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無闇に幸せを叫ぼう

作者: 蕪青年

馬鹿みたいな内容ですが、微塵でも参考になればと思います。

「ありがとう、ございまぁ――――――すっ!」

 昔、誰かから聞いたことがある。

 ポジティブな言葉を口にするだけで、前向きな気持ちになれるのだと。

 小学校の先生に冗談半分に聞いたのかもしれない。あるいは何かしらの物語にでも書いてあったのかもしれない。たぶん前者だ。本を読むようなタイプではなかったし、何より国語の教科書にそんな温かい言葉が載っているとは思えなかった。

 実際、効果は覿面だった。

 ありきたりな言葉で、ポジティブかどうかも分からなかったけれど、体の奥底の方で、よく分からない熱が生まれたのを感じた。

 思い切り叫んだからかもしれない。たまに家族や友達と一緒に行くカラオケボックスでさえ、こんな大声はなかなか出さないものだから。

 そちらの方が現実味のある話に思えたけれど、やっぱり少しは幻想を抱いていたいと思う。子供染みた空想よりかは、共感が得られそうだ。大人びた空想なんてものがあるかはさておき。

 喉が少しイガイガしているけれど、まだいける。

 大きく息を吸って、お腹に力を込めた。

「生まれてきて、よかった――――――っ」

 さっきよりも若干掠れた声は、深く広がる暗闇の中に滲んで消えていく。

 別に、嫌なことがあったというわけでもない。ただ、寝付けなくて、気晴らしに深夜の公園に散歩しにきたついでのようなものだった。

 近所迷惑この上ない所業だとは分かっているが、それでもやってみると楽しいものだ。つい口角が緩んでしまう。きっと今、不気味とも取れるような気色の悪い表情をしていることだろう。

 だが高まってきた気分とは裏腹に、一つの悩みが生まれてきていた。

 ――ポジティブな言葉って、案外思い浮かばないものだな。

 日頃の行いのせいか、語彙は乏しい。だがきっと、そうではない。

 思いなんてものはきっと、口に出すときでさえ感覚的なのだ。本を音読するのとはわけが違う。

 だから色々と間違えるし、思いがけない嘘だって吐いてしまう。

 人の言葉には、思いが多すぎる。

 ――ああ、だから。

 嘘でもなんでも、ポジティブな言葉で塗りつぶしてしまえばいいのだ。

 発する言葉は嘘かもしれない。間違いかもしれない。心のどこか片隅で、忘れ去られたようにしか持っていない欠片なのかもしれない。

 だけど今だけは。叫ぶ言葉だけは。

 ポジティブでいたいという、自分の願いだ。

「さい……っこうに! 幸せだぁあ――――――っ!!」

 願うことは、前向きだ。



 唐突に足下が照らし出されて、背筋が強張るのが否応無く分かる。

 振り返ると、警官がライトを構えて立っていた。

「……」

「……」

「……ハァ。相談ならいつでも乗るから、今日は家に帰りなさい」

「違うんです、巡査。本官は……」

「帰りなさい」

「……はい。申し訳ありません」

良い子は真似しないでね。

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