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LETISGEAR OVERTECHNOLOGY TOHO FANTASY   作者: PHIOW BJIJ LHJIJ LJIJ
黎明都市フィッツジェラルド編
19/45

16章 アクシス・パラダイム

その日、太陽は燦燦と輝いていたが、彼は妖怪の山の山麓、鬱蒼と木が生い茂った森の中に居た。

その場所は、人間は近づいてはいけないと謂れがある場所で、事実、其処では多くの人間が凶暴な妖怪によって命を落としている。

上を見上げても、太陽の光は満足に入って来ることは無く、ただ木々が延々と続くだけであった。

しかし、何時もは静寂に駆られる森の中で音がした。其れは幼い、小さな足音であった。

喧噪を知らない森の中では、妖怪に襲われたであろう人間の死体が血肉を露出させて転がっている。

だが、その足音は死体を徐に見ては、不満足に束縛された人の哀れなる死を目撃して尚、興味を抱いていたのである。


「……生きるということは神の生命の息によるのであって、死ぬことは神の約束を破ったからだ、って。

この人は神の恩寵を仇に返し、贖罪も儘ならないまま死んだ、って事かな?……胡散臭いにも程がある」


彼は幾つか傷が入った年物の麻の木綿の懐に右手を突っ込み、ただ死体を見据えていた。

腐敗しており、一部が白骨化さえしている。投げやりな連中だ、と彼は密かに思っていた。

その死体が襲われたであろう妖怪の、最も生息しているという不気味な森の中で、彼は世俗を厭わずして来たと言う事、つまり彼は妖怪を"恐れていなかった"。

この、恐怖さえ抱くような少年の排他的思考は、妖怪さえも近づけさせなかったのだろうか。


彼が小屋で拾った、古煤けた旧約聖書を片手に、少年は再び歩みを始めた。

まるで死体をどうでもよさげに、何をも寄せ付けない高圧感を放ちながら。

この鬱蒼とした森の中、深紅に光る2つの輝きは幾多も存在していたが、この少年の持つ何かが、輝きを一切近づけなかった。


「―――オラクル・メア。…何時か、君に会える日が来ることを祈るよ、、、」


◆◆◆


「……え?…ユイトが今日もまた来てない!?」


寺子屋で教鞭を取る、教師の慧音は最近姿を見せないユイトの行方を心配した。

チルノが旅立ってからと言うもの、彼を充分に守るであろう存在が消えてしまい、より一層彼の事を心配になっていたのである。

もしかしたら妖怪に襲われたのかもしれない、もしかしたら何処かを彷徨い、泣き喚いているのかもしれない、と不安が募る。

今まで彼を虐めていた、寺子屋の前の席を陣取る男の子たちは過ちを既に理解していたようで、下を俯いていた。

此処で、今までチルノの代わりとして彼に付き添っていた大妖精が、先生である慧音に情報を提供した。


「…慧音先生、今までチルノちゃんの代わりに私がユイトに付き添っていたんです。

しかし、ユイトはチルノちゃんが居なくなってから、変な行動が目立ったんです。突然、私たちでさえ危険な妖怪の森に行ったりして…。

―――今回、私が居なかったが為に起きてしまった事だから、その……」


「……いいのよ、貴方の所為では無いわ。

―――でも、彼が消えたのは事実。…早く捜索しなくちゃ、ね……」


教師として、そして此の世界で生きる一個人として、彼女は頭を悩ませた。

その時、寺子屋内は虚無たる空気が淡々と醸されていたが、大妖精は気が気では無かった。

ユイトの、全く予測もつかないような行動がどんな運命と結びつくか、まんざらに分からなかったからである。

彼女の心情は至極不穏なものとなり、数多の妄執さえかき消してしまう程であった。


◆◆◆


ジ・オランディオを倒した彼女たちは、遂にアクシス・オーバー社の鎮圧を成功させた。

本格的な捜索が始まり、黒の外套を羽織る男を中心に組まれた捜索隊の手により、機械室に隠された機密文書が発見されたのである。

眩暈を覚えるほどの大量な文書は、全てメタトロン側の元老院の第一セナト、シエルと繋がっているものであった。

第一セナトと言うものは皇の代わりにメタトロンを管理する、摂政的な元老院を統轄する存在で、枢要を語れば、アクシス・オーバー社はメタトロンの忠実な隷であったのだ。

この事件は科学に長けた第二次世界フィッツジェラルドのありとあらゆるマスコミを通じて報道された。

しかし、深淵庁の強行的な家宅捜索には非難も相次ぎ、優良企業と見込んでいた幾多の中小銀行は破綻に追い込まれ、多くの銀行に投資家や預金者が殺到した。

大規模銀行も多額の損失を記録、賄う為に政府は救済政策として緊急公庫から金融システムに金銭支援を行い、少しでも騒動を食い止めようとした。

この、誰も笑えない事件の一端を纏めてマスコミは「アクシス・パラダイム」と呼称し、拡散していった。


緊急公庫から支援を行う事に署名した、黎明都市フィッツジェラルドの大統領ことルーシア=オルハは、国会で大々的に演説を行っていた。

軍需経済を大きく動かすオーバースターの襲撃、重ねて運営会社のアクシス・オーバー電磁開発への家宅捜索は、唐突にして余りにも痛手過ぎたのだ。

多くのカメラが向けられ、静寂な国会の中、幾多ものマイクを通じて彼の声はテレビモニターから出るように放たれた。


「……深淵庁が行った独自の家宅捜索で、遂にアクシス・オーバー社が律城世界側のスパイである事が判明した。

が、深淵庁の行った事は断じて許される行為に非ず、多くの人を最終的に陥れる結果になった今回の騒動は過ちだけでは済まされない。

……私の祖先、ノヴァ=オルハが書き残した『沈黙の夜』の通り、このままではバルト・ゼロ協定は破棄され、軍事に余裕が無いまま我が世界は滅ぼされるのを待つだけだ!

―――皆さん、協力して欲しい。…我々は、行動で智慧のアリストテレスにも、聡明のプラトンにもなれる!アクシス・パラダイムと呼ばれる、今回の騒動の収集を手伝ってほしい!…以上です」


緊急国会でそう発言した大統領の言葉の一つ一つには、彼自身の本音が詰め込まれていた。

彼の演説をテレビの前で観ていた、彼の妹であるセーラはやっと医師に了承を得て退院し、ゼロ戦で蒙った傷を治したのであった。

長時間に渡って行われたアクシス・オーバー社の家宅捜索が終わった時間に彼女の傷も治っているというのが亦、変な気分を感じさせる。

久々に観た彼の兄は怜悧さが在り、逞しくさえ思えた。

彼女が戻った事により、捜索機動隊の主任はカイアスから彼女へと戻ったが、今回の家宅捜索は非難の声が相次ぐものとなってしまった。

これで深淵庁への信頼は極度に落ち、全く以て笑えないものになってしまった。


これらの責任が、全て自分に帰ってくると考えると、気が重い。そして怖震える。

だが彼女は今までお世話になった病院を背に、タクシーに乗り込んでは深淵庁本部へと向かった。

カイアスの顔が頭に浮かぶと無性に憤りが募るが、純粋な眼差しを浮かべていた解条者フォノンの顔を浮かべても、不思議と笑みが零れるのであった。

タクシーは彼女を乗せたまま、混乱状態に陥ったフィッツジェラルドの街並みを駆け抜けていった。


◆◆◆


「……あたいたち、本当に正しい事をやったのかな。会社の人たち、『俺は何も悪くないのに!!』とか、『なんでこんな目に…』とか言ってたんだ。

―――そんな人たちに剣を振るい、銃を撃つ捜索機動隊の取った行動、それらを取り仕切って執ったあんたにも、何か責任はあると思う」


深淵庁に帰還した捜索機動隊は、誰も無駄な事は喋らない、寡黙した空間の中であった。

しかし囚われないで発言する、解条者フォノンの彼女は、自分の意見を奥のカイアスにそう述べたのである。

彼は元々はセーラの席である椅子に座ったまま、不愛想な顔を浮かべていた。

テレビでは案の定アクシス・パラダイムの件が報道されており、其れに対して彼は面倒そうな顔面をしていたのである。


「……"責任"ってなんだ」


「……勝手な家宅捜索の所為で、多くの人たちが困ってるんだって。…其れは、あたいたちが勝手に動いたからじゃないかな?

―――あたいも、あの会社の社長、ジ・オランディオを殺した。あたいの罪は相当に重いよ、でもあんたも何かを戒める必要性があるんじゃないの?」


「―――なんだ、アクシス・パラダイムの責任転嫁、ってか。お前らしいな」


「違う。…責任は転嫁してない、でもあんたはさっきから様子がおかしい……。

多くの人たちが困り果ててる映像が流れるテレビを観て大爆笑したり、嘲笑したりしてるようで…。

―――あんたが律城世界メタトロンの人に親にでも殺されたのか、って感じるほどに異常だよ、、、」


思い返せば、そうであった。

彼は異常なほど何かに執着し、先程の寡黙も全て彼が寄せ付けない空気を産んだが故の副産物であった。

テレビで淡々と流れる、困り果てた人々の映像を観ては嘲笑を浮かべるかのように声を荒げ、嗤うのだ。

彼女はその光景を、その眼で観てしまった。率直、彼女は今まで彼に抱いていた謎の高尚観が打ち壊されたような気分なのだ。

冷酷な彼の裏の顔を見たような気がして、彼女は身震いが止まらなかった。其れは他の捜索機動隊も同じであった。

彼女の発言に、彼は黒の外套を椅子に掛けるや立ち上がり、ドンと足音を立てた。

唐突な音にその場に居た全員は驚くが、彼は映像が流れるテレビを傍らに、徐に話し始めたのである。


「今、お前らが突然の足音に驚いたように、世界は刹那的な表象が多く見受けられるものだ。

しかし其れは凶暴的で、何時、誰に襲い掛かるか分からないんだ。…嗚呼、あの時の私も、そうだった。

―――世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているんだ。

……そうやって固定観念に帰結された私は、"アイツら"に全てを奪われた。……お前如きじゃ分かるまい」


彼はそう言うや、再びテレビを見始めた。

この時、彼が放っていた威圧と言うものが深淵庁の捜索機動隊本部で充満しており、誰もが活動しにくかった。

しかし、彼女はその最中でも足を進め、再び問うたのだ。


「…カイアス、あんたの名は…」


「その名を呼ぶな。…厭離穢土する私に相応しくない穢れた名を、な」

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