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宮本栞の暗号

 それから宮本栞は新田隆宏に付き添われ、自宅へ戻る。無事に帰宅すると、彼女は携帯電話で叔父に連絡した。彼女が帰宅したことを知った宮本一輝は、自宅に駆け付ける。

「栞ちゃん」

 一輝が大声で叫びながら、勢いよくリビングのドアを開ける。その先の椅子には宮本栞が座っている。彼女の傍らには新田隆宏が立っていた。

 栞は一輝の顔を見ると、すぐさま頭を下げる。

「一輝叔父さん。勝手に家を飛び出してごめんなさい」

 一輝は栞の謝罪の言葉を聞き、突然自分の頬を二回叩く。

「悪いのは俺だ。栞ちゃんの気持ちを考えずに、あんな記者会見を見せたのがダメだった。やっぱり真のことを悪く言うようなことが許せないんだろう」

「叔父さんは悪くないですよ。一番悪いのはあのタイミングでお母さんとの不倫を認めた大工健一郎衆議院議員だから」

 落胆する叔父を慰めるために、栞はあたふたする。

「ありがとうな。相手の気持ちを察しないダメな叔父だけど、これからも一緒に暮らしてくれよ」

「もちろんです」

 謎の茶番に付き合わされた新田は困惑する。それから一輝は栞の右隣りに立つ新田へと視線を移した。

「新田君も栞のことを探してくれてありがとう。って言いたいけど、なんでいるんだ。もう午後八時だ。中学生らしく帰宅しろ」

「誰もいない部屋で彼女を一人にさせるのは心細いのではないかって思ったから。何か一人にしたら自殺しそうだから」

 新田が真剣に説明する。その隣で栞は目を丸くして尋ねた。

「いつから彼女になったんですか?」

「英語でいうShiのことで、付き合っているっていう意味の彼女ではない」

 新田は赤面しながら栞に説明する。栞は納得したような表情しか見せない。それを茶化すように一輝が目を細くして、新田に聞く。

「まさか俺が帰るまでに何か嫌らしいことでもやったんじゃないのか。この時間帯同い年の中学生が同じ部屋にいたってことは、嫌らしいことが行われていたとしてもおかしくない」

「そんなことはしない。俺は栞さんが自殺しないように傍で寄り添っていただけで」

「何か怪しいな。キスの一つでもやったのではないか」

「私と新田君はそんな関係ではありませんよ」

 栞は動揺したのか、一輝と隆宏の話に割って入った。

「良かったよ。思ったより元気で。新田君。今日は遅いから早く帰りなさい」

 一輝が栞の反応に感心を示す。それから新田は帰宅するよう促され、栞が暮らすマンションの一室から立ち去った。


 七月三日の午後十時。藤岡は探偵事務所に籠っている。彼の耳には電話の受話器が当てられていて、そこから男の声が漏れる。

『まさかお前が宮本栞を暗部に誘うとは思わなかった。俺は栞を保護しろって言っただけなのに』

「そのことだったら昨日も謝っただろう。俺がお嬢ちゃんを暗部に誘ったのは、彼女の目が暗い闇に染まっていたからで、別のお前の失敗が原因ではない。お前の娘は今日も俺の探偵事務所に来た。あの夜から二日連続だ。あの様子だと明日も来るだろう」

『そうか。別にお前を責めるつもりはなかった。業務連絡だ。あの方は俺の申し出を快く受け入れてくれたよ。例の件に関わるメンバーはお前に任せる。ザドキエル』

 自分のコードネームを聞き、藤岡は頬を緩め笑った。

「親心かい」

『そうだな。お前が栞を暗部に誘ったのが原因だ。全ては暗部の人間に娘を殺させないため。娘を監獄へ連れて行くことを防ぐため。長話も何だから電話を切らせてもらうよ』

「ウリエル。分かったよ」

 藤岡が答えるよりも早く、彼の耳に電話が切れた音が聞こえた。それから彼は探偵事務所の窓から月を見上げる。


 あの日から宮本栞がおかしくなったと新田隆宏は思った。

 今日は一学期の終業式。蒸し暑い体育館で行われた修行式も終わり、生徒たちは教室に戻る。その後に行われるホームルームが終われば楽しい夏休みが始まる。

 この日の宮本栞は不機嫌そうに窓から校庭の景色を覗き込んでいた。そこへ新田隆宏が心配そうに彼女の顔を覗き込む。

「栞さん。明日から夏休みだぜ。そんな退屈そうな顔するなよ」

 栞は新田が話しかけて来たにも関わらず、彼と話そうとしない。

「そうだった。八月十一日に西木野神社で夏祭りがあっただろう。そこへ遊びに行かないか。もちろん学校の宿題と高校入試の勉強もして、中学生活最後の夏休みを楽しもう」

 素っ気なく無言を貫く彼女のことを気にせず新田は楽しそうに話す。それとは正反対に宮本栞は退屈そうに机の上で頬杖を突く。

 あの日から宮本栞から笑顔が消えた。彼女の母親が自殺した時よりも表情は暗くなっている。

 一学期の終業式を締めくくるホームルームが終わると、宮本栞はすぐさま自分の席から立ち上がり、帰り支度を整えた。

 その様子を横眼で見ていた新田隆宏は深いため息を吐く。中学三年生の一学期の始業式が終わった頃の宮本栞は、今の彼女よりも明るかった。母親の自殺を引きずっているけれど、時折新田に対して笑顔を見せた。

 しかし今の彼女は人が変わったかのように暗くなっている。新田が一緒に帰ろうと誘っても、必ず一人で帰ろうとする。七月になるまで、宮本栞は新田の誘いを断ることがなかった。

 ふと新田は彼女が最後に笑ったのはいつなのかを思い出す。それは問題の記者会見を聞いた彼女が失踪した時のことだった。あの時橋の上で見つけた宮本栞は、新田に対して笑顔を見せた。あの悲しそうな笑顔を最後に、彼女は一度も笑っていない。

「やっぱりあの顔が最後なんて許さない」

 新田隆宏が小声で呟き握り拳を作った頃には、教室から宮本栞の姿は消えていた。


 その日の放課後。栞の身に何が起きたのか。気になった彼は、栞と一緒に暮らす一輝の元へ行く。

 隆宏は栞が居候している一輝の自宅マンションのインターフォンを押す。するとドアが開き、一輝が顔を見せた。

「何だ。新田君か。栞ちゃんだったらまだ帰っていない」

「そうか」

 新田が短くため息を吐くと、宮本一輝は玄関先で彼に尋ねた。

「立ち話も何だが、学校の栞の様子はどうだ」

「彼女の母親が自殺した時の二倍は暗くなっている。授業中だって心ここにあらずって感じで教室の窓から空を見上げている」

「やっぱりそうか。彼女は毎日午後七時に帰ってくる。どこに行っていたのかを聞いても白を切るばかりだ。ただ木曜日は真っ直ぐ帰ってきたな。兎に角あの日から何かがおかしいって俺も考えていた」

 一輝が打ち明けた事実に新田隆宏は興味を抱く。そうして彼は栞の自宅の玄関前で、一輝に決意を示す。

「決めた。栞さんが何をやっているのかを調べる。もしかしたら変な男と付き合っているかもしれないからな」

「なるほど。彼女のことが好きだから気になるって感じか」

 一輝が隆宏の決意を茶化す。それを受け一輝は赤面する。

「幼稚園からの付き合いだから気になるんだ」

「本当にそれだけかも気になるが、何か分かったら俺にも教えてくれ。保護者として彼女の行動を把握しないといけない」

「分かった」


 多くの高層ビルが建ち並ぶ街並みの中を宮本栞は歩いている。コンビニを通り過ぎた先に藤岡探偵事務所という二階建てのビルの看板を見つけると、彼女は立ち止まり深呼吸した。

 ビルの自動ドアを潜り、その先にある階段を昇る。鉄製のドアノブを握り、事務所の中へ彼女が足を踏み入れた。

「今日も来ました」

 ドアを閉め一礼すると、ソファーから藤岡が立ち上がる。

「皆勤賞だな。まさか一週間連続で来るとは思わなかったよ」

「事務所を閉めている木曜日には来なかったでしょう」

「そういえばそうだったな」

「それにしても暇そうですね。本当に探偵としての仕事をしているのですか?」

「失礼だな。守秘義務だから詳しいことは言えないが、人探しの仕事を請け負っているんだ。今から報告書を書こうとしていたのだが。それはそうと、なぜこの探偵事務所に出入りしている。ここに出入りすればするほど、それだけ危険なことに巻き込まれるのに」

「敵にマークされているってことですか?」

 宮本栞は唐突にソファーに座る。彼女の隣には藤岡が座っていた。

「多少な。一週間前からお嬢ちゃんの命を狙っていた連中は全員殺害したんだが、暗部の住人は色々と恨みを作りやすい。仮に俺を恨んでいる連中が探偵事務所に出入りしているお嬢ちゃんを拉致して、俺に脅迫してくることだってよくあることだ。だからここへはあまり来ない方がいい」

「暗部の人間になりたかったら、俺と行動を共にしろって言いましたよね」

 宮本栞はあの時の藤岡の言葉を思い出しながら呟く。

「分かった。お嬢ちゃんが暗部の住人になりたいってことは分かった。スカウトした俺が言うのもおかしな話だが、あまり俺に会いにくるな。末端構成員と組織の幹部が接触することはあまり望ましくない」

「でも俺と行動を共にしろって。何か矛盾していませんか?」

「あれから真面目に考えたんだ。いくらあいつの娘だからって贔屓するのはおかしいと。それにあいつはまだお嬢ちゃんが組織に所属していることを知らないんだ。多分あいつはお嬢ちゃんが暗部の人間になることを望んでいない。そのことに気が付かなくて、暗部へと導いたのが間違いだった」

「そんなことはありません。こっちの世界のことを聞いたら、大きく開いた心の穴を埋めることができたんです。その時私は暗部の人間になっても良いと考えました。だから……」

 宮本栞が藤岡の意見を真っ向から否定する。その真剣な一言を聞き、藤岡は頬を緩ませた。

「そうか。そこまで言うならお前に仕事を依頼しようかな。確か明日から夏休みだったな。夏休み期間中のどこかである人物と取引する。お嬢ちゃんはこれから渡す暗号文を解読して、ほしい。因みに取引に使うのはこのUSBメモリ」

 藤岡は説明しながら、机の上に置かれたUSBメモリを一度持ち上げてみせる。そして彼はそれを栞に渡す。

「取引ですか?」

 栞が心配そうに肩を落とすと、藤岡は優しく彼女の右肩を叩く。

「大丈夫だ。取引に失敗してもお嬢ちゃんが捕まらないようにする。ただ暗号を解読するのはお嬢ちゃん自信。それとパソコンでUSBの中身を確認するなよ。警察に届けてもダメだ。ルールを守れなかったら、死の制裁ということを忘れるなよ」

 藤岡が人差し指を立て、念を押す。それによって栞の顔は深刻な物に変わった。この探偵事務所に通い続けて三週間。やっと暗部の人間の仕事を体験する日が来た。この嬉しさとは反面、ただの女子中学生に取引なんてできるのかという不安に彼女は襲われている。

「暗号文というのは?」

 栞が疑問に思ったことを口にする。そうすると藤岡は机の上に置かれた二つ折りにされた紙を彼女に渡す。

「こいつだ」

 暗号文を渡された栞は紙を開き、そこに書かれた文章に目を通す。


『最初の皇帝と二回目のトーテムポール。そこから十八体目から二十一番目の踊る人形が盗まれた。馬と羊の間で音の響く四十八個の箱の前で待っている』

 この暗号の意味を宮本栞は全く分からない。それを察した藤岡は口を開く。

「ヒントは、取引現場は、この街のどこかというくらいしか言えないな。取引相手は常にサングラスを掛けた黒色のスーツを着た長身の男。これで夏休み期間中に行われる取引に関する説明は終わりだ。これ以上の質問は受け付けない」

「藤岡さんは取引の同行しないのですか?」

「もちろん俺は取引には関与しない。この取引はお前の力だけで成功させろ。取引は現地集合現地解散。USBはお前に預けるが、絶対になくすなよ。最後にお嬢ちゃんに俺のスタンガンをやろう。こいつは十二時間の充電だけで三日は電池が長持ちする。充電切れにならなければ、一度相手の体に触れさせるだけで必ず相手は気絶する。貧弱なお嬢ちゃんにはピッタリな武器だ。こいつを持っていたら、俺がいなくても普通に町を歩ける」

 藤岡はそう言いながらスーツのポケットからスタンガンを取り出し、彼女に渡す。

「ありがとうございます」

 宮本栞は笑顔を作り藤岡に対して礼を言った。その後で彼女は暗号文が書かれた紙を凝視して考え込む。


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