初来店
「お帰り、お兄ちゃんたち!」
「おぉ、これは予想以上に破壊力……」
大通りから一本中に入った路地にお目当てのカフェはあった。外観はどこにでもあるような喫茶店。細い路地を正面に、シックな色で統一されていた。が、店内に入ると状況は一変、キラキラで甘い香りが全身を包み込む。
「フリルのついたスカートにエプロン、これが噂のメイド喫茶か」
「違うよー、お兄ちゃん。ここは妹専門のカフェ、しゅゔぇすたーかふぇだよー」
武の耳元で囁くのは身長百五十センチほどの小さな店員――――ここでは妹といった方が正しいかもしれないが。
僕の想像では「萌え萌えキューン」など客である僕たちが喜びそうなサービスが待っていると思っていたのだが、実際は普通の喫茶店の方に近いかもしれない。注文を取って、品を運んでくる。それだけしかやっていない。もちろん「お兄ちゃん♡」なんてことも言っているが、あくまでも喫茶店としてやっているらしい。
「おい、ナル。これはなかなかいいところを発見したんじゃないか?」
武の目はいつも以上に輝いている。この目は女の子のパンツを見たときにしか見せないのに、一体どうしてしまったんだ。
「確かに落ち着きもあっていいかもしれないけど……」
店内はきらびやかな装飾がいたるところにされているが、注文を品を出すとき以外はほとんど店員の声は聞こえない。BGMも程よい音量で、集中して作業が出来そうな選曲をしてくれている。ここの店長は優秀に違いない。
しかし、やっぱり目に付くのは店員の制服だ。女の子が好むような可愛い服だと思うけど、いかんせん僕にはその免疫はない。
「ナル、ちょっとあれ見てみろよ」
「ん?」
武が指差す方に視線を移すと、そこには髪を金色に染めた小さな少女が接客をしていた。
「ぶっ……」
「どうした?」
「な、なんでもない」
あれは見間違える、そんなことは絶対にない。そう、あれは先日僕に無実の罪を着せた真犯人。名前は……知らないが、歳は一個下。そして僕たちと同じ高校に通う生徒でもある。
きびきびと働いているその小さな背中には、なんだか大きな意志が感じられる。来店時の出迎えも、お帰りの際の見送りも誰よりやっている。間違いなく彼女はこの店で優秀な存在なのだろう。
「あのー、すみません」
すると突然、向かいに座ってる武がその金髪少女を呼んだ。
「あ、おい!」
「気にすんなって。お前ずっと彼女のこと目で追いかけてたもんな」
こいつは完全に勘違いをしている。絶対そうだ。僕と彼女はそういう関係ではない。
「はーい、少々お待ちくださいませー」
金髪の子はせっせとコーヒーを運びながら叫ぶ。その動きは機敏で、一切の無駄がない。
「はい、大変お待たせいたしました。ご注文はなにに――――あー! なんでこんなところにいるの⁉」
大きな碧を見開いた彼女は、指をさしていう。
「えーっと、じゃあオリジナルブレンドコーヒーで」
「無視するんじゃないわよ! 無視するんじゃ!」
「あれ? もしかして知り合いか?」
「全然」
真っ向から否定してやる。保健室のドアを蹴り壊すような凶暴女など知らない。ここにいるのは金髪で髪を二つに結んだ小さな女の子だ。大きな碧眼を輝かせながら僕を見つめているが、顔に何かついているのだろうか?
「しらばっくれないでよねっ! うちの恥ずかしい姿見たくせに!」
僕は反射的に顔を上げた。そう、この行動がマズかった。向かいに座るちんちくりんと目が合ってしまったのだ。
「おい、それはどういうことだ! この金髪ロリ美少女だけど貧相なお胸の持ち主の恥ずかしい姿とは一体お前は何を見たというん――――あぶっ!」
竹内武に右ストレートがさく裂。さらに宙に舞った身体に助走もなしの飛び蹴り。やはりこの子はかなり飛び蹴りがうまい、じゃなくて、武はその勢いのまま壁に激突する。
「うがっ!」
「うちはまだ発展途中なんや! これから大きくなるんだもんっ!」
「この、ぺちゃぱいごときが……うっ!」
「あーあ、完全にトドメ入ったね。ドンマイ、武」
僕は見るも無残に散った幼馴染を憐みの目で眺めている。一から十まで全部彼が悪いからね。今のはどうしようもないよ、僕には助ける手段がなかったんだ。すまん。