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第五章 無道の暗殺者オ・パイと好色王子レイ

 まるで電車ごっこでもしているかのように、ロープで縦に一列でくくられて歩かされているノア、バーボン、メルメル、ボーズ太郎の4人であります。

 一人でも歩みが遅くなると、両隣の兵士が槍の柄でゴツゴツと殴ってきます。口応えしようものなら、もっとひどい仕打ちが待っているのでただ黙って歩くしかありません。


 さらし者にされたまま大通りを進むと、町行く人々は罪人であるノアたちを白い目で見やります。その惨めさったらありません。

 さて小1時間ばかり、散々、町中を歩き回った後、そのままの足でジャスト城にと連行されました。

 初めて見るお城に、太陽の光に照らされ純白に輝くその威容に、メルもボーズ太郎も驚いた顔をします。でも、決して観光気分などではありません。これからどんなことが待ち受けるのかという不安の色が強いです。いつもは楽天的なノアですら、うつむきかげんなのです。

 城の中は、夜に来た時と違って、たくさんの人々が往来していました。兵士たちは冷たい眼をし、メイドさんたちは怯えたように顔を背けます。

 デムの城では、やはりメリンのメルメルや、ボーズ星人のボーズ太郎は珍しいらしく、通り過ぎた後にチラチラと盗み見る視線が背後から感じられます。でも、さすがに連行されているノアたちに声をかける者などは一人もいませんでした。

 二階に通され、大広間でようやく縦一列から解放されました。と、思いきや、今度は横一列に並ばさせられます。

 捕まった直後の時のように、再度、念入りなボディチェックが入ります。

 ただ、メルをチェックする時が異様に長いです。ノアやバーボンはサッサッと全身を叩かれただけ、ボーズ太郎に至っては1秒もかかっていません。

 よく見ると、メルをチェックしている兵士は、鼻の下がのびて、ヨダレまでたらしているようです。思わずノアはギロリと睨み付けてしまいました(同じ扱いをされなかった女としての嫉妬も多分にあります)。すると、メルをチェックしていた兵士はゴホンと咳払いをしてメルから離れました。

 周囲にピタリとついていた兵士たちが離れ、顎を上げて、先に進めと指示しました。

 ためらっていると、槍の穂先でチョンと背中を突かれます。ノアたちは渋々と横一列のまま、粗悪な赤い長絨毯の上を歩き出しました。


 そこは王の間。城の中で最も高貴で重要な場所であります。

 豪華絢爛(ごうかけんらん)荘厳美麗(そうごんかび)威風堂々(いふうどうどう)……そんな言葉で表現したいところですが、実際には節約計画、実質剛健、貧乏暇なし……といった表現が適切と思えるほど、シンプルで寂しい部屋でありました。

 装飾品は根こそぎとり外されているようです。紋章入りのカーテンがかかっていただろう部分の壁だけが白く、他はちょっと黒く日焼けしているので、そんなことはまるわかりです。

 王の像か、はたまた騎士の像があったであろう場所も、台座だけが無惨に取り残されていました。いっそのこと台座もなくしてしまえばいいのにと思えてなりません。

 ステンドグラスであった窓なんかは、なんとベニヤ板がはめ込まれています。しかも、へたくそに取り付けたせいで、斜めっているのが何ともはや……。雨風が入るのは間違いないことでしょう。

 そんな質素な部屋に、場違いなほど豪華な王座。王座だけはせめてと思って残されたのでしょう。その上に座るのがジャスト国王です。

 恰幅よいどっしりとした貫禄、知性を感じさせる長い頭髪に白髭。まさに王様と呼ぶに相応しい出で立ちですが、太い眉は常に八の字です。

 目は忙しなく泳いでおり、王としての自信も何もあったものではありません。

 王座に座るのが申し訳ないとでもいわんばかりに、大きな身体を縮こまらせ、頭にかぶった大きな王冠も少し斜めがちです。

 ノアたちに目線も合わせようとしていませんでした。それは下々に興味がないという態度とかではなく、ただただこの場から消え去ってしまいたいという感じで、ずっと落ち着きなくモジモジとしています。

 その隣に座るのが王妃様。ノアが首をへし曲げた、三階の像にそっくりの顔です。美人ですが、能面のような作り物めいた顔。釣り上がった目に、深くへの字に垂れ下がった口元は、そこでビスか何かで固定されたように、ほんの少しも表情が変わることがありません。

 そんな王妃様は頼りない王様をチラッと見てから、ノアたちに冷徹な視線を送っています。まるで王様へ向ける怒りも、ついでとばかりにまとめてノアたちにぶつけているかのようでありました。

 王様と王妃様のさらに横、二人の席よりは控えめに作ってある椅子の上には、レイ王子とマレル王女が揃って座っていました。キラキラと背中に輝きが見えるほどの美男美女です。殺風景な部屋の中にあって、余計に際立って見えてしまいます。

 王様より立派な様子で、レイ王子はキリッとした表情で真っ直ぐにノアたちを見ています。

 マレル王女は、ちょっと怯えた様子で、時折に兄と母の方を気にして視線を送っていました。


「……さて、国王陛下。日々お忙しい激務の中、このような些末(さまつ)懸案(けんあん)にまでご裁可(さいか)を頂かなければならぬことを心苦しく思っております。

 ですが、これら大罪人の悪行はそうせざるを得ないほどのものです。どうか、お許し願いたい」


 オ・パイが部屋の隅から姿を現しました。

 音もなく現れる大臣に、王様はビクッと怯えたように震えました。


「う、うむ……。苦しゅうない」


 王様は生まれたての子猫のように、プルプルと震えながら言いました。

 オ・パイはニヤリと笑って、胸に手を当てて深々とお辞儀します。


「さて、王族の皆様。かの者たちの罪状をご報告申し上げましょう……。

 まず、かねてより盗賊の森に住まい、先だっても城に忍び込んだ不届きなバッカレス盗賊団。その一員であるノアです。

 すでにあえて申し上げる必要もないほど、これは明白な犯行でありましょう。主犯にして、もっとも罪深い者であります。

 分不相応(ぶんふそうおう)にも、昨夜、ジャスト国の秘宝エルマドールを盗もうと忍び込み、それが失敗したと見るや、退化の森にて野蛮なボーズ星人たちをき付け、国家転覆(こっかてんぷく)はかったものであります」

「なぁんだそりゃ!?」

「や、野蛮って!? ひどすぎます! ノアやボーズ星人さんたちがそんなことをするわけないです! 国家転覆だなんて!!」


 ノアとメルが声を上げました。エルマドールを盗もうとしたのは事実ですが、ボーズ星人を使って反逆を謀っただなんて事実無根(じじつむこん)もいいところです。

 ですが、オ・パイは無視して続けました。


「そして、町医者バーボン。かつては、その豊富な医療知識を、ファルやメリンにも認められていた優秀な医師だったとのことですが……。

 いまでは見る影もなく、その権威は失墜しっついし、浮浪者や盗賊などの犯罪者に至るまで、秘密裏に違法かつ危険な治療行為を行っております。

 今回は盗賊ノアに荷担し、その身をかくまったばかりか、その危険思想に同調して今回の犯行に荷担したものです」


 バーボンはフンと肩をすくめました。


「……おいおい。でっちあげもいいところだ。なにが違法かつ危険な治療行為だ。ちゃんと治してやってるぜ。証拠にうちのカルテを全部提出してやるよ」


 オ・パイはそれをも無視し、今度はメルをジロッと見やりました。


「メリンの少女。クラレ村に問い合わせてみましたが……はたして何者かは不明です。

 ですが、いずれにせよ、我が国に不法に滞在していたと思われる者。スパイの可能性も考えられますな」

「スパイだなんて!? わ、私は……私は!」


 メルが胸に手を当てて辛そうな顔をします。

 オ・パイは何かを考えるように少しだけ目を細めました。ですが、すぐに首を横に振ります。


「…大方、ボーズ星人どもに利用されていたのでしょう。利用されるだけ、利用されて、そのうちに殺されていたと思われます。

 以前も……私はそのような例を知っていますからなッ」


 オ・パイの目が鋭く輝きます。その尋常じゃない殺気に、王の間にいる誰もがゴクリと息を呑みました。

 しかし、すぐにオ・パイは目を閉じて怒りを消しました。そして何事もなかったかのような顔に戻ります。


「さ、さっきから……ひどすぎます。あなたが、ボーズ星人さんたちの何を知っているというのッ」


 メルがついに泣き出しました。それを見て、なぜか、レイ王子が心配そうな顔をします。

 ノアはその時に気づきました。レイ王子が真っ直ぐに見ていたのは、メルのことだったのです。それも部屋に入ってからずっとそのようでした。


「……パイ。その者たちの処分、いかようにするつもりだ?」


 レイ王子がオ・パイに問います。

 それはまるでメルを助けるかのような絶妙なタイミングでした。さらにメルに苦言を告げようとしていたオ・パイは、その出鼻をくじかれたようで眉をピクリと動かしました。


「ちょ、ちょっと待つボー! わ、我の罪状がまだだボー!!」


 ボーズ太郎が慌てて余計なことを言いました。ノア、バーボン、メルだけじゃずるいと言わんばかりの勢いです。どんなことでも仲間はずれはイヤなのです。


「黙っていろ! 貴様など、存在すること自体が罪だッ!!」

「ガーーーン!」


 いつも冷静なオ・パイが感情を剥き出しに怒鳴り散らします。側にいた王様が「ヒィ!」と悲鳴をあげて頭を抱えました。

 マレル王女など、真っ青になっています。それに気づいた王子が優しく王女の手を握りました。すると、王女は少し顔を赤らめてホッした感じになります。

 場の空気が悪くなってしまったことに、怒りを急速冷却したオ・パイは、咳払いをして仕切なおしました。


「……ええ。以上の罪状から、全員が死刑に相当すると思われます」


 この言葉には誰もが耳を疑いました。

 4人ともギロチンが自分の首に落ちてくるのを想像してしまいます。


「死刑だって!? じょ、冗談じゃないよ!!」

「し、死刑!? 死刑だボーッ!?」

「横暴だぜ、王様ッ!!」


 それぞれ抗議の声をあげますが、オ・パイは涼し気な顔です。彼の中では死刑はすでに確定なのでした。


「……そんな罪には相当しないと思うが。とくに、そのメ、メリンの少女なんかは。もっと詳しく調べてだな」


 レイ王子も死刑に反対のようです。ですが、どうにもメル贔屓びいきのようでした。「メリンの少女」と言うときに、赤くなりながら人差し指をツンツンとつき合わせています。


「ボーズ星人と関与を持っていただけで、その罪は充分に死に値します」


 オ・パイの厳しい表情は変わりません。心底ボーズ星人を憎んでいるのでしょう。


「そんなに結論を急がなくてもいいだろう?

 父上。いかがですか? 簡単に死罪にしてしまえば、民衆からは横暴な恐怖支配だとの非難をうけるでしょう。まずは罪人たちの言い分もよく聞くべきではありませんか?」


 オ・パイに話しても無駄だと思ったレイは、父親…王様に言います。

 急に話を振られて、王様はドキマギしたようでした。ですが、やがてコクリと小さく頷きます。


「そ、そうだな……。確かにレイの言う通りじゃ。ワシも死罪はちょっと重すぎ……」


 オ・パイがカッと目を見開きます。


「国王陛下!! そのようなことで、デムの王が務まりましょうか!? いいですか、罪には厳しい罰を!! 手ぬるいことをしていれば、盗賊どもがつけ上がりますぞッ!!

 私が来るまでこの国はどうでしたか!? 税収は上向かず、国勢は低迷するばかり!! 盗賊は横行し、ボーズ星人どもは我が領土で傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に暮らしておったのではありませんか!!

 王よ!? あれが国家と呼べるでしょうか!? 統治と言えたでしょうか!!?

 真の支配者となるには情けなど無用! どうぞ、断固たる賢明かつ崇高なる采配を!!!」


 オ・パイがまくしたてるのに、王様はガクガク震えます。


「ヒィ! わかった、わかったから……パイ、怒鳴らんでくれ! ワシが悪かった! 許してくれ!」


 目尻に涙をため、王様はマントで頭をすっぽり覆いました。

 それを見て、王妃様は呆れたようにフンと大きく鼻息を吹き出します。

 ジャスト国の風習で、王族といえど、女性はまつりごとには口をだせません。ただ、それでもオ・パイのやり方は気に入らないと言わんばかりに、王妃様は深く座り直して、オ・パイをただ冷たく見ていました。

 オ・パイと王様のやりとりをみて、レイ王子は歯がゆそうに唇をかみしめます。


「待て! パイ! 証拠もなしに、有罪と決めつけるのか!?」

「証拠?」


 オ・パイは意外と言わんばかりに眉を寄せました。


「その盗賊ノアとやらが、我が国のエルマドールを狙った証拠だ」


 レイ王子が初めてノアに目を向けました。


「話によれば、昨夜にそこのノアを目撃したのはお前だけだと言うではないか。それは本当に彼女だったのか?

 確かにバッカレス盗賊団は、たびたび我が城にやって来る。が、今のこの城に宝と呼べる代物はほとんどないじゃないか。俺が聞いているだけでは、盗賊団はただ偵察に来ているだけのように感じるぞ。

 今の所、エルマドールも含め、大きな害もないのだ。仮に忍び込んだとして、何も盗られてもないのに、死刑にまでする必要があるのか?」


 レイ王子は必死になって言いました。盗賊が忍び込んだってだけでも犯罪ではありますが、それでも死刑は重すぎるとの主張です。


「……レイ王子。大臣であるこの私が見たといっているのに、それを信用してもらえないのは残念ですな。

 確かに、エルマドールを盗もうとした証拠となるものはございません」

「なら…」


 オ・パイがクククと喉の奥で笑います。そして、パチンと指を鳴らしました。

 大きな斧を抱えたアホンとダラがやってきます。ノアはそれを見た瞬間、何であるかわかりました。あのオルガノッソが使っていた斧です!


「ですが! 我が国の“守護者オルガノッソ”。かの者を、ここにいる4人が殺してしまったのは事実!」

「なんだと?」


 レイ王子の表情がこわばります。


「……おっと、私としたことがいけませんな。重大な犯行を付け加えるのをつい忘れておりましたな。そう。何を隠そう、魔神バルバトスを倒すために戦った、守護者オルガノッソをこの者たちが殺してしまったのです!!

 これが何よりもの証拠ではありませんか! これが国家に対する、いや人類に対する罪でなくてなんというのでしょうか!!?」


 王族の皆が、目を丸くします。レイ王子が驚愕の表情でその斧を見やりました。


「ま、まさか…。英雄オルガノッソを倒してしまったのか!?」


 ノアは目をパチクリします。さっきから、オ・パイやレイが何を言っているのかさっぱり解りません。


「ちょ、ちょっと待ってよ! オルガノッソって…魔神バルバトスの子分でしょ!? スタッドに退化神殿に封印されていて、その封印が解けちゃったから、私たちが倒しただけだって!!」

「そ、そうです! ボーズ星人さんたちを食べようとしていた悪い悪魔です!」


 ノアとメルが言うのに、レイ王子はガックリとして、倒れるかのように着座しました。

 マレル王女が心配そうに王子の手を握ります。それでいて、気にくわないと言わんばかりに、ちょっと(うと)ましそうにメルを見やりました。メルはその視線には全く気づきません。


「愚か者め! ボーズ星人どもの甘言に惑わされおって!」

 

 オ・パイが叱責します。


「教えてやろう。英雄スタッド以外にも、かつて魔神バルバトスに挑んだ戦士がいたのだ。

 それこそが、『四天王』と呼ばれる、“オルガノッソ”、“アルダーク”、“ビシュエル”……はて、最後の一人の名は忘れたがな。

 彼らは、惜しくもバルバトスに敗れ、各地に魔神の呪いによって封印されていたのだ。その封印が解けたというのに、貴様らは何も考えず彼を殺してしまったのだ!!」


 オ・パイがそう言うのに、ノアたちはただ驚愕します。

 そんな話はまったく聞いていません。だって、オルガノッソ自身だって、スタッドに封印されたことを怒り、魔神バルバトスの下僕だと名乗っていたではありませんか!


「う、嘘だ! そんなの嘘っぱちだ!!」

「そ、そうだボー! オルガノッソは怖い悪魔だボー! 長老も言っていたボー!」

「オルガノッソや四天王なんて名前、レムジンの文献で見た覚えもねぇぜ」


 ノアやボーズ太郎、バーボンが口々に言います。ですが、王族たちも半ば諦めムードです。なぜか有罪確定となった雰囲気なのです。


「フン! 文献に載っていないのは当たり前だ。四天王のことは国家機密だからな。

 いずれにせよ、オルガノッソがこの国の守護者であることに間違いはない。そして、退化神殿に静かに眠っていた。それなのに、許可もなく野蛮なボーズ星人どもが、あの聖地たる神殿を不法に占拠していたのだ!」


 オ・パイの言いたいように言われ、ノアはグッと堪えます。

 オルガノッソはオ・パイの名前を出していました。きっと裏で何か繋がりがあるのです。そこを何かで上手くやって、ノアたちを罠にはめたのではないでしょうか。今何を言ってもオ・パイはのらりくらりとかわしてしまうでしょう。


「さて、国王陛下!!? この重大犯罪人たちを、どうされますか!!!」


 オ・パイが国王の耳元で凄みます。


「ヒィイ! わ、わかった、死刑でもなんでもしてくれぇぃいー!!」


 投げやりな王様の言葉に、全員がガクリと肩を落とします。

 レイ王子は眉を寄せて何か良い方法はないものかと考えているようでしたが、何も思いつかないようで、親指の爪を悔しそうにかじります。

 勝利を確信したオ・パイはニヤリと笑いました。


「……ククク。死刑は確定した。

 だが、そうだな。盗賊の森の場所を教えてくれれば罪をもっと軽くしてやってもいい。鞭叩きの上に斬首のところを、斬首だけにして楽に死なせてやろうではないか」


 ぜんぜん美味しくもない提案に、ノアはベーッと舌を出しました。オ・パイはフッと笑います。


「そうか。いいだろう。死刑執行は明朝だ! それまでは牢に放り込んでおけ!!」


 オ・パイがそう命令をだすと、兵士達はまたノアを縦一列にした上、目隠しをして地下へと連れて行ったのでした…………。



 ジメジメした地下牢。ムカデがはい回り、ネズミが赤い目をチカチカさせてチューと鳴きます。

 頭上を横切る錆び付いた配管の繋ぎ目からは、鼻につく黒い汚水がポチャポチャとしたたり落ちます。

 そんな非衛生的な場所にノアたち4人は押し込まれます。


「ふんチョ! ふんチョ!」


 アホンが牢の格子扉を閉じようとしますがビクともしません。

 腐食して蝶番ちょうつがいが固まってしまっているのです。両足を格子に引っかけ、顔を真っ赤にし、全身のバネを利用して引っ張りますが、赤いサビがパラパラ落ちるだけです。


「かんばれべー。アホン、がんばれべー」


 ダラがその後ろで応援します。


「ふんチョ! ふんチョ!」

「かんばれべー。アホン、がんばれべー」

「ふんチョ! ふんチョ!」

「かんばれべー。アホン、がんばれべー」

「さっきから、がんばれべーって何チョ! 気の抜ける応援なんていらないチョ! そもそもなんで応援してるチョ! お前も引っ張るチョ!!」

「んだかー。わかったべー」


 呑気な動作で頷き、ダラが格子に手をかけます。


「ふんべれべー」


 変な掛け声でダラが力任せに引っ張ります!

 ギギギと扉がゆっくり動いたかと思いきや、ガッチャーン! と、大きな音で閉まりました。その衝撃で、扉を掴んでいたアホンが滑り落ちて尻餅をつきます。


「アイタタ! いきなりやるなチョ! この馬鹿力が!」

「すまんだべー。アホン」

「でも、これで良いチョ」


 アホンが尻を叩きながら立ち上がり、ポケットから鍵を取り出して牢の錠を閉めました。やはりそこも腐食しているせいで、キィーという悲鳴みたいな嫌な音です。ボーズ太郎が耳を抑えました。あ。ボーズ星人の耳ってデムと同じ位置にあるんですけどね。ちなみにメルはパタンと耳を下ろすだけで充分のようです。


「ここで明日まで大人しくしてるチョ! そうそう。お前らの荷物はあそこにあるチョ。だから心配しなくていいチョ!」


 アホンは牢の奥の大きなズダ袋を指さします。どうやらノアたちを入れる前にすでに置いてあったようです。この2人が気を利かせてくれたんですね。

 アホンはフフンと笑って、腰に手を当てて行ってしまいました。

 ですが、ダラだけは微動だにせずに牢の中を見つめています。しばらくして、アホンが駆けて戻ってきました。


「ボスが見張ってろって言ったのは、別にずっと牢の中を見てろって意味じゃないチョ! こんなカビ臭いとこにはいたくないチョ! 上で番してりゃいいんだチョ!!」

「あー。んだかー」


 ポンと手を叩き、ダラは頷きます。それで怒るアホンの後についていきました……。

 そんなつまらない一連の漫才を見終えて、バーボンはズダ袋からタバコとマッチを取り出しました。そして火を付けて、フーッと煙を吐きます。


「……これ、アタシの見間違いじゃないよね」


 ノアがガックリと肩を落とします。メルもボーズ太郎もコクリと頷きます。


「一度、アイツらの頭の中を開けて見てぇもんだな。……見ろ、ご丁寧に武器まで入ってやがる」


 バーボンは、ズダ袋から鞭を取り出し装着します。そしてダガーをノアに渡しました。

 腰にダガーを差しながら、ノアはスルリと牢から出て行きます。

 そうです! 鍵のかかった牢からスルリと抜け出たのです! まるでマジシャンのようです!

 ですが、違います…。これはマジックでもなんでもありません。タネも仕掛けも必要ないのです。


「アイツら……ほーーんとに、アホなんだな」

「だから、アホンダラなんだろ」


 バーボンもスルリと牢から出ながら言いました。メルやボーズ太郎もです。

 どういうことなのでしょう? それは実に簡単な話でございます。実に堅牢な鉄格子ではありますが、扉の横が腐食して、その格子の棒が数本、途中で折れていたのです。それで、まるまる一人が抜けられるような隙間ができていたわけですね。これでは、いくら扉をしっかり閉めようがまったくもって意味がありません。

 意図せずに、簡単に脱獄できた4人はそれぞれ顔を見合わせました。


「……これから、どうしましょうか」


 メルが不安気に言います。長い耳がヘタンと倒れていました。


「オ・パイの野郎は、ボーズ星人を深く憎んでいる。このままじゃすまねぇだろうな……」

「なんで、そんなに我らが憎まれるボー! 我らは何もしてないボー! ただ静かに暮らしていたかっただけなんだボー!!」


 ボーズ太郎が困惑して言うのに、バーボンは苦い顔をしました。


「ファルやメリンがデムを蔑視しているだけじゃねぇ。同じデムの中でも、差別や偏見ってのがあるんだ。盗賊や浮浪者なんてのは生きている価値がねぇって考えているヤツらも少なからずいるってこった。

 ましてや、ボーズ星人ってのは退化を選択した種族だ。デムこそが優秀な種族だって考える一部の過激派にゃ……デム以外の他種は滅ぼしてもいいだろうって主張するヤツもいる。オ・パイなんてその典型だな」


「そんな……。なんで、そんなことが起きるんでしょう? 悲しすぎます」


 メルはポロポロと涙を流しました。


「オ・パイをこのままにしてはおけない………。それに、親分のところに行ったボーズ星人たちのことも気になる」


 ノアは顔を上げて大きく頷きます。


「いったん盗賊の森に戻ろう」


 なかなか戻ってこないノアを、きっとバッカレスもシュタイナもヤグルも心配していることでしょう。

 急に来たボーズ星人たちを見て、驚いているかも知れません。とりあえず、バッカレス親分に報告を入れようとノアは思ったのでした。


「……戻るのか」


 バーボンが神妙な顔をして、何か言いたそうにいました。ノアは首を少し傾げます。


「うん。バッカレス親分にオ・パイの横暴を伝えなきゃ。オルガノッソのこともある。何かきっと企んでいるに違いないんだ! 親分だったら……何か考えてくれるかも知れない!」


 ノアは、バーボンがなぜか反対するかも知れないと思っていました。だって、顎に手を当てて、何か言いたそうにしていたからです。でも、バーボンは結局のところ少し上を見上げただけで反対はしませんでした。


「………そうだな。戻るか」


 まるで上の空のように、バーボンは小さくそう言いました。ノアは何か変だと思いましたが、それ以上はあえて聞きませんでした…………。



 牢獄から出て、長い階段を抜けると……そこは城の裏庭に続いていました。なにせ目隠しをされて連れてこられたので、ここが城の中であっても、どこらへんの場所なのかまでは解らなかったのです。

 階段の出口から、ノアが顔をヒョコッと出すと、アホンとダラが見張りをしている姿がありました。どうやらこの2人だけのようです。

 しかし、この2人は本当にマヌケなんでしょう。2人して同じ方向を見張っているのです。それも、なぜか牢のある階段とは反対側、城に向かって立っているのでした。いったい何から何を見張っているつもりなんでしょう。

 おかげで、ノアたちは誰にもバレることもなくジャスト城を後にしたのでした…………。




☆☆☆




 なかなか戻らないノアを心配し、シュタイナやヤグルを含めた総勢20名の部下を動員して、ジャスト城付近を偵察していたバッカレスですが、どこをどう捜してもノアがいた形跡がありません。盗賊なんで形跡なんか残すわけないのが当然なのですが、それにしても忽然こつぜんと消えてしまったかのようだったのです。

 そして、なんの情報も手に入れられずに、落胆しながら盗賊の森に戻っていました。


 切り株に頭を打ち付けて、激しく自分を責めていたバッカレスでした。シラフであっても、この状態もまた誰にも止められない荒れ狂いっぷりなのです。


「うおぉおお! ノア、すまーん!!! 俺があんなことを言わなければ!!!」

「まったくですよ! このバカ!」

「オウ! 俺は馬鹿だ!」

「本物のバカ! この“バッカデス”!」

「そうだ! 俺はバッカレスじゃない、“バッカデス”……オイ! ヤグル! なんでテメェにそこまで言われなきゃなんねぇんだ!」

「だ、だってノアが!」

「ノアには謝るが、テメェには関係ねぇ話だろうがぁッ!」


 バッカデス…いえ、失礼。バッカレスは、ヤグルにチョークスリーパーを決めます。


「お、親分!」


 そうしている間に、シュタイナが慌てて走ってきます。


「ノアか! まさかノアが見つかったのか!?」

「い、いや、それが…」


 そんな時、彼らは突然にやって来たのでした。

 白い姿の奇妙な7人組。揃いも揃って「ボー」と鳴く珍妙な来客たち。

 そんなボーズ長老の話で、ノアの無事を確認できた時にはバッカレスは天にも昇る気持ちでした。


 豪快に男泣きをし、ズズッと鼻水をすすって、祝杯の酒をボーズ星人たちと開けます。


「いやいや、長老さん! うちのノアがお世話になりましたなーぁ! うぃっく!」

「いやいや、世話になったのは我らのほうだ。……しかし、我らを逃がすために、デムの兵隊に囲まれて、ノアたちは果たして無事だろうか?」


 ボーズ長老は注がれる酒を見ながら難しい顔をします。しかし、バッカレスは大笑いしました。


「あの一緒にいたバーボンって医者はただモンじゃねぇんですよ! アイツなら、何をどうやっても……ノアたちを守ってくれる! だから、心配するこたぁねえ! ガッハッハッハ!」


 バッカレスが安堵したのは、バーボンがノアの側にいると聞いたからでもありました。

 それほどまでに、バッカレスはバーボンのことを信用しているわけです。

 陽気に笑うバッカレスに、ボーズ長老も安心したように頷きます。そして、歓迎の意味もある酒をクイッとあおりました。


「バッカレス殿。我らを受け入れ、それだけにとどまらず、こんなに旨い酒を振る舞ってくれるとは……感謝する。うぃっく!」


 赤い顔をして乾杯をする二人です。あっという間に、酒ダルは底をついてしまいました。


「親分!」


 突然にノアが茂みから飛び出して来ました。全力で走ってきたのでしょう。髪は散り散りに乱れ、ゼェーゼェーと肩で息をしています。

 ノアの姿を見た瞬間、バッカレスの表情がなぜか一瞬だけこわばりました。ですが、すぐにいつもの顔に戻ります。


「おー! ノア、無事だったか!! このボーズ長老さんから話は聞いた。しかし、俺が酔って変なことを言っちまって悪かったな。だが、とりあえず無事で良かった!!」


 ガッハハハと笑うバッカレス。ボーズ長老にノアの安否を聞くまでの狼狽うろたえていた様は、恥ずかしいのでまったく微塵みじんも見せることはありません。

 しかし、ノアは酒ダルを睨み付け、両拳を強く振りました。


「親分!! なに昼間っから酒呑んでんだよッ!!」


 ノアは、ボーズ星人たちが無事に辿り着いて良かったという思いもありましたが、それ以上に昼間から悠々と酒を呑んでいるバッカレスとボーズ長老を見て憤りを感じます。こんなに自分は大変な思いをしたというのに…という感じなわけです。


「ノア!!」

「ああ、ノア、ほんとうに無事で良かった!」


 騒ぎを聞きつけ、シュタイナとヤグルも顔を出します。ぞろぞろと、盗賊の仲間とボーズ星人たちが喜びに溢れた顔で出てきました。ですが、ノアの表情は硬いままです。


「メルメルよ。無事だったか! ああ、ありがとう。ありがとう。ノア」

「長老様……。ご無事で! 良かった。本当に」

「長老ボー! 皆も元気だボー!」


 ようやくノアに追いつき、メル、ボーズ太郎たちが姿を現しました。ボーズ長老と共に他のボーズ星人たちと再会を喜びます。


「よー。バーボン。久しぶりだな」

「久しぶり……じゃねぇよ」


 コップに残った酒を最後までグイッとあおり、最後に茂みから出てきたバーボンをバッカレスは遠い目で見ます。

 バーボンはろくに返事もせず、そっぽを向いて小さくチッと舌打ちをしました。


「親分! ボーズ長老から話は聞いたんだろ!? 今、大変なんだ! オ・パイが、ボーズ星人たちを狩ろうとしてて捜しているんだ! アタシたちは捕まって、命からがら逃げて来たんだけれど……」


 状況説明があまり得意ではないノアは、身振り手振りをまじえて必死に説明します。

 ですが、バッカレスもボーズ長老を含むボーズ星人たちも、誰一人動揺した様子はみせません。ノアは、なんだか自分だけが焦っていて変な気持ちがしました。


「だから、ここにも危険が迫っているかもで! なんとかしないと!」


 説明を終えても、バッカレスは空になったコップをただジッと見ているだけです。

 それを部下達が不安そうに見ていました。ノアも喉をゴクリと動かします。


「……だから、親分」

「ノア。オメェが言いたいことは、とどのつまり、バッカレス盗賊団はボーズ星人たちと共にこの盗賊の森を離れろってことか?」


 ちゃんと話を理解していたバッカレスはそう呟きます。ノアは親分が理解してくれたものと喜びました。

 しかし、バッカレスはバーボンをギロリと睨み付けます。


「……らしくねぇことをしたな。バーボン。そのままノアと一緒に逃げれば良かったじゃねぇか。ノアを生かすために、俺らを殺すのかよ?」


 バッカレスの不穏な言葉に、バーボンは強く目を閉じます。


「バッカレス。俺は……俺はノアの幸せを願っている。このままじゃいけねぇ。そのためならなんでもする」


 バーボンがうっすら目を開き、バッカレスを睨み返しながら言います。

 二人の話が見えてこないノアもメルもボーズ太郎も、そして盗賊の皆もオロオロとしました。


「アタシを生かすために……親分たちを殺す? どういうこと? なんで、そんな風になるんだよ!?」


 ノアが尋ねた瞬間、森中が赤く染まりました。

 夕日でしょうか? いえ、それにはまだ早いです。パチパチという音が遠くから聞こえてきます。なにやら熱気がユラユラと流れているのが解ります。


「オ・パイだ。チッ! やっぱりノアの跡をつけてきやがったか……」


 バッカレスが腰のダガーを抜きながら、ゆっくりと立ち上がりました。


「おい。野郎ども! 城の魔導士が森に火をつけやがった! 足の早い10名は風上に向かい、魔導士を倒して消火に当たれ!

 いいか、単独で行動するな。最低、2人ないし3人でチームになって対応しろ。

 動けない年寄りと女子供は川沿いを下って町の方面に先に逃げるんだ。そっちにまでは兵は回しきれてねぇハズだ」


 手早く指示を出すと、部下たちがそれぞれ動き出しました。

 ノアの膝がガクガクと震えます。動きたいのに、何かしたいのに、気持ちだけが焦って空回りします。自分は何をしたのでしょう。どんなミスをおかしたというのでしょう。ノアの頭はパニックを起こしていました。


「な、なんで……?」


 愕然としながら言うノアに、怖い顔をしていたバッカレスが表情をフッとやわらげます。


「いいか。ノア。誰かを守りたいとか救いたいと思う気持ちは大事だ……。

 だがな、自分の気持ちだけで行動しちゃいけねぇ。自分の基準で人を救おうなんてムシがいい話なわけだ。

 ガッハッハ、これでまた一つ勉強になったな!」


 バッカレスは優しく笑い、ノアの頭にポンと手を乗せます。ノアの目から大粒の涙がこぼれました。


「……俺たちをみすみす逃がしたのは、オ・パイの策略さ。泳がせれば、この場所に辿り着くと考えていたんだろう」


 バーボンがタバコに火をつけながら言いました。

 焦げ臭いニオイが徐々に自分たちのいる方向へと流れてきているようです。遠くの空に火の粉がヒラヒラ舞っているのが見えてきました。


「そんな……。バーボンおじさん、どうして?」


 ノアが尋ねます。ですが、バーボンは首を横に振りました。


「ノア。いや、ノアだけじゃねぇ。メルもだ。このままただ上手く生き延びても、お前たちは前科者になっちまう。俺にはそれは耐えられねぇ。

 まだお前たちは若い。こんなところで犠牲になっちゃいけねぇんだよ。オ・パイの目的は、あくまでボーズ星人や盗賊団だ。お前らの命を獲ることじゃねぇ」


 バーボンは、オ・パイが尾行を放っていたことに気づいていました。

 ですが、ノアとメルのために、あえてバッカレス盗賊団とボーズ星人たちを犠牲にしようと考えたのです。オ・パイの注意を、ノアとメルから遠ざけるつもりだったのです。


「ふざけるな! バーボンおじさん! アタシはそんなこと頼んじゃいない!」

「私もです! 皆さんと一緒にいることが何よりも大事なんです!」


 ノアとメルがそう言うのに、バーボンは困ったように笑います。

 バッカレスが頷くと、シュタイナとヤグルが、素早くノアとメルを羽交い締めにしました。


「なんだよ! なにする!? 離せ! アタシも戦うんだ!!」

「いや! バーボンさん! バーボンさん!!」


 延焼していく森。燃えている箇所が風にあおられ、熱風が吹きました。ボーズ星人たちが一カ所に集まります。皆、荒い息を吐いています。


「わ、我らは…火に弱いボー。長老、このままじゃ……」


 ボーズ太郎は皆を心配して言いました。そういう自分も、熱風に当てられて苦しそうです。


「ボーズ太郎よ。お前は生き延びて、我らボーズ星人のことを後生にまで語り継いでくれ」


 ボーズ長老はそう言って、ボーズ太郎の首に青いネックレスをかけました。


「これは………」

「火から身を守ってくれる魔法の入った鉱石……。これを身につけていれば大丈夫だ」

「長老!!」


 ボーズ星人たちが、ボーズ太郎をノアの方に突き飛ばします。


「ダメだ! 死んじゃあ……なんにもならないッ!!」


 ノアが叫びます。メルが嗚咽(おえつ)混じりに呼びかけます。

 ですが、ボーズ長老は優しく、快くニッと笑いました。


「ありがとう。ありがとう……。心優しき、スタッドの意思を継ぐ少女ノアよ。我らはお前に会えて良かった。さらばだ」


 ボーズ長老がそう言い、ボーズ星人たちがそれぞれ手を振ります。

 その瞬間、燃えさかる炎がその辺りを燃やし尽くしました! それは魔道士が放った魔法です!

 火に弱いボーズ星人たちは、アイスクリームのように溶けて、叫ぶ間もなく溶け散っていきます。


「う、うわぁああああ!!」

「いやああーーーー!!」

「長老!! みんなーボーッ!!!」


 引きずられていきながら、ノアとメルが泣きながら叫びます。ですが、シュタイナもヤグルも手を決してゆるめず、ズルズルと二人をこの場から引き離して行きました。

 呆然としていたボーズ太郎も、他の盗賊たちが同じように羽交い締めにして連れて行きます。

 燃えさかる炎の中、オ・パイがアホンとダラを引き連れて姿を現しました。


「………ネズミが。こんなところに巣くっていたか。ボーズ星人どもども、害虫はまとめて私が駆除してやる。

 しかし、アホンとダラの迫真の演技のおかげで、こうもあっさり貴様らの居場所がわかるとはな。クククッ、見事だったぞ」


 オ・パイがそう言うのに、アホンもダラも驚いた顔をします。


「え? え、演技だった……チョ???」

「そうだべかー???」


 顔を見合わせて首を傾げる二人に、オ・パイは怪訝そうな顔をしました。

 が、すぐにバッカレスのほうを睨み付けます。


「バッカレス。協力してもらうぜ!」


 バーボンがタバコを捨ててニヤリと笑うと、バッカレスは口をへの字に曲げました。


「クソが。なにが協力だ……。ノアを守るためとはいえ、やりすぎだぜ!」

「でも、俺はノアの幸せをまず第一に願っている!」

「ああ! ああ! 俺だってそうだ! 父親みてぇなもんだからな! ノアが幸せなのが一番だぜッ!!」


 渋々とバッカレスがダガーを構えます。バーボンもその横に立って鞭を振るいました。


「フッ……。ネズミの親玉がどこまでやるかな?」



 盗賊の森の外れ。

 ノアとメルとボーズ太郎が、ようやく羽交い締めから解放されます。


「この先は、盗賊の森じゃない。メリンの領土だ。少し行けば、メリンの集落であるクラレ村に着く。そこまではさすがのオ・パイも追ってはこれないだろう」


 シュタイナが先の森を指さしてそう言います。

 振り返ると、赤く燃えている火がチラチラと見えました。あそこで今頃はバッカレスとバーボンが必死にオ・パイと交戦していることでしょう。


「俺たちは親分ら加勢にいくよ。達者でな、ノア」


 ヤグルが鼻の下をこすりながら言いました。名残惜しいとは思ってはいても、大好きなノアのために何かができることが誇らしそうです。

 しかし、ノアはイヤだと首を横に振ります。駄々っ子のようにブンブンと勢いよく振ります。


「アタシも……アタシも行く! でないと、みんな……みんな死んじゃうよ!!」


 シュタイナもヤグルも、他の盗賊達も顔を見合わせました。そしてシュタイナがコクリと頷きます。


「ノア! よく聞くんだ……。いいかい? 親分やバーボン先生がどうして命を賭けてノアを助けたと思う? ここで戻ったら、その親分やバーボン先生の気持ちを踏みにじることになる」


 シュタイナが、ノアの肩に手を置き、まるで小さな子供に言い聞かせるかのように優しい口調で言いました。


「大丈夫だって。俺たちは死にに行くんじゃないさ。それに、あの強い親分が、オ・パイなんかに負けると思うかい?」


 ヤグルが笑います。でも、ノアは笑い返せませんでした。辛くて悲しくて、引き止めなければいけないのに声がでません。何を言えばいいのか思いつかないのです。


「ノア。君はこれから、メリンやファルに出会ってこのことを告げるんだ……」

「でも…!」

「それはノアにしかできない。そのメリン族の女の子を守って上げてくれ」


 シュタイナに言われ、ノアは思わずメルを見やりました。

 そういえば、ボーズ長老に託されたではありませんか。このままノアが飛び出したら、きっとメルも一緒に来てしまいます。きっと、もっとひどいことになってしまいます。

 ノアが決して無茶をしないだろうと理解し、シュタイナは安心して彼女の肩から手を離しました。


「オ・パイは何か恐ろしいことを企んでいる。親分はそのことを予感していたと言っていた。今回、ボーズ星人たちが姿を現したことで親分はそれに確信をもったみたいだった…。

 もうこれはきっとデムだけの問題じゃないんだ。ノア、頼んだよ」


 シュタイナはそう言って、きびすを返します。そしてヤグルたちと共に、再び盗賊の森へと戻って行きました……。




☆☆☆




 それからどれくらいの時が流れたでしょう……。


 ノアもメルもボーズ太郎も、その場から動けずにいました。

 何度も何度も盗賊の森に引き返そうと思いました。でも、いまさら引き返して何ができるでしょう。シュタイナの言うとおり、バッカレスやバーボンの行為が無駄になってしまいます。そう考えてしまうと、どうしていいか解らないのです。


「……スタッドに会いたい。そうすれば、次にどうすればいいか解るかもしれない」


 ノアはポツリとそう呟きました。

 ずっと、ノアはオルガノッソとの戦いの時に聞こえたスタッドの声を思い返していました。そしてボーズ長老から伝えられたノアへのメッセージ。『ランドレークのラグナロク遺跡で待つ』という言葉。これが、今のノアの唯一の支えになっていたのです。

 メルもボーズ太郎も顔を上げます。涙の跡が、線となって頬を伝っていました。


「そうです。スタッドさんなら、きっと助けてくれるはず……。事情を伝えれば、オ・パイをこのまま放っておいたりなんかしないでしょう!」


 みるみるうちに気力がみなぎってきます。

 そうです。今できることをするしかないのです。ただ手をこまねいて、何もしないでいるよりは遙かにマシじゃありませんか!


「そうだボー! スタッドにお願いして、バーボン先生らを助けてもらうボー!!」


 ボーズ太郎がヒョイと立ち上がります。手には、長老からもらったペンダントを握りしめていました。


「ああ。バッカレス親分もバーボンおじさんも……きっと大丈夫だ。シュタイナやヤグルだってついているんだから。アタシたちは、一刻も早くスタッドを連れてこよう!!」


 その力強い言葉に、メルもボーズ太郎も強く強く頷きます。


「……アタシたちは、もう先に進むしかないんだ」


 もう一度だけ盗賊の森の方を振り返り、ノアは自分を勇気づけるために拳をギュッと握りしめたのでした……。


 こうしてノアたちは、デムの地を離れ、英雄スタッドに会うために長い長い旅路を行くこととなったのであります…………。

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