を追悼する人々。

教会の重々しい扉は閉められ、白髭が目立つ神父は葬式を取り仕切り始めたのである。


しかし、その静粛性は一瞬にして破壊された。

突如、重々しい教会の扉は開け放たれ、外の燦爛たりし光が教会内に差し込んだのである。

追悼客は一斉に扉の方を見た。其処には、光に覆われた1つの人影が確実に映されていたのだ。


「……カノンヘレムの葬式、だったよね。…悪いけど其れは私が妨害させて貰うよ!」


そう人影が言った瞬間、教会内に事前に設置されていたであろう催涙ガスが一斉に撒かれたのだ。

ガスが入った機械があちこちに隠されており、それらは追悼客たちや神父を一網打尽にしてしまう。

既にゴーグルをしてあった人影は、何ら妨げの無い傍若無人な様相を呈しては、徐に中を歩いて行く。

やがてカノンヘレムの死体が入っている棺桶を人影はゆっくり手で撫でては、催涙ガスにやられている人々を尻目に恍惚に浸る。


「……迎えに来たよ、カノンヘレム。…私と一緒に行こう」


その時、人影たる人物は棺桶を運ぼうとした。しかし、宝飾の為された棺桶は充分に重たい。

此処で人影は懐に仕舞っていた、折り畳み式のリヤカーを展開しては、棺桶をそのまま運び出した。

やがて催涙ガスを免れた人々が人影を追いに向かうも、時は止まらず、人影はそのまま教会から消えてしまった。


◆◆◆


教会から消え去ったカノンヘレムの棺桶は、教会から少し離れた心理科学研究所に在していた。

何とか高速移動の魔法を用いて逃げ切った人物は、棺桶を運んでは研究所に入ったのである。

研究所の外装は豆腐のような何ら特徴性のない建物であったが、中は薄暗く、凄惨たる光景が広がっていた。

地上部分は玄関口で、小奇麗にソファやインテリアが整えられていたが、埃塗れの階段を下った地下には幾多もの地下牢が設置されていた。

その牢獄の鉄格子は錆びれていたものの頑丈で、幾つかの牢には人間が捕縛されていた。

閉じ込められた最初は助けを求める声などで威勢が良かった人間も、今や元気を失って座り込んでいる。


人影たる人物は颯爽と棺桶を担いだまま地下へ運び込んだ。

地下にあった多くの牢の前を通りすぎ、やがて奥の部屋に辿り着く。

場違いにパソコンが沢山置かれた部屋で、乱雑に散らかっていた回転椅子の一つに白衣を纏った剽軽な人物は座っていた。

音を聞き、立ち上がっては棺桶を持ってきた人物の姿を見ては、徐に頷いて見せた。


「先生、持ってきました」


「……よくやった、"神の代理人"№IX、『零血倨傲のベアトリーチェ』神泉しんせんりん…。

―――カノンヘレムにはかの力が秘められてるかも知れないとお前から聞いて、私は最初一驚に馳せたものだ…」


「……いえいえ、私は彼の意思を尊重して此の行動を致したまでです。

元から彼と一緒に居た時、よく「あの現象」が見られたんです。突如、左目が血のように紅く染まって、閃光を放つんですから」


「……"アセンション・アーク"…。…アドレナリンの重複性活用に於ける、驚異的覚醒…。

―――ほんの一握りの人間しか持たない、限界を凌駕した素晴らしい力…。…この仮定を今、私の手で証明して見せよう」


「……宜しくお願いしますよ、"神の代理人"№VI、『頌世のアパスターク』ザラスシュム・ツァラトゥストラ博士…」


◆◆◆


防衛庁が襲撃され、辺りが騒然としたものの、チルノを中心とした対抗部隊によって鎮圧された。

黎明都市のマスコミはごぞって報道し、前までは綺麗なガラス張りの高層ビルも今や廃墟のような変遷を映している。

自ら死んだゼーアの死体を茫然と見ていたチルノの元に、安全の確認を受けてやって来たバルトロメイ達は唖然としていた。

頭と胴体が離れ、血の線がくっきりと残っている彼の手には未だにナイフが握られており、彼の心境を語っていた。

チルノは仲間が来たことを受け、最期に彼が話したことを伝言する。

しかし浮かない顔で、敵をやっつけた事に変わりはないが、自身の行ったことが残虐にも思えてきたのだ。


「……ゼーアは自分で死ぬ前にこう言ってたよ。―――清澄レイカって奴が仇を取りに来る、怯えて待っていろ、だって」


「……清澄レイカ、聞かない名前だな…」


こう言ったのは、元はゼーアと同じ神の代理人であったレヴィンであった。

彼は頭を悩ませては、直入に伝言したチルノの言葉を意味深長に捉え、考えていたのだ。

思い返せば清澄レイカたる人物は思い当たる節に無く、真実を必死に模索していた。

此処でチルノが清澄レイカたる人物の詳細、ゼーアの婚約者である事を伝えても、彼ははっきりしない表情のままであった。


「バルトロメイさん、この金庫室の中には何があるんですか?

―――ゼーアはレヴィンを追うためでも無く、此処に用があると言ってました」


「……お前らにはまだ教えられん。……少なからず、万人に言える事ではない」


バルトロメイ以外の全員は金庫室の中に何があるかなど一切分から無かった。だから余計に気になってしまう。

しかし、此処で迎えの職員がやってきては帰りのゼロア準備が整ったと告げられた。

ゼロアは近くの滑走場にホログラム状態で置かれており、外観は透け通って見えない状態だと言う。

場を悪くしたバルトロメイは職員の話を聞き、全員に帰るよう伝えると、チルノたちは疑念を抱いたまま彼の後に続いたのであった。


直後に職員たちが襲撃に対する検査として、機材道具を持っては防衛庁を徘徊していた。

色々な場所に残っている銃痕は戦闘の凄惨な情景を髣髴とさせるに充分であった。

しかし、チルノはゼロアが設置された滑走場に行く前に、何処か見たことある少女が、血塗れた大鎌を持っては半壊して綻ぶ防衛庁の壁の陰に佇んでいた。

その少女は以前、アクシス・オーバー社内で出会ったあの少女に間違いは無かった。


「……私たちは"トモダチ"、だもんね。…チルノちゃん」


◆◆◆


ゼロアでそのままリ・レギオンの本部へと帰還するチルノたちは、かの格納庫に降り立った。

ダム湖の真下に作られた地下貯水池を利用する仕組みは複雑で、教わらなければ誰にも気づかれないだろうと彼女なりに考えていた。

しかし先程からバルトロメイは深刻そうな顔面をしており、一緒に同行していたアーシアやレヴィンが介抱をしている状況だ。

格納庫で待っていたセーラは、無事に帰ってきたチルノに再び出会えたことを素直に喜び、笑顔で駆けつけてくれた。

天真爛漫であるがままに、彼女はチルノを出迎えたのだ。


「……チルノちゃん!お帰り!」


「ありがとう、セーラちゃん。・…防衛庁襲撃は大変だったよ~」


「凄いよ、チルノちゃんは。…セーラには、あんな真似すら出来そうにないから…」


そんな何の変哲も無い会話は続き、2人は終始幸せそうな笑顔をしていた。

其れとは対照的に、先に本部へと行ってしまっていたバルトロメイは此の事態の重さを受け止めていたのだ。

自分が長官を務める省庁への襲撃は、黎明都市の防衛としての機能がストップする事に他ならない。

レヴィンが持ちだした計画に対し、切羽詰まっていることを示唆する今回の戦闘は、極めて重たい話に他ならなかったのである。

其れとはいざ知らず、楽し気に話す2人の邪魔をするわけにもいかず、彼らは本部でこれからを枢察していた。

椅子に腰かける彼らは、チルノとセーラのように決して楽しそうな気分には浸れなかった。


「……防衛庁襲撃は自衛隊さえ居ればあそこまで問題にならずに済んだ。

―――今度からは律城世界側のファジー指数に動きがあるか、精密な監視をしなければ。そうでもしなければ、今回の二の舞だ」


「……既に私が長官を務める財務庁がアクシス・パラダイムの解決への動きとアバタール・ネットワーク監視をしている。

だが、バルトロメイ……チルノが言ってた通り、防衛庁の金庫室には何があるんだ?…私たちにさえ言えない事なのか?」


「……お前らなら言える話だ。しかし、俺は此の情報をばら撒かれることを極度に恐れている。

何故なら、金庫室の中には黎明都市の国家機密がある。知っているのは自分と大統領、そしてゼーア……」


彼は徐に口を開いては、アーシアに問われた事柄に身を狭めていた。

何があるのか気になっていた、その場に居たレヴィン、ブリュンヒルデ、アーシアは息を殺している。

凄く重々しい顔面には、彼なりの悩みが存在していた。葛藤、コンフリクトが彼の中を彷徨い、唇をわなわなと震わせて。

だが、リ・レギオンの仲間なら…信頼を置ける3人になら言える、と決め込んだ彼はゆっくりと口を開いたのだ。


「……黎明都市の枢密機関……"世界中枢機関ハルト・デリート"…。

―――あの奥には、この世界の有象無象を支える神の副産物、ハルト・デリートがある」


その時、3人は一驚に馳せ、唖然としていた。

バルトロメイは更に言葉を続ける。未だ誰にも知られていなかった真実を徐に語り始めていたのだ。

椅子に深く腰掛ける様相は、彼なりの重々しい決断そのものに差異は無かった。


「……そしてゼーアは…私の弟だ」


衝撃の告白に、思わずレヴィンは茫然としてしまっていた。

すかさずブリュンヒルデが反応しては、そんなバルトロメイに更に問い詰める。

しかし彼は何でも受け入れるかのように、仕方なさを包摂した態度を取っていた。


「お、弟って……まさか、お前…」


「……そう言う事だ。……私が教えた。全ては私の責任の一過に他ならないだろう。

元々、私は黎明都市に住んでいた。ゼーアと共に。……一歳違いの兄弟だ。

だが、其れはとある日を以てして生き別れとなった。…13年前のアルトヴィレン機鉱発電所の爆破事故、あれで私たちは離別した。

しかし、とある風の噂を聞いた。あの事故が決して只の事故では無く、陰謀が図られた事故に他ならないと。

弟を失い、生き甲斐を無くしていた当時の私は律城世界と黎明都市の間を行き来し、彷徨った。…そこで出会ったのがレヴィン、お前だ」


「……そうだったのか」


「そうだ。……何処かに私の弟が居るかも知れないという僅かな希望だけを抱いてな。

……結果的に弟は居た。弟は律城世界側で『便宜院』と言う場所で働かされていた。

弟は私を即座に思い出してくれて、そのまま私たちは律城世界から逃げるようにして帰った。

その時、私が防衛庁の長官になって、金庫室の中を知った。そして私は自分の弟であるゼーアにも、秘密と言う事で教えた。…既に律城世界から手を切ったものだと思っていた、当時の私が恥ずかしい。

結果的にこのような結末を招いたのは、私が極度な信頼を弟に抱いていたが故の魯鈍そのものだ。嗤ってくれ。今の私には、もう何も出来やしないのだから」


その時、ブリュンヒルデの懐が揺れたのであった。

会話の最中でありながら、彼らに一旦断ってはスマホを取り出し、耳に当てる。相手は経済庁の職員であった。

どうやら興奮気味で、早口調ながらも何とか彼女は聴きとった。


「長官!……た、只今、深淵庁の捜索機動隊を自衛隊が取り押さえた模様です!」


「よくやった!…すぐさま捜索機動隊に尋問を行いたい、奴らは今何処にいる!?」


「今、捜索機動隊の職員たちは一時的に深淵庁本部に閉じ込めています。

主任権限があったセーラ主任は問題には上がりませんでしたが、アクシス・パラダイムの因果を引き起こしたカイアスと言う人物を緊急国会に召喚する模様です」


「分かった、今すぐ緊急国会に向かう!!」


スマホを切ったブリュンヒルデに、話が漏れていたために他の人たちも内容が分かっていた。

すぐさまバルトロメイが椅子から立ち上がっては彼女に対して問いかけた。

深淵庁の捜索機動隊を捕縛した自衛隊の貢献は大きい。何せ、謎と称されるカイアスの正体が暴けるのだから。


「……ブリュンヒルデ、お前はセーラとチルノと共に緊急国会に向かえ。

私とアーシア、レヴィンは情勢を見守っている。お前は諮問責任権限を行使して、なるべく情報を集めることに専念してくれ」


「……分かった。深淵庁の野望を必ず暴いて見せるさ。…奴らの所業の罪は重いからな」


◆◆◆


「……八雲紫、白状なさい。…この世界に在る世界中枢機関とやらを。

貴方は何か知ってるんでしょう?…此の世界の萬物はハルト・デリートによって動かされている。…違うかしら?

この屋敷の地下にあると判明したハルト・デリートを、貴方は危惧している。…しかし、残念ながら…発見者は私よ」


豪華に飾りが為された椅子に腰かけ、目の前に佇む彼女にレミリアは問いかけた。

苦い顔を浮かべている紫は、偉そうに佇むレミリアを小賢しく思ったのか、舌打ちをする。

レミリアはそんな彼女を嗤い、更に言葉を続けた。


「……ハルト・デリートの力は存分に発揮されていない。あのままでは勿体なく感じるのも無理ないわ。

私がその力を活用しようと思うのに、貴方は私の妨害ばかり。…此の世界の摂理を其処まで見つけて欲しく無かったのかしら?」


「レミリア、貴方は…世界、否…何もかもを巻き込もうとしているのよ。貴方は事態の深刻さを理解していないようね。

この世界を支える命綱とあろうものを、貴方は弄んでるのよ。…今すぐこんな馬鹿げた事は止めなさい」


「……止める訳ないじゃない。…私もね、アバタール・ネットワークの事について研究してるのよ。

ハルト・デリートの力さえ使えば、何でも出来る。…他の世界からの干渉なんて、今の私には通用しないわ。

だって、此の世界の萬物を手に入れたに等しいじゃない?」


此処で紫が憤りを露わにしようとした時、彼女が右手を挙げるとメイドが飛び出した。

メイド達は怒りを露呈させている彼女を制し、取り押さえたのである。

そのメイド達とは、以前彼女が自慢げに話していた、雇ったとされる巫女や魔法使い、そのものであった。

彼女たちは既に忠誠を尽くしているようで、紫が振りきろうとしても決して離れないのであった。


「…レミリア……!!」


「恨むなら、恨めばいいじゃない。…悪いけど、貴方が偉そうな振舞いを見せられる時代は終わったの。

此れからは新たな時代に突入する。そのキーパーソンとして、私が新時代への扉を開けて見せようじゃない。

虚しき旧時代の埃や塵と為るよりも、私は新時代への鍵になって見せたいわ。

―――もう、誰にも止められない。…私が此の世界を、ハルト・デリートの力で支配する!…私の力は……永遠を凌駕した!!」


その時、彼女の左目が深紅に染まって、閃光を放ったのである。

何処か夥しさを見せる、彼女の高笑いに紫は青ざめた顔を浮かべていた。

頻りに背中の翼を羽搏かせる彼女の、唐突に見せられた裏の素顔を。


◆◆◆


律城世界では、とある出来事で持ち切りであった。其れは枢機皇と皇妃の死であったのだ。

第一発見者の副メイド長であるクォールは、その凄惨たる光景に悲鳴を上げてしまった。

銃弾を何発も穿たれては、血を流して伏せたように倒れる枢機皇、壁に寄りかかった状態で死んでいる皇妃。

宮殿内は騒然としては、多くの関係者が駆け付け、その唐突な死を嘆き悼んだ。


崩れるようにして泣くフィリキアは、側近のミリエルに介抱されながらも、その死を悲嘆した。

無論、彼女が泣くのは当たり前であった。今まで優しく育てられた両親に何ら変わりは無かったのだから。

呼ばれて駆けつけたアリスノートも、その光景に目を疑い、ただ唖然としていた。

片手に持つショットガンを地面に落としてしまう程、彼女にとってはショックだったのだ。

フィリキアとは違い、彼女は悲しみよりも憤りを露わにした。暴発するような勢いで喋る彼女の罵声は、その場中に広く渡った。


「…誰だ……誰だ!…殺したのは…一体誰なんだよ!!」


自暴自棄に陥り始めていた彼女の声に、その場に居た全員が下を俯いていた。

フィリキアもまた、彼女の声の大きさに負けないぐらい大きな声を出しては泣いたのである。

此の騒然と化した現場の壁の陰、とある人物は様相の顛末を見守るようにして佇んでいた。

壁に寄りかかるようにして立つ、黒装束を羽織った男は深淵から睨むようにして彼女を見据えていたのである。

―――アリスノート・ノエル・フィンランディア。残酷で、死さえ厭わぬ、呪われた解条者フォノンを。


「……さて、随分派手な行動に出たねアリスノート…。

―――今度のキルヴェスターでどう表明するか、それがワクワクするね……」


◆◆◆


「―――暫定統治機構、アルファオメガの誕生ですか。…それにしても、やたら早い統治機関の誕生ですね」


元老院で異議を唱えていたのは、今回の一連の流れを疑っていた元老院議員、神泉しんせん藍佳あいかであった。

その容貌は絶世美人と称され、元老院の紅一点でもあった彼女は、取り上げられた議題に反論を示した。

王と王妃が亡くなり、統治者が消えた律城世界に新たな統治期間を用意周到に取り上げた事が滑稽に感じたからである。

まるで統治者の死を予測していたかのような、辻褄が合い過ぎる今回の議題に、彼女は口を開く。

議題を上げたのは、元老院第一セナトであるシエルの息子、セトである。


「……アルファオメガが律城世界を大頭しなくとも、この元老院で用意できるのでは?

わざわざ用意周到に新たな諮問機関を設立することに、私は異議を唱えます」


「……元老院はあくまで統治機関では無く、節制機関に他ならない。

王家の血を引く2人の年齢は若く、摂政機関であるアルファオメガを設立させることに何か変でもお思いでしょうか?」


「……少なからず、新たな統治システムには反対です。私は其れによって、新たな混乱が起こる事を恐れます。

今、黎明都市側とは少なからず冷戦関係であるのに、王制を変える手は世論の反駁で律城世界の秩序は失うでしょう。

その時に黎明都市に攻められては、元も子も無い」


「…では、統治者が消えた今、誰が統治すべきなのでしょうか?」


セトの極論に、藍佳は黙りこくってしまった。

元老院内は静寂になり、この様相を呈されたセトは満足そうな笑みを浮かべていた。

此処でセトは元老院中に響き渡るような声を上げて、演説を始めた。一句一句間違えぬ、流暢な物言いは元老院議員を虜にさせた。


「……皆さん、現実を受け止めてください。王は死んだのです。

厭世主観にならず、我々は先を見据えない事に進歩は致しません。だからこそ、変革を起こすのです。

―――暫定統治機構、アルファオメガ。アルファオメガこそが、今の律城世界を支える綱になるのです!

―――賛同を表明する人は拍手を願いたい!!」


そう言った時、元老院中では大きな拍手音が響き渡ったのである。

中には渋々そうに拍手する藍佳の姿も存在していた。

大拍手に包まれたセトは、唇に弧を小さく作っては、静かにほくそ笑んでいた。


◆◆◆


「…うぐっ、えぐっ……」


嗚咽を漏らしながらすすり泣く少女に、彼女を慰めるように静かに抱く少年。

突如、家に雪崩れ込むようにして入ってきた兵士たちに抗う術もなく、そのまま2人は薄暗い牢に閉じ込められてしまった。

奥に佇む少女と白衣の人物が持ってきた棺桶について何かしら語っているのを聞いて、更に少女は不安に陥るのであった。

元あった平和が恋しく、只泣くことしか出来なかった。

彼もまた、何も出来ない非力感に圧倒され、涙が零れていたのである。


「……リルノちゃん、泣かないで…」


「…やだよう…怖いよう…。…これからあたいたち、どうなるの…?」


「……それは…」


彼は言葉を詰まらせてしまっていた。

此れから何が起こるのか、其れが真っ暗闇の中を模索するように恐怖を募らせていたのだ。

まだ年が若い以上、感情を容易く揺さぶられる。2人は肩身を小さくしては、此れから起こるであろう事を呪っていたのだ。

今、自分たちを此処に追い詰めたシエル、そいつをただ憎んで。

すると奥の部屋で喋っていた少女が、2人を閉じ込める牢屋の前にやってきては、鉄格子を隔てて見ていたのである。

涙目で振り向く2人に、その少女は口を徐に開く。


「……2人は良い実験材料になるからね。特にソワ…解条者フォノンの資質とやらを私も見て見たかったんだよね…」


◆◆◆


ブリュンヒルデが運転する白ワゴンのスピードは速く、チルノとセーラを乗せて国会議事堂へ向かっていた。

黎明都市の中枢機関ともいえる場所に、かの神秘に包まれた男であるカイアスの尋問が行われる。

其れを聞いた彼女の飛ばしっぷりは凄まじく、事故が起きるのではないかと同行する2人に危惧させるほどだ。

颯爽とダムから離れ、黎明都市のビル街へと入っていく。

やがてビル街と比べて背の低い、平ぺったいながらも敷地面積が遥かに大きい、威厳のある建物の前に到着した。

降り立つや、3人を取り囲む報道陣。多くのカメラのフラッシュの中、彼女たちは厄介そうに搔い潜った。


奥、丁寧に整えられた庭園を超えて国会議事堂へと3人は入った。

レッドカーペットの上を3人はブリュンヒルデを先導にして、警備員が幾多も配置された国会議事堂内を歩く。

やがて彼女らは緊急国会が開かれている議事場へ足を踏み入れたのである。

多くの議員が見守る中、中央に佇んでいるルーシア大統領と終始下を俯くカイアスの元へ、3人はやって来たのだ。


「……ブリュンヒルデ長官、今回の諮問機関執行責任の貴方に尋問権限はあります」


「遠慮なく公使させて貰うまでだ」


記録係の机を超えた先、カイアスが立ったまま佇む場所にブリュンヒルデは歩いて行った。

大統領からマイクを受け取り、黒外套を狷介に羽織る彼を暴かんと彼女は威勢を見せた。

経済庁長官の意地たるものや、その声の威圧はスピーカー越しでも充分に迫力が伝わった。


「……カイアス、お前は…何が目的でアクシス・パラダイムたる所以の行動を起こした?」


「……お前たちずぼらな連中とは違い、私は一番此の世界の存亡を考えている。

バルト・ゼロ同盟が破棄されるであろう昨今、第二次蒼穹而戦争たる大災害を防ぐには行動が必要だ。

―――行動に犠牲は伴う。しかし、その生贄に気を配らせていては重きたる禍を塞ぐことなど出来ない」


「……見事たる権謀術数主義者だな…。…マキャヴェリストは嫌いだ」


「…此処は勝手な個人主観を述べる場では無い。身の程を弁えろ、日和主義者」


するとカイアスはブリュンヒルデの尋問の最中、右手で指鳴らしを響かせたのである。

突如、国会議事堂は謎の武装兵たちによって占拠され、守っていたガードマンや警備兵は圧倒的な武力を以てして打ちのめされてしまったのである。

徐々に騒がしくなっていき、やがて彼らの居る議事場にも武装兵は入り込み、中に居た議員らを銃で脅し始めたのだ。

議事場に雪崩れ込む武装兵たちは一斉にマシンガンを差し向け、彼らを取り囲むように威圧した。

かの大統領にも銃は向けられ、尋問を行っていたブリュンヒルデ、そして後ろにいたセーラにも突き付けられたのである。

だがチルノには一切の束縛は無く、ただ狼狽していただけであった。此処でカイアスは不敵な笑みを見せ始め、徐に本性を露わにする。


「……貴様…!」


「……ブリュンヒルデ長官、今の貴方たちは間抜けだ。何も気づかず、目の前の表象に囚われていては洞ヶ峠を決め込むだけの愚か者だ。

……私は満足する愚か者より、不満足なソクラテスに為りたい人間だ。…貴方たちとは違うのさ」


するとカイアスは黒外套を靡かせながら、左手を内ポケットに突っ込んではチルノの元へ歩みだした。

多くの視線を浴びながらも、全く其れらに興味さえ示さず、寧ろ奇怪な態度は恐怖を産んでいた。

マシンガンを向けられていなかったチルノは近づくカイアスに、何処か懐かしみと憤りを抱いていた。

カイアスを裏切った形でリ・レギオンに加盟したため、やはり彼への思いはあったのだろう。


「……チルノ、お前は…果たして此のままで良いと思うか?」


彼は彼女に穏便に問いかけた。

語り掛けるような滑らかな口調は極めて流暢で、彼女の意思を揺さぶるに充分であった。

ブリュンヒルデやセーラが見つめる中、カイアスはただ漆黒に纏わせて佇ませている。


「……お前はこの陳腐な世界を救える、唯一不二の存在だ。私はお前を認めている。

他の奴らは出遅れだ。しかし、お前は正しい判断を出来ることを信じている。

―――お前は多くの者を其の剣の錆にしたであろう。多くの死を見てきたお前に聞く、果たして此の世界はこのままで良いと思うか?

……怒り狂う世界の魂の叫び―――凌駕される強烈な力に戦慄する―――捕縛のしとねに敷かれたままの此の世界を見殺しに出来るか?」


「……違う」


チルノの意思を露わにした声は、極めて小さく、そしてカイアスにとって極めて大きいものであった。

彼女は両手に握りこぶしを作っては、彼女なりの真意を決め込んだのだ。

語り掛けるカイアスの意思は自己の意思とは相容れない―――そう理解したのである。

彼女は更に大きな声で、其れは議事場に声高々に響き渡るような声で、自分自身の意見を述べたのだ。


「……違う!!……あんたのやってる事は間違ってる!!」


「……そうか。残念だ」


するとカイアスは黒外套に隠していた剣を取り出しては、其れを彼女に差し向けたのだ。

占拠された議事場は静まり返り、カイアスだけが深紅に満ちた怒りをチルノに露わにしていた。

賛同を得られると思っていたのであろう、自身の問いを仇にした彼女を睨みつけて。


「……彼女には銃を向けるな、私が対処させて貰う。此れは私個人の問題だ」


占拠する武装兵にそう言うと、彼は戦意を彼女に見せたのである。

咄嗟にルインタイプライターを構えては、彼に対して剣先を差し向けて。

もう、後には引き返せない。否、踵を返そうに、もう遅いのかもしれない。絶対虚無に襲われるも、彼女は自己を確立させていた。

カイアスはそんな彼女を潔しとはせず、何処か狂気に満ちていた。


「……既に腐朽しつつある此の世界を守ると言う偽善の意思ならば、生きるに値無し…。

―――繕っているだけの、愚かで憐れみ深い其の意思とやら、見せて貰おう!!」


◆◆◆


「……私は慈しみを以てしてお前を迎えよう」


彼は目の前に居た彼女に対して剣を振るう。その業は凄まじく、剣の残影すら生み出す。

彼女は咄嗟に反応しては身体を反らしつつもカイアスの反対側に回ってはルインタイプライターを一気に突き刺した。

だが、其れは彼の剣によって受け止められてしまう。剣と剣の交える金属音が硬く響く。

チルノは決心を込めた顔を浮かべていたが、カイアスは未だ余裕があると言った表情であった。


「……あたいはあんたに左右なんかされない!あたいはあたいなりの方法で此の世界を守る!!」


不意打ちに身を反らしては再び斬りかかるも、其れさえもカイアスは受け止めた。

攻勢に出たチルノは連続して剣戟を放つも、空しく金属音が響き渡るだけで攻撃は一切まかり通らない。

彼は目に見えぬ早業を何度も繰り広げ、彼女の攻撃を一切寄せ付けなかったのだ。

黒の外套を羽織るも、彼は彼女の猛攻を全て受け止めていた。


彼女も連続した攻撃に疲弊を感じた時、間隙は生まれてしまった。

カイアスはその時に彼女の後ろに回っては、一気に剣を振るったのである。

しかしチルノは咄嗟に剣を盾にしては攻撃をやり過ごす。この、一瞬たりとも油断を許さない構えに、彼女は苦い顔を浮かべていた。


「……相容れぬのなら、其れは私と敵対するに他ならない…。せいぜい、俗世に流された顛末を呪うんだな」


彼はその時、剣を持たない左手に灼熱を纏い、パンチをお見舞いした。

だが其れさえもチルノは身を反らして躱し、反動で間隙を見せたカイアスから一旦離れる。

改めて見ると、彼の左手は最早人間の常軌を逸脱した魔物のような姿になっており、血管に沿って深紅に輝いている線が燦爛としている。

右手で持つ剣を再びチルノに差し向け、走りながら連続して斬りかかるも、彼女はルインタイプライターで何とか流す。


此処で彼は炎と一体化しつつある左手で殴りかかった。

チルノはルインタイプライターで反射的にその刀身を彼の腕に掛けたのである―――血は溢れた、炎は消えた。

カイアスの左手は地面に墜つ。しかし、自分の腕が斬り落とされたのにも関わらず、彼は笑みを浮かべている。

其れは狂気の沙汰に溢れた、悍ましささえも導く男の本性であった。


「……面白い。もっと其の力を見せてみたまえ!!」


彼は剣を捨てた。右手に持っていた剣は地面に落ち、代わりに灼熱を纏い始めた。

先程の左手の代わりの役目を引き受けた右腕に、尋常ではないほどの熱気が満ちている。

彼は笑みを浮かべながら、一気に彼女の顔面にストレートを叩きこんだのである。蒸気が忽ち立ち昇る。

彼からの一発を不意ながらも蒙った彼女は左手で顔を押さえながらも、右手の剣を絶対手放す事はしなかった。

顔を押さえる左手の指と指の間、灼熱の籠った痛打を受けた顔面から其の左眼は深紅を滾らせて。


「……ぐぅぅぅぅ……うおおおおおおおおお!!!」


其の瞬間、左眼は深紅の閃光を議事場内に解き放った。

彼女の周囲には幾多ものセンサー型ウィンドウが出て来ては、様々なデータを表している。

その中の1つ、自身の顔の目の前に現れたウィンドウは奥に佇むカイアスを解析したデータを載せていた。

彼女は最早、今まで通りの自我を失い、極限状態に暴走し始めたのだ。

その時のセーラやブリュンヒルデ、大統領や多くの議員、武装した兵士たちまでもが固唾を飲んだ。そして彼女は、記憶を失った―――。

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