8章 黎明の天使
再び深淵庁の中へと戻った2人の前に現れた男の片手には、何やら不思議そうな剣が存在していた。
その剣は天井の光を紋様が刻まれた白銀の刀身で反射させていながらにして、異風たる雰囲気を醸し出していた。
銃のリボルバーと思われる部品が刀身に備え付けられ、且つ長方形の白い固形が取り付けられているからだ。
彼女は男に其れを投げ渡すような形で受け取り、一目見て持った感想に、不思議さであった。
至極軽く、扱いやすい感想とは裏腹に備え付けられた部品について、彼女はこの剣が只物では無い事を直感で悟った。
「ルインタイプライター、この剣は深淵庁が極秘で開発した、或る意味"機能性に於いては"究極の剣だ」
「究極…つまり最強ってこと?」
「最強かどうかは、一度も実践された事が無い以上は分からない。だが、力は恐ろしさを知る程にある。使ってみろ」
彼女はルインタイプライターを一振りしてみた。すると不思議な事に、重さを全く感じないのである。
面白く感じた彼女は更に何度か振ってみるも、これまた手を振ってるかのようであった。
男は全く剣の重量を感じない彼女の顔つきに何処か笑みを浮かべては、壁に靠掛かっていた。
セーラはチルノの持つ剣の機能性の部分に懐疑しており、この剣には重さだけで無く、更に秘めたる力の表象に注目していた。
「か、軽いよ!あたいにぴったりだよ!」
「…この剣、他に凄い点があるはずだよ。チルノちゃん、色々弄ってみたらどう?」
「あ、うん!セーラちゃんの言う通りにしてみるよ!」
彼女はセーラの言われるがまま、剣に取り付けられた部品に目を付けてみる。
するとリボルバーには引き金が1つ、長方形の白い個体には電卓のように1から9までの数字と小さな画面が付いていた。
彼女は手始めにリボルバーの引き金を引くと、何かの爆音と共に急に刀身が熱くなり、膨張したかのようであった。
男は簡単に説明する為、口を開いた。口調はぶっきらぼうながらにして、何処か熱意が込められていた。
「ルインタイプライターはガンブレードでもある。世界中枢機関ハルト・デリートの力を活用して、霊力で火薬を補う無限システムだ。
このリボルバーは特注品で、どんな時にでも火薬をセットしてくれる。使い方は同じ、相手に斬撃を入れた時に引き金を引けば、更なる攻撃となる」
「へぇ~。…じゃあ、こっちは?」
彼女はもう一つの白い個体の方を手探りに調べ始めた。
適当に数字の刻まれたボタンを押してみるも、画面に数字が3つまで表示されてから消えてしまう。
男は其の剣の更なる可能性を彼女に説明し始める。意味不明に捉えた彼女は興味津々に聞いた。
「そっちのアバタール電磁過負荷顕現装置は、或る意味無限の可能性を秘めている。
先ずは私の言われた通りに、666と数字を打ってみろ」
彼女は言われるがままに666と数字を押した。
すると急に剣と彼女そのものが光輝き始め、彼女は全く以て理解出来なかった。
やがて力が漲るように沸き始め、遂には光でうっすらと覆われ、電磁の天使の翼が片翼だけ生えた状態に変貌したのである。
セーラや、また彼女自身もまた、この現象に目を疑い、男は満足そうな立ち振る舞いをしている。
神々しく煌く、天使の片翼。天から舞い降りた天使かのような佇まいを見せるチルノは、心底感銘を受けていた。
「す、凄い…!」
「―――通称『セラフィックモード』。
アバタール・ネットワークに接続して電磁パルスを起こし、強制的に発生したサージ電流をアバタール・ネットワークから回収、電流のエネルギーを変換して抽出したものだ。
天使の片翼を顕現させたのは、対象の動きの加速化。両翼だと軽量に優れないから片翼を採用した。
片翼だけで且つアバタール・ネットワークのエネルギーを得た状態だから、安定性は極めてゼロに等しい。だが、力は満足するものになるだろうな。
つまり言い換えれば、捨て身の姿勢だ。諸刃の剣とでも言っておこうか。因みに解除するには、再び同じ番号を押すか、5分経過だ」
彼女は再び666と押すと、漲った力は徐々に消えていき、彼女の纏っていた閃光も消え去った。
神々しさを失って尚、彼女は此の剣の秘めたる力の素晴らしさに目を輝かせていた。
男も、彼女の興奮するい様子に何処か作り甲斐を得たのだろうか、安堵に浸っている。
「他にも、966と押してみろ」
男はまだ何かを隠しているかのような立ち振舞いを見せていた。
この、至極謎に覆われた男の凄みに感銘の極めたるものを感じていた彼女は、多少興奮気味で966と押した。
すると今度は彼女の背中に何処か視線を感じるような気がした。見返すと、其処には朧げな彼女自身がいたのである。
その分身は何重にと重なり合い、何処か気が重たい。男は再び口を開いては、多少困惑している彼女に説明を加えた。
「―――通称『グノーシスモード』。
アバタール・ネットワークにジャミングし、欺瞞信号を放射して位置欺瞞することで自身の姿を完全なものにしないで、幾多もの分身を生み出すものだ。
このグノーシスモードは解条者しか使えない。何故なら、解条者は干渉を受けない独立個体だからな。
アバタール・ネットワークから存在を確立された我々は、位置欺瞞を行えない。しかし、アバタール上からもあやふやなお前なら欺瞞が行えるわけだ。
世界で言う"お前"と言う存在が安定しなくなった代わり、自身の後ろに残影を取りつける構造だ。
お前の攻撃の後に同じ攻撃が幾多も放たれる。まるで自分の真似をする影のように。だが、セラフィックモード同様安定性は無い。
つまり言い換えれば、一発の強さで勝負するならセラフィックモード、攻撃回数で勝負するならグノーシスモードだ。ルールも亦、セラフィックモードと同様だ」
彼女は966を押し、グノーシスモードを解除した。
背中に感じた視線と気の重たさは何処か消え、彼女は何処か感情が安定したかのように至った。
セーラは傍から彼女の変貌を視ていたが、この技術は決して黎明都市フィッツジェラルドと言えどなかなか再現出来るものでは無い事を分かっていた。
アバタール・ネットワークについて極めて詳しい人物が作った、高度な技術の結晶たるもの、チルノは其れを手にしたのだ。
剣は相変わらず軽く、剣を振っていることを錯覚させるかのようだ。
「…この技術、決して並大抵のものじゃない。…何処で開発したの?」
「言ったろう?…"極秘で開発した"、とな。……この世界では隠されている技術だ。解条者の登場まではな。
―――解条主義に則って言えば、あながち正しい論理だろう?」
「そ、そうだけど……」
男の述べた論理とやらに、セーラは何処か心の藹藹が残されたままであった。
チルノはルインタイプライターを相当気に入っており、男は彼女が満足してくれた事に只、笑みを浮かべていた。
ルインタイプライターを持ったチルノは此の剣を何処かで実践してみたくなり、深淵庁内を見渡した。
しかし剣を引き渡された場所はセーラと出会った場所で、職員が忙しそうに勤務している。
先程のセラフィックモードの時も、彼女の閃光に多くの職員が迷惑そうな眼差しを向けてきたのを、彼女は思い出した。
「ねえ、これあたいが貰っていいの!?」
「当たり前だ、お前は解条者だからな。条件として、私たちには協力して貰おう」
「うん!あたい頑張る!!」
その声は1人の少女の明るい声であった。
その時であろうか、深淵庁の捜索機動隊本部に息を切らせて現れたのは、黒い外套を羽織った深淵庁職員であった。
焦燥に駆られ、過呼吸に陥っていた職員は部屋内に響き渡るようにして開口、発言した。
其れは一種の緊急速報みたいなものに類似していた。
「只今、防衛庁より連絡!…オーバースターが何者かに第一次防衛ラインを突破確認された模様です!
バルトロメイ長官が緊急事態発令を出し、今多くの兵士が向かった模様です!」
「オーバースター!?何故あそこに!?」
男は急に立ちあがっては、怪訝そうな顔面を浮かべては職員に問い返した。
汗を握っている職員は外套を靡かせながらも、疲れ切って息切れしながら何とか応える。
オーバースターの襲撃が如何に重大な事件である事か、職員と男の反応からチルノは何処か悟っていた。
「あそこにある、黎明都市の軍事工業生産ラインの阻止だろう。…第二次蒼穹而戦争は近いな。
―――きっと、犯人は律城世界メタトロンの奴らだ。気を付けろよ、奴らは魔法を駆使するからな。
今すぐ、捜索機動隊でも応援部隊を出す。…幸い、強力な助っ人がいるからな」
「分かりました!!」
そう言うや、職員はそのまま小走りしては消えてしまった。
男は笑みを浮かべながら、緊急事態を察しては起立した捜索機動隊の全員に報告するかのように口を開いた。
主任のセーラも只事では無さそうに聞いていた。
「……全捜索機動隊に告ぐ。これより我々はオーバースター保守作戦を開始する。
一部の捜索機動隊と主任、そして解条者は、直ちに最終防衛ラインへ向かえ!」