窓側後ろの三人衆
「全く、高校の授業ってのはつまらないものだな」
「武は午前からずっと寝てたじゃん」
「前に高校からは頑張るって言ってたのは気のせいか?」
「だってよお、受験勉強でもう一生の労力を使っちまったんだから仕方なくね?」
僕達の中で学力が一番劣るのは言わずもまま竹内武だ。なんたって彼は中学のテストですら毎回赤点前後の点数を取っていたのだ。そんな彼が今僕達と同じ高校に通っているなんてにわかに信じ難い。村井奏太は元々勉強ができたし、僕だってそこまで高望みをせず安パイでこの高校を選んだ。普通だったら武は同じ高校に通うことも出来ないようなレベルの高校だ。しかし、彼は受験シーズンになると「俺はナルとソウ、二人が通う高校に行きます!」と高らかに担任へ宣言したのだ。担任はおろか、僕達でさえ最初は笑っていたが、勉強を必死で頑張る武を見て「少しくらいは手伝うか」ってことで十月から本格的に勉強をスタートさせた。するとなんてことだろう、教師陣には絶対無理と言われた高校に受かってしまったのだ。その時は奏太と二人で言葉を失ってたなぁ、二つの意味で。
「まあ高校は義務じゃないしな。辞めたくなったらいつでも辞めていいんだぜ?」
「それはできんな。俺はここでハーレム王国を設立すると決めたんだ」
何と言って良いのやら……。こいつはやると言ったらやり遂げるまで本当にやってしまうからな……。
一日の授業が終わると僕たちは職員室に呼び出された。
「失礼しまーす」
奏太に続いて僕、武の順に入って行く。
「やっと来たか、お前等。先生はお前たちの将来のことが心配で――――」
「わりぃ、ナル。お前は生贄だ」
「えっ?」
僕の思考が一瞬ひるんだうちに奏太と武は職員室のドアから飛び出していた。
「ちょっと!」
一人残された僕には、突然のことで口が開きっぱなしになっている担任と、職員室にいた全教師が目に映っている。
ああ、奏太は一瞬で感じたんだろうな。担任に注意されることを……。奏太は昔からそういうところがある。何かヤバい雰囲気を察する能力がずば抜けて高いのだ。中学の時、体育祭をサボっていたら体育教師が僕たちのところに向かって歩いてきた。それを遠目で見た彼は「鬼ごっこしようぜ。じゃあお前等二人が鬼な。二人がかりでも捕まえれるかわかんねえけどな。じゃ、その場で十秒カウントよろしく!」と言って勝手に去ってしまった。元々遊ぶためにサボっていたので良かったが、なぜ鬼ごっこと武と僕の頭の中ははてなで埋め尽くされていた。しっかりと十秒カウントして走り出す――――ことはなかった。なぜなら後ろから来た体育教師に首根っこ掴めれたからだ。
また、奏太にしては珍しくテストの点が伸びなかった時があった。絶対に怒られると思った彼は僕の家に一泊し、翌日に帰った。学校に来ると昨日はこってりと絞られたかなと武と期待していたが、奏太は笑顔で登校してきた。何でも、帰る途中にプレゼントを買っていき、テストのことから話題をそらしたのだそう。中学生にして大人を手玉に取るとはすごい奴だ。
僕は担任に怒られながら違うことを考えるというスゴ技に出ていた。僕はこの日特に悪いことはしたいない。ただ入学数日の授業で睡眠をとっていただけなのだ。理由もしっかりしている。昨夜三人でゲーム大会を開き、負けず嫌いの二人が着くまでと、結局オールでやることになったのだ。僕はその審判役で、結局試合は八十七戦四十四勝と武が勝ったのだが、決着は午前七時に着いた。ゲーマーの武をここまで追い詰めるとは、さすがの奏太である。しかし、なんで二人の分まで怒られないといけないのかはわからない。
「昨日はご苦労だったな」
「ホントだよ。二人が逃げるせいでその分も怒られたよ」
「気にすんなって。俺たちは気にしてないからさ」
「いや、二人はもっと罪悪感持ってよ……。それに逃げるんだったら僕にも言ってくれれば良かったじゃない」
「そんな事したら三人とも結局叱られるだろ? だったら誰か一人に受けてもらう方がよくないか?」
「そこに奏太は入ってないよね……」
「もちろんさ!」
はあ、これはため息ついてもいいよね。奏太は自分のためだったら誰でも犠牲に出来る人間だからな……。そんな悪い奴とわかっていてもつるんでる僕たちは相当なアホかもしれない。
「ナルはもっとソウに順応しないとな」
よくも冷静な口で語ってくれるわ。この三人の中で一番罪が重いのはお前なんだからな。お前が毎授業爆睡&いびきのせいでこっちまで注意が向けられる。こっちは安心して寝つけもしない。
「武が順応し過ぎなんだよ……」
出会ってまだ三年。されど三年ってことかな。武と奏太は阿吽の呼吸で教師の魔の手から逃れる。そしていつも僕が生贄となる。
「そこはさ、こいつで勘弁してくれよ」
ほいっと出されたのは、新入生代表者久世美咲の写真。教室の真ん中でクラスメイトに囲まれて笑っている。その顔は何とも可愛らしい、いや、美しいのだろう。大勢の人が映っている中で、彼女だけは別の輝きを放っていた。
「こ、これは?」
「見ての通り、久世美咲の写真さ。さすがに一人のところはなかったけどな」
「そいつは俺と奏太で隠れて撮ったんだぜ? この学校携帯の使用禁止だからな」
それをわかっていてなぜやる。まあ今回は許してやらないことはない。なんたって彼女の写真を撮って来てくれたのだ。
「あ、ありがとう……でいいのかな?」
「ああ、感謝してくれ。お前が久世美咲のことが好きなのは俺たちの秘密だ」
「けどあいつはかなりモテるらしいけどな。昨日の時点で上級生にコクられてたよ。しかも二人」
「ああ……」
やっぱり彼女は逸材なんだよな。上級生の二人も彼女の素晴らしさがわかっていたのだろう。大した行動力だが、いきなり見ず知らずの人に告白されてオッケー出す女の子はいないだろう。しかも上級生という圧がキツイ。
「これは案外早めになくなってちまうかもな。俺のタイプでないにしてもあれは結構上玉だからよ。もっと胸があったらなぁ」
「タケ、口を慎め。その口は粘土でできているのか?」
「ああ? いくらお前でも言って良いことと悪いことがあるだろ――――っとあれはなかなか」
口喧嘩かが始まるかと思えば、竹内武の思考は違うところに飛んでしまう。それは廊下を通りすぎた女の子のスカートが異様に短く、生足が妙にエロく見えたからだ。
「はあ、こいつは全く」
「はは、武らしいよ」
僕達の声は聞こえているのだろうか、彼はずっと廊下の方を見て、固まっていた。
久世美咲、僕が彼女のことを思い続けてはや一年と六か月。未だに彼女の一人もいない僕は隣クラスのあの子のことを想像してしまう。入学時に告白ラッシュがあったが、それも一か月程度で終わり、しまいにはもう許嫁かいるなんていう説が学校中を飛び回っていた。三年のイケメン先輩も、生徒の長である生徒会長の申し出も、はたまた財界のトップに君臨する家の息子にもオッケーを出さなかったのである。もう告白された数は五十を超すと武が言っていた。名声目当てでも金目当てでもない。昔親同士で決められた許嫁が存在しているのではないかなんて最近少し思い始めてもいる。
「そんなことないよな……」
考えたくもない。彼女は全校生徒から憧れ、中には軽蔑の目で見られている。その多くは女子の先輩から同級生だ。自分の惚れている人があっけなくフラれて、さらに多くの人に告白されている久世美咲を許せないのだろう。醜い争いに彼女を巻き込まないで欲しいものだ。
黒翼の天使は未だ誰にも振り向いていない。彼女が振り向くのは一体誰なのか。
そんな彼女の夢を一日で二回も見ている自分はやっぱり欲求不満なのだろうか。確かに最近恋人が欲しいと思うときが多くなったけど、僕は……。
「聞いてんのか、秋宮?」
「はい、聞いています」
僕の頭は彼女のことでいっぱいなんだから他のことが頭に入るわけないじゃないか。この鬼軍曹は頭弱い系の人間だな。筋肉の塊のような人は大概頭が弱い。筋トレのついでに脳トレでもしていたらどうだ?
しかしまあ、自分が悪くないのに怒られることになれてしまったものだ。いや、いつもは二割くらいは悪いけども、他の八割は武と奏太なんだけどな……。
もちろん今回は十割あの金髪ツインテールが悪い。僕は完全に傍観者となっていただけだ。確かにドアをロックされたので叩いたのは事実だが、蹴るなんてことは思いつかない。いや、例え思いついたとしても実行はしない。僕一人だと行動力に欠けるのだ。
なんて凶暴な女の子だったのだろう。容姿からは考えられないくらいパワーを秘めている。小さくて目の大きい金髪め、僕にこんなこと押し付けやがって。今度会ったら承知しないからな!
「秋宮、わかったか?」
「許しません!」
ボコッと聞こえるよりも顔面に衝撃が走るのが先だった。
「うっ!」
そのまま宙を一回、二回、三回転してベッドの上に転がる。これがもし床の上に着地していたら全身打撲は免れなかっただろう。
「殴るぞ!」
「殴ってるよ!」
ああ、悲しいかな。今回は本当に無実なのに……。日頃の行いってこういう時に出るんだね……。