13章 神の代理人
少女はフリルのついた白いドレスを纏いながらも、片手で易々と大鎌を構えた。
そして目の前に居たチルノの魂を刈り取るかのように大きくスイングして見せたのだ。
其れは恐怖に駆られるものであり、空気が裂ける音がした時、彼女の鼻の先を鎌は通過していったのである。
すぐさまルインタイプライターを持つも、サラサラな水色の髪を靡かせる彼女に問いかける。
「……ど、どうして!?…こんな事は良くないし、第一…あんたが何をしたいのか、あたい分かんないもん!」
「……だったら追いかけないで!!」
「…ごめんね、あたいは…誰かが困ってるなら、助けないと気が済まないんだ」
「……嘘つけ!私を傷つけ、更に私を陥れて私を玩具にするんだ!そうに決まってる!!」
少女は右目で涙腺を描きながらも、決心を持ち合わせていた。
続々とフルスイングが彼女を襲うも、咄嗟の反射神経でギリギリの点で攻撃を躱していく。
しかし、少女はそんな彼女を許す気は全く無かったようで、其処には殺すという意思が明確に芽生えていた。
此の、不可解な現象を前にしたチルノは最早闘う事でしか分かり得ないと気づくや、すぐさま反撃に出る。
大鎌の振った隙は大きいもので、彼女は機会を窺った。
二度、三度と鎌は空気を轟音と共に裂いていく。
その時、彼女は咄嗟に少女の後ろに回っては一気に剣を振り下ろした。
だがそれは鎌の一撃と相殺し、チルノは一旦対象から離れた。
目を紅く光らせる少女は、今度こそはと鎌を大きく振りかぶった。
だが其れさえもチルノは華麗に身を反らして躱してしまう。敢無く間隙を生み出した少女に、彼女は剣で一閃した。
其れは白いドレスに一直線上に傷が入るものであった。が、彼女は手加減をしていた。
彼女には全く殺すつもりなど皆無で、分かり合いたいと思っていたのだ。
しかし少女はドレスに傷が入った事を嘆き、身を震わせては鎌を携えたのであった。
「……もう、止めようよ…」
「……貴方もアイツらと同じなんだ!」
少女は決してチルノと同じ意を潔しとはしなかった。
何かの決意が、彼女を持つ鎌に力を宿らせ、そして狡猾たる意思を産んでいたのだ。
白いドレスは斬られた影響でボロボロになっており、服装が崩れていく。
だが少女は意地でもチルノに攻撃を試み、大鎌を勢いよく振りかぶったのである。
「…同じなんだ…同じなんだ……!」
彼女は左手で縫いぐるみを引きずった状態のまま、大鎌を幾度も振り回す。
其れはまるで魂を刈らんとする死に神そのもので、チルノもまた、恐怖に駆られるのであった。
少女の意思は断固として硬く、早々に揺れるものでは無かった。
だが、其れは一筋の剣閃が心情を貫いたのである。
「違う!あたいは…分かり合いたいだけなんだ!!」
大鎌は剣戟によって弾き飛ばされ、遂に通路の壁に追い詰められてた少女。
鎌はそのまま遠く、壁に刺さる。剣先を壁際の少女の額に向けては、チルノは睨みつけた。
その時、少女は再び縫いぐるみを抱きかかえては、夥しく悲泣に暮れたのであった。
◆◆◆
「……もう、こんな事は止めよう。無理に戦うのは良くない」
チルノは向けていた剣を下ろし、納刀しては怯える少女に手を差し伸べた。
少女は今まで戦っていた相手が心優しく手を差し伸べた事に意外さを感じ、涙目で見つめたのである。
涙に濡れた縫いぐるみを抱えたまま、優しく手を掴んでは壁から起き上がる。
その時、チルノは既に少女の大鎌を取りに行っており、改めて鎌の大きさに感銘を受けていたのである。
そして何よりも、片手で此の大鎌をフルスイングする少女の腕力に、また驚いていたのである。
「……貴方はやっぱり違う。…私が間違えてた。…その、今更許されることでは無いかも知れないけど…ごめん。
…私、あの…人見知りで、深く物事を考えこんじゃうの…。……ご、ごめんね、本当に…」
「…フン、なら尚更じゃない!」
「……え?」
「……あたいが"トモダチ"になってあげなくちゃ、ね?」
その時、チルノは少女を優しく抱いたのであった。
少女は別の意味で瞼を潤し、また、少女は暖かな温もりを以てしてチルノを抱き返したのであった。
単に、友人が欲しかった。それだけに、少女は深く考えてしまっていたのだ。
其処には、彼女を襲った凄惨な事実そのものが反映されていたのを、チルノは予想だにしていない。
だが、彼女は少女を優しく抱く。その時間は、永遠のものであった。
「……淋しかったんでしょ?…空間を捻じ曲げてまで、誰かと喋りたかったんでしょ?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい…」
「あたいは謝ってほしくないの。…だからさ、もう泣かないで。あたいがいるんだから、さ」
少女はその時、言われたがままに泣くのを止め、涙腺を鮮明に残しながらも彼女を見上げた。
細かく見れば、背丈はチルノより少し小さい。若干ながらも姉貴分の雰囲気を、チルノは醸し出していた。
泣くのを止めた事に気づいた彼女は慰めるのを止めるや、少ししゃがんては彼女と同じ視線の高さで喋った。
少女は、親近感をこれほどまでに無いほど持てている。
「……君が、そうやって寂しそうにしてるのは分かる。だから、あたいが友達になってあげる!
だから、もう淋しくは無いでしょ?…えへへ、あたいね、自慢になっちゃうけど、友達作りは上手って言われるんだ!
―――あっ、そうだ。君、なんて名前なの?」
「……私、オラクル・メア、、、」
「へぇ~!…あたいはチルノ、宜しくね!」
その時、少女は何時の間にかチルノが持っていた大鎌を右手に、熊のぬいぐるみを左手に持っては、そう口を開いた。
だが、先程とは違って表情は柔和で、至極笑顔であった。
すると少女は通路の先を指さしては、真っ暗やみの先を示してチルノにこう言った。
「この先、チルノちゃんが行きたがっていた社長室に、繋がってる。……早く行って、お仲間さんを助けてあげて」
「…空間を捻じ曲げたんだね。……でも、どうしてあたいを助けて…?」
「…ウフフ、だって私は、、、何たって、チルノちゃんの"トモダチ"だから!!」
◆◆◆
「アクシス・オーバー社内に於いて不可思議な現象が発生、時空間が変調しているようです」
「解析を行え!…これも深淵庁の仕業かも知れない、暇がある社員は直ちに現場へ急行せよ!」
「「了解!!」」
幾多ものテレビモニターが設置され、多くの社員が管理しているコントロールセンター。
其処の中央に設置された回転椅子に、声が高い調子で早口な司令官は深々と座っていた。
不可思議な現象を監視カメラで確認した社員は慌てて深淵庁の思考を模索し、戦闘中の社員たちに命令を下す。
この、極めて慌ただしい中、司令官はただ状況をほくそ笑んでいたのだ。
スマホを耳に充て、相手と気楽そうに話す司令官は、多忙を極めるコントロールセンターの中でも異質な存在であった。
「……至極順調そうな佇まいですね。後はしっかり頼みますよ」
「……其れはどうも、カノンヘレム長官。長官からの激励の言葉、誠に感謝します」
「……何を言っておられるのですか。…"神の代理人"№III、「黒の仮面」ことジ・オランディオ様、、、」