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しゅう゛ぇすたーかふぇ  作者:
第二章
9/9

急げ!

「まさかなー」

「ホントにまさかだよね」

 放課後の教室、いつも通りの三人でだべっている。他には誰もいない。今日はあいにくの雨なので、グランデ練習の予定だった陸上部や野球部もいない。ただ、階段を使ったメニューでもしているのだろうか、廊下からは時々声が聞こえる。

「何の話だよ」

 この三人の中で一人会話について行かない村井奏太が口を切る。普段だったら話の中心にいる奏太だったが、今日のこの話については蚊帳の外にすることが出来た。

「あの人の話だよ、あの人の」

「そうそう、ソウがデートしているときに偶然見つけちまったんだよ」

 隣町の有名店『しゅゔぇすたーかふぇ』で働く久世美咲。僕の場合は彼女+謎の金髪ツインテールだが。

「あの人って誰だよ」

 だんだんイライラしてくる奏太を見ることは楽しかった。いつもだったら立場は逆なので、僕か武が話の内容をわからず聞いているだけになる。しかし今日に限ってはイケメン爽やか男を場外に追い出すことが出来た。これは奇跡といっても過言ではない。

「もうちょっと楽しみたいから奏太は聞いてるだけでいいよ」

「そうだな、いつもお前にやられている仕返しだと受け取ってくれよ。俺らもたまにはイジル側に回ってみたいんだよ」

「ふん、勝手にしやがれ!」

 珍しいこともあるものだな。あの奏太が怒っているなんて。これはまだまだ引き延ばせそうな予感がするよ。

「いやー、こないだは大変だったよな。殴られたり蹴り飛ばされたり、追い出されたり」

「お前らは何をしでかしたんだよ……」

 イジろうとしていた奏太の顔が一気に憐みの顔に変貌する。

「俺と別れた後に何かしでかしたのか?」

「ほとんど武だけどね。僕はいつも通り何もしてないよ」

 教室の窓側、後ろに固まっている三人は時間も気にせずに話を進める。

「はあ? お前も結構なことしでかしてただろ? あの金髪ロリっ子ツインテールin貧乳の目には涙があったぞ?」

「ナル、お前は女を泣かせたのか?」

「え? そんなこと言ってなかったじゃないか。ただしょんぼりしてるって言ってたのに! ここで後から持ち出すのは反則だよ」

「なーかせた、なーかせた。ナルが女の子をなーかせた」

 手を一定の間隔で叩き、僕を煽るような顔で見て来る竹内武。このちんちくりんに見下されるようじゃ僕もおしまいだ。生きていけないよ。

「うるさいなぁ。武だって悪口を本人に向かって言ってたじゃないか!」

「おいおい、見苦しいな二人とも。ここらでやめにしようぜ」

 僕と武がヒートアップしている様を見てすかさず止めにはいる。奏太はおもむろに鞄を持ち立ち上がった。

「今日は帰ろうぜ、俺が話についていけなくてつまらん。この話は二人の時にでもしてくれ」

 彼はそう言って教室の後ろのドアから出て行った。

 武も急いで後を追っていくが、僕は武の言葉で少し心が痛んでいた。女の子を泣かせてしまったことを後悔している。確かあの子は一年生だったな。もう授業終了時間から二時間も経ってるから教室にはいないかもしれないけど――――

「ごめん、先帰ってて。用事思い出した」

 僕は武の背中を追い抜いて、四階にある一年生の教室を目指そうとした。

「泣いてたことが嘘なんて言えないよな……」

 だから武の姿はすぐに小さくなってその言葉が聞こえなかったんだ。僕はただひたすらに一年生の教室に向かって走り出していたのだから。



「ここも違う。こっちもか」

 二十秒とかからず四階にたどり着いた僕は端の教室からしらみつぶしに教室内を見て回った。この高校は基本全ての生徒が部活に所属することとなっている。僕や武みたいに部活に所属していないのは珍しい。特に一年生の時は強制的に参加させられるので、この時間帯に教室に残っているのは学級委員や学校行事時で居残り作業をしている生徒だけになる。

 もちろん数個の教室には何人か残っていたが、目立つような金髪はいなかった。みんな黒髪やこげ茶色をしていた。

「そうだよな……。いるわけない、か」

 普通に考えればこの時間に教室にいるのはおかしい。例え何かやることが残っていて居残りになったとしても数百人いる一年生の中からたった一人の女の子を見つけるなんて至難の業だ。

 仕方なく僕は家に帰ることにし、階段を降りて行った。すると、『図書室』と書かれたプレートを発見した。新学期早々、金髪少女と同じバイトをしている久世さんと会ったのは確か図書室だったはずだ。僕の脳内分泌物が変なことになっていなければこの記憶は正しい。

 ガラガラ。相変わらずと図書室には人がいない。くるりと一周回った彼女がいなかったらもう家に帰ろう。

「あ……」

 本棚を一周しようとしたら、久世美咲は一番奥の棚の陰に隠れて本を整理していた。女の子の中でも割と身長が高い彼女でも、一番上の棚に本を乗せるのは大変そうだった。精一杯背伸びをし、腕もはちきれんばかりに伸ばしている。そんな姿をしているものだから当然、セーラー服は少し捲れて制服の下に着ている服の色があらわになる。

「きゃっ!」

 つま先立ちになり過ぎた久世さんはバランスを崩す。

 僕は考えるよりも先に足が、身体が動いて、倒れそうになった彼女を優しく抱き留めた。

「大丈夫?」

 彼女の顔を覗くような形で僕は問いかける。右手はしっかりと肩を、左手は腰を抱える。全体重を僕に預けている彼女だが、重さなんて全く感じない。感じるのは女の子独特の柔らかさと、びっくりしている顔が可愛いをいうそれだけだ。

「あ、ありがとう……」

 雨雲で空は覆われ、図書室内は蛍光灯の白い光で溢れている。そんな光が久世さんの朱く染まった頬を照らしている。

 久世さんを抱きかかえるなんで仕草は三秒も経たないうちに終わった。そっと身体を起こし、足に踏ん張りを利かせる。そして僕は腕を外し、彼女は服を軽く叩いた。

「助かったよ、秋宮成瀬君」

 面と向かって名前を言われるのは恥ずかしいな。バイトの時の可愛い服装ではなく、高校指定のセーラーを着ている久世美咲は学校を代表する生徒だ。そんな彼女と見つめ合っては――――

「うん……」

 ――――目も見られない。

「ところで何か本を探しているのかな?」

ハッと僕は当初の目的を思い出す。金髪、碧眼、ツインテールで凶暴な小さな女の子に謝らなくてはいかない。

「あ、いや、探し物は本じゃないんだ」

「じゃあなんで図書館に?」

 久世さんの目は疑問に溢れている。それもそのはず、図書館は資料を探すための場所であって、僕のような人騒がせが来るようなところではない。

「久世さんがいると思って……」

 理由は特にない。ただの直観だ。前来た時もいたから今日もいるかも知らないとただ思っただけかもしれない。でも不思議とここに足を運んでみたくなったのだ。そうしたら、彼女はいた。

「私は毎日ここにいるよ? なんたって私は図書委員長だからね」

「え……」

 ということは、前に来た時も夢でも偶然でもなく、当然の出来事だったってこと? なんだよ、それさえ知っていれば毎日のように通っていたのに……。なんで今まで気づかなかったんだろう。

 この学校の図書館はとても小さく、ほんのジャンルもかなり難しいものに偏っている。小説はおろか、漫画くらいしか読まない僕によっては縁のない場所だ。僕以外でも、例え小説や読書が好きな人がいても、ほとんど寄り付かないのだそう。高校にあるにしては難し過ぎる本が陳列されているという噂があるのだ。よって僕はこの図書館に入ったのは二年の二学期、つまりこないだが初めてだったから気づかなかったのだ。

「そう、だったんだ……」

 秋宮成瀬としたことが、うかつだった。こんなにも近くに楽園があったのにも関わらず、それを知らなかったなんて。屈辱だ。

 雨の音は一層激しくなっていく。グランドに出来たいくつもの大きな水たまりが、一つにまとまってしまうのではないかというほど雨は強くなって行った。

「本は良いものなんだよ?」

 にっこりと微笑む姿は学校のマドンナそのものだった。黒く妖艶な髪は腰くらいまで伸び、スカートからスラリと伸びる足は白く雪のようだった。

「そうです、か……」

「なんだよその反応。もしかして君は本を読まないな?」

「そんなことは……」

 さっきとは違い、頬を膨らませて朱く染める。

「そういえば、あのバイト先で働いていた金髪の子知ってますよね?」

「え、久美ちゃんがどうかしたの?」

 久美っていう名前なのか。憶えておかなければ。謝りに行くとき必要になるかもしれない。

「ああ、ちょっとその子に用事があって……。クラス――――は探したから、今日どこにいるか知らない?」

「久美ちゃんは今日もシフト入ってるはずだよ? あの子は頑張り屋さんだからね。何でも母子家庭のお母さんを助ける為に働いてるんだって。ほぼ毎日のように働いてるよ」

 あいつが? 性格は結構キツイけど、お母さん思いの良い奴なんだな。僕も一人でここまで育ててくれた親父のためにバイトした方がいいかな。

「じゃあ『しゅゔぇすたーかふぇ』に今日もいるんだね?」

「たぶん」

「わかった、ありがとう!」

「あ、ちょっと……」

 そんな声が後ろで聞こえた気がする。でも今は彼女、久美ちゃんに謝るのが先だ。僕がいくらからかったつもりでも、相手が嫌な思いをして、さらに泣かせてしまったなんて僕が許せない。しっかりと謝って許してもらおう。それが一番だ。



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