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第二十一章 戦士たちの休息

 魔神バルバトスが完全体になるまで、誰にも手出しできないということで、ノアたちは束の間の休息をとることとなりました。

 釈然としない気持ちもありましたが、それを言い出したスタッド本人が瓦礫にもたれかかって居眠りをし出す有様です。

 魔神の復活までその場にボーとしていても仕方ないでしょう。残された最後になるやもしれない1日を、各自自由にしようということになったのでございました。

 


 ジャスト王が大通りに立ち、不安そうな民たちに語ります。


「見ての通り、英雄スタッドの封印が解かれ、魔神バルバトスが再び世界に災いをもたらさんとしておる!

 しかし、まだほんの少しだけ猶予がある! 今のうちに女、子供、戦えぬ者たちはすぐに盗賊の森か退化の大森林にと避難するのだ!」


 王の言葉に、民たちはお互いの顔を見合わせました。臆病者だった王様が堂々と語っているので、なんだが調子が狂ってしまう感じがしたのです。


「しかし、我こそはと思う勇士があれば、どうか我ら王国騎士団に力を貸してほしい! 強制はせぬ! よく考えて結論を出してもらいたい!」


 何ともしっかりとした身振り手振りで話す父の背中を見て、レイもマレルも我が目を疑っていました。


「ち、父上…」

「御父様は…いったいどうされたの?」


 今まで見たことがない姿なのです。レイたちの知る限りでは、意志薄弱いしはくじゃくでいつも何かに怯えているのが常だったのでした。

 そんな父親の急激な変化に、民だけではなく、身内が戸惑うのは無理はありません。


「これが、本来のジャスト王の姿なのです」


 レイとマレルの間に、王妃がスッと立ちます。その表情はいつもの冷酷な鉄面ではありませんでした。

 まるで恋焦がれる乙女のように、演説し続けている王を優しく見守っています。これにもレイたちはひどく驚きました。王の姿は、王妃の心にも大きな変化を与えたのです。


「これが…本当の父王」


 レイはまだ信じられないように小さく呟きました。


「…そう。これが、20年前に魔神バルバトスと戦おうとした"勇王"なのです」

「パイ?」


 オ・パイがいつの間にか、レイの脇に音もなく立ちます。


「魔神バルバトスと戦おうとしただと? そんな話は聞いたことがない! 父王は…デムは、攻められるミルミ城を見捨てて逃げたんじゃないのか!?」


 レイが訝し気に言うのに、オ・パイは王の背を見続けたまま答えます。


「…四天王が敗れ、ミルミ城が崩壊した時点で、もはや魔神バルバトスを倒す事は不可能であると誰もがようやく理解したのです」


 当時、ファルとメリンの最大の戦力を持ってしても魔神はどうにもならなかったのでした。


「それより以前に、戦う前から、スタッドは正攻法で魔神には勝てぬと悟っていたのです。

 そして魔神に通ずる唯一の手段として、ジャストが保管している国宝エルマドールに封印することを陛下に提案したと聞きます」


 オ・パイの言葉に、王妃も口元に手を当てます。どうやら王妃も知らなかった事実だったようです。


「なら、父上はミルミ城を見捨てたのではなく…?」

「封印が為されるまでは、ジャスト国にあるエルマドールを破壊されては困りますからな。

 そこで、ミルミ城を救援するはずであったジャスト国騎士団をあえて動かさなかったのです。バルバトスに目をつけられぬようにするために…」

「しかし、そんな…。そんなことをすればファルやメリンの信頼は…」

「当然、恨まれるのも覚悟の上でしょう。…臆病風に吹かれ、デムたちは逃げ出したという汚名を着せられるのも耐えてのことです」

「そ、それじゃ…父上は…」

「…ファルやメリンのみならず、自国の民からも向けられる不審と侮蔑の目。それらに耐え続け、さらには魔神バルバトスが封印が己が城に存在しているという重責…」


 魔神の心臓が城にあるなどと知られたら、それこそどれだけ大騒ぎになるか解りません。だからこそ、王は妻や子供にすらそのことを秘密にしてきたのです。


「陛下は孤独でした。その心労たるや想像を絶しがたい。確実にその強靭な精神をもすり減らしたでしょう。

 私が大臣に就任した時には、勇王とも呼ばれた陛下の姿は、もはや見る影もなかったのですからな…」


 オ・パイはギュッと目をつむり、奥歯を噛みしめます。まるで我が身の事のように重苦しい表情です。

 オ・パイが王に厳しい言葉をかけていたのも、その勇王と呼ばれていたかつての王に戻って欲しかったからなのかも知れないとレイは思いました。


「…父上」


 民たちに向かって雄々しく語りかける王。戸惑いの声や、不満の声にも臆すことなく、静かに確信を持って熱心に語りかけます。

 この有事にあって、そんな風に振る舞う王の姿に、民たちの表情に力が戻って来はじめました。

 城を破壊され、魔神バルバトスによってどうしようもない状況に置かれているにもかかわらず、王の口から出る一つ一つの言葉によって、不思議と勇気が湧いてきます。

 自分たちのリーダーがどっしり構えていることが、大きな安心感を民に与えているのでした。

 そして、脇に控える兵士たちも王のために命すら惜しまないような面持ちになっています。仕えることが誇らしいと感じてるとさえ思えてくる様子です。

 これは、ずっとレイが理想として描いていた王の姿なのでした。


「俺の目指す姿が…真の指導者の姿が、こんなにも身近にあったなんて!」


 そのレイの表情に、もはや父を軽視するようなところは微塵もありません。心からの尊敬の念を抱きます。そんなレイに、オ・パイは満足気に口の端だけを笑わせました。


「……こそばゆいぞ。パイよ、古い話はやめぬか」


 演説を終え、振り返った王が苦笑いします。どうやらオ・パイの言っていた言葉は全部聞こえていたようでした。


「申し訳ございません。口を滑らせてしまいました」


 慌ててひざまずくオ・パイです。その姿は忠臣そのものといっても過言ではありません。今まで王を罵倒していたのと同じ男だとは思えない姿です。


「まあ、よい」


 ジャスト王はフッと笑って目を伏せ、それから顔を上げてレイを強い目で見やりました。


「レイよ。お前は…あの魔神バルバトスと最後まで戦う覚悟はあるのか?」


 父王の問いに、レイは軽く息を吸い込み、それから息を止めて大きく頷きました。


「はい。俺は民を…いえ、世界を守りたいです。それが上に立つ者の義務だと思います!」


 レイの言葉に、不安そうなマレルが胸に手を当てます。王妃が目をつむって小さく頷きました。


「…よくぞ言った。ならば、これをお前に託そう」


 王は腰に差してあったジャスト・スォードを鞘ごと抜き外し、レイに手渡します。レイは目を瞬きました。


「お前が果敢に魔神バルバトスに打ちかかるのを見ておった。それを見て私は戦士としての心を取り戻せたのだ。

 そして、すでにお前の剣は私の力量を越えている。ジャスト国の剣の使い手では並ぶ者はおらぬだろう。だからこそ、この宝剣はお前が持っていた方が良い」


 笑う王に向かい、レイはジャスト・スォードをしばし見つめてから、しっかりと恭しく受け取りました。


「ありがとうございます。父上。この不肖ふしょうレイ…。この剣で、ジャスト王家の名に恥じぬよう命を掛けて戦います!!」


 レイの宣言に、民衆が拍手をします。

 驚いて王が振り返ると、ジャスト国の民は誰も逃げ出していませんでした。王が逃げるように言った女や子供たちまでまだいます。

 

「皆…」


 そうです。王家の覚悟が、民たちの心に響いたのでした。生きるも死ぬも、このジャストと共にしようと皆が決意したのです。

 レイの胸に熱いものが込み上げてきます。なんとしてでも、この愛する民たちを守らなければならない、と。




 午後になって、レムジンから元老長ドレードと、メリンの代表ディレアス。そして大司教ファラーなどが兵隊を連れてジャスト城下町にやって来ました。

 デム以外の者たちが公式にやってきたのは初めてのことです。武装したファルとメリンの集団に、誰もがそれだけの異常事態なのだと再認識せざるを得ませんでした。

 ジャスト城跡に、禍々しくそびえ立つ魔神の繭。いつも沈着冷静なドレードも目を見開きます。腰にしがみついているミャオも、ドレードの不穏な様子を見てくぐもった声で鳴きました。


「…クッ、魔神バルバトスめ! ミルミ、レムジンのみならず。ジャストまでも。この大陸に存在する主要都市国家すべてが破壊されるとは!」

「うう、怖い、怖い…」


 ディレアスは耳をペタンと折り曲げ、カチカチと歯を鳴らし、小刻みに震えます。


「なんと強力な魔力でしょうか…20年前とは比べものにもなららない。ロックゴーレムなど、まるでこれに比べれば赤子のようです」


 ファラーも額に冷や汗をかきながら呟きました。


「…ドレード閣下」


 ジャスト王が、ドレードの後ろに立ちます。ドレードは振り返り、わずかに目を細めました。王が何を言うべきか思案しているのだとすでに気づいていたのです。


「……ジャスト王」

「ドレード元老長。私は…」

「…良いご子息を持たれましたな」


 唐突にそんなことを言われ、ジャスト王は口を開いたまましばし止まります。


「レイ…息子が何か?」

「…ええ。過去に縛られていては何も出来ぬ事を、私はレイ王子から学びました」


 息子レイがドレードに高く評価されていることに、ジャスト王は少し驚きます。


「王よ。今考えるべきは、目の前の厄災を払うこと。我々はそのために、ここに存在している」


 続けて語られるドレードの言葉が肯定的だったことに、ジャスト王はホッとしたような顔をします。

 正式な和解ではないのかも知れませんが、とりあえずは魔神バルバトスを倒すために三種族が正式に連携することを了承したのであります。


「しかし、ファル、メリン、デム…この三種族が全て力を合わせたとて、その残存兵力を結集させても、果たして魔神バルバトスに通用するものでしょうか」


 ファラーが暗い顔をして言うのに、ドレードもジャスト王も口をつぐみます。

 ドレードが連れてきた兵士たちもロックゴーレムとの戦いによって少なからずダメージを負っていました。数自体も、レムジンが本来持つ兵力の5分の1にもならないでしょう。

 ロックゴーレムを相手にしても、レムジン全兵力をもってしてもどうにもならなかったのです。仮に万全の状態だったとしても、ましてや魔神バルバトス相手では不足に感じられるのも無理はありませんでした。


「…戦うのは、僕ら8人だけだよ」


 崩れた柱にもたれかかって座っていたスタッドが口を開きました。

 ドレードたちからは影になっていたので、誰も今まで気づかなかったのです。


「8人? それはノアさんたちの事を言っているのかい?」


 ファラーが尋ねると、スタッドは笑いながらコクリと頷きます。

 ドレードが眉間にシワを寄せ、手刀で空を切る動作をしました。


「スタッド殿! もはやこれは世界そのものの危機! いまコネミやステラ、バッカレス殿もこちらに向かって来ている!! 我らの総力を持ってあたらなければ…」


「いやいや。…解りません? 僕は足手まといだと言っているんですよ」


 スタッドの辛辣しんらつな一言に、ドレードはさらに深く眉を寄せます。


「頭数がいても、実際に魔神バルバトスにダメージを与えられるのは…僕たち8人を置いて他にない。下手に人数を集めても、それらを守る余裕なんてありませんよ」


 予想だにしていなかった戦力外通告に、爪が食いこむほどにドレードは拳を握りしめました。


「ミャオも…戦わなければならないのか?」


 ドレードはミャオの瞳をジッと見やります。ミャオは小首を傾げて笑いました。


「大丈夫だニャー! ミャオは悪いのやっつけるニャー!」


「しかし…。ミャオはまだ幼い。魔神と戦うなど…私は」

 

 苦し気な顔をするドレードに、スタッドはニコッと笑います。


「ミャオちゃんは、ドレード閣下が思っているより強いです。彼女の機動力や機転は重要な戦力だ。魔神バルバトスを倒すにはなくてはならない人員です」


 妹を褒められて誇らしい気もしますが、それでもドレードにとっては複雑な心境でした。


「勝算は…あると?」


 王の問いに、スタッドはカチャリとメガネを上げて魔神バルバトスの繭を見上げました。


「僕はノアの持つ無限の可能性に…賭けています。僕だけじゃなく、他の6人も同じ気持ちだと思いますよ」


 にっこり微笑むスタッドに、ミャオもコクコクと頷きます。その自信に満ちた顔に、誰も何も言えませんでした。どこからノアに対するそれだけの信頼が来るのか、3人にはまだ完全に知る由もなかったのですから…。



 盗賊の森。ちょっと拓けた広場に、丸い石を積み上げただけの簡素な墓がありました。その場でメルとボーズ太郎がひざまずき、花束を手向けて両手を合わせます。


「…長老。…皆。我は帰ってきたボー」


 今にも泣き出しそうな表情で、ボーズ太郎が言います。メルはその背に優しく触れました。ボーズ太郎はメルに力無く微笑みかけ、そして墓石をキッと見やります。


「…オ・パイは、メルメルのお父さんだったボー。そして、悪い人では…なかったボー。我は…我は…皆の…仇は、討てない…ボー」

「ボーズ太郎…」


 前のめりになって、地面の土をギュッとつかみ、ボーズ太郎はボロボロと涙をこぼします。

 皆に必死に詫びるその姿に、メルは居たたまれなくなって唇を切れんばかりに噛みしめました。


「悔しいボー! 悲しいボー! 我は…我は……ううっ!!」


 感情のやり場がなく、頭を抱えるボーズ太郎をメルは抱きかかえます。まるでその苦しみを少しでも引き受けようとするかのようでした。

 実際、メル自身もかなりの苦しみを感じていました。どうしようもなかったこととはいえ、肉親の犯した罪が、自分の最大の恩人に降りかかってしまったのです。自分が償いたくとも、失われてしまった命は返ってはこないのです。ただ共に悲しみ、泣くしかできない自分自身に強い苛立ちや憤懣ふんまんを感じます。


「…抑えることはねぇよ。ぶつけちまえ」


 静かな声が、泣き悲しむ2人にかけられました。

 メルとボーズ太郎はハッと顔を上げて振り返ります。

 繁みの向こう側に、タバコをくわえたバーボンが立っていました。


「ぶつける…? で、でも…我は、オ・パイを恨めないボー! メルメルのお父さんを倒すなんて出来ないボー!!」


 泣きながら地面を叩くボーズ太郎を、バーボンは静かな目で見やります。


「別にオ・パイを恨む必要はねぇだろ。オ・パイがボーズ星人に手をかけなきゃならなくなった元凶はなんだ? よく考えろ。…全部が魔神バルバトスに繋がるんだろうが」


 バーボンが、森の先に見える魔神バルバトスの繭を指さします。ボーズ太郎はキョトンとした顔をしました。


「そ、そうだボー…。魔神が…魔神バルバトスがいなければ、こんなことにはならなったボー!」

「だろ。お前の怒りや悲しみを抑える必要はねぇよ。明日、あのイカれた神に全部ぶつけてやれ。死んだ仲間たちも、オ・パイを殴るよりはそっちの方を喜ぶと思うぜ」


 ボーズ太郎はバーボンに向かって大きく頷きます。そして、目をゴシゴシと拭います。


「解ったボー! 我は、長老たちの仇を絶対に討つボー!! 魔神をやっつけて、我らはただ消えゆく存在じゃないんだって証明してやるボー!!!」


 ボーズ太郎は雄叫びをあげて、両手をブンブンと振り回しながら魔神バルバトスの居る方向に向かって走って行ってしまいます。

 メルは目を瞬き、バーボンの顔を見やりました。バーボンは肩をすくめてフーッと煙を吐き出します。


「バーボンさん…。ありがとうございます」

「…俺は本当に倒すべきヤツを教えてやっただけさ。礼を言われるようなことじゃねぇよ」


 メルは安堵の笑顔になります。


「バーボンさんは…心も癒してくれるんですね。私も…バーボンさんみたいになりたい」


 尊敬と憧れの目で見られ、バーボンはちょっとくすぐったい気がしました。


「心を癒す…ね。メルの方が、よっぽど俺なんかより優れた癒し手だと思うがな」


 バーボンがニッと笑うと、メルはキョトンとします。


「人の心も定規じゃ計れるもんじゃねぇ。自分で気づいていないだけで、メルは多くの人の心を救ってると思うぜ」

「…バーボンさん」


 頭をかいて、バーボンは魔神バルバトスの繭を見やります。その顔はさっきのボーズ太郎のようでした。魔神に対する怒りは同じなのです。ひどい差別も、最愛の妻を亡くしたのも…結局は魔神バルバトスに行き着くのですから。

 不安そうに見てくるメルの視線に気づき、バーボンはタバコの火を消します。


「…メル。お前を含め、誰一人死なせねぇ。この俺がいる限りな」


 差し伸べられたバーボンの手を、メルは頬をほのかに染め、優しく頷きながら握りました……。




 ジャスト城下街は、物々しい警備であふれかえっています。デムだけでなく、ファルやメリンの姿もちらほら見受けられました。武装したその人々が一様に厳しい視線を送っているのは、ジャスト城に今や完全体へと変貌へんぼつを待つ魔神バルバトスの繭です。下からライトアップされ、暗闇の中におどろおどろしげにうつし出されています。

 ノアは一番背の高い建物の上で、膝を抱えてジッと繭を見続けていました。昼間からずっとそうしていたのです。丸1日休みができたからといって、ノアは目の前の魔神を無視して休むことなんてできなかったのでした。


「…クチュン!」


 側で大きな声がして、ノアはちょっとびっくりしました。ノアに寄りかかって寝ていたシャリオが、クシャミをしたのです。シャリオはなぜか、ずっとノアの側についていたのでした。

 シャリオが身を縮こまらせていることに気づき、そういえば日が落ちてかなり寒くなっているのだと気づきます。あまりに集中して魔神の繭を見ていたので、気温の変化にも気づかなかったのでした。

 ノアはポーチからブランケットを取り出します。ランドレークで手に入れた防寒具の一つでした。折りたたんで小さくなるので携帯するのに便利だったのです。

 ブランケットを、シャリオごと自分がすっぽり被るように巻き付けます。2人分の体温が閉じこめられ、とても温かく感じられます。心地よさ気な顔をして、シャリオの耳がピクピクと動きました。


「……こんなところにいたのか」


 後ろから声をかけられ、ノアが振り返るとレイがいました。

 レイは何も言わずに、当たり前のようにノアの側に腰かけます。


「…他のみんなは?」

「皆、兵士たちの建てた簡易宿舎にいる。明日に備えてもう眠ってるさ」

「…そう。レイは?」

「ノアを迎えに来たに決まってるだろ…。うう、ここ寒いな」


 レイは両肘を抱いてブルッと震えました。ノアはブランケットを少しはだけてみせます。


「…なんだ?」

「寒いんでしょ。入んなよ」


 マジマジとノアの顔を見て、レイはちょっと気まずそうにポリッと頬をかきました。そして遠慮がちにブランケットの端をつかみます。

 3人が入るにはちょっと長さが足りなかったので、ノアはブランケットをシャリオを中心にしてかぶれるように前から回します。レイは自分のマントを外し、ノアの肩にかけました。


「…それじゃレイが寒いだろ」

「ノアのが寒そうだからな。俺は平気だよ」


 目の前でレイが笑います。ノアは小さく頷き、シャリオを抱きかかえ直しました。

 2人で肩を寄せると、レイの身体がちょっとだけ固くなります。


「……なあ。もしかして、俺は男って認識されてないのか?」


 レイが、シャリオの顔をみてポツリと言います。

 ノアは眉間にシワを寄せて、小首を傾げました。今まで野宿する時だって側で寝ることがあったぐらいです。何を今更そんなことを言うのか、ノアには不思議だったのです。


「なに言ってんの、アンタ? 男として認識するとか…そんなのあるわけないじゃん。アンタが好きなのはメルなんだろ?」


 ノアがちょっと怒ったように言うので、レイは困ったような顔をしました。


「いや、そうなんだけれど…。いや、別に」


 ハッキリしないレイの態度に、ノアはますます訝しげな顔になります。


「…こんなとこいないで、メルの側にいてやったら? これが最後になるかも知れないんだよ。告白とかしなくていいわけ?」


 ノアは自分で放った言葉が強い口調だったので、自分で少し驚きます。そのまま言いたい事を口にできてスッキリしたような気もしますが、返答に困っているレイを見てちょっとだけ言い過ぎたかと後悔しました。


「こ、告白…か。俺は…。あ! そ、そういえばさ。ノアには…ノアには好きな人とか…その、いないのか?」


 レイは慌てながらそう言います。話をそらそうとしているのが見え見えでした。

 ノアはシャリオの頭をなで、一呼吸おいてから言います。


「いるけど…。なんで、アタシの話?」


 当然といえば当然の返答に、レイは目を白黒させて硬直します。


「いる…のか。そ、その…。ほら! 俺だけ…知られているなんて、ちょっと…不公平じゃないかと思って…」


 口をすぼませて、聞き取り辛い小さい声でレイが言います。語尾が弱かったのは、その言葉に自信がないからでした。なんだかショックを受けている様子のレイに、ノアの不信感がさらに強まります。


「…スタッドだよ。アタシの好きな人」


 口にして、なぜレイにそれを告げてしまったのかと自分で思いました。

 スタッドの名前を出すことで、なんでかレイが傷つくような気がしたのです。しかし、どうしてレイを傷つける必要があったのか、またなんでレイが傷つくと思ったのかも定かではありませんでした。

 ノアは途中まで考えて、ピタッと思考を止めました。これ以上、自分の気持ちを探る気分ではなかったのです。

 レイは、ノアが予想していたような顔をしています。予想通りの展開にほくそ笑みたいような気もしましたが、同時に罪悪感のようなチクリとした痛みを胸に感じます。その理由もよくわかりません。


「…スタッド、だって? 嘘だろ?」


 口をパクパクさせていたレイが、ようやく口に出したのがそれでした。ノアはムッとした顔をします。


「変だとでも言いたいわけ?」

「いや…。そういうんじゃなくて。年齢だって…その倍以上…」

「年齢なんて関係ないだろ!!」


 思わずノアが怒鳴ったので、シャリオの耳がペタンと閉じてむずがりました。

 ノアはそれ以上言いたいことをグッと堪え、レイからプイッと顔を背けてしまいます。


「…その。悪かった。そういうつもりじゃなかったんだ」


 レイが申し訳なさそうに言いますが、ノアは返事をしません。そんな風にされても、レイが立ち上がって去る気配はしませんでした。

 しばらく知らない顔をしていれば、レイは諦めて戻るだろうとノアは考えました。

 なんでか、レイの顔を見ているのが辛いです。早く立ち去ってくれないものか…そうノアは思っていましたが、立ち上がる様子は全くありません。

 しばらく気まずい沈黙が続き、それに耐えきれなくなったレイが口を開きました。


「…この戦いが終わったら、告白するよ」


 それは独り言のようでしたが、ノアは我が耳を疑って目を瞬きます。


「…へ?」


 ノアがチラッと横目でレイを盗み見ると、レイは遠い目をして魔神バルバトスを見やっていました。


「自分の務めも果たせない男についてきてくれるとも思えないしな…。今はやるべきことがある」


 レイが腰の剣に手をかけます。その時に、それがジャスト王が持っていた剣だとノアは気づきました。


「アタシは…」


 ノアはスタッドの顔を思い出します。もうすでに側にいて、手を伸ばせば届く距離にいるというのに、自分の想いをいまだ伝えられていません。

 驚くべきことが立て続けに起こったせいで、そんな余裕がなかったのもあります。しかし、それは言い訳に過ぎません。気持ちを伝えるだけなら、そのチャンスは探せばいくらでもあったのですから…。


「ノアは…スタッドに、告白するのか?」

「え?」


 思わずレイの顔を見てしまいました。レイの目がいつもよりも真剣だったので、ノアはなんだか自分の気持ちがザワザワするのを感じました。

 その時、わずかに身じろいだノアの身体がレイの腕に当たります。マントを外しているせいで、肩から腕が良く見えました。

 薄い布からでもハッキリわかる均整のとれた筋肉です。こんなに腕が太かったのかと、ノアは思いました。ただ顔だけの男じゃないことはノアが何よりも知っています。成長期途中のレイの身体は、その繊細端正せんさいたんせいな容姿も相まって、鍛えあげられたバッカレスやオ・パイに比べれば細身に見えてしまうものの、普通の男なんかと比べればずいぶんと逞しいのです。


「…あ。うん」


 レイの腕に見とれてしまったことを誤魔化すように、ちょっと咳払いしてから素っ気なく返事をしました。そして、バツか悪そうに目を伏せます。


「…そう、か」


 なんだかレイの言葉が残念そうに聞こえたのは、ノアの勘違いだったかも知れません。

 レイは再び魔神バルバトスの方を見やります。


「…アタシも、魔神バルバトスを倒してから…スタッドに…告白する」


 ノアらしくなく、ハッキリしない物言いでした。

 気持ちの上では整理がついているはずなのに、どうしてかそれをレイに告げるのがためらわれるのです。


「…ああ。…お互いに…上手くいくといいな!」


 なんだか重大な事を決心するかのように、レイは大きく息を吐き出してからニッと笑いました。ノアもつられて笑ってしまいます。


「そうだね…」


 言葉にしてしまったせいか、ノアも改めて自分で決意します。魔神バルバトスを倒し、すべての決着をつけたら…スタッドに告白しようと。自分の想いを打ち明けようと。そう心に決めると、なんだかスッキリした気になります。


「…絶対に倒そう。魔神バルバトスを。そして、この世界を守るんだ。想いを届けるためにもね」


 ノアが拳を突き出します。レイはそれに応え、自分の拳をコツンとノアの拳に当てました。


「ノア。俺の背中は、お前に預ける。信じるさ」

「ああ。任せとけよ。アタシもアンタを信じる」


 お互いに背中を預けられる戦友です。大事な人に変わりはありません。

 ノアは、レイのことを大事な仲間に思っているからこそ、感情がざわついたのだと思いました……。




 夕闇に吹きすさぶ風。髪や上着をはためかせ、スタッドはメガネの奥の眼光を細めました。瞳には魔神バルバトスの繭が映っています。


「…長かった。とても、長い月日だった」


 スタッドは聖剣エイストを取り出します。聖なる力が刀身を覆います。その切っ先を繭へと向けました。


「僕たち三種族が勝つか、理不尽に命を弄ぶ君が勝つか…決着をつけよう。僕は…ノアと未来を勝ち取ってみせる。君に殺され、死んで良い命なんて…この世界には存在しない!!」


 スタッドの宣言に対し、魔神バルバトスは紫色に不気味に光って応えました。それはまるで不敵に笑っているようでした……。


 

 明日がいよいよ決着の時です!

 ノアたち8人の戦士たちが勝つか、はたまた傍若無人ぼうじゃくぶじんな恐るべき神が勝つか…全人類の命運をかけた最後の戦いが始まるのです!!

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