第四章 力の四天王オルガノッソ
ああ、どれぐらい深い地下なのでしょう。
気が遠くなるような階段を下りた先は、幅広い回廊となっていました。ところどころ割れた地面からは、マグマらしき不気味な赤き光が見えてきます。
ブモーッブモーッと、くぐもった荒い息づかい。暗闇の中で、邪悪な双眼が浮かび上がりました。
古めかしく粗悪な作りの王座に座り、苦しげに胸元を掻きむしります。
「……忌々しい。忌々しいぞ!!」
ドンと肘掛けを叩きます。大きな鼻からブーモーッと熱い息が吐き出されました。
まるで雄牛のような顔。赤黒い肌をし、筋骨隆々とした体躯。山羊のような角に、腕や胸に黒々とした縮れた体毛が生えています。
「テメェがオルガノッソか!?」
ノアがダガーの先を、その王座にいる牛のような生き物に向けました。
牛のような生き物は、ギロッと目の前の三人をにらみつけました。あまりの苦しみに、いま目の前に立っていることにも気づいていなかったのです。
「…………なんだ? 貴様らは」
牛のような生き物は、ゆっくりと立ち上がります。大きいです。背だけでも、ノアたちの3倍はあります。
立ち上がったその瞬間でした。何かキューンという音がしたかと思うと、金色の魔法陣が足下に光輝きました。その光に照らされ、牛のような生き物が苦しみます。
「グググ! まったくもって忌々しいわ! このオルガノッソ様に、こんな小癪な封印を施すとは……スタッドめ!!」
オルガノッソは、無茶苦茶に暴れます。その衝撃で、ビシビシと魔法陣にヒビが入りました。
「…あ?」
風船から空気が抜け出るかのように、シューッと魔力が消えて効力を失いました。
思いがけず、苦しみから解放されたオルガノッソは、キョトンとして周囲を見回します。
「…オオ! オオオ!! ようやく、この封印から解放された。20年にも渡るこの地獄の苦しみから解き放たれたぞ!」
バーボンはそれを見て、しかめっ面をしました。
「チッ。もうちっともってくれりゃ、その間に攻撃できたんだがな」
「グハハハ! これで、思う存分にボーズの野郎どもを喰らえる!! 腹が減った!! 喰らう、喰らうぞッ!!!」
オルガノッソが喜びに打ち震えながら、大笑いをあげます。
その台詞から察するに、封印されるまではボーズ星人を食べていたのでしょう。長老が、ボーズ星人が減ったと言っていたことの理由が解りました。
「ボーズ星人さんたちを食べるなんてダメです!」
「そんなことはさせないよ!」
ノアの目を見て、オルガノッソはハッと何かを思い出しました。
「憎きスタッドと同じ目だ! 許せん!! まずは封印の腹いせに、貴様らから血祭りにして喰らってやろう!」
オルガノッソは、王座の裏側から巨大な斧を取り出します。それも扱う者の体格に合わせた特大サイズです。メルシーのもっていた棍棒が可愛らしいく思えてくるほどの凶悪さです。
「魔神バルバトス様に仕える四天王が一人! 力のオルガノッソ様の前にひれ伏すがいいッ!!」
オルガノッソが襲いかかってきました!
戦法は見た目通りの力任せな攻撃です。振りかぶった一撃で、壁に大穴があきました。
「おいおい、なんてパワーだ! 冗談じゃねえぞ! 一撃でももらっちゃ、お陀仏だ!」
唸る斧を避け、バーボンが手早く薬品を選びとります。
「おらよ! こいつでも食らえ!」
バーボンが試験管を2本投げつけました。それが割れ、化学反応を起こしてガスを発生させます。
「いまだ! メル!」
ノアの叫びに合わせて、集中して魔力を高めていたメルが呪文を唱えます。
「『ファイヤーストーム!!』」
朴念仁に放ったものとは比べものにならない強烈な炎の嵐です。最初から悪意を持つ敵には容赦などしません。
ズガガガーン!!
ファイヤーストームの炎が、バーボンの作ったガスに引火して爆発します。
「ぐぬあ!」
さすがのオルガノッソも堪らずに片膝をつきます。
「もらった!」
ノアが駆けて行きます! それは町中で金持ちの財布をかすめ盗る時の動きです!
「『レッド・スティール!』」
あまりに素早いため、姿や形が見えず、ノアの赤い髪と服だけが、残像で辛うじて解ることから、バッカレスがそう名付けた必殺技でした!
通り過ぎ様に、オルガノッソの皮膚がダガーによってスパスパと斬り裂かれています!
「ごあッ!?」
噴き出す自身の血を見やり、オルガノッソはブルブルと怒りに震えました。
「ゆ、許さねぇ! 絶対に許さねぇぞぉ!!!」
オルガノッソは猛狂い、斧をズガンと深々地面に突き刺しました!
「な、なにする気?」
「あ! 『石つぶてぇぇぇーい!』」
名乗る必要もないような大層地味な名称でしたが、決して技自体がそうなのではありません!
深々刺さった斧をスコップの用に使い、土を思いっきり掘り起こします! なにせ、それをオルガノッソの巨体がやるわけです。石つぶてというより、岩石飛ばしとか土砂崩れといった方がいいような規模です!!
「あぶねぇ!」
強い魔法を放って、精神力を使い果たしていたメルを、バーボンが横抱きにかばいます。
「うきゃー!」
ドドドドッ! と、容赦なく覆い被さる土に、ノアが流されます。小石がゴツンゴツン当たってタンコブができます。
「ガッハッハ! これが悪魔オルガノッソ様の実力よ!」
モウモウと土煙が舞います。そして、できあがった小山を前にしてオルガノッソが笑いました。
小石を落としながら、土山のてっぺんでノアが顔をだします。土煙で顔は真っ黒。髪はゴワゴワです。ペッペッと口に入った砂を吐き出しました。
「メル! バーボンおじさん!」
ノアがハッとして、辺りを見回します。
「ここです!」
メルの返事がして、ノアはスポッと土山から身体を抜きました。
声のした山の斜面を下ると、ちょうど麓の辺りにメルがいます。ノアと同じように真っ黒ですが、大きな怪我はないようです。
「ノア! バーボンさんが私をかばって!」
メルは泣きそうになりながら言いました。見ると、メルの膝元にバーボンが倒れていました。額からは血を流しています!
「バーボンおじさん!!」
ノアが駆け寄ると、バーボンがうっすら目を開けました。
「……大丈夫だ。命には別状ねぇ。前頭部に軽い裂傷、左上腕に打撲。肋骨3本にヒビ。右大腿にもダメージがあるが、骨折までは至ってねぇ」
冷静に自分の状態を分析する余裕があることに、ノアはホッとしました。
「ほう。まだ生き残っていたか。まったくしぶといな! 害虫どもめ! ジワジワなぶり殺しにしてくれるわ! 俺様が味わった苦痛はこんなものではない!」
オルガノッソは斧を振り回します。風圧がノアの頬を打ちました。
「ちきしょうが。やべぇな……。おい、ノア。メルを連れていったん逃げろ」
バーボンが弱々しく言います。ノアもメルも首を横に振りました。バーボンを置いてなんていけません!
オルガノッソは意気揚々と近づいてきます。どんなに滅茶苦茶にしてやろうかとでも考えているのでしょう。時折、グフフなんて嫌らしい笑いが聞こえます。ノアたちを更に追い込むため、わざとゆっくりと歩いているようでした。
「い、いいから……逃げろ。お前らまでやられることはねぇ」
「おじさんは黙ってて! 今考えてるんだから!」
ノアは生涯で初めて脳味噌ををフル回転させていました。シューシュー湯気がたっています。
「ごめんなさい……。私にもっと力があれば。あんなにも疎ましく思っていたのに、今は力がないのが悔しい」
メルはポロポロ涙を流します。それがバーボンの顔にハラハラとかかりました。
「ガーッ! 何も思い付かない! 特攻! 特攻あるのみだ!!」
ノアの頭がショートして爆発しました。
「馬鹿いうな……。ノアの足なら、ヤツの攻撃はかわし続けられるかもしれねぇが、決定打がねぇだろ。深手を与える手段がねぇんだ」
バーボンは冷静に言います。
「くそ! くそ! どうすりゃいいんだよ!!」
ノアは拳で地面を殴りつけます。イライラしても、何も良い手段が思いつきません。しかし、オルガノッソは一歩一歩確実に近づいてきているのです。
「そこまでだボー!」
緊張がはしるシリアスな場面なのに、気が抜けてしまいそうな間抜けな声がしました。ノアたちも、オルガノッソも思わずそちらの方を向いてしまいます。
7人のボーズ星人+長老が、4人1組で騎馬を作っています。オルガノッソの方を向き、本人達からすれば精一杯の凄んだ顔をしています。ですが、足だけは誰もがガクガクブルブル。無理をして、精一杯に立っているのです。
「め、メルメルをいじめるヤツは許さないボー!」
「あ、悪魔オルガノッソ! 我らが相手だボー!」
「も、もう、仲間達を食べさせるわけにはいかないんだボー!」
「な、仲間と、メルとノアたちのカタキ討ちだボー!」
「それは聖なる戦い。かくも凄惨で無情な結末を一陣の風が……」
「あ、あとは我らに任せるボー!」
「わ、我らだってやるときはやるボー!」
全員が力を合わせて、オルガノッソに向かいます。ポカンとしていたオルガノッソですが、ヨダレをジュルリとしたたらせて大笑いします。
「ガハハハ! クソ生意気なボーズどもが! 俺様に喰われるだけしか能のない貴様らが、自らまとめて喰らってもらうためにノコノコやって来たか!! いいだろう、願い通り、貴様らまとめて喰らってやる!!」
ボーズ星人たちが怯えてジリッと後ずさりします。しかし、長老が手をあげました。
「ノアたちだけに、危険な目をあわせるわけにはいかん。我ら退化した種族とはいえ、この世界に住まう一つの生命体! ボーズ星人の底意地! 今ぞ見せつけてくれよう!!」
長老の言葉に勇気づけられ、ボーズ星人たちが気合いを振り絞ります。
「やめろー! 逃げろ!!」
「や、やめてください! ダメ!!」
ノアとメルが必死に叫びますが、ボーズ星人たちの決心は固いものです。
オルガノッソは斧を担ぎなおし、ノアたちに向けていた足先を、ボーズ星人たちの方に向けました。
「ガハハハ! 封印が解け次第、ボーズ星人どもはオ・パイの命令で一匹のこらず始末するはずだったんだがな…。それは、もう、じっくりゆっくり味わって喰らってやろうと思っていたが、どうやら貴様らで最後のようだな! こうもあっさりカタがついちまうのも悲しい話だぜッ!!」
オルガノッソがオ・パイの名前を出したことに、ノアは驚きます。
「オ・パイ? な、なんで、ヤツを……? ヤツを知っているのか!?」
「フン。どうせ、ここにいる奴ら全員殺すわけだ。教えてやる義理はねーなぁ! そこで黙って見てな! ボーズ野郎どもを倒したら、次は貴様らだ! 俺様の体に傷をつけた罰だ! 貴様らはじーっくり! 手間暇をかけて料理してやるぜ!!」
いきり立って飛びかかっていくノアを、鼻息一つで吹っ飛ばしてしまいます。オルガノッソはニヤリと不敵に笑いました。
それを見ていたメルやバーボンも絶望に顔をしかめます。もう、打つ手がないのです。いま死にものぐるいで飛びかかったとしても、どうしようもないことが解ったのです。
ついにオルガノッソがボーズ星人たちの目の前に立ちはだかりました。ブフォーという荒々しい息のせいで騎馬も大きくよろめいています。いまにも崩れてしまいそうです。
怖くて、恐ろしくて、ボーズ星人たちは哀れにもガクガクブルブル……尋常じゃないぐらい震えています。長老も例外ではありません。こんなんじゃ戦えっこありません。でも、それでも、逃げません!
「み、皆の者…! ゆ、勇気を、勇気を振り絞るのだ!」
いてもたってもいられなくなり、メルが走り出しました。バーボンが止めようとしましたが、その手からスルリと抜けていってしまいます。
「メルッ!!」
「やめてぇええええーッ!」
メルがオルガノッソの足に飛びつこうとしました。しかし、オルガノッソがそれにいち早く気づきました。虫を払うかのように、凶悪な鉄拳を振るいます!!
「邪魔をするな! このウジ虫が!!」
メルが殴られる瞬間、一人のボーズ星人が騎馬から離れます。おかげで残りのボーズ星人はバランスを崩して倒れてしまいました。
「ダメだボーー!!」
ボーズ星人がメルをかばって飛びつきます。それを見て、長老が、そして残りの6人のボーズ星人が、懐からあの魔法陣の描かれた紙を取り出しました!
「スタッド殿! いまこそ、我らに力を! 我らの命を使い、この悪魔オルガノッソを封じたまえ!!」
長老が叫びます! 6人が紙を掲げます!!
紙に描かれた魔法陣が黄金色に輝きました! 地下から照らすマグマの光よりも強烈な光です!
「う、うおおおおおッ!?」
メルをボーズ星人ごと殴りつけようとしたオルガノッソは、あまりの眩しい光に目を覆いました。光はますます強くなっていきます。
──誰かを守りたいという気持ち……これが力となる──
どこからともなく不思議な声がしました。柔らかいけど、凛とした男性の声です。なぜか、ノアは懐かしい気持ちと共に、心の奥から勇気が湧いてきました。
ボーズ長老たちが持つ、魔法陣の形が変わります。ボーズ星人たちは驚きました。発動していた魔法が変わり、その魔法の対象が……メルをかばったボーズ星人に集まっていくのです!!
──勇気は力。僕の聖魔法は、勇気を力にと変える! 勇気よ、力となれ! 力よ、全てを護る大盾となれ! 聖波動クライク!!』──
聖なる力が、メルをかばったボーズ星人を満たします。ゆっくりと、そのボーズ星人が立ち上がりました。
「力が! 力が集まるボーーーッ!!」
なんと、そのボーズ星人がいきなり踊り出します!
手をパンパンと2回叩き、左にスイスイと泳ぐような仕草をして、再度手を2回叩き、今度は右に泳ぐような仕草をリズミカルに行います!
これは、そう、日本人ならお馴染みですね! “音頭”です!
『ボーズ音頭でよ、よ、いがよーい♪ アンタも、アタシも踊りましょ~♪ はぁあーん♪(以後、繰り返し)』
どこからともなくBGMが流れてきます!
いつの間にか、長老や6人のボーズ星人たちも誘われるように踊り始めていました。踊り方を知っていたわけではありません。しかし、身体が自然と動き出してしまうのでございます!
「な、なんだ、このマヌケな踊りは……俺を馬鹿に…んぐ!?」
唖然としていた、オルガノッソが突然に苦しみ出します。
「ぐが、ぐががががッ!!」
どういう効果かは解りませんが、ボーズ星人たちが踊る度に苦しんでいます。
おや、ボーズ星人たちの足元が何やら光の軌跡を描いています。それは魔法陣でした。ボーズ星人たちの立ち位置や動きが魔法陣になっているのです!
「な、なにが起こっているんだ!?」
ノアが走ってきます。メルはその光景を見やって、口元を抑えていました。
「こ、これは……『古代魔法』です!!」
ボーズ星人が皆、額に汗しています。ですが、顔はハツラツとして、精一杯に踊っています。
「や、やめろぉッ! その…踊りを、やめろぉおッ!! こ、これは……スタッドの野郎と、同じ、封印……魔法……があああああああああッ!!」
「違うボー! これは、お前を異次元に送り出す太古の魔法ボーッ!!」
メルをかばったボーズ星人がニヤリと笑いました。それはなんともニヒルな笑いでしょう! 明らかに他のボーズ星人とは違います!
ボーズ星人たちの踊りが一層激しくなってきました。それは空間を歪めて、頭上に裂け目のような、異次元の扉を生み出します。
「や…め…ろ……ぉおおおおッッ! お、俺様は………まだ、何も、喰って………ねぇ!!! は、腹が減ったまま……異次元、なんかに…行きたくねぇぇぇぇぇーーーーッ!!」
異次元の扉がオルガノッソを吸い込もうとします。しかし、オルガノッソも必死に吸い込まれまいと抗いました。斧を深々と地面に刺し、四肢を踏ん張ります。全身の筋肉が盛り上がりました。
「せ、せめて……貴様らの一匹でも……喰らってやるッ!!」
オルガノッソが片腕をボーズ長老に向けて突き出しました。あわや、踊りに夢中になっていたボーズ長老が捕まりそうになります。
「させねぇよ!!」
バーボンの鞭が、ピシャリとその手を払いました!
「な、なんだと? 貴様は瀕死のハズでは!!?」
「知らねぇのか? 医者の治りは早いんだぜ! 他を治療しなきゃなんねぇからな!」
バーボンがニッと笑います。あの短時間で、自分の治療を終えたのでした!
「ちきしょうめがぁッ!」
オルガノッソは心底悔しそうな顔をしました。殴り飛ばしたくとも、今ので少しバランスを崩して踏ん張りが利かなくなりそうなのです。グリグリと斧を深く刺し直しますが、それでもジリジリと引っ張られて行きます。
「こ、このままでは…!」
「どっせぇいッ!!!」
「な!? ぐげぇッ!」
異次元に気をとられていたオルガノッソの腰に、強烈なノアの体当たりがお見舞いされました!
「あっちで自分がしたことを後悔しな!!」
ツルリと握っていた斧の柄から手が離れました。そして「あっ」と言った瞬間、オルガノッソ自身が異次元にと吸い込まれていきます!
「あ。そうだ! せめてものアタシからの餞別だ! そっちで食いなよ!」
ノアが、腰のポーチにいれていた朴念仁の毒の実を放ります。それもオルガノッソと共に異次元にと消えていきました。
なんで、ノアが毒の実を持っていたかですって? それは、後で何とかして食べれないかという食欲のおかげです! 食べれないと聞けば、どうしても食べたくなるのがノアですから。
オルガノッソと毒の実が吸い込まれて消えると、それに合わせて異次元が伸びて歪んでから、フルフルと揺れつつゆっくりと消滅しました……。
踊りを終えると、何事もなかったかのように先程の空間に戻ります。音楽もいつの間にか止んでいました。
「や、やった……ボー!」
「倒した……ボー!」
「あの、怖いオルガノッソをやっつけただボー!」
「かくも、勝利の美酒は芳醇で、濃厚かつ……なんとも表現しがたくい、ボー!」
「我らがやったボー!!」
「みんな生きているボー!!」
ボーズ星人が口々に喜んでお互いに手を叩き合います。ボーズ長老もウンウンと頷きました。
「助けてやるつもりが……逆に助けられちまうとはな。チッ。スタッドのヤツに一杯くわされたぜ」
バーボンが、落ちた魔法陣の紙を拾って頭をかきます。
「どういうこと?」
身体の汚れを払いながら、ノアは首を傾げました。
「スタッドさんは……命を代償とするような“高度な封印魔法”をボーズ星人さんたちに渡したわけじゃなかったんです。あれは偽物の印だったんです」
メルは地面に魔法陣を描いて説明します。疑似魔法を発動した瞬間に、描かれていた魔法陣が変わったのだと。しかし、ノアの頭ではチンプンカンプンでした。どの魔法陣も同じにしか見えません。
「…そんなわけで、本当の疑似魔法は『聖波動クライク』。使用者の能力を最大まで引き出す補助魔法です。ランクは決して低くはありませんが、命なんてかける必要のない魔法なんですよ」
メルがそう説明し終わると、ノアはガックリと肩を落とします。細かいことは解らなくても、心配していたのが取り越し苦労だったとは理解できたのでした。
「発動条件は、ボーズ星人が勇気をもって危機に立ち向かった時……ってところか。タチの悪い魔法もあったもんだぜ」
バーボンは手にした魔法陣の紙をボーズ長老に返します。
「なんだよー。だったら、最初からそれ使えば良かったんじゃないか。アタシら殴られ損じゃん」
「許してくれ。我らも知っていたわけではなかったのだ…」
ボーズ長老はバツの悪そうな様子です。他のボーズ星人たちも心なしか恥ずかしそうにしていました。
「でもさ、なんでスタッドはそんな嘘をついたのかな?」
「きっと……我らに、もう一度生きる喜びを思い出させるためだボー」
「…へ?」
メルをかばったボーズ星人がそう言ったのでした。
「オルガノッソに立ち向かわせることで、我らが本来の我らを取り戻すことをスタッドは願っていたボー」
ノアは目をパチクリさせ、そのボーズ星人の顔をマジマジと見やります。
「あ、アンタ……普通に喋ってるけど。っていうか、会話が成り立ってる!?」
言われて、そのボーズ星人自身が驚いた顔をします。そうです。“驚いた顔”をしたのです。明らかに表情があります。シンプルな顔のせいで解り辛くはあったのですが、それでもノアたちが見てハッキリと感情が読み取れるのです。
「え? …あ! 難しい言葉でも、スラスラ説明できるボー! わ、我はいったい??」
それは今までのノンビリ、ゆったりとした口調ではありません。しかも、応答の早さも長老並かそれ以上でした。
ワタワタと慌てるボーズ星人に、ノアたちの方がどう反応していいものか困ります。
「……失った自我を取り戻したのだ。メルメルをかばうことで、個は全、全は個の概念を越えてお前は一人の“人”となったのだ」
ボーズ長老が、ポンとそのボーズ星人の肩を叩きます。
「我が…自我を…ボー?」
ボーズ星人は、感動してフルフルと震えていました。
「自我が芽生えたってことか。なら、呼び名が必要だな…」
バーボンがタバコをふかしながら言います。
「そうだね。じゃあアタシが決めてやるよ」
「お、オイ。ノア…」
なんだな嫌な予感がして、バーボンが引きつった顔をしました。
「うーん、そうだなぁ。呼びやすくて覚えやすいのがいいよなぁ。…よし! 決めた! アンタは今日から『ボーズ太郎』だ♪」
ノアが指をパチンと鳴らしながら言います。
「の、ノア……」
「なんて安直な……」
メルもバーボンも頭を抑えます。
しかし、ボーズ太郎と呼ばれたボーズ星人は嬉しそうに飛び上がりました。
「やったボー! やったボー! 我の名前だボー! 我はボーズ太郎だボー!!」
飛び上がっているボーズ太郎を前に、他の6人のボーズ星人が羨ましそうにしています。
「やがて、お前達もボーズ太郎のようになるであろう。もう我がボーズ長老として、ボーズ星人の総意を語らずとも良い日が必ず来る。そう遠くない未来に、な」
ボーズ長老は、晴れやかな顔をしていました。そんなボーズ長老自身も、自我を取り戻しつつあるのではないでしょうか。証拠に、さっきまで口癖のように出ていた“運命”という単語を口にしなくなっていました。ノアはそのことを嬉しく思いました……。
長老の部屋である上の階にと戻ります。
他のみんなが行くのを見届け、ノアが階段を上ろうとしたとき、ボーズ長老が突然に呼び止めました。
「なに?」
ノアが振り返って尋ねた時、ボーズ長老はさっきまでの晴れやかな顔とはうってかわって、難しい顔つきをしていました。
「ノアよ。話しておきたいことがある……」
「話しておきたいこと?」
「メルメルのことだ」
ノアはキョトンとしました。
階段の方を一度見ましたが、再び長老の方に向き直ります。
「いいよ。聞くよ」
「ありがとう……。実は、メルメルの記憶を封じたのは我なのだ」
「え? な、なんだって!?」
突然の告白に、ノアは飛び上がりました。ですが、ボーズ長老は「静かに!」と口に指を当てます。ノアは口にチャックをして頷きました。
「……メルメルは、一年前、ジャスト城下町の付近で我らが見つけた。迷っていたというより、デムの若い男の数人に連れられていたのだ」
「デムの男?」
デムがメリンを連れて歩くというのがいかに妙なことなのかはノアにも解ります。ましてやそれが異性となれば、それだけでも先の話は嫌な予感しか覚えませんでした。
「メルメルは、メリンの少女だということで、デムから因縁をつけられていたのだと思う。ひどい暴行を受けていた……」
ボーズ長老が重々しく言うのに、ノアはギュッと拳を握りしめて、唇をかみました。
「我らは……その時は、助けることもできなかった。オルガノッソに立ち向かったような勇気とは無縁だったのだ」
ふがいない長老に対して少し怒りを覚えたノアでしたが、それはすぐに消えてしまいました。それほどまでに長老は憔悴し、己の情けなさを悔いていたからです。
そもそも悪いのはメルを暴行した男たちです。ボーズ星人たちを責めても何にもなりません。
「我らは……暴行を受け終わったメルメルを……気絶したメルメルを助けてやることしかできなかった…」
恐ろしくて、怖くて逃げ出したくても、それでもメルを助けようと必死だったであろうボーズ星人たちの姿をノアは思い浮かべます。
「あれは、あの娘にとってあまりにも辛い記憶。我は、その記憶を封じた。メルメルの心の奥深くに」
「そう……だったのか…」
ノアはやるせなくて、悔しくて、悲しくて、己の胸に手をやりました。
ファルやメリンがデムを軽視しているように、逆にデムがファルやメリンを恨んでいることもあるのです。
優位種として振る舞うファルやメリンを憎み嫌って、力のまだ弱い子供や女性を襲う不届きなデムがいるという話を親分から聞いたことがありました。
もちろんそんなことが起きれば、デムがますます忌み嫌われるのは当然のことです。そしてそれがまたデムの怒りに油を注ぐことになるのです。それは種族間の軋轢を生み続ける悪循環でありました。
盗賊という、人には疎まれる仕事をしているノア自身も、そんなひどく嫌な経験をしたことがあります。同じデムなのに、蔑まれ、罵られ、否定される。そんな辛い過去があったからこそ、ノアにもメルの受けた苦しみがよく解りました。
ましてや、ボーズ星人や魔物という種族すら越えた愛の心を持つ、心優しいメルのことです。どれほど、心を痛めたでしょう。どれほど、苦しみ悲しんだことでしょう。身体の傷などよりも、きっと心の傷の方がもっともっと深かったに違いありません。
「……ノア。メルメルを連れて行ってやってくれ。このまま我らと共にいてはいけない。
我は今回のことで悟った。いくら、記憶を消そうとも、いくら放棄して忘却の中に生きようとも、やがては人はそれに立ち向かわねばならぬ時がくる。
そう。メルメル自身がやがて立ち向かわなければならぬ日が必ず…。その時に、ノア。お前に側にいてもらいたいのだ」
ボーズ長老の真摯な想いが、ノアの胸に突き刺さります。ノアはコクリと頷きました。
「わかった。メルはアタシの友達だ。メルが辛い過去に立ち向かうとき、アタシが絶対に支えてあげる」
ノアの言葉に、ボーズ長老は安心したように、嬉しそうに頷きました…………。
ノアとボーズ長老が、皆より少し遅れて長老の間に戻ると、何やら表から喧噪が聞こえてきます。何かが戦っているような音です。
どうやら先に様子を見に行っていたらしいボーズ太郎が、血相を変えて戻ってきました。
「大変だボー! ノアたちじゃない、剣をもったデムが、たくさん森で暴れているボー!!」
「デムだと!? ジャスト城のヤツらか!」
バーボンは何かを知っているようで、渋い顔をします。
「ジャスト城だって?! おじさん?」
なんでジャスト城の関係者がこんな森深くに入ってくるのかと、ノアはひどく驚きました。
「……オルガノッソの野郎が言ってたろ。オ・パイにボーズ星人の始末を頼まれたってな。実はそれに心当たりがあってな」
「ど、どういうことだよ?」
「ああ。オ・パイは、どうしてか知らんが、ボーズ星人を目の敵にしているらしくてな。近々、軍をあげての掃討作戦を行うってもっぱらの噂だったんだ」
ノアもメルも憤慨します。
「なんだよ、そりゃ!」
「ひどい! ボーズ星人さんたちが何をしたっていうんですか!」
二人に詰め寄られ、バーボンは目を白黒させました。
「お、俺に言われてもな…」
「なんでもっと早くに教えてくれなかったんだよ!」
「いや、真偽も解らんような話だったしな…。仮に本当だったとしても、まさかこんな早くに掃討を行うとは…」
「そんな話よりボー! とりあえず、どうするボー!? まだ退化神殿にまでは来てないボー! 森の魔物たちと戦っているようだボー! でも、ここまで来るのは、時間の問題だボー!」
あわあわと慌てるボーズ星人たち。長老は悲しそうな顔をしました。
「……やはり我らは滅びゆくしかないのか」
「もう! また! そんなこと言うな! アタシが何とかしてやる!」
ノアがドンと胸を叩いて言います。バーボンはそれを見て天を仰ぎます。
「おいおい、安請け合いは……」
「安請け合いなんかじゃない! う~んと、え~~と……あ! そうだ! アンタたちさ、ウチに来ればいいよ!」
ノアが捻り出した回答は突拍子もないものでした。
「ウチ?」
「そう。 盗賊の森! 南に行った方にある場所さ。そこだったら、バッカレス親分や盗賊の皆もいる。ジャスト城の兵士に見つかることもないような穴場だよ!」
ノアの提言に、長老以下6名は意識を共有して考えます。自我をもったボーズ太郎だけは仲間に入れなくなった様で、ちょっとだけさみしそうにしました。
「……本当に大丈夫だろうか? 迷惑にはならぬか?」
「大丈夫だあって! アンタたちの人数ぐらい平気だって! 親分はそんな細かいこと気にする人じゃないし!」
ボーズ星人たちはコクリと頷き合います。ノアの好意を受け入れることにしたのです。
「決まったな。もう時間がねぇ。俺らが囮になって時間を稼ごう。その間にお前らは逃げるんだ」
バーボンが言うのに、ノアもメルも口もとを引き締めました。
ボーズ長老が、さっきのオルガノッソの居た部屋とは別の隠し扉を開きます。どうやら、入り口を通らなくとも別のルートを使って外には出られるようです。
「ヤツらにここいらの土地勘はねぇはずだ。神殿の裏手を上手く行ければ、敵に見つからずに逃げられる」
「案内なくて大丈夫?」
ノアが心配して聞くのに、ボーズ星人たちはニッと笑います。
「森を歩くのは慣れているボー」
「方向さえ解れば、なんとか辿りつけると思うボー」
ボーズ星人たちが隠し扉からそれぞれ出ていく中、ボーズ太郎だけはグっと拳を握って立ち尽くしています。
「ボーズ太郎! アンタも早くしな!」
ノアがそう急かすのに、ボーズ太郎はイヤイヤと頭を横に振りました。
「わ、我は逃げないボー! ノアやメルやバーボン先生だけ置いてなんて行けないボー!」
「おいおい。狙われているのは、お前らなんだぜ」
バーボンは呆れたように言いましたが、どことなく嬉しそうな様子でした。
「……ボーズ太郎よ。お前がその選択をするというならば我は止めはせぬ。メルメルのことをよろしく頼む。
そして、ノア。ボーズ星人を代表して深く感謝する。色々とありがとう」
ボーズ長老が深々とお辞儀します。ノアはなんだか照れ臭くなって鼻の下をこすりました。
「いいって、はやく行きなよ。気をつけてね!」
ノアはそう言って隠し扉を閉めました……。
ガッガッガという無骨な軍靴の音が幾つもします。雪崩れこむように、ガチャガチャとうるさい音が神殿内に響きました。
脇構えに刀を構えた兵士たち。顔に鬼面をあて、鉄兜をかぶっています。これがジャスト城の兵士のスタイルです。まるで侍のようですが、下半身は旧日本帝国軍の軍服のようで、ひどくアンバランスです。
その兵士たちの後ろからは、赤と青の派手なストライプをした道化師たち。二股に別れた帽子や、長い服の裾にボンボンがついていて、珍妙な白い化粧をしています。楽しそうにスキップしながら、短いステッキをバトンのようにクルクル回していました。これがジャスト城の魔導師です。
兵士と魔導師は、ノアたちを逃がすまいとして周囲を囲います。
「チッ。ずいぶんと大掛かりだな」
自分の予想していたよりも数が多かったので、バーボンは気に入らなそうに言います。胸ポケットの試験管の残数をチラッと見やりますが、この人数を相手にするのは難しそうです。
「ほーほ。やっとこさついたっチョ! エライ歩いたっチョ!」
「んだベー」
入り口のほうから、早口で甲高い声と、のんびりした低い声がします。
兵士たちに比べて軽装で、ノアには見ただけで、すぐに傭兵の類いだと解りました。
早口の甲高い声を出していたのは、背が低く、真ん丸な目。上向いた鼻、出っ歯が2本でた奇妙な顔の小男です。
のんびりした低い声で返事していたのは、背がやたら高く、怒り肩で胴長。つぶってるのではないかというぐらい細い目に、しゃくれた顎から下の歯が2本とびでています。
見事に対象的な二人は、ノアたちに向かってきました。小男はチョコチョコと忙しない足取りで、大男は大股でしたか一歩を進むのに時間がかかります。
「ついに見つけたチョ! 怪盗“モア”!」
小男がノアを指さしながら言います。ノアはあんぐり口を開きました。
「怪盗“モア”だぁ?」
「そうだチョ。ジャスト城の国宝エルマドールを奪おうとした極悪人モアだっチョ!」
ノアの顔がみるみる赤くなります。怒りに震えました。
「誰がモアだ! アタシはノアだ! アタシはそんな絶滅した怪鳥みたいな名前じゃない!!」
小男は目をパチクリさせました。やっと追いついた大男のほうが、なにやらポケットから紙切れを取り出して開きます。
「アホン。そうだベー。怪盗“ノア”になっているベー」
「なにチョ? ダラ! お前がモアだって言ったっチョ!」
小男アホンがツバを飛ばしながら、大男ダラに掴みかかります。
「読み間違えてたベー」
ダラが、もっていた紙をこちら側に見せます。
幼児でももう少し丁寧に巧く描けるだろうという雑なノアの似顔絵。その下に極悪犯手配書『怪盗ノア(この女、凶暴につき注意)』とありました。
「なんでお前はいつもそうだっチョ! せっかく決めてたのに台無しだっチョ!」
「すまないベー」
漫才のようなやり取りにノアたちは半ば呆れムードです。
「アホンとダラ。さしづめ、二人合わせて“アホンダラ”だな」
バーボンがタバコに火をつけながら言います。
「ムキー! 合わせるなっチョ!」
アホンが地団駄を踏みました。
「と、とりあえず、モアでもノアでもいいっチョ! 逮捕チョ!」
「よくなーい!」
ノアも抗議の声をあげました。ですが、バーボンがサッと前に進み出ます。
「お前らの目的はノアなのか?」
「? それ以外に何があるチョ?」
ボーズ星人たちが狙いじゃないと知り、バーボンは薄く笑います。
「そうか。秘宝エルマドールの窃盗疑惑が逮捕の理由なんだろ?」
「さっきもそう言ったっチョ!」
「だが、ノアが盗んだって証拠はあんのか? え?」
何か言おうとしたノアの口を抑え、鋭くバーボンが尋ねました。
「し、証拠だ……っチョ?」
明らかにアホンは動揺したようです。バーボンは涼し気に笑いました。
「証拠もなしに、こんな僻地まで軍勢率いて来たってのか。ご苦労さんな話だぜ。これで不当逮捕ってなったら、ジャスト国の威信に関わると思うがいいのかい?」
バーボンの言葉に、アホンは「うっ」と身を引きます。
アホンが大した権力もない下っ端だとバーボンは見越しているのです。巧く話術で丸め込んだ方が、戦うより得策だと考えたのですね。
「ぼ、ボスの命令だっチョ! 逆らえばお仕置きされるっチョ!」
「ボスだぁ?」
バーボンは眉を寄せました。
「なにを悠長なことをやっている?」
アホンとダラの後ろから冷たい声がしました。二人とも青い顔をします。周囲の兵士たちにも緊張が走りました。
「たかだかネズミを捕らえるだけに、こんなに時間と人手がかかるものか……無能どもめ」
この嫌な声に、この嫌味な言い方に、ノアはハッとしました。
「オ・パイ!」
アホンとダラの後ろから姿を現したオ・パイがニヤリと笑います。そして後ろ手に持っている何かを放り投げました。
ドッシーン!!!
それを見て、メルが口元に手を当てて悲鳴を上げます。ボーズ太郎は青ざめた顔でガクガク震えました。
「ひ、ひどい!!」
メルの目尻に涙がたまります。
オ・パイが投げたもの……それはメルシーでした。
ひどくズタボロで、暗い目にはすでに何も映らず、舌がダラリと飛び出ていました。完全に意識を失っています。腕や体に巻いた包帯から、それはノアに乳をくれたメルシーに違いありませんでした。
バーボンが義手の付け根をグッと握ります。
「この獣は、私がこの神殿に来るのをなぜか邪魔したのでな。軽く始末してやった」
ノアはギリギリッと歯ぎしりします。
断言はできませんが、もしかしたらオ・パイの危険な雰囲気を野生の勘で察知し、ここに来るのを止めようとしたのかも知れません。それもノアたちのことを思っての行動だった可能性もありました。乳をくれた行動からしても、ある種のそんな仲間意識を持っていたとしてもおかしくはありません。
「ボス! お仕置きは勘弁だっチョ!」
「べ、べー」
アホンもダラも萎縮してしまいます。ですが、そんな部下にオ・パイ目もくれません。
「最初から期待していない。だから、私が直々に来たのだ」
オ・パイが静かに進み出て、ノアの目の前に立ちはだかります。メルとバーボンをチラッと一瞥しました。
「ああ! 本丸がでてくるとはな!! くそったれ! 先手必勝だぜ!」
戦うしかないと判断したバーボンがまず仕掛けました! ありったけの試験管を投げつけます!
「危ないチョ!」
アホンは頭をかばい目をつむります。
しかし、なんと一歩前に進み出たオ・パイは試験管をパシッパシッパシッという感じに空中で受け取ってしまいました。それも一つも割ることなくです。
「もう終わりか?」
「なんて野郎だ……グフッ!」
バーボンが振るった鞭を空中で受け取り、腹部に鉄拳を叩き込みます。オ・パイは気絶したバーボンの胸元に、試験管を戻す余裕も見せています。
「バーボンさん! 『轟き叫ぶ大気、我呼ばわるは聖なる雷光。……ライトニング!!』」
メルが雷の魔法を放ちます。これはメルが持つ最強の魔法です!
稲光を伴い、雷の柱がオ・パイにめがけて落ちました!
「ちゃいゃあッ!」
「え!?」
オ・パイは高く跳び、雷の柱を蹴りつけます! 垂直に落ちてきていた雷は、オ・パイに蹴り上げられることで、あらぬ方向に飛んで天井に大穴をあけました。
何事もなかったように、オ・パイはその場にスタッと着地します。
メルは精神力を使い果たし、その場にくずれ落ちました。
「『レッド・スティール!!』」
ノアは、倒れているバーボンとメルに駆け寄りたい気持ちを抑えつけながら必殺技を放ちました。バーボンとメルに気をとられている、今しか隙をつくチャンスがないのです!
「……遅いな。まるでスローモーションだ」
オ・パイがランニングでも始めるかのように、タタタン! と、床を蹴ったかと思うと、ノアの高速移動に追いつき、ノアのダガーをヒョイッと取り上げます。
「そ、そんな! 盗賊のアタシのスピードに追いつくなんて!」
武器を取られてしまったノアはガクリと膝をつきます。スピードを生かせなかった城内ならともかく、こんな広い場所で、必殺技を使ったトップスピードでの速さで負けたのです。
「……いくら早かろうが、ネズミはネズミに過ぎんのだ」
オ・パイは見えないほど速い手刀で首筋を叩きます。ノアはその場に倒れました。
「み、みんなボー! ボー!」
戦う手段を持たないボーズ太郎はオロオロとします。
オ・パイは憎悪を込めた目でボーズ太郎を睨みつけました。尋常じゃない殺気に、ボーズ太郎は気圧されてヘタリこみます。完全に戦意喪失です。
「……くだらん。肩慣らしにもならん」
オ・パイは鼻を鳴らし、三つ編みをブンと後ろに払いました。そして、クルリと踵を返します。
「全員、城に連行しろ。戻り次第、裁判開始だ……ククク」
アホンとダラの間を通り抜け様にそう命じます。そのままオ・パイは神殿をスタスタと出ていきました。
倒れたノアたちを見ていたアホンとダラは、ゴクリと息を呑みます。
時間にして、全部を合わせても1〜2分にも満たない戦いでした。いや、オ・パイからすれば戦いなんて呼べる代物でもなかったのでしょう。
「……あ、相変わらず恐ろしい人チョ」
「……そうだべー」
メルシーに、倒れている3人と、戦意喪失した1人。これをオ・パイだけでそうさせたのです。アホンもダラも単なる飾りにすらなりません。
勇猛果敢なジャスト兵士たちですら、恐怖に震えるあまりカチャカチャという音をさっきから鳴らせていました。
「さ、さっさと城に戻るチョ! お前ら、手伝うチョ!」
これ以上の失態はできないと、アホンとダラはそそくさと、気絶した4人を担ぎ上げる担架を兵士たちと一緒に探しに行ったのでありました…………。




