表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

第十六章 英雄スタッドと聖剣エイスト

 それはそれは長い長い道のりでした。林を抜けてただひたすら前にだけ進みます。

 ビシュエルはもういませんでしたが、魔法力がパワーアップしたメルがバランサーを唱えてくれたので進むのには支障はありません。

 たまに悪魔たちが襲い来ることはありましたが、この辺の親玉であったビシュエルを倒したおかげか頻度は格段に減っていたことは幸いでした。

 そしてやっとのことで目的地に辿り着きます…。


「…ここで間違いない」


 レイは何度も地図と現地を確認します。方角も位置も間違ってなどいません。


「…どういうことだ?」


 苦し気に出されたレイの問いかけに答えられる者は誰もいませんでした。

 なぜならば、地図に示された場所はただ一面が雪に覆われたなんの変哲もないところだったからです。

 辺りは雪景色だけ。遺跡の“い”の字も見当たりません。

 ノアは愕然がくぜんとして、雪原にドサリと膝をつきます。


「なんだよ…。何もないじゃないか!」


 レイは辺りを見回しますがやはり何も見えません。


「やはり、ここじゃないのか…? 道をどこかで間違えたとか?」


 再度、地図を見直しますがどう見ても合っています。間違えてなどいません。決して迷うような道のりではありませんし、それは考え難いことでした。


「…いえ。しかし、ここです」

「ボー。ビンビン感じるボー!」


 メルとボーズ太郎が確信を持って言います。魔法を扱う者には何かが感じとれるのでしょう。


「でもでも、なーんもないニャ。なにがあるんミャ?」


 ミャオがヒクヒクと鼻を動かして、首を横に振ります。ニオイも感じられないのです。

 ノアもレイも困ったような顔をします。なにかあると言われても、五感じゃとらえられないものであればどうのしようもありません。


「う、嘘じゃないボー!」


 ノアたちの沈黙に、疑われたものと思ったボーズ太郎は慌てて周囲を探しだします。でも、雪を掘れど何もでてきません。


「…どういうことかしら? 聖なる力はこの辺りから感じられるのに。封印の類いではないですし…」


 メルも懸命けんめいに魔法力の流れを追いますが、追うと途中で煙にまかれたように見失うのです。

 あまりに漠然とした気配に、正確な位置を見極めることができずに困惑します。


「『…ラグナロク遺跡。神の運命を定める審判のやしろ。世界創世にして終焉しゅうえんの神域。人が神と契約を交わせし古の地…』」


「シャリオ?」


 いきなり重々しく語り出したシャリオに皆が驚きます。子供が言う台詞には思えません。表情がいつもと違います。瞳が青白く煌々とし、言い知れぬ威圧を発しています。


「『…時は満ち足りた』」


 シャリオはそう言って目をつむります。


「へ?」


 ドン! と、下から突き上げるような衝撃があったかと思うと、大きく地面が波打ってグラグラと大きく揺れ出します。


「うわわわッ! またかよ!」

「ミャー、また地震ニャ!? ユラユラはイヤだニャ!」

「でも、悪魔は…ビシュエルは倒したボー!」

「悪魔はビシュエルだけじゃありません! これだけ悪魔がいるんですから!」

「そもそも、悪魔が地震を起こしてる…その話が眉唾まゆつばと考えるべきだ!」

「ええい! そんな呑気のんきに話をしてる場合じゃなイギッ! …ッてぇー! 舌かんだぁー!!」


 そんな大騒ぎの5人でしたが、地震はすぐに止みます。


「…何度経験しても慣れはしないな。しかし、本当になんなんだこれは?」


 レイがため息を吐いて頭を振ります。


「…あ。入口だよ」


 瞳の輝きが消え、素に戻ったシャリオが指をさします。

 その方向に目をやると、なんと何もなかった雪原にポッカリとした穴が…洞窟ができているではありませんか。

 まるで最初からありましたという感じに、両手を広げてもぜんぜん足りないぐらいな大口を開けています。


「地震のおかげで埋もれてたのが出てきたのかな?」

「そんなことが…」

「でも、最近の物ではないのは確かですね」


 積もってる雪、入口に連なる氷柱からして、それが突如として現れたものではないことが解ります。ずっとここにあったのでしょう。


「…これがスタッドさんの聖魔法なんでしょうか。遺跡を敵から見つかりにくくしていたのかも知れません」


 メルが言うのに、レイが眉を寄せます。

 そしてレイは少し悩んだ後、ノアに目を向けました。


「ノア。俺はずっと思っていたことがある…」


 レイの神妙な声に、ノアもポカーンと開けていた口をきつく閉じます。


「な、なにさ?」

「スタッドは確かに俺たちを招いている。でも、それは…歓迎とは違うのかも知れない」


 メルもボーズ太郎も、ミャオもシャリオも…不安そうな顔つきでノアとレイを見ます。


「…なんだよ。なにが言いたいのさ」


 言ってから、ノアは自分がとても冷たい口調だったという事に気づきます。でも訂正できません。訂正したら、自分も心の底で感じている不安を認めてしまう気がするのです。


「それは…」


 レイは少しためらってから、それでもノアを見据みすえて意を決したように口を開きます。


「あまりに…話が出来すぎていると思うんだ。そこまでスタッドを信用していいんだろうか?」


 ノアが目を大きく見開きます。それは驚きでもあり、怒りを含んだものでもありました。


「いまさら何を言ってるんだよ! ここまで来て!」


 激昂げっこうするノアです。メルも同意して頷きます。


「ボーズ星人の長老様も、ファラー大司教も…スタッドさんを信頼していました! レイはそれを疑うというの?」


 メルに詰め寄られ、レイは気まずそうな顔をします。


「そうだボー! 我らはスタッドに助けられたんだボー!」

 

 いつの間にか、レイ1人だけを責めるように皆の視線が向けられています。ミャオだけはキョロキョロとしていましたが…。

 それでもレイは自分の考えは間違ってないと思います。むしろ、ここでちゃんと話しておかないと、もし最悪なことになってからでは遅いのです。


「…なら逆に聞くが、スタッドはなぜ姿を現さないんだ? こんなランドレークの最果てまで俺たちを呼んで何をしようとしてるんだ?」


 レイが問うのに、ノアは顔を曇らせます。


「で、でも! スタッドはアタシを助けてくれた! オルガノッソと戦った時だって!!」


 ノアは必死に言います。ボーズ太郎も強く頷きます。


「すべてがスタッドの筋書き通りだとしたら…。別の見方も出来る」

「…どういうことさ?」


 レイは大きく息を吐き出しました。


「ノアが窮地きゅうちに陥ったのも…ボーズ星人たちがオルガノッソに襲われたのも、すべてがスタッドの計画だった可能性がある」


 時が止まったかのように、ノアはその場で固まります。

 スタッドがノアの存在を知っている時点で、頭の隅ではその可能性があることに気づいていました。でも、認めたくなかったのです。命を助けてくれたスタッドを信じたかったのです。

 気まずい沈黙が降ります。何とも重苦しい雰囲気でした。


「……もちろん、確証のある話じゃない。だけど考える余地のあることだ」

「そんな…。そんなこと…」


 メルは必死に否定する言葉を探しますが、すぐには出てきません。メルにも疑似魔法をボーズ星人たちに渡したスタッドの行為に小さな疑問を抱いていたのです。


「もしスタッドが俺たちと共に最初から戦ったとしたら…」

「……レイ。それがアンタの本当の気持ちなら。ここでお別れだ」


 レイの説明を最後まで聞かずに、ノアはクルリと背を向けてしまいます。


「待て! ノア!!」


 レイは呼び止めますが、ノアはそのまま洞窟の中へと向かっていってしまいます。

 他の皆も、顔を見合わせ、少し悩んだ挙げ句、ノアの後を追いました。それを見て、レイは強く舌打ちをします。


「よく考えるんだ! どうして、そこまでスタッドを信用できる!?」


 そう叫びますが、ノアは立ち止まりません。いえ、正確には立ち止まれなかった…と言うべきでしょう。レイの言葉に耳を貸しては、自分の決心が揺らぎそうだったのです。


 なぜ、オ・パイによって瀕死になったノアを、スタッドがあのタイミングで助けられたのでしょう?

 なぜ、ボーズ星人たちを試すような真似をしたのでしょう?

 なぜ、ファラー大司教を通して自分の元へ案内しなければならなかったのでしょう?

 疑問がひとつ湧いては、次から次へとひっきりなしに現れて、そしてうやむやのまま消えていきます。

 そして、これが最大の疑問でした。なぜ、スタッドはノアの事を知っていたのでしょう? そしてどうしてノアをラグナロク遺跡に呼び寄せたのでしょう?

 魔神バルバトスを封印を完璧にするため…。それにしたって、どうしてノアが必要だというのでしょうか?

 少なくともスタッドは何かを隠しているに違いありません。どういう理由でか、ノアたちにその全てを教えてくれているわけではないのです。


「……そうだとしても…」


 『もう大丈夫だよ。死んで良い命なんて一つもないんだから…』と、スタッドがノアにかけた言葉。これだけが、ノアにとっての支えでした。その言葉を信じたからこそ、彼に会うためにノアはここまでやってきたのです。


「……いまさら疑うもんか」


 優しい目元、頭に乗せられた温かい手…。それが偽りであったとは思えません。

 ドキドキした気持ちは本物です。一目惚れに理由があるでしょうか? 好きになったから…信じたい。ノアはその一心だったのです。



 洞窟の入口で立ち尽くし、レイはひどく後悔していました。


「クソッ…。なんだよ。俺、なんであんなことを言ったんだ」


 レイは額に手をやります。

 自分の意見が間違っているとは思っていませんでしたが、あんなことを言えばノアが怒るのは当然です。そんなミスを犯すなんて、レイらしくありませんでした。

 なぜかスタッドを心から信用するノアが憎々しく思えて、言わずにはおられなかったのです。

 しかし、ここで置いていかれてもどうしようもありません。

 

「……謝って許してもらえる…かな?」


 レイは大きく息を吐き出すと、ノアたちを追って洞窟へと入っていきました……。



 ノアは早足で洞窟の中を進んでいきます。

 洞窟は真っ暗で、どこがどうなっているのか全く解りません。それでも、ノアはお構いなしにズンズンと奥へ向かっていきます。

 まるで、憂鬱ゆううつな自分の心の奥底に向かっているみたいだとノアは感じていました。


「ノア!」


 ようやくメルが追いつきます。ちょっと息が乱れています。よほどノアは早足だったのでしょう。ノアの肩に置かれたメルの手が、その場に押しとどめようとするかのようです。


「…どうしたの? いつものノアじゃない」


 メルがそう心配そうに言います。ノアはゆっくりと振り返りました。


「いつものアタシ? いつものアタシって…なにさ」


 なんで、こんな風に冷たくなってしまうのでしょう。そんなつもりはなかったのです。でも、気づいたらその言葉が口から出ていたのです。

 メルがちょっと困った顔をしたのが、ノアには解りました。


「ノア。お願いだから、落ち着いて聞いて…。私もスタッドさんのことは信じています。でも、レイが言う心配は当然だとも思います。スタッドさんが何をしようとしているのかはまだ解らないのですから」


 穏便おんびんに言うメルでしたが、ノアにはそれが気に入りません。ノアを気づかう遠慮のある態度。それでいて、メルは言いたいことを含ませ言ってくるのです。


「ハッキリ言えばいいじゃん。メルだって、スタッドのことを本当は怪しいと思っているんでしょ?」

「そんなことは…!」


 メルは明らかに傷ついた顔をします。ノアの胸に何かがチクリと刺さりました。


「じゃあ、スタッドの何を信じるの? メルは会ったこともないのに?」


 ノアの詰問に、メルは言葉に詰まります。ノアは目を細めました。


「…メルはさ。良い人すぎるんだよ。アタシのことだって、本当に友達だと思っているの? ただ友達だと思いこもうとしてくれてるんじゃないの?」

 

 これは関係のない話だ…そうノアは頭の片隅で思いましたが、なんでか口が勝手に動いてしまいます。

 メルは口元に手を当てます。目がうるんで、今にも泣き出しそうです。


「いつも優しそうなフリしちゃってさ…。それって本当にメルの気持ちなの? ただバーボンおじさんに近づきたいから、アタシと仲良くしているだけじゃないの?」

「わ、私はそんなこと!!!」


 ついに、ブワッとメルの目から涙があふれました。でも、ノアはそれがますます憎らしく感じます。偽善者っぽく見えるんです。気に入らないのです。


「メルメル! ノア、ひどいボー!!」


 ヨレヨレになって追いついたボーズ太郎が、頭から煙を出して怒ります。


「ひどい? ひどいのはどっちだよ…。ボーズ太郎。アンタだって、本当にスタッドのことを信じてここまで来たのか? オルガノッソを倒すとき、スタッドに騙されていたんじゃないか。それでも信じているっていうのかよ?」


 聖波動クライクの紙を握りしめて、ボーズ太郎は複雑な顔をします。

 これはボーズ星人たちの命を使わなければ発動しない疑似魔法だと言われていました。スタッドはそんな嘘をついて、この魔法陣をボーズ星人たちに託したのです。酷といえば酷なやり方じゃありませんか。そんな嘘をつく必要がどうしてあったというのでしょう。そのせいで、ボーズ星人たちは死ぬ覚悟までしなければならなかったのですから…。


「…なんだか、変な感じニャ」

「ノアお姉ちゃん…」


 ミャオがボーズ太郎の後ろから顔を出します。シャリオを抱きかかえながらも、モゾモゾと居心地が悪そうにしています。

 シャリオもミャオと同じような不安そうな顔つきでした。


「ミャオ。アンタだって…別にスタッドに会う理由なんてないだろ? レムジンでお兄さんに会えたんだ。さっさと戻ったっていいじゃんか」

「ミャー…。でもでも、でっかくて悪いの倒さなきゃ…いけない、ニャー」


 ノアが怖い顔をしていたので、ミャオは視線をさまよわせながらそう答えます。その態度がさらにノアの神経を逆撫さかなでしました。


「倒す理由ってなに? ミャオにそんな理由なんてないよな?」

「み、ミャ…」

「ノア…。そんな言い方は…」

「メルだってそうだろ。お父さんとだって解り合えたんだし、もうついてくる必要ないじゃん。アタシは納得してないけどね。そんなことより大好きなバーボンおじさんのいるレムジンに戻ったら?」

「なんでそんなことばかり言うボー!」

「ボーズ太郎。アンタこそ、仲間たちがやられてもオ・パイに何もできなかったじゃん。結局、何もできないし、やらないなら退化神殿に帰った方がいいんじゃない? 時間のムダじゃん。それより長老たちを弔ってやんなよ」


 言いたいことをすべて言えて、ノアはスッキリしたような気がしていました。

 対する他のみんなは傷ついた顔を浮かべています。悲しみに満ちています。ノアの心の奥底にチクリと何かが刺さった気がしました。


「…手下のビシュエルにだって、アタシたち全員でも危なかったんだ。アタシたちで、魔神バルバトスがどうにかできるなんて思えないね」


 ノアの言葉に誰も答えません。気持ちが遠く離れてしまったようです。


「アタシに必要なのはスタッドだ。スタッドだけなんだ!」


 ノアはそう叫んで、皆から逃げるように走り出しました。

 もちのん誰も追ってきません。それはそうです。あんなひどいことを言ったんですから。誰も…もうノアにはついてはきてくれないでしょう。


 どれだけ進んだことでしょう。暗闇はますます濃くなり、入口からの光ももはや見えません。

 そこはノアの心のように真っ暗で悲しく寂しいところでした。

 急に強い孤独と不安がノアを襲います。心細さから、つい来た道を振り返ってしまいました。


「……みんな」


 小さく声をかけます。…返事はありません。


「みんな!!」


 大きく声を出します。もし後ろにいれば聞こえたはずです。それでも返事はありません。

 いま謝れば許してもらえるかもしれない。そんなことを思ったのです。でも、もはや誰もいません。すでに時は遅かったのです。


「なんだよ…。なんでだよ、みんなで、一緒に…ここまで来たんじゃん」


 ノアは膝を抱えてしゃがみ込んでしまいます。

 勝手なことを言っているのは自分で解っていました。後悔してもしきれません。

 なんで自分はあんなことを言ってしまったのでしょう。その場の感情にまかせ、わざと仲間を傷つけるようなことを言ってしまうなんて最低です。ノアは激しく自己嫌悪しました。


「スタッド…。スタッド!! どこにいるんだよ!!」


 ノアは声を張り上げてスタッドの名前を呼びます。でも、応えはありません。木霊こだまする声は洞窟の闇に溶けて消えてしまいます。


 スタッドはここにいるのでしょうか?


 そもそも、ここが本当にラグナロク遺跡なのでしょうか?


 暗闇がノアをもっともっと不安にさせます。孤独がノアを焦らせます。猜疑心さいぎしんがあふれてだして止まりません。


「うわわあんッ!」


 ついにノアは泣き出してしまいます。

 小さな子供のようにみっともなかったですが、それでも仲間やスタッドから知らん顔されているよりはみっともない姿を見せた方がマシです。



──ノア。それでいいのかい?──


「いいわけがない…。いいわけがないよ」


──どうしてそんなところで頭を抱えて悩んでいるんだい?──


「どうすればいいのか…解らない。何を信じていいのか解らないんだよ」


──…ノア。ノア。君は今までどうやってここまで来たんだい?──


「…どうやって?」



 ノアは考えます。自分はどうやってここまで来たのでしょう?


 思い出します。ここまで来た道のりを……


 メルがいなければ、霊希碑からガラガ山道を通ることが出来ませんでした。彼女の魔法でしか倒せない敵もたくさんいました。

 

 ボーズ太郎がいなければ、死ぬ程の傷を治してはもらえませんでした。防御魔法によるサポートは数え切れません。

 

 レイがいなければ、途中で道に迷っていたかもしれません。戦闘では一番危険をおかして前にでてくれました。


 ミャオがいなければ、コネミやドレードの気持ちを動かすことはできなかったでしょう。彼女の明るさが大変な旅でも乗り越える元気をみんなにくれたのです。


 ああ。いずれにしても、ノア1人の力でやって来たのではないのです。

 みんなが力を合わせて、それぞれの役割を果たしたからこそ、ここまでやって来れたのであります。

 誰か1人でも欠けていたとしたら、決して上手くはいかなかったのではないでしょうか…。


 ノアは顔をあげます。

 なんでここまで苦楽を共にした仲間を信じてあげられなかったのでしょう。一時な感情に流されて、失っていいものであるはずがありません。そんなに安っぽいものではないのです。


「ああ。そうだ…。ダメだ。アタシだけじゃ…。みんなッ!!!」


 ノアが立ち上がって叫びます!

 次の瞬間、光がノアの周囲を駆けめぐりました!


 空間が開け、闇が四方に散らされていきます!

 あまりの光量に、目が眩みます。まるで太陽の中にいるみたいです。


「…そうだ。それでいいんだよ。ノア。僕じゃない。仲間を信じなさい。ここまでやってきた仲間たちの力。それこそが君の力となる!」


 光の満ちている先から、優しい声がします。

 ノアが目を細めて見やると、人影のようなものが何か細長いものを振りました。

 ビュン! という風切り音がして、光が少しずつ収束していきます。


「ようこそ! ラグナロク遺跡へ! 僕の元へ!!」


 ノアの目の前に立っていたのは、スタッドでした。

 両手を広げ、にこやかな笑顔を浮かべています。ちょっとずり下がって、鼻メガネになっているところが剽軽ひょうきんな感じですが…。

 それは、あのエルジメン橋で出会った男そのものだったのです!


「スタッド!!」


 ノアは感極まって泣き出しそうになりますが、慌てて目の周りをゴシゴシとこすります。ちゃんと顔会わせるのが、泣き顔だなんてあんまりですから。

 ちょっと赤い目でスタッドを見やると、ノアの胸がドキドキと高鳴ってきます。なぜか、本当に赤の他人には感じられないのです。これは間違いありません。好意であり、恋でした。ノアはそれを今ここで確信します。


「…ずっと、ずっと…会いたかった」


 ノアが今までにないぐらいに緊張して、ちょっと上擦った声で言います。

 スタッドは目を細めて、嬉しそうに微笑みます。


「そうだね。僕もだよ。ようやくこれで…“時が進む”」


 スタッドの視線が、ノアから外れます。

 ノアはスタッドの視線の先を追いました。


「な!? み、みんな!!!」


 視線の先、ノアの後ろには…なんと、みんなが倒れていたのです。


「クッ。いったい…これは?」

「頭が痛い…ボー」

「これは…魔法でしょうか。ううッ」

「ミャー…グルグルグルグルグルニャー」

「お姉ちゃん。ボク…眠くて、眠くて…」


 どうやら、みんな無事のようですが…それでもこれはいったいどうしたことでしょう?

 ノアは辺りを見回して気づきました。ここは洞窟の中などではありません。大雪原のど真ん中。そこに菱形ひしがたの岩で出来た大きなステージがあり、その上にスタッドを含むみんながいるのです。

 これこそがラグナロク遺跡の正体だったのです。


「さあ、喋る時間も惜しい。立ち上がりなさい」


 柔らかな口調ではありますが、それは命令の言葉でした。

 ノアは眉を寄せて、まじまじとスタッドの顔を見やります。しかし、表情はさきほどと変わらないにこやかなものです。

 その時、ノアは自分の耳に違和感があることに気づきました。ビシュエルが吹いていた笛のような音色が、小さく耳の奥で響いているのです。

 その音の発生源は、スタッドの右手の刺青からのように思われます。


「こんな子供だましの幻術が通用するはずもないか…。当然だね。ここまで来たんだから」


 スタッドが右手刀を切ります。すると、笛のような音がまったく聞こえなくなりました。

 ノアは自分の視界がより開け、意識がはっきりするのを感じます。仲間たちも同じで、ヨロヨロとしながらも立ち上がりました。


「…グッ。もしかして、スタッド。お前は、ビシュエルと同じく俺たちに幻術を!?」


 レイが剣の柄に手を当てながら言います。


「そ、そんな…まさか。なんで?」


 ノアの唇がフルフルと震えます。そして、スタッドをジッと見つめました。それでも彼の表情は少しも変わりません。


「…こんなところでつまずいてもらっては困るんだよ。さあ、始めよう。全ては聖剣エイストの意思のままに!」


 スタッドが右手を大きく掲げます。そうすると、右手全体に描かれた魔法陣の刺青が黄金色に輝きました。

 ズギュギュギュッ! という皮膚を切り裂くような嫌な音がして、無機質な何かが手の平からせり出してきます。

 それは聖剣エイストでした。神々しいまでに白銀に輝く直刀。その刀身には、ノアたちがまるで見たこともない言語がズラーッと書かれています。

 光のエネルギーが収束して出来上がったつばが、スタッドの指先でクルクルと三重の輪を描いて回転しだしました。


「な、なんで…」

「戦うのに言葉はいらないだろう?」


 ノアの問いに対し、スタッドは冷たく返します。微笑みとのギャップが激しすぎて、余計に冷酷に聞こえます。


「危ない! ノア!!」


 急に剣を振りかぶって突進してきたスタッドに、レイがノアを突き飛ばして反撃しました。スタッドの剣とレイの剣がキーンと響いてぶつかり合います。


「れ、レイ…。アンタ…」

「今は呆けている場合じゃないだろ!! 襲いかかってくるなら、立ち向かうだけだ!!!」


 力で押し返し、レイが袈裟けさに斬りつけます!

 スタッドはパッと飛び跳ねてそれをかわしました。


「それでいい! 全力で来なければ、この僕は倒せないよ!!」


 レイに続き、ノア以外の皆が戦闘態勢をとります。


「スタッドさん! どういうことかは知りません。ですが、ノアを傷つけるというなら許しません!」


 メルが詠唱を口ずさみながら前に進み出てきます。


「そ、そうだボー! いくら、命の恩人だからって…やって良いことと、悪いことがあるボー!」


 ボーズ太郎が震えながらも、何度も頷きます。


「ニャー! 『男は女を下心もって守るものだ』ってコネミのおじちゃんが言ってたニャー!」


 きっと下心の意味がまったくわかっていないであろうミャオが叫びます。


「ノアお姉ちゃんをイジメるな!」


 シャリオが、ボーズ太郎の後ろに隠れながらも拳を握りしめて言います。


「み、みんな…。あんな、ひどいことを言ったアタシなのに」


 ノアはパンと自分の頬を叩きました。もっとハッキリと目が醒めます。

 そうです。ノアは1人なんかではありません。仲間たちがいるのです。ずっとここまでやってきた、素晴らしい仲間たちが!


「…スタッド! アタシたちが勝ったら、全部の理由を吐いてもらうからね!!」 


 ノアがダガーを構えて、力強く言い放ちます。


「ああ。約束しよう。すべてには意味があるんだからね!! さあ、来なさい!!」


 スタッドの全身を聖なるオーラが覆います。聖剣エイストから発せられているエネルギーが、スタッドの全身を取り巻いているのです。それは誰もみたことがないほど強力な力の波動でした。


「聖光集束! 『セインブレイド!!』」


 スタッドが聖魔法を唱えると、聖剣エイストの輝きが増します。威力が倍増したのが見た目にも解ります。


「うぉおおお!!! 猛る獅子の牙『レイジングファン!!』」


 スタッドの白色の混じった黄金色の光と、レイの棚引く黄金色の光が力強くぶつかり合います!

 猛烈な剣戟けんげき、レイが両手で振るっているにも関わらず、スタッドは涼しげな顔で片手でいなしてしまいます。


「こんなものなのかい!? ジャスト王国剣技は!?」

「な、なにを!? っつ、あ!?」


 レイがスタッドの剣に弾かれました。


「『エクスプロード!!!』」


 レイがよろめき、それを追撃しようとしたスタッドに向かってメルが上級魔法を撃ちます!

 アルティメットを習得したことで、上級魔法まで使えるようになっていたのです。

 ビシュエルの扱ったそれよりも、遙かに規模の大きい地獄の炎が、スタッドを確実に捉えます!


「良い魔法だ。魔法力だけなら、ファラーよりも上のよつだね。でも、甘い。『セイン・ファイヤーストーム!!!』」 


 スタッドが聖魔法を唱えます。それは下級魔法のファイヤーストームでしたが、プラチナのエネルギーに覆われた炎です。その炎が、メルが放ったエクスプロードを呑み込んで、掻き消してしまいました。


「こ、これが…スタッドさんの聖魔法!?」

「ボー! な、なら…これでどうだボー! 『ボーズ音頭』だボー!!!」


 ちょっと間抜けなBGMと共に、ボーズ太郎が踊り出します。オルガノッソを異次元に送り出した古代魔法です!

 どうしてか、ミャオまでも真似して一緒になって踊り始めたのですが…。まあそれはいいでしょう。


「忘れたかな? それは僕の聖波動クライクで覚醒した力だよ。解除してしまえば、なんてことはないさ」


 スタッドがパチンと指を鳴らします。

 BGMがフェードアウトし、古代魔法のエネルギーが溶けて消えてしまいます。何もないところで踊っていたボーズ太郎は赤面しました。


「ボー! 我の魔法が、魔法が使えないボー!!!」


 ワタワタとボーズ太郎は戸惑います。どうやら、スタッド相手ではまったく為す術がないようです。


「もうおしまいかい? そんなものなのか? 四天王を退けた力は?」


 スタッドがメガネをあげながら、ちょっと残念そうに苦笑いしました。


「ニャニャーン!! せっかく気持ちよく踊っていたのに許さないニャーーーッ!!!」


 ミャオが珍しく怒って、爪を立てて引っかき攻撃をします!

 どうやら、さっきの音頭がえらく気に入っていたようです。それを中断されたとあって、頭にきているようでした。


「おっと! さすが…ファルの瞬発力は侮れないね」


 突撃をかわしたスタッドでしたが、ミャオはクルッと素早く体勢を立て直し、逃げるスタッドを追います。そのあまりの速さに、さすがのスタッドもちょっと驚いたような顔をして、聖剣エイストで攻撃を受けます。


「でも、攻め続ければ倒せる…そんな柔な僕じゃないよ。『セイン・スリープ!』」


 スタッドが、ミャオの顔の前に左手を突き出します。今にも攻撃しようとしていたミャオは、トローンと半目になったか思うと、鼻チョウチンを膨らませます。なんてことでしょう。立ったまま眠らされてしまったのです。


「クッ! 剣技だけじゃなく、攻撃魔法も補助魔法も一流か! 英雄と呼ばれるだけはある!!」


 レイは感心してそう言いながらも、上着とマントを脱ぎ、鞘を放り捨てました。どうやら、本気で挑むつもりのようです。


「メル! ノア! サポートよろしく頼む!!」


 レイがそう言って、剣の柄をしっかりと握って突っ込んでいきます!


「熱いね! いいぞ。それでこそ、男の子だ!」

「話す余裕なんて与えないぞッ!!」


 レイは剣は数多の動線を描き、突きやら払いやら、フェイントまで織り交ぜて、持ちうるあらゆる剣技を叩き込みます!

 しかし、スタッドはニコニコと微笑みながら、かわし、さばき、打ち返します。


「クソォ!」

「ほらほら、どうしたんだい?」


 話す余裕がないのはレイの方でした。ゼェゼェと荒い息をつきながらも攻撃を繰り返しますが、すべて弾かれ、必ずその後に反撃がやってきます。

 レイがよろめくと、メルがすかさず魔法を放ちます! しかし、スタッドはメルの方も見ることもなく、左手を突き出したかと思うと聖魔法を放ってそれを打ち消してしまいます。


「そんな。こっちも見ずに…」

「でも、ナイスなカットだったよ」


 誉められたメルは何とも言えない顔をします。戦っている相手にそんなことを言われたら変な感じかするのは仕方ありません。

 例えるならば、子供がイタズラをしたのに、大人から「いいぞもっとやれ」と言われたような居心地の悪さでありました。

 その隙にレイは体勢を立て直して、再び攻撃を開始するのですが、それはさっきと同じく聖剣エイストによって阻まれます。


「これじゃキリない! ボーズ太郎! ミャオを早く起こせ!!」


 レイが鮭部と、慌ててボーズ太郎がミャオの身体を揺さぶります。

 ハッと気づいたミャオはまだ眠そうな顔をしていましたが、交戦中のスタッドを見るやいなや、ザワザワと髪の毛が逆立ちます。


「ンニャーーー! 許さないニャーッ!!」


 まだ怒りは冷めていなかったようです。

 ミャオは素早く駆けていったかと思うと、レイと即席の連携を作ります!


「でやぁッ!」

「ニャニャッ!」


 レイが左から攻めれば、ミャオが右から。ミャオが前から攻めれば、レイは後ろから。なかなか見事な攻撃です。訓練しているレイに追いつくぐらですから、ミャオは天性の格闘センスを持っているのかも知れませんね。


「…いいね。これはこれは。なかなか手強いな」


 そんな言葉とは裏腹に、スタッドは鼻歌まじりに飄々《ひょうひょう》と攻撃を避けます。

 攻撃の手数は増えているはずなので、速度はそれなりに素早くなっています。高速でさばいて、なおかつ反撃をしているスタッドですが、ゆるい表情自体は変わらないので、なんだか戦っている感じかしません。


「……おや、ノア。君は戦わないつもりかい?」


 スタッドがチラリとノアの方を見やります。戦いの最中によそ見をするんですから余裕たっぷりです。

 そうです。ノアは構えていたダガーをしまい、腰に手をやったままの姿勢でさっきから全く動かないのです。

 さっきからジッとスタッドの動きを見つめていたのでした。


「お、おい! ノア! ま、まさか…」


 「まだスタッドを信じる気でいるのか」と、レイはちょっと非難混じりの声をあげます。

 隣に立つメルも不安そうにノアを見ますが、ノアはスタッドの動きから目を離しません。


「仲間が必死に戦っているというのにね」


 スタッドは笑った顔のままでしたが、その温厚そうな瞳の奥に小さな非難の色があるのをノアは見逃しませんでした。


「ノア。君が戦わないのなら、僕は容赦なく彼らを倒してしまうよ。…そろそろ決めようか!」

「させるか!」

「甘い!」


 レイの渾身こんしんの突きを払い、その力を利用して投げ倒します!


「さてお次は…」

「まだだ!!」

「うッ!」


 投げ飛ばされたはずのレイが、無理な体勢から再度攻撃しました!

 なんとか避けはしましたが、スタッドの前髪が何本か散ります。


「無茶をする…と、いけない!」

「ここだニャ!」


 レイの後ろから飛び出してきたミャオに、スタッドはわずかに目を見開きます。

 これが狙いだったのかと、スタッドは口の端をニヤリとさせました。


「だか! こんな程度で…」


 スタッドがミャオの攻撃を避けようと飛び跳ねた時、ノアの目がキラリと光りました。


「よし! 今だ!」

「なに?」


 ノアが叫んだのに、スタッドはビックリします。ほんのわずかでしたが、彼女への警戒がそれたのです。

 レイとミャオを視界の端にとらえたまま、ノアを見やると彼女は深く屈み込んでいるのが見えました。


(あれは…!)

「親分直伝『スラッシュレイン!!!』」


 ノアが指の間に挟んだナイフを一斉に投げつけます!

 その数は6本! それは正確に、真っ直ぐ一直線にスタッドを襲います!


「何をするかと思えば! 今さらそんな投擲とうてきなんかが、僕に通じるとでも!?」


 着地際を狙われたスタッドでしたが、エイストで弾く構えをとります。魔法を放つ余裕まではありませんでしたが、“剣の反応速度”を上げれば造作もないことでした。

 生物の領域を超えた速度で、カキッカキンッ! と、すべての迫り来るナイフを叩き落とします。


「相手が僕じゃなければ…え!」

「まだだ! でぇいいいッ!」


 ノアが勢いよく手を振り上げるのが見えました。すると、地面に落ちたナイフがビュンと飛び上がりました。いまスタッドが叩き落としたものです。


「ノアが魔法を? …いや、違う」


 スタッドは目を細めます。よく見ると、ナイフの柄に細くキラキラと光るものがあります。それは、ノアの指先にまで繋がっていました。


「あれは…。そうか、バッカレス親分が得意としているワイヤートラップか!?」


 ノアが一気に手を振り下ろしました!

 すると、まるで生き物のようにナイフが降り注ぎます。それはまるで刃物の雨のようでした。


「…だが、まだまだだね」


 スタッドは左手で魔法の盾を作り出します。

 もしこれが切り札だとしたら、一斉にしかも同じ軌道で放ったのは失敗だとしか思えませんでした。

 スタッドはこの技の完成形を知っていました。バラバラに放ったナイフを自由自在に操り、様々な打ち付ける雨のごとく当てるという恐ろしい技なはずです。


「君はこの技を完全には会得してない! 甘いよ!」 

「甘いのはスタッドの方だぁッ!!」


 ノアは糸を手放し、腰のポーチから再び6本のナイフを取り出して放ちます!

 それは先ほどとは違い、横に広がって左右からスタッドを挟み撃ちにしました。計12本のナイフが迫ります!!


「これは!? 逃げ…クッ、全部は避けられない!」


 思っていたよりも範囲が広く、魔法の盾で防御するのも、先程のように全部を打ち落とすのは難しそうでした。しかも、盾をしまう時間すらありません。

 スタッドは幾らかダメージを受けるのを覚悟して防御に意識を集中します。

 執拗に迫り来るナイフの連撃に、反撃がままなりません。


(しかも全部が同じ投げ方じゃない?!)


 横から迫るナイフは真っ直ぐ飛んで来るものと、ちょっと角度をつけて回転しながら飛んで来るものの2パターンがあり、そのせいで余計に対応が難しいのです。


(ああ。トラップ…そうだ。そうに決まってるじゃないか)


 ノアがスラッシュレインを完全には扱えない…単なるやぶれかぶれの投擲だ…そう思い込まされた自体がトラップだったのだとスタッドはようやく理解したのです。

 スタッドの目には、ノアの後ろにガッハッハッと粗野に笑う友人の姿が重なって見えていました。

 

「よっしゃ! 初めて出来た! どうだ、親分の得意技だよ!」

「ああ! 見事だよ!! 僕の死角を突く良い一撃だ…でも、このままやられるわけにはいかない! まだだ!!」


 防御を止め、スタッドは全身に光をまとい始めます!

 最初ここまで使うことにはならないだろうとスタッドは思っていました。しかし、ノアたちの力を過小評価し過ぎていたと心の中で反省します。


「魔法か!?」

「いえ、でも詠唱もなしにあれだけの力を…?」


 メルは疑問を覚えます。確かに聖魔法ではありましたが、スタッドに魔力を集める時間はなかったはずです。万能と思える魔法だって、発動条件を満たさなければ使えるものではないのです。規模が大きければ大きいほど、その代償も大きくなるのが当たり前でした。

 そして、一気に放たれたスタッドのオーラはナイフを全て弾き返しました!

 “聖剣にためていた魔法力”が急激になくなるのを、スタッドは脱力感として覚えます。


「さあ! 続けて行くよ!」


 そんな疲労を隠すかのように強く言い放ち、スタッドが聖剣エイストを振りかざしてさらに魔法を放とうとした時でした…


「『ストライクアタック!!』」

「『レイジングファン!!』」


 放たれる魔法になど恐れず、いつの間にか迫り来てたノアとレイであります!

 全身の体重をかけた1撃と、王国剣技筆頭の鋭い1撃でした! それらがスタッドの身体に見事なまでに決まります!


 グサッ! ノアのダガーが脇腹に!


 ズシャ! レイの剣が肩口に深々と入ります!


 かなり嫌な手応えを感じ、ノアもレイも目を見開きました。


「…ご、ゴハッ!」


 致命傷を負ったスタッドは、血を吹き出してその場に倒れます。



「え!? は?」

「う、ウソだろ…」

「なんで…なんで今のを避けないんだよ!?」


 倒れたスタッドに駆け寄り、ノアは激しく狼狽ろうばいします。スタッドの傷口からはどんどんと血があふれ出てきます。

 スタッドの力量を考えれば、攻撃は避けられなくても、ダメージを軽減するのはわけないはずでした。少なくとも、そう見込んでノアたちは全力で斬りつけたのですから。


「ボーズ太郎! すぐに治療を!」


 レイが半ば焦り気味に言います。呼ばれたボーズ太郎は、ビクンと飛び跳ねますが、困った顔でガタガタと震えます。


「わ、我の魔法は…使えないボー!」


 そうです。ボーズ太郎の魔法は、スタッドによって封じられたままでした。


「ど、どうしましょう…。こ、こんな時にバーボンさんがいてくれたら」


 メルは道具袋の中から薬草を取りだしますが、こんなものでは気休めにもならないでしょう。

 さっきからスタッドは青白い顔をしてピクリとも動きません。かなりマズイ状態なのは素人目にも解ります。


「クソ、なんでだよ…。スタッド。なんでなんだよ」


 ノアの目からポタッと大きな雫がこぼれ落ちます。それがスタッドの頬を濡らしました。


「アタシは、アタシは…アンタに会いたくてここまで来たっていうのに。命を助けてもらって、そのお礼だって言っていないのに。こんなことになるって知ってたら、すぐにでも自分の気持ちを…」


 ノアが泣きじゃくります。いつも元気で明るいノアが涙を流しているのを見て、皆が悲痛な顔を浮かべました。


「…なーんてね!」


 すっとんきょうな声が響きます。

 声のした方を見やると……なんと、スタッドの目がパチッと開いたではありませんか!


「よっこらしょっと」


 スタッドはズレたメガネを直しつつ、むくりと身を起こします。

 ノアも皆もビックリしてひっくり返りそうになりました。


「んー、やれやれ。最後のは油断したね」


 スタッドは血のダラダラと流れる肩と脇腹を指差して笑います。


「しかし、カッコ悪かったなぁ。ここからって時に…。こっちは魔法使ってるんだから、まさかその最中に飛び込んでくるなんて思わないしさ」


 言い訳めいたことを言いながら、スタッドは頭をかきます。


「…だけれど、やっぱり僕が見込んでいた通りだ」


 スタッドがゆっくりと立ち上がりました。

 血を流していた傷口はといえば、あれだけ深い傷にもかかわらず、泡のようなものがシュワシュワと湧き出たかと思うとアッという間に治ってしまいました。

 後には鮮血と、登山服の破けた跡があるだけです。


「こ、これも聖魔法だと…いうのか?」


 レイが傷口があった部分を凝視して言うのに、スタッドは微笑みます。


「いや、これは魔法じゃないよ。これが“聖剣エイストの力”なんだ」


 そう言って、スタッドは聖剣エイストをレイの目の前にだします。

 そこで初めてレイは気づきました。聖剣エイストの輝く鍔の部分に守られた刀身。その部分に三角形の宝石が埋め込まれています。その中にドクンドクンと生き物のようにうごめく赤い何かがあることに。


「まさか…この剣は生きてるのか?」

「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える」  


 奇妙な言い回しだとレイは思います。


「…僕の“心臓”さ。この聖剣エイストこそ、僕の本体であり僕自身でもある。こっちの肉体側が壊されたとしても、この剣を破壊しない限りは僕は倒せない」


 驚愕の事実に、誰もが言葉を失います。

 剣の方がスタッドだと言われてもにわかには信じられません。だって、説明しているのは人のほうのスタッドなのですから。


「…僕は今から20年ほど前に、このラグナロク遺跡で聖剣エイストを見つけたんだよ」


 スタッドは淡々と語りだします。ノアは真剣な面持ちで聞き入る姿勢となりました。


「…ここだけの話、それまでは僕は一度も戦ったこともないんだ。剣だって握ったことすらないんだよ」


 わざとらしく小声で言って、スタッドは笑います。


「なんだって? 信じられない…」


 自分と互角以上に剣を交えていた男に戦った経験がないと言われてしまい、レイは何とも苦々しい顔をしました。


「ホントさ。運動は苦手だったしね。僕はそんなただのつまらないデムの男に過ぎなかった…。けれども…」


 スタッドは、聖剣をうやうやしく掲げます。


「この聖剣エイストが僕に戦う力を…聖魔法を与えてくれた。僕の肉体に寄生し、僕自身が聖剣となることを代償にしてね」


 スタッドはこのラグナロク遺跡で大きな力を手にした…それは、伝説で語り告げられていることは事実だったということですが、その真相の中身はあんまりのものでした。

 力を得たのと、寄生されたのでは意味がまったく違います。輝かしい英雄譚であったのが、一転して悲劇なものに思えてしまいます。


「スタッド…。アンタは、どうしてそこまで?」


 ノアが悲し気な目でスタッドを見やります。

 聖剣エイストを手にした…それが、寄生されたということならば喜ばしいこととは言えません。そんなことまでして、どうして力を手に入れたのだろう。ノアはそれが知りたいと思いました。

 自分が聖剣になる…人をやめるだなんて、そんなことは余程の覚悟がなければできることではないでしょう。


「…どうして、か」


 スタッドはノアの心情を察し、心底優しい微笑みを浮かべて少し考えた後に答えました。


「…死んで良い命なんて一つもないんだよ」


 もう一度聞きたかった台詞を目の前にして、ノアの顔が真っ赤に染まります。


「僕はすべての命を魔神バルバトスから守りたかったんだ。そのためなら、僕の身体ぐらい安いものじゃないか」


 ノアは胸に沸騰するほどの熱いものを感じます。

 なぜでしょう? 不思議ではありましたか、スタッドの言葉ひとつひとつがノアの心にストンと入ってくるのです。共感できるのです。


「…スタッド。じゃあ、なんで俺たちを試すようなことをしたんだ?」


 レイはそれでも疑いの目でスタッドを見やります。その問いかけを予期していたのか、スタッドは大きく頷いてみせました。


「…それは、もう僕だけ…聖剣の力だけじゃ魔神バルバトスをどうにも出来ないからだよ」


 のんびりとした口調ではありましたが、その内容はとんでもないことでありました。

 ノアが思わず口を開こうとしたのを止め、スタッドはさらに続けます。


「聖剣エイストは未来を少しだけ予測する力がある。そこに出てきたのは君たちの姿だった」


 スタッドは全員の顔をじっくり見渡します。

 この自分が敗れる状況を過去に彼は見たことがあったのです。


「可能性としてはほとんどゼロに等しかった」


 悲しそうに、苦しそうに重々しく言います。初めて見せるするの苦悩の表情でした。


「それでも、僕はノアを信じることにした。1パーセントにも満たない期待をかけたんだ」


 スタッドはノアをジッと見やります。

 ノアの心臓がドキンと1つ大きな音を鳴らしました。


「きっと、君なら僕の元にやってこれる。それも、僕を打ち倒すぐらいの成長を遂げて! そして、その可能性の扉をひらいて君たちは僕の元までやってきてくれた!」


 スタッドは、ノアの肩を強くつかんでそう言います。ノアは恥ずかしそうに目をパチパチとさせました。


「そ、そんな…アタシ、なんにも」

「何を言うんだい。ノアは僕の期待以上の成果をもってきてくれた。凶悪な四天王を退け、この僕を倒すくらいの成長を遂げて!!」


 スタッドは両手を広げて喜びます。しかし、その瞬間、スタッドはヨロッと後ずさりました。慌ててノアとレイがその身体を支えます。


「やっぱり、アタシたちの攻撃が!?」

「…いや、魔神バルバトスにかけた聖結界エミトンがほころびはじめているせいさ。

 ここで僕は魔法力を温存していたけれど、どうやらさっきの戦いで負荷がかかったみたいだね」

「じゃあ、やっぱり俺たちと戦ったのが…」

「違うよ。そもそもさっきも言ったように、もう僕の力じゃ抑えきれないんだよ。時間の問題で、封印は完全に解けてしまう」


 そう苦笑いして言うスタッドです。そういえば、心なしかスタッドのオーラが小さくなったような気がします。


「そこまでして、アタシたちの力を試したのか? でも、アタシにはそんな力は…。スタッドみたいに強くなんてない。期待なんてされたって…」


 落ち込むノアに、それでもスタッドは温かい眼差しを送り続けます。


「いや、君たちしか魔神バルバトスは倒せない」

「アタシたちが…魔神バルバトスを…倒す…?」

「ああ。もう封印はできない。今度はノア。君たちの力でヤツを倒すんだ…それしか手はないんだ」


 ノアはミルミ城でみた魔神バルバトスを思い出します。あんな怪物を人が倒せるはずがありません。ノアは無理だと、首を横に振りました。

 知らず知らずのうちにスタッドに会いさえすれば、すべてが解決すると思っていました。スタッドの力があればなんとかなると楽観していたのです。

 もちろん、ノアだって協力するつもりではいました。でもそれは後ろから、スタッドの邪魔にならないようにちょこっとサポートする程度だろうと思っていたのです。

 しかし、そんなスタッドが自分を頼りにしているのだと知って、ノアはひどく怯えました。それは大きなプレッシャーであります。


「ノア。よく聞きなさい…。魔神バルバトスを倒すのは“君だけ”じゃないんだよ。デムだけの力じゃ無理なんだ」


 ノアの気持ちを知ってか、スタッドは優しく諭すように言います。


「え?」

「デムだけじゃない。メリンやファル…そして、ボーズ星人。この星に住む全ての人たちの力が集まらなければ、魔神バルバトスは倒せはしない」

「だったら…なおさら、アタシなんて」


 ますます無力感にさいなまれ、ノアはスタッドから目をそらしてしまいます。


「…自分の周りをよく見てごらん。ノア。これが君の力なんだ」


 スタッドが人差し指をグルッと回します。その指はレイを、メルを、ボーズ太郎を、ミャオを、シャリオを…順繰りに差していきます。

 それがどうしたのかと、ノアは首を傾げました。これは仲間たちです。確かに力強い仲間たちではありますが、それがどうしてノアの力だというのかが解りません。


「ノア。君は誰もが成し遂げようと思ったのに、決して適わなかった事を為し遂げたんだよ。これは本当に偉大なことだ。ここに、デム、ファル、メリン、ボーズ星人…すべての種が揃っていることは!」


 ノアはハッとします。


「そうか! ノアと俺はデム。メルは…ハーフだけど、メリン。ミャオとシャリオはファル。ボーズ太郎はボーズ星人だ。言われないと当たり前すぎて気づかないものだな。俺たちは、決して仲良くならないはずの種族同士で…仲間なんだ」


 仲間は仲間だ…そう思っていたので、種族の差なんて気になっていませんでした。

 しかし、デムを嫌っているはずのファルとメリンが一緒にいる。そしてさらには大きな差別の中にいて、忘れ去られていたボーズ星人まで仲間となって一緒にいるのです。これほどまでの珍妙なパーティは、世界中どこを探しても見つからないことでしょう。


「そうです! ノアが…ノアが、私たちを導いてくれました。ノアがいなければ、私は今でも退化の大森林にいたでしょう」


 メルが拳をキュッと握って言います。


「そうだボー! ノアが我らに勇気を与えてくれたボー!」


 ボーズ太郎が踊り出します。


「ノアがいなきゃ、ミャオはお兄ちゃんに会えなかったミャ!」


 ミャオがボーズ太郎の踊りに合わせて踊ります。


「うん! ノアお姉ちゃんが、ボクを助けてくれたんだ!」


 シャリオが手を叩いて嬉しそうに頷きます。


「…ノア。俺だってノアがいなければ、城から出るなんて考えもしなかったと思う。俺たちは、ノアっていう大きな存在に引き寄せられてきたんだ」


 レイが真面目な顔をして言うのに、ノアは照れくさくなって真っ赤になります。


「や、やめてよ! アタシは…そんなつもりは! ただ、夢中になって…ここまで来ただけで」


「ああ。そうなんだよ。ノア。それが…“君の力”なんだ! そして、それが魔神バルバトスを倒す鍵になる!!」


 スタッドが大きく両手を広げて、まるで天を受け止めるような姿勢をとります。


「さあ! 見せよう! これが…真のラグナロク遺跡の姿!! 魔神バルバトスを倒すために僕が隠し続けてきた本当の切り札だ!!! ノア、今こそが“時”なんだ!!! 導きたまえ! 聖剣エイストよ! その意思のままに!」


 そう叫びながら、スタッドは聖剣エイストを地面に突き刺しました。そして、足場が光と共に崩れ…そこに隠れていたものが姿を現します!!


 スタッドとの出会い。それはノアたちを魔神バルバトスを倒すという、とてつもなく大きな目標へと向けることとなるのでありました…………。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ