夕日と思い出
三つ目、最後の願い
『私自身が行きたいところへ連れてって』
「これが最後になるんですね」
黒猫は少しさみしそうな顔をして扉の前に立った。
最後の扉は真っ白な木製の扉で
「行き先がわからないですからね〜…白なんでしょうね」
と黒猫も話していた。
「扉を開く前にもう一度言っておきますが、今回は前までのお願いと違って行き先がわかりません。ですので、どんなことが待っているかもわからないです。今、ワタシに出来るのはあなたにとって最良の場所に行けることを願うばかりです。」
初めて見る黒猫の心配そうな顔を見て
「ありがとう。」
一言だけ返し、私は扉を開いた。
扉の先は広い丘の上の公園だった。
私が生まれてからずっと暮らしてきた街を一望出来る公園、小さい頃木登りをして遊んだ大きな木は今でも変わらず立っていて
あと少しで日が落ちる
そんな空気の漂う誰もいない公園。
「…やっぱりここだったかぁ。」
私にとって一番好きな場所
けれど歳を重ねるにつれて来なくなって忘れかけていた景色がそこには広がっていた。
「やっぱりってことは…もしかして見当がついていたんですか??確かにいい場所ですね」
「うん。小さい頃ね、嫌なことがあるとココに来て夕日を見るのが好きだったの。友達や家族ってのがわからなくなっても私はココの世界で生きているって実感できるような気がしてたんだよね」
「《思い出の場所》ってやつですねぇ〜。1人でいつも来てたんですか??」
「違う。1人じゃなかったけど…1人になっちゃったんだ。大好きな友達がいたんだけどね、その子がいなくなっちゃったからそれから来なくなっちゃった。その子のこと思い出すのが嫌で無理矢理離れたって感じかも。」
黒猫はいつもの羊皮紙を取り出して
「幼なじみの子が交通事故で…ってありますね。これの事ですか??タッちゃんと書いてありますが男の子?!」
もうあの羊皮紙に何が書いてあっても驚かないから私は黒猫の方へ振り返り頷いた。
「タッちゃんは隣の家の幼なじみで小さい頃からずっと一緒にいたの。そのタッちゃんがある日車に撥ねられて…あの頃の私にとって相当ショックだったんだろうね、タッちゃんが死んだことを聞いたその日に熱出してお葬式に行けなくて最後のお別れもできなかった。ここにはタッちゃんとの思い出が沢山詰まってるから来たくないって思っちゃってたんだ。」
あの時の苦しみを覚えていたら
あの時ちゃんと最後のタッちゃんの姿まで見ていたら
私はどんなに苦しくても死にたいとか考えなかったかもしれない。
空の色が茜色一色から夜を迎え始めた頃まで
私は久々にタッちゃんのことを思い出し、自分が死んで泣いていた人たちのことをもう一度思い出していた。
「…ここから見る夕日が大好きだったの。黒猫、初めての願い大成功だよ。」
黒猫へ笑顔で言おうと黒猫の方へ振り返ると
黒猫の後ろに1人の青年が立っていた。
まっすぐ私の方を見て微笑む彼は夏奈の時とは違う
私の事がちゃんと見えている瞳で私を見つめていた
「…黒猫、その人誰?」
私が指をさすまで黒猫は彼に気づいていなかったらしくまるでお化けを見たような(そもそも私もユーレイなのに)顔をして尻尾を太くしていた。
「え…えーっと、どちら様で?ここにお住まいのユーレイさんですかい??」
黒猫に尋ねられた彼は1度黒猫を見たあとまた私の方へ目線を移した。
『迎えに来たよ、サッちゃん』
「…タッちゃん?」
幼い頃の彼の姿しかわからないのに
だけど私の事を《サッちゃん》と呼ぶのはタッちゃんしかいなかった事と…なんとなく小さい頃の面影が残る彼を見て私は自然と彼の名前を呼んだ。
『きっと最後はここに来ると思ってた。だからちょっと《アッチ》でお願いしてココに来れるようにしてもらったんだ。』
やっと会えたねと笑う彼の顔は私の覚えているタッちゃんの笑顔そのものだった。
「ちょっ…ちょっと待ってくださいよ!!来られるようにしてもらったってそんなのありなんですか??私聞いたことないですよ!?しかも沙羅さんはまだ閻魔さんの裁きを受けていないからまだまだアッチには行けないでしょ?!」
黒猫が慌てて彼に詰め寄るが彼は微笑むだけで
『彼女は自分の罪を償ったよ』
と伝えるだけだった。
『彼女は三つのお願いを叶える間に自分の間違いに気付き一つ目の時にはお母さんに前を向かせ二つ目の時には友達を許すことが出来た。だから、閻魔さんもいいんじゃないかってさ。黒猫さんお手柄だね』
彼の言葉に「そんなことってあるんですかぁ〜」と座り込んだ黒猫は私と彼を交互に見つめた
『サッちゃん、もう心の整理はついた?』
彼の言葉で
あぁ、ほんとに最後なんだと理解した
「タッちゃんが迎えに来てくれるオマケ付きなんてびっくりだよ。私、もう思い残すこと無いよ」
タッちゃんのそばへ行き小さい頃の様に手を繋ぐと
ガラス出てきた大きな扉が現れた
『ココを通ればもうすぐだ。これからはずっと一緒だよ』
タッちゃんの言葉に涙が止まらなくなって笑いたいのに涙が出て顔がグシャグシャになった。
「…あのぉ、ワタシいるんですけど」
申し訳なさそうな感じで黒猫が間に入ってきた。
グシャグシャになった私の顔を見て吹き出した後
「お別れですね」
そう囁いた。
「今までありがとう、黒猫。あんたのお陰で私は最後の最期に1人じゃなかったってわかることが出来たよ。ホントにありがとう」
私が黒猫の喉をなでながら伝えるとゴロゴロ言ってるふりをしながら黒猫は泣いていた。
「きっと、きっと来世は幸せになれます。しわくちゃなおじいさんかおばあさんかわからなくなるくらいまで長生きしてたくさんの人に見送られてきっと幸せな人生だったってワタシに会わなくても思えるような人生を送れます。だからそれまでお元気で…こちらこそありがとうございました」
まだ死んだばかりの私に来世の死ぬ時の話をするなんてやっぱりこの黒猫少しズレてる。
だけど、私の前に現れたのが黒猫で良かったと心から思えた。
『じゃぁ、行こうか。』
タッちゃんに手を引かれて私はガラスの扉を押して光の中へと導かれていった。
望月沙羅の最後の旅はここで幕を下ろすことが出来た。
最後のお願いやっと書けました!ちょっと彼をねじ込んだのは無理やり感があるけどハッピーエンドにしたくて頑張りました。