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Holy Devil  作者: beck
プロロ-グ
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幼き記憶

 あの日、四歳のあたしには絶望しかなかった。

赤い月。燃える村。怖いお兄ちゃん、お姉ちゃん。その手に光る赤い水。黒い羽。倒れるお母さん、お父さん、村の人達。誰も動かない。しょっぱい水。暗い水の中。

数日前の怖い記憶が、幼い心を汚染する。怖い。瞬く間に、あたしの心は暗い記憶で満たされる。心がボロボロになっていく。怖い。なのに涙は出ない。ただ、ただ狂った様に叫び声を上げる。怖い。回り続ける記憶。怖い。怖いよ。

永遠とも思われる長い長い時間。あたしは狂い、叫び続けた。



(ぎゅう)


 すると、あたしの気持ちを悟った様に、誰かがあたしを抱き締めた。あたしより少し大きな手。温かい。自然に叫びは止まる。あの日以来、感じることの無かった温もり。涙が溢れた。何だろ、出なかったのに。温かい。恐怖が引いていく。温かい。泣きながら、温もりの中に顔をうずめる。抱き締めた大きな手は、あたしを拒もうとはしない。ただ、優しく包み込んでくれる。温かい。

あたしは泣いた。溢れる涙を止める事なく。涙が枯れるくらい。ずっと。


 それから、だいぶ時間が過ぎた。その間、ずっと泣き続けたあたしの涙は、暗くなって、月が昇った頃、ようやく止まった。清々しい気分だった。空に見える月を素直に綺麗と思えた。数時間前まで心にあった。恐怖は、ほとんど無い。

 すると、泣きやんだのが分かったのだろう。大きな温かい手が離れた。抱き締めていた人物の顔が、月明かりに照らされる。赤い髪、左目にクロスと変な文字の書かれた眼帯、右目は珍しい銀色の目をしている。見たことが無いくらい、綺麗な顔をした男の子。月明かりで初めて目にしたその顔は、とても綺麗に思えた。年はあたしよりだいぶ上。お兄ちゃんと言った方がいい年齢だ。

 ふと、その男の子の銀色の目が優しく笑った。安心させるような優しい笑み。そして、心地良い綺麗な声が響く。

「落ち着いた?」

絶望して初めてかけられた優しい言葉だった。嬉しくて心が温かくなる。

「うん……。」

嬉しさを噛み締め、あたしは頷く。自然と笑顔になった。

  



 この夜出会って以来、この少年ゼノとは一緒に居る。

別に彼から「来るか」などと誘われた訳ではないし、自分から「ついて行く」などと言った訳でもない。ただ自然とそうなった。それだけの事。

 しかし、たったそれだけでも、あたしにとっては幸福だと思える出来事だった。心に温もりを与え、優しい言葉をくれた人。そんな人と居れるのが嬉しくない訳がない。あたしは少しずつ、この少年のおかげで昔の自分を、この世の怖さを知らなかった頃の自分を取り戻しつつあった。それだけゼノは、あたしの人生に影響を及ぼした人物だったのだ。

 

 ゼノは決して「ついてくるな」とは言わない。何も言わない。ただ、優しく温かく、見守ってくれる。お腹が空けば食べ物をくれるし、怪我をすれば助けてくれる。助け合い、いつも一緒に居る存在。ホッと出来る相手。そう、家族のような。

 家族を失って初めて出来た家族。家族とまではいかないにしても、家族のような温かさをくれた人。大切な人。

 ゼノの存在は長い時間を共に過ごすごとに、どんどん、どんどん大きくなっていった。


 そんな時だった。ゼノが遠くなったのは。あたしの前からいなくなったのは。





 あれは、八歳の頃だったろうか。ある夏の日だった。空は真っ青で、木々は青々と茂っていた。そんな日の昼近くだった。

 あたしは、海が見える綺麗な丘に向かって歩いていた。ゼノに話があるから、来てほしいと言われていたからだ。何の話なのか不思議に思った。

しかし、わざわざ呼び出すからには何か大事な話があるのだろうと思った。だから、あまり詮索はせず、彼の言葉に耳を傾けようと思っていた。ゼノが呼び出すなんて珍しいのだ。よほど大事な話なのだろう。

 

 しばらく傾斜のある道を登っていくと、目指している丘が見えてきた。丘には大きな木が一本あって、青青とした枝を伸ばしている。眼下に広がる海と合わせると、とても綺麗な景色だ。一枚の絵にして、飾りたいくらい。

うっとりして綺麗な景色に見とれていると、木の下にゼノが居るのが見えた。綺麗な赤髪を風になびかせ、木に寄りかかる様にして座っている。綺麗な景色と美少年のゼノ。この二つを合わせると、絵に描いたような光景になる。現実味がしないような光景だ。彼は天使か何かなのかと思えてしまう。あたしが画家なら、喜んで題材に選んだことだろう。


「ルナ。」

 

 突然名前を呼ばれ、我に返る。ゼノの声だった。あたしに気付いたのだろう。ゼノが微笑みながらこっちを見ているのが見える。急に顔が熱くなった。恥ずかしい。彼は気付いてしまっただろうか。見とれていたことに。恥ずかしさで俯いていると、またゼノに名前を呼ばれた。


「ルナ。」

 

 流石に行かなくては。変に思われてしまう。見とれていたことに気付かれてしまうかもしれない。

あたしは、顔の火照りを隠すようにしてゼノの元へ歩いて行った。ゼノの居る木の下を目指して。


 丘を登りきり、微笑を浮かべた彼の元へ行くと、優しい声で隣に座るように言われた。丁度、海が見下ろせる位置だ。言われた通り隣に座る。

 すると、ゼノの顔は少し真剣身を帯び始めた。ついさっきまでも優しい表情とは違う。今まで見たことがないくらい真剣な表情。これから何か大事なことを話すのだろう。少しの間、沈黙が流れる。緊張感のある空気が流れた。少し緊張してきた。話すのはゼノなのに。

しばらくの沈黙の後、彼はやっと口を開いた。沈黙の中に彼の声だけが響く。


「俺、この島を出て行こうと思うんだ。」


信じられなかった。聞き間違いかと思った。あの優しいゼノが、あたしを一人残し島を出る?どうして?疑問だけが浮かぶ。

寂しさが込み上げる。ゼノが居なくなる。遠いところに行っちゃう。独りになっちゃう。

嫌だよ!


「どうして?寂しいよ。」

思わず心の声が響いた。

「ゴメンな。でも、どうしても行かなきゃ行けないんだ。」

悲しげで、それでいて真剣な声な声だった。彼の揺るぎのない声に、引き止めるのは無理だということを悟り悲しくなる。でも、一緒にいたい。

「あたしもついて行っちゃダメなの?」

あたしは最後の望みをかけて問い掛ける。これでダメなら、寂しいけれど諦めるしかない。

「ルナを、危険な目に遭わせたくないんだ。」

愛おしさのこもった声で、そう言われた。ゼノがあたしを気にかけてくれていると分かり、嬉しくなる。しかし、最後の望みがついえたことも悟り、寂しさが込み上げる。ゼノと会える日は、後何日くらいあるのだろう?

ふと、そんなことを考えてしまう。ゼノは危ない目と言っていた。危険なところに行くのだろうか。

「ゼノは危ないところへ行っちゃうの?」

彼のことが心配になり聞いた。

「ああ。とても危険なところだ。この島からは、想像が出来ないくらい。」

「そんな危ないのに、行かなきゃいけないの?」

「ああ。どうしても行かなきゃ行けないんだ。」

ゼノはきっぱりと言い切った。本気なんだと伝わってくる。危ないと分かっていても、どうしても行かなきゃいけない。危険な場所なのに。ゼノが死んじゃったらどうしよう。そんな不安が心を満たす。悲しげな表情になってしまう。

すると、あたしの不安を悟ったのだろう。ゼノが何か取り出した。金色に輝く綺麗なペンダントだ。変な文字と、クロスと天使の装飾がしてある。それをゼノは、あたしの首にかけてくれた。そして、言う。

「これは、俺の御守りのペンダントだ。これを預かっていて欲しい。俺がまた、ルナと会う日まで。」

「これをあたしに?」

「ああ、預かっていて欲しい。だから、俺は大丈夫だ。絶対死なない。死ぬわけにはいかない。だから、安心しろ。」

ゼノがにっこりと安心させるように微笑んだ。

その言葉を聞いた途端、不思議と不安が和らいだ。ゼノなら、大丈夫と思えてきた。また、会える日を信じようと思えた。

「うん。」

とびっきりの笑顔で答えた。不安は無いわけではないけれど。彼を、ゼノを信じたいから。やりたいことがあるなら応援したいから。信じて待とうと決めた。

「ありがとう。」

彼は微笑んだ。安心したような顔をして。





 それから三日目の日、ゼノは島を出て行った。あたしと、見慣れた景色に別れを告げて。

あたしは悲しかったが泣かなかった。悲しさよりも、今度いつ会えるだろうという期待の方が大きかったから。

だから、ゼノへの願いを込めて、彼が去った後も、彼が去った辺りを見つめていた。空が赤く染まるまで。綺麗な夕日が登るまで。


その日の夕日はとても赤く、まるでゼノの赤髪のようだった。

あたしはこの夕日をみるたびに彼を思い出すだろう。彼が元気だと知らせてくれるような、赤い夕日を。赤い空を。

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