15章 零落と煉獄
ショートヘアの金髪を薄暗い陰の中で佇ませながらも、ジ・オランディオは剣を振るった。
鋼鉄の刀身は一気に彼女の方へ向かっていったものの、其れは彼女の振るった一発の剣戟によって止められてしまう。
銃声が響く中、背景の数多ものモニターだけが光源の頼りの中、剣同士が触れ合うことの摩擦音が生じていたのであった。
此処で彼女は自身の能力を用い、氷のつぶてを至近距離に居る彼に放った。
が、彼は氷を察知してなのか、一時的に離れては机の上に乗り、火の魔法を放って相殺してしまう。
氷は水となり、辺りに飛散する。
彼に間隙を与えんと、彼女は彼の乗る同じ机に乗り上げては、剣先を向けた。
極めて丈夫な、鉄製の長机の上、それはまるでフェンシングのように、2人は剣を持ったまま舞ったのである。
隙すらも与えない、お互いの攻防。怪訝な面は、相手のただ1つだけの隙を見極める。
チルノはルインタイプライターを易々と振るうが、ジ・オランディオは何処か疲弊を見せていた。
黒い外套を羽織る男の乱射は未だ続き、その端くれとも言えるであろう銃弾が2人の間を通過した。
その瞬間、反対側に立つ彼が避ける仕草を見せたのである。ほんの僅かの出来事であった。
刹那、彼女は彼の剣をルインタイプライターで弾き飛ばしたのである。
正しく秒たりとも逃せまい、戦いに慈悲は無いもの、彼は彼女の哀れそうな眼の下に、平伏すしか無かったのである。
「……これで終わりだとは思うなよ」
彼の剣は銃撃戦が行われている場所の中心部に消えた。最早、取りに行く事は不可能だ。
しかし彼は律城世界メタトロン出身、魔法と言う能力が存在していた。
右手に何かの瘴気を溜めこみ始める彼に、彼女は予想外の行動に目を疑った。
「―――チェーホフの銃。世界には、"在るべくしてならないもの"は"決して存在してはいけない"!
私の此の能力も、また私と言う存在を在るべきものへ導く、一つの閃光みたいなものでな!…覚悟しろ!!」
彼は机の上から、目の前の彼女に対して自身の魔法を展開した。
メタトロン側の、魔法と言う拡大し切った概念には多少厄介性を感じるが、この場でそのような事など考えてはいられない。
放たれた雷は、彼女を狙い撃つかのように天井から降り注ぐ。
幾度も重なり合う銃声を凌ぐ、遥かなる轟音はコントロールセンター内の萬物を凌駕するかのように。
しかし、彼女はきびきびとした反射神経を駆使し、落雷を易とも容易く躱してしまう。
列を生成するように区画されて置かれた長机の上を、空中回転回避で経由していきながら、魔法を簡単に避けるのだ。
其処には、幻想郷で生きてきた妖精の、何処となく持っていた力というものが発揮されていたのだ。
過酷な状況で産んだものは、此の世界では大きな副産物となったわけだ。
「終わらせない!…アクシス・オーバーに光を!!」
雷に続いて、火や氷と言った多種多様の魔法を、遠距離攻撃として用いる彼。
神の代理人の本気は、銃撃戦を一瞬で無に回帰させ、常に無頓着な黒の外套の男を一瞬だけ眼を疑わせた。
しかし、チルノは笑みを浮かべていた。…裕たる姿が、其処にはしっかりと存在していたのだ。
「―――果たして其れはどうかな?」
その瞬間、的を絞った彼女はあろうことか、ルインタイプライターを投擲したのである。
その距離は至近でありながらも、離れていた事に変わりなし。
しかし、右往左往に放たれていた魔法はその瞬間に停止した。…そして、軽い剣の刀身が1人の身体を貫いたのである。
口から血が吐瀉物のように溢れ、薄暗い陰の中、静かに倒れこんだのである。
「解条者:チルノ、"神の代理人"№XV「零落のイシュタム」:カイアス・レプリカント……。
―――貴様らだけは…あの世でも永遠に呪い続けてやる……」
刹那、彼の吐息は静かに切れ、辺りは静寂に包まれたのである。
ジ・オランディオの死を見届けた社員たちは戦意を喪失し、銃を構えた男の前で徐に両手を挙げたのであった。
「…そうさ、オランディオ。…俺を恨め、呪え。…俺は裏切り者、カイアス・レプリカントだ。
お前の尤も大事な人を利用した、悪魔のような男さ、、、」
男は銃を差し向けながら、そう静かに呟いた。
◆◆◆
セーラが寝込んでいた病室に置かれたテレビには、濛々と高く昇る煙の中に朧げに映る会社の姿があった。
凄惨な映像を囲むように作られた青い枠組みには、急激な変遷を遂げる株式の数値が刻まれている。
この、今日と言う日付は歴史に刻まれるであろう1日になるのは、誰もが予想しなかった事である。
ヘリコプターを用い、空中から生中継を行うリポーターは、真下のアクシス・オーバー社の様相を興奮気味でリポートする。
辺りが閉鎖され、戦場と化した場所の、生々しい中継であった。
「こちら、アクシス・オーバー社の上空に来ております。只今、アクシス・オーバー社からは淡々と煙が上がっており、煙臭いです。
深淵庁が発表した、アクシス・オーバー社への家宅捜索によって、今現在は34名が死亡、200名余りが負傷を負っている模様です。尚、続報が入り次第、お伝えします」
ニュースの生中継を視たセーラは、何処か悲しい気分に浸っていた。
この事件が、黎明都市を築いていた安全基盤を壊し、第二次蒼穹而戦争の火蓋が切られる原因になるのではないのか、と。
事実、深淵庁はアクシス・オーバー社が冷戦状態の律城世界と繋がっていると判断したがための強行的な家宅捜索で、批判も大きかった。
ベットに腰掛けて座る、猫耳の彼女は心配そうな面を浮かべながらテレビを観ていた。
「……チルノちゃん、大丈夫かな」
「…チルノちゃんはきっと戻ってくるよ。それよりも、セーラはこれからが心配だよ……」
セーラは混乱の沙汰を歩むことになるであろう未来を、怯えるように恐れていた。
確かに黒い外套の男…カイアスに深淵庁の捜索機動隊の主権を仮に渡したが、これは采配を間違えたと後悔していたのである。
アールシュヴァルツは、深く考え込んで顔面を真っ青にしては、咳こむセーラを介抱した。
彼女は頻りに喉を渇いていたらしく、すぐさまペットボトルのお茶を渡してはゆっくりと飲ませる。
喉を潤したセーラは、アールシュヴァルツに感謝の意を述べ、再びベットに寝込んだのであった。
チルノが居た時は同じ病室にいた、シレイルの姿は其処には無かった。
彼女は黎明都市の内務省の長官なのだが、深淵庁の動きについて対処するため、帰ってしまったのである。
しかし此れは仕方のない事であった。少しでもカバーする為に、彼女は翻弄されながらも、しっかりと指揮しているのだ。
「……セーラちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫、ありがとう。…それよりも……セーラは、これからのフィッツジェラルドが心配だよ…」
◆◆◆
「……お姉ちゃん、まだ帰ってこないね…」
住宅街の一角、甍を並べた先の、とある一軒家。
普遍的な家の並々と変わらずして、何の変哲もなく佇む、2階建ての一軒家。
その日は曇天で、雲が重々しく空を制圧し、お天道様を意地悪して隠しているかのようである。
ソファやアンティークが綺麗に置かれたリビング、机上の液晶テレビの前に座っていた2人の子は、未だ帰ってこない存在を待ち侘びていた。
感情が不安を募らせていくのは、まるで天気のようであった。
「……アールシュヴァルツお姉ちゃんはちゃんと帰ってくるよ!
―――それよりもソワくん!…一緒に御飯事やろうよ!…あたいがお母さん役ね!」
「…僕がお父さん役、ってこと?」
「そう!…で、設定は~あたいとソワくんが夫婦で、ソワくんが会社から帰ってきて、あたいが出迎えるの!
―――で、そこからは~あたいたちがラブラブしながら、一緒にご飯食べるの!えへへ~」
「リルノちゃんは相変わらず凄い妄想好きだね、、、」
テレビで淡々と流れることには一切の興味を示さず、2人の子供達は御飯事を始めたのである。
玩具の野菜などを、玩具の柔和な刀身の包丁で徐に切っていく、母親役のリルノは嬉しそうに頬を紅く染めていた。
父親役のソワはソファの陰でスタンバイしており、タイミングを見計らっていた。…馬鹿馬鹿しく思いながらも。
やがて彼はソファの陰から姿を現し、帰ってきたかのような雰囲気を醸し出させる。
その時の彼女の顔というもの、全面笑顔でソワも釣られて笑みが零れそうになるほどだ。
「おかえり!ソワくん~待ってたよ!!」
演技なのか、本気なのか。ソワに抱きつく母親役の彼女に、彼は困惑していた。
同じ背丈ぐらいの2人は、ずっとこの家の中で育ってきた。だからこそ、親近感が湧くのであったのだろう。
彼は当惑しつつも、彼女を抱き返した。それが流儀?モラル?…御飯事に慣れない彼は終始戸惑っていた。
だが彼女はその行為に喜んでくれた。笑顔で接してくれることに、ソワも良い心地がしたのである。
「……えへへ、ソワくんに抱かれちゃった~」
その時、家の玄関の扉が開く音が聞こえたのである。
2人がいるリビングにまで、スタスタと歩く音が聞こえる。だが、リルノは入ってきた存在が見えないでいた。
最初はアールシュヴァルツかと思ったが、どうやら其れは違うようであった。
彼女は唐突に起こった、不可思議な現象に疑問を抱いていたが、彼は怪訝そうな顔を浮かべていた。
「……誰だお前は」
彼は護身用に持っていた拳銃を構えては、誰もいない通路に向けたのである。
彼女は彼の行為をおかしく思い、同時に不思議に感じていた。
此処で彼女は彼に質問を投げると、返答は意外なものであった。
「……ソワくん、誰もいないよ…?」
「いや、いるよ。…白いマントを羽織った、変な男がいる。…リルノちゃんには見えないの?」
「…あたい、見えないよ…。…怖いよソワくん…」
咄嗟にソワの背中に隠れるリルノに、彼は終始顔色を変えなかった。
すると通路に、霊験視ベールを解除した男の容姿が現れ、其の場に佇んでいた。
男は白い外套を羽織っており、白を基調とした服装を纏っている。掛けているモノクルが特徴的な、二十代半ばと思われる男であった。
彼は目の前で怯えて存在している彼らに微笑みながら、口を開いたのであった。
「……名前は既に知っている。…ソワにリルノ、だね。
―――しかも、霊験視ベール状態でも私の姿が見えたとは…お見事だ。…まさか、第二次世界の解条者が此処に居たとは、、、」
「…お前は誰だ!?…僕ならまだしも、リルノちゃんを傷つけるなら許さないぞ!」
「……ハハハ、戦うつもりなんて更々ありませんよ、ご安心ください。
……私の名は…元老院第一セナトにして、"神の代理人"№XIII「煉獄のデミウルゴス」:シエル・ルドフェス・アーバンカイン。
―――何せ私は、2人をお迎えにいらしたのですから……」
◆◆◆
「……世界中枢機関ハルト・デリート…何故その事を知ってる?」
「噂で聞いたのよ、幻想郷以外の世界の存在、そして世界を司る機関の存在を…。
―――八雲紫、貴方は何かを知ってるんでしょう?…チルノが行方不明になった、あの事件の真相も…」
深紅を基調とする、大層美しい豪邸。
庭園には多くの草木が整えられ、見る者を魅了するに十分すぎる美しさを備わっている。
その庭園を見下ろす形で置かれた、豪邸のベランダに設置された机と椅子。
机上には高級そうなカップに注がれた、美味しい紅茶が入っている。その紅茶の水面には、疑いの目を向けるレミリアの姿があったのだ。
「…今、紅魔館は妖精だけでは無く、多くの者をメイドとして雇ったのはご存知かしら?
……かの巫女や魔法使いまでも、そして兎や鬼、天人をも雇えたとは、私も心外だったわ。
―――何故だと思う?…それは、私は遂に見つけてしまったのよ。…この屋敷の地下に、"悍ましい"機械が存在していること……」
「……貴方が沢山メイドを雇ったのは、貴方自身の予測の懐疑そのものだったのね。
―――まぁ、勘のいいコト。…でも、何も手出しはして欲しくないわね」
「……どういうことかしら?」
「……そのままの意味で捉えていいわ。…貴方が余計な手出しをすると、この世界は破壊を招く恐れがあるの。
―――他の世界は、貴方が想像する以上に過酷で恐ろしいものよ。…貴方が考える以上に、ね」