9章 オーバースターの悪魔
言われた支持を受け、彼女たちは襲撃を受けたとされる場所へ向かう。
深淵庁から夥しく出発の途を告げる車がスピードを上げては当該スポットへ駆け抜ける。
車と言う物を教わった彼女は初めて乗った事に何処か感銘を受けている。燻し銀の色をしたワゴンは、彼女たちを乗せて爆走して尚だ。
車窓が変遷し行く情景を、彼女は窓に顔をくっつける形で夢中になっていた。黎明都市の何もかもが新鮮に感じられるからだ。
助手席に座るセーラは、後部座席で興奮気味なチルノに事態の大変さを教えるべく、仕方なさそうに口を開いた。
フロントガラスに朧げながらも映えている彼女の姿は、子供そのものであった。
「チルノちゃん、今から何するか分かる?」
「悪い奴を倒すー」
ぶっきらぼうに答え、只車窓に夢中になっていた彼女にセーラは苦笑した。
運転席でワゴンを運転している深淵庁の捜索機動隊の1人は運転に集中しており、一切の口を開かない。
何も理解してないであろう解条者に説明を加えるため、彼女は再三口を開いた。
「あのね…。……チルノちゃんが今から行くところはオーバースターって言って、とっっっっっても大事な施設なの。
其処では多くの兵器が開発されてるんだけど、其れは平和の為の致しかねない軍備用でね。
オーバースターがやられちゃうと、下手したら此の世界は滅茶苦茶になってしまうかもしれないんだよ!」
「オーバースター…要するに、悪い奴をやっつける為にしょうがなく武器を作ってる場所なんだね」
「そうだよ。だからオーバースターは大事なんだ!オーバースターが陥落したら、アイツらが攻めてきちゃうからね!」
すると、フロントガラスの遥か向こうに曇天の中赤い点滅が繰り返されてるのを彼女は見つけた。
徐々に遠くに映る、コンクリートの要塞。赤い点滅は1個だけでは無く、2個、3個と数を近づくにつれ増やしていく。
何処か悍ましさを孕んだ建物を、彼女は眼界に茫然と映しこんでいた。
セーラはスマホの画面を先程から睨んだようにして見つめており、不安を煽らせる。彼女がフロントガラスを一瞬だけ覗いた時、更に顔を強張らせて。
やがて運転している職員の一声と共に、車は停車した。
「着きました、オーバースターの地下駐車場です!」
「チルノちゃん、今から私たちは最終防衛ラインへ向かうよ!オーバースターを守るんだ!」
「う、うん!」
彼女はすぐワゴンから飛び降りる形で、地下駐車場に足をつけた。
冷たい空気が肌に触る。天井では朧げなアークライトが場違いに異風な雰囲気を醸し出して灯っている。
運転していた職員が地下駐車場の一番奥にあるドアのセキュリティを解除し、開けるや2人はそのまま中へ入っていく。
しかし職員は2人が行ったのを確認するや、そのままドアを閉めてセキュリティをロックしてしまったのである。
その時浮かべていた、口元の弧。まるで哀れな少女たちを嘲笑うかのような、卑怯なものであった。
だが卑怯も強みの一つと言わんばかりに、職員はそのまま右手をポケットに突っ込んだ。
「お前ら如きにオーバースターが守れるかな…?」
◆◆◆
扉の先は蛍光灯で照らされた、鋼鉄の血管であった。
入りくねった通路でチルノは頭を悩ます中、一切戸惑わずに彼女を導くセーラに、チルノは頼りきりであった。
彼女の先導を頼りに、2人はオーバースターの更なる深淵へと進んでいく。
少女が迷い込んだかのようにも見えるが、2人は列記とした職員と解条者である。
血管の中を進みゆく血漿のように、彼女たちは最深部へと駆け足で進んでいく。
オーバースター内部はサイレンが鳴り響いており、至極騒然としていた。
多くの警備員が入り込む侵入者の為に騒がしく行動しており、あちこちで駆け足の音が呼応している。
そんな中、2人は最終防衛ラインへとうとう辿り着いた。
其処に在ったのは、巨大な生産工場であった。
多くの機械がベルトコンベヤー上に並べられ、完全自動化された軍需産業の拠点であったのだ。
無論、壊されたら黎明都市の経済に与える影響は憚らんこと無く巨大に孕むものとなるだろう。
更に第二次蒼穹而戦争の不穏な空気が流れてる今、大きな間隙を産むことに他ならない。
2人は見下ろす形で自動化された生産ラインを望める、謂わば2階の大出口にいる。この生産ラインへ入る方法は2箇所で、この大出口と裏口である。
だが裏口は既に閉鎖されており、入るのは此の大出口しかない。要するに、完全な防衛は此処まで、最終防衛ラインとなる。
「…此処が最終防衛ライン。1人たりとも敵を入れちゃいけないんだよ」
「分かった!あたい、頑張る!!」
するとセーラの懐が仄かに揺れた。
懐の中に手を突っ込むと、其れは何か忙しく震えるスマホであった。すぐに耳に充てるや、相手は男であった。
男は流調に急ぎ口で物事を話す。緊急事態のようで、何処か焦っている様子が捉えられる。
「セーラ、最終防衛ラインに着いたか!?」
「今着いたよ!チルノちゃんと一緒にいる!何時でも戦える準備は出来てるよ!
「間もなく、第一陣が最終防衛ラインに到達する!第三陣まであるから油断はするな!」
「了解!!」
セーラは電話を咄嗟に仕舞うや、彼女にそのことを伝えた。
チルノは敵が来ることにどうやらワクワクしており、息が荒くなっている。多少興奮気味のようだった。
ルインタイプライターを構えては、手を振るかのような剣の軽さを今一度確かめている。
すると奥から足音の漣が聞こえてきた。2人はすぐさま武器を取って準備しては、其の先を睨み据えた。
セーラの武器は拳銃であり、既に引き金の部分に指を掛けている。
やがて足音の正体が姿を現した。
其れは幾多もの防衛ラインを抜け、勝ち残ってきた数人の兵士であった。
其の兵士は西洋の兵士と思われる真鍮の甲冑を纏っており、胸には謎の紋章の刻印が入っていた。
「やはり律城世界メタトロンの刺客ね…!……チルノちゃん、奴らは魔法を使うけど、低ランク魔法だから安心して!
だけど魔法である以上、どんな攻撃が飛んでくるか分からない!…油断は駄目だよ!」
「フン、あたいは幻想郷から来た妖精だよ!…魔法も能力も同じみたいなものさ!」
彼女はルインタイプライターを構えては一気に至近で攻めに掛かった。
しかし兵士の1人が火の魔法を放つや、彼女は咄嗟に離れて攻撃をやり過ごす。
火はそのまま鋼鉄の壁に着火し、そのまま消えてしまった。が、魔法の連続に彼女も上手に近づけない。
セーラも拳銃で撃ってはいるものの、真鍮の甲冑が其れを容易く無効化してしまう。
「ああ!しつこいんだよ!!」
チルノは遂に逆鱗の極致に至った。
ルインタイプライターを華麗に操りながら、魔法の雨を避けるようにして敵中を一閃した。
同時に甲冑に横一線の割れ目が綺麗に入り、同時に血飛沫が彼女を追うように噴き出した。
その瞬間、兵士たちは狼狽え声を上げながら倒れてしまった。幾多もの甲冑の重なりあいが、鈍い音を醸し出す。
「…第一陣、クリア。後は第二陣と第三陣だよ」
「了解。あたいだって強いんだからねー!」
すると、彼女たちに休息の暇も与えないように足音が響き渡った。
何重に重なるように響き渡る足音に、2人は再び警戒の姿勢を作る。
彼女たちの前で倒れている兵士たちを足で適当に蹴っては次なる戦闘の邪魔にならないようにして。
第二陣は遂に姿を見せた。其れは先ほどと変わらない、真鍮の甲冑を纏う兵士たちである。
彼らは遠距離から魔法を放っては、2人を寄せ付けない。火や雷が行き交い、最早まともに戦える姿勢では無い。
此処でセーラが動きに出た。壁際で隠れていた彼女は、拳銃を構えたまま外に出ては標的になったのだ。
魔法がセーラに向かって放たれた瞬間、間隙を突く為にチルノはルインタイプライターを構えたまま一気に駆け抜けた。
魔法を華麗に躱すセーラの横を、剣士は駆けた。
真正面から剣を振るう剣士は正しく無双劇、血の雨あられが吹き荒れて甲冑が倒れていく。
斬り抜けた時、彼女は既に血まみれであった。同時に更なる甲冑の兵士の死骸が生まれたのである。
「…第二陣、クリア。残るは第三陣…だけど、気を付けた方がいい。絶対今まで通りには行かない強敵が来るはずだよ」
「…分かった。油断しないよ」
するとセーラのスマホが再び震えた。
相手は再び男の声であったが、彼は今まで以上に口走らせる形で喋った。
彼女も漂う気配に何処か不安を感じていた。
「セーラ!2人とも、大丈夫か!」
「私たちは大丈夫!」
「なら良かった、が。2人とも、第三陣は気を付けろ!他の防衛ラインを全て完膚なきまでソイツに壊された!
他の兵士共とは比べものにならない!敵数は1人だが、侮るな!決して気を引くなよ!」
「了解!!」
セーラは再びスマホを仕舞うや、2人の前に1人の男がつまらなそうに歩みを見せていた。
彼は右手をポケットに突っ込んだまま、紋章が胸に刻まれた白い軍服を靡かせて。
2人は咄嗟に武器を構えたが、その顔は先程まで彼女たちの車を運転していた彼であったのだ。
「…弱い。弱すぎる。貧弱だな」
「―――あんたは…」
「僕の名前はゼロ。…ゼロ・ユーグ・アントウェルペン。メタトロンの外務省の長官を受け持つ者だよ。
今回は黎明都市の軍事生産ラインを止めろ、とお達しが来たので来てみれば…僕1人で易々と越えられるとは」
彼はそう説明した時、セーラは銃を持つ手を震わせながら確信した。
そして怒りに震えながら、重々しさを含有した言葉を彼に投げかけた。
彼はセーラの動きを蔑むかのように見下しており、至極腹立つ気分でチルノは其れを怪訝に思っている。
「…さっきまで車を運転していた深淵庁の職員…。やっぱりそうだったんだね…」
「気づくのが遅すぎるよ。…そのまま車内で殺してやろうか考えたけど、其れは美しくない。道理に反するからね。
―――こうも、正々堂々と、と言うよりも不純なようでしか無いように思えつるが、気の毒だ。…まぁ、こちらの目的は果たさせて貰うよ」
彼はそう言うや、自身の身体に力を込めては覚醒した。
身体が光輝き、彼のつややかな白い髪は閃光を帯びて、背中には悪魔の片翼が映えて。
黒い閃光を身体に浴びる形で変貌を遂げたゼロは、白く黒い服を風に靡かせては剣を構えた。
2人は悍ましく変貌したゼロの姿に驚愕しており、何処か恐怖に駆られる始末であった。
「…僕も君たち2人を侮っちゃいない。恐るべき子供たち、と言うべき相手だからね。だから最初から手加減は一切ナシ、だ。
―――全て僕の本気さ。だから、せいぜい僕を楽しませて見せろ!セーラ、チルノ!!
―――行くぞ、フォルネウスモード!!」
◆◆◆
彼は残像すら残さない俊足で一気に2人へと斬りかかった。
咄嗟の動きにチルノはギリギリで回避出来たものの、セーラは剣戟を微かに喰らってしまう。
しかしゼロは決して間隙を作らない、完璧なスタイルそのものであった。何とか攻撃を避けたチルノも、ゼロの動きは一切読めなかった。
彼女は初めて見た次元の戦闘スタイルに唖然としていた。
「間隙がありまくりだ!」
解条者であるチルノに目を付けたゼロは一気に斬りにかかる。
此処でルインタイプライターで攻撃を受け止めた彼女はゼロと鍔迫り合いを始めた。
刀身と刀身の摩擦が響き渡り、お互いはお互いを睨み合っていた。金属音が辺りに呼応する。
だが、此処で動きを見せたのは彼の方であった。
「これはどうかな?」
彼は一旦鍔迫り合いから抜けるや、遠距離から魔法を放ったのである。
律城世界メタトロン出身であるもの、魔法を容易く使いこなしては2人に襲撃する。
しかしチルノも対抗すべく、自身の能力を以てして対抗した。
「これでどうだ!!」
ゼロの放った火の魔法と、チルノの能力を活かした氷は、派手に相殺の色を見せた。
大きな音を立てて爆発し、同時に水が辺りに撒き散らされた。その中を隙を突いたセーラは拳銃を穿った。
銃弾はゼロに襲い掛からんとするが、彼は残像を全く残さない動きで端麗に避けて見せる。
彼の回転回避は銃弾に一切の隙を与えず、セーラに苦い顔を浮かばせた。
「遅い!!」
彼は一気に攻め込み、セーラの腹部を一気に斬り抜けた。
血が噴き、彼女はそのまま壁に凭掛かるようにして倒れこんでしまう。
此処でチルノが彼女を心配するように名を呼ぶも、一切の間隙を与えないゼロは次なる標的を定め、ただ冷酷な眼差しを向けていた。
「解条者が此の程度とはな…!!」
「…ええい!ごちゃごちゃと五月蠅いんだよー!
―――あたいの本気、見せてあげる!…行くよ、セラフィックモード!!」
その時、オーバースターの最終防衛ラインに、天使は舞い降りた。
悪魔の翼を持つゼロとは対照的に、閃光を放つ天使は一気に剣を構えてはゼロに斬りかかった。
先程までの速度では無く、残像を残さないゼロよりも遥かに凌駕していたのはセーラも目に見えて分かった。
ゼロは彼女の覚醒に合わせて咄嗟に剣戟を振るうも、其れはルインタイプライターの敵では無かった。
「閃光と共に消えろ!!」
◆◆◆
天使の羽根を風に乗せながら、一気にチルノはゼロを斬り抜いた。
その様相はまるで疾風迅雷、電光石火の如し勢い。ゼロは腹部を斬られ、深紅を孕んでいたのだ。
彼はそのままフォルネウスモードを解除され、徐に地面に倒れこむ。
同時にセラフィックモードを自ずから解除したチルノは、倒れこんだセーラの元へすぐさま駆け付けた。
彼女はまだ息をしていたが、過呼吸で、何処か辛そうな表情を浮かべていた。
「だ、大丈夫、セーラちゃん!?」
「私は…大丈夫…」
そう言った時、彼は吐血しながらもゆっくりと立ち上がり、彼女の前に姿を見せた。
彼は自身の纏う白を深紅に染めあげており、何処か生々しい。
解条者の強さをみた彼は、彼女の本物の強さを讃え、そして褒めた。
「…流石だ、此れが解条主義の頂点たる者の強さ、か。
我々のオーバースター陥落も、どうやら失敗に終わったようだが…お前と言う存在を確認出来たことを誇りに思う」
「あたいはあたい、敵はやっつける!それまでだよ!」
「嗚呼、なら良い事を教えてあげよう。…律城世界の元老院は既に開戦への動きを勧めている。何せ、戦争法案が可決されたからな。
これを受け、我々外務省一派はオーバースターの陥落を命じられた。だから、今僕は此処にいる、と言う訳さ。
だけども、僕らには新たな誤算が生まれた。…チルノ、お前の存在だ。でも、僕は道理を以てして動く、理性主義な人間でね。
あと、…アクシス・オーバー社。この黎明都市に佇む巨大軍事企業、あそこは律城世界のスパイだ。
お前らはアクシス・オーバー社と手を組んでいるようだが、裏切られるのを覚悟しておくんだな。せいぜい」
「アクシス・オーバー社…!?」
此処でセーラは狼狽えながらも、ゼロに聞き返した。
彼は相も変わらず吐血したままで、やはり安寧は存在しなかったが説明を果たす。
其れは彼の理性に敵う信念たるものなのか、何処となく勇ましく見れる。
「…少なからず、此処オーバースターの管理組織はアクシス・オーバー社であろう?
黎明都市の唯一とも言える巨大軍事生産ラインを、奴らが甘いセキュリティにしておく訳が無い。
…今回の我々の侵攻も、アクシス・オーバー社の了解があってまでだ。要するに、オーバースターは…囮。
アクシス・オーバー社の地下に、我々律城世界の為の極秘軍事生産ラインがあるんだけどな。
まぁ、外務省長官と言えど長話は怒られる。…帰って報告でもするんだな、アクシス・オーバー社への対処をどうするか、な。
―――あと、深淵庁にスパイとして僕がいたから、君たちの情報は筒抜けだよ。もう用は無いから帰らせて貰うけどね」
そう言うや、彼はそのまま姿を消してしまった。
オーバースター攻防が終わった今、チルノは話が壮大になっていくにつれ、今の自分の立ち位置を理解出来ずにいた。
だが、多くの人が喜び、嘆く。その変遷を全て自分の手で変えられる位置にいる重要人物である事を、それだけはしっかりと認識していた。




