第二十四章 滅びを纏う者
ジャスト城下町では、種族の違いを越えて、大きな宴会が催されていました。
エルジメン橋から、ジャスト城に通ずる大通りに、ありったけのテーブルがズラーッと並びます。そして、料亭から、八百屋から、宿場から、各家庭から…倉庫にある全部の食料が引っ張りだされてきます。主婦たちが、あーでもない、こーでもないとお喋りし、大笑いしながら腕を振るいました。
「どんどん持ってきて! うちの大飯食らいなんて、こんなもんじゃすまないわよ!」
腕まくりしたシーラが、大きなヘラを片手に大鍋をかき混ぜます。テキパキと指示する様は見事です。
救いの小屋から来た魔物たちが、リッケルと共にお手伝いしますが、食材を手にして一列に並んでいる魔物の姿に、人々はギョッとします。デス・コマンダーにニッと笑いかけられ、主婦の1人が「うーん」と気絶しちゃいました。
「うーむ。なかなか難しいものですわね。包丁など初めて触ります」
ジャスト王妃とマレルもお手伝いしているのですが、悪戦苦闘しています。見かねた主婦の一人がアドバイスしてくれ、王妃もマレルも真剣な表情で聞き入ります。
「おらー! いくよ、ウィリアム!」
「ギー!!」
ステラが野菜を放り投げると、ウィリアムが器用にハサミをチョキチョキさせて切りました。落ちた材料が見事に鍋に落ちていきます。
「…鍋ですか。やはり、タラもどき。いや、アンコウもどきも捨てがたい」
コネミは鍋の前で、自分が釣った魚のどちらを入れるか頭をひねっていました。
「ニャー! そのまま食べても美味しいニャー!」
「い、いかん。ミャオ…。生で食べるなど、お腹を壊してしまうではないか」
ニャハハと笑うミャオに、ドレードが心配そうな顔をします。
「チョー! ダラ、傾いているチョ!!」
「んだかー?」
重そうなツボを2人がかりで抱えて運んでいるアホンとダラですが、ダラの方が背が高いのでツボが傾いてしまっています。
「そっちが合わせるチョ! ちょっと屈めチョ!!」
「わかったベー」
そう返事をして、ダラが思いっきりしゃがみます。バランスを崩し、ツボはガシャンと落ちて割れてしまいました。もの凄い異臭を放つ物が2人にかかります。
「ぐえー!! なんだこれはチョ!?」
たまらずアホンは悲鳴をあげます。周りにいる人々も迷惑そうな顔をしました。
「なにをやっとるきゃぁああー!!! ワシの大事なメルシーの乳を!! よくも!!」
クラレの長老が怒り、杖を振り回してアホンとダラをポカポカと打ちます。たまらず2人は逃げ出しました。
「ガッハッハ! めでたい日だぜ、こう王様と盃を交わす日がくるとはよぉ。うちのノアが活躍したおかげだな!!」
「いや、まったく。我が子レイが並々ならぬ働きをしたと聞いておるしな」
向かい合わせに座ったバッカレスとジャスト王が、笑いながら酒をあおります。
「…いや、それでもあれだな。うちの“ノア”が魔神バルバトスを倒したからこそ、だな」
「…うむうむ。いや、だがしかし、我が子“レイ”が活路をひらかねば…そもそもスタッド殿にも会えなかったと聞くぞ」
笑顔のバッカレスとジャスト王ですが、その交差する視線からはバチバチと火花が散っています。
「うちのノアが…」
「我が子レイが…」
ズイズイッと2人が顔を近づけてにらみ合います。笑顔こそは崩しませんが、その額には青筋がいくつも立っていました。
周囲の盗賊たちや、兵士たちはハラハラしながらその光景を見やっています。
「ん? おや、シャリオくん。顔がちょっと赤いようだね」
側でご馳走を頬ばっていたシャリオを見て、ファラーが首を傾げます。
「あら、これは…ワインですわ!」
長女アルマがシャリオのグラスに注がれていた飲み物を見て目を丸くします。
「だ、誰だ! こんな子供に酒だしたの!」
次女フェルデが慌ててシャリオからワインを取り上げます。しかし、すでにシャリオは半分以上を口にしていました。
「ワハハハハ! ボクは恐怖の大魔王だぞー!!」
赤い顔をしていきなりそう叫び出すシャリオに、さすがの大司教もあんぐりと口を開けました。
「うっふん。まずいですこと。完全に酔っぱらってますわ。シャリオちゃんの魔法力だと…」
三女グリムアーが指をくわえながら深刻そうな顔をしますが、色っぽい仕草に変わりありません。
「…魔法使われたら…大変」
四女エカテナが、シャリオに集まる魔法力を見てメガネをカチャリとあげます。
「アハハハ! パパと私たち全員でも止められるかなぁ?」
五女テーテが笑いながら言いますが、事態は深刻です。シャリオに魔法力が集中します。
「や、やむをえん! シャリオくんに睡眠魔法を!」
ファラーが魔法を詠唱しだすのを、神官長アングリーが前に進み出てやんわり止めます。
「猊下。ワシにここは任せてつかぁさい!」
アングリーはおもむろにシャリオに近づきました。
「グハハハ…。愚かな者たちよ。消え去れ!!」
シャリオが魔法を使おうとする瞬間、アングリーはシャリオを抱きしめました。
「ねーむれー!! ねーむーれーー! よい子はーおねんーねえぇいっーー!!!」
アングリーが怒号します…。いえ、それは歌でした。とても音痴で、ひどい音量で、誰もが耳を塞がなければならないぐらいでしたけれども、ノリノリのアングリーにとっては歌なのです。シャリオの頭がガクッと下がりました。
「…ふう。これで一安心ですな! 無事、寝かしつけましたぞ!」
ニカッと笑うアングリーに、その一部始終を目撃していたボーズ太郎はポツリと言いました。
「…気絶しただけだと思うボー」
そんなシャリオたちの席からちょっと離れた所では、メルが皿にいくつか料理をもらってきている姿がありました。
「はい。お父さん。あーん」
ニコッと笑い、フォークで刺した肉をメルが食べさせようとします。
隣に着座しているオ・パイは、硬直した顔のまま口をあけました。もともと無表情ですが、心なしか少し赤面しているようです。
「どう? 私がお母さんに教えてもらって作ったの。美味しい?」
メルが尋ねると、オ・パイはチラッと、どんどん料理を作ってるシーラを見やりました。
「…母さんと同じ味だ。フッ。メルメルも腕をあげたな」
オ・パイがそう褒めるのに、メルはとても嬉しそうな顔をします。
「メル! お、俺にも…あーん、を!!」
2人の後ろから、レイが鼻息荒く登場します。メルが振り返る前に、オ・パイの裏拳がドカーンッ! と炸裂しました。
「うぎゃー!」
クルクルと、後ろの繁みに吹っ飛んでいくレイです。
「え?」
メルが振り返ると、そこにはもう誰もいませんでした。メルは首を傾げます。
「…いま、誰かいませんでした?」
「さあな」
オ・パイは肩をすくめ、皿の料理をもくもくと食べました。父の態度が変だと思いながらも、メルは繁みを見やり、もう一度首を傾げます。
「…全治3日ってとこだな」
「うう。メル……」
木に激突してタンコブを作ったレイを見て、口に肉団子を放り込んでいたバーボンが笑いました。
「王子よりも、自分の娘が大事か。やっぱり人の親ってことかねぇ…。俺も殴られねぇよう気をつけねぇと」
「へ?」
バーボンが意味深なことを言うのに、ひっくり返ったままのレイがキョトンとします。
バツが悪そうにバーボンは頬をポリッとかいて、それからレイに向かって傷薬を放り投げました。
「なんでもねぇよ。薬代はツケにしといてやるぜ」
手をヒラヒラとさせて行ってしまうバーボンでした。それを追いかけようとレイが足をバタバタとさせますが、木が揺れたせいで、上にあった鳥の巣が落ちてきてレイの大事な部分に直撃しました。
「うぐおッ…!」
レイは股間を抑え、悶絶して苦しみます。
盛り上がっている人々の間をかき分け、ノアは小走りに走っていました。
「お! 英雄の姉ちゃん! 握手してくれ! 握手!」
「ゴメン! 後で!」
「主役がどこいくんじゃ? ほれ、お仲間はあっちに…」
「うん! また戻ってくるからさ!」
「ノアちゃん! 唐揚げがあがったわよ! ホッカホカのもっていきなさいよー」
「うーん! …でも、また取りにくるから! おばちゃん、皿にとっといて!!」
酔っぱらいやら、お節介なおばちゃんなどにからまれますが、ノアはその度に愛想笑いをしてかわしていきます。
見知らぬ人ばかりでしたが、ノアを見つける度に声をかけてくるのです。つい唐揚げの香ばしいニオイには立ち止まってしまいそうになりましたが、それでもノアには唐揚げ以上に大事なものがあるのです。
街の裏通り、エルジメン橋、盗賊の森なども見て回りましたが…どこにも目当ての人はいません。ついにノアが行き着いた場所は、ジャスト城跡。あの魔神バルバトスを倒した場所です。
「…はぁ、はぁ。ようやく、見つけた」
瓦礫の山の上で、風に吹かれてたたずむスタッドです。
その瞳は何やら憂いを帯びていました。しかし、ノアはそれには気づかずに高鳴る胸をおさえながら近づいていきます。
深呼吸を何度も繰り返します。鼓動が早いのは、走ってきたからだけのせいではありません。
「す、スタッド! は、話が…!!」
ノアが思い切ったように口を開きます。その顔は真っ赤でした。そうです。いまこそ、告白の時だと考えたのです。
「…ああ。ノア」
スタッドはゆっくり振り返って、優しく微笑みます。そして、瓦礫から降りて来ます。
「あ、あのさ!」
「これをどう思う?」
ノアの言葉をさえぎるかのように、スタッドは難しい顔をして何かを指さしました。
出鼻をくじかれたノアはもどかしそうに口をモゴモゴとさせます。
「…はあ。これって?」
ガックリと肩を落とし、スタッドに尋ねます。スタッドは見てみろと言いたそうに肩をすくめます。ノアはチラッとスタッドの指す方向を見やりました。
「…魔神バルバトス?」
ノアは怪訝そうな顔をしました。そこには、ノアたちが倒した魔神バルバトスの亡骸が横たわっています。
すでにバーボンは生命反応がないと宣言していますし、もう動き出すことがない以上は脅威ではありません。今更これがどうしたというのでしょうか。
「ああ。こいつがこのままだと、新しく城が建てられないのを心配しているの? 大丈夫でしょ。王様とか偉い人たちが何とかするんじゃないの?」
我ながら無責任だなぁと思いながらも、ノアはそう言います。でも、ノアたちはやるべきことはやったはずです。亡骸の処分までやれとは誰も言わないことでしょう。
「…“これ”は、なんだい?」
スタッドはジッとノアを見つめて言いました。ドキンとノアの胸が大きな音で高鳴りましたが、余りにスタッドが真面目な顔をしていたので、ちょっと困ったようにしながらノアは考え込みます。
スタッドがこういう顔をするということは、何か別の意図があるのだと思ったのです。
「…魔神…だよね?」
ノアがようやく導き出した答えはそれでした。あまり自信がないので、ちょっと小声です。
「…そう。人知の及ばぬ“神”だ。破壊の化身、魔神となりはてたとしても、彼はこの世界の“神”に違いない」
スタッドがそう言うのに、ノアは振り子のように頭を左右に揺すりながら難しい顔をします。
「うーん。スタッドが何が言いたいのかわかんないよ…。“魔神”って名乗っていたんだから、そんなの当然じゃん。それが本当かどうかは本人しか解らないだろうけどさ」
何を当たり前の事を言っているのだろうと、ノアはちょっと腹だたしくなってきます。他にもっと話したいこたがあったのだから当然です。
ようやく魔神を倒して平和になったんだから、もう少しロマンチックな話をしてもいいじゃありませんか。そうノアは考えていたのですね。
「だからだよ。…僕は魔神バルバトスが暴れ始めてから、ずっと疑問に思ってきた」
「疑問?」
「なぜ、魔神は20年前に唐突に現れて僕らを襲い始めたのか。なぜ、ボーズ星人たちはその危機に気づいて聖剣エイストやノアの方舟を隠して封印しておいたのか」
スタッドは聖剣エイストを取り出します。その輝きは全ての真理を知り得ながらも沈黙を守っています。
「…僕は、全ての謎の答えはボーズ星人が退化を選択したことにあると考えている」
ノアはボーズ太郎たちの顔を思い浮かべます。のほほんとした彼らの顔からは、そんな大層なものは見いだせそうにありません。
「そしてその答えの一端を…この魔神バルバトスが握っているかも知れない」
スタッドは魔神バルバトスの亡骸を見やり、近づいていきます。
「え? 危なくない?」
死んでるのに何が危ないのかノア自身が解っていませんでしたが、それでも何だか近寄るのは良くない気がしたのです。
「でも、そこに秘密の答えがあるかも知れない…」
スタッドの考古学者としての好奇心が、不安や恐怖よりも勝っているのでしょう。その歩みを止めることはありません。
仕方なく、ノアも恐る恐る後ろに続きます。背中越しにその気配を感じて、スタッドは小さく笑ったようでした。
近づくと、魔神の大きさを改めて知れます。こんなものと本当に戦っていたのかとノアは自分で自分を信じれないような気持ちでした。
「顔の方に行こう」
スタッドが指差し、大きく側面を回り込んで行きます。
頑強そうな鉄仮面。どこでどうやってこんな大きな鉄の塊を誰が加工したと言うのでしょう。スタッドでなくとも、確かにそれは疑問に思うことでした。
「…焼けてる」
あまり直視したいものではありません。ノアからすれば本当はこの辺でやめて置きたいところでしたが、呼びかけてもスタッドは「そうだね」なんて言わないことは解っています。
無意識のうちに腰のダガーに手をかけ、何かあっても即座に動けるようノアは少し腰を落とします。
「……仮面の下に何があるのだろう」
その半分焼け焦げた仮面の下…魔神バルバトスの顔に手を触れようとした瞬間でした。
「あ!?」
成り行きを見守っていたノアが思わず声をあげました。そして、スタッドが目を丸くして立ち止まります。
「…消えた?」
そうです。あの巨大な魔神バルバトスの身体が…スタッドが触れようとした瞬間に、忽然と音もなく消え果ててしまったのです。
あまりの事に、2人ともしばらく動けなくなります。
「なんだ。これは…」
「『秘密を知られたくない者が、証拠を隠蔽したのだ』」
ノアとスタッドが驚いて振り返ると、そこにはシャリオが立っていました。例の如く、青白く輝く瞳の状態です。
「…シャリオくん。君はいったい?」
「『断言しよう。魔神バルバトスはこのままだと再び復活する』」
問いかけには答えませんでしたが、スタッドもノアもその言葉に衝撃を受けます。
「復活って…。せっかく倒したのに!? ど、どうやって!?」
「『…あれぐらいの傷ならば、本来の生命力で癒せる。この戦いを不利と見たがゆえ、一時的に死んだように見せかけたに過ぎぬ』」
それを聞いてスタッドはハッとします。そしてしばし考え込みました。
「そうか! …だから、ずっと違和感があったんだ。仮にも“神”だ。いくらあれだけの攻撃を受けたからといって、あんなにあっさり倒せるなんておかしい」
シャリオはコクリと頷きます。そして、おもむろに魔神バルバトスがいた場所を指さします。
「『だが、ヤツが手を下さなければならぬ状況を作り出した。“事象の彼方”に隠れ、自らを“創造主"と傲っている者のな』」
シャリオが何か魔法を唱えました。すると、魔神バルバトスが消えた場所から1本の細い光の筋がのびて天を穿ちました。
「『今ならば、私の力で追跡できる』」
ノアとスタッドは顔を見合わせました。しかし、お互い確認するまでもなく気持ちは同じです。
「この先に…本当に悪いヤツがいるんだな?」
シャリオは重々しく頷きます。
「なら行こう。そいつをぶん殴りに! それで、もうそんなことは止めさせてやる!!」
そう鼻息荒く言うノアに、シャリオは一瞬だけ呆気にとられた顔をします。しかし、すぐにフッと笑いました。
「『そうか…。だが、どうやら行くのは私たちだけではなさそうだ』」
シャリオがそんなことを言うのに、ノアは小首を傾げます。
「ノア! 俺たちも当然行くぞ!!」
シャリオの後ろから声がしました。ノアは自分の目を疑います。そこには、レイやメル、ミャオやバーボン、オ・パイにボーズ太郎までもが勢揃いしていたのです。
「み、みんな! どうして!?」
「…違和感、だ」
オ・パイがそう呟きます。そして、スタッドと目が合うとニヤリと笑いました。
「誰もがこれで終わったと感じていない。それは真実だ…」
「ボーズ長老!?」
ボーズ星人の長老が、皆の間をすり抜けて姿を現します。その視線はシャリオに向けられていました。そしてそれに応えるようにシャリオは静かに頷きます。
「『これで役者は揃った…。では、行こう。この悪夢を終わらせるために!!』」
シャリオが人差し指を立てると、側に停めてあったノアの方舟が自動的に動き出しました。
そして、光がノアたちすべてを包み込みました……。
☆☆☆
果てしない闇。その闇に光り輝く無数の星々。それは宇宙でした。
いつの間にか方舟に乗り込んでいたノアたちは、そんな宇宙の中を猛スピードで進んで行くのです。
「ど、どわわ! ぶつかる!!」
一際、大きな彗星にぶつかりそうになって、ノアを始め皆が思わず目をつむりました。
しかし、いつまでたっても衝撃が来ません。気づいたら、彗星の横をすり抜けていたのです。
「これは…転送魔法? でも、どこへ?」
メルが尋ねますが、舳先に立つシャリオはこの不思議な魔法を維持するのに全神経を集中しているようで答えてはくれません。
「…“事象の彼方”と呼ばれる場所だ」
なぜか、ボーズ長老が知った顔で答えます。ノアはついボーズ太郎の顔を見ますが、ボーズ太郎は何も知らないようで首を横に振りました。
「言葉で説明しても解らぬだろう。あれを見るがいい…。あれが、我らの住んでいる場所だ」
ボーズ長老が、進んでいる方向とは真逆のほうを指さします。
見やると、小さな蒼い光があることに気づきました。蒼く煌々《こうこう》と輝く美しい星なのです。
どうやら光の柱のようなものがそこから立ち上り、ずっとノアたちがいまいる場所まで延びてきているようでありました。光の筋道からしても、自分たちがそこから来たのであろうことは解りました。
「おいおい。冗談だろ…。頭がおかしくなりそうだぜ。あんな丸いところに俺たちが住んでいたってのかよ」
バーボンが苦虫を噛みつぶした顔で頭をかきました。
他の皆も、自分のイメージしていた平らな地面と違っていたせいで戸惑っています。自分たちの住んでいた場所が、空に浮かんでいる星と同じものだなんて誰も考えたこともないのだから無理もありません。
「我らはあの星の大陸の一部に住んでいたに過ぎぬのだ」
ボーズ長老が指さすところは、星のほんの隅の部分です。地表よりも海の方が広大で、ジャストからランドレークまでが、宇宙から見ると目と鼻の先ぐらいしか離れていません。すぐ隣という感じではありませんか。あれだけ苦労した道のりだっただけに、ノアたちは愕然とします。世界は自分たちが知るよりもっともっと、ずーっと広かったのです。
「な、なんでそんなことを…長老が知っているボー!?」
ボーズ太郎は両手を振り回して、ボーズ長老に尋ねます。
「…気が遠くなるほどの昔のことだ。我々はこのノアの方舟に乗って、あの『第2の蒼き星』までやって来た」
遠い目をして言うボーズ長老に、誰もが目を丸くします。
「第2…? ということは、第1の蒼き星というのがあるのかい!?」
「あった…というのが正解だな」
「では、古代人…ボーズ星人たちは…他の大陸などではなく、他の星から来た者たち…本当に、異星人だったというのか!?」
「我々に“ボーズ星人”というは正しかったということかボー!」
ボーズ長老はコクリと頷きます。
「なるほど! すごいぞ! そうすれば…この方舟が空を飛ぶのも納得がいく!!」
いつになくちょっと興奮した様子のスタッドです。
「そう…。そして…」
さらにボーズ長老が続けようとした矢先、シャリオがクンッと顔を上げます。何かを見つけたようです。
「『狭間の中に巧妙に隠匿されし門扉よ! いま我が名に従い打ち開かれよ!!』」
シャリオの両手が光り輝き、見えない扉を開くように左右に広げられました。誰にも知られぬよう宇宙の闇に隠されていた秘密の部分がいま開け放たれます!!!
“事象の彼方”。
それは強大な魔法の力が生み出した特殊な空間です。常世とは時間の流れが断絶されているようで、早くとも遅くとも、いや、むしろ止まっているようにさえ感じられる不可思議な時間の流れが漂っています。
ノアには、そこは生き物が存在していて良い場所ではないように思われました。
近くて遠いような距離感。いえ、むしろ距離なんて概念すら存在しないのかもしれません。
風景は白くも黒くも見えます。いえ、むしろ色なんてないのかも知れません。
外側なのか内側なのか、いや、そう自分の脳が類推しているだけなのかも知れません。
全てが真実のようであり、全てが偽りのようである、まるで不確かな感覚しかないのです。ただ漠然とした“自分”だけを感じています。
「…なんだあれ?」
自分の声も、まるで他人の物のようです。自分が言った声という感じがしません。水の中で放った時のような鈍いような、くぐもったような音なのです。
「あ…。オルガノッソ?」
ノアの近くを、オルガノッソが流れていきました。膝を屈め、クルクルと不確かな空間を漂っています。
ああ、きっとボーズ音頭でこんなところまで飛ばさされてきたんだな…そう、ノアは思いました。
「『しっかしろ! いま、空間を固定する!!』」
シャリオの怒声が響きました。次の瞬間、あやふやだったノアの周りがハッキリと実体化します。
海の中にいて、一気に海の水が引いたようなイメージです。
「ッ!? あ、な、なんだ!?」
ノアが意識をハッキリさせようと頭を振ります。
辺りを見ると、皆がいました。ノアと同じで今まで夢の中にいたような顔つきです。
「…いけないですねぇ。これはいけない」
甲高い声が響きます。ノアたちはハッとその声の方向に向き直りました。
そこは、ひらけた空間でした。宇宙の闇にぽっかりと浮かんだ不可思議な世界。宇宙の中だと思われるのに、ちゃんと立っていられるのが不思議です。
そんな中に魔神バルバトスがいました。顔が焼け焦げた姿のままで、両手首を光る輪に固定されて中空にぶら下がっています。
「顔面から胸元までの外傷に加え、魔力供給経路の破損。それだけでなく魔力炉自体にもダメージがあるとは…。修復まではかなりかかりますねぇ。まったく困ったものです」
ボードを片手に持ち、それに何やら記入しながらブツブツと呟いて、魔神バルバトスを見やる白衣の男がいました。
「古き友… カムナシ」
ボーズ長老が一歩進み出てその名を呼びます。
男がゆっくりと振り返りました。白髪混じりの鼻メガネ。かなり年がいっているようにも、また若いようにも見える奇妙な顔つきです。
モゴモゴと口を動かすと、まさにジロリといった感じてノアたちを見やります。
「…これはこれは。珍しい客人ですねぇ。ようこそ、私のラボに」
ニコリと笑い、胸に手を当てて、礼儀正しくお辞儀をしてみせます。
しかし、物腰柔らかく見えますが、目だけは少しも笑っていません。重苦しい顔のボーズ長老からして、油断してはいけない相手なのだとノアは思いました。
「…何者だ?」
レイがいつでも剣を抜けるようにしながら尋ねます。
「おやおや。何者だ…とは。君たちの創造主に対して、なんともはや無礼な物言いですねぇ」
カムナシは気取ったように言います。
「創造主!? それって神様ってことボー!?」
もったいぶって頷き、たっぷりと皆の反応を見ながらカムナシは続けます。
「ええ。いかにも…。私こそがデム、ファル、メリンを生み出した神に等しい存在なのですよ」
魔神バルバトスが神だと思っていたノアたちには驚きです。
「で、でも、どう見てもデムの方に見えるのですが…」
メルの言葉にカムナシが硬直します。
確かに見た目は、ノアやレイと同じデムのようです。
「失礼な!! 私は“ヒト”。“ニンゲン”と呼ばれる種です! ホモ・サピエンスという高等種族! デムのような猿を進化させた亜人などと一緒にされるのは心外ですねぇッ!」
激高するカムナシに、メルはキョトンとした顔をします。
スタッドは何かに気づいて考え込みます。
「“ニンゲン”…! 確か、ラグナロク遺跡でその言葉を見つけた記憶がある。確かボーズ星人たちが退化する以前の古代人の名前だ!」
スタッドが言うのに、ボーズ太郎とボーズ長老に皆の視線が集まりました。ボーズ太郎は何のことか解らずに目をパチクリとさせています。
「…そう。カムナシと我らは同じ種族。かつて『地球』と呼ばれる蒼き星より、この第2の蒼き星『天球』へと移住せし流浪の民」
ボーズ長老が遠い目をしてそう呟きます。カムナシがボーズ長老の前に立ちました。この2者が同じ種族とはとても思えません。
「懐かしい話ですねぇ。何百年も昔のことです」
カムナシがそう言うのに、ノアたちはあんぐりと口を開きました。
「何百年…って、アンタいったい何歳なのさ!?」
「は! そんな事はとうの昔に数えるのを止めてしまいましたよ。無限の命を持つ私には無意味なことなのです。そちらのボーズ星人も同様ですがね」
ボーズ長老が気に入らなそうに首を小さく振りました。誰もが事情を飲み込めずにいます。スタッドだけが知ったような顔でカムナシを見やります。
「…ノアの方舟、聖剣エイスト。これらは、あなたがもたらしたものなのか?」
「いかにも! 考古学者スタッド。これらは私たちがこの天球にやってくる時に用いていたものです。
ノアの方舟とは“星間航行船”であり、聖剣エイスト…と君たちが呼ぶものは、正確には“エートス”が正しい。意味は“出発点”やら“特性”など色々な意味を含ませたものですがね…」
ボードに綴りを書き、長い月日のせいで読み方が変化した理由などの考察をカムナシは延々と話しますが、ノアたちにはさっぱり何を言っているか解りませんでした。あのスタッドですら困惑しています。
「…であるからして、その聖剣エイストはノアの方舟の起動キーであると同時に、未確認の異生物と対峙したときの緊急対抗兵器の1つなのですよ」
一通りの説明を終えて、満足気なカムナシでしたが、誰1人とて理解してないのに気づいてコホンと咳払いしました。
「よろしい。ここまで来た君たちにご褒美です。私たちのことを教えてあげましょう」
カムナシがパチンと指を鳴らすと、辺りがより暗くなり、大きなボードのようなものが降りてきました。ノアの方舟にあったコンソールパネルのようなものです。そこに映像が映し出されます。
『…かつて私たちは地球という星で、万物の頂点として君臨していました』
どこからか聞こえてくる女性のナレーションと共に、蒼い美しい星が画面に現れます。
『しかし、人類は傲慢でした。文明の発展に伴う環境破壊はとどまることを知らず、人類の存在が地球を死にへと追いやっていたのです。
いつか科学こそが地球を再生させる。そう人々は信じていました。そして決して己の所業を省みることはなかったのです…』
多くのニンゲンがその資源を食い尽くす映像が流れます。
『…ですが、そんな輝かしい未来は訪れることはついにありませんでした。愚かな科学万能主義により、ついに我々は地球のエネルギーを枯渇させてしまったのです』
地球が赤茶色に、生物の住めない死の惑星へと変わっていきます。
『困った我々は、ニンゲンという種の存続のため、第2の地球を探すべく宇宙船を飛ばす計画を立てました。
それには有能な科学者だけでなく、地球上に住んでいたいくつかの動植物も共に乗りこんだのです。
その宇宙船は、神話に残る大洪水から生き残った人々や動物にあやかって、“ノアの方舟”と付けられました』
画面に、地球を旅立つノアの方舟。そしてそれに乗るニンゲンやネコ、ウサギ、サルといった動物が映し出されます。
『…気の遠くなるほど長い長い航行の末、ようやく地球とほぼ同じ環境の星を見つけました。それを第2の地球として、“天球”と名付けました。
しかし、その天球に辿り着いてみると、すでにいくつかの生命体がいたのです…』
「…天球は、“神王”と呼ばれるニンゲンを越える超生命体。そしてメルシーなどの原生種の魔物たちが住んでいた。
そこは我々が築いた争いの文明とは異なり、全ての動物の言葉に通ずる神王を中心に全てが平和に治まっていたのだ」
ボーズ長老がそう言うと、カムナシはわずかに目を細め何か小さな装置を操作します。映像が一時的に止まります。
「…神王は、私たちを快く受け入れてくれました。そして、ラグナロク遺跡で共存する契約を結んだのです」
ナレーションの代わりに、カムナシが語り始めます。
カムナシが装置を動かすと、黄昏の中でニンゲンたちと神王らしき巨人が契約を交わしている映像が流れました。
「神王。それは全ての生物と会話できる生物たちの頂点…私はすぐに、ソロモン72柱の“悪魔バルバトス”を思い起こしました。そこで、私は神王と呼ばれていた存在にバルバトスという名を付けたのです。
バルバトス、ラグナロク、ノアの方舟などは私たちニンゲンが用いていた言葉ですよ」
カチャリとメガネを上げて笑うカムナシに、ノアたちは嫌な印象を覚えます。
「その神王…が、魔神バルバトスだと言うのか?」
レイが魔神バルバトスを見やって言います。ボーズ長老が忌々しそうに拳を握りしめました。
「…我々が退化を選択しても忘却したかった記憶。移住してきたニンゲンの中で、カムナシだけが圧倒的な科学の技術に取り憑かれ、神王や我々を裏切ったのだ」
「裏切った? いいえ。君たちが素晴らしき科学を封印して、無知蒙昧な原始時代の生活に戻るといった愚かな選択をしただけですよ」
ボーズ長老とカムナシの視線が強くぶつかり合います。
「『私は裏切られたとは思っていない。だが、全ての命を危機にさらす真似はもはや許せぬ!』」
煌々《こうこう》と光輝く瞳をしたシャリオが前にでてきます。シャリオを見て、カムナシはわずかばかり身を引きました。
「これはこれは。“神王陛下”。やはり、貴方様でございましたか」
カムナシはわざとらしいお辞儀をしてみせます。ノアたちは驚いてシャリオを見ました。
「シャリオが…神王!?」
「『カムナシは私の身体を、科学の力とやらで乗っ取ったのだ。そして、あのような“破壊の魔神”して作り替えてしまった!』」
シャリオが魔神を指差します。
「『カムナシの野心に気づいた私は、この精神だけをファルの少年に逃がし、意識と限られた一部の神力を保ったのだ』」
これがシャリオが巨大な力を秘めていた理由だったのです。時折、口調が違っていたのは、神王の意識が表に現れていたからだったのでした。
「…神王の加護どころではなかったな。神王本人がランドレークのあの小屋にいたとは。ビシュエルが手も足も出せなかったわけだ」
オ・パイがそう言うのに、シャリオ…いえ、神王も頷き返します。
「『成長しない身体。永遠の孤独という代償を、この子供に与えた私の罪は大きい…。
だが、それでも私はこのニンゲンの男を止めなければならなかった。天球とニンゲンたちが名付けた、この蒼き星を護るために。それが神王である私の務めだ!』」
カムナシはニタリと笑います。目の奥に仄暗い闇が宿るのを見て、ノアは背筋にゾッとしたものを感じました。
この男の目は生命を見ていないのです。自分たちをまるで道具か何かのようにしか感じていないようなのです。
「…神王もボーズ星人も全く愚からしいですねぇ。強大な力を用いながら、それを正しく用いずに平和を為そうとは。
世界は絶対的な力によって統治しなければなりません。この天球に存在する魔法の力、そして私たちニンゲンがもたらした科学力。この2つを融合した完全完璧な力によってこそ平和が成り立つのです!!!」
魔神バルバトスをバックにして、カムナシが両手を広げます。
「何を言ってるんだ! その魔神バルバトスがアタシたちを滅ぼそうとしたんじゃないか!!」
ノアの怒りに、カムナシは目を丸くします。
「はい? ああ…。いえ、滅ぼしなんて恐ろしいことはしませんよ。恐怖です。圧倒的な恐怖を与えるのが私の目的だったのです」
「恐怖…ニャー?」
ミャオがビクビクしながら尋ねます。本能でカムナシに異常性に気づいているのです。
「私は地球での失敗をくり返すつもりはありません。地球での失敗は、結局のところ、人々の醜い浅ましい争いこそが原因です。
ニンゲン同士の愚かな戦争。それがやがては科学の急激な成長を促したと共に暴走を招いたのです。
全ては絶対的な力による統治がなかったからです。科学を用いる以上、人々は論理的に自らの社会を見つめるべきでした」
先程のナレーションにあったのとは少し違う内容をカムナシは語ります。本人の持論は別だということでしょう。
「私はこの天球に至り、ニンゲンであることを止めて退化を選択したボーズ星人たちとは袂を分かちました…」
カムナシの暗い目が、ボーズ長老とボーズ太郎の間を行ったり来たりします。居心地が悪そうにボーズ太郎はモゾモゾとします。
「科学を失って進化はあり得ません。
それを証明するために、ニンゲン代わるニンゲン以外の生命体…連れてきた動物たちを“デミ・ヒューマン”として強制進化させました」
「進化? まさか…」
ノアの絶望したような顔をじっくりとなめるように見て、カムナシはニイッと笑います。その気味の悪さ、底知れぬ悪意は他に例えようもありません。
「ご察しの通り。それが君たち三種族…ファル、メリン、デムの祖先の正体ですよ」
なんと、創造主だなんて名ばかりだと思っていたのに、本当にノアたちはカムナシの手によって生み出されたのです。
直接ではありませんが、彼が手を下さなければファルもメリンもデムも生まれなかったとすると、まさに三種族の生みの親と言っても過言ではないでしょう。
しかし、目の前の男が造物主だというのに、何の尊敬も親愛の念も湧いてきません。むしろ嫌悪感と失望感だけを強く覚えます。
「私は君たちを使い、世界を完全に統治する事を考えました。これは壮大な実験なのです!」
カムナシは狂気を帯びた目で両手を広げました!
まるで実験動物を見るような目に、誰もが不快感を覚えます。
そうです。最初からカムナシはノアたちを対等な存在や、同じ知的生物とすら思っていないのです。そんな相手に親近感を持つことができるわけもありません。
「そして、この魔神バルバトスこそが君たちを恐怖によって導く存在だったのです」
スタッドがしかめっ面をします。
「…それが恐怖とどう結びつく?」
「解りませんか? デムの少女ノア。君は見てきたはずです」
スタッドを無視して、なぜかカムナシはノアを見つめます。
「え?」
カムナシがニタリと笑いました。
「ニンゲンやボーズ星人だけでなく、デム、ファル、メリンの本質…人の本質は、基本的には愚昧に他ならない。
互いに優劣を決めずにはおられず、自分より劣る者は侮蔑する。高慢で奔放で放縦。
人は互いに憎み合い、互いに疎ましく感じ、そして中途半端な感情があるからこそ苦しむ…」
カムナシの言葉に、デムを否定してきたファルやメリンを思い浮かべます。排他されて追いやられるボーズ星人たちを思い出します。底辺として扱われていた自らの盗賊業を考えてしまいます。
差別され、罵倒され、否定される…そんな嫌な思いはノアはよく知っていました。
「誰かがこれを管理しなければならない…」
カムナシの手がグッと空をつかみます。
「魔神バルバトス。理不尽な圧倒的な暴力。これに対する人々の反応こそ、私の求めていたものです。
疎まれていたデムが魔神を封印した。そして、魔神バルバトスを倒すのに…人々は種族を越えて絆を結んだ。恐怖こそが人を同じ方向に向かわせるのです」
ノアは嫌なものを感じます。オ・パイは苦々しい顔をしました。
「…そんなもの、恐怖政治と変わらぬではないか」
「そうですね。デムの戦士オ・パイ。だから、君が不本意とはいえ、魔神バルバトスを用いて恐怖政治を展開しようとしたならばそれに協力するつもりだったんですよ」
全てお見通しと言わんばかりに、カムナシは笑います。オ・パイの額に青筋が立ちました。
「…考古学者スタッドが、聖剣エイストを使い魔神を封印したところまでは私の計算通りでした」
カムナシの視線が、聖剣と魔神を交互に見やります。
「しかし、まさかここまで破壊されるとは思いもしませんでしたよ。本来ならば君たちは魔神と相打ちとなり、バルバトスはしばしの休眠につく…そんなシナリオの予定でしたからね」
カムナシの瞳の奥に、チラッと怒りの炎が灯ります。
「……ボーズ星人たちが、自ら封印したノアの方舟の機能まで用いることはまさに想定外でした。
そして、魔神バルバトスを倒しうる力を持つ君たちが生き残ったのもですね。
……ああ、それはとても非常に危険ですともッ!」
カムナシの態度が変わります。殺気に気づいたスタッドとオ・パイがいち早く構えます。
「全てを管理できると思いこんでいることこそ、もっとも危険だとなぜ気づけないんだろうね」
スタッドがそう言うと、カムナシがスッと表情を無くしました。
「恐怖がもたらすのは平和ではない…。ただ深い悲しみだけだ」
オ・パイの言葉に、メルが強く頷きます。
「……はあ。言葉を交わしに来たわけでもないでしょう。これ以上、無駄なお喋りはよしましょう」
カムナシがチラリと魔神バルバトスを見て言います。
「…これ以上、何ができるというのだ? あきらめて降参するがいい。Dr.カムナシ」
「あきらめる? 降参? …クックッ……クヒャーーーッハハハッ!
友よ! 旧き友よ! 私が何の考えもなしに、この事象の彼方にまで君たちを誘き寄せたとでも!?
その勘違い! 滑稽です! 滑稽ですよぉッ!!」
さっきまでの冷静さが消え、いきなり大声を上げて笑いだします。
目をグルリと回し、ツバを飛ばしながら早口でそう言います。
その表情は完全に仄暗い狂気に取りつかれていました。視点が定まらず、耳まで裂けた口の端がピクピクと痙攣しています。
「まさに! 君たち危険分子を、この私自らが下すために…ここに招いたのです!」
カムナシの両肩から、白衣を破り、ズバッと大きな羽根が生えます!
「まさか、自分自身を…」
ボーズ長老が驚くのに、カムナシは人差し指を振ります。
「私はね、常に先を見ているのですよ! 退化などを選択した君たちとは違う! これが真の人類の繁栄の在り方!」
カムナシは魔神バルバトスだけでなく、自らの身体も改造していたのでした。
『傾聴なさい! 我が名は、全世界を統べる新たなる神、“虚神 神無”! さあ、裁きを始めましょう! 下等生物諸君!!』
すでにニンゲンで無くなった虚神カムナシが、空に舞い上がり高らかに笑います!
「アンタが全ての元凶! なら、今度こそが本当に最後の戦いだ!!」
ノアの叫ぶと、皆それぞれ構え直しました!
そうです。これがノアたちにとって、正真正銘のラストバトルなのです!!!