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しゅう゛ぇすたーかふぇ  作者:
第一章
2/9

ナイスコンビネーションで……

 昨日は全く何だったのだろう。学校から飛び出して家に帰ってみればドアが閉まっていて玄関から入れなかった。仕方なく裏口から侵入を成功させたら親父が全裸で現れやがった。その時はもちろん言葉を失ったよ。でも親父と暮らし始めて今年で十二年、裸を見る機会なんて数えきれないほどあった。これが兄妹だったら人生終了の鐘が鳴っていたが、親子ならね……。許せるけど、悲しいかな。十七にもなって親父の裸とか……。

「マジかよ、ナルもついてねえな!」

「ホントだよ。なんで親父の裸なんて……」

「まあまあ、そんなこと言ってやるなって。親父さんは一人でナルをここまで育ててきてくれたんだろ?」

「そうだけど……」

 SHRが始まる前、僕は昨日バックレた竹内武と村井奏太の三人で話し合っていた。

 武の席は僕の後ろで、奏太は武の隣だ。僕達三人が窓際の後ろを占拠するのでクラスメイトは近寄って来ない。なぜかって僕たちはこのクラスで問題児だからさ。別に授業妨害をしているわけでも、学校に来ない引きこもりになっているわけでもない。ただ寝ているだけだ。それでいて休み時間は廊下を走り回ったり、立ち入り禁止の屋上に忍び込んだりしているくらいである。

「しっかし、夢で二回もあのマドンナを見るとはよっぽど飢えてるんじゃねえの?」

 武が嫌にニコニコしながら胸をつついてくる。こいつは本当にこの手の話は大好きなのだ。そのちりちりになった頭をストレートにしてやりたいくらいムカつく。

「モテない男は辛いねえ」

「おいおい、一人だけ彼女がいるからって調子乗ってるなよ。俺だって本気になれば彼女の一人や二人くらい――――」

 まずその風貌からして無理だろう。ちりちり頭に赤毛、眉毛はあるのかないのかもわからいくらい細い。そしてエロくてバカだ。バカだ。

 一方の奏太はいわゆる爽やか系男子だ。頭もよくてスポーツもできる。おまけに話し上手で女子のハートをキャッチするのにはこの三人の中では誰よりも長けている。奏太に毎回課題を見せてもらってるどこかの誰かさんとはえらい違いだ。

「お前には無理だ。まずそのちんちくりんを直さないとな」

 ケラケラと笑っている奏太。武はこの頭のどこがちんちくりんだと言っているが、本音で怒っているわけではない。本当に怒ったら口よりも先に手が出るのが武なのだ。

「そうだよ、武はうるさいしエロいし頭悪いしバカだし、無理に決まってるよ」

「何を! そういうお前だって久世に声すらかけられないじゃないか!」

「そ、それはっ! …………反則」

「ふっ、愚民の争いを見るのも悪くはない」

「「黙っとけ!」」

 腕組みをしているしょうゆ顔の奏太は僕と武を明らかに見下している目をしていた。今日も窓際後ろ三人はうるさく元気にやっております。



 約一か月ぶりに始まった授業はきつくて仕方がない。一限は数学で頭が痛くなり、二限の化学で死亡。三限の英語など聞いてもいない。唯一四限の体育は頭がすっきりする運動となった。

「あーあ、全くなんで授業なんてあるんだろうな」

「武は授業中ずっと寝ているから関係ないんじゃないかな?」

「はあ? そんなこと言ったらソウやナルだって寝てたじゃないか」

「俺らはお前とは違うんだよ。テストで毎回赤点ギリギリ回避しているようなお前とはな」

 体育が終わって昼休み、僕たちは一学期と同じように三人で固まって弁当を食べている。

「うっせえな。赤点になってないだけましだろ? 俺だってやればできるんだよ」

「じゃあもう課題を見せる必要はないよな? 自分でできるんだよな? んん?」

「武、やめた方がいいよ。君じゃ奏太には勝てない」

「あ、ナルまで俺を見下すのか! そうか、そうか、わかったよ。ああ、俺はお前たちの中では一番下だよ。でもな、これからいっぱい勉強してお前等なんてすぐに追い越してやるからな!」

 毎度なんでこんなにも声が大きいのだろう。竹内武は普段から声がでかいが、興奮するとさらに大きくなる。ここでの興奮はいわゆる普通の興奮だ。

 多くの生徒が様々なおしゃべりをしている。「夏休みどうだった?」とか「えー彼氏できたの?」とか「学校なんて爆発しろ」だとか、「あ、もうちょい。もうちょい風が吹けばパンツが……」なんて言っていたりする。ああ、ちなみに最後のは僕の正面にいる武の言葉なんだがね。

「相変わらずお前は切り替え早いな」

「ん、何のことだ?」

「いや、なんでもない……」

 僕達は決して三人が三人とも同じ境遇に立っているわけではない。勉強ができない同盟とか、陰キャラ同盟、部活仲間でもない。それでも武とは小学校から、奏太とは中学の時からずっと一緒に過ごしている。武はすぐに張り合いたがるけど、はっきり言って僕と奏太にはかなわない。でもいくら馬鹿にしようとも一秒先には違うことを考えているのだ。主にエロい方で。そんな武でなかったらここまでつるむことはなかっただろう。三人の個性がうまくかみ合っているからこそ、こうして僕らはいつも一緒にいる。

「いっやー、しかし暑いな。もう九月ってのに三十度超えるとは何事だよ」

「おい、今日はそんなに気温高くないぞ。真顔で嘘を言うな」

「だってよ、こんなに暑いのにクーラーなしとか考えられなくね?」

 夏休みが終わり、だんだん気温は下がってきたと言ってもまだ暑い。特に休み中ずっと涼しいところで過ごしていた武にはキツイのだろう。

「幸い今日は風があるからいいよ。これで無風だったら死んでたね」

「おう、風が無かったら死んでたな。女の子のスカートが捲れないもんな」

 一番に食事を終えた武は僕たちを話しながら教室を見渡している。その視線の先には、決まって女の子の姿があるのはもう昔から知っている。

「お前は本当にどうしようもない男だよな。女の下着ばかり見ようとして」

「おいおい、奏太はわかってないなあ。女の子の下着には、いや、パンツには男のロマンがいっぱい詰まってるんだよ! わかるかこの素晴らしきロマンが?」

 同情を求めるような目で僕を見ないでくれよ。それに声が大きいから周りの女子にも聞こえているし、ここで賛同でもしてみろ。一生変態のレッテルを張られるぞ。

 もちろん問題児三人衆の周りには誰もいない。強いて言うなら三メートル離れたところからやっとクラスメイトがちらほらと姿を現す。理由はそれ以上離れると教室から出ることになってしまうからだ。

「さてと、今度は道行く人の後ろ姿でも鑑賞しようかのお」

 くるりと身体を反転させ、武は窓から頭をのぞかせる。

 僕達の通う学校は交通量の多い大通りに面している。駅も近いし、大きなショッピングモールもある。だから校門の外を歩いている人は昼間なのに結構多い。真昼間から歩いてどこに向かおうというのか。大人ってのはつくづく大変だと思わされる。

「おお、あれは! 何ともエロいタイトスカートなんだ! な、生足が汗で濡れて……」

「おい、ナルよ。これは完全に末期症状だぞ」

「そうだね。もう武はこの世に戻ってこれないかもしれない」

 奏太と目を合わせてから一緒に武を見る。彼はまだ道行く人を眺めているが、三階のここからグランドを挟んで校門前の通りを見るにはかなりの視力がいる。現に僕はぼやけてあまり見えないし、武の場合はゲーマーだからもっと見えないはずだ。

「おお、マリア様。俺を迎えに来てくれたのか? そんな胸も隠さずに。ああ、なんて幸せ」

 どうやら彼は完全に壊れてしまったらしい。この暑さで幻覚でも見ているのだろうか。イエスキリストの母をどんな状態で召喚しているのだろうか。

「こいつ保健室に連れて行くか」

「保健室……、まあいいけど」

 保健室、それは本来生徒と教師の癒しの場となるものだ。しかし、この学校の保健室には強面の、何とも言い難い番人がそこにいる。鬼軍曹佐々木、この名前を聞いただけで今晩眠れなくなるのではないかという不安に襲われる。五十代のくせに異様にがっしりしている肉体。校則違反を犯した者はそのたくましい身体で嫌というほど絞られるらしい。ここでの絞られるは抱き疲れて締め付けられる、そのまんまの意味だ。

「鬼、軍曹……。ほ、保健室はダメだ! あそこは魔の海域と化している。あんなところに自分から足を踏み入れるなんてバカがすることだぞ!」

 目が血眼になっているよ。ああ、そんなに嫌なら奏太に言ってよ。まあ奏太がそんなことでやめるとは思わないけど。

「バカがすることなんだろ? じゃあ武は行けるよな? 俺はバカじゃないけど、武は俺よりバカだからやるよな?」

 ドS覚醒。こうなった奏太はもう止められない、いや、止めに入りたくないよ。自分まで巻き込まれそうだからね。ここは武にひと肌脱いでもらおうかな。

「武、頑張ってね」

 悪魔の笑顔、とでも思っているかな。僕は微笑んで武を送り出した。

 体調が悪そうなのは見てのとおりふらふらしているからわかるんだけど、そこまで行きたくないのかな。

「ナル、手伝ってくれ! 俺はどうしてもこいつを保健室に連れて行きたい! そして鬼軍曹にしごいてもらった後の顔が見たいんだ!」

「…………わかったよ」

「ああ、ナル! 裏切ったな! もう知らないぞ、俺が返ってきたらお前らは生きていないからない!」

 僕は二人にすごく言いたくなる。一つは奏太に、お前は悪魔かと。もう一つは武に、やっぱりバカだな。君に会わないのにどうやって僕たちは死ぬんだ? 君が殺すならわかるけどね。

 結局ちんちくりんの武は保健室まで運ばれることになった、僕と奏太の手でね。もちろん授業は始まってるのは承知しているよ。運んでいる最中にチャイムが鳴ったんだ。でも僕たちは多少の遅刻なんて気にしない、こんな事毎日のようにやっているからね。

「失礼しまーす」

「俺は失礼したくなえけどな!」

「あはは……」

 武は僕たちの腕の中で暴れるが、男子高校生一人の力を二人の男子高校生が抑えられないわけがない。

 人生で一度も開けたくないドアを開けると、そこには無人となった保健室が待っていた。右手には資料で埋め尽くされた机と丸い椅子が、左手にはベッドは一つ見えている。その奥はカーテンが閉まっているのでもしかしたら人が寝ているのかもしれない。

「おい、もう良いだろーーっと、静かにしなくちゃいけねえな。奥で人がねてるぜ」

 こんな時、意外に冷静なのはちんちくりん。全く普段はどうしてあんなにも声が大きく周りに配慮出来ないのに、こういう場になるとスイッチが入るのだろう。

「これはこれは、つまらない結果になったな。はあ、じゃあ戻るとするか」

 カーテンを見つめていた僕を置いて二人はドアから出ていく。奏太、武、そして僕の順に出ようとした――――

「ばいばーい」

 突然、僕の前はクリーム色のドアに阻まれた。

「おい、何するんだよ!」

「まあまあ、ナルちゃんよ。そこで鬼軍曹を待ってるのもいいじゃないか。じゃあ俺らは徐行に戻るから、お前のことはちゃんと伝えておくよ」

「そういうことだ、これは俺からの復讐として受け取ってくれ」

 なんだよそれ……。僕はまだ未遂のはずなのに復讐を受けるとか、どんなかわいそうな運命なんだよ……。

 ドアを開けようとしてもガンッと音をたてるだけでびくともしない。これはもしや長い棒でつっかえさせている奴だな。犯行の主犯は――――村井奏太。あの爽やかイケメンが主犯に違いない。武をおとりに僕を引き寄せて、がっつり罠にはめる。あわよくば武も一緒にと思っていたのかもしれないが、あいつはあいつで危機察知能力は高いんだよな。特に奏太が仕掛ける罠については。

 なんてここまでの経緯を推測するのはいいけど、困ったな。どうやって外に出ようか。新学期早々授業を休むなんて担当教員にどう思われるかな。まあ授業出てもいつも通り寝るか絵を描くかしかしないけどね。

「んっ……」

 ドアが大きな音を立ててしまったからだろうか、奥で寝ていた人が起きてしまったようだ。

 白にピンクがかったカーテンの奥からガサゴソと服や布が擦れる音がする。

 保健室は教室や職員室など人が溢れかえるところからは離れた場所に位置する。これはけが人や病人に負担をかけないような工夫をしているのだとか入学説明会の時に言ってたような。

「ふわあぁぁ……。よく寝たぁ。ふう、今何時かなぁ、そろそろ授業に出ないといけないかなぁ?」

 寝起きで全然声が出ていないが、声の主はやはり奥のベッドで寝ていたようだ。綺麗なソプラノボイスに靄がかかったような声が僕の耳に響く。

 ガラガラっと淡いピンクのカーテンが少し開いた。その間からぴょこっと顔を覗かせたのは、金色に輝く髪を二つに結んだ童顔の女の子。

「あれぇ、人がいる? あなただぁれ?」

 大きな瞳は色の深い碧。その目を見つめているだけで魂までもが吸い込まれそうだ。

「え? あ、ぼ、僕?」

「そうだよ? 他に誰がいるの?」

 カーテンから頭だけを覗かしている少女は首を捻っている。

 昼下がりの太陽が保健室の中を照らし、薄い黄色で周りは埋め尽くされている。

「僕は二年A組、秋宮成瀬。起こしちゃってごめんね」

 ドアの前から左にある椅子に腰かける。何度やってもドアが開かないことはもうわかっているのだ。なんたって奏太が仕掛けた罠だからな。一瞬でも完璧に仕上げる実力を持っている。

「あきみや……。うちと同じ苗字……。まさかね、そんなわけないよね」

 寝起きだからか声がしっかり出ていなくて聞き取れない。

 左右に跳ねている髪を手でほぐしながら少女はベッドからお起き上がってくる。

「なんて言ったの?」

「…………何でもないよ」

 彼女はドアの方に向かって歩き出す。その小さな身体には細い腕に細い脚、そして身体に似合った小さな胸、一年を意味する黄色のリボンが胸の真ん中についていた。スカートは外側に折れ、セーラー服はしわくちゃになっている。

「ドア、開かないよ。友達が開けれないようにしちゃったんだ」

 スカートや服を直しながらもドアに近づく足は止めない。

「道がないなら作ればいいんだよ」

 すると彼女はドアに向けて走り出す。そして一メートル手前でジャンプし、ドアに向けて飛び蹴りをくらわした。

 ガッシャーンと大きな音を立てて倒れたドアは、無残にも真ん中にくっきりと足跡がついていた。

「おいおい……」

 言葉を失っていると少女はこっちを向いてニコッと笑っていた。

「あとはよろしくねっ!」

 ピューンと音を立てて走り去った彼女の後には、甘酸っぱい香りが漂っていた。

「なんなんだ?」

 学年で言ったら僕たちに一個下、一年生だった。セーラー服に結ぶリボンの色で学年が変わるのだが、一年は黄色、二年は青、三年は緑とカラフルに揃えている学校なのだ。

 金髪ツインテールの少女はなぜ保健室で眠っていたんだろうか。もしかしておとぎ話のように王子を待っていたのかな、なんてメルヘンなお花畑に足を踏み入れるのは強面保健医の佐々木だった。

「おい秋宮、これはどういうことだ? ちゃんと説明できるんだろうな?」

「あ、いや、それは僕がやったのではなくてですね……」

「言い訳はいらん! 問答無用で叩きのめしてくれるわ!」

 先生、本当に僕がドアを壊したとお思いですか? そうですよね、問題児の秋宮成瀬がいたらそうなりますよね。でも、もう少し僕を信じてくれてもいいじゃないですか。本当に僕はやってません。無実です。ドアを破壊したのは一年の金髪ツインテールです。信じて下さい。

 そんな想い虚しく、結局僕は五限を鬼軍曹佐々木の説教で過ごしてしまった。



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