一番泣いた人
一つ目の願い
「私が死んで一番泣いた人のところへ連れてって」
黒猫のあとを付いていくと目の前に木製の扉があった。
「ここを通ればあなたの一つ目の願いに出会えます。だだね、これだけは言っておきますがあなたは今いわゆるユーレイってやつなので向こうからあなたのことを見つけることもあなたから向こうへ話しかけることもできません。それだけは…それだけはしっかりと覚えていてくださいね。」
ユーレイであることを忘れるなということを何であんなに何度も説明してきたのか私にはわからなかったが
「わかった。見に行くだけだってことだよね。大丈夫、ホントに興味本位だから。」
そんな人間いるわけないと思ってるから
変な期待をしないために私は短く返事をして扉を開けた
扉の先にあったのは慣れ親しんだ実家のリビングだった。
毎日食事をするだけの場所。居心地が悪くてご飯以外の時間は寄り付かなかったリビングには
いつも私が座っていた席に私のマグカップが置いてある
「やっぱ一番泣いたのはご両親??そ〜ですよねぇ普通そうなりますよねぇ〜」
納得したような顔をして黒猫は隣にいた。
「…私にはもう本当の両親はいないから。」
まさか実家に来ることになるとは思ってなかったから呆気に取られたような顔をして一言呟いてしまった
「んーっと?本当のご両親は離婚して?お母さんに付いてってお母さんが再婚して?んでまたお母さんが離婚して今度はお父さんについてって??んでまた離婚していまはお母さんと住んでる??なんじゃこりゃ?!」
さっきの羊皮紙はどうやら私のプロフィールが載ってるらしい。黒猫は首をかしげながら読んでいた
「そう。だから本当の両親なんかいない。今この家に一緒に住んでいるのは他人の女性。ルームシェアみたいな感じだったって事。居心地なんか悪くて当然。向こうからしたら邪魔者だからね。」
無感情ってのはきっとこんな気持ちのことを言うんだろう。家族の話をする度に友達は哀れなものを見る目をして口を閉ざしていた
「でもでも。ここに来たって事はその人が一番泣いた人って事ですよね??その人ってあの人ですか?」
リビングに置かれたままになっている私のマグカップの前の席にあの人は座っていた。
ただ呆然と何も無い空間を眺めているような
色の無い目をして座っている彼女の元へ黒猫と共に歩み寄る。
マグカップは私があの朝出したままになっているらしくコップの底にはコーヒーの跡がついていた。
「1人になったから掃除もしないの?」
ふと、溢れた言葉は彼女の独り言によって消された
『なーんにもしてあげられなかったなぁ、私。沙羅ちゃんなにも死ななくても良かったのに。なんで死んじゃったかなぁ…』
机に伏せてつぶやいた独り言に私は何のことかわからなかった。
『可哀想なんて思ったことも邪魔だって思ったこともなかったよ?だって私の娘だもん。大人になったら一緒にお酒飲んだりできるかなとかその前に2人で旅行行ってみたいなとかいろいろ考えてたのに…考えて…考えているだけだったから沙羅ちゃん手の届かない所に逃げちゃったのかなぁ』
逃げた?私が??事故死だって彼女は知ってるのになんでそう思うの?
『私がいくら大事だって言っても沙羅ちゃんには伝わらなかったからなぁ…なんで…なんで死んじゃうかなぁ』
話しながら段々と彼女は涙声になっていった。
「ねぇ黒猫さん。今って私が死んで何日くらい経ってるの?」
隣にいる黒猫はびっくりした顔をした後
「初7日が過ぎたくらいですねぇ〜。でもコップそのままなんですねぇ」
と続けた。
彼女の顔をよく見るといつも綺麗にしていた肌は乱れ目の下にはくまが出来ていた。
「今日までずっとこうやって泣いていたの?」
「いいえ、あなたが事故にあったと聞いたその時からあの人は自分を責め泣いています。」
本当の両親でもないのに彼女がずっと泣いていたという事実に
彼女の独り言から聞き取れる私への思いに愕然とした。
「あ、因みに初めの1日は本当のご両親が来られたみたいですよ?葬儀のお金について話し始めたお2方に対してすごい剣幕で怒って追い返したそうです」
そんなことまで羊皮紙には書いてあるのか。
驚きながらそっと彼女の前に座った。
いくら食べないと言っても毎日作られていたあったかい手作りのご飯
来ないでと言っているのに必ずやってくる学校行事
彼女は本当の娘として私に向き合ってくれていた
『なんで…なんで沙羅ちゃんなの?死ぬなら私でよかったのに…なんで沙羅ちゃんを連れてっちゃうの?あの日だけ沙羅ちゃんにいってらっしゃいって言えなかったのになんで…』
これ以上聞くのは辛くて
何か彼女に気持ちを伝えられないかと考えた時
黒猫の注意事項を思い出した
(あなたはユーレイであることを忘れるな)
そういうことか。こんなに苦しい思いをするってわかっていたらこんな願いをしなかったのに
「きっと彼女、ずっとあなたのことを思い自分を責めるんでしょうね」
黒猫の言葉が私の胸に突き刺さる
「時間が思い出に変えてくれるなんて、そんな調子のいいこと無いんですよ」
もっと彼女と向き合えばよかった。
彼女を少しでも自分を責めることから逃がしてあげることは出来ないのか
下を向き
ぐっと涙をこらえていると黒猫が顔をのぞき込んできた
「で?どうします??」
どうします??って…え?
「なにか出来るの?」
すがる思いで黒猫に尋ねた
「話をしたりすることは出来ないんですけどね、なにか既に存在しているものに気付かせることは出来ますよー」
黒猫からの提案にはっと思い出した
「…リビングのドレッサー、二段目の棚を開けるように彼女を仕向けることは出来る?」
「もちろん!んで、それで彼女は救われるんですか??」
いや、わからないけど…
「あそこに隠してあるものがあるの。それを彼女に貰って欲しい」
ふーん、と黒猫が納得したようなそうでないような答えをしてから
「わかりました。やってみましょう!」
と手を叩いた
ふわっとドレッサーが光るとカタンと音がして彼女はドレッサーに向き合った。
『なに…?このドレッサーは沙羅ちゃんのだから開けたことないんだけど…何があるの?』
引き寄せられるように彼女は二段目の棚を開けた
ドレッサーの中にあるのは
彼女の誕生日にあげようと買ってあったバレッタ
いらないって言ってんのに店員さんがプレゼント包装してくれてメッセージカードまでつけてくれたから
棚を開ければきっと分かる
私からもありがとうを伝えたかった事が
私も彼女と一緒にいたかったって事が
『沙羅ちゃんから…なの?私に?』
ドレッサーの前にへたり込むように座った彼女は包装を開けてバレッタを取り出した
彼女に似合うと思って買った繊細なデザインのバレッタは彼女が手に持つと持ち主を待っていたかのようにキラキラと輝いて見えた
『沙羅ちゃん…私のこと嫌いだったんじゃなかったの?私が…嫌だったんじゃなかったの?』
彼女の涙がポタポタとバレッタに落ちていった
「形見ってわけじゃないけど…あれで少しは責めなくならないかなって。」
恥ずかしさを隠すため横を向いて黒猫に話すと黒猫は満足そうな顔をしていた。
「きっと、前を向いて彼女は歩けますよ!あなたを忘れないで前を向ける!」
そうだといいな
そう思っていると黒猫から時間ですと言われた。
私たちの後にまたあの扉が現れた
「ありがとう…大事だったよお母さん。」
届かないってわかっているけど
一言だけ残して私は扉を開けた
とりあえず一つ目の願いを叶えてみました。うーん、重い…か?とりあえず続きます!