18章 壊れた解条主義
電話を終え、スマホを懐に仕舞った彼は、そのままUSBメモリを重宝するように、スーツ服の内ポケットに仕舞った。
そのまま彼は部屋から離れ、重たそうな顔を浮かべながらも何処か決心を抱いて、実験場へ向かった。
彼のいる場所は、黎明都市フィッツジェラルドに在りながら律城世界メタトロンが枢密に築いていた、極秘研究所である。
此処は第二次蒼穹而戦争を控えさせるが如く、黎明都市の経済環境を調査すると同時に戦争準備を邁進させる、謂わば最先端の場所であった。
無論、律城世界の省庁に勤める者でも知っているのは極僅かに限られるほどで、此処に入れるのは選ばれた者だけである。
その中、彼は陳腐し切った律城世界メタトロンの、この極秘研究所が世に露見された時の反応が見たくて仕方が無かった。
寧ろ、極秘研究所を知られた時の祖国、律城世界メタトロンの対応、勃発するであろう戦争を観たかったと言う狂気なのかもしれない。
天井では疎らに設置された蛍光灯の下、彼は静かに歩いていくのであった。
友人であったバルトロメイとは、知音の関係と言って差し支えは無い程のものであった。
そんな彼と出会った時の事をふと思い返せば、其れは悲劇が生み出した副産物のようなものであった。
今は"神の代理人"とか言う聯盟の、ナンバー7を気取っているが、此処まで彼が地位と力を付けたのも、全て復讐のためであった。
―――彼が大人になりかけていた時、律城世界メタトロンに初の解条者とされる嗣子、アリスノートが覚醒したあの日。
メタトロンを統轄する王家の血筋を直に引く姫が、霊験視ベール状態の人間を可視出来ることが発覚し、騒然と化したあの日。
其れは今でも脳裏に熱く捺印が押されている。気高き姫の覚醒を、その眼で見たのだから。
降誕聖書とか言う神が遺した書物に、解条者の覚醒は数多なる生贄を計らった儀式の元、真たる力を得るのだと記載されていた。
王家に召使として代々携わっていた彼の家族、父母、そして愛する彼の妹は、その生贄に選出され、たった1人のちっぽけな解条者如きに血を与えることになった。
理不尽に襲い掛かる、彼の家族の生贄化は、断じて許し難く、行く日も行く日も泣いたのを、今でも覚えている。
しかし律城世界メタトロンの世論と言うものは冷たい触りで、生贄になれる者こそ解条者の恩恵を預かれる、と笑い噺な神秘主義が大頭していた。
嗚呼、彼は一身孤独になった。
彼の家族の死体は、心臓の部分を包丁で抉られ、見るに堪えない様相であったのを、今でも鮮明に焼き付けている。
その時、彼と同じ年ごろの、神官として役目を務めていたバルトロメイが、絶望に打ち拉がれる彼に、異世界文化の拳銃を渡したのであった。
武器を以て、この理不尽を打開する。彼は顔で、そうレヴィンに伝えていた。
バルトロメイが渡した拳銃の銃弾は、必死に解条者へ向けたかったが、彼は其れを閉じ込めた。
そして今、彼は切実に献身的な立場として律城世界に尽くし、今や神の代理人の一員だ。
あの時、バルトロメイは黎明都市出身であったが、黎明都市や律城世界を彷徨う一種の旅人のようなものであった。
しかし彼もレヴィンも、解条者を崇め、そして奉るとか言う解条主義は莫迦げた物としか見ていなかった。
そして何よりも、彼がレヴィンに拳銃を授けた事、あれは彼を陥れんとする運命に拮抗せよ、と言う彼の硬い意思そのものであった。
彼はバルトロメイに感謝している。あの時、彼が「拮抗」の表象である拳銃を渡してくれなければ、彼を燃やす復讐心は無かったのだから。
彼が黎明都市で長官を務めている、と話を聞いた時は嬉しいものであった。それからは何度か会ったりしたり、電話をしたり等、仲は竹馬の友となっていったのだ。
……そしてあの時の拳銃を、彼は懐から取り出した。年季が入っており、多少煤けているが、充分使い物にはなる。
ふざけきった解条主義、そして彼から家族を奪い去った解条者。彼が敵とするものは強大であったが、何も怖くは無かった。
今まで自分が住んできた世界に後悔はない。…その眼は意思で結ばれており、絶対的な決意であったのだ。
神の代理人、なんてふざけた称号は捨てた。…今から彼は、"世界に仇なす者"になるのだ。
―――彼を謀った全ての物に、復讐する為に。
「―――バルトロメイ、お前には感謝している。せめて俺は、お前の力になりたいんだ。あの時、お前が俺にコレをくれた時のように」
◆◆◆
「ゼロア起動確認!何者かの不正アクセスの可能性大!現場警備員は直ちに急行せよ!繰り返す!」
極秘研究所は突如にしてサイレンと共に警報が大きく響き渡った。
其れは研究所が兼ねて隠していたホログラム型戦闘機、ゼロアが起動を確認されたからである。
魔法と科学の融合体とも言うべき、世界に名を全く残さない未知たる戦闘機の試作体は第二次蒼穹而戦争で用いる為に作られたものであった。
その戦闘機が世に名を広めれば、黎明都市も動くだろう。其れを懼れるが故の、実験場に降りかかる警報であった。
多くの者が武装してはマシンガンを構え、通路を駆けた。その中の1人、彼にUSBポートを渡した神の代理人は、思い当たる節があったのだ。
そして其れは彼を確信に変えた。リュノン思案書と照らし合わせると言った彼の歩みは、監視カメラがしっかりと捉えていたのだ。
その歩みの先は、彼が照合するに思えない場所、そう、ゼロアを格納している格納庫であったからだ。
「……ウル・レヴィンだ!追え、逃がすな!奴はメテオ計画データのコピーを持ってるぞ!追え!!」
彼の声は研究所内に大きく響き渡った。
彼もレヴィンも、神の代理人と言う強大な身分であり、其れは警備員を使役させるのに十分であった。
しかし、裏切り者となるレヴィンに付き従う者はいるのか、と問えば其れは答えられるものであった。
レヴィンは格納庫へ向かい、すぐさまホログラム型戦闘機ゼロアに乗り込んだ。中には、彼を待っている警備員が居たのだ。
「―――レヴィンさん!此方はゼロアの発射準備、完了しました!」
「今、メテオ計画のコピーとリュノン思案書のPDFデータを回収した!行け、発射しろ!」
「…了解です!」
操縦席に座るは、彼ととても仲良くしていた付き従いの職員にして、幼馴染のアーセであった。
アーセは茶髪のロングヘアーを靡かせながら、女性らしからぬ勇ましさを見せつけては一気にレバーを切った。
警報が鳴り響く中、格納庫の扉は徐に開けられ、ゼロアの滑走路に紅い光が点々と点き始めた。
すぐに武装した兵士たちが駆けつけ、USBポートを渡した神の代理人を中心にゼロアの前にやって来るも、既にゼロアは動いていた。
ゆっくり回転する車輪に、神の代理人の一言は一斉にマシンガンの銃弾を浴びせ始める。
中に居た2人も、ゼロアに向けられた銃弾の音が鮮烈に聞こえる。
「格納庫の扉を閉めろ!…ゼロアのエンジン及び駆動部分を狙え!…意地でも止めろ!」
レヴィンは焦りを募り始めた。
意地でも流出させまいと言う向こう側の銃撃は一層激しくなるばかりであった。
ただ前を見ていた操縦士の彼女に対して、彼は不安を投げかけた。
ゼロアが飛び出そうとする出口の扉がゆっくりと下げられていく。このまま間に合うか、彼は心配で致し方なかったのだ。
「…間に合うか!?」
「……メタトロンの智慧の結晶ですよ?余裕です!」
その瞬間、最大出力となったエンジンの炎に、銃弾を浴びせていた何人かは燃え上がった。
多くの断末魔の声が響き渡るも、ゼロアは銃弾を全く寄せ付けずにして、一気に滑走路を疾走したのだ。
徐に閉まり行く出口のシャッター。しかしアーセは更にレバーを引くと、ゼロアは扉の下を余裕で搔い潜っては、蒼天の下に出たのである。
大空へ飛んでいったゼロアに、無駄ながらも追いかけた№IVの神の代理人と他の兵士たちは、睨み顔を浮かべていた。
そして彼は、USBポートを渡したと言う後悔に駆られ、フラストレーションのままに憤りを爆発させて。
「―――覚えてろ、"神の代理人"№VII、「理性のアーティファクト」ウル・レヴィン……!!」
◆◆◆
ゼロアは先程の戦いなぞいざ知らずのように、雲海の上を飛んでいた。
流石はメタトロンの知識の結晶、と言ったところで、銃弾による攻撃が全くシステムに支障をきたす事は無かったのだ。
操縦席で腰を掛けながら、幾多もの液晶画面を見て操縦する、幼馴染の女性に、レヴィンは感謝した。
レヴィンより少し背が小さい、元気溌剌な彼女の協力が無ければ、きっと此処には居なかっただろう。
何せ神の代理人といえど、ゼロアは操縦出来なかったのだから。
「…アーセ、協力してくれてありがとう。…メタトロンと敵対する形になってしまったが、後悔はしてないな」
「……してると思う?私は、貴方の意見に賛同したの。…阿呆な解条主義に囚われた世界をね。
また戦争を引き起こし、私たちも奴隷の駒のようにされるだけ。…それに、レヴィンに協力を依頼されちゃったからね」
「……すまない」
「……で、この後ゼロアは何処へ飛ばすつもり?」
振り返るようにレヴィンを見つめたアーセは、この後の予定をレヴィンに問うた。
彼は懐から、極秘研究所から持ち出したUSBポートと、リュノン思案書のデータが入ったスマホを取り出しては、其れを眺める。
もう、踵は返せない。しかし彼の意思に賛同してくれる存在が居ることに、レヴィンは心底嬉しかった。
そして、自分から家族を奪った世界と解条者に、何時か復讐することを誓ったのであった。
「―――明日、だ」
「…フフッ、……了解」
◆◆◆
「―――今、本当にそのような電話があったのは事実なのか?…しかも、あのアーセから…」
「……は、はい。アーセと名乗る人物から電話が…」
怪訝そうな顔を浮かべていたのは、経済庁の長官であるブリュンヒルデであった。
アクシス・オーバー社の家宅捜索による信用喪失、そしてアクシス・パラダイム。
其れは決して止まれと願って止まるものでは無かったが、必死に力を重ねていた彼女の耳に入った、唐突の電話であった。
寝耳に水のような当たりで、電話には出れなかったものの、留守番電話が残されていた。
経済庁のコールセンターに掛かってきたとされる電話の場所へすぐさま赴き、録音された留守電の内容を聞きとったのである。
やはり彼女のセーラー服と桃色のロングヘアーが異質で妙に目立つが、彼女は全くそんな事を気にしてはいなかった。
やがて電話口の中で、懐かしい声が響き渡った。
…久々だね、ブリュンヒルデ。私たちが離れ離れになってから、私は律城世界メタトロンの極秘研究所で働いてたんだ、研究員として。
でも、それももうお終い。私はレヴィンと共に、最新鋭の戦闘機『ゼロア』で脱出したんだ。
今の戦闘機内は2人だけの状態。…でも、奴らも私たちを素直に逃がさせてくれない。何故なら、同行してるレヴィンが機密情報を持ってるから。
―――私たちは、私たちの住む世界を捨てた。ブリュンヒルデの世界に協力したいんだ。
……もし、この電話を聞いたら、電話を返して欲しいな。私たちは戦闘機ゼロアを置く場所と誰にも狙われない安全な身置き場所が欲しい。勿論、其れに見合うモノはあるから…
此処で留守電は途切れ、耳の中でツー、ツー…と単調な音が木霊した。
迷う暇もなく、彼女はすぐさまコールバックを行い、電話を返した。予想以上に相手は早く出た。
まだ追われて無い事に安堵したと同時に、今の状況を確認すべく、開口彼女は其れを口にした。
「…アーセ!大丈夫か!?」
「……電話、返してくれたんだね。…ブリュンヒルデ、話は留守電で言った通りだよ」
「……すぐさまリザーブする。今の状況はどうだ!?」
「……今は一応、黎明都市の山奥にある緊急ヘリポートとかに何とかゼロアと身を置いてる状況。
同乗しているレヴィンは、友人の防衛庁長官のバルトロメイと話してる。…私は操縦士だから、余りその道の話は詳しくないんだ…」
「……しかし、かの"神の代理人"が私たちに手を貸してくれるとは青天の霹靂であると同時に完極まりない嬉しい話だ。
―――しかもお前が同乗してたことに吃驚だが…此処ら辺で私の感情論は止めておこう。
……今から経済庁を通じて、お前たちとゼロアの安全を確保する場所をリザーブするから、待っててくれ。
もし何かがあれば、すぐさまゼロアに乗って逃げるんだ。かの戦闘機なら、それなりの防衛設備は整っているはずだ。
……私たちも、全力を尽くして2人を保護する」
「……ありがと。…フフッ、レヴィンもブリュンヒルデも、似た者同士、やっぱり頼もしいね。…でも、何時か"バレちゃう"かもよ?」
電話口の向こうで多少せせら笑ったアーセに、ブリュンヒルデは何のことか気づかない振りをした。
すぐさま気を取り直し、戦闘機と2人の安全が取れる場所の模索を職員に命じる。
経済庁の職員は彼女の言う通りに場所の把握を開始し、模索を開始した。
しかし、よくよく考えて見れば、この仕事は経済庁の管轄では無くて防衛庁の管轄なのではないか、とふと思ったが止めた。
事実、アーセ曰く、防衛庁長官のバルトロメイはレヴィンと機密情報の話をしていると言っていたからに、この話はしていないだろう。
「……まぁ、冗談はその辺にしてくれ。…リザーブ出来次第、随時電話する」
「ありがと。頼りにしてるよ」
その時、電話は切れた。
同時に職員の大きな声がブリュンヒルデの耳元に飛んできたのである。
其れはゼロアと2人を格納出来る、極めて安全な場所―――第二次蒼穹而戦争の為に作られていた、極秘インスティチューション。
其の名が呼ばれた時、彼女は竟に来てしまったという運命の素早さを呪い、そして此れからの命運を賭けていた。
「……ブリュンヒルデ長官!…フェニックスなら……フェニックスなら可能です!安全性も確保されます!」
「よし、フェニックスだな!リザーブは出来たか!?」
「リザーブ出来ました!何時でも受け入れ可能です!」
「分かった、すぐさま伝える!」
彼女はすぐさまアーセに電話を掛ける。
コール音が幾度も反芻したが、やがてアーセの声が聞こえたのであった。
ブリュンヒルデはすぐさまフェニックスの事を彼女に伝える。
「アーセ、黎明都市のフェニックスへ向かえ!GPSデータは今からアバタール・ネットワークを通じて送る!」
「ありがとう、ブリュンヒルデ。…今から其処に向かわせて貰うよ」
電話は再び切れ、今度はフェニックスの場所を教えるべく、アバタール・ネットワークを展開した。
センサー型のキーボードから、ゼロアが赴くべき場所のデータをアーセのファジー指数充てに送った。
これさえしておけば、彼女しか情報は見れないし、向こうに確実に届くのである。
一仕事を終えたブリュンヒルデは経済庁の長官としてアクシス・パラダイムの一刻も早い回収を余儀なくされていたが、それはほとほとに困らされていた。
深淵庁の勝手な行動に頭を抱える以外の何をも出来るはずが無かったのだ。
「……防衛省、並びに黎明都市自衛隊に告ぐ。…手荒な真似を行い、且つ第二次蒼穹而戦争を招かねない至極リスキーな行動を執る、深淵庁の捜索機動隊を直ちに拘束しろ!
―――これは経済庁長官、ブリュンヒルデの黎明都市憲法第3条、『排他的諮問機関の責任を伴う決定』に依るものとする!」
◆◆◆
「……ゼロ長官。リュノン思案書のPDFデータとメテオ計画のデータコピーを持って行かれました」
「…は!?……其れはどういうことだ!?」
「……"神の代理人"№VII、『理性のアーティファクト』ウル・レヴィンです。奴は極秘研究所から幼馴染と思われる人物と共に、格納庫の最新鋭戦闘機ことゼロアに乗り込み、脱走を図った模様です。
今、"神の代理人"№IV、『狂悖のシャムシエル』ゼーア・リオフェルドが対策を練っている状況です。
―――急遽、メテオ計画の邁進を停止、ゼロアの位置をアバタール・ネットワークで特定し、意地でも奪い返すようです。…私も便宜院の第一セナトとして加わるつもりでいます」
「…カノンヘレム、了解した。たった今、アリスノート様とハルベルト様にリュノン思案書の施行の承諾を得たところだ。
間もなく、リュノン思案書の案通り、第二次蒼穹而戦争に於ける軍事予算案の上昇、徴兵令の施行を行うつもりだ。
しかし、アクシス・オーバー社が深淵庁に家宅捜索され、メテオ計画実行には最適の時をレヴィンに足元を掬われるとは、全く以てして予想だにしていなかった。
誠正しく、己の甘さを後悔している。見抜けなかった責任は、極秘研究所を統轄する私にあるからな」
「……そう。じゃあ…」
電話は唐突に切れ、彼の居た部屋に雪崩れ込むようにして兵士が押し寄せたのである。
その兵士たちは、ゼロと共にオーバースターを攻略しようと演技した、かの兵士たちであったのだ。
兵士たちの派遣先は武装の種類から見て、便宜に物事に際する便宜院の物であった。その兵士たちが囲むようにして中心にいたのは、なんと先程の電話の相手であった。
彼に見える位置でスマホをスーツの内ポケットに仕舞い、徐に右手を挙げたのである。
あろうことか、兵士たちは仲間であるはずのゼロ長官に対して、構えていたマシンガンの銃口を向けたのである。
「…お前たちは……!…一体、どういうことだ!?…カ、カノンヘレム!」
「…ジ・オランディオは死んだ。…お前にとって、"死"と言う概念性はどうでもいいんだろうな。
……悪いが。…本音を吐けば、最初から私はお前の作戦に乗り気では無かった。お前の阿呆で魯鈍な作戦に付き添ってきた身として、一言言わせて貰おう。
……お前は長官の器じゃない。わざとアクシス・オーバー社を囮にして経済混乱を起こし、メテオ計画を実行させて第二次蒼穹而戦争を招こうとするお前の意思は、人を導く者に相応しくない意思だ。
―――残念だが、デリートさせて貰うよ。…自ら『正々堂々』と言っていた自分の理念なんて、上っ面の物だったんだろう」
「…フン、面白いなカノンヘレム。…見誤った判断もまた、長官に相応しくない」
「見誤った判断?…それはこっちの台詞だ!神の代理人の1人を犠牲にして、何も尊くはないのか!?何も心は痛まないのか!?
お前は何だ、自分たちの計画の履行の為ならば、他人を犠牲にしてでも絶対的な成功を勝ち取るのが正義なのか!?
―――お前だ、ゼロ。…お前がジ・オランディオを殺めたんだ…。……お前が、オランディオを……!!」
「―――カノンヘレム。他人を犠牲にして、何がいけないんだ?」
騒然とした部屋に、新たな人影が差しこんだ。
カノンヘレムを取り囲む、便宜院の兵士たちは一斉に人影にマシンガンを向けるも、其れは彼らを硬直させるに容易かった。
白いドレスに、彼女のシンボリックな物である黒と金色が入り混じったショットガン。斜めに被る小柄の帽子に、茶髪のショートヘアーを靡かせて。
マシンガンを向けられているのにも関わらず、其れを厭わずしてカノンヘレムとゼロに近づく人影。
彼女が歩みだすにつれ、不可抵抗力なのか、兵士たちは足を引いてしまう。
「……変革に犠牲は付き物だ。カノンヘレム、お前は何を言いたい?オランディオの死を悼め、とでも言うのか?
―――残念ながら、悼んだ所でオランディオの死は不変だ。お前の感情に影響を及ぼしたところで、世界に影響は無いのだから」
「……まさか。…まさか、貴方までゼロの非道なやり方に賛同するのですか……アリスノート様…」
カノンヘレムの失望し切った声に、白いドレスの小柄な少女は微笑んだ。
遠くに居たゼロは唐突に現れた彼女に敬意を示し、敬礼を行う。
初めて解条者としての名を連ねた存在、アリスノート。その人物が今、ゼロに賛同しているのである。
其れはカノンヘレムにとって、これほどにまで無い屈辱そのものであったのだ。
「……この世界にはこういう諺がある。…"鎖全体の強さは、その中の最も弱い環によって決まる。"
悪いが、私はカノンヘレムの意思には同意できない。日夜研鑽して生み出した案を容易に否定はしたくないからな。
―――そして、軋轢を生んだ今のお前は鎖全体の中で最も弱い環だ。…残念だが、君が此処で死ぬのだ。迷惑だからな」
その瞬間、兵士たちはすぐさまカノンヘレムに銃を向けたのである。
彼は自分の考えが誤っていたかのように捉え、混乱し始めた。銃口の先にあったのは、彼らを纏めていた長官である。
しかし兵士たちは全く容赦しなかった。まさしく、アリスノートの意のままであったのだ。
彼女もまた、持っていたショットガンの先を彼に差し向け、残酷そうな笑みを口元で描きながら、彼の意思を更に否定する。
「……レヴィンが裏切り、メタトロンの計画が露顕されそうになりつつある今、お前は不要だ。…お前の今後一切の命の保証は無駄と判断した。
―――どうだ?…今まで自分たちが信用してきた兵士たちに裏切られ、銃口を向けられる気分はどうだ?」
「…どうせ死ぬのならば、言わせて貰おう。……ゼロ、そしてアリスノート。…お前らは此処で全員道連れだ!!」
その瞬間、彼が取り出したのは手榴弾であった。
しかも其の手榴弾は破壊力に優れる、メタトロンの逸物であったのだ。其れを彼は開栓したのだ。
忽ち部屋内で大爆発が起こり、其れはゼロやアリスノート、兵士たち諸共巻き込んで発生した。
騒動があった部屋は宮殿内であった為、すぐさまメイドたちが駆け付けるも、其処に在った黒煙から出てきたのは、血濡れたアリスノートであった。
中に居たゼロは窓ガラスを割って脱出、カノンヘレムと兵士たちの凄惨たる死体が其処では展開されていた。
見る人をも吐き気を催す残酷さに、駆け付けたメイド達の何人かは気分を害すも、アリスノートは不機嫌であった。
目がおどろおどろしく深紅に染まり、憤りを露わにさせて。
「こんな事をして、只で済むと思うなよカノンヘレム…。
―――お前が天国に行ったのか地獄に行ったのかは知らないが、何処からでも見ていろ。私がお前に吐き気を催すほどの邪悪と言うものを見せてやる…!―――フハハハハハ!!!」




