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第十七章 反撃! バッカレス親分のBプラン!!

 さて、ここで少し時間をさかのぼって、ノアたちがランドレークに渡った直後のレムジンがどうなったかをお話しするといたしましょう。




☆☆☆




 レムジンでは、今まさにロックゴーレムが地上に到達しようとしているところでした。

 怪我人を治療してやりながら、バーボンは苦々しい顔で天を見上げます。時たまにやってくる大きな揺れが、手元を狂わせてくるのが苛立たしいたらないです。


「やべぇな。アイツが落ちてきたら、怪我だけじゃすまないぜ」


 バーボンはチラッと、バッカレスのいる方を見やります。

 大教会の斜め裏手にある公園のど真ん中。盗賊団の指示で、ファルやメリンの兵士たちが協力して大穴を掘り下げていますが、とても間に合いそうにありません。まだ地上から掘っている人が見えるぐらいの深さしかないのですから。


「おい! 大丈夫なんだろうな?」


 一通り怪我の治療を終えたバーボンが、バッカレスに尋ねます。バッカレスは腕を組んで難しい顔でロックゴーレムを見やっていました。


「…時間がたりねぇな。思っていた以上に横幅がでけぇ。ま、その分、地上に降り立つのにも時間がかかってるみてぇだがな」

「お、おいおい! それじゃダメじゃねぇか! あんなのが暴れまわったら、街中しっちゃかめっちゃかだぞ!」

「うっせー! んなのは百も承知よ!! そうしたら、そうしただ!」


 バッカレスはダガー入った鞘の留め具をパチンと弾きました。ノアのよりはるかに大きいダガーなのですが、あのロックゴーレムが相手では頼りなく見えます。


「クソ。お前に付き合ってたら、命がいくつあってもたりねぇぜ!!」


 そんなことを言いながらも、バーボンも義手を鞭に取り替えます。


「…ん? なんだありゃ」


 バッカレスが何かに気づきます。

 それは瓦礫の山をヒョイヒョイと飛び越えて来る人影がありました。


「貴様たちか。アレを何とかしようとしているのは…」


 攻撃してくるガーゴイルを一刀のもとに切り伏せ、バッカレスの目の前に着地したのはドレードでした。

 上司でもないバッカレスの指示に従い、大穴を掘る作業をしていたファルやメリンたちは顔色を青くしましたが、ドレードはそれをチラッと見ただけで何も言いませんでした。


「…ファルの総大将のお出ましか。わりぃが、邪魔はさせねぇぜ」


 バッカレスもバーボンも持っている武器を構えます。ドレードはわずかに目を細めました。


「この期に及んで、そのようなことをするものか。このレムジンが助かる術があるならば、逆にこちらからお願いしたいぐらいだ」


 ドレードがバッカレスに向かい頭を深々と下げます。


「へ?」「は?」


 プライドの高いファルが頭を下げたとあって、バッカレスは拍子抜けした顔をします。バーボンも取り出そうとしていたタバコをポロッと落としてしまいました。


「…さて、それでどうすればいい?」


 ドレードが長剣をロックゴーレムに向けて構えます。その姿を見て、バッカレスはニヤリと笑いました。

 デムでもファルでも、もうそんなこと関係がないのです。ドレードも迫り来る脅威に立ち向かう同志なのだと解ったのです。


「…外壁周辺にいた兵士たちも、いまここに向かうように指示した。おそらく、レムジン全軍がここに集うだろう。もちろん、彼らも無傷とはいかないだろうが」


 バーボンはコクリと頷きます。


「生きていりゃ、治して手伝わせるさ。おたくは『死ぬな』とだけ指示だしてくれりゃいい」


 バーボンが落ちたタバコを軽くはたき、口にくわえて笑います。ドレードも口の端だけをつり上げました。


「…おっし! 落とし穴が完成するまで時間稼ぎといくぞ! 野郎ども! 気張れ!! あんな岩の塊にビビッてんじゃねぇぞ!!!」


 バッカレスの声に、作業をしている皆が声を張り上げて応えました。


 ズッシン!!


 大きな揺れと共に、ついに石柱のような大きな指が大地に突き刺さります。

 四角い出窓のような目がサーチライトのよつに爛々《らんらん》と光を放ち辺りを照らしました。

 そして逆立ちのような姿勢のまま、ようやく魔法陣から抜けた足が…


 ズズズズッシーン!!!

 

 先ほどよりもさらに大きな地響きをたてて落ちます!

 その衝撃だけで、周囲の建物が粉微塵に吹き飛びました。

 ハイハイの姿勢のまま、ロッゴーレムは大きな咆吼ほうこうをあげます!

 なんだか動きがぎこちなく、まるで生まれたての赤ん坊のようでしたが、その規模は世界最大の赤ちゃんといっても過言ではありません。なにせ、大教会の3倍はあろうかという大きさなのですから。

 もし立って走れたとのだとしたら、5分とかからずに街を横断してしまうことでしょう。


「臆すな! 怯むな!! レムジンをランドレークの二の舞などにはさせん!!」


 ドレードが長剣を振るいます。合わせてファルの兵士が剣を構え、メリンの兵士が詠唱をし出します。


「おう! 野郎ども、見せつけてやれ!!」


 バッカレスがダガーを持って駆け出します。盗賊たちも素早い足でロックゴーレムに向かって走り出しました。


「いまだ! やれ!!!」


 バッカレスの指示で、ビューッと何かがロックゴーレムに巻き付きました。ロープです。地面に忍ばせてあった大量のロープが、ロックゴーレムの手足を絡めとりました。


「ウゴオォ!?」


 ロープがビーンッと勢いよく引っ張られますが、なにせあの体格です。盗賊たちが全員かかって引っ張ってもビクともしません。


「チッ! 目だ! いっちゃん弱いところをねらえ!」


 バーボンがそう叫びます。

 皆、あの四角い目をねらって攻撃を仕掛けますが、ハイハイの状態でもかなり高い位置にあります。届く技は限られていますし、それもまた命中する可能性もあまり高くはありません。


「おるあぁ!! これならどうでぃ! 『スラッシュレイン!!!』」


 バッカレスが8本のナイフを勢いよく発射します! それらは見事、正確な軌道でロックゴーレムの目に命中しましたが……まるで動じることがありません。ぬかに釘、暖簾のれんに腕押しといったところで、ゴミが入ったとも感じていないようです。


「…フン。ならばこいつをくれてやろ」


 ドレードが鞘にいったん納めた剣を勢いよく抜き放ちます!


「『衝風刃しょうふうじん!!!』」


 刃からブーメランのような衝撃波が放たれ、ロックゴーレムの目に突き刺さりました!


「ウゴオオオオオーーン!!」


 ダメージはなかったのですが、それでもロックゴーレムを挑発するには充分だったようです。

 怒ったロックゴーレムが片腕を振り回しました。それだけで家が十数軒ひっくり返ります。幾人かの兵士たちが悲鳴と共に逃げ惑います。


「お、おい! シャレになってねぇぞ!! クソッ!! 生き残っているヤツは俺の所に連れてこい!!」


 攻撃に参加しようとしていたバーボンが、慌ててメスと包帯を取り出します。怪我人は遠目にもかなりいそうです。救助だけでも困難であろうと、バーボンは眉を寄せました。

 ファルやメリンの兵士たちが集結しつつあり、盗賊たちを手伝おうとロープを掴みますが、それでもロックゴーレムを止めることはかないません。まるで紙の紐を切るかのように、拘束していたロープをブチブチと切ってしまいます。

 また脅威はロックゴーレムだけではありません。魔法陣の形成をする必要がなくなった生き残りのガーゴイルたちも積極的に襲いかかってきます。数は減っているとはいえ、それはとても厄介でした。


「…おのれ!! 1ヶ所に固まるな! 狙いの的になる!!」


 ドレードが上手く敵の攻撃をかいくぐりながら指示を出します。

 しかし、片腕となったことでバランスが悪くなったせいか、左右から飛びかかってくるガーゴイルの爪を避けるだけでも苦戦を強いられているようでした。


「親分! まだまだまだ落とし穴は完成しないです!! そもそも完成しても、どうやってアイツを誘導するんです!?」


 ヤグルが煙玉を放ってガーゴイルたちを攪乱かくらんしながら叫びます。


「対策をたてようにも、こう敵が多くては!!」


 シュタイナが、手近なガーゴイルと格闘を繰り広げながら言います。


「それでもやるしかねぇだろうが! 泣き言いうな! ノアに笑われんぞ!!」


 ダガーを振るって鼓舞こぶするバッカレスでしたが、このどうしようもない状況に、さすがの親分も冷や汗でびしょりです。

 ロックゴーレムが、ハイハイで前進します。ちょっと動く度に建物が崩れ、整地された道路が陥没します。


「いけねぇ! よりによって大教会に向かってやがる!! まだ今じゃねぇってぇの! ケーキのイチゴは最後ってのが世界の常識だろが! アイツ止めろ!!!」


 ドレードやファルの戦士が縦横無尽に駆け巡り、手を尽くして攻撃しますが止まりません。メリンの強力な魔法を受けても、蚊に刺されたほどのダメージしかないでしょう。


「ウオゴッ!!」


 上半身を少し起こし、手を伸ばして拳を振り回しました。裏拳が周囲を扇状になぎ倒し、建物の屋根が飛び、教会の一番高い尖塔にボガーンッ!! と、当たって粉々に吹っ飛んでいきます。


「レムジンの象徴を壊されるとは! グッ、これも私の力が至らないばかりかッ!!」


 ドレードが悔しそうに拳を握りしめました。

 休むことなく攻撃を仕掛けますが、いくらやっても傷1つすらつけられそうにありません。


「だーッ! バーボン!! テメェの薬品で何とかできねぇのか!!!」


 バッカレスがツバを飛ばしながら、左拳でガーゴイルを殴ります!


「さっき泣き言いうなって言ったばかりだろうが! できてりゃ、すでにやってる!! アイツが無機物じゃなきゃな! あいにく、生物以外は専門じゃねぇ!!!」


 負傷した兵士に手際よく包帯を巻きながらバーボンが答えます。時折、それを邪魔をしてくるガーゴイルを鞭でお仕置きしながらです。忙しいったらありゃしません。


「あー! もうお終いだ! ああ、こんなことならノアに告白しとくんだったー!!」


 煙玉のストックが尽きたヤグルが涙を流しながら逃げ回ります。


「ああ、神王様。諜報活動のためだけじゃなく、今度からはちゃんと心の底から祈ります。だから、いるならなんとかして下さい!」


 シュタイナがひざまづいて大教会に向かって祈ります。神父の格好はそれに相応しいものでしたが、騒々しい戦場では台無しでありました。


「…そうだよ。謙虚さこそが祈りの本質さ」


 屋根が吹き飛んだ大教会の尖塔から、静かな声が響きました。


「え!? ま、まさか…祈りが聞かれた!?」


 シュタイナがびっくりして飛び上がります。すると、瓦礫の中からひょっこりと人が姿を現しました。


「ファラー大司教!?」


 ドレードが振り返って声をあげます。それはファラーでした。ずいぶんとやつれてフラフラですけれども、大司教その人だったのです。


「…ふう。これで、どうやら大司教の面目躍如めんもくやくじょのようだ。娘たちよ、力を貸してくれ」


 その声に合わせるかのように、5人の娘たちがそれぞれテレポートでファラーの周りに集結します。どうやら、ずっとガーゴイルたちと戦っていたようでボロボロです。それでも目は光を失っていません。


「私が魔法力を誘導する。そこから、ある人物をここにテレポートさせたい。もうそれだけの魔法力も私には残されていないからね。お前たちの力が必要なんだ」


 ファラーの説明に、娘たちはコクリと頷きます。


「何を…。誰を呼び寄せようって言うんだ?」


 バーボンが訝しげな顔をします。その側で、いつの間にかやってきていた末娘アングリー…いや、神官戦士アングリーが腕を組んでいました。


「…いまぞ、猊下とスタッド殿との契約が果たされるんだわい」


 魔法力が集中する尖塔跡を見やりながら、アングリーは大きく頷きます。


「誰が来るのか知ってるってのか?」

「まったくわからん!」


 思わせぶりなことを言っておいて、それでも堂々としているアングリーです。バーボンは呆れた顔をしました。

 しかし、そんな事をしている間に、ファラーと娘たちが詠唱を終えてテレポートを発動させます。疲弊しているとはいえ、大司教と司教合わせて6人全員の魔法力です。それはメリンの魔法兵長をして、思わず入れ歯を落としてしまうほどに強力なものとなっていました。

 キラキラと、大教会の前に虹色の光が集まります。それはかなり巨大なものでした。うっすらとその姿が明らかになっていきます。何が来るのだろうと、誰もが目を見張りました。


「よし! ウィリアム!! アタイらの力、見せつけてやるよ!!」


 現れたのは、デザート・スコーピオンのウィリアムでした。その上にはゴーグルを付けたステラが手綱を握っています。


「やれやれ。こんな形でレムジンに戻ることになるとは…」


 ステラの後ろから、のんびりとした声がします。


「おおおおおお!! あ、あれは…コネミ殿!! コネミ神官長殿ではないかッ!!!」


 アングリーが感動に打ち震え、涙を流しながら、ひざまづいて祈りだします。

 そうです。ステラの後ろにいたのはあのコネミだったのです。


「…すべてはスタッドの導き、だったんだね。まさか命がけでテレポートしたのが、元神官長コネミの元だったなんて」


 ファラーはペタリとその場に座り込み、懐から聖魔法の封じ込まれた紙を取り出します。


「まあ、お父様の魔法力がなくなったら発動する…テレポート先を固定する魔法ですか」


 長女アルマが、紙の魔法陣を見て口元を抑えます。ファラーは苦笑しました。


「まったくひどいヤツだよ…。次に会ったら、文句の一つでも言ってやらなきゃだね」


 ステラが手綱をグイッと引きました。グリンとサソリの目玉がロックゴーレムを見すえます。カチャカチャとハサミを鳴らし、すでに臨戦態勢のウィリアムです。

「…ウィリアムよりでかいね。こいつは不利だわ」


 魔物では規格外の大きさを誇るデザート・スコーピオンでしたが、それでもロックゴーレムと比べれば大人と子供ぐらいの差があります。


「おい! そこのデカイ乳をした姉ちゃん!!」


 バッカレスが下で声を張り上げます。不愉快そうな顔をしながらも、ステラはチラッと下を見やりました。


「そのデケェ魔物を使えるのか!? なら、裏に行け! そいつなら、馬鹿でかい落とし穴すぐに作れんだろ!! 真っ正面からぶち当たっても勝てるわけがねぇ!!」


 バッカレスが指さす方に、未完の落とし穴があることをステラは確認します。それからコネミの顔をみやりました。コネミは大きく頷きます。


「…では、そのための時間かせぎを私はすればいいわけですね」


 コネミがウィリアムから飛び降りて着地します。


「コネミ神官長殿!!」


 アングリーが走り寄ってきて、深々と頭をたれます。その出で立ちを見て、コネミは自分の頭をなでました。


「後継者…ですか。ならば、その責務…お分かりですね?」

「ハッ! 大教会と猊下を命を賭けてお守りすることこそ、神官の大義であると心得まする!!」


 2人とも、大教会とその上にいるファラーを見やります。そして、どちらからというわけでもなくコネミとアングリーが、迫り来るロックゴーレムに向かって走り出しました!

 ロックゴーレムの、コネミは左腕に、アングリーは右腕に向かいます。そして全身に力を蓄えたと思いきや、なんと自身の数倍はあろうかという質量の腕を抱きかかえるようにして抑えました!


「ぬうううううんんッ!!!!!」

「うおおおおおおおッ!!!!!」


 誰もが無謀だと思いました。いくら力自慢とはいえ、相手が相手です。しかし、誰もが驚く奇跡がその時に起こりました。凄まじい砂埃を撒き散らしながら、ロックゴーレムの歩むスピードが遅くなっていくのです。なんと、誰も止められなかったロックゴーレムをたった2人の男が止めてしまったのです!


「ウゴ!? ウゴゴゴゴゴッ!!!!!」


 ロックゴーレムは拘束を逃れようと暴れますが、コネミもアングリーも離しません。額に青筋を立て、渾身こんしんの力を込めて押しとどめます。


「神王の加護がある戦士の力を舐めたらいけない。魔神が封印されてからというもの、コネミは10年以上もレムジンへの魔物の侵入を封じてきた守護者なんだ」


 ファラーが言うのに、ムキムキ状態のコネミは、額に汗しながらも口元を笑わせました。


「で、デムであることの、さ、差別を恐れ…。猊下とレムジンを見捨て、に、逃げ出した愚かな隠居人にしか…過ぎませんよッ!!」

「それでも…コネミ。お前さんは、ずっとレムジンの入口から離れずにいたじゃないか。私がそれを知らないとでも思っていたのかい」


 ファラーの言葉に、コネミは少しだけ顔を歪ませます。それが悲しみによるものか、苦痛によるものなのかは誰にも解りませんでした。


「…やれやれ。ブランクがあるとキツイですね。汗が目からもでてきましたよ!!」


 さらに力を込め、コネミがロックゴーレムを少しずつではありますが押し返して行きます。


「人の力じゃねぇな。オ・パイも化け物じみているが、こんなことが可能なのかよ」


 バーボンが治療の手を止めないままで、それでも驚きつつその光景を見やります。


「ありゃ、禁忌のものだ…。自分の生命力、寿命を代償に剛力を得る献身の技法だ」


 バッカレスが口をへの字にしてそう説明します。バーボンは目を丸くしました。


「お、おい! それだったら…ヤツら!」

「そうだ。早いところ、落とし穴を完成させねぇと死にかねねぇ!」


 バッカレスがウィリアムの方を見やります。

 ウィリアムは必死で土を掘り返してますが、穴を掘るには不向きな形状のハサミです。そんなにすぐに深く掘れるわけでもありません。


「…チッ。しかたねぇな。ここでヘマやったら、ノアに何を言われるかわからねぇしな」


「お、おい!? 何をする気だ?」


 周囲を見回すバッカレスを、バーボンは不審そうに見やります。


「…あ? 決まってんだろ、奥の手だ」


 バッカレスがニヤッと笑います。そして、バーボンの発言を待つ間もなく走り出しました。


「ヤグル! プランBだ! 俺がポイントについたらすぐやれ!!!」


 バッカレスが走りながら、べそをかいているヤグルにそう言いつけます。ヤグルは目をパチパチと瞬きました。


「お、親分! プランBって…そんな!! あれだけはマズイっス!!!」

「うっせーーー!! 命令だ!!! いいからやれ!!!」


 もの凄い勢いで駆けていく親分を見て、ヤグルだけでなく部下たちが慌てだします。どうやら何事かを行うようです。


「おい!!!! そこの馬鹿力の2人!!!! そのでっけぇのを、裏手の穴に誘導しろ!!! あの大教会をグルリと迂回うかいさせてだ!!」


 バッカレスが、コネミとアングリーに向かっていいます。振り返る余裕はありませんでしたが、それでも2人とも穴の方角はわかっていました。


「か、簡単に言ってくれます…ねぇッ!!」

「し、しかし、落とし穴は…ま、まだ未完ではないのか!?」

「いいから、俺の言うとおりにしろ!!! それともあと小1時間、穴が出来るまで持ちこたえられんのか!!? ああ!? 無理だろうが!!」


 確かにコネミもアングリーも、そんなに持ちこたえられるはずもありませんでした。今現状はなんとかロックゴーレムの行進を止めているのがやっとです。ちょっとでも気を抜けば吹っ飛ばされてしまいかねません。

バッカレスは穴を掘っている公園の方に向かいます。


「おい! デカイ乳の姉ちゃん!! ここはもういい! あの2人を手伝ってやってくれ!」

「その“デカイ乳”ってのはやめてくんな! アタイはステラだ!

 でも、まだ途中だよ!? こんなんでヤツを落とせるのかい!?」


 ゴーグルを上げてステラが大声で言います。

 ウィリアムが掘った穴は、大教会の高さの3分の2ほどには達していました。人力よりは早いスピードですが、それでもハイハイしているロックゴーレムを完全に落とすには至らないでしょう。容易に脱出してしまえます。


「説明している暇はねぇんだ!! 早くしろ!!!」


 バッカレスの指示で、ステラは手綱を強く引きます。ウィリアムが反転し、ガシャガシャと自分が掘った穴を登って行きます。


「コネミーーッ!! すぐに助けてやるからなぁ!!!」


 ステラがウィリアムを操縦して、大教会を反対側から回り、アッという間にロックゴーレムの後ろに出ます。

 その時、盗賊たちが再びロープトラップを起動させました。ロックゴーレムの手足や胴体に無数のロープが再び巻き付きます。

 そして兵士たちはその反対側から木の板をロックゴーレムの下に差し込みます。そしてテコの原理で押しやりました。

 ファルとメリンの兵士たちが懸命に押し、盗賊たちが引っ張ります!


「ウゴオオオオオオンッ!!!」


 ロックゴーレムはもがきますが、コネミとアングリーがそうはさせまいと踏ん張ります。そして、押すのではなく今度は腕を抱えたまま引っ張りました。押すより引っ張る方が大変なのは言うまでもありません。さらに強く力を込めます。ウィリアムも後ろからアシストします。


「そっち押せ!」

「こっちも引っ張れ! もっとだ!」

「いいぞぉ! その調子だ!」 


 ロックゴーレムは少しずつではありましたが、傾きつつ横にスライドさせられていきます。


「よし! どういうことか解んねぇが、とりあえず穴に落とせ!!」


 バーボンが叫びます。皆の力が集結します。ロックゴーレムが穴の方にと向かって誘導されていきます。


「ウゴ!? ウゴゴオオオオオオンッ!!」


 視覚に穴を捉えたロックゴーレムが無茶苦茶に暴れます。それはそうです。穴に落とされようとしているのですから抵抗しないわけがありません。


「クソッ! これ以上は無理です!! 親分ッ!!」


 血豆を作りながらも、懸命にロープを引くシュタイナが悲鳴をあげます。

 コネミもアングリーももはや限界でした。完熟トマトよりも真っ赤な顔をしていますし、額の盛り上がった血管が、今にもぷっつんと切れてしまいそうです。


「おっし! そこまで近づけりゃいい!! ヤグルやれ!! んで、全員、そいつを離して後ろに下がれ!!!!」


 穴の前でバッカレス叫びます!

 誰もどういうことなのか解りませんでした。穴まではまだまだ距離があります。大教会から少しそらしただけです。それでもバッカレスには何か考えがあるのだと、それに賭けるしかありませんでした。

 ただプランBの正体を知っているヤグルだけが青白い顔をしています。 


「で、でも親分!!」

「でももなにもねぇ!! やらなきゃ全員潰されちまうぞッ!!!!!」


 バッカレスの言葉に、ヤグルはビクッと震えます。そして周りを見回します。何百、何千と命を掛けている人々。彼らをロックゴーレムに潰させるわけにはいきません。コネミとアングリーが手を離した瞬間、豪腕がアリを潰すよりも簡単に、側にいる人々を叩きのめすのは誰の目にも明かなのですから。


「うあああああああッ!!」


 ヤグルが叫びながら、何かの導火線を手繰り寄せ、それに火を付けます。


「逃げろッ!!!!!!!!」


 バッカレスの言葉に、慌てて皆が避難します。コネミもアングリーも手を離しました。力尽きて倒れる二人を盗賊たちが抱きかかえて走ります。


「こいつが、盗賊バッカレス様の奥の手よ!!!」


 バッカレスがニヤリと笑います。その瞬間、パンパンと何かが弾ける音がしました。


「ウゴ!?」


 拘束を解かれ、暴れようとしていたロックゴーレムが異変に気づきます。しかし、すでにバッカレスの罠の中なのでありました。

 皆が避難したのを見届け、バッカレスがどこからか取り出した導火線に火をつけました。


「地獄への案内状だぜ! うけとれやッ!!」


 再び何かが弾ける音がします。それはちょうどロックゴーレムの後ろからしました。何事かと、ロックゴーレムの目がチカチカと点滅します。


 そして間もなく、ロックゴーレムとバッカレスのいる地面が…穴の方に向けガタンと落ち、斜めになります!!


「1名様ご案内ーーー!! 直通の滑り台だぜ!!!」


 バッカレスが固い地面を選んでダガーを突き刺し、滑り落ちないように踏ん張ります。

 そうです。バッカレスは自分とロックゴーレムがいた地盤を爆破したのです。

 ヤグルの導火線は、地面の下にあらかじめ設置していた爆薬にと繋がっていたのでした。

 穴を掘ったせいで、その周囲はもろくなっています。そこを爆破することにより、穴のある側に地面が崩れ落ちて斜めになったのであります。


「ウゴオオオッ!」


 ロックゴーレムはその巨体です。踏ん張ろうにも、自分の体重に負けてしまい、ズルズルと滑り落ちていきます。


「ウゴゴオオオオッ!!」


 なんとか落ちるのを避けようと、ロックゴーレムは慌てて両手両足をばたつかせます。でも、ばたつかせれば、ばたつかせるほど、脆くなった地面が崩れて更に足場がひどくなっていきます。


「…だが、まだ浅い! あの穴に落としたところで、いずれは上がられてしまうぞ!」 


 ドレードが高いビルの上から、その光景を見やりながら言います。穴は深いものとなりましたが、ロックゴーレムの大きさならば立ち上がれば地上に届いてしまいそうでした。


「はん!! だから、この俺がここにいるんだろうがッ!」


 バッカレスは、突き刺したダガーを引き抜き、砕け落ちる瓦礫を見極め、それを足場に飛び移ります。そして、大穴の中のある地点を目指して次々と飛び移りました。


「親分ッ!! ダメだ、そいつだけは!!」


 悲痛にヤグルが叫びます。ドレードが側に飛び移り、ヤグルの肩を揺さぶりました。


「ヤツは何をする気なんだ?」

「お、親分は…。あいつと自爆するつもりなんだ!」

「なんだと!?」


 ドレードが目を見開きます。さらに強くヤグルを揺すりますが、どうしようもないと言わんばかりにヤグルはボロボロと涙をこぼします。


「オラ! さっさとここまで来やがれ! とんでもねぇのをお見舞いしてやっからよ!」


 目的の地点に達し、バッカレスは懐をまさぐりながら、滑り落ちてくるロックゴーレムをにらみ付けました。

 土壁の少し脆くなっている所を蹴り飛ばします。その部分が崩れ、石で作られた壁の一部が露出しました。それを見てバッカレスはニヤリと不敵に笑います。

 バッカレスはヤグルのサインが入った筒を数本、懐から取り出しました。それは特製の爆薬でした。


「ここまで来て壊れないなんてこと、あり得るなよッ!!」


 バッカレスは胸当てにマッチを擦りつけて火をつけます。そして、何の躊躇いもなく爆薬の導火線に点火しました。

 シャーッと火花が散ります。バッカレスの瞳にその光が映りました。そして、フッと優し気に微笑みます。


「…ノア。強く、生きろよ。しぶとく生きやがれ!」


 それは誰に聞かれるでもないバッカレスの遺言でした。

 バッカレスの背にロックゴーレムが覆い被さろうとした瞬間、雷管にまで火が達し、爆薬に着火します……


  ズッドドドドドドーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!!


 尋常じゃない爆発です。それはバッカレスの持っている爆薬だけではありませんでした。穴の周辺に用意してあった爆薬にまで火が点くようになっていたようです。まるで太陽が落ちでもしたかのように、辺りがオレンジ色に照らされ、とてつもない爆風と轟音、土煙に人々は吹き飛ばされないよう踏ん張るのが精一杯でした。


「バッカレスッーーーー!!!」「親分ーーーーッ!!」


 バーボンや子分たちが叫びを上げます。 


「こんな…!」


 目を片手で覆いながら、ドレードが口を半開きにしたまま呟きます。

 側にいたヤグルは涙と鼻水を垂れ流しながらシャックリをあげていました。


「…落とし穴が完成できなかったら、親分は、自分がけじめつけるって…。お、俺の持ってた爆薬みんな持って。プランBってのは、親分が自爆する最後の手段だったんだ!!」


 ドレードは唇を噛みしめます。そこからは血が出ていました。それにも構わず、強く噛みます。


「レイ王子といい…。なぜ、デムが。このファルの首都のためにこうまでできるのだッ!!」


 そう言って、ドレードは側にあった柱をドンッと殴りつけました。


「馬鹿野郎…。死に急ぎやがって。チキショウめッ!」


 バーボンが持っていたメスを取り落として、膝をガクリとつきます。あの爆発で生きていられるはずがないとすでに悟ったのです。


「…ウゴ、ウゴゴゴゴッッ!!」


 モウモウとたつ煙から、何かが蠢く気配があります。人々は我が目を疑いました。


「そ、そんな! あの爆発で…生きてやがるってのかよ!?」


 ロックゴーレムはまだ生きていました。上半身をもたげ、穴からむっくりと出てきます。まるで何事もなかったかのように動いているです。

 やがて煙が消え、まったく無傷のロックゴーレムが姿を現します。それを見て、誰もが絶望に沈みました。バッカレスの命をかけた奥の手も効果がなかったのです。


「なんてことだ。あそこまでやって…こんな理不尽な話があるかッ!」


 ドレードはギリギリッと歯ぎしりします。


「…そんなわけない。ヤツはもう動けない」


 ヤグルが涙をぬぐいながら言います。しかし、ロックゴーレムはレムジンを完膚かんぷ無きまでに叩きつぶそうと歩き始めているのです。

 それは、ロックゴーレムが身を起こし、穴から出てこようと縁に手を付けた瞬間でした。

 

 バッカン!


 と、何かが崩れ落ちる音が響きました。


「親分は…。親分の本当の狙いは、穴の下にあるものだ」


 ヤグルが真っ赤な目で、ロックゴーレムを強くにらみ付けながら言います。

 その言葉を聞いて、ドレードが大教会の方を見やってハッと何であるかに気づきます。 


「…地下貯水槽か!」


 巨大都市レムジンは、道路の殆どが舗装されています。それ故に雨天などによる排水の問題を、地下に大きな貯水槽を作って対処しているのです。それはちょうど、大教会の下に存在しているのでした。ここに街全部の排水が集められているのです。それは当然、膨大な水の量です。

 穴の底から、貯水槽から漏れだした大量の水があふれ出してきます。そうです。バッカレスが爆破したのは貯水槽の石壁だったのです。

 迫り来る水から逃げようと、ロックゴーレムは穴から慌てて出ようとします。しかし、緩慢なロックゴーレムよりも水が満ちる方が早かったのであります。


「ウゴオッーー!!??」


 ロックゴーレムが手を滑らしてひっくり返ります。大量の水しぶきと共に轟音が響きました。飛び散る水は、大教会にいたファラーの顔にまで飛び散ります。


「…これはただの水じゃない?」


 ファラーが額にかかった水をすくいとり、指でこすると少しネバネバしています。仄かに甘いような匂いもしました。


「増粘剤の一種です。我々の住む森で採取される『ルロン』と呼ばれる実からとれるものです。水と反応して、粘り気のある液体になります。ああ…なんてことだ。親分が…これを貯水槽に仕掛けるよう指示をだしていたのはこのためだったのか」


 全てを知らされていなかったシュタイナが、悔しそうに帽子を深々とかぶり直します。ツーッと頬を涙が一筋伝いました。

 ロックゴーレムは何度も起きあがろうとしますが、粘り気のある水のせいでヌルヌルと滑ってしまいます。なんとか数歩は前に進めても、穴からは上がれそうにありません。重い体重が災いして、滑り落ちてしまうのです。すぐ目の前に敵がいるのに進めない。悔しそうに、ロックゴーレムは咆吼をあげました。

 未だ諦めずに起きあがろうとしたロックゴーレムでしたが、やがて緩慢な動きが更に鈍くなっていきます。ドロドロであった水の表面が固まっていき、氷のようなバリバリとした固体となっていきます。


「ウ…ゴ…オ……ッ……」


 そして、やがてロックゴーレムごと完全に固まってしまいました。ピクリとも動けなくなります。


「ルロン増粘剤は、水に溶け出した後、空気に触れると急激に硬化するんだ…。だから、俺らがトラップで使うときにはビニールで密閉して使う。敵に投げつけて、破裂させることで足止めに使えるからね。

 だから……もう二度とヤツは暴れるこはできない。親分が勝ったんだ」


 ヤグルががっくりとうなだれてそう言います。

 ファルやメリンの兵士たちも、兜を脱いで、呆然とした顔で、動かなくなったロックゴーレムを見やります。

 ロックゴーレムに気をとられていて誰も気づいていませんでしたが、いつの間にかガーゴイルも1匹残らず倒し終わっていました。もう動いている敵は存在しないのです。

 先ほどの戦いが嘘だったみたいに、辺りは静まりかえっています。あめ細工のようなオブジェとなったロックゴーレムが、全ての戦いの終わりを物語っていました。

 徐々に、人々に勝利の実感が湧いてきます。沸々と、身体の内側から喜びが満ちてきます。長い悪夢から覚めた開放感です。


「や、やったー!」

「お、俺たちが勝ったんだ!!」


 誰からでもなく、喝采の声があがります。それは大きな波紋となり、レムジン全体が震撼するように喜びの声が響き渡りました。

 隠れていた民たちが、シェルターを開いて姿を現します。生き残れたことを互いに確認しあい、抱き合って涙を流します。飛び上がって、頭を大きく振ります。兵士たちも、剣を捨て、杖を捨て、守りきった愛する者の側に駆けつけます。

 しかし、バーボンや盗賊たちは浮かぬ顔です。ファラーや娘たち、ステラも心から喜べないといった感じでした。


「……静まれ、民たちよ」


 いつの間にか、ドレードが一番高い瓦礫の塔の上に立っていました。全ての民が見渡せるような位置です。

 人々はレムジンの指導者を前に一瞬だけざわめきたちましたが、すぐに口をつぐんで皆がドレードに眼を向けます。


「…我々は勝利した。ランドレークやミルミのような破滅は回避されたのだ」


 かつてミルミ城にいたメリンたち。とくに魔法兵長などの歳いった年代の人々は大きく頷いて鼻をすすります。


「だが、勝利はファルとメリンだけのものではない。デムたちの協力があったからこそだということを忘れてはならない…」


 そう言って、ドレードはロックゴーレムの亡骸を見やります。そこにバッカレスもいるはずでした。


「クッ…! 親分ッ!!」


 大穴の方を一斉に見やり、盗賊たちが泣き出します。嗚咽おえつをもらします。


「クソッ。俺は…俺はノアになんて言えばいいんだよッ!! バッカレスッ!!」


 バーボンが力の限り拳で石畳を殴ります。何度も何度もです。側で治療を受けていた兵士たちが、それを戸惑い気味に止めました。拳が血だらけになったバーボンは大きくわめききます。

 最初、デムだからといって敬遠していたファルやメリンの姿はもうありませんでした。盗賊たちをなぐさめるかのように、側に寄って一緒に悲しみを共有します。もらい泣きする人々の姿もありました。そこには種族の差などありません。共に危機を乗り越えた仲間なのですから。


「…我々は、スタッド殿に次ぐもう一人の英雄を失った。それを永久に忘れることな……く?」


 語っていたドレードが、何かを見つけて目を見開きます。

 ロックゴーレムが固まっている奥、穴の端に誰かがいます。硬化した水が飛び散り、それで全身がガッチガチにくっつきながらも、何かを一生懸命に支えています。


「…ディレアス卿!?」


 信じられないと言わんばかりに、ドレードは声を上げます。

 それはメリンの代表であるディレアスではありませんか。先ほどから姿が見えないことから、他の元老員と共にレムジンから脱出したものとドレードは思っていたのです。

 ドレードは俊足の足で、ディレアスの元に向かいます。

 ディレアスは真っ赤な顔をして、何かをつかんで、穴に落ちないよう引っ張っているのです。


「あ、ああ! ドレード卿! た、助けてッ…わ、私は、あ、足が!!」


 包帯が巻かれた膝から出血していました。どうやら、無理して踏んばっているせいで治療した傷口が開きかけているようです。

 ドレードは慌ててディレアスがつかんでいるのを代わろうと腕を伸ばしました。

 掴んだものといえば、それは1本のロープでした。先端に何があるのかは、ドレードの位置からは死角になっていて見えません。


「これは…何だ?」


 それがズッシリと、思ったよりも重くてドレードは眉を寄せます。

 穴の奥を見やろうとしますが、ちょっと前のめりになっただけで引きずられてしまいそうです。片腕しかないので、それだけで支えるのもちょっと辛いぐらいなのです。

 そうこうしてるうちに、ファラーたちやステラがやってきます。

 そして、今にも倒れそうなドレードとディレアスを支えました。


「これは、なんなんだい?」


 ステラが力任せに、ドレードの腕ごとグイッとそれを引っ張り上げます。何かがゴンッと引っかかった手応えを感じました。


「イデッ!」


 悲鳴が聞こえました。それがロープの先から聞こえたのだと解って、ステラはあんぐり口を開きます。


「人かね!? そりゃ大変だ!! すぐに引き上げてやらないと!」


 ファラーが言います。魔法力があれば、空を飛んで助けにいけるのですが、あいにくと娘たちも含めて魔法力はすっからかんでした。


「これは…重いねッ! ウィリアムに括り付けて引っ張るしかないか!」


 ステラが口笛を吹くと、ウィリアムが尾っぽの針を突き出します。それはフックの様な形状をしているので、何かを牽引けんいんするにはちょうど便利な形です。ステラはロープの先端で輪っかを作って針にと器用に括り付けました。

 ウィリアムはグルンと目を回し、勢いよく尾っぽを引っ張ります。ロープは大きくたわみ、ズボンッ! という間抜けな音がして、何かが穴から飛び出てきました。


「うおおおおおおッ!!?」


 ロープの先端にいる人を見て、ドレードもファラーもステラも目をまん丸にします。


「ほげぇッ!」


 ドッシン!


 勢いよく地面に叩きつけられ、その人は悲鳴をあげました。

 全身が硬化した水で覆われていて、地面に当たった衝撃でそれらがバラバラと砕けます。


「…ば、バッカレスさん?」


 ファラーが恐る恐る尋ねます。バッカレスはしばらく唸っていたかと思うと、目をうっすらと見開きました。


「イテテ…。もちっとマシな助け方はねぇのかよ」


 ようやく、バーボンや盗賊たちが駆けつけました。


「バッカレス!!」「親分!!」「生きてたのかッ!!」


 次々と、驚きとも喜びとも聞こえる声がバッカレスに大量に浴びせかけられます。うるさそうに、バッカレスは苦い顔をしました。


「親分ッ! 俺、俺は…!! 親分が、俺の爆薬で死んだものかと!」


 一際、ヤグルが泣きじゃくってバッカレスの身体に抱きつきます。手足が固化していて動かないのでバッカレスはその抱擁ほうように甘んじるしかありません。気持ち悪そうに、バッカレスは歯をむき出しにして怒鳴りました。


「馬鹿野郎! 俺様がそう簡単に死ぬか!! ましてやオメェのヘナチョコ爆弾にやられると思ってか!」


「マジかよ…。誰だ、自爆しただなんて言いやがったの」


 バーボンがガックリと肩を落として、ヤグルをにらみます。その視線を感じながらも、ヤグルはバッカレスの胸元で泣きじゃくっていました。


「脱出用のロープを用意してりゃ、予想以上に早く水が固まっちまって…動けねぇじゃねぇか! どんだけ薬いれたんだ!! 早く固まりすぎだろがコレ!!」


 シュタイナがゴシゴシと涙を拭いながら、前に進み出てきます。


「そりゃありったけですよ…。倉庫にあったの一応、全部もってきていましたからね。なにせ、このレムジンの貯水槽がどれだけ大きいのか。それを調べる術も時間もなかったんですから」


 それを聞いて、ファラーがフッと笑います。


「ああ…。なるほど。今は雨期じゃないから。そんなには貯水槽に水はなかったと思うよ。実際に、満水だったら、この大穴からあふれ出るほどになるはずだからね」


 その言葉を聞いて、皆が一斉に大笑いしだします。


「…しかし、ディレアス卿。よく、バッカレス殿に気づいたものだな」


 ドレードが言うのに、痛む足をさすっていたディレアスは赤面します。


「い、いや…偶然です。でも、このままデムに…いいところばかりとられるわけにはいきませんから」


 ディレアスがバーボンをチラッと見て言います。その目には見返してやりたいという気持ちが込められていました。何か自分ができることをしようとして、ディレアスは怪我している身でありながらもここにいたのです。それにはメリンの代表としてのプライドがあったのでしょう。

 ドレードが口の端だけを笑わせます。何があったのかまでは知りませんでしたが、これからのメリンを担う若い指導者の成長ぶりを心の中で喜びます。


「フッ。じゃあ、後は…俺の仕事だな。…大事な死に損ない1人助けてもらったんだ。その借りはン万倍にして返してやるよ」


 バーボンが、ディレアスに笑いかけ、立ち上がるのを助けました。


「オウ。テメェの腕が衰えてねぇとこみせてやれ…。だがな、バーボン。その前に…」


 バッカレスが真面目な顔をしてバーボンを見やります。


「あんだよ?」

「…これ、何とかしてくれ」


 固化した自分の身体をバッカレスがしゃくります。側ではヤグルがまだ抱きついて泣いていました。『これ』というのはヤグルも含まれているのです。

 そこで改めて見るバッカレスの姿の滑稽こっけいさに、皆が一同に吹き出して、再び心からの笑い声をあげたのでした……。


 こうして種族を越えた多くの人々の力を得て、ビシュエルの策略によるレムジンの最大最悪の危難は無事に回避されたのでございました……。

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