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私のもみあげは、食べられるらしい。
らしい、と書いたのは実際に食べたことがないからだ。
一体どんな味がするのだろう。
とんと興味はないけれど。
『美味しいもみ揚げ少女の食し方』
……自己紹介が遅れたかもしれない。
私の名前は西浦知子。友達からはトモって呼ばれてる。
十四歳、中学二年生。
特技は特になし。
そんな平凡な私の数少ない特徴が……『もみあげた食べられること』である。
いや、冗談ではなく。
『人体可食部位保有者/部位E7 登録番号373』……これが私のもみあげが食べられるというれっきとした証明書である。
うん、実にありがたくない。
どうしてこんな事になっているのか、困ったことに神の気紛れでも悪魔の悪戯でもなく、ちゃんとした理由があるらしいのだ。
まあそれも込みで神様か悪魔に愚痴の一つでも言いたくなるけれど。
……かつてこの地球で人類が増えすぎて大問題になったことがあったらしい。
人が多すぎるのももちろんだけど、それ以上に問題になったのが食糧難である。
なにせその当時の人口を賄うだけの食糧が地球中をかき集めても足りなかったというのだから相当だ。
そんな時……実に奇っ怪な法律が世界的に成立してしまった。
『人体可食法』
人間の身体が食べられるように変異するウィルスを人体に移植し、時には風邪のように蔓延させて、みんながみんな美味しくて栄養たっぷりの身体に変えられてしまったのだ。
この法律が施行された当時、世界は混乱に混乱を極めたらしい。
それはそうだろう。なにせ隣にいる人間がいつ自分を襲ってくるか、いつ食べられるかわからないのだから。
それならいっそ自分から……あら美味しい!
なんて一見ギャグにも聞こえそうなグロテスクな話すらあったという。
けれど……皮肉なことにこの制度のおかげで二つの問題が同時に解決してしまった。
人口は速やかに減少し、結果食糧も十分行き渡るようになって、人間が減ったお陰で他の生物たちの生存圏も守られた。
人口が十分に減った人類は、幾度かの戦争の末、急成長型の社会を諦めてゆるやかな共存型社会へと舵を切った。
これまた人口が多すぎた当時には個別の主張が多すぎて選べなかった選択肢である。
そう、困ったことに全部が丸く収まってしまったのだ。
人間が食べられるようになった、ただそれだけで。
もっとも、そうなれば当然その法律は当初の目的を果たし終えたわけで。
だから手術とワクチンで人類は自らの可食化を止めることと相成った。
これで万事解決めでたしめでたし……
となれば良かったのだけれど、なかなかそんな風には問屋さんが卸してはくれなかったらしい。
手術や薬で可食化を完全に止めたはずの人類から……
時折先祖返りのように食べられる人間が生まれてくるようになったのだ。
なんというかまあ、そんなわけで……
その一人が私、というわけである。
現在では毎年身体測定の時に可食部位測定なるものを行って、そこで陽性となると大きな病院に連れて行かれて精密検査、その上で正式に食べられると判断された人間には、先述のなんとも有り難くない証明書と国家登録が義務づけられる。
まあ一時金がどうのとか見舞金がどうのとか色々あるらしいのだけれど、自分が受けとるわけでもないので正直どうでもいい。
さて、食べられる、と一言に言っても昔のように丸々美味しく戴かれるわけではない。
爪だけ、とか耳だけ、とか手足、あるいは内臓とか、食べられるのは人体の内の一部だけである。
人によってはお前それ誰が食べられるって判断したんだよ、なんて部位もあるけれど。
まあ一部だろうと全部だろうと自分の身体を他人に食べられるなんてまっぴらごめんなわけで、私としてはなんとも不運な宝くじに当選してしまった気分である。
なにせ世の中には可食部位を持つ人間を専門に襲う殺人鬼なんてものまでいるらしく、私たち可食部位保有者はいつだって戦々恐々としているのだ。
けれど考えてみれば私の可食部位は所詮もみあげなわけで、髪の毛のそれも一部分に過ぎない。
痛覚があるわけでもなく、襲われてもせいぜいもみあげを切られるだけで済む話だ。
そう考えるならば……実は案外運がいい方なのかもしれない。
それは一般的には悪運、と呼ばれるたぐいの運だろうけども。