逆ハーマジ勘弁にかかわる物語。~残念ながらリロイは今日もシスコンです。~
とある令嬢の悲劇と喜劇。
『お前心が奪われたとしても、私の一言だけ肝に命じとけ。な?』と
『お前嫉妬と怒りに心が奪われたとしても、私の一言は肝に命じとけ。な?』
と繋がってますのでそちらも合わせて読むと分かりやすいのかも…と言う具合には話は繋がってます。
それはよくある恋物語の一幕。
他人事ならば、まぁおかわいそうにと一言。
しかしながら自身に降りかかれば、この上ないほどの悲劇。
子爵令嬢のヘレナは伯爵家の跡取りの許嫁がおりました。
格上からの縁談ではありましたが、ヘレナの家は豪商から成り上がり爵位を賜り、更にそこから功績を重ね子爵となった家。
資金力が欲しい伯爵家と、更なる地位基盤が欲しい実家との思惑により結ばれた間柄。
そこに個人の感情や恋情は関係ありません。
ただ、ヘレナの祖父や父としては孫に娘に安定した身分と確かな地位基盤を与えてやりたいと思ってこの縁談を受けてくれたようでしたが。
男爵や子爵の地位は貴族としては下級なのです。
いつ消え去ってもおかしくはありません。
そんな家族の思いもこもった縁談は、許嫁本人から粉々にされてしまったのです。
人の多いカフェテリアで、いきなりの許嫁破棄宣言。
「親の望むように生きてきたが、これからは自分の心は偽らない。これからは愛する人の側にいたい。
悪いが、もう学園外で俺の名を呼ぶのは止めてくれ。
縁談は解消だ。」
「……………………」
思わず呆然と立ち尽くすヘレナの耳にヒソヒソと話す声が聞こえます。
『釣り合いがとれてなかったのよ、元々』『かわいそうだけどねぇ…』『あんな地味な子解消されて当然よ』どれもこれも嘲笑を含んだ言葉ばかり。
麗しの元許嫁のせいで今までたくさんいらん嫌がらせなど受けてきましたが、終わってからも続く気配にヘレナはうんざりしました。
ちなみに、未婚同士の異性で名前呼びを許すのは婚約者や許嫁の証でした。
ただし学園内ではあまり身分差を意識せず互いに切磋琢磨できるよう名前呼びが基本となっています。
「やめないか君達!
傷付く者に更なる鞭を打つとは、人としての品性に欠けているんじゃないか?」
そんな中、割って入ってきたのは黒髪の少年。
ややきつめの顔立ちですが美形です。
野次馬達は波が引くかのごとく去っていき、ヘレナと少年のみが残りました。
「ヘレナ嬢…取りなせずすまなかった。」
少年は深々と頭を下げるのでヘレナは大層慌てました。
「リロイ様!お顔を上げてくださいっ
私は…あー、うん、正直スッキリしましたし。」
許嫁が好きでもなんでもありませんでした。
ただ家のために嫁ぐのは当たり前だとヘレナは思っていたので、理不尽な仕打ちにも耐えました。
それだけです。
油ぎっしゅなおっさんに嫁がされなくて良かった、ぐらいの認識でした。
「さて、これで私も自由に動けるようになりましたので、学園祭全力で協力させてもらいますから!」
「…本当に、感謝する。ご助力願いたい。」
公爵家の跡取りであっても、さげるべき所では、頭を下げることをいとわないリロイはけっこうな大物であるとヘレナは思ったのでした。
だからこそ手伝いたくなるのかもしれませんわね…
とりあえず、先ずは家族に報告しなければならない。
ヘレナは早退し家に急ぐのでした。
☆☆☆☆☆
「縁談解消だと…?!」
事情を話すと父親をはじめ家族一同怒り心頭。
仕方無いことです。
ヘレナが許嫁と言うことで伯爵息子は何度か遠回しに金を無心したり、つけで商品を持っていくこともしばしばでした。
伯爵家自体にもかなり援助したのにこのざまです。
怒るなという方が無茶ぶりです。
「お父様、この度の失態…誠に申し訳ありませんでした。」
まず、頭を下げヘレナは言葉を続けます。
「私、この度の損害を埋めるため1つ提案したいものがあります…」
☆☆☆☆☆☆
「ファッションショー販売?」
書類の山の中から顔を出したリロイは相変わらずげっそりとしていました。
「ええ。
我が家が豪商で成り上がったのはご存じですわね?
一番の売れ筋は服と宝石。王公貴族を相手の商売が中心です。
ですがそこだけを相手にしていては、今後は先細りです。
ですから一般の方…庶民の方もちょっと頑張れば手に入るレベルの服を作りたいと私は常々思っていましたの。
幸いにこの学園は庶民と貴族が半々です。
学園祭にはその親や親戚、友人も来るでしょう。
そこでどの程度の人気や売れ筋が得られるか市場調査もかねてみたいのです。」
「ふむ…君のメリットにはなるね?
私や学園にとってのメリットはあるのかい?」
ヘレナの実家のクーヘン家は爵位こそ子爵でしたが、優れたドレスや礼服を手掛け、手入れさえ怠らなければ何十年でも持つと評判です。
機能美だけでなく時に斬新な、時に懐かしさを覚えるような誰もがうっとりと見惚れる服を作る技術やデザインは国内外に知れ渡り、クーヘンの服を着れるというのは一種のステータスでもありました。
「アリシャ商会と生徒会のコラボ商品も作成し、売り上げは学園に還元して、それをもとに慰労パーティーを行い、催し物を入れてはずれの無い商品が当たる抽選会をしてはどうかと考えております。」
にっこりとヘレナがリロイに笑いかけます。
アリシャ商会…新規の商会ですが香油や香水、化粧品などの美容関係のものを売りにし業績を鰻登りにあげている商会です。
経営者は平民ですが、貴族が敵わないと思うほど優雅で礼儀正しく上品な人物と評判です。
「アリシャ商会だと…!!」
カッとリロイが目を見開き叫びます。
ヘレナは微笑みます。かかった!と内心大喜びでしたが。
「アリシャ商会の経営者ご夫妻はここの卒園生でもありますわね。
奥様はあの伝説の会計様。こちらが助けを求めても生徒会繋がりですし、おかしくはありませんわ。」
「そうか、うん、そうだな!
では早速皆にも話して許可をとってこよう!」
さっきまでのげっそり感はどこへやら。
リロイは笑顔全快で生徒会室を飛び出して行きました。
パチパチと拍手がなりました。
ヘレナが振り向けば沢山の書類と算盤という他国の計算器に囲まれた黒髪の青年がニヤニヤ笑っています。
「カムイさん、なにか言いたいことがありまして?」
カムイ・オオツカモリは自国の学園を短縮卒業し、わざわざこの学園に入り直した変わり者の年上の同級生です。
実家はヘレナと同じく豪商でした。
「なんや、そんな他人行儀。縁談解消になったんやろ、レナ。
昔みたいにイーくんって呼んでや。」
「もうカムイって呼べますわ。」
家ぐるみで仲が良かったので幼い頃、よく行き来しては遊んだ二人は幼馴染みでした。
伯爵家から縁談の打診がなければ、結ばれていたかもしれない二人でした。
「相変わらずつれないなぁ。
まぁ、色ボケ君に感謝状を送りたいくらいやけどな。
レナ、今度は逃がさへんで?」
「私、無能は嫌いです。
結果、出す人でないとなびきませんわ。」
カムイが額が触れそうなほどに近くに来てヘレナの手をつかみます。
カムイが笑い、二人の影が重なろうとしたその時、
「連れてきたから説明をもう一度頼む!」
「どりゃっ!」
ドスーン!!!!
空気を読まずに生徒会室の扉が開いた拍子に、ヘレナは渾身の力でカムイを投げ飛ばしました。
目が点になるリロイとその他メンバー達。
「よろけたカムイさんを支えようとしたら、私の方がよろけてしまいましたわ。」
目を合わせずにヘレナは言います。
メンバー達は生温い視線をカムイに向けつつ何事もなかったように席につきます。大体察したようでした。
リロイだけが側により助け起こして、気遣っています。いい子です。
しかし、ヘレナの案を聞いてそれに嬉々と同意するリロイにも程なくして生温い視線が送られることになりました。
『リロイ様、やっぱりシスコンでしょう』
皆の声が綺麗にハモり、リロイのそんなこと無い!の叫びは華麗にスルーされたのでした。
ちなみに、アリシャ商会はリロイ姉が嫁いだ先だったりします。
☆☆☆☆☆☆
こうして、子爵令嬢ヘレナは新たな一歩を踏み出したのでした。
最近綺麗になって新しい婚約者ができたと噂されるのはそれほど遠くない未来の話です。
後になれば伯爵家とその跡取りにとっては悲劇。
カムイにとっては喜劇。
やっぱりリロイは安定のシスコンのようです。