12章 不可解な幻
病院内を駆け抜ける彼女は、多忙の様を呈していた。
近代化された建物で、ガラス張りされて且つ吹き抜けの、解放感ある中を降りていった。
エスカレーターを高速で走り抜ける彼女はそのまま玄関口へ走って赴き、泊まっているであろう白ワゴンを捜した。
案の定、目的の車は彼女を待ちわびていたかのように正面口に停車されていた。
すぐさま乗り込み、家宅捜索が行われているアクシス・オーバー社へ乗り込むことを決意した。
「今の状況はどうなってるの!?」
「今現在、深淵庁の家宅捜索は難航しています。既に死傷者が続出しており、戦後最悪の事件となりつつあります。
アクシス・オーバー社は電磁開発に携わる第一人者ともありまして、最新兵器を用いた対抗をしております。
深淵庁側としては武装して突入しており、両者互いに拮抗していると言った具合です」
「分かった!後はあたいが片づける!」
車を猛スピードで運転しながらも、質問に答えたのは深淵庁の職員であった。
カーナビが取り付けられており、アクシス・オーバー社に向かって車が向かっていることを指し示している。
車窓は高速で変遷する様を映し出しており、近代的なビル群の中を疾走する。
やがて遠くに、城のように幾多もガラス張りのビルが重なって作られている、1つのテリトリーが彼女の視界に朧々と映し出される。
其れこそが、正しくアクシス・オーバー社の本社であったのだ。
「―――見えました、あそこです!チルノさんは中に入って最深部の、社長室へ向かってください!
其処で貴方を待っていると、彼からお達しがありました。…とにかく、死なないでください!そして、絶対に社長室へ向かってください!」
「心配性なのね?…あたいは最強、最強の妖精なのよ!…死なんて不名誉、あたいには似合わないもんねーだ!」
彼女はそう猛る自分を衒うや、豪語して見せたのであった。
やがて車は警官がバリケードを張って展開していた、絶対防衛ラインを超えて進んでいく。
徐々に窓ガラスの向こう側から銃声の音が響いて行き、やがて車は急停車した。
運転手が降りるよう彼女に催促を掛け、彼女はすぐさまワゴンから降り立ち、ルインタイプライターを構えた。
アクシス・オーバー本社では深淵庁の捜索機動隊と社員が徹底的な戦闘を繰り広げている。
本社玄関口のガラス製の自動ドアは既に割られており、粉々に砕けている。すぐさま中へ入って彼女も加戦する。
開放感溢れる社内では、近代的な設備に多くの銃痕が刻まれており、戦闘の凄惨さを物語っている。
彼女は物陰に隠れながらも、何とか内部へと近づいて行った。
職員の言う通り、彼女はアクシス・オーバー社の社長室へと足を進めた。
鉄骨の彫刻が築かれており、会社そのものが一種の藝術のようであった。が、中は地獄と化している。
進むにつれ、敷かれた紅のカーペットがボロボロになっていき、やがて壁などに血痕が出始めた。
未だ銃声は止まず、如何にして此の拮抗が残酷たるものかを指し示しているようである。
アクシス・オーバー社の玄関口から入って奥、エレベーターホールに彼女は到着した。
エレベーターホールには階数と部屋の案内の看板が掲げられており、彼女は社長室の在処を確認した。
社長室は最上階であり、其れを確認するや彼女はエレベーターに乗り込んだ。
そのまま最上階まで行くつもりであったが、扉が閉まって昇り始めたや否や、急に電源が止まってエレベーター内は暗くなったのである。
困った彼女はルインタイプライターの力を駆使して、扉を何とか抉じ開けると、其処は12階であった。
社長室は30階、つまり最上階である。
エレベーターの電源が落ちた以上、階段を用いて上昇するほかは無いだろう。
彼女は階段を捜すため、12階フロアを模索しようと試みるが、どうやら銃声が近い。戦場になっているのであろう。
壁の陰に隠れ、こっそりと進む。やがてスーツ服を着た男性が銃傍らに、腹部に銃撃を蒙ったまま倒れているのを彼女は見つけた。
其れは間違いなく戦禍の象徴であり、この近くで戦闘が行われていることへの何よりの示唆であった。
「……いたぞ!深淵庁の連中だ!」
物騒な声が大きな足音を立てて聞こえてきた。
彼女は咄嗟に走り、足音の主からの視界を何とか遮らんとして必死に社内を駆け抜ける。
走り抜けている間、電気が通っていない暗闇の通路を見つけた彼女は、咄嗟に暗闇に身を任せた。
其の暗黒とも言える通路は社内でも極めて目立たない場所に在り、人の気配すら全く感じさせない。
声の主はそのまま通路を通りすぎ、別の方向へ行ってしまった。
彼女は興味を抱いており、この、周囲と比肩して真っ暗闇の通路を何処か霊怪に思っていた。
訳無しに彼女は通路をそのまま歩くと、非常灯の緑色だけが照る静かな空間であった。
隣接する部屋もまた、電気が通っていない為、不気味さを醸し出している。
何処かでは賑やかに銃声が聞こえるが、彼女は社長室へ行く事を忘れて通路を淡々と歩いていた。
「……この通路には…何も無い…よ?」
小さな声が、唐突に彼女の耳に入った。
声の方向を向くと、其処には暗闇の部屋の中に置かれた円卓の上に座る、彼女と背丈が変わらない少女が居た。
白いドレスに多少水色がかったショートヘアであるのを、暗闇の中でも彼女は察知出来た。
多少驚いた彼女は武器を構えながら後ろへ身を引き、少女に問いかける。表情は強張り、怯えの色を見せて。
「…あんた、誰……?まさか、アクシス・オーバーの…」
「違う…違うよ。私は貴方を見に来た…。…この通路は私が特別に作った空間で、チルノちゃんは今、誰にも見えない場所に居る…。
…私の力で空間を捻じ曲げたんだ…。…此処に来るように私が…その…呼んで」
「……あたいをどうするつもり!?」
彼女は威勢よく剣先を机上の彼女に向けた。
すると机上の少女は突如怯えの色を見せ、両手で頭を隠してはプルプルと身を震わせた。
予想外の展開に、チルノも剣を向けるのを何処か引けた。
「私をいじめないで…私はただ…"トモダチ"に…」
「トモダチ?」
不思議な音韻であった。其れは至極響きが特徴ある、謎めいたものでもあった。
剣を仕舞い、机上の少女に近づく彼女。それでもまた少女は怯えており、近づいてみれば少女が熊のぬいぐるみを抱きかかえていたのが分かった。
熊のぬいぐるみに頭を埋めるように、身を震わせる弱々しい姿に、彼女は少女の右手を握った。
暖かな温もりが掌に伝わって、不思議と心地よい。
「……友達になりたいの?…しかし、どうしてこんな場所に?」
「……私は貴方とは違う。…貴方のように……強くないんだ」
「……空間を捻じ曲げた、とか。あんたは能力の持ち主なの?…もしかして、幻想郷出身?」
「私は幻想郷…じゃない。…ご、ごめんッ!」
彼女はチルノの手を振り切って、そのまま何処かへ走り去ろうとした。
咄嗟の行動に、解条者は驚愕したが、すぐさま去ろうとする少女を追いかける。
薄暗い通路の追いかけっこに、少女は何処かへ行こうとしたが、執念深く追いかけるチルノの方を向いた。
水色の髪の毛を風に靡かせては、空間を捻じ曲げて取り出した、紋章の刻まれた大鎌を右手で容易く構えては、左手で熊の縫いぐるみを引きずった状態でチルノの前に立ちはだかった。
この、不可思議な事象と狂った心情を前にチルノは頭が混乱していた。
「…ど、どういうことなの!?…何がしたいの!?」
「…私、貴方とは違う…絶対に違う!…私は……私は……!!!―――違うんだ、全部違う!!」
「落ち着いて!…あたいが話を聞くから、一旦落ち着いて!!」
「貴方も私を置いて行く…!……私の作った快楽を貪り食う輩の1人に過ぎなかったんだ!!
―――私を1人にしてよ、私の邪魔をしないで!!!……貴方も、この鎌で殺してあげる!!」