(3)
「それで……一体何を悩んでたんだい」
横断歩道の背後はそのまま公園になっていた。
砂場とか滑り台とかジャングルジムとかがある、実にオーソドックスで小さな公園である。
なんていうか、このあたり一帯はずーっと昔の一時代を再現した地域らしい。
もっと進んで便利な生活を享受することもできるらしいのだけれど、人間自分に出来ることを機械に任せると際限なく怠惰になって性能が劣化していくらしいのだ。
だからこうしてあえて不便な時代を模すことで、人間に必要な最低限な機能を維持しようとしている……みたい。
とはいっても私達はこの街で生まれ育っているわけで、ここが古いとかレトロとか、そういう感覚はよくわからない。
ただしあくまでも模倣である。さっき通り過ぎたトラックだって、ずっと昔は有害なガスを放出してたって聞くけど、今はそんなことはない。
この公園だってそうだ。以前教科書で見た前時代の公園に似てはいるけれど、全く同じではない。
少なくとも教科書に乗っていた当時の公園にはこんなに下生えは生えていなかったし、ジャングルジムも蔦に絡まってなんていなかった……というか、写真で見る限り街全体にこんなに蔓草が繁茂はしていなかった気がする。
まあ、それもこれも私たちにはすっかり見慣れた光景だけれど。
「ええっと……ちょっと言いにくい話で」
「話したくない?」
「うん……ごめん」
青山君はそんなに背が高い方じゃなくって、体格もそんなにがっしりはしていない。ごく普通の男の子だ。
まあさっき偶然背もたれた感じだとちょっとは私より上背はありそうだったけれど。
……恥ずかしくない!
別に恥ずかしがってなんてないってば!
「? どうしたの、顔が赤いけど」
「な、なんでもないの! た、ただの風邪っていうか……」
「本当? 熱があるのかな」
「ひゃ……っ!?」
無造作に近づいてきた青山君が私の額に手を当てて……
ってなにこれなにこれ?!
だ、第一種接近遭遇ー!?
わ、手、つめたい……
ひんやりとして落ち着くって言うか……
「熱、ないみたいだね、良かった」
「あ、う、うん……勘違い、だったみたい」
彼が離れてくれてホッと息をつく。
なんていうか、私は仮にも女の子なわけでして、そんな相手になんでそんなに平気なの年頃の男子!
君が特殊なの!?
それとも私にちっとも女を感じてないとか!?
う、自分で言っててちょっと落ち込むなー、それは。
「……ねえ、不躾な質問かも知れないけど、いいかな」
「え、なになに? なんのこと?」
「君が悩んでるのって……そのもみあげのこと?」
ばくん。
心臓が、すごく大きな音を立てた。
え? なんで?
なんで知ってるの?
家族以外じゃ保健室のの先生と病院の先生以外知らないはずなのに!
混乱して頭がぐるぐる廻っている。
もしかして……ううん、もしかしなくても、
彼が……青山君が最近噂の殺人鬼だったりとか……!?
「え? あの、ど、どうして私のこと……?!」
思わず怯えて一歩後ずさる。
恐怖で脚が竦んでいた。
もし……もし今彼に捕まったら……!!
「なんでって……見ればわかるよ、君のもみあげが食べられることくらい。家族か友達か……そのもみあげの事で悩んでるんじゃないのかい?」
「あ……」
なんだろう。
彼がなんでそんな事を知っているか、なんで見ただけでわかるのか、そんな理由はちっともわからないままで、疑わしいことはまるで変わっていないのに。
なのに……なんでかこの時、私は唐突に彼を信じる気になってしまった。
一体どうしてなんだろう。自分にも上手く説明できないけれど。
「……なるほどね。君の可食部位のせいで御両親が」
二人でブランコを漕ぎながら、ぽつりぽつりと事情を話す。
メイにもジュンにも話したことないのに……なんで彼には素直に話せたんだろう。
「うん……やっぱり私がこんな身体で生まれて来ちゃったのが悪いのかなあ、って」
「それは違う」
「へ?」
けれど……彼は私の言葉を、ネガティブな気持ちをきっぱりと否定した。
「もみあげが食べられるからって悪い事なんてなんにもない。そうだろう? だって悪いことを考えてたからもみあげが食べられるようになったのかい? 違うはずだ」
「それは……そうだけど。でも、だって、実際に家族が喧嘩してるんだよ?! 私のもみあげのせいで! こんなものさえなければ……っ!」
「そんなこと言っちゃダメだ!」
ヒステリックに自分のもみあげを掴んでむしり取ろうとした私の腕を、彼が強く掴んだ。
びっくりするくらい強い力。
別に鍛えてる風にも見えないのに……すっごい男の子って感じがして不覚にも心臓がどきんと鳴った。
「自分のこと……そのもみあげのことをそんなに悪く言わないで」
「けど、私、こんなのいらない、いらないの……っ!」
顔を伏せて絞り出すような声で叫ぶ。
あ、ヤバい。ちょっと涙腺に来てる。
まともに話したのなんて今日が初めての男子に涙を見られるなんて、みっともないなんてもんじゃない。
けど、もう、限界、かも……っ!
「僕なら……君の家庭の事情、手助けできるかもしれない」
「え……?」
一瞬何を言っているのかわからずに、顔を上げて目をしばたたかせる。
なんとかできる? この状況を?
青山君が? 一体なんで? どうやって?
幾ら考えてもちっとも答えは出てこない。
そんな私の混乱を知ってか知らずか、青山君は蕩々と言葉を紡いだ。
いつもの彼からは信じられないくらいに、饒舌な口調で。
「ただ……そのためには君の助けが必要だ。君が御両親の仲をなんとかしたいと思うなら、そして僕のことをほんの少しでも信じてくれるなら……この手を、取ってくれないか」
青山君が私の前に右手を差し出す。
握手をするかのような手つきで。
私は……どうするべきなのだろう。どうすればいいのだろう。
わからない。幾ら考えてもちっともわからなかったけれど……
それでも、私は……確かに、自分の意志で彼の手を握ったのだ。




