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World×World+  作者: シクル
現代妖奇異聞録
4/5

WorldEX-4「言葉」

「興ざめだねぇ……つまんないよアンタは……!」

 ひどく苛立った様子で言いながら、嶺峰は強く永久を睨みつける。未希は困惑したまま動けないでいたが、その瞳はしっかりと結美を見据えていた。

「ゆ、結美……?」

 依然として結美の表情に感情は感じられないが、虚ろな双眸からは生暖かな雫が確かにこぼれている。未希がその意味を理解しようとする暇もなく、後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。

「未希ッ!」

 駆けつけてきたのは、未希の兄である貴仁だ。その後ろには由愛と英輔ともう一人――

「結美ちゃん!」

 結美の従兄である神崎拓人かんざきたくとだ。今まで行方不明だった結美が見つかったという安堵と現状への驚愕の入り混じった表情で、拓人はすぐに結美の元へと駈け出した。

「邪魔するなぃ!」

 嶺峰はキッと拓人らを睨みつけると、取り出した三枚の札を用いて三体の式神を出現させる。出現するやいなや拓人へと襲いかかる三体の式神を、拓人は容赦なく斬り伏せた。

「結美ちゃんに何をした……ッ!?」

「うーるさいねぇ。アンタには興味ないさ」

「お前ッ……!」

 憤懣やるかたない、と言った様子の拓人に対して、嶺峰は飄々としている。そんな嶺峰を睨みつけながら、貴仁由愛達と共には拓人に加勢しながら静かに口を開く。

「久我嶺峰だな」

「だったらどうだってんだぃ」

「堕ちたな、貴様も」

 そう告げた貴仁に、嶺峰は小さく笑みをこぼした後そっとつけている般若の半面を取り外す。

「っ……!」

 露わになった嶺峰の顔を見て、息を呑んだのは由愛だ。嶺峰の顔の右半分には眉から頬にかかる深い傷跡があり、失明していないことは奇跡に近いだろう。嶺峰はそっとその傷跡を指でなぞりながら未希へ視線を向ける。

「疼くよ傷が……アンタにつけられたこの一生モンの傷がさぁ!」

 嶺峰の言葉に、未希は応えない。ただジッと嶺峰の傷跡を見つめるだけだった。

「お願い結美さんっ……こんなこと、したくないでしょ……!」

 嶺峰と未希達がそんなやり取りをしている間にも、永久は未希の繰り出す槍をショーテルで受け続けていた。結美の単調な攻撃は簡単に受け流すことが出来るし、反撃もしようと思えば出来るくらいだったが未希の友人である結美を傷つけるわけにはいかない。そもそも結美に戦う意思などなく、嶺峰の術と欠片の力で操られているのであればなんとかして元に戻さなければならなかった。

 元凶である嶺峰を討てば全ては解決するハズだが、こうして結美が立ちはだかる以上簡単には近づけない。そうこうしている内に、嶺峰は先日と同じように一反木綿を出現させる。

「そら、今日は帰るよ」

 嶺峰がそう言うと、結美は力強く永久のショーテルを弾いて距離を取った後、すぐに嶺峰の元へと駆けて行く。

「――結美っ!」

 結美の背中に手を伸ばし、未希がそう叫ぶと結美はピタリと足を止める。そしてそっと未希の方へ視線を向けると、何かを伝えたいのか声を発さずに口元だけを動かした。

 きっとそれが精一杯だったのだろう。ただでさえ嶺峰の術で意思を奪われているのだから、こうして未希へ何かを伝えようとすること自体かなり無理があった。

 結美はすぐに未希から嶺峰へ視線を戻すと、一反木綿に乗って嶺峰と共にどこかへと去って行った。





 嶺峰の出現させた式神を処理した後、永久達は佐伯家へと戻っていた。未希は相変わらず部屋にこもったままだったが、昨日より精神的に回復したのか食事や風呂だけはきちんとすませていた。

 貴仁と拓人がリビングで何やら話し込んでいるのを横目に、永久は再び未希の部屋の前を訪れる。また拒絶されるかと思いながらドアを叩いたが、返ってきた言葉は前よりも少しだけ優しかった。

「……何だ」

「ねえ……話せない、かな?」

 未希は何も応えない。だがドアの向こうで鍵の外れる音がして、永久は表情を綻ばせる。未希は入って良いとは言わなかったが、永久はゆっくりと未希のドアを開いた。

「結美さんのこと……教えてもらえないかな」

「知ってどうする。関係ない」

 未希の言葉は冷たかったが、視線を永久から外しはしなかった。

「力になりたい……って思ってたけど、そんなの上辺だけだよね。私は多分、ただ知りたいんだと思う。佐伯さんのこと」

 未希の言う通り、未希と結美のことは永久には関係がない。欠片を回収するのなら、嶺峰を倒してしまえばそれで終わりだ。

 けれど、永久はそれですませてしまうことが嫌だった。いくつもの世界を旅して、歩いて、色んな人と出会って何かを学んで……そういう出会いを大切にしたいと思ったし、例えお節介だと言われても関わりたいと思った。

「素通りは、したくないんだ。私ね、色んなところを旅して回ってるからここには長くいられない。だからこそ、関わったものは全部全部大切にしていきたい。そう思ってるから」

 ただ旅して、欠片を集めて、そういう風に歩く方がきっと楽だったけれど、そうじゃなかったからこそ永久はここまで進んでこれたのだろう。出会った人に関わって、迷って悩んで、それでも歩いてこれたからこそ仲間も出来て、かけがえのない思い出がいくつも出来た。

「ただ歩いただけの道なんて、きっと意味がないから」

 永久がそこまで言ったところで、未希はクスリと笑みをこぼす。

「変だね。自分から面倒事に首を突っ込むなんて」

「……そうかな、でも確かにたまに変って言われるよ」

 そう言って永久は未希へ微笑み返す。やっと未希が少しだけ心を開いてくれたようで、永久はそれが嬉しくて屈託なく笑えた。

「結美はね、私のたった一つの居場所」

 話し始めながら、未希は腕につけているブレスレットへ視線を落とす。

「久我のヤツが言ってただろ、私のことをあやかしだって。アイツの言う通り、私は人間よりも妖に近いんだ」

 そこから少しだけ間をおいてから、未希は言葉を続ける。

「でもそんな私を、結美は受け入れてくれた。ずっと一緒にいてくれて、ずっと一緒に戦ってくれた。私がこの世界から消えた時だって、呼んでくれたんだ……結美が」

 大切に、大切に、未希は言葉を紡ぐ。宝物を少しずつ整理するかのように。未希にとって結美がどれ程の存在なのか、それだけで十分理解出来る。

「だから、結美が私を拒むなら。それで良いと思えた。私の居場所が結美だけなら、結美が私を拒むならもうそれで良い、そう思ったよ」

「……本当に?」

 永久の問いに、未希は口ごもる。

「佐伯さんは……どうしたい?」

「いたいよ、結美と。だけどもう今の結美には私の言葉が、届かない」

 今にも泣き出しそうな声色だ。永久にとってはまだ知り合って間もない未希だけど、彼女が強がりで、意地っ張りで、無理をしてしまう性格なのはなんとなくわかる。本当は諦めるとか、もういいだとか、未希は思っていない。だけどそうするしかないんじゃないかって思いつめて、それでそんな答えを出してしまったのだろう。

 静かに永久は、首を左右に振った。

「だったら今度は、佐伯さんの番だと思うよ」

「私の……番?」

 言葉を繰り返す未希に、永久は首肯する。

「今度は佐伯さんが結美さんを助けなきゃ」

「でも、でも結美はっ……!」

 未希を、拒絶した。槍を振り上げ、未希に襲いかかった。嶺峰の言葉が本当なら、アレは半分以上結美の意思だったのかも知れない。そんなことはあり得ないとわかっていたって、あの光景が未希の目に焼き付いて離れなかった。

「結美さんさ、最後になんて言ってたの?」

 去り際に結美は、一体未希に何を伝えようとしていたのだろうか。未希には読唇術の心得なんてなかったけど、なんとなくわかるような気がする。

 ショックばかりが先行して、ちゃんと考えようとしなかった。結美が未希にどうして欲しいかなんて、考えることが出来なかった。

 思えば思うほど目頭が熱くなって、たまらなくて涙がこぼれる。こんな姿を見せたいとは思わなかったけど、もう我慢なんてしていられなかった。

「結美はっ……結美は……!」

 きっと。

「”たすけて”って……言ってた……!」

 傷つくことは辛いけど、傷つける方だってきっと辛かった。結美の方が辛いのかも知れないと思えば、未希はその方がもっと辛い。ただ自分が辛いことよりも、結美が辛いことの方がずっと悲しいと思えた。

「結美さんを助けられるのは、きっと佐伯さんだけだと思う。私や、他の人じゃダメだから」

 コクリと。未希は涙ながらにうなずいた。

「強く思えば、届かない言葉なんてきっとないよ。私はそう、信じたい」

 きっともう、未希の言葉は届いていた。だからこそ、あの時結美は涙を流したんだと思う。嶺峰の術に抗って、何かを未希へ伝えようとしたんだと思う。もう迷ったり、悩んだりしている場合じゃないと、やっと未希は思えた。


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