入学式の思い出
『新入生代表挨拶』
「はい」
その凛とした声は去年の春、全校生徒の前に現れた。入学式、僕は武や奏太と同じクラスとなって浮かれ気分で式に臨んでいた。周りの人も所々で話し声が聞こえる。もちろん在校生の方ではない。浮かれ気分の新入生だ。
そんなざわついた会場をたった一つの返事で静めたのが久世美咲、新入生代表者だ。彼女は入学時にも今と変わらないポニーテールで壇上に立った。全校生徒の注目を浴びているその女生徒はあまりにも美しく、体育館には風で幹が揺れる音さえも聞こえる。
「この暖かな春に向かえ入れられ、私たちは今日入学することが出来ました――――」
彼女の声は身体の隅から隅まで行き渡っていた。一言一言が心に沁みる。僕は壇上に立っている新入生代表の虜にこの時すでになっていた。
入学式を無事に終えると、新入生は続々と新たな学校生活の学び舎へと発っていく。もちろん僕達も一緒だ。右には竹内武、左には村井奏太がいる。
「なあなあ、あの代表の子、結構可愛くなかった?」
「そんなことないだろ。どこにでもいる美少女じゃね?」
「奏太は僕達と住んでる次元がもうすでに違うよね……。美少女はどこにでもいるわけじゃないよ」
教室まであの新入生代表の子の話で持ち切りだった。他の人の話を盗み聞いててもほとんどが成績優秀な代表の話で埋まっている。新入生代表挨拶ってのは、その年に行われた入試で成績がトップだった人が行うことになっている。だから彼女は成績優秀、容姿端麗というわけだ。これでスポーツ万能だったらもう言うことがなく完璧超人となるだろう。この場合は誰にでも好かれる生徒会長になるのがテッパンかな。
「全く、あれくらいの女の子ならそこら中にいるだろ。前付き合ってた櫻子もそうだったし、その前の裕子だってあれくらいは可愛かったぜ?」
「ごめん、櫻子さんは知ってるけど、裕子って誰? 僕は知らないよ」
「櫻子は確かに美人だったなー。あれでもう少し胸があれば俺は文句ない」
「言ってなかったっけ、裕子は東中の子だよ。俺らの南中でも結構人気高かったんだぜ?」
それを彼女にしていた男が言うと、なんだか見下されている感が半端ではない。俺はこの世の全てを手に入れるんだとか言いそうだよ。
「過去の話は別にいいとして、俺あの子狙っちゃおかな」
奏太は指で拳銃の形を作る。そして前を歩いている女の子に向けて発砲、もちろん弾が出るわけじゃないけど。
「おいおい、じゃあなっちゃんはどうなるんだよ。今付き合ってるんだろ?」
「そうだけどさー、なんか最近付き合い悪いっていうかさ、うまくいかないことが多いんだよねー」
「そんなことでいちいち相手変えてたら切りないよ。奏太はモテるけど、正確に難ありだよね」
こんな会話が教室までずっと続いた。
僕達が卒業した南中には全生徒の憧れの的であった人がいる。それは僕の隣を歩いている村井奏太だ。彼は勉強もできればスポーツもできる。そして何より顔が良い。年間何人の女の子をフってきたのだろう。バレンタインデーには両手でおさまりきらないチョコを抱えていたので、僕と武に分けてくれたり、自分の誕生日には男女関係なく誕生日プレゼントをもらっていた。もちろん一人では持って帰れないから手伝わされることもあった、年に一回。
奏太の噂は学校を超え、隣の中学校にも広まっていた。そこで今の二人前の彼女、裕子と付き合うことになったのだろう。彼はいかんせん顔はいいからね。正確は別として。初めて本性を見た時はびっくりしたけど、今となっては欠かせない存在かな。主に武をイジることに関して。
「お前らも高校デビューしとけよ? でないといつまでたっても彼女なんてできないからな」
「うっせ、そんなことわかってるわ。俺はここでハーレム王国を創るから待ってろ! そん時はお前にぎゃあふんと言わせてやる!」
「はいはい、頑張ってなー」
何とも棒読みで答えるのだろう。確かに武が彼女、ハーレムなんて築けるとは思えないけど、あからさまに否定するんだよね……。
「僕も彼女欲しいかなぁ」
思いだされるのはついさっき行われた入学式。成績優秀で美人、もう言うことがないではないか。少しでもいいかお近づきになれないものか。
「おっ、こやつさっきの……なんて言ったけ、新入生代表の」
「久世美咲、だろ?」
「そうそう、絶対そいつのこと考えてるぜ。これだから貧乳好きの男子はいけねえぜ。胸ははちきれんばかりに、しかし身体のラインは細く、なおかつ尻はぷりぷりしてなきゃいけねえってのによお」
「なっ、べ、別に僕が何を考えようと僕の勝手だろ? それに武の好みなんて聞いてないよ!」
あの妖艶な佇まいに、漆黒の髪、全てを呑み込んでしまいそうな深い黒。想像しているだけで違う世界に呑み込まれそうだ。彼女はあの舞台で何を思っていたのだろう。ドキドキ? ワクワク? それとも他の何か? 考えても分からない問題に挑んでしまう。