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第二十章 魔神バルバトスの力!!! 

 メスや包帯をカバンにしまいながら、バーボンはフウと息を吐きました。


「…終わったぜ。まったく人間かよ。普通のヤツだったら死ぬ傷だぜ」


 その言葉を聞いて、横たわって治療を受けていたオ・パイがゆっくりと目を開きます。


「お父さん…。大丈夫?」


 オ・パイが上半身を起き上がらせるのを、メルやアホンが手伝います。


「…すまぬ。手をわずらわせたな」

「ヘッ。あんたを治すどころか、礼を言われるなんて思ってもみなかったぜ」


 バーボンが嫌味を込めてそう言うのに、オ・パイはフッと笑います。


「怪我が治っていないとこで聞くのは気が引けるんだけどさ…」

 

 ノアは少し気まずそうに口を開きます。


「…構わぬ。話すのに支障はない」

「なら…おっと!」


 抱っこしていたシャリオを、ノアは抱え直します。ノアとレイを癒すのに、力を使い果たして寝てしまったのでした。


「…さっそくだけどさ。全部聞かせてもらえる? アンタの本当の目的を」

「フッ。そうだな…何から話したものか」


 ゆっくり立ち上がると、オ・パイはスタッドを見やります。スタッドは何も言わずにコクリと頷きました。

 奇妙なやり取りに見えましたが、ノアが口を開く前にオ・パイは語りだします。


「…ずいぶんと昔の事だ。私とオルガノッソ、アルダークにビシュエル。我ら4人は、当時ミルミ周辺で最強の戦士が集められた混成部隊であった」


 ノアはミルミ城で見た映像を思い出します。


「メリンはデムである私をうとんでいたが、友人アルダークと妻シーラの口添くちぞえもあって…な。デムの手を借りねばならぬほどに、メリンたちの状況は切迫していたのだ。

 だが、結果だけをかいつまんで話せば、私たちは魔神バルバトスの圧倒的な力に敗れ去り、ミルミ城は陥落した」


 オ・パイは過去を振り返って苦しそうな顔をします。


「それで、その後にスタッドが…魔神バルバトスを封印した? オルガノッソ、アルダーク、ビシュエルは悪魔に変えられてしまって、それもスタッドが各地に封じたってこと?」


 ノアが言うのに、オ・パイもスタッドもコクリと頷きます。


「魔神バルバトスは自分が封印された後も、この地に残った四天王を悪魔に変えて世界を蹂躙じゅうりんしようとしたんだ。

 僕は封印魔法に相当なまでに力を使ってしまったからね。彼らも各地に封じて…暴れないようにさせるのが精一杯だったんだよ」

「…ビシュエルもか?」


 オ・パイが問うのに、スタッドは「ああ」と思い出したように頷きます。


「彼に至っては、ランドレークの中では自由に動けていたみたいだね。ハッキリは解らないけど、封印が完全じゃなかった可能性が高い。魔力特化型だからかも知れないね」

「…そうか。それでヤツは20年間、細々と遠隔魔力を使い、くだらぬ噂を吹聴ふいちょうしていたのだな」


 四天王の噂が良かったり悪かったりしたのは、やはりビシュエルの仕業だったようです。


「…フン。ヤツは元から自己顕示欲の塊のような男だった。悪魔になっても同じだったということか」


 オ・パイは気に入らないと言わんばかりの顔をしました。どうやらビシュエルとの相性は良くなかったようです。


「…敗れた人を変えるのが魔神の呪い。お父さんは…お父さんも?」


 メルが心配そうに、オ・パイを見やります。


「ウム。私は…魔神の呪いを跳ね返したつもりでいた。悪魔にこそならなかったが、その呪いの力が強まり、私の精神力を凌駕りょうがした時点で異変が起きたのだ」


 巨大化したヤマンバ洞窟のエリザベート、レムジンにロックゴーレムを召還させたビシュエル…それらも、魔神の封印が解かれつつあることの証明でした。魔神の力は確かに影響を強めているのです。


「異変に気づいたのは、私がジャスト城へ大臣として就任する辺りからだ」

「なら最近のことじゃないか…。

 呪いというのは…その、具体的にはどんなものなんだ?」


 レイが尋ねるのに、オ・パイは頷きます。

 

「私の言葉や行動のすべてを魔神バルバトスに監視される。それが私にかけられた…呪いの正体だ」


 その言葉に、皆が驚いて飛び上がります。


「は? 魔神バルバトスって…まだ封印されてるんでしょ!? 監視って…」

「封印されていても、死んだわけじゃない。身体を動けなくしただけで、魔神バルバトスは今でも意識はハッキリしているはずだ」


 スタッドがそう説明します。

 

「……さぞかし僕のことを恨んでいることだろうね。そして虎視眈々《こしたんたん》と、封印が解かれるその日を待ち望んでいるのさ」


 ノアはブルッと震えました。20年なんてノアが生まれるより前です。そんなに長いこと意識を持ったまま封印されていたのです。それは、どれだけの恨みや怒りになっていることでしょう。想像もできません。


「じゃ、じゃあ…今話してることも…」

「いや、オ・パイ殿にかかっていた呪いは僕が解除したからそれは問題ないよ。

 まあ、君たちがランドレークに着くまでに、オ・パイ殿と話した内容は…ぜんぶ聞かれているだろうけどね」


 メルがハッとします。そして、口元に手を当てたままポロポロと涙をこぼしました。


「じゃ、じゃあ…。お父さん。お父さんが…私やお母さんが送った手紙に返事をしてくれなかったのは…」


 オ・パイが強く目をつむり、メルの頭を優しくなでます。


「…君やシーラさんを守るためだよ。

 オ・パイ殿に監視をかけたのは、その暗殺拳の力を恐れてのことだ。僕を除いてだと、唯一、魔神にダメージを与えらる男なんだからね。警戒するのは当然だ。

 奥さんや娘の存在を知られたら、きっと魔神バルバトスはその弱点を…躊躇ちゅうちょなく狙うだろう」


 ずっと難しい顔をしているレイも頷きます。


「救いの小屋は、最悪のことにミルミ城の側にある。魔神のすぐ側だ。アルダークは辛うじてシーラさんを覚えていたから良かったが、もし魔神がアルダークに本気で命令を与えれば…」


 ノアもメルも青ざめます。レムジンで起きたような事が、救いの小屋でなされたとしたら…そう考えると、今になって震えてきます。


「…それで、血も涙もない無情の暗殺者を演じてたってことか。

 でも、解せねぇな。ボーズ星人をあそこまで恨んだり、盗賊の森を燃やすまでする必要があったのか?」


 バーボンが眉を寄せながら尋ねます。オ・パイは目を伏せ、大きく息を吐き出しました。


「家族と連絡をとらなければ…魔神を誤魔化せるものと私は考えていた。時間はかかるかもしれぬが、その間に魔神の呪いを解く方法をさぐればいいとな。

 だが、甘かった。メルメルが私に会いに、ジャスト城にまで来るとは考えていなかったのだ」


 オ・パイはメルを優しく見やります。メルはワッと泣き出しました。ボーズ太郎がその背中に優しく手をやりました。


「メルメルが行方不明になった…そのことに、私の心は大きく動揺した。すぐに捜しに行きたいぐらいだった。だが、出来なかった。出来なかったのだッ」


 本当に悔しそうにオ・パイが唇を噛みしめます。

 メルはジャスト城に辿りつく前に、心ない人によって乱暴されたのでした。そして、ボーズ星人たちに保護されたのです。オ・パイがそれを知る由もありません。


「…その時だ。魔神に気づかれぬよう、こっそりとビシュエルが私に、遠隔魔法を使いコンタクトしてきたのはな」


 スタッドがメガネをかけなおし、バーボンが眉をよせながらタバコを取り出します。


「魔神に気づかれぬよう?」


 レイが訝しげそうに腕組みをしました。


「ヤツはオルガノッソやアルダークのように記憶を改竄かいきゅうされていなかった。

 それに、元々魔法に関してはエキスパートだ。魔神の監視を欺き、私と会話するぐらいなら難なくやってみせる」


 様々な魔法でノアたちを苦しめたビシュエルです。確かにそういう魔法を知っていてもおかしくはありません。 


「ビシュエルは…私に『娘がボーズ星人たちから暴行を受けている』と言った。『魔神を復活させるのを手伝えば、娘の居場所を魔力で探知して教えてやる』ともな」

「それを信じたのか?」

「フン。無論、信じれるわけがなかった。だが、その時の私には…ビシュエルを頼る他に方法はなかったのだ。少なくとも、魔神の味方をする振りをすれば、娘は守れると…そう考えたのだ」


 オ・パイは辛そうにそう言います。アホンとダラがグッと両手を握りしめました。


「ビシュエルが私に幻術をかけたのも…私にとっては逆に好都合だった。ヤツからしても、私が本気で荷担する可能性が低いとは解っていたのだろう」


 オ・パイがビシュエルを嫌っているように、ビシュエルの方もオ・パイを上手く扱える駒のようにしか思っていなかったのです。そこに仲間としての信頼は少しもありません。


「そこで私はそれを逆に利用してやることにした。わざとヤツの幻術にかかり、救いの小屋、娘や妻を忘れたのだ…」


 オ・パイがメルやシーラの名前を聞いても反応しなかったのは演技ではなかったのです。


「そうすることが、妻や娘を守る最良の方法だと思ったのだ。

 まさか娘の死まで、幻術で見せられるとは思わなかったがな…」


 ビシュエルからすれば、娘が死んだ復讐心をあおるのが一番てっとり早かったのでしょう。

 しかしそのことでオ・パイの逆鱗げきりんに触れ、あのような結末となったわけであったのですが…。


「無情の暗殺者というのは、全部が私の演技というわけではない。半分は幻術によって偽りを見せられていたとはいえ…本当の私の一面なのだ」


 苦しげに言うオ・パイに、メルが抱きつきます。

 ボーズ太郎はしかめっ面のままワナワナと震えました。オ・パイを恨む気持ちと、同情したい気持ちがせめぎ合っているのです。


「…だが、ビシュエルはどうしてシーラさんやメルの存在を魔神に知らせなかったんだ? 人質にした方が、確実にパイを利用できるじゃないか。幻術よりも確実だと思うが」


 レイがそう尋ねると、オ・パイは首を横に振ります。


狡猾こうかつなヤツのことだ…。魔神バルバトスが復活しなかった時の保険や交渉に、この地を自由に行き来できる私を用いるつもりだったのだろう。私の力は、スタッドを始末するのにも使えるしな」

「そうか。ランドレークからビシュエルは出れなかったからか…」

「それに人質というのは、手元に置いてはじめて意味があるからね。シーラさんやメルメルちゃんをそうできないのはさぞかし悔しかっただろうね」


 ビシュエルに封印を施した張本人がそんなことを言います。


「ヤツは魔神の忠実な下僕ではなく、自分の欲望と魔神の方向性が同じだったから共に動いていたに過ぎぬ。魔神復活による恐怖統治…それを私に吹き込んだのもヤツだしな」


 自分の楽しみのために、ノアたちにまで幻術をかけたビシュエルは、もしかしたら、魔神バルバトスですら利用してやるぐらいのつもりだったのかも知れません。


「…ってことは、結局はオ・パイも被害者だったってこと?」


 複雑な話についていけないノアが、シャリオの頭をポンポンと叩きながら言います。寝ているシャリオが迷惑そうな顔をしました。


「そう。お父さん…は、悪くないです。悪いのは私! 私が…お父さんの考えに気づけたら! 勝手にジャスト城に来なければ! こんなことには!!」


 自責の念にかられ、メルが泣きじゃくります。なぐめるようにして、バーボンがその肩にふれます。


「…お前のせいではない。これは私が選択したことだ。私は大きな罪を犯した」


 オ・パイはボーズ太郎を見やります。ボーズ太郎はビクッと身体を大きく震わせました。


「許してくれ…と言って、許してもらえることではない。私はボーズ星人に対してしてはならぬことをした」

「そ、そうだボー…。長老も仲間たちも…お前にやられたボー!」


 ボーズ太郎は拳を振るわせます。その表情は怒りというより、悲しみに満ちていました。その怒りをオ・パイに直接ぶつけられないことにイラだっているのです。視線が定まらず、オ・パイをにらみ付けていてもすぐに下を向いてしまいます。


「ボーズ太郎! 私が…私がいけないの! 憎むなら私にして。お父さんは…お父さんは悪くない」


 メルがそう言いますが、オ・パイはそれをさえぎって立ちます。


「…この命は惜しくはない。だが、どうか魔神バルバトスを止めるまでは待ってもらいたい。頼む」


 頭を深々とさげるオ・パイに、ボーズ太郎は頭を横に振ります。


「そんなこと言われても…。もう、どうしていいか…解らないボー!!」


 ボーズ太郎は後ろをむいて、ツルツルの頭をかきむしります。

 ミャオが心配そうにボーズ太郎の側に寄りました。

 オ・パイは、ボーズ太郎の背中に頭を下げ続けます。


「ミャー。ボーズちゃん…」

「……で、でも…魔神を倒すのに、オ・パイの力が必要なのは解ったボー」


 力なくボーズ太郎はうなだれて小さく言います。


「……感謝する」


 オ・パイは身を起こすと、スタッドに向き直ります。


「…さあ。スタッド。我が拳を用いるが良い。呪いを解き放ち、再び娘に会わせてくれた恩には報いよう」


 拳を突き出したオ・パイに、スタッドは大きく頷きます。


「ああ。これで…魔神バルバトスを倒せる準備が整った。さあ、行こう!!」




 ノアが最初にジャスト城に来た目的地。秘宝エルマドールのある空間に皆でやって来ます。

 相も変わらず、不気味な光をたたえ、小さな太陽のようなエルマドールはドクンドクンと脈打っていました。改めて見ても、とても不気味だとノアは思います。


「スタッド! こんなところで何するんだよー。あんな馬鹿でかい宝石もういらないしー」


 ノアは唇を尖らせて言います。ここにいる全員でも、あの秘宝を持ちあげることなんでできそうにありません。盗賊ですから、宝は大好きだとしても、持ち運びができなければ盗むこともできません。


「宝石? ああ、そうだねー。まあ、宝石は宝石なんだけれども。これは、こいつと同じものなんだよ」


 スタッドがニッと笑い、聖剣エイストに埋め込まれた自分の心臓を指さします。ノアは目を瞬き、秘宝エルマドールと聖剣エイストを見比べます。


「あれが…これ? ってことは、あれも心臓なの!? あんな馬鹿でかい心臓があるわけ!?」


 ノアがあんぐりと口を開きます。スタッドのと比べても、10倍や100倍どころの差ではありません。大きすぎる心臓のサイズです。


「…貴様たちもよく知っているヤツの心臓だ」


 オ・パイが目を細めて言います。ノアたちはハッとしました。そうです。これだけ大きな心臓の持ち主…ある存在しか思い当たりません。


「…魔神バルバトス」


 ノアの頬を汗がつたいます。それが正解だと言わんばかりに、秘宝エルマドールはドクンと一際大きく脈打ちました。


「ジャスト城に代々伝わる秘宝が…魔神の心臓だと?」


 レイが驚いて言います。城の王子ですら知らなかった事実です。


「僕の聖結界エミトン。それは魔神バルバトスを“身体”と“心臓”の2つに分けて封印するものなんだ」

「ミルミ城に身体、このジャスト城には心臓があったというわけか…。でもなんでそんなことを?」

「そうでなければ…魔神バルバトスの強大な力を抑えるなんて無理だったんだよ。

 彼の魔力のほとんどがこの心臓に集まっている。そして、魔力を扱うための脳…つまり身体は、ミルミ城の方で封印したんだ。そうすることで、魔神バルバトスが魔法を使うことだけは阻止できる」


 レイはゴクリと息を呑み込みました。


「し、しかし…。どうして。王は…父上は知っているのか?」

「無論です。秘宝エルマドールは、ミルミ城に伝わる龍王の瞳のように、遙か昔から伝わる魔力の秘宝。その効力は、永続して魔力を封じ込めるというものです。王には代々それが伝わっております」


 オ・パイがスタッドの代わりに答えます。


「本当は手の平に収まるサイズなんだけれどもね。あまりに魔神バルバトスの魔力が大きすぎて…宝石そのものも肥大化してしまった。でも、その宝石の力を使った上に、聖結界エミトンをかけたのにも限界がきている」


 スタッドがエルマドールの端を指さします。側に近づいてよくみると、小さなヒビのようなものが無数に入っていました。耳を澄ますと、ピシピシという軋む音がしていることに気づきます。


「…さあ、封印が解ける前に、攻撃しようか」


 あっけらかんと言うスタッドに、皆が目を丸くします。驚いた顔をしていると、スタッドは聞こえていないとでも思ったのか、再び同じ台詞をくり返しました。


「え? いや、これを…? 攻撃するって…大丈夫なの?!」


 ノアが目を白黒させながら言うと、スタッドは腰に手を当ててちょっと考える仕草をします。


「中途半端な攻撃だったら…封印が解けて魔神が復活しちゃうね」


 そんな風に呑気に言うものだから、まるで緊張感がありません。ノアは慌てている自分の方がマヌケに思えてきます。


「そんな…。そんな危ないことできるわけないじゃん!」

「…だから、全力でやるのだろう。ここにいる皆でな」


 オ・パイがニヤリと笑い、腕まくりをします。やる気、満々です。寝ているシャリオを抱っこしているメルが心配そうな顔をしました。


「なるほどな。ようやく合点がいったぜ。だから、オ・パイの力も必要なわけか」


 バーボンが言うと、スタッドはコクリと頷きました。


「魔神バルバトスが、監視といった呪いを私にかけたのも…このむき出しの心臓を直接攻撃されるのを恐れたからだ。

 だが、実際に私だけで破壊できる可能性は低かったのだがな。それでも、魔神はその万が一を考えて戦々恐々《せんせんきょうきょう》としていただろう。

 私を用いてスタッドの始末をさせようとしたのは、単に封印を解くためだけではない。私とスタッドが協力するのを防ぐためもあったのだ」


 オ・パイの言葉にも、スタッドは頷きます。


「でも、僕自身も封印の維持に力を奪われていて…全力を出すことができない。先にオ・パイ殿を仲間にしても、今の僕とじゃ、このエルマドールを破壊するだけのパワーにはならない。だからこそ…君たちの成長を待っていたのだよ」


 スタッドに肩を叩かれ、ノアは目を瞬きます。


「…ったく、なんてヤツだ。全部、スタッドのシナリオ通りってわけか」


 バーボンが肩をすくめて、頭をボリボリとかきました。


「いや、僕だって全部を知っていたわけじゃないですよ。バーボン先生やメルメルちゃん、レイ王子にミャオちゃん、シャリオくんが仲間になってくれたのは…僕にとって僥倖ぎょうこうでした。すべては聖剣エイストの…いや、違いますね。ノアの可能性がそれを引き寄せてくれたんだと思います」


 ノアの頭をなでながら言います。スタッドに褒められたことで、ノアは照れくさく笑いました。


「おそらく、世界でもっとも攻撃力がある者たちがここに集結している。魔神バルバトスを倒すには…申し分ない。

 それに、これしか方法はないと思う。封印が解ける前に、この心臓を叩き潰すんだ。

 これが魔神バルバトスを倒す最後の手段だ。覚悟はいいかい?」


 スタッドが尋ねると、皆がコクリと頷きます。ここまで来て覚悟ができていないはずがありません。


「『聖波動クライク!!』」


 スタッドが聖魔法を唱えます。すると、皆の全身がほのかに白く輝きました。


「…この魔法は、皆の潜在能力を引き出す補助魔法だよ。さあ、ボーズ太郎」


 スタッドに言われ、ボーズ太郎がちょっと戸惑いながら魔法を唱えます。


「ボー! 皆の攻撃力をあげる魔法だボー! 『パワーブレス!!!』」


 ボーズ太郎の魔法によって、皆の手足が紅く光ります。力が満ちてきます。


「これで…僕たちの力は通常の140%だ」

「『パワーブレス!!!』」


 シャリオがボーズ太郎と同じ魔法を唱えます。重ね掛けにより、さらに力が増してきます。非力なメルですら、リンゴを手で軽く握り潰せそうなぐらいです。


「…これで、160%だよね?」


 シャリオがニッコリと笑います。スタッドは満足気に頷きました。


「さあ、これで倒せないはずがない! 決着だ! 魔神バルバトス!! 皆、合わせて最大の技を打ち込むよ!!」


 スタッドの声にあわせ、皆がそれぞれ構えます。

 皆の集中力が一点に集まった時でした。皆が一斉に攻撃を放ちます!


「『スラッシュレイン!!!』」

「『テンペスト!!!』」

「『アルティメット!!!!!』」

「…『瞬去しゅんきょ!!!!!』」


 ノア、レイ、メル…そして、オ・パイの奥義が炸裂します!!


「聖剣エイストよ、僕にその力を!! 大聖激震だいせいげきしん!! 『セインブレイク!!!!』」


 スタッドが、巨大化させた聖剣エイストを振り下ろします!!


「ミャミャミャミャ!! お兄ちゃんが教えてくれた技ニャー!! 『ショーフージン!!!』」


 ミャオが爪をたてて勢いよく振り下ろします。ブーメランのような衝撃波が巻き起こります!!


「おらよ! 俺が調合した特製だぜ!! 『劇毒物散布げきどくぶつさんぷ!!!』」


 バーボンがいかにも怪しげな薬を何個も放り投げます。青紫色の煙がモウモウとたちます!!


「うおりゃチョ!!!」

「ふんぬらだベー!!!」


 アホンの剣が、ダラの槍が…今回は見事、無事にエルマドールに当たります!!

 最大最強のダメージを受けた秘宝エルマドールは、ギュアアアーンッ!!!! と、悲鳴を上げるかのように、一瞬だけ大きく紅く腫れあがりました!

 そして、血管のような青紫色の筋が、かつてない緊急事態に、ズクン、ズクズク、ズックン! と不均等に唸ります。その状態がしばらく続きました。皆が息を呑んでその光景を見やります。

 今度は、徐々に全体的に青黒くなっていきます。脈打つ速度が遅くなり、静かに、静かに…


…ドクン


……ド……ク……ン……


…………ド…………ク…………ン…………


 やがて、ピクリとも動かなくなります。

 エルマドールは全体的に青白くなってしまいました。まるで燃え尽きたかのようです。


「…た、倒した?」


 誰も何も言わないので、ノアはポツリとそう呟きます。


「…こいつが生物のものなら、生体反応はもう感じられねぇぜ」


 医者の目で、バーボンがそう言います。皆、顔を見合わせました。そして、誰からともなく笑い出します。


「アハハハ! やった! やったんだ! アタシたち、ついにやったんだ!!」

「し、信じられない…。俺たちが、魔神バルバトスを…倒したのか!!」

「これで…これで皆が平和に暮らせます。本当に…本当に」

「やったボー! やったボー!」

「ニャハハハハ! 悪いのやっつけた! やったニャーニャー!」


 ボーズ太郎とミャオが、喜びのボーズ音頭を踊り出しました。


「俺たちがやったチョ! ダラ!」

「そうだべー! アホン!」


 アホンとダラも手を合わせて喜びます。


「…フン。これでまだ生きていたら、本当の化け物だ」

「ええ。どうやら…本当に…僕たちが勝ったようですね。長かった。本当に…」


 最後まで警戒をゆるめなかったオ・パイとスタッドが、ようやく笑い合います。



──ウンバラバラ!! ウンバラバ!!!!──



 どこからともなく、素っ頓狂な低い声が響き渡ります。山彦のように木霊し、暗い部屋の中を何度も反響しました。


「だ、誰だ!?」


 ノアたちは辺りを見回しますが、誰かの気配は感じられません。


 

──ゲヒャヒャヒャ!! それでぇ~、俺様を倒せたとでも思ったか!!! こんのスットコドッコイがぁ!!!──


 品性の欠片も感じられない言葉です。スタッドの顔が真っ青になります。


「魔神バルバトス!?」


 スタッドの言葉に、ノアたちは驚きを隠せません。


「魔神バルバトス? でも…エルマドールはもう止まったじゃない!」


 ノアがエルマドールを指さして言います。確かにエルマドールの鼓動は止まり、まったく生きている気配がありません。



──止まっただぁ~!? マイハートがそう易々と止まるわけねーべが!!! ふんりゃああ!!!──



 その気合いの声に合わせ、エルマドールの奥から、血液が流れるような音が響き渡ります。


「ま、まさか…」


 ドクン!! と、一際大きな音がしたかと思うと、エルマドールから大きなエネルギーが放たれました!


「い、いけない!! 『セインシールド!!!』」


 スタッドが慌てて魔法で盾を作り出して皆を守ります!

 しかし、その盾をいとも簡単に砕き、余波がノアたちを襲いました。突風のような、その力によって吹き飛ばされてしまいます!!!


「な、なんて禍々しい魔力…。こんなもの、今まで見たことがないです!!」


 メルが魔法のシールドで皆を守りながら言います。

 衝撃波を放ち終えたエルマドールは、総攻撃を仕掛ける前のような赤色に戻っていました。それどころか、もはや球体ではなく、アメーバのようにウネウネと輪郭を歪ませて動いています。そして、ドッドッドッと早鐘を打ちます。速度が尋常じゃなく、皆の焦りと不安をさらに煽ります。


「なんてことだ…。心臓の封印が…解けた…」


 スタッドがガクリと膝をついて呟きます。その目には絶望が浮かんでいました。


「…野郎。莫大な魔力で刺激を与えて、自分の心臓を蘇らせやがった」


 バーボンがギリッと歯ぎしりします。


「もう、手はないの!? これでお終いなのか!?」


 ノアがスタッドを揺さぶります。スタッドはハッとノアの顔を見やりました。ずれたメガネをかけなおし、首を横に振ります。そして、キッとエルマドールをにらみ付けました。今までにないスタッドのシリアスな顔です。


「まだ、まだ終わってない! 心臓の封印が解けただけなら、まだ勝機はある!! 皆でまた全力攻撃をかけるんだ!! 1度でダメなら、2度でも、3度でも…何度でも!!! ここで魔神バルバトスを倒せなければ本当にお終いだ!!」


 スタッドがそう言って聖波動クライクを唱えます!


「回復するゆとりを与えなければ、我々が勝てる!!」


 オ・パイの言葉に、皆がそろって再び奥義の構えをとりました。


「倒れようが、気絶しようが、こうなったら徹底的にやってやる!! 絶対に魔神バルバトスを倒すよ!! みんな!!」


 ノアの掛け声に合わせ、皆が一斉攻撃しようとした矢先でした…。



──このダボォがッ!!! んなことを、この俺様が許すわけねぇーーーべさぁ!!!!──



 魔神バルバトスの声と共に、辺りが大きく振動しますッ!!!!




☆☆☆




 ミルミ城跡。空は真っ黒な曇天で、雨がいっそう激しく降り、腐食した外壁をさらに抉らんばかりです。周囲の木々からは、滝のような雨水が地面に向かってドバドバと流れ落ちていました。

 救いの小屋の窓からは、シーラやリッケル、魔物たちが不安そうな顔で城の方を見やっていました。


「…なにかしら。この異常な天気は。嫌な感じがするわ」


 シーラがエプロンの端をキュッと掴みながら言います。


「うう、頭が割れるようにいたい」

「ミョー。ザワザワする感じだミョー」


 デス・コマンダーや、グリーン・スライムが苦しげに言います。


「しっかりして。おじちゃんたち…」


 リッケルが心配して、魔物たちを気遣います。どの魔物も頭を抑え、普段とは違う様子です。


「…いったい、なにが起きようとしているの?」


 シーラがそう呟いた瞬間でした。ミルミ城の周りの森から、1羽、2羽…いえ、それどころではありません。数百羽もの鳥たちが、一斉に飛び立ちます。強い雨に打たれるのも構わずです。それは、必死に何かから逃げ出そうとしているかのようです。

 

 ドッカーン!!


 と、突如としてミルミ城の屋根が吹き飛びます!

 アルダークが出入りに使っていた隙間も跡形もありません。

 モウモウと煙がたちます。その中で、巨大な何かがムクリと起きあがりました。それも城とほぼ変わりないほどの大きさの何かです! その目と思わしき部分が、ピカッと赤く怪しげに光りました。


『ンンンン! ヒィーーーーハッ! 俺様!! ふっかーーーーーーーーーーーつ!!!』


 雨や森を吹き飛ばさんばかりの大声に、周囲がブルブルと震撼しんかんしました。立ち上っていた煙まで吹き飛び、その姿があらわになります!!


 2本の角を生やした鉄兜!


 煌々《こうこう》と赤く光る目!


 まるで油圧ショベルのグラップルのような凶悪な三本爪!


 青黒い不気味な筋肉に覆われた30メートルもの巨人!


 これこそが、魔神バルバトスなのです!!!!!


 お尻をキュッとすぼめ、腹の前で3本指を重ね合わせる…ほら、ボディビルダーがよくやるあのポージングを決めています!


『青い空…あ、雨降ってるけど。白い雲…もねぇけど。とりあえず、久し振りの世界だぜぇ!!

 お待たせ!! みんな! 俺様、帰ってきた! みんなの元に…ゲッハッハーーーッ!!

 あまりに嬉しいんで、もう破壊活動しまセーーン!! 今年からは平和活動に専念シマッス☆』


 魔神バルバトスは背筋をピーンとさせ、敬礼の姿勢します。

 しかし、しばらくその姿勢を保っていたかと思いきや、いきなりブッと吹き出して、腹をかかえて大笑いしだします。


『ウヒャヒャヒャ!! んなわけねぇーーーーーーーだろぉ!!

 信じたか、ヴアッカどもめがぁ! ゲッヒャッヒャッヒャ!!!

 とりあえず、テメェーら皆が…ううううううーん、MU・KA・TU・KUぜぇぇぇぇぇッ☆』


 いきなり魔神バルバトスが暴れだします!!

 大木をなぎ倒し、外壁を蹴り飛ばし、尖塔を折って放り投げて地面を抉ります!

 子供がだだをこねて大暴れしているようですが、魔神バルバトスの体格でそれをやったのであれば、辺りはとんでもないことになるのは当然です。崩れかかっていたミルミ城は、無惨にも、わずかに残っていた部分すらも徹底的に破壊されたのでした。


『…あ! そうだ! こんなことやってる場合じゃねぇかったわー!!』


 積み木のように外壁を積み上げては崩していた魔神バルバトスが、何かを思い出してポンと手を叩きました。


『あんのスッダラ野郎に、オッパイ野郎!!! 俺様のハートをキズ物にしやがって!! ゆるせねぇ!!

 心臓とりかえさなきゃ☆ 待ってて! 俺様の大事な大事なマイスィートハート!!! すぐに取り戻しに戻るからね!!!!』


 ジャスト城の方に向かい、魔神バルバトスがクラウチングスタートの姿勢をとり、一気に走り出します!!

 巨大な足が崖を砕き、地面を割り、森を砕きます!! 全ての動作が破壊に繋がるのです!!!

 救いの小屋ギリギリの所を急カーブしながら通り、魔神バルバトスはそのまま行ってしまいました。

 あとちょっと方向がずれていたら、小屋をも踏み潰してしまっていたことでしょう。ちょっと奥まった、木々の間の見え辛いところに建っていたのが幸いしました。

 テーブルの下に隠れ、シーラはリッケルを抱きながらホウと息を吐き出します。


「なんてこと。魔神バルバトスが…復活するんて。ああ、あなた。メルメル。どうか、どうか…無事でいて!」


 シーラは両手を組み、深く深く心から祈ったのでした……。




☆☆☆



 魔神バルバトスは、クラレ村の崖をピョーンと登ります!

 飛び上がってきた魔神を見て、クラレ村の村長があんぐりと口を開けていることにも気づかず、そのまま大股に通り過ぎていきます。家屋が数軒踏みつぶされましたが、心臓だけに集中しているので、周囲のことに全く気づきません。まるで竜巻のように、通る道すべてをペシャンコにしていきます。

 盗賊の森を越え、エルジメン橋の川をジャンプ1つで飛び越えてしまいます。そして…ついに見えてきたのはジャスト城、城下町でした。


『あそこか!! あそこにビンビン感じるぜ!!! 俺様の魔力を!!』


 ジャスト城を見やり、鉄仮面で隠れていてよく解らないのですが、魔神バルバトスはニヤリと笑ったようでした。

 デムの人々が逃げまどうのを尻目に、魔神バルバトスは変わらぬスピードでジャスト城まで到達します。

 そして、おもむろに3階の尖塔をひっぺがえしました。それも弁当箱を開くように簡単にです。しかし、そこをのぞき込み、首をかしげました。そこには、大広間に銅像が1体しかないのです。それ以外に怪しいものはありません。赤い目が訝しげに細くなります。


『ありゃりゃ!? 俺様の心臓はどこだ? 確かにここから…んんーー??』


 魔神バルバトスが何かに気づいたようでした。大きく息を吸い込みます。そしてブハーーーッ! と一気に吐き出しました。それによって空間がグニャッと歪みます。歪んだ空間から、うっすら何かが姿を現しました。


「うあ!? な、なんだ!! うげえッ!? 魔神バルバトスゥッ!!?」


 半透明のノアが驚いて腰を抜かします。他の皆も同様に、魔神バルバトスを見て驚きと恐怖に動けずにいました。


『ウホッ! やっぱりスッダラ野郎! テメェが魔法空間に、俺様の心臓を隠していやがったか!!』


 スタッドと魔神バルバトスがにらみ合います。スタッドのもみあげから、大粒の汗がツーッと流れました。


「…なぜだ? 心臓の封印は解けても、身体の封印はまだ持つはずだ」


 問いかけに、魔神バルバトスはパチパチとわざとらしく目を瞬いて見せました。しかし、次の瞬間には大笑いしだします。


『ゲヒャヒャヒャ! 俺様が…ただ20年間も黙って大人しく封印されていると思ったか!?

 俺様はずーっと魔力を高めていたのよ! テメェの封印をいつでも壊せるぐらいになるまでな!!!

 魔力の源である心臓さえ復活すりゃ、身体の方を誘導してやるなんて…らくらくらくちーーーん! 朝飯前よ!!』

「…なんてことだ。僕の予想よりも、もっと魔力が増大しているっていうのかッ」

『クズ野郎の分際で、俺様にここまで侮辱してくれた礼は…うーんとたっぷりしてやるぜぇ!! その前に、心臓もーらい♪』


 魔神バルバトスがおもむろに手を伸ばします。そして、激しく脈打っているエルマドールを3本指がつかもうとしました。


「フン! させるわけにはいかぬ!!!!」


 オ・パイが飛び出しました。そして、魔神バルバトスの顔を蹴り上げようとします。


『んな攻撃が俺様に通用するか!!!!』


 軽々とオ・パイの攻撃を避けてしまいます。そして、オ・パイの身体をガシッと捕まえました。


「な、なんだと!?」


 魔神バルバトスが、思いっきりオ・パイをつかんだままに床に叩きつけます。バキバキバキッ! と板チョコを割るかのように床が砕けました!!


「う、うわー!!」

「ゆ、床が!!」

「キャー!!!」

「ボー!?」

「ニャー!?」


 城が縦に真っ二つに裂けて壊れていきます!

 オ・パイは力任せに1階にまで叩きつけられてしまったのでした!

 足場を失い、ノアたちも瓦礫と共に落ちていきます。しかしエルマドールまでもが瓦礫の中に埋もれていってしまいました。


『あ! やっちまった!! 俺様の心臓! ど、どこじゃぁ!!? どこじゃあああ!!!?』


 慌てて心臓を探すために、魔神バルバトスが瓦礫を払います。その度に外壁が飛び、柱が折れ、城は崩されていきます。


「し、城が…」


 崩れた2階の途中に引っかかり、レイが唖然として言います。幼い時からずっと育ってきた場所です。為す術もなく、圧倒的な暴力によって蹂躙じゅうりんされるのをただ見るしかできません。


「レイ、危ない!」


 魔神バルバトスの放った石壁が、危うくレイに命中する寸前にノアが助けます。そして、1階まで抜け落ちた王間。その残骸の上に着地しました。


「さあ逃げるよ!」

「…逃げる?」


 ノアの言葉を、理解できないという様子でレイは感情なく繰り返します。


「逃げる…できないさ。俺は…この国を守る義務がある!」

 レイの眼が魔神バルバトスを厳しくにらみます。ノアをそっと押しやり、剣を握りしめながら立ち上がりました。


「あ、あんなのと正面からやれるわきゃないだろ!」


 抗議するノアの声も、今のレイには聞こえていないようでした。

 崩れた破片をどかしながら、あちこちから皆も姿を現します。多少の怪我はあっても、皆無事でした。

 ちなみに城にいた他の人たちは、魔神バルバトスが迫ってくるのを見てすぐに逃げ出したようです。城の中にはノアたちしか残っていなかったのでした。


『クッソー!! どこじゃぁ!? 見つからねぇ、見つからねぇぞ!!』


 四つんばいになって、お尻をちょっと突き出した姿勢で探す魔神バルバトスです。


「心臓をヤツに渡したら、もうどうにもならなくなる! なんとか…先に見つけて破壊しなくては」


 額から血を流しながら、スタッドが言います。


「んなこと言ってもよ! あの暴れてる本体をかいくぐって、心臓だけ壊すなんてできんのかよ!」


 バーボンが、メルとシャリオを助け起こしながら怒鳴ります。


「…やるしかあるまい。レイ王子はその気だ」


 オ・パイが、自身に巻かれた包帯を破きながら指さしました。

 ノアの制止を振り切り、レイが魔神バルバトスに向かって走って行くのが見えます。


「行け! 雷神の剣柱、『テンペスト!!!』」

 レイが回転しつつ剣を放ります。帯電した剣が魔神バルバトスに命中しました!

『ん? あーー? あんだこりゃ!! ゴミかぁ!?』


 鉄兜に刺さった剣を抜き、ポーンと放ります。レイの最強技がまるで効いていないのでした。


「僕とオ・パイ殿、レイ王子で本体を食い止める。なんとか、その間に心臓を破壊するんだ。心臓さえ何とかすれば、肉体も動けなくなる。あの肉体を操ってるのは、エルマドールの魔力なんだ」


 ノアの側まで来て、スタッドが聖剣エイストを出しながら言います。


「で、でも、3人でなんて…無茶だよ!」

「3人じゃないニャ!! 4人だニャアー!!!」


 走ってきたミャオが、ノアに向かってウインクします。

 そして、崩れた柱をジャンプ台にして飛びました。スタッドと戦った時のように、レイと連携して魔神バルバトスに立ち向かいます!


「近接戦闘にかけては、私やスタッド。レイ王子に、あのネコ娘の得意分野になるだろう。図体が大きい敵ならば、接近戦で攪乱かくらんしながら戦うのが有利だ」


 オ・パイがそう説明するのに、ノアはそれでも不安気にスタッドを見やります。スタッドはニコリとそれに笑って応えました。


「…大丈夫さ。死にはしない。僕を信じなさい。僕もノアを信じている。だから、大丈夫」


 それが気休めだというのはノアには解りましたが、それでもなんだか少し安心します。スタッドの笑顔が自信をくれます。


「フン。さて、では行くか!!」


 ビュンとオ・パイが風を切って走り出します!


『ウオオ! 邪魔すんな、このチビ虫どもがぁッッ!!!!』


 魔神バルバトスが大きく手を振り回します。でも、大振りのそれが、レイやミャオに当たるはずもありません。


「でやッ!!」

「ミャーッ!」


 レイの剣がひるがえり、ミャオの爪が光ります。ダメージこそないものの、魔神バルバトスはその攻撃を喰らっていきり立ちます。


「『連続突!!』」

『ホグォ!?』


 オ・パイの連拳が顔面に決まります! その攻撃には、さすがに魔神バルバトスもたまらずに後ずさりました。


『こ、こんのぉオッパイ野郎が!! 俺様の呪いにビクビクしてやがったくせに!!!』

「フン。お陰で、この拳の1撃1撃に…強い憎しみを込めて殴れるわ!! 借りはまだまだこれだけではないぞッ!! アルダークやオルガノッソの分もまとめて返してくれる!!」


 オ・パイがニヤリと笑い、魔神バルバトスの蹴りをかわします。


『ウォオオオ!! どいつもこいつも!! 殺してやるゥーーーー!!! キルユゥウウウー!!!』


 怒りの温度が沸点に達したらしく、鉄兜が真っ赤に染まり、ブシューッ! と蒸気を放ちました!


「す、すごい…。魔神バルバトスを相手にしているのに互角以上です。これなら…」


 メルがゴクッと喉を鳴らしながら言います。しかし、バーボンは首を横に振りました。


「…いや、ヤツの体力はまったく減ってねぇ。攻撃かわすのに動き回らなければならねぇだけ、こっちの方が不利だ」

「ボー! なら、すぐにエルマドールを見つけてなんとかしなきゃだボー!!」


 ボーズ太郎が瓦礫の山に頭を突っ込んで、頑張って掘り返します。


「でもチョ! あんな大きな心臓、すぐに見つかりそうなのに、見つからないチョ!」


 ひざまずいて、キョロキョロと辺りを探しているアホンが言います。


「んだなー。どこを掘ってもみつからないべー」


 ダラが座って、額をタオルで拭きながら答えました。


「って! お前は何を休んでるチョ! 皆、必死でやってるのに!!」

「んだかー」


 今度こそは、きつく文句を言ってやろうと思ったアホンが立ち上がります。そして、ダラの方を見て目を丸くしました。


「…ダラ。お前、何に座っているチョ?」

「んあー? 椅子だべー」

「それのどこが椅子だチョッ!!」


 ダラが腰をかけていたのは、赤黒く光り輝くエルマドールの一部分だったのです! 瓦礫からはみ出した部分だったのでした!


『あったーーー!!!』


 魔神バルバトスの目がギラリと光ります。打ちかかるレイとオ・パイを吹き飛ばし、タックルで突進します! アホンとダラが慌ててその場を逃げました。

「いけない! 『セインブレイド!!』」


 呪文を唱えて力をためていたスタッドが、聖剣を輝かせて攻撃しました!

 しかし、いまの魔神バルバトスはエルマドールを手にしようと必死です。その衝撃だけで攻撃は弾き飛ばされ、スタッドは空高く放り出されてしまいます。

 魔神バルバトスは身を投げ出し、ラグビーのトライをするかのような姿勢ですべります。ズザザザッ!! と、そのせいで周囲のものが更に壊れました。そして、ズボッとエルマドールを瓦礫の中から引っ張り出し、満足気にコックリコックリと頷きます。


『おお! 我がスィートハート!!!!!! これで俺様も魔法が使いたい放題のオンパレードだぜぇ!! イッツアショーターイム!?』


 鉄仮面の中から、魔神バルバトスがニタリと笑った気配がします。それに応えるかのように、エルマドールがボワーンと妖しげに輝きます。


「させないよ!! 『スラッシュレイン!!!』」


 ここに来てノアの完成された奥義です!! 10本のナイフが魔神バルバトスを襲います!


『熱く煮えたぎるダイナマイトボディ!!!』


 魔神バルバトスが上腕二頭筋をさすりながらポージングします。エルマドールから、炎の塊が吹き荒れました!! ナイフを全て焼き溶かしてしまいます。


「ゲゲッ! アタシの技が!!」

「あ、あれは…『エクスプロード』? いえ、それよりも強い魔力!?」


 放たれた魔法が、ノアたちを焼き焦がそうと暴れます!!


「クッ! 間に合わない!!!」


 スタッドが防御魔法を唱えようとしますが、皆の距離が離れすぎていて全員を守りきることができそうにありません。


「王国秘剣!! 飛来剛刃!! 真・雷神の剣柱、『フォーマル・テンペスト!!!!』」


 巨大な雷撃をまとい、どこからともなく剣が落ちて魔神バルバトスの魔法を打ち消しました!


『お? なにしてくれとんじゃぁ!?』

「我が国で、これ以上の蛮行はさせぬ!」


 勇ましい声が響き渡ります。そして、ノアたちの危機を救った人物が姿を現します。崩れた柱の上に立ち、腰に手を当てた王者の風格。それは、なんとジャスト国王その人です!

 その表情に、いつもの気弱な様子は微塵もありません。いつもの八の字眉が、今は上下をひっくり返したようになっています。強大な敵、魔神バルバトスを前に、なんとも堂々としていました。よく見ると、その後ろには多くの兵士たちが武器を持って立ち並んでいます。逃げ出したかと思われていた城の兵士たちです!!


「ち、父上!?」


 ノアたち以上に、レイの驚きは尋常ではありませんでした。優柔不断で、弱々しい父の姿しか見たことがないからです。


「…フッ。ついに国王陛下の真の姿を見られるか」


 オ・パイが何か知っているようでニヤリと笑います。


「レイよ。お前の戦う姿を見て、ワシはかつて戦士だった己を思い出した! いまこそ、共に戦おう!」


 その勇ましき言葉に、レイは思わず頷きます。

 武器を構えた兵士たちも、居眠りするような気の抜けた様子ではありません。デムのリーダー、国王の変化が本来の姿を取り戻させたのです。

 国王がおもむろに手をつき出しました。それに合わせるかのように、地面に突き刺さった剣が浮かび、中空で一回転して、持ち主の手の中に戻ります。


「エルマドールと並ぶ国宝! “宝剣ジャスト・スォード”!! この魔法剣の威力を見せてくれる!」


 自動で手元に戻ったのは、剣のもつ魔法によるのでした。剣を手放してしまうテンペストの弱点を見事に打ち消してしまう相性抜群の効果です。


「魔法剣…」 


 ノアが何か思いついたようにポツリと呟きます。


『…おんどりゃぁ』


 魔神バルバトスが怒りをあらわにし、その赤い眼がジロリと全ての者たちを見回します。


『…ヘッ。まあいい。お楽しみはとっておくとしようZE!!』

「なんだと!?」

『それに俺様はまだ完全体じゃねぇしな! 俺様、完全復活の暁にはた~~~~っぷり後悔させてやるぜ☆ ということで、バハハーイ!!!』


 魔神バルバトスは高く自分の心臓を掲げます! そこから黒い霧がモウモウと発生し、その巨大な全身を覆いました。まるで大きな綿飴わたあめのようです。色は黒ですけれど…。そして、徐々に霧が固化して繭のような形になります。


「な、なんだよ…コレ!?」


 ノアが側に寄って、黒くツヤ光りしている繭を殴ります。完全に固くなってしまっていてビクともしません。コーンという良い音が響くだけです。殴ったノアの手の方が痛くなってしまいました。


「…閉じこもって、分離していたエルマドールと完全に一体化するつもりなんだ。そうすれば、魔法を自由自在に操れる」


 スタッドがそう言います。その顔には、魔神バルバトスを止められなかった後悔が浮かんでいました。


「魔力のフィールドを張っている以上、外から手出しはできない。残された道は…完全となった魔神バルバトスを倒すほかない」


 誰もが青ざめました。心臓を取り戻していない魔神バルバトスにすら、手も足もでなかったのです。あの巨大な身体に膨大な魔法力が備わったとなったらどれだけの脅威なのでしょう。そんなことは説明するまでもありません。少なくとも、ミルミ城やジャスト城を崩壊させた以上の惨劇となるのは間違いないのですから。


「チッ。んで、ヤツがこの中から出てくるのは…どれくらいかかるんだ?」


 バーボンの問いに、スタッドはわずかに目を伏せて少し考えます。


「ハッキリしたことは僕も解らない…。ですが、おそらく丸1日はかかるでしょう」

「たった1日ボー!? 1日で…なにが出来るボー!?」


 ボーズ太郎が頭を抱えてしゃがみ込みます。


「…メリンやファルに救援を求めるにも間に合うかどうか。それ以前に、デムを助けてくれるかも解らぬ」


 ジャスト王が柱から飛び降り、髭をなでながら思案します。


「ドレード閣下ならばきっと手を貸してくれるとは思います。しかし、レムジンも壊滅状態。その状況で、どれだけの兵士を割いてくれるものか…」


 レムジンが壊滅したという事に、ジャスト王は驚いたようでした。しかし、魔神バルバトスの繭を見て納得したのか小さく頷きます。


「…アタシたちでやらなきゃなんないんだ」


 皆が落ち込んでいる中、ノアだけが顔を上げてそう言いました。皆、ノアを一斉に見やります。


「アタシたちで食い止めよう。絶対に!」


 ノアの言葉に、レイがメルが、ボーズ太郎がミャオが、バーボンがオ・パイが…強く頷きます。最後にスタッドが目を細めて笑いました。


「ああ。だが、どうする? ボーズ太郎が言ったように、1日で何ができる?」


 バーボンの言葉に、ノアは口をつぐみます。それに助け舟を出さんとスタッドがスッと前に進み出ました。


「大丈夫。まだ…僕には考えがある。最後の手段が残っているんだ。今はゆっくり休んで体力を回復させることに努めたほうがいい」


 ノアやレイも、オ・パイとの戦いでのダメージがまだ残っていました。これでは万全とは言えない状況です。


「でも!」


 ノアが「もっと何かやれることがある!」と言うのに、スタッドはニッコリと笑います。


「大丈夫。僕を信じて…今は休むんだ。決戦は…明日だよ」


 そう言ったスタッドの目が、魔神バルバトスの繭を見やりました…。


 ついに復活してしまった魔神バルバトス。強大な力を持つ魔神に、ノアたちはどうやって挑むのでしょうか…。

 そして、スタッドの最後の手段とはいったいなんなのでしょうか…。

 こうしてついに、ノアたちは魔神バルバトスとの最後の戦いを迎えることになるのでありました……。

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