表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

第八章 破天荒! ファルの少女ミャオ

 息も絶え絶えに、全力疾走して逃げきった場所は、厳重に守られていたであろう宝物庫らしき場所でした。

 錠前が腐り落ちてて、何の苦もなく入れてしまいます。不用心この上ありませんが、多数の魔物が往来する城に忍び込もうとする者なんて、ノアたちぐらいしかいないでしょう。そういう意味では最強のセキリュティなのかもしれませんね。

 金の王冠や、ダイヤの首飾り、山積みにされた金貨などが、部屋いっぱいの宝箱に無造作に放り込まれています。


「うっひょー! お宝だぁーい♪」


 金銀財宝に数々を前に、ノアの目がギラリーンと光り輝きます!

 水泳の飛び込みのように、お宝の山にダイブしようとするのを、レイが引っ張って何とか止めました。


「そんなことをしている場合かよ!」

「あ! ゴメン、ゴメン。つい身体が勝手に…」


 ノアは頭をかいて反省している素振りを見せながらも、腰のポーチに金貨を放り込んでいました。すさまじい盗賊根性だと、レイは呆れた顔をします。


「…でも、こんなところに隠れていてもいつかは見つかってしまうボー」


 ボーズ太郎は冷や汗を拭いながら言います。


「アルダークの魔法だけでも…なんとか阻止できればいいのですが」


 メルの言葉に、三人とも頭をひねります。ですが、なにも良いアイディアは思いつきません。


「ま、とりあえずさ。今の内に体力を回復しておこうよ」


 そんな言葉とは裏腹に、ノアは宝物庫を物色しています。目にも止まらぬ早業で、ポーチにポイポイと金目のものを詰め込んでいきます。

 所有者はもう居ないのでしょうが、それにしても正義の味方がしてよい行為ではありませんね。


「ちょっと待って。ノア。その手に持っているものは…」

「え?」


 メルがノアの手を指さします。

 ノアが今しがた掴んだ物は、いかにも高そうな紅い宝玉でした。中に竜のような顔が埋め込まれています。なかなか凝った細工でした。

 ノアがちょっと惜しそうに、メルにそれを手渡します。メルは訝しげに眉を寄せて、しげしげとその宝玉を見やりました。


「これは…『投影石とうえいせき』ですね。それもかなり純度の高いものです」

「投影石?」

「ええ。とても貴重で珍しい石なんです。これには、伝えたい情報を、文字や絵ではなく、魔法力で立体映像として記録することができるんです」

「なにが記録されているの?」


 ノアが興味津々で尋ねるのに、メルは少し考える素振りを見せましたが、やがて意を決したようにコクリと頷きます。

 ちょうどよいところに、純銀で造られた台座がありました。ホコリを軽く払うと、その上に投影石を置きます。


「…では、再生してみましょう」


 メルが両手を開き、投影石に魔法力を注ぎます。

 パーッと光りが放たれ、ノアたちはその場から数歩下がりました。

 途端、頭上に魔神バルバトスが出現します!


「うげッ!」

「な、なにぃ!?」

「ギャーボー!」


 しかも、さっきの封印されていた状態ではありません。赤い目を輝かせ、ブモーッと鼻息あらく、完全な戦闘体勢です。今にも突進してきそうではありませんか!

 それが拳を振り上げます! それを目の当たりにして、ノアもレイもボーズ太郎も腰を抜かしました。


「幻です! 心配しないで!」


 メルがそう言って魔神の目の前に立ち、手を伸ばすとスルリとすり抜けてしまいました。

 そういえば、冷静になって周りを見ると、そこはミルミ城の場外であり、辺りは火の海となっていました。

 でも、熱さも何も感じることがありません。触れようとしても、そのリアルな映像に触ることはできないのですから。


『うおおおおッ!』

『倒せ! 一斉にかかれ!!』


 周囲で怒号が響きます。武装した兵士が走り、ノアたちを通り抜けて魔神の方へと走って行きました。


「もしかして昔のミルミ城か?」

「ええ。まさしく魔神バルバトスとの決戦の時なのではないでしょうか…」


 三角の耳をしたファルたちが剣や斧を持ち、メリンは水晶玉や魔法の杖を掲げます。互いに声を掛け合い、連携して魔神バルバトスに攻撃を仕掛けます!

 レイですら見たこともない高等な剣技。メルが知っている以上の高度な魔法。それらが四方八方から繰り出されますが、魔神バルバトスは身じろぎもしません。無敵の青黒い筋肉が、それらを吸収してしまうのです。


『そ、総員、一時退避ぃッ!』


 魔神バルバトスが拳を振り降ろしました! そのたった一撃で、10人のファルたちが吹き飛びます!


『うああぁッ!』

『回復魔法! 衛生班はやく!』


 続けて魔神が大きな足で踏みつけます! 20人のメリンがグシャリと下敷きになりました!

 まさに地獄絵図です。魔神の一挙一動で、人が虫けらのように死んでいくのです!


「こ、こんなヤツ…勝てるわけ、ないじゃん」


 ノアはガクガクと震えながら、幻影の魔神バルバトスを見上げました。

 魔神バルバトスは笑ったかのように、赤い目をギラリと光らせてノアを見下ろします。その爪先が、ノアに向かって襲いかかりました。


「うわーーッ!」


 幻と解っていても、ノアは思わず悲鳴を上げて身をかばってしまいます。


『おお! 四天王だ!』

『四天王が来てくれたぞ!』


 魔神バルバトスの3本爪が、ノアの眼前でピタリと止まります。

 ノアに重なっていた…そう、魔神バルバトスが狙っていた本来の人物が、その隙に逃げ出します。それは、ノアと同い年ぐらいのメリンの少女でした。

 ノアは恐る恐る目を開けてみました。瓦礫の上に立つ4人。他の兵士たちが臆しているのにもかかわらず、強い眼差しで魔神バルバトスを見据えています。


『あ!  俺様の石つぶてを喰らえぃ!』


 4人の中でも一番大きな身体をしたファル。青い角刈りの頭に、割れた顎の精悍せいかんな顔つきの男です。

 その太くたくましい腕が、大きな瓦礫の一つを持ち上げて、斧の横面で殴りつけました! それが勢いよく飛んでいって、魔神バルバトスの顔面にバカンと命中します!


「あ…あれは!」

「力の四天王オルガノッソ…だ、ボー! た、たぶん!」


 牛のような姿ではありませんでしたが、使う技も雰囲気もオルガノッソそのものです。きっと悪魔になる前のオルガノッソなのでしょう。


『いくぞ、オ・パイ。ビシュエル。私に続け!!』


 長身で覆面をしたファルの男が言います。長い双剣を持ち、目にも止まらぬ速さでビュンッ! と、一気に飛び上がりました。

 魔神バルバトスは、自分の目の前にまで飛んできた男に驚いて硬直します。


「…アルダークだな、間違いなく」


 レイはゴクリと喉を鳴らしていいました。同じ剣士として、アルダークの動きから目が離せないようです。

 アルダークは流れるような剣さばきで、縦横無尽に魔神バルバトスを斬りつけ、斬り終わり際に何やら小さな石を取り出しました。


「あれは『魔法石まほうせき』!?」


 メルがそれを見て叫びます。

 アルダークはその石を、両手を合わせて砕きました。メルの魔法に似た炎が、魔神バルバトスを包み込みます。


『フフン。相変わらずの奇術だね。ほら、今度は私ことビシュエルの美しい魔法を見せてあげるよ』


 長いメリンの耳。一見、女性ではないかと見間違えるほどの美青年が前に進み出ます。派手な服に、男の顔にはさらに化粧までしてありました。

 ブツブツと小声で呪文を詠唱したかと思いきや、一気に強力な魔法を放ちます!


「なんて魔法力! 私の…5倍。いえ、10倍はあります。しかも詠唱時間が短い! これほどの上級魔法を使うだなんて!?」


 メルが驚きに目を見開きました。

 ビシュエルが放った魔法は、巨大な凍てつく氷の刃。空気そのものが震撼し、無数の槍となり、それらが魔神バルバトスに一気に襲いかかります!


『いまだ、オ・パイ!!』


 アルダークの声に合わせ、最後に後ろ手を組んだデムの男が走ります。シワやヒゲこそないものの、それはオ・パイでした。若い頃のオ・パイです。その目は冷徹ではなく、正義の光に燃えていました。


『うおおあちゃあッ!!』


 アルダークにも負けない程の跳躍力!

 魔法に苦しんでいる魔神バルバトスに、拳と蹴りの連打! 連打! 連打! 何も通用しなかったはずの無敵の筋肉でも、それにはたまらずに顔をかばいます。


『ちぇいッ! しゃあッ! ちゃいああああッ!!』


 オ・パイの手刀が、魔神の仮面を砕きます!

 オ・パイの蹴りが、魔神の胸を抉ります!

 たった1人の攻撃が、あの魔神バルバトスを追い詰めていくのです!


「ううっ。こんな男と…アタシは戦ったってのかよ」

「魔神も半端ないが…オ・パイもまた四天王最強と呼ばれていただけはある」


 ノアとレイが拳を握りしめて言います。情けなく、悔しいですが、今の自分たちではこの戦いには到底ついていけそうにありません。レベルが違いすぎるのです。


「…お…お父さん」


 小さい声で、切なそうな顔で、メルは戦っているオ・パイの背中を見やります。

 世界を守るために戦っている父の姿。それはまさしく、メルが幼いときから知っている父の姿に他なりませんでした。自分が生まれてもいない時に、こうやって父たちが戦っていたのだと知って、メルは何とも言えない気持ちに胸をギュッとつかまれた感じがします。


「…う、もう少し…あ、ああ…」


 メルの精神力がとぎれました。

 魔法力の供給を失った投影石は光りを失い、映像が消えてゆきます。そして、部屋も薄暗い宝物庫へと戻っていきました。


「あの後どうなったんだ?」

「…ごめんなさい。今の私の魔法力ではあそこまで再生させるのが精一杯で…」


 映画の途中で終わってしまったような、ドラマの良いところで打ち切られたような、そんなモヤモヤした気持ちになります。

 しかし、憔悴しょうすいしているメルにもっと頑張れなんて言うわけにもいきません。


「…続きが気になるのかえ?」

「そりゃもちろん! …へ?」


 つい返事をしてしまいましたが、聞き慣れない声にノアはドキッとします。


「…結果はこちらの敗けじゃ。あれだけ強かった四天王でも魔神バルバトスの前に敗れたわけじゃよ。恐ろしいことじゃて」


 台座の投影石をヒョイッと持ち上げ、しわがれた声がそう続けました。

 映像に圧倒されるあまり誰も気づいていなかったのですが、いつの間にかその老婆が側で一緒に映像を観ていたのです。


「あ、あなたは…」

「ワシはミルミ城の最後の守人もりびと。ま、そう言ってもただ住んでいるだけの者じゃがな」


 歯のない口でニカッと笑って、しわくちゃの老婆がそう言います。


「こんな危ないところに…住んでいるんですか?」


 レイは訝しげな顔で問います。ですが、それには小さく笑っただけで答えませんでした。


「お主ら、あのアルダークを倒しに来たんじゃろ?」

「な、なんでそれを知っているボー」


 ボーズ太郎は動揺してワタワタとします。

 老婆はグルリと皆を見やりました。


「…ええんじゃ。そんなことはな。大事なことではない。

 それよりも魔神バルバトスと戦った英雄が、今では魔神を守るために使役されておる。何ともしのびないことじゃ。ワシからも頼む。ヤツを解放してやってほしいのじゃ」


 メリンの老婆が手を合わせて言うのに、4人は顔を見合わせました。


「倒したいのは…やまやまなんだけれど」


 ノアは、アルダークに手も足も出なかったことを思い出して悔しそうにします。


「…大丈夫じゃ。お主たちならな。

 ほれ、これを持っていきなされ」


 メリンの老婆は、メルの手に投影石を渡します。


「これの本当の名称は『龍王の瞳』。ミルミ城に遺された秘宝中の秘宝よ。

 これはただ映像を記録して映し出す石などではない。これの持つ本当の力は、偽物を暴き、真実の姿を見抜くと言われる、偉大なる龍王の目玉なのじゃ」

「真実の姿を…」


 メルは大事そうに龍王の瞳を握りしめます。


「行きましょう。アルダークを倒しに…」

「え? でも…」

「大丈夫です。きっと。…私を信じて下さい」


 確信あるように頷くメルに、3人は「解った」と頷き返したのでありました……。



 再び王の間、魔神バルバトスのいる部屋にと戻ってきます。

 目をつむって彫像のように動かなかったアルダークが、鎌首を上げて細く目を開きます。


「フフフ。やはり、また性懲りもなくやってきたか…。大人しく逃げれば良かったものを」


「うるさい! やられっぱなしってのは性に合わないんでね!!」


 ノアが髪の毛を逆立てて言います。アルダークは笑い、そして翼を大きく広げました。


「そうか…。ならば、もう二度とそんな口も聞けぬようにしてくれよう! 今度は逃げれると思うなよ!!」


 炎の玉を吐こうと、口を大きく広げたアルダークを前にメルが立ちはだかります。


「…小娘。そういえば、オ・パイの名を口にしていたな」

「ええ。私の父です。我が父の友、アルダークよ!!」


 アルダークがピタッと動きを止めます。


「友? オ・パイ…? 小娘……」

「私はオ・パイとシーラの娘! メルメルです!」


 憎しみと怒りに満ちていたアルダークの目が泳ぎます。


「シーラ。シーラ…。シーラ? ああ? 誰だ? 聞いた覚えが…」

「思い出して! あなたは魔神バルバトスと戦った偉大な英雄アルダークなのです!」

「だ、黙れい!」


 メチャクチャに暴れまわり、アルダークは周囲に炎を撒き散らします!


「どわぁ! ダメだよ! メル!」

「もうアルダークは人だった時の記憶を失っているんだ!」

「いえ、何かキッカケさえあれば、きっと取り戻せます! 私だってキッカケがあって記憶を取り戻したんですから!」


 メルは懸命に声をかけますが、アルダークは距離を取ってしまいます。


「クソッ! 遠くから魔法を連発されたらたまらないよ! ボーズ太郎! アンタはメルを守って!」

「わ、わかったボー!」


 ノアとレイが武器を構えて走り出します! やられる前にやるつもりなのです!


「ああ、アルダーク。お願い。自分から逃げないで…」


 アルダークは頭を振ります。ノアやレイの攻撃をかわしながら、その視線はここではないどこかを見やっていました。


「私は…私は…。うおお、なんだ、これは…わ、私は魔神様仕える悪魔! 速の四天王アルダーク! う、うぐう…!」

「違います! あなたは悪魔なんかじゃない!」


 叫ぶメルに、アルダークは炎を放ちます! それをボーズ太郎が防御魔法で何とか防ぎました!


「あなたはそんな姿になっても、母を…そして、私や子供たちを守ってくれた! それはあなたにまだ人の心があるからです!」

「や、やめろ! さっきから! 貴様は何の戯言を繰り返しているのかッ!」


 アルダークは頭を振って苦しみ出します。人の時の記憶と、悪魔になった時の記憶が交差して混乱しているのです。


「今だ! たたみ掛けよう!」

「待って! ノア!」

「え? だ、だって! このチャンスを逃したら…」

「お願い」


 メルが持っている龍王の瞳を見て、ノアとレイは武器を下げて離れます。


「アルダーク。さあ、本当の姿を…! 龍王の瞳よ! 今ぞ、この悪魔の偽りを暴きたまえ!!」


 メルは心を込めて、龍王の瞳を掲げます!

 それが、アルダークを仄かに照らしました。


「うお!? そ、それは…グググ。まさか、龍王!? や、やめろぉッ。龍の王には、逆らえぬッ!!!」


 アルダークがひどく悶え苦しみます。

 その強い光りは、魔神の呪いの秘密を見通します。ドラゴンの姿は偽りのものでした。偽物の姿は消え失せて、元のファルの青年であった時の姿が浮かび上がります。


「ううう…や、め、ろ! おのれ!!」


 ファルの姿に戻ったアルダークは、光りから逃れるようにピョンと跳び上がりました。


「人に戻った?」

「待て! 何か様子がおかしい!」


 アルダークは空中で体勢を立て直し、構えた双剣でメルに襲いかかります!


「きゃあッ!」


 メルの持っていた龍王の瞳が、アルダークの左剣の一閃によって砕かれました!


「チッ!」


 続けて、右剣でメルを突き刺そうとするのを、レイが間に割って入って止めます!


「姿は取り戻しても、人の心は取り戻せないのか!!?」

「知らぬ! 知らぬ! 私は魔神様の四天王アルダーク!!!」


 怒りに満ちた目で、アルダークはレイを押しやり、腹部を蹴り飛ばします!


「眼前の敵は残さず滅ぼすのみ!

 ニン!! 『轟き叫ぶ大気、我呼ばわるは聖なる雷光。ライトニング!!』」


 アルダークが魔法石を取り出し、印を結ぶ仕草をしながら石を砕きます!


「させません! 『轟き叫ぶ大気、我呼ばわるは聖なる雷光。ライトニング!!』」


 メルが咄嗟とっさに放った魔法が、アルダークの魔法を相殺します! それどころか、メルの魔法の力の方が残り、アルダークの目の前の地面を抉り取りました!

 アルダークは信じられないといった様子で、目を見開きます。


「それこそ、あなたが魔法を使った秘密です! 術者でなくても、魔法石を砕くことで石に込められた魔法を使えるのです!」

「ぎ、疑似魔法みたいなものかボー?」

「ええ。でも、スタッドさんの使った疑似魔法なんかよりもっと仕組みは単純なものです。

 しかも、その魔法の力は見せかけのもの。強力そうに見えても、実際には本物の魔法には遠く及びません!」


 つまりアルダークが使っていた魔法はハッタリだったというわけなのですね。


「そうか! あれだけ連発しておいて、わざわざ接近してきたのは…」

「魔法で怯んだところを攻撃しないといけないからか!」


 本当に強力な魔法を使えるなら、空を飛びながら魔法を唱え続ければいいはずです。そうせずに、わざわざ炎を吐き出したり、直接攻撃してきてのは、実はそれだけでは敵を倒しきれないからだったのでした。


「グググ…。こんな子供らに、私の術が見破られるなどとは!!」


 アルダークは飛び跳ねて距離をとり、深く構えてから、双剣を交差させて突進しました! もう裏工作はなしの、真っ向勝負をするつもりなのです!

 レイの目がキラリと光り、皆をかばうようにして走り出します。

 そして斬り結びます! 双剣による連撃を、レイは上手く立ち回り1本の剣だけでしのぎます!


「うッ! つ、強い!」


 変幻自在な剣戟に徐々にレイは壁際へと追い詰められていきます!

 それを打開すべく、わずかな隙を狙ってレイはここぞとばかりに渾身の一撃を繰り出しました!

 それをアルダークが避けるべく距離を取ったのが合図となります。双方が必殺技を繰り出したのです!


「速の秘技『天龍双牙てんりゅうそうが!!』」

「猛る獅子の牙『レイジグファン!!』」


 交差する双剣と、縦に振り下ろされた剣。二人の剣技がぶつかり合います!

 レイが力負けしてジリッと後退しました。しかし、歯を食いしばって、王国剣技のプライドを守ろうと気合いを入れます。


「こんなところで負けれるかッ!」


 アルダークを少しずつ押しやられ、腕が震えて、大きくのけぞっていきます。


「そ、そんな…この、この私が!!?」

「ぬおおおおおおッ!!」


 ちょっと王子様がしちゃいけないような、鼻の穴をおっぴろげた真っ赤な顔で、レイはレイジングファンを振り下ろしきりました!

 力押しに耐えきれなくなり、アルダークの双剣がバキンと真ん中で叩き折られます!


「そんな馬鹿な!」


 アルダークは折れた双剣を捨て、またもや飛び跳ねます。

 そして反撃のために、魔法石を懐から取り出そうとした時でした。

 レイの後ろから迫っていたノアが一気に飛び出して来ます!


「お、おおッ! いったい何なんだ、貴様らはぁッ!?」

「アンタと同じ正義の味方ってヤツさッ!」


 回避しようと再び後ろに跳ねるのですが、ノアはさらにそれを凄まじい勢いで追い掛けます!


「私より速いだと!」


 逃げ切られないと思ったアルダークは両腕を十字にさせてガードしますが、ノアはそのままの勢いで突進します!


「これで終わりだ! 『ストライクアタック!!』」


 それはノアの新必殺技でありました!

 あのオルガノッソを異次元に突き飛ばした強烈な体当たりをさらに改良した、猛烈なスピードが生み出す強力な体当たりだったのです!!

 ノアの肘と膝が、防御したアルダークにぶち当たります!

 アルダークは空中で大きく1回転して、地面に思いっきり激突しました!

 それは皮肉なことに、速の四天王が、ノアの速度に敗れた瞬間だったのであります……。


「…アルダーク」


 倒れたアルダークに、メルが近づきます。危ないとノアとレイが声を上げそうになりましたが、どうやらアルダークはもう動けそうにありませんでした。危険はなさそうです。


「……私の…完敗だ」


 目をつむったまま、アルダークはボソリと呟きます。


「ボーズ太郎。治癒をお願いします」

「へ? で、でも、メルメル。また襲ってきたらどうするんだボー?」

「……大丈夫です。お願い」 

 

 メルに懇願こんがんされて、渋々とボーズ太郎が魔法を施します。


「癒しの魔法だボー。『生命の息吹をかき集め、しずくと為して癒しとなれ…ヒール!』」


 この針金のような手から、優しい緑色の光がアルダークの全身に照射されます。いつもなら立ちどころに痛みも傷も消えてしまいます。

 しかし、今回のアルダークの身体はまるで治る気配がありません。


「…どいうことだ?」


 レイが尋ねます。ボーズ太郎は自分のせいではないと、ブンブンと首を横に振りました。


「……悪魔に改造された身だ。姿は取り戻せても、もはや私は人ではない。治癒は効かないだろう」


 アルダークが目を静かに開きます。その目は悪魔となって暴れていた時が嘘のように思えるほど穏やかでした。


「アルダーク…さん。記憶の方は?」


 メルが心配そうに尋ねます。アルダークは笑ったようです。覆面をしているので解り辛くはあったのですが、雰囲気でそれが伝わってきます。


「……ああ。地面に叩きつけられたおかげで思い出したよ」


 手加減なしに思いっきり体当たりしたノアは気まずそうにしますが、アルダークは「気にするな」と首を横に振ります。


「そうか…。君はオ・パイとシーラの…確かに、シーラの面影があるな。

 ああ、私は、もう何十年も人としての記憶を失っていたというわけか…」


 ゴホゴホとアルダークが咳き込みます。覆面に血が滲みました。


「そ、やっぱ、ゴメン…」


 ノアが心から謝罪するのに、アルダークは小さく笑います。


「いや、全力で来なければ、私が君たちを殺していただろう…。それに、こうならねば私は記憶を取り戻せなかったハズだ。

 いいんだ。悪魔のまま一生を終えるよりは…ずっといい」


 4人とも辛そうな顔をします。アルダークの目が虚ろになっていきます。でも、誰もどうすることもできないのです。


「……他の四天王も悪魔に変えられたの…か?」


 意識を必死で繋ぎ止め、アルダークは問います。


「は、はい。…でも、アルダークさん。もうしゃべらないで」

「いや、伝えねばなるまい。それが私の最期の役目だ…」


 どこからそんな力が出てくるのでしょう。アルダークは上半身を少しだけ起こしました。


「……他の四天王、力の化身たるオルガノッソ、強力な魔法を扱うビシュエル、暗殺拳の使い手オ・パイは、私など比べものにならぬぐらいの強敵となるハズだ。戦うとなれば心してくれ。

 そして、頼めた義理ではないのは百も承知で頼む。どうか、あの3人も、この呪いから救ってやって欲しい」


 オルガノッソはすでに倒していましたが、そのことをアルダークは知らなかったのです。しかし、こんな状況にあってわざわざ訂正する必要はないと黙って頷きます。

 承諾されたのを見て、アルダークはホッとしたように力無く笑いました。そしてバタリと糸の切れた人形のように倒れます。

 メルが涙目に、ギュッとその手を握りしめました。その温もりに、アルダークは安らぎに満ちた顔となります。


「ああ。シーラ…。愛しのシーラ。君は…オ・パイを選んだが…私は…今でも…君を…見守り続けている…あの世でも…私は…ずっと…君を……」


 静かに目を閉じました。それがようやく人に戻れたアルダークの最期でした……。


「長い間、とてもお疲れ様でした…ね。アルダーク」


 さっきのメリンの老婆が、音もたてずに入って来ました。


「あなたが、シーラさんをずっと想い続けていたように…。私もあなたを想い続けていたことに、とうとう気づかないで逝ってしまわれたのね」


 哀しげな顔で、老婆は笑いました。なんとなくそうしなければいけない気がして、ノアたちは老婆に道を譲るべく離れます。

 そしてアルダークの側に膝をつくと、優しく額に手をやります。それは深い哀悼でありました。

  誰からというわけでもなく、4人もそれぞれ手を合わせて黙祷しました。


「えッ?」

「なッ!?」

「ボー!?」

「ああッ!?」


 老婆と共に黙祷していた4人は、ふと老婆の顔を見て一斉に悲鳴をあげました。

 それはさっきまでの老婆の姿ではありません。それは天使のような、1人の美しいメリンの少女になっていたのです。


「ありがとう。勇敢なる方たち…」


 ノアはその少女の姿をマジマジと見て、どこかで見覚えがあることに気づきます。


「あ。宝物庫で投影されていた映像! 襲われそうになっていただよ!」


 レイがそう言って、3人はようやく思い出しました。

 それは幻影の魔神バルバトスに襲われた時、ノアと重なっていたあのメリンの少女でした。四天王の登場によって辛うじて助かった彼女です。


「そ、それじゃ…まさか、また幻影なの?」

「いえ…そんなハズありません。龍王の瞳は砕けてしまいましたし」


 アルダークに貫かれ、宝石は惜しくも割れてしまったのです。

 ノアたちの疑問には答えず、少女は柔らかく微笑みます。そして、その頭を自分の膝に乗せました。


「さあ、逝きましょうか…。アルダーク。せめて、あちらへの案内は私にさせてください」


 メリンの少女は頭を軽く下げると、スーッと背景に溶け込むように姿を消しました。

 アルダークの亡骸なきがらも、小さな光りに包まれて同じようにして消えていきます。

 4人は唖然として、そんな光景をただ見ているしかできませんでした…。


「…幽霊、だったのかな?」


 しばらくして、ノアがポツリと言います。


「ええ。きっと…そうです。ずっと、ずっと。亡くなってからも、アルダークさんを想っていたんですよ。

 そして、悪魔になってしまった姿から救って上げたかったに違いありません」


 メルはハンケチで涙を拭いながら言います。


「天国では一緒になれますよ…絶対に。こんなにも待っていたんですもの。報われないはずがありません!」

「そうだね! おーい! アルダーク! ちゃんと応えてあげないと、またアタシがストライクアタックかますからね!」

「まあ、ノアったら…クスクス」


 ノアとメルが、穴のあいた天井から空を見上げます。なんと、驚いたことに、いつの間にか雨は止んでいるではありませんか。永遠に振り続けると思われていたあの黒い雨が初めて止んだのです!

 そんな中にあって、すでに薄暗くなっていた空では、ちょうど2つの星が小さくキラリと光ったところでした。それはまるで天に還った2人を現しているかのようです。


「…生きている間に報われない恋、か。考えただけでゾッと…」


 レイはなにやら先程から神妙しんみょうな面持ちをしていました。


「いやいや! 絶対に俺は生きてる間に報われてみせるぞ! 絶対に!」

「ぼ、ボー。何か知らないけど、レイが熱くなっているボー」


 そんなそれぞれの切ない想いを胸にして、こうしてアルダークの魂を解放し、4人はミルミ城を後にしたのでございました…………。




☆☆☆




 さて、一方、その頃…


 ある奇妙な一行が、クラレ村とガラガ山道をミルミ城よりも先にと進んでおりました。

 そして、とある山道よりも高い崖の上。そこにある一つの大きな…それは、とても、とても大きな岩です。

 それを一生懸命に押している小男の姿がありました。

 どうやら大岩を落として、下の道を塞ぐ算段のようですね。

 真っ赤な顔で、鼻息をプピーと吹き出し、必死になって押します! しかし、岩はビクともしません。


「ふんチョ! ふんチョ!」

「がんばれベー。アホン。がんばれベー」


 必死に押しているアホンの後ろで、ダラが額に汗して応援します。


「ふんチョ! ふんチョ!」

「がんばれベー。アホン。がんばれベー」


 あれ? ちょっと動いたかしら……いや、まったくの気のせいでございました。1センチどころか1ミリも動いてませんね。


「ふんチョ! ふんチョ!」

「がんばれベー。アホン。がんばれベー」


 がんばれ! アホン! その努力はいつか報われるハズ!

 ダラも必死です! 全力で応援します! 魂と命の燃える限り! …まあ、といっても、いつものノンビリした顔に、ノンビリとした声なんですけどね。きっと気合は本人なりに入っている……と、思われます。


「ふんチョ! ふんチョ!」

「がんばれベー。アホン。がんばれベー」


 ピタリと、アホン動きが止まります。そして、ダラをジト目で見やりました。


「だから、がんばれべーて何チョ!? そんな気の抜ける応援はいらないって前も言ったチョ!!」

「んだかー」

「そもそも、なんでお前は押さないチョ!? なんで、俺ばかりがこうやって力仕事しているチョ!! 力仕事はどう見てもお前の仕事だチョッ!!!!」

「んだかー」


 まあ、アホンの言うことはもっともですけど、押す前に気づかないのもどうかと思われます。

 それに怒られていることを解っているのだか、解っていないのだか、ダラは呑気な返事をしました。


「…お前、本当に大丈夫チョ?」

「だいじょうぶだー」

「……。ボスが、この道を塞げば、ノアたちが先に進めないって言っていたチョ」

「んだなー」

「……。ヤツらをレムジンに行かせないため、わざわざこんなメリン領くんだりまで来たチョ!」

「そだなー」

「……。ほんとーに、OKチョ?」


 アホンがゆっくり細かに説明します。

 ダラはワンテンポ遅れて、コクリと頷きました。


「…であるからして、今ここでこの岩を落とす必要があるチョ」

「んだかー」


 アホンは目を細めます。

 ダラは相変わらず同じ顔で頷くだけです。

 いよいよ怪しいです。アホンの話を理解できていないのかもしれません。


「……ダラ」


 アホンはジーッとダラの顔を見つめました。彼のミシン糸よりも細い目からは、何を考えているのか全く読みとれません。


「んなら、落とすべー」

「へ?」


 アホンは目を丸くしました。

 ダラが急に歩き出し、大岩を持ち上げて放り投げます。音をつけるなら、まさにポーイですね。


「あ…」


 繰り返しますが、アホンがあれだけ苦労しても動かなかった大岩を、ダラはヒョイと軽々と持ち上げて投げ飛ばしたのであります!


「だーー!? ど、どこに投げているチョ!!?」

「道…だベー」


 それは確かに道ではありましたが…アホンが落とそうとした真下ではなく、なんとそのさらに先の道に向かって放ってしまったのでありました。

 アホンはサーッと青くなります。


「お前は馬鹿チョ!? あっちはボスが…」


 アホンが岩が投げられた方を見やります。

 崖から遙か先を飛び越えた道に、黙々と進んでいる1人の男がおりました。

 なんの因果なのやら、その男の頭へめがけて、まさにダラの投げた大岩が引き寄せられるように飛んで行くのではありませんか! 



「……ムッ!? 殺気だと? お、おおッ!!?」



 男は…そう、オ・パイは迫り来る脅威に気づき、振り向きしなに、飛んでくる岩を蹴り上げて砕きました!

 そして投げたアホンとダラに気づくと、鬼の形相で睨み付けます。


「ああ…。ダメだっチョ。お仕置き確定…だチョ…」

「んだベーな」

「だ、誰のせいだと思っているチョ!!?」


 アホンは泣きながらダラに殴りかかりましたが、ダラは長い手でダラの頭を抑えつけてしまいます…。アホンの怒りの拳は空振るばかりでした。


 こんなアホンダラなやりとりがあったわけですが…ノアたちはまったーく知る由もありませんでした。




☆☆☆




 シーラにアルダークの件を報告し終わったノアたちは、救いの小屋で1泊し、その2日後には長かったガラガ山道をついに越えることができました(道中、割れた岩の破片が散らばっていたのですが、きっと魔物の仕業だろうということで結論づきました)。


 ガラガ山道を越えた先は、ついにファルの領土であります。

 冒険者たちがここまで来た見返りというわけではないでしょうが、とても美しい大海原が広がっていました。さっきまでの陰鬱いんうつな曇天とはうって変わって、青々とした大空と白い雲がどこまでも続きます。

 海岸線の砂浜を歩きながら、ノアたちはその素晴らしい絶景に、今までの疲れが一気に吹き飛ぶ気がしました。


「うわー。アタシさ、海なんて初めて見たよー」

「わ、我もだボー! 海の先が見えないボー! 果てしないボー!!」

「ええ。地平線というヤツですね。あの先には…未だ見ぬ世界があるのでしょうね」


 ノアもボーズ太郎もメルも、海を初体験なわけであります。目をキラキラと輝かせて、小さなさざ波や、打ち上げられた貝殻にすら大騒ぎします。海というだけで、テンションが違いますね。


「まだ海洋学や航海術も、ファルやメリンですら未熟なんだ。これから先、きっとこの海を渡る技術が見いだされるだろう」

「へえ。さすがレイは物知りですね」


 メルが褒めるのに、レイは嬉しそうに喜びます。


「そうしたら、俺もぜひ海外に行ってみたい。この世界の隅々まで見て回るんだ。

 そ、そうなったら…メルも一緒に…」


 レイは人差し指を突き合わせながら、チラッとメルの反応を見やりました。


「ウフフ。ボーズ太郎ったら♪」

「やったボー! 我にも毛が生えたボー!」


 ノアが昆布を拾ってボーズ太郎の頭に乗せたので、まるで髪が生えたようになっていました。本人は上機嫌で、ホクホクの笑顔で踊ります。

 動くたびに、パカパカと昆布がボーズ太郎の頭の上で跳ねました。そんなもんだから、メルはお腹を抱えて大笑いしていました。レイの話なんてまるで聞いていません。


「アッハハッ! いいねぇ、ボーズ太郎♪ もっと踊れ♪ 

 …って、何か言った? レイ?」


 大笑いしていたノアが、目尻の涙を拭きながら、呆然としているレイを見やります。


「……いや。なんでもない」


 レイはガックリと肩を落としました。気持ちは、あの海の色のようにブルーなわけですね。


「…と、そろそろ休憩しようか♪」


 ええ。結構歩きました。山道よりは楽とはいえ、砂浜を歩くのはなかなか体力を消耗します。

 それに海をもっと堪能たんのうしたいというのもありました。もちろん、そんなノアの提案に反対する者はいませんでした。

 それぞれ荷物をおろし、準備を始めます。何度か経験したのもあり、もう野宿するのも手慣れたものです。

 ノアとレイは拾ってきた長い枝と、テントの幕を使って即席の日除けを作ります。メルとボーズ太郎はそれぞれ、落ちている貝や食べられそうな海草を集めました。

 なぜかここら辺は魔物がでてこないので、警戒線などを張る必要もありません。そのことがいつもよりも気楽な感じがする理由なのでしょうか。

 こうして準備が終わり、思い思いに休息に入っている4人に、1人のファルの男性が近づいてきました。


「おやおや。これは珍しい。メリンから来たのかい?」


 ほどよく日焼けした顔。にこやかな顔に、ちょっとオシャレな口ひげ。手ぬぐいを首にかけ、旅人の服に大きなリュックを背負った姿。それは自分たちと同じ冒険者なのではないかと、ノアにはすぐに解りました。


「ええ。これから、レムジンに向かうつもりなんです」


 誰にも礼儀正しいメルがニコリと笑って言います。それを見て、ファルのおじさんもニコリと笑い返しました。とても人の良さそうな笑顔です。

 しかし、レイだけはちょっと警戒したように目を細めました。


「そうかそうか。私はその近くに住んでいる者でね。今日はちょっとした用事で『釣り人の海』まで来たんだが…。なかなか徒歩でレムジンを目指すのは珍しいと思ったんで、ちょいと声をかけたというわけなんだ。

 はて。しかし、メリンのお嬢ちゃんがいて、テレポートを使わないのかね?」


 ノアたちがキョトンとするのに、レイが小声で手短く説明します。


「…移動魔法のことだ。都市部に住むメリンなら、この釣り人の海からレムジンまで一気にテレポートできる。

 デムでレムジンに立ち入る者はいないし、またファルの方からガラガ山道に行く用事もまずないだろうしな」


 そうやってコソコソ話をするので感じ悪いのですが、おじさんはイヤな顔ひとつしませんでした。

 しかし、メルはちょっと焦ったようにしながら答えます。


「あ、あの…。私まだテレポートまでは会得していないんです」

「ああ。そうだったのかぁ。それは難儀だね。途中には強い魔物を閉じこめた『ヤマンバ洞窟』があるしな。ま、昔には中には地下道を通ってくる者もいたぐらいだから。ま、なんとかなるのだろう」


 ファルのおじさんはそう言って笑います。


「…なんとかなるの?」

「……なんとかするしかないだろ」


 ノアが尋ねるのに、レイは苦い顔をして答えます。

 レイも徒歩でレムジンに向かったことはないのです。聞かれても困るわけです。


「さて、手に入れるものは手に入れたし…そろそろ」


 おじさんは「どっこいしょ」と背中の荷物を抱え直します。

 ノアは好奇心満々の目でそれをジーッと見てしまいます。いや、これもまた盗賊の習性なわけですが。


「おや。可愛い盗賊のお嬢さん。私の持ち物が気になるかね?」


 おじさんに言われて、ノアは目をしばたたきました。


「あ。いや…。大きな荷物だなぁと、思って」


 ノアは気まずそうに口をモゴモゴさせますが、おじさんは頷くと重そうにリュックを降ろします。


「なら、見せてあげようか」

「いやいや、そんなそんな…」


 そんなことを言いつつ、ノアはズイズイと自然と身体が前のめりになります。


「いやー、実は娘に頼まれてね。なかなか魔物たちが凶悪になってきたんで、海に連れて行ってやれなかったんだが。今年こそは…ってね」


 荷物を横にして倒すと、ジッパーを外していきます。


「そんなわけで、水着を行商から仕入れに行った帰りなんだ。出る前にうっかりサイズを調べてこなかったものだから、あるだけ買ったらこんな始末でねぇ」


 バコンと開くと、たくさんの色や柄の水着が押し込められていました。

 いくらサイズが解らないからといって、はたして全部を買うでしょうか? ちょっと感覚がずれている気がしますが、そこは人の良さそうなこのおじさんのことです。無理やりに行商とやらに買わせさせられたのかも知れません。


「ちょうどいい。さすがに娘たちのためとはいえ、こんなにはいらんからね。お嬢さんたちにも水着をあげようじゃないか。どうせ、もっておらんのだろう? せっかく海に来て、泳がないなんてもったいない」


 ノアとメルは顔を見合わせました。

 レイは水着という言葉だけで想像して、鼻血を吹き出して倒れます。


「え…。でもそんな」

「そもそも海とかって入れるもんなの?」

「入れるとも。入らないなら何しに来たってなもんだよ」


 戸惑う2人をよそに、おじさんはそそくさと、ノアとメルのスリーサイズを目分量で判断し、適当なものを選んで手渡しました。


「うーん、コレと、コレかな」


 ノアには赤いツーピースの水着を。メルには白いワンピースの水着です。

 ついでに、なぜか男性物の水着もあったので、それこそ本当に適当に選んでレイとボーズ太郎にも渡します。


「ホントにいいの?」

「どうせ娘たちも全部は着ないしね。逆にもらってくれて方が、私も荷物が軽くなって助かるってもんだよ」

「そう仰られるなら…お言葉に甘えて。ありがとうございます」

「うん。あ、ありがと」

「いいんだよ。それじゃ、海を満喫しなさい♪ いわゆるエンジョイだよ♪」


 ジッパーを閉めると、砂をはたいて、おじさんは再びリュックを背負います。


「まあ、再びレムジンで会うこともあるやも知れんだろう」

「確かにそうですね」

「その時を楽しみにしておくよ。それじゃあね〜。

 『道なき者の道標。次元を越え、瞬く間に我を何処へと移せ…テレポート!!』」


 おじさんはテレポートの魔法を唱えると、光と共に飛んでいってしまいました!

 それを見て、メルは目を丸くします。鼻血を出して倒れていたレイも飛び起きました。


「な!? ま、魔法…だと? 魔法石も使わずに!!?」


 レイの言葉に、ノアが意外そうな顔をします。


「だって、レムジンまでは…魔法で行くのが当然なんでしょ? 何を驚いているのさ?」

「え、ええ。確かにそうなんですが…。ファルが魔法を使うなんて…まずあり得ないことだからです。アルダークさんのように、魔法石を使うとしたら話は別ですが」

「剣技などの体術に優れたファルで、魔法が使えるのは…本当に限られた人物だけなんだ。それも、そういう人物は大抵が強い魔法力を持ち合わせていることが多いと聞く」


 レイは親指の爪をガリッとかみます。


「怪しいとは思ったが、あの男…いったい何者だったんだ?」


 ノアは小首を傾げて、おじさんが飛び立った空を見上げます。


「そういえば、アタシが盗賊だってすぐ判ったみたいだし…。

 だから、レイはずっとあのオジサンのことをうさんくさそうにして見ていたわけ?」


 レイは首を横に振ります。


「いや…。魔法が使えるのは知らなかったんだ。

 だけど、ファルが、俺やノア、ボーズ太郎を見て、普通に話しかけてくるとは思えなかったんだ。ファルはメリン以上にデムを毛嫌いしているからさ」


 レイが難しい顔をして言うのに、ノアは「ふーん」と言いました。

 ファルだって全部が全部そういう人じゃないだろうとは思いましたが、レムジンに行ったことがあるレイが言うのだから、きっと疑わずにはいれれないような仕打ちをうけたのかもしれません。


「とりあえず、このもらったのは…どうするボー?」


 ボーズ太郎の言葉に、ノアもメルも手に持った水着を見やります。

 レイはメルが白い水着を持っているのを見て、決め顔のまま鼻血を出してさっきのように倒れました。


「まー。せっかくだし」

「着て…みますか?」


 確かに怪しい人ではありましたが、ここで議論していて結論がでるわけでもありません。ならば、今はその好意には甘えてしまおうと考えたわけであります。

 2人はいそいそと茂みに入って水着に着替えます。


「うげ。これ意外とキツイ…かも」

「……ちょっと恥ずかしいですね」


 着替えている最中には、すでに怪しいおじさんのことなど忘れてしまっていました。


「準備は…」

「おーけ!」


 即席の水着ショーが始まります! 

 まずは一番手! メルが顔を赤らめながら茂みから出てきました。


「うおおおおお!! か、完璧だ! 完璧すぎる! メル!!」

「眼福だボー! 眼福だボー!」


 レイの口から湯気が吹き出ます! まるで沸騰したヤカンの如くであります。ボーズ太郎はなぜか両手を合わせて拝みだしました。

 少し頬を赤らめた控えめな表情とは裏腹に、ボン・キュッ・ボンと、出るところは出て、しまる所はしまった完全無欠なスタイル、スラリと滑らかな白く長い足。まるで高度な計測技法の数々を用いて、計ったかのように作られたそのナイスバディは、男心を全方位から容赦なくくすぐるのでありました。

 脇腹とへそまわりだけ布がなくて、チラリとワンポイントに生肌を見せつけているのが何とも憎らしいです。浜辺の注目は、まさしく彼女のためにあると言って過言ではないでしょう!


「フフン。では、お待ちかね。次はノア様の登場だよーん♪」


 ノアが茂みから顔を出し、ニンマリと笑いました。

 そして、もったいぶって、ゆっくりと茂みから出てポーズを取ります。右手は頭、左手は腰、右足は内股…水着モデルの定番ポーズです。


「…………」

「…………」


 沸騰していたヤカンが急に冷たく、凍ってしまうのではないかというほど急速冷却されます。ボーズ太郎は前のめりに倒れました。いわゆる五体投地ごたいとうちでございます。


「おい! オマエら、なんだその反応は!?」


 ノアが怒鳴ります。赤いのは恥ずかしさなどではなく、ただ単に怒りのあまりのことです。


「…いや、だって、ノア。お前、いつもと変わらないじゃないか」


 レイは乾燥した海草みたいな顔で言いました。

 ノアはハッと気づきます。いつもの服もかなり薄着なのです。胸当てはちょっと色が変わった程度ですし、違うのは、いつもの短パンとダガーにポーチがなくなったぐらいしかありません。


「な! でも、アタシの初水着だぞ!! メルと同じ女の子なんだぞ!! 少しは盛り上げろよ!」


 レイとボーズ太郎は、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らして、肩をすくめました。

 ノアとメル。並んで見れば一目瞭然です。メルは完全な女性であるのに、ノアはまるで幼児体型そのものでありました。

 まず、胸はペタンコ。腰のくびれは申し訳ない程度。お尻の肉も足りません。それよりもなによりも、筋トレのせいでちょっと無駄な筋肉が多すぎますね。女性特有の柔らかみがまったくもってありません。完全なアスリート体型です。


「すまん。ノア。お前を見ても、俺は何も感じない」


 わざわざ手を挙げて、真顔でハッキリ言うレイに、ノアの何かがプッチーン! と切れました。ええ、本当に何かが切れた音がしたのです。


「ぶっとばす!!!」


 ノアの鉄拳が、レイの顔面に雨あられと降り注いだのでありました……。



「そらそら、メル!」

「やりましたね、ノア! 私だって!」


 キャッキャとはしゃぎながら、海辺でバシャバシャと水をかけあって遊ぶノアとメル。

 それを砂浜に座って遠くから見やるレイ(もちろん顔はボコボコに腫れています)。

 その側ではボーズ太郎が砂山をせっせと作っていました。

 そんな束の間の平和の一時です。

 ノアに水をかけていたメルが、急にふと曇った顔をします。それに気づいたノアが、水をかけるのをやめて目をパチパチとさせました。


「……こうやって、遊んでいていいのでしょうか。バーボンさんも、バッカレスさんも。今頃はどうしているのでしょう。無事なんでしょうか」


 胸に手をあてて、メルは今にも泣き出しそうな顔で言います。

 ノアはボリボリと頭をかきました。


「なあ、メル。アタシだって…そのことを忘れたことは一度もないよ。

 でも、いまジタバタしてもしょうがない。休める時には休む。少しの気晴らしも大事だよ。そうじゃなきゃ、スタッドの待つランドレークになんてたどり着けないって」


 メルは納得がいかない様子でしたが、それでもコクリと頷きます。

 ここで焦っても、レムジンよりもさらに北にあるランドレークに辿り着くにはまだまだ時間がかかるのです。

 ただ、それは頭では解っていても、感情で受け入れられないのでした。


「でも、ちょっと、はしゃぎすぎていたかもね…。そろそろ上がろうか……って、おあッ!?」


 ノアがびっくりして飛び上がります。肘に何かが当たったのです。


「な、なんだ…? 魚?」

「え? 魚にしては大きいような…」


 水面で動く影を見て、メルは眉を寄せます。ノアの側で揺れているそれはかなり大きいサイズだったのです。


「ミャーー!!」

「うああ!?」

「キャー!?」


 バシャーン!

 影が変な奇声を上げて水面から勢いよく飛び出しました。

 はねた海水が、ノアとメルの顔に容赦なくかかります。


「うぇッ!? ぺぺッ! な、なんだなんだ??」


 動揺して硬直していると、飛び出してきたそれはノアの鼻先でパチパチと目をしばたたきました。

 縦に細長い瞳孔が、ノアをジッととらえています。


「なんだなんだニャ?」

「は?」

「は…ニャ?」

「なにを…」

「なにをニャ」


 ノアは眉を寄せました。すると、目の前の相手も同じように眉を寄せます。

 どうやら、さっきからずっとノアの真似をしてるようでした。


「ちょっと離れてくれない?」

「ちょっと離れてくれニャイ?」


 さっきから鼻先をくっつけてるのです。相手の顔が近すぎて、その黄色い瞳しか解りません。


「あの…あなたは?」


 まだ動悸がおさまらないメルは、大きく息を吸ったり吐いたりしながら尋ねます。

 すると、ノアの目の前から、相手がグルリと横に動きました。

 今度はメルに鼻先まで近づいて行きます。


「あの…あなたはニャ?」


 今度はメルの真似をしているようです。胸に手を当てる仕草も真似します。


「い、いえ、お名前…を聞いたんですが」


 優しいメルは、ニコリと微笑みそう言います。すると、相手は同じようにして微笑みます。

 しかし、次にキョトンとした顔をして目をグルリと一回転させました。


「ミャオ? ミャオの名前? ミャオは、ミャオだよ」


 突然、海から飛び出してきたこの人物はミャオというらしいです。

 相手がミャオと4回も言ったので、もう忘れたくても忘れそうにありません。


「あの…そうですか。ミャオさん。私はメルメル。こちらはノアです」


 メルが自分とノアの紹介します。ミャオは再びノアを見やり、そしてメルに向き直ります。


「メルメル? ノア? 女? 女だよね? ミャオも女。よろしくニャー♪」


 ミャオが八重歯やえばを出して笑います。

 いまいちよく解らない自己紹介でしたが、ノアもメルも愛想笑いで返しました。


「えっと…。ミャオ。アンタ、見たところファルのようだけど…」


 ノアがミャオをジッと見やります。

 ノアよりも小柄ですし、その幼い顔立ちからしても、2つか3つは年下でしょう。

 セミショートにしたエメラルド・グリーンの髪が印象的でありました。そして茶色い三角の耳と、尖った鋭い爪に、水面を叩いている長い細い尾っぽからしてファルであることは間違いありません。


「あ。この子…裸、ですよ」


 メルが口に手を当てて言います。ミャオの全身を見やったノアは目を丸くしました。一糸まとわぬ、生まれたままの姿なのです。


「あ、アンタ…服は?」

「ふく? 魚取るときに服きてたらぬれちゃうニャ。ビチョビチョにしたら、コネミのおじちゃんに怒られるミャー」


 あっけらかんと言うミャオは、水面下にいた魚をつかみ上げてニカリと笑います。

 ノアはなんだか肩をガックリと落とします。


「な、なんか疲れるヤツだなぁ〜」


 そんなやりとりをしていると、血相を変えたレイが猛烈な勢いで海に飛び込んで来るのが視界に入りました。水しぶきを立てて走ってきます。


「どうした!? 大丈夫か!? いったい何があったんだ!?」


 ミャオが、レイの方に振り向くのとほぼ同時でした。ノアの鉄拳がレイの顔面に炸裂します(本日2度目であります)!


「オマエは来んな!!」


 哀れにも、レイは砂浜の方にと吹っ飛んでいきます!

 しかも着地する際に、ボーズ太郎が一生懸命に作っていた砂山に頭から突っ込んだのでありました……。



 ミャオは、砂浜に無造作に置いてあったピンク色のTシャツをはおり、黒いスパッツをはきます。

 ようやく人前に出れる姿になったので、レイもボーズ太郎も目隠しを外すことが許されました。


「で、もう一度聞くよ。アンタはいったい何者なんだよ?」


 ノアの問いに、ミャオは目をパチパチとさせます。


「ミャオはミャオだよ」


 もどかしいやりとりに、ノアは苦い顔をしました。そんな禅問答を求めているわけではないのですから。


「じゃあ、どこから来たんだ? ファルの領地とはいえ、こんな所はテレポートでしか来れないって辺境の地だ。首都レムジンか?」


 レイの問いに、ミャオは首を右に左に動かします。


「ファル? レムジン? なにそれ? 知らないニャ。ミャオはあっちから来たミャ」


 ミャオは、ノアたちが向かおうとしていた先を指さします。


「…自分がファルだとすら解らないのか? んー、困ったな」


 まさに迷子の子猫ちゃんです。この付近では魔物の気配はありませんが、この世間知らずの女の子を放っておけるわけがないのがノアたちです。なんとか素性を確かめ、住んでいた場所に送り返してやらねばなりません。

 4人がどうすればいいか思案している中、ミャオはレイとボーズ太郎を興味津々で見ていました。


「なあ、お前。女かニャ?」


 ミャオが、レイの目の前に顔を近づけて尋ねます。あまりに近いので、レイは目を白黒させました。


「お、俺が女に見えるのか!? 俺は男だ!!」


 レイがちょっと怒って言うのに、ミャオは目を細めます。そして何を思ったのか、おもむろにレイの胸を撫でました。


「ヒッ!」


 もちろん水着になっていたので上は裸なわけです。尖った爪が敏感な所を引っ掻いたもので、レイは思わず奇妙な声を上げました。


「な、な、ななな!!?」


 顔を赤くし、レイは砂浜に尻もちをつきます。


「ちょ、ミャオ!?」

「ミャオさん!!」

「おー。胸がない。真っ平らだニャ。でも、ノアも真っ平らだニャ」

「おい! どさくさに、なに失礼なこと言ってるんだ!!」


 ノアが怒りますが、レイが思わずそれに頷いてしまったので、怒りの矛先は彼へと向けられました。馬乗りになってボコボコであります(本日3度目)。


「んー。お前は?」


 ミャオが目を細めたままに、ボーズ太郎を指さします。


「わ、我は…ど、どっち、だ…ボー?」


 生物学的にハッキリしないボーズ太郎は迷います。ですが、まあ反応を見る限りは男だと思われるのですが…。


「うーん。解らないニャ。でも、お前たちは男じゃないミャ」

「は、はあ?」


 顔の形が変わったレイが言いますが、その表情は腫れてしまっていて解りません。


「男ってのは、こうお腹がボーンと出てて、頭がピカピカって光っているニャ!」


 ミャオがそう言うのに、4人とも「へ?」という顔で首を傾げます。


「た、確かに…。男性にはそういう方もいますが。そういう外見だけで性別を決めるのは」


 メルが困ったように言うのに、ミャオはまた首を左右に動かします。


「ミャー。でも、コネミのおじちゃんが、ミャオみたいなのを女だって言ってたミャ。ほれ」


 ミャオが、レイの手を取って自分の胸に当てます。


「う、うああッ!」


 レイの顔がみるみる赤くなり、ブシャーッと大量の鼻血が吹き出ました。


「す、すまない! メル! そういうつもりじゃ!」

「…え? 私に謝られても…」


 レイは男泣きしますが、メルは困った顔をします。


「ちなみに判定はボー?」

「…う、うう! 圧倒的ミャオの勝利! ノアの完全敗北!」


 レイが親指を立てて言います。


「ふざけんな! バカヤロー!!!!」


 ノアの振りかぶった拳が、レイの顔面にめり込みます! 本日、4度目にして最大級の威力です!!

 レイは痛みを感じる間もなく気絶して、その場に倒れました。殴られまくりの、鼻血をだしまくりで、しばらくは起き上がれないことでしょう。


「あの、ミャオ。そうやって、男性の身体にむやみに触ったり…また自分の身体に触れさせたりはしてはいけないものなんですよ」


 メルが優しく諭すのに、ミャオはキョトンとします。


「そうなの? なんでニャ?」

「なんでもだ! こんなスケベ野郎なんかにはとくにな!」


 ノアが倒れてるレイの頭を踏みつけて言います。


「とりあえず…そのコネミさんという方が、ミャオに間違った知識を教えているようですね」


 メルはかなり問題のある人物だろうと考えて、頬に手を当てます。

 そんな心配はお構いなしに、ミャオはボーズ太郎に今度は興味をもったようで、キラキラした目で獲物に襲いかかるような仕草でフリフリと尻尾を横に動かしています。ボーズ太郎はアワアワと慌てました。


「とりあえず、ミャオ。そのコネミって人のとこに案内しな」


 飛びかかろうとしたミャオの首根っこをつかまえて、ノアが言います。

 狩られる危険から助かったボーズ太郎はフウと安堵の息をつきました。


「コネミのおじちゃんところに?」

「そう。そのコネミのおじちゃんとやらんとこ」

「いいニャー。案内するニャ。美味しい魚もらえるニャ♪」


 なぜかミャオはとても喜んでニコニコと笑います。その様子からするに、コネミという人物に相当なついているのが解りました。


「その、コネミのおじちゃんてのはさ。何をしている人なんだい?」


 ノアが聞くのに、ミャオはニヘッと笑います。


「うーんとね、コネミのおじちゃんは、魚と戦ったり、女の怪物をメッて怒ったり、いっぱい魚たべたりするんだニャー」

「はあ?」

「ど、どんな人なんでしょう…?」


 ノアとメルは互いに変な顔をしました。

 まったく、想像ができない人物像です。とりあえず、お腹がボーンと出ていて、頭がピカピカで、魚と戦ったり、女の怪物を怒ったり、魚を食べたりする人…いや、本当に意味不明です。ノアたちにはまったくもって理解不能でありました。


「まあ、このままこのも置いておけないし…」

「そのコネミさんとやらの所にまずは向かいますか」



 こうして、ファルの少女ミャオとの出会いが、コネミという謎の保護者に会うという新たな目的を作り、ノアたち一行はさらに歩みを進めることになるのでありました…………。

アルダークを主人公とした挿入話は下記です。


『双剣に込められた想い』

(https://ncode.syosetu.com/n6244bi/)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ