トモダチ
二つ目の願い
『学校へ行きたい』
黒猫に連れられてきた先にあったのは見慣れた教室の扉と同じ薄いベージュの引き戸。
行き先によって扉の形は変わるのかなとか考えながら私は引き戸に手をかけると黒猫は私の手に手を重ねて話し始めた。
「まぁ、二回目ですし?わかっているとは思うんですけどあなたはユーレイですからね?変なことすると学校の七不思議の仲間入りしちゃったりしますからくれぐれもご注意下さいね。あ、あとね、さっきは言い忘れちゃったけど向こうにいられるのにはタイムリミットがあります。まぁ時間制限なんてホントはいらないんですけど居すぎちゃうとそのまま地縛霊になっちゃう人とかもいるんでね。その点はご理解をお願いします。」
タイムリミットなんて結構大事な事だと思うし言い忘れた項目としては大きすぎると思うがまぁ黒猫の様子を見ると1度目の私を見て言うことにしたって感じもあるような気がした。
「大丈夫。死んでも行きたくないって思ってた学校なのにほんとに死んだら行きたくなるのね…学校にはホント、興味本位で行きたいだけだし私のことなんて忘れられてるかもしれないからね」
妙な腹のさぐりあいは御免だと
私はさっさと黒猫の言葉を汲み取ったような顔をした。
「ちゃんと理解してくれてるならいいんですけどねぇ〜…」
怪しむような少しこの先に待つ景色に期待を持つような言葉を残した黒猫は私の隣に立ち
私たちはそっと扉を開けた。
扉の先には見慣れた教室が広がっていた。その教室の端の席には花瓶の置かれた私の席があった。
「うわぁー!ジョシコーセーってやつがいっぱいいますね!高校ですもんね。今はホームルームってやつが終わったとこみたいですね。みんな好き勝手にやっていい時間なんですか??」
なんだかオヤジ臭い言葉を発しながら黒猫は教室の中をキョロキョロと見回している。
「…アンタ、時々ヤケに人間くさくなるよね。」
女子高生、もとい制服に興味津々の黒猫はほっといて私は自分の席にそっと向かった。
花瓶の置かれた私の席は主がもうこの世にいないことを主張していてそれでも生けられているのが仏花では無いことが若いうちに亡くなって…とかそんな気持ちからかなと感じるとこもあった。
「…ホントに死んだ生徒の机の上に花瓶って置くんだね。」
少し離れた所にいる黒猫には聞き取れないような小さな声で呟いた。
ガタンと椅子の動く音が聞こえ隣を見ると
「…なんで夏奈がここにいるの?」
いるはずのない《友達》がそこに座っていた
「あれれ?この人は確か〜…《榎木夏奈》さん!たしかあなたのお友達でしたよね??」
いつの間にか戻ってきていた黒猫が夏奈を見て話す。手にはいつもの羊皮紙を持っていた。
「んーっと?中学の部活で一緒になってそれから友達で?高校も同じところへ進学…あれ?この先書いてない?ミスプリントですかねぇ?書いてないって場合はだいたいその後は疎遠になったとかの場合なんですけど…?しかもこの人クラス違うんですよね??」
黒い耳をピクピクさせながら黒猫は困惑している様子だった。
クラスが違うとかそんなとこまで書いてあるんだと少し驚きながら
「その紙は間違ってないよ。私も、なんでここに夏奈がいるんだろうって思ってたとこだから」
夏奈はそこが自分の席だというかのように私の隣の席に座って本を読んでいた。
中学の時いつも見ていた夏奈の読書。教科書に出てくるような有名なお話からよくわからない本までとにかくいつも本を読んでいるのが夏奈だった。
そんな夏奈の隣で音楽を聞いている時間が
部活の時間より何より私にとって心地いい時間だった。
「…ねぇ黒猫。今私ユーレイなんだよね?」
「そうですよー」
「じゃぁ、今から私が言う言葉はアンタしか聞こえないって事だよね?」
「この学校にユーレイがほかにいなければそういうことになりますね。え?ナニナニ??何しちゃうの??」
黒猫は耳をピンと立てて興味津々に私の方を向いた
私は目を閉じて大きく深呼吸した後
夏奈の前に立った
「このバカ奈!!あんたのせいで私は学校が大嫌いになった!あんたのせいで私には居場所がなくなった!あんたなんか大嫌い!!今更そんな所にいて友達が死んで可哀想な女のコ気取り?ふざけんな!あんたのことなんかこっちが忘れてたわ!さっさと自分のクラスへ戻れ!!私に関わる場所に来るなー!!!」
今までこんなに大きな声を出したことがあっただろうか
今までこんなに汚い言葉を使った事があったかと考えるくらいに酷い言葉を並べて私は夏奈に思いをぶつけた
相手が聞こえていないってわかっているから
相手が言い返してこないってわかっているから
卑怯だってのはわかっているけれど今の私が夏奈にしたいことはこれしかなかった。
「…うわぁ、女の執念ってやつですか?何があったのかココに書いてないんでわからないですけどココになんで何も書いてないのかはわかりました。こんな言い方しちゃなんですけどあなたには学校にも居場所がない感じだったんですか??」
ハァハァと肩で息をしている私を見て黒猫はそっと聞いてきた
「女のコってね、不思議で群れを作ることが多いの。グループって言った方がいいかな。入学した頃私と夏奈は同じグループにいたんだけどある日私はグループから外されたの。理由を聞いても周りの子は笑いながら夏奈に聞いてというだけ。訳の分からないまま夏奈に聞いてもわからなくてね。嫌だよねぇ〜そうやってさ友達じゃなくなっていったってわけ」
黒猫は羊皮紙に追記しているのか
一生懸命万年筆をはしらせながら私の話を静かに聞いていた
「なるほど。それならココに書いていなかったのもあなたの今の言動も分かります…ですが、なんで夏奈さんはここにいるんでしょうかね?」
それは私が聞きたいと思った時
偶然だと思うが顔を上げた夏奈と目が合った気がした
気づくとさっきまで賑わっていたクラスには夏奈と私たちしかいなくて
夏奈は本を閉じると背筋を伸ばすように腕を伸ばしてまた前を向いた
『そこは沙羅の席だからさ、隣の席に座ってみたけど沙羅はいつもここからどんな景色を見ていたんだろうね?死んじゃったらもう聞くことできないからわかんないや…』
夏奈は机に頬をつけて花瓶の置かれた私の机を眺めていた
お母さんの時のようなクマや肌荒れは無いけど
なんだか少し、私の知っている夏奈と違うような気がした
『私やっぱり沙羅の隣が良かったよ。今更言っても遅いんだけどね…沙羅の家の事とか色々聞かれて知らないって言ったら次の日から沙羅がそばにいなくて…話をするきっかけも作れなくて…いつも…いつも沙羅が話しかけてくれていたからそばにいれたんだって思った時には遅くて…もうダメだよね。』
最後の方は泣きながらだから聞き取れなかったけど
夏奈はお母さんと同じすれ違いで悲しい思いをした1人だったってのはわかった気がした
「…今更遅いよ」
驚きと悲しみとやっぱり大事だと思える友人と離れたくないと思う気持ちと
いろんな気持ちがごちゃまぜになって
私にはお母さんの時のような《何か》をすることが思いつかなかった。
「なぁんか、あなたの周りにはすれ違いってのが多いですねぇ〜一つ目の願いの時もそうだったけどちゃんと話していれば分かり和えたようなことが沢山ありますね。意地っ張りというか、はたまた相手を思い過ぎたというか…難しいですねぇ」
考え込む黒猫を見て
私は短く「行こう」とだけ伝えた
「え?!いいんですか??まだまだ時間ありますし夏奈さんはどうするんです??まぁ後追い自殺とかはしないとしても結構傷ついてると思いますよ??」
黒猫は私の服を引っ張りながら言うが、私にはどうしたらいいのかはわかっていた
「…夏奈は私がどうこう出来ることじゃないと思う。時間が経って思い出になればきっと大丈夫。これは私の夏奈への最後のワガママ。」
家族、学校
嫌だったことが少しだけ楽になったからか
私は自分の気持ちを黒猫へスッと伝えることが出来た
「だからさ、帰ろう。」
私が背中を向けたのを見て黒猫は「わかりました」と小さく呟いた
夏奈
ずっと友達だと思っていてくれてありがとう
友達でいてくれていてありがとう
「じゃあね、夏奈。」
扉を締める前に
あの頃の別れ際の言葉を私は口にしていた
なかなか纏まらず一つ目とは少し違う終わり方にしました。さてお願いはあと1つ…どう纏めようか悩みどころですが頑張ります