10章 新たな計画
オーバースター襲撃から何とか軍事生産ラインを守り切った2人は疲弊に駆られていた。
負傷したセーラを背負うように歩むチルノは、彼女の事を心配しながら徐に進んでいく。
やがて鋼鉄の血管は終わりを見せ、閉鎖された扉にたどり着いた。其処こそが、かの地下駐車場へ繋がる場所であったのだ。
すると2人の前で堂々と立ちはだかっていた壁は消え、扉が開いたのである。
そして開いた先には、駆け付けたであろう、ルインタイプライターを渡したあの男が佇んでいたのだ。
「随分と怪我を負ったようだな。…早く行くぞ」
◆◆◆
彼が運転するワゴンに乗った2人は、そのまま病院へと走り去った。
黎明都市の連なるビル群の中を抜けていくように疾走するワゴンは、普通の乗用車のようにも見えた。
だが中には重要人物が乗車してるとは、誰も想像に及ばないだろう。
病院で幾多もの医師と看護婦に介抱されながらも、セーラは車から降りて病院へと向かっていく。
「…あ、ありがとう」
「お前は病院でゆっくりしているんだな。…後は任せろ」
そう言うや、車はそのまま病院から旅立った。
再びビル街が窓ガラスを隔てた向こうに映る。素っ気ない世界ではあるが、チルノにとっては何時も新鮮味を帯びているように感じられる。
ワゴンはそのまま深淵庁へ向かい、見覚えのある建物の前で車は停車した。
2人は徐に降り立ったが、男は何処か苦い顔面を浮かべては、面倒そうな顔をしていた。
其れは彼女にとって範疇外の、遥か別次元の問題のようにも思えたが、何処か残酷な気もしたのも既成事実だ。
「…嗚呼、ゼロの言う事が事実なら、これは極めて厄介ものだ。後で大統領との面会を行いたい」
「…そういやあたい、あんたの名前聞いてなかったね。あんたの名前は何なの?」
重たそうな面を浮かべる彼を他所に、彼女は気になっていた事を問いただした。
男は溜息一つを軽く吐くと、彼女の爛漫さを羨ましく思ったのか、暇に付き合う事にした。
これから起こるであろう事象を考えると頭が痛くなりそうだったことも功を奏して。
「…私に名前なぞ無い。あったら最初から堂々と言えるハズだろう」
「名前が無い、なんて…あたいの友だちとそっくりだ」
「私をお前の友人と測られて貰っては、お前の友人に失礼だ。…私は下衆で言深な、醜いアヒルの子なのさ」
そう話しているうち、2人は深淵庁の捜索機動隊の部屋にたどり着いた。
此処で男が捜索機動隊の職員に対し、声高らかに口を開いた。
セーラ主任が今病院へ送られたことを伝えるや、辺りは騒然としたが、問題はこれからであった。
ゼロが言ったであろう、アクシス・オーバー社が律城世界メタトロンのスパイ会社である事実の対処だ。
今回防衛に中ったのは、アクシス・オーバー社が誇る巨大な軍事生産ライン、"オーバースター"と呼ばれる工場だ。
其処でゼロ率いる外務省の面子が襲撃を図るも、襲撃の痕跡を解析してみれば其れは「極めて甘い」事が分かった。
「…今回のオーバースター襲撃では、律城世界の奴らが何かを企んだ上での派手な襲撃へと至ったのだろう。
襲撃の跡を解析した結果、最終防衛ラインにまで辿り着けたのにも関わらず、守り切った中央の軍事生産ライン以外も破壊されていない。
セーラやチルノも、ゼロが今回の襲撃は何たるものぞ穽陥で、我々をオーバースターに集中させている間に何か企んでいるかもしれないと言っていた事を証言している。
……一同、アクシス・オーバー社のこれまでの変遷を徹底的に調べ上げろ!!」
「―――了解!!」
一斉に了解の声が上がったと同時に、彼らはすぐさまパソコンの画面と向かい合った。
暇そうに両手を頭の後ろで組んでは壁に寄りかかっていた解条者は、欠伸をしては深淵庁の多忙さを傍観していた。
男もまた、徹底的にアクシス・オーバー社の何かを調べ上げる為にも、パソコンと向かい合っている。
暇も兼ねたので、どうせならと言う頭のぼんやりさが、彼女を行動に動かした。
下には柔らかいカーペットが敷かれた深淵庁内を、彼女は暇そうにふら付いた。
先程まで居た捜索機動隊の本部から離れた先、中央の大広間に出た。
其処はエレベーターが4機、入り口から直接通じていて、実質的に捜索機動隊フロアの玄関である。
観葉植物を囲むように置かれた円形ソファに座っては、全面ガラス張りを隔てた向こうの景色を朧げながらも眺めている。
眺望は素晴らしいもので、遠くに聳え立つビル街や点のように小さい車の群れが、彼女に不思議な征服感を与える。
大広間には、ボタンを押すだけで無料でお茶や水が飲める機械が設置されていた。
横に取り付けられた紙コップ排出器から紙コップを取り出し、暖かいお茶を汲んだ。
あらかたセーラから此の世界の秩序を教わった彼女は最早此の世界の住人となりつつあったのである。
―――行くぞ、フォルネウスモード!!
彼女以外にも、自身に変貌を遂げさせる悍ましい能力の使用者がいること。
今まで幻想郷と言う檻に閉じ込められていた彼女は、世界のだだっ広さを何処か呪っていた。
喉を潤す暖かいお茶は何処か濁りを感じるが、その濁りと彼女の呪いは一致していたと感じる。
「チルノ!おーい!!」
声が聞こえた。
彼女の名を呼ぶ声は次第に近づいて行き、やがて椅子に座ってはお茶を飲む彼女の元に声の主は現れた。
咄嗟に立つや、声の主は息切れをしながらも彼女の右手を掴んでは乱暴に引っ張ろうとする。
その声の主は…男であった。こうしてみると、自分より背丈が遥かに上回っていることを感じさせてくれる。
「…ど、どうしたの」
「来てくれ、話したいことがある」
◆◆◆
「株式会社アクシス・オーバー電磁開発の株価変動だ。…これを見てくれ」
男はチルノを筆頭として、捜索機動隊の面子を集めては口を開いた。
彼がパソコンを少しばかり弄ると、彼の横に大きく掲げられた垂れ幕に画像が映し出される。
其処には、とある日付を以てして急に株価が上昇した、至極霊怪な折れ線グラフが描かれていた。
その折れ線グラフの上には、しっかりとアクシス・オーバーの名がロゴと共に記載されている。
「…上場1部、証券取引に於いても電気科学類では最大手の会社、アクシス・オーバー社の株価変動だ。
不自然にも、2か月前の此の日…4月20日に急激に株価が上昇した。
この株価の急上昇を事細かく調べたところ、殆どの投資家はアバタール・ネットワークを通じて投資を行っている。
―――気づいたかもしれないが、言っておこう。…律城世界メタトロンの連中の仕業だ」
男はこの根拠を更に突き止めるべく、今度はアバタール・ネットワークのログの解析結果を表示した。
幾多もの欄に数字やアルファベットが記載されている中、彼が目を付けたのはIPアドレスであった。
このアドレスの元を辿ったのち、彼は重大な事実に気づいたのである。
「…アバタール・ネットワークのIPアドレスはファジー指数とリンクしている。
該当するファジー指数を調べたところ、ホストが律城世界メタトロンのものと判明した。
…ゼロの言う通り、今回のオーバースターは単なる囮で、きっとアクシス・オーバー社は何かを企んでいる可能性が高い。
これより深淵庁の権限に於いて、アクシス・オーバー社の家宅捜索を行う!
セーラ主任より、一時的な主任権限を受け継いだ此の私の言葉を以て、今ここに宣言する!」
◆◆◆
「……社長、ゼロ氏からの電話です」
「渡せ」
回転椅子に座った、銀髪の好青年を思わせる風貌の男は秘書から電話を受け取った。
相手はかの外務省長官で名を馳せる、通称"虚無の悪魔"と呼ばれるゼロだ。
しかし彼は何の億劫も無しに電話口に耳を充てては、相手に応じた。
「……お前の事だ、我々の計画を既に言ったんだろう」
「いや、メテオ計画に関してはまだ言ってない。が、アクシス・オーバー社がメタトロン側のものであるとは言っておいた。
今からにでも深淵庁の奴らは家宅捜索を行いに此処へ来るだろう。が、お前は拒否するだろうな。
深淵庁の家宅捜索には強制的な執行力は無い。拒否権を用い、お前は徹底した防衛を行え。
そうすれば、アクシス・オーバー社が余計疑われるだろうが」
「……メテオ計画は気づかれない、か」
「正解。…まぁ、オーバースター襲撃を受けて株価は多少下がったようだが、律城世界からの投資が大体だから安定はしているだろう。
後はメテオ計画の始動だ。お前らが後少しの辛抱をしてくれれば、メテオ計画は始まる。
そうすれば、この世界のハルト・デリートを頂けるって訳さ。第二次蒼穹而戦争を招く前にね。
だが、問題が一つ。……どうやら深淵庁は第三次世界の解条者を味方につけているらしい」
「…第三次世界!?どういうことだ!?」
「深淵庁の捜索機動隊として私が動いていた時、紹介されたのさ。…解条者、チルノだとね。
今はこうしてお前と電話しているが、私が襲撃に赴いた際に対峙したが、強さは本物だった。
奴は私のフォルネウスモードのように、セラフィックモードと言いつる覚醒を行う。まさしく深淵庁の兵器そのものだ」
「其れは厄介事だな…。…ゼロ、メテオ計画の執行に奔放してくれ。
我々アクシス・オーバー社は深淵庁との全面戦争を行うつもりだ。きっと黎明都市の世論は我々の戦争に注目するだろう。
その隙を窺って、お前は計画の準備に当たる。…黎明都市の終焉も近いな」
「……そうだな。私たちの築く戯曲も、派手なフィナーレを無事迎えそうだ」