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World×World+  作者: シクル
現代妖奇異聞録
5/5

WorldEX-5「温」

「なぁ、これって罠っぽくねえか?」

 永久達と未希が初めて出会った雑木林の奥へ向かいながら、英輔は怪訝そうにそう言う。

「そうだけど、今はこれしか手がかりがないから……」

 未希が永久に事情を話した翌日、未希はすぐに自身の式神である管狐を使って嶺峰の捜索を開始した。ある程度時間がかかるのではないかと予想していたが、思いの外嶺峰はすぐに発見出来た。というより嶺峰の方から管狐にコンタクトを取ったようで、雑木林で待っている、という伝言を管狐が未希達の元へ持って帰る形になった。

 貴仁、拓人の二人も久我の元へ向かおうとしていたが、未希の「自分でなんとかしたい」という強い申し出もあり待機している。欠片が関係するため、永久は無理矢理にでもついていくつもりだったが未希は意外とすんなり永久の同行を許可した。

「別に危険だと思うなら来なくても良い。その”欠片”とかいうのをどうにかするのは、坂崎だけで十分なんだろ?」

「何よその言い方! ほんっと頭にくるわね!」

 怒りを露わにする由愛だったが、未希の方は興味がないのかあまり取り合おうとしない。

「まあまあ喧嘩しても仕方ないし、ね? 佐伯さんは、二人のことを心配してくれたんだよね?」

「別に、ただ関係もないのに首を突っ込んで怪我したって私は責任を取れない」

 永久のフォローも虚しく冷たく当たる未希に、由愛は更に表情をムッとさせる。いつもなら英輔も怒るところだったが、由愛が先に怒りだしてしまったので気を削がれたのかバツが悪そうに頭をポリポリとかくだけだった。

「まあ、俺らだってなんかの役に立つかもしんねーだろ? 今までそうやって永久と一緒にやってきたんだしな」

「そ、そうよ! ていうか私は永久の助けにきたんであって、アンタの手伝いをしようなんて気は全然ないんだから!」

 それでもやはり未希はどこ吹く風といった感じで、由愛や英輔にはそれ程興味がなさそうだった。そんな三人のやり取りに困ったような表情を永久が浮かべていると、前方からいくつもの影がこちらへ迫ってくるのが見えてきた。

「――――アレは!?」

 迫ってくるのは大量の魚や虫のあやかしで、一目で低級な妖だと判別出来るが数が尋常ではない。すぐさま永久は大剣を出現させ、未希はその隣で太刀を出現させて身構える。

「恐らく久我の操る式神だ。まさかこれほどの数を一度に操るとはな」

 永久の大剣ならある程度一掃出来るが、この後更に久我と戦うことを考えればなるべく消耗したくはない。

 そんな二人の前に、由愛と英輔はスッと出ると静かに身構えた。

「ほらな、役に立つ時がもう来たじゃねえか」

「不服だけど、必要なのは永久とアンタだから……ここは私と英輔で食い止めといてあげようじゃない」

 既に由愛も英輔も、ここで妖の足止めをする覚悟があるのか目がすわっている。永久はしばらく逡巡するような様子を見せたが、やがてありがとうと告げて未希と共に妖を最低限蹴散らしながら前に進んでいった。

「なあ、俺らってよォ!」

 雷の魔術で形成された剣で妖を切り裂きながら、英輔はそんな言葉を由愛へ投げかける。

「何よっ!?」

 念動力によって発生させた黒弾を周囲に散らし、多い囲むようにして迫ってくる妖達を蹴散らしながら由愛はぶっきらぼうにそう答えた。

「こーゆー役回り、ちと多くねえかなッ!」

「何よ愚痴? 自分から買って出たんでしょ!」

「そりゃ違いねえ!」

 互いに顔を見合わせて笑った後、背中合わせになって二人は妖達を蹴散らしていく。

主役・・の邪魔は――」

「させないわっ!」





 由愛達と離れてからすぐに、永久と未希は嶺峰と結美を見つけることが出来た。嶺峰は顕になった左半分の顔で薄く笑みを作っており、結美はその隣で今までと変わらず表情もなく佇んでいる。

「久っ……我ぁぁぁぁぁぁっ!」

 嶺峰を視界にとらえるやいなや、未希は太刀を構えて一気に久我へ斬りかかる。嶺峰はそれを短刀で受け止め、しばらく打ち合った後に結美の後ろへ退く。すると、今度は嶺峰と入れ替わるようにして結美が槍で未希と打ち合い始める。

「返してよ……私の、私にとってのたった一つの居場所なんだ!」

「だったらアンタは返せるのかぃ? あたしの顔をさぁ!」

 愉しげに未希と結美を眺める嶺峰へ、永久はすかさずショートソードを出現させて接近したが、そんな永久に立ちふさがるようにして上空から巨大な何かが姿を現した。

「なっ……!」

 身体中に長く黒い毛を持ち、横に裂けた巨大な口から黒い歯をのぞかせながら、大きく真っ赤な顔でソレは永久を見ていた。

 人はその妖を、”おとろし”と呼ぶ。

「町中じゃ目立つからねえ、とっときの式神さぁ!」

 おとろしはその長い毛で永久を捕らえんとして素早く伸ばす。すぐさま永久は眩い光と共に袴姿へと変わると、手にした日本刀でおとろしの毛を切り裂く。

「くっ……これじゃキリないよ……!」

 絶え間なく毛を伸ばすおとろしと、それを切り裂き続ける永久。恐らく嶺峰はそうやって時間稼ぎをするつもりなのだろう。

「さあお膳立ては出来たよ結美ぃ……大切な友達だったんだろう? せめてアンタの手で殺してやんなよ」

 永久がおとろしに苦戦している一方で、未希もまた苦戦を強いられていた。結美を取り戻したいという強い意思があっても、相手が結美ではまともに戦えないことに変わりはない。結美が立ちはだかる以上は嶺峰の元へ向かうことも出来ず、もどかしいまま未希は結美の槍を受け続ける。

「もう、もうやめよう、こんなことは! 私達に戦う理由なんてない……目を覚まして!」

 未希の言葉に、結美は応じない。ただ淡々と槍を振るうだけだ。しかしそれでも、未希はもう諦めようなんて気はまるでない。届かないなら届くまで必死に結美へ叫び続ける。未希の目は、まっすぐに結美だけを見ていた。

「覚えてる? ブレスレット……結美がくれたんだ」

 結美から少しだけ距離を取り、そう言って未希が腕につけたブレスレットを見せると、結美はチラリとだけ視線をブレスレットへ向ける。

 ――――それ、外さないでね。お守りだから。

 未希の瞳とよく似た赤いその石を、未希は結美に言われた通り肌身離さず身につけていた。ほとんど離れることなんてなかったけれど、ずっと身に着けていればずっと一緒にいられるような気がして。ブレスレットを見れば、いつでも結美を思い出せるような気がして。

「大切にしてる……私にとっては、何にも代えがたいお守りだから」

 未希のその言葉を聞いて、結美がピクリとだけ反応を示したのを未希は見逃さない。言葉も想いも、もう届かないような気がしていたが永久の言う通りそんなことはないのかも知れない。強く思えば、きっと届く。今はそう思えた。

「結美っ!」

「妖と人間のお友達ごっこなんてやめなやめな! 虫酸が走るねぇ!」

 顔をしかめてそう言って、嶺峰が結美に指示を出すかのように手を振ると、今まで動きを止めていた結美は再び槍を構えて未希へと襲いかかる。

「久我、無駄だ」

 しかし今度は、未希は受けようとも避けようともしなかった。

「私にはもう、わかってしまったから」

 しっかりと結美を見据えたまま、未希は太刀から手を離す。

「ようやっと諦めたかい?」

「佐伯さんっ!」

 ニタリと笑みを浮かべる嶺峰の声と、おとろしと戦いながらも未希を案じる永久の声が同時に響く。そして次の瞬間には、未希の眼前まで結美は迫ってきていた。

「結美……っ!」

 瞬間、朱が跳ねる。

「結美、大好きだよ」

 槍の突き刺さった脇腹をおさえようともせず、未希は無理に笑顔を浮かべてそう告げる。そしてそっと右手を伸ばして結美の頬に触れ、愛おしそうに表情を崩した。

「だから、だから目を……目を覚まし――」

 言葉を言い終わらない内に、未希の右手が温かく濡れる。未希は一瞬戸惑うような表情を浮かべたが、やがてその意味を理解して肩を震わせた。

「未、……希…………?」

 やっと聞こえたその声が、その名が、未希の全てを震わせる。届いた、伝わった、それが嬉しくて未希は思わず涙を流す。

「未希……未希、血が……! 私何で……っ!」

 結美が槍から手を離すと、未希は自分の脇腹から槍を引き抜いてすぐに結美を抱きしめた。やっと、やっと触れ合えた。温かさが、鼓動が、吐息が、未希を包み込む。結美はそこにいた。

「未希……ごめんね……私、未希に酷いこと……っ!」

「いい、いいよ、帰ってきてくれたから、それで」

「でも私っ……!」

「わかったんだ、結美の気持ち。きっと結美も、こんな気持ちで私のことを待っていてくれたのかなって」

 宿敵との戦いを終え、この世界から存在そのものが一度消えた未希を待つ結美は一体どんな気持ちだったのか。今は未希にもハッキリとわかる。辛くて、寂しくて、暗くて、まるで出口のないトンネルみたいで、今まで何が自分を照らしてくれていたのか思い知らされた。

 だからこそ、トンネルを抜ければ温かい光があるんだと。そう思えた。

「術が解けた……!? 一体どういうことだい!? 何をした……どんな術を使った佐伯未希ぃぃぃぃっ!」

 激昂する嶺峰に、未希は一度結美から離れてから不敵に笑って見せる。

「術? 使ってないよそんなもの。私はただ、伝えただけ」

「伝えたァ!? 意味がわからないねぇ!」

「強く思えば、届かない言葉なんてきっとない。そう信じることにしたんだ……私も。ねぇ――」

 次の瞬間、永久の一撃がおとろしを切り裂く。真っ二つに両断されたおとろしは、鳴くこともなくその場に崩れ落ちた後、土埃を上げながらその場からかき消えていく。

 そしてその土埃の中から、一人の少女が姿を見せる。

「坂崎永久!」

 未希の声に応えるように笑みを作ると、永久はこちらを睨みつける嶺峰へ視線を向ける。

「アンタか……まァたアンタかッ! 一体どういう子だい!?」

「うーんそうだね。”通りすがりの女子高生”じゃ、ダメ?」

「ふざけてんじゃないよっ!」

 嶺峰は叫ぶと同時に、再び式神を呼び出す。今度はおとろしのような巨大な一体ではなく、由愛や英輔を足止めしている低級な妖と同じような妖を何体も出現させていた。

「丁度良い。鬱憤が溜まってたんだ。暴れさせてもらおうか」

 言うやいなや、未希は弾丸が如き速度で式神達の中に突っ込むと、太刀を再出現させて凄まじい勢いで片っ端から式神達を切り払う。永久や結美も参戦したものの、式神の八割以上は未希一人の手によって消滅させられた。

「これが佐伯の姫っ……これじゃ妖よりよっぽど妖じゃないか……!」

「違う、私は――っ!」

 式神を蹴散らし、嶺峰へ接近した未希は高く跳び上がって太刀を嶺峰へ振り下ろす。嶺峰は小太刀で太刀を受けようとしたが、未希は小太刀ごと嶺峰の身体を袈裟懸けに切り裂いた。

「――――陰陽師だっ!」

「かっ……!」

 そのまま倒れた嶺峰の元へ素早く駆け寄ると、永久は刀で嶺峰を突き刺す。

「ごめんなさい、こうしないと……」

 すると、嶺峰の身体から弾かれるようにして小さなビー玉の破片のような欠片が飛び出した。それをうまくキャッチすると、永久は小さく安堵のため息を吐いた。

 欠片の力を使った人間は、擬似的にアンリミテッドに近い存在になる。欠片を回収するためには、アンリミテッドである永久の手によって相手を一度「アンリミテッドとして」殺す必要があったのだ。そのため、アンリミテッドとしての嶺峰は死亡したが、嶺峰自身は死んでいない。その証拠に、彼女は荒いながらもまだ呼吸をしていた。

 欠片も回収し、これにて一件落着――かのように思われたが、未希は嶺峰がまだ生きていることを確認した途端、目を剥いて嶺峰へまたがり、その喉元へ太刀の切っ先を突きつけた。

「言い残すことはあるか」

 未希の言葉に、嶺峰は応えない。否、応えることが出来るような余裕がない。

「待って!」

 今にも嶺峰へ引導を渡さんとする未希だったが、その背中に制止の声が投げられる。

「やめて未希!」

「どうして!? 止めないで結美! こいつは、こいつは結美をっ……!」

 憎悪に満ちた目で、未希は嶺峰をとらえる。未希を苦しめ、結美を操り人形にした嶺峰を未希が許せるハズがない。結美が止めなければ、もう既にその太刀は嶺峰の喉を貫いているハズだった。

 そんな未希の背中を、温もりが包み込む。それが結美のものだと気がついて、未希はハッとなって太刀を取り落とした。

「行かないで……そんなことしたら、未希が遠くに行っちゃうよ……!」

「…………うん」

 嗚咽混じりにそう言った結美に、未希は短くそう応えた。









 結局久我嶺峰は、あの後未希に見逃されて逃げ出した。貴仁や拓人によればしかるべき処罰を受けさせるべき、とのことだったが逃がしてしまった以上はもうどうしようもない。それに、未希にとっては結美が帰ってきたこと――それだけでもう満足だった。

「……行くのか?」

 夜更け、こっそりと佐伯家を抜けだした永久達だったが、勘が鋭いのか気づいてしまった未希に見つかってしまう。別れも告げずに行こうとしたことを特に責める様子もなく、未希はほんの少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべるだけだった。

「うん……ごめんね、何も言わないで行こうとしちゃって……」

「いや、いい。急ぐんだろ? 色々世話になった」

 そう言って薄く微笑んだ未希に、永久は屈託なく微笑み返す。

「ううん、こちらこそ。ありがとう、佐伯さん」

 そんな永久に、未希はややバツが悪そうに顔を背けてしばし逡巡するような様子を見せた後、もう一度永久に視線を戻してから微笑み直した。

「……未希でいいよ」

「ありがとう、未希ちゃん」

 わざわざ言い直したのがなんだかおかしくて、二人で顔を見合わせてクスリと笑みをこぼした。


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