山桜
–明日、明後日はお花見にぴったりの季節となるでしょう。–
あぁ、もうそんな時期なのか。
ふと目にとまったテレビ。そのニュース番組で取り上げられている山桜は俺が1年前、最初にあいつとすれ違ったところのものだった。
あの時はすれ違っただけで、名前も知らなかったな…
「いつかあいつと一緒に……」
俺が思っているあいつ…花梨は、俺と同じ学校、同じクラスで…俺が、好意を寄せている人だ。
俺は花梨の笑顔に惚れた。あの眩しい程の笑顔が俺に向いてくれたら…。
まぁ、そんなことは叶いもしない。
花梨の笑顔の行方は、きっと俺よりもっと素敵な人の元へと向くのだろう。
はぁ、と小さなため息が出た。
……自分で言ったくせに悲しくなるとかあほだろ。
そんなことを思っていると俺の携帯が静かに鳴り響いた。
携帯のディスプレイには"花梨"と表示されていた。
–…もしもし?–
「もしもし?」
–いきなりごめんね。今、大丈夫?–
「うん、大丈夫だよ。どうした?」
–いや、あの、あのね?…–
電話越しに聞こえた花梨の声は少し震えていた。それでも覚悟を決めたように1言1言しっかりと俺に伝えようとしているように感じた。
–…明日、私と一緒に、桜を見に行きませんか?–
花梨から放たれた言葉は俺の予想外だった。
「へ?…俺と?」
–そう、私とすずくんと…2人で。–
俺が花梨の言葉を理解するのには数秒かかった。
つい数分前に諦めたことが現実になろうとしている。
…もちろん、俺の返事は決まっていた。
「いいよ。行こっか。」
–ほんと?やったぁ!…ありがとう。–
その後、俺たちは明日の集合時間と集合場所を決めて電話を切った。
時間は朝の10:00、場所は…偶然にも花梨と初めてすれ違った通りだった。
電話を切った後も、俺は自分の身に起きた事が信じられなかった。
この1年間、ずっと思い続けている花梨からのお誘い。
夢ではないかと、自分で自分の頬を抓る。
…いてぇ。
じんじんと確かに痛む右頬を摩りながら、これは現実なんだと再認識する。
俺の胸は暫く高鳴ったままだった。
次の日の朝、花梨は待ち合わせの時間ぴったりにやって来た。
「じゃ、行こっか。」
「うん!」
少しの間歩くと、1年前、俺たち2人がすれ違った桜の木の側に来た。
すると突然、花梨が立ち止まる。
「ねぇ…すずくんは知らないと思うけどね。1年前、私たちはここですれ違ったんだよ。」
…うん、知ってるよ、俺。
場所、時間もほぼ一緒、桜も1年前と同じ。
唯一違う事、それは花梨と2人きりで来ているという事。ただそれだけだ。
「……あのね、すずくん、私…」
ふと花梨が俺の方に振り向く。
その声は電話の時と同じような声だった。
「…私、すずくんのことが、好きです。」
一瞬、俺は自分の耳を疑った。
1年間、思い続けていた相手が、俺に好意を持ってくれている。
…その時、桜の花びらは俺の元へと落ちた。
そう、花梨の笑顔は俺に向いたのだ。
「ありがとう…俺も、花梨のこと、好きだよ。」
今日も、明日も、明後日も、これから先、俺は花梨のことを想い続ける。
–山桜の花言葉:「あなたに微笑む」–
–花梨の花言葉:「豊麗」–
–スズランの花言葉:「再び幸せが訪れる」–