第十五章 四天王VS四天王
小屋の壁と天井が、ドカーン! と、勢いよく吹き飛びます!
灼熱の炎が、凍える吹雪が、交互にノアたちに襲いかかっくるのです!
「『懸氷に抱かれし監獄。無窮の眠りを希求するは氷皇。貴女の霊威が顕現するは万象凍てる絶対零度。刹那たる命を嘲笑いて、生きとし生きる者悉く死滅させ給え…ダイヤモンドダスト!!!』」
またもやビシュエルが魔法を放ちました!
星のような形をした氷塊が、外の吹雪とは比べものにならない猛吹雪を放ちながら全てを凍らそうとします!
「あ、危ないボォー! 『ヒートバリア!!』」
ボーズ太郎が炎の壁を作り出しますが、それよりもレベルが高い上級魔法は楽々とその障壁を打ち砕きます!
焼け石に水…ではなく、カチンコチンの冷凍バナナをマッチの火で溶かそうとしている感じです!
「くうっ! 『ファイヤーストーム!!』」
寒さを必死で耐えつつ、メルがボーズ太郎の後に魔法を唱えます!
それでもダイヤモンドダストは止まりません。メルのファイヤーストームを消し去り、皆を一気に吹き飛ばします!
「ボー!!」「キャアア!!」「どぅあー!?」「うあああ!!」「ニャー!!」
崩れた壁から、ノアたちはゴロゴロと転がってしまいます!
魔法で氷漬けにされた上に、そしてバランサーの魔法が解けてしまっているせいで自然界からも氷ダメージを追加で受けるようになってしまっています。状況は極めて深刻でありました。
「チョ! シャリオ! ぜ、絶対に俺たちの後ろにいなきゃダメチョ!」
「う、うん!」
「べー!!!」
アホンがシャリオを背にして剣を構えます。
ダラがブンブンと槍を振り回し、ビシュエルに向けて突進しました。
「フン。醜いね…。邪魔だよ!」
ビシュエルが指を弾くと、見えない魔法の弾丸がダラを襲います。たまらずダラは防御して止まりました。
「クソ!! 『レイジングファン!!』」
「ああん? そんな低級な剣技が私に通じるはずもないだろ」
レイが渾身を込めて打ち込んだレイジングファンを、ビシュエルはこともなげに手の平で弾きます。
「…美しくないね。『果て無き雲海に轟く稲光。天に坐すは崇高なる雷帝。幾万の軍勢を率い今ぞ来たりませ。貴殿が峻厳示したる断罪の雷槍にて、叡智欠けし有象無象を皆等しく崩落させ給え…スパークプラズマ!!!』」
空いた天井から、黒雲が立ちこめ、そこから雷を伴った槍のようなものが姿を現します。それも一本だけでなく、大きい槍に連なるように、無数の小さな槍まで頭をのぞかせます。
「ま、まずい! アレが降ってきたらお終いだ!!」
「ボー! ボー!! 雷を防ぐ魔法…そ、そんなものなかったボー!!」
ボーズ太郎は今まで習得してきた魔法を必死に思い出しますが、雷に有効な防御魔法はないのです。炎・氷・雷…その中で最高位の威力を誇る雷だけは、どんな魔法でも防御できないのです。
「雷は雷の魔法でなければ相殺できない…けれども、私のライトニングじゃ」
メルは魔法を唱えようとしますが、ビシュエルの唱えたスパークプラズマは尋常じゃない規模です。それこそ辺り一帯を全て消し飛ばしてしまわんばかりです。そんなものに太刀打ちできるはずがありません。魔力を集めている指先がカタカタと震えます。
「レイ! アンタのテンペストだ!!!」
ノアが叫びます。反撃されながらも、ビシュエルに果敢に斬りつけていたレイはハッとして飛び退きます。
「そうか! 解ったぞ、ノア! 『テンペスト!!!』」
レイがその場で回転しだし、剣を勢いよく放ります!
「…んん? ほう。いわゆる避雷針ってヤツか。少しは考えたね。でも、私の魔法を甘くみるなッ!!」
無数の槍のいくつかは、レイの帯電した剣に引かれてぶつかり合います。しかし、すべてが消せたわけではありませんでした。メルの放ったライトニングも幾つかの小さな槍を消すだけが精々です。
テンペストを逃れたスパークプラズマが、地上に打ち降ろされます! バリバリと雷撃が雪の上を迸りました!
防御さえ許さない無差別攻撃を受け、ノアたちは紙くずのように倒れ込みます。
「カカカ! 恐るべきは、ビシュエル様の超魔力よ!」
ビシュエルの後ろに控えていたアークデーモンが笑いました。
「まさに…。だが、まだヤツら生きているようだ。これはどうしたことか?」
もう1匹が首を傾げます。というのは、倒れているノアたちは虫の息ながら呼吸をしていたからです。
「手加減しているからに決まっているだろ。こんなヤツら、その気になれば1分もかからずに倒せる」
ビシュエルがつまらなさそうに言うと、アークデーモンは手を叩いてコクコクと頷きます。
「そうですな! 悪魔四天王ビシュエル様に敵う者なし!」
「スタッドなど恐れるに足らず! 魔神バルバトス様復活の暁には、もはや敵などないですな!」
浴びせられる賛辞麗句に対しても、ビシュエルはフンと気に入らなそうに鼻を鳴らすだけでした。
「クソ…。アホンやダラまで応援に来てくれたってのに…アタシたちは、ここまでか…」
雪に半ば埋もれ、うっすら片目だけを開けてノアはつぶやきました。
レイもボーズ太郎も仰向けでピクリともしません。ミャオもうずくまって動けません。メルも隣で荒く息をついていました。そして、アホンとダラもシャリオをかばうようにして奥で倒れているのが見えます。
絶望的です。仲間は誰も立っていません。全滅です。もう戦える者はいないのです。
「…つまらないな。私が美しく輝くために、少しは抵抗してくれよ。ここまでお膳立てした意味がないじゃないか」
ビシュエルはノアの前でしゃがんで言います。その瞳は黒く淀んで濁っていました。
「…な、なんで。アンタは魔神に従うんだよ? 魔神に…操られているようには…見え、ない」
ノアが苦しそうにしながら聞きます。ビシュエルはニタリと笑いました。
「…私は魔神様に感謝しているんだ。この永遠の美しさを下さった方だ」
間をためて、「だけれど…」とビシュエルは続けます。
「…正直な話さ。魔神バルバトスの復活なんてどうでもいいんだ。私が、私自身の美しさを知れる。その瞬間を得るためだけに私は生きているんだ」
フルフルと震えて、悦に入るビシュエルです。
その笑顔は異常でした。もはやメリンであるどこか、悪魔ですらありません。ただただ自己顕示欲に溺れる狂気そのものでした。
「……どこが美しいんだよ。アタシの目の前には、世界で1番、醜い男しか…見えない」
ビシュエルが血走った目をむきます。
「こ、この私が!! み、み、み…醜いだと!? ど、どこが、どこがぁ!?」
一矢報いてやったとばかりにノアはニヤリと笑います。それが余計にビシュエルの怒りに火を注ぎました。
「この美しい…頭脳も魔法も美貌も完璧な私のどこが…醜いというのきゃああああああッ!?」
言葉にならない叫び声をあげて、ノアの頭を踏みつけます! 体重をかけてブーツで力一杯に踏みつけます!
「う! ぐ! ぎゃッ! ああッ!」
顔をしかめ、ノアが悲鳴を上げます。
「や、やめて!」
「ひどい…ボー!」
「…ンニャー!」
その悲鳴を聞き、仲間たちが瀕死なのにも関わらず立ち上がろうとします。
「死ね! 死ね! 死ね! このウジ虫! ウジ虫! 美意識のカケラすらないゴミウジが!!」
「う、あ、ぐぁ…ひぅぅッ!」
何度も爪先で蹴りつけ、上から踏みつけ、滅茶苦茶にします。
マブタが切れて、その血がブーツにかかっても気にしません。ちょっとした汚れでも嫌がるはずの潔癖なビシュエルはそれだけ我を忘れていました。
むしろ、血を見て悪魔の本能が刺激されているようで、怒っているはずなのにビシュエルは残酷な笑みを浮かべ始めてすらいます。
「…やめろッ。ノアに手を出すなッ」
心底怒りがこもった低い声がし、ビシュエルのブーツを何者かがガッと掴みました。
ビシュエルは鬼の形相で振り返ります。
それはレイでした。彼は這いつくばった状態でここまで近づいたのでした。
彼はテンペストを放つ関係で、スパークプラズマの直撃を受けてしまっています。焼け焦げた左手と足はほとんど動かないのでした。そんな状態で、ノアのためにここまで来たのです。血の滲んだ一直線の雪の道が、レイの決死の想いを表していました。
怒りに金色に輝く瞳が、ビシュエルをにらみ付けていました。その目だけは死んでいません。
「キサマァ…」
「…ハハハ。ずたぼろ…だけど、レイのほうが…かっこ…いい…じゃん」
意識朦朧としながらも、ノアがそう言ってレイを見やります。
腫れた顔、折れた歯で、鼻血やヨダレをたらしながらもノアは小さく笑いました。まだ助けられたわけでもないのに、安心した気持ちになり、胸の奥がほっこりと温かくなった気がします。不思議と、ひどい痛みすらも少し和らいだようです。
「あ…あああああきャアああああッ!!!」
激高したビシュエルが、頭をかきむしりながら絶叫します。
「ビシュエル様!」
「お、お気を確かに!」
アークデーモンが心配して言いますが、ビシュエルは痙攣して怒り狂います。
「なんで、なんでだ!? この男が、どう、私よりも上だというのだ!!!」
ノアは小さく笑うだけで答えません。こんなに痛めつけたというのに、こんなにどうしようもない状態なのに、ビシュエルはそれが理解できずにますます苛立ちます。
「認めない!! 認めない!!! 誰にも、誰にも、誰にも、誰にもッ!! 私の美を否定させぬぅあああああーーいい!!」
ビシュエルは大きく息を吐き出し、そして魔法書を勢いよく開きます。
そして中空に指を動かすと、光の軌跡を描きます。それは魔法陣でした。
「『常闇の石棺に封じられし王者よ。汝を拘束せし四重苦の楔を砕き、我大いなる東門を此処に開かん…』」
「……え? これって?」
どこかで聞いたことのある詠唱です。ノアは思い出そうとしますが、どうしても出てきません。
「『…王者を蔑み追いやった瑞光への怨嗟を都度想い起こせ。かつて畏れなく振るいし汝が力を、今一度万民に示威せよ…サモン・ロックキング!!』」
ビシュエルは両手を大きく開いて魔法を詠唱し終えます。
レイが魔法陣を見て目を丸くしました。
「この魔法は…まさか…」
「ウファハハハ! そうだ! あのロックゴーレムを召還したのは、この私なんだよ!!」
その台詞でようやくノアは思い出しました。あのレムジンにやってきた巨大なゴーレムです。それはビシュエルの仕業なのでありました。
「あの時は長距離先への召喚だったからね。ガーゴイルどもに魔法陣を描かせた上で、遠隔詠唱を行うなんて面倒くさい手続きが必要だったが…」
魔法について講釈を行うが、ノアたちに理解した様子がないのを見てビシュエルは小馬鹿にしたように首を横に振ります。
「フフン。ロックゴーレムが元居た地への直接召還ならば私には容易いこと!!
つまり、レムジンを壊滅した恐怖の悪魔を!! 私がここにわざわざ呼び戻してやろうというわけさ!」
あのレムジンに来た大悪魔がここにやって来る…さらに絶望的な状況でした。悪夢ならば早く覚めてほしいと誰もが心の中で願います。
「そして、貴様らに世界で最も醜い死に様を与えてやる! 最後には塵すらも残さずに消し去ってやるからな!! さあ、私をここまで怒らせてしまったことを懺悔しろ!」
描いた魔法陣が天高く舞い上がります! それは巨大化してグルグルと回りだしました。ガーゴイルこそいないものの、それはレムジンで見たものと全く同じ光景です。
「さあ! 来い!! 魔神バルバトス様が復活しつつあることで、私の魔力もここまでになったのだ!!!
貴様らを殺し、スタッドを殺し、私はレムジンとミルミに戻る!! 醜い三種族は滅ぼし、この私だけが、世に美しいまま永遠に生きるのだぁあああああああッ!!!!」
狂気の高笑いしながらビシュエルはさらに手を広げます。
魔法陣は光り輝き、ロックゴーレムを呼び…………ませんでした。
「……あ?」
何者も現れません。魔法陣はただ光り輝くだけです。
やがて魔法陣は放つ魔力を失い、その光は四散して消えていきました。
「な!? な、なんだと…ロックゴーレムは、ロックゴーレムは…どうしたのだぁあ!!? なぁぜ来ない!!?」
「…考えられることはそう多くはない」
「は? あ? …お、オ・パイ!?」
声がした方に振り返ると、ガーゴイルたちの間にオ・パイが姿を現していました。
予想していなかった人物の登場に、ビシュエルは少なからず動揺しましたが、すぐに努めて平静を装います。
ズレ落ちたメガネをかけ直して目を細めると、コホンとわざとらしく咳払いしました。
「考えられること…だと?」
「封じられたか、破壊されたか。そうしたならば、召還などは出来まい」
「封じる? 破壊される? …あり得ない」
信じられないといわんばかりに、ビシュエルは首を横に振ります。
「フン。オルガノッソもアルダークも…貴様もそうだ。そう傲りが過ぎる。だから、魔神バルバトスに倒され、良いように使役されているのだッ!!」
オ・パイがいきなり双拳を振り下ろします!
グシャ!! グシャッ!! アークデーモンたちの頭が一瞬で砕け散りました!
「な!? オ・パイ!!! 狂ったか!?」
「狂っているのは貴様だろう。ビシュエル。四天王時代から、貴様の感覚には辟易している…ここで終わりにしてやる」
オ・パイはそう言って深く構えました。
「お、おお! ボスが…ボスが来てくてたチョ! ボスは俺たちのこと見捨てなかったチョ!!」
「…ボス…だべー!」
アホンとダラが、痛みもなんのそので喜びます。オ・パイは少しだけニヤリと笑って応えてみせました。ノアたちが初めて見るオ・パイの笑顔です。
「ウクグッ…。し、しかし、貴様は魔神様の呪いを受けて…」
「ククク、残念だが、もはや何ともなくてな。何の憂いもない!」
ビシュエルは慌てて魔法書を取り出します。しかし、オ・パイの攻撃の方が早かったのです。
「チャイア!!」
間合いを詰め、下から掬い上げるような掌底打ちです!
「ぐぶぁッ!」
呪文の詠唱を封じられ、ビシュエルは舌を噛んでしまいました。
「シイッ!」
「う、うあッ!」
退こうとしたビシュエルですが、オ・パイの足払いで転倒してしまいます。
「…いかに巨大な魔法を扱おうとも、それを放つ余裕が無ければ意味がないな」
「ま、まて! まってっ…」
イヤイヤと首を横に振り、ビシュエルは尻をついたままワタワタと後ずさります。さっきまでの強敵然とした悪魔の姿はもはやありませんでした。
「シェイッー!!」
「っぷぁッ!」
哀願するビシュエルの顎を、バシンと蹴り上げます! 歪んだメガネがポーンと飛んで、ノアの鼻先に落ちます。
「待てと言われて、待ったことがあったか? ビシュエルよ」
オ・パイの実力は、同じ四天王のビシュエルを遙かに越えるものでした。
「う、ぐ、あ…そ、そんな…バカな。この、悪魔の身体を…手にいれた、私、がッ!」
鼻血をダラダラと垂らしながら、ビシュエルはブルブルと震えます。
悪魔となってからは遙かに強力な魔法を使えるようになり、詠唱スピードすら人では追いつけないほどです。それなのに、オ・パイに抗うことすらできません。一度だって反撃すらできないのであります。
「終わりだ。ビシュエル。オルガノッソとアルダークの元に逝くがいい」
オ・パイは人差し指をピンとのばし、ゆっくりと弓を撃つときのように構えます。それは死至突です。その技を知っているビシュエルの顔に絶望が浮かびました。
「お…お父さん」
メルがヨロヨロと起きあがって呟きました。オ・パイの意識が少しだけ娘の方に向きます。
ハッとメルの方を向き、ビシュエルはニタリと笑います。
「そうだ! まだだ! まだ切り札はある!!」
ビシュエルはそう叫び、腰から横笛を取り出しました。そして、それを吹きだします。怪しげな音色が辺りに響き渡りました。
「…ぬぅ!」
オ・パイは額を抑えて頭痛を堪えます。
ノアや、レイ、ミャオ、ボーズ太郎も苦しみ出します。この音色はとても不愉快なのです。
「オ・パイ! オ・パイよ! 聞け! 前に言った通りだ。魔神バルバトス様が言った通り、ボーズ星人どもは災いを招く!!
現に君の娘メルメルは、下等な者どもに辱められた挙げ句、ボーズ星人らにさらわれて殺されたではないか!
娘の敵討ちのために、君は魔神バルバトス様を復活させなければならない!! そして恐怖と力による支配をしなければならないのだ!!」
たたみ掛けるようにビシュエルはオ・パイに語りかけます。オ・パイは眉を寄せて首を横に振りました。
「我が同胞オ・パイよ!」
「ダメーッ! お父さーん!!」
ビシュエルの声が、メルの言葉にかき消されます。
オ・パイの目がギラリと光を取り戻しました。
「…ぐぁ!」
オ・パイの無骨な手が、ビシュエルの細い首を絞めます。
「…ククク。ビシュエル。貴様は魔法だけでなく、幻術を得意とするんだったな」
片手で簡単に持ち上げられ、ビシュエルの顔が醜く歪みます。
「な、なんだと…わ、私の、催眠は…か、完璧に…」
「完璧に? ククク。ああ。完璧だっただろうな。大いに役立った…。おかげで、シーラやメルメルを守れたのだからな」
オ・パイがニヤリと笑うのに、ビシュエルは眉を寄せます。
「ど、どういうことだ?」
「この私が貴様の幻術にかかったと思ったか? 勘違いするな。かけさせてやったのだ!」
「なぁ!?」
オ・パイがあらん限りの力で、ビシュエルを思いっきり空に放ります!
「メルメル!」
オ・パイがメルに目をやりました。
メルはジッとオ・パイを見つめました。
オ・パイはもう冷酷な殺人鬼の目ではありません。メルの記憶にある、優しく強い父のものでした。
「力を扱う者が、力を恐れてはならぬ。仲間を…ここまで共にやってきた友を見よ! お前が守るべき者たちだ!」
父の言葉に、メルは目を大きく見開きます。
「シィアッ!」
「ぐぎゃああ!」
オ・パイは空中に飛び上がり、落下してきつつあったビシュエルを高く蹴り上げました!
「…いまだ! メルメル!!!」
オ・パイが叫びます!
「は、はい!」
メルは立ち上がりました。ズタボロの仲間たちを見やります。自分に力があれば、こんなことにはならなかったはずです。それをメルは悔しく思います。
自分の迷いを断ち切ります。全てを壊してしまうかもしれない…そう思い、制限していた力を解き放ちます。
心の中に巣食っていた黒いメル…それは光に照らされてスーッと消えてしまうのを感じました。あれはメルの心の迷いが生んだ幻影に過ぎなかったのです。
力強い詠唱、力強い魔法の力。本来のメルが持つ魔法の力が迸ります!
「『神王が生みし魔法の源泉主たちよ。久遠の業火をまといし地獄の炎王。永久凍土の監獄に眠る氷の女皇。万象一切を統べる天界の雷帝。幼き術者の祈りと願い、寛容なる御心にいざ届かんことを!』」
炎が、氷が、そして雷が…それぞれの力が球体となり、メルの詠唱に従ってポツポツと周囲に幾つも現れ出ます。
「そんなバ、バカな!? あ、あれは…炎、氷、雷の上級魔法を一度に放つ究極魔法か!? この、この私でも使えない、伝説上の魔法を!? あ、あんな小娘が使えるハズがッ!?」
ビシュエルが空で回転しつつ、驚愕の声を上げます。
「ぐうッ!」
炎の球がメルの足を焦がします。氷の球がメルの指を裂きます。雷の球が肩を抉ります。魔法を制御しきれていないのです。
「…は、ハハハッ! それはそうだ! 上級魔法を使えない貴様にそれが使えるはずもない!」
一安心したかのようにビシュエルは笑い声を上げます。
「…お願い。私の、私の身体はどうなってもいい! 仲間を…仲間たちを守って!」
メルの必死の祈りが響き渡ります。
「頑張れ、メルッ!」「頼む! メルッ!」「メルメルボー!」「メル、ミャー!」
ノアが、レイが、ボーズ太郎が、ミャオが一緒になって心から祈ります。
「ピンクの娘チョ!」「メル、ベー!」
そしてアホンやダラまでもがメルを応援しました。
「ん? なんだ、チョ? シャリオ! どうしたチョ!?」
アホンとダラの後ろに隠れていたシャリオが、フラフラと前に出てきます。その瞳は普通ではありません。煌々《こうこう》と青白く光り輝いています。
「『…聞け! 源泉主たちよ!』」
幼いシャリオが放ったとは思えぬ程の威厳ある声に、魔法の玉たちがビクッとしたように震えます。
「『命ずる! 汝ら、その幼き術者を主と認め、力を貸し与えよ!』」
魔法の詠唱のように響き渡る声に、メルの周囲を巡っていた魔法の球たちは互いの顔を見合わせたようでした。なにやらコソコソと相談しているようにも見えます。
そして、魔法の球たちはメルを攻撃するのを止めて、彼女を中心にして秩序正しく回り始めます。
炎の球は炎の球で1カ所に集まり、炎をまとった強面の巨人に。
氷の球が集まり、頬に手を当てて眠り続ける儚げな美女に。
雷の球が集まり、重装備に身を包み槍を携えた屈強そうな武人に。
そうです。それぞれの魔法の源泉主たちが姿を現したのです!
「…そ、そんな! そんなことが!!」
「シャアアッ!」
「ぐがあッ!」
オ・パイが再びビシュエルを蹴り上げました。ビシュエルはまたまた高く飛び上がります。
メルは狙いを定めます。高まる魔力、源泉主たちの強い力が自分に流れ込んでくるのを確かに感じます。
「『アルティメット!!!!!』」
メルは両手を突き出して究極魔法を放ちました!
炎が、氷が、雷が…帯状に延びて行き、途中で混じり合って1つとなります! それらはストライプの螺旋を描きつつビシュエルに激突しました!
「うぎゃああああッ!!!!」
猛烈な閃光! 様々な色の光が収斂したかと思いきや、辺りの空間が凝縮して超絶な大爆発を起こします!!!
「…フン。最期こそ、美しく逝けたではないか。さらばだ、ビシュエル」
爆発を眩しそうに見やり、オ・パイはそう呟きます。顔には出していませんが、かつての仲間にせめてもの哀悼を送ってたのでした。
やがて光が消え、改めて空を見やるとビシュエルらしきものは見あたりません。メルの魔法の威力があまりにも強くて完全に消え去ってしまったのでした。
力の全てを使い果たして、メルはその場に倒れそうになります。さっとオ・パイが走ってきてそれを抱きとめました。
「…お父さん」
メルは虚ろな目で、それでも父親をしっかりと見やります。ポロリと大粒の涙が零れます。オ・パイはコクリと小さく頷きました。
「すまなかったな。メルメルよ」
ギュッと、メルをオ・パイは抱きしめます。
メルもその抱擁に応えるように抱き返しました。
そして、ゆっくりと優しくメルをその場に座らせてやります。
「…アホン、ダラ。無事か?」
オ・パイが声をかけると、アホンとダラはすぐに立ち上がって寄って来ます。
「俺たちは無事チョ! でも、ノアたちが…」
全員が瀕死の状態でした。特にノアがひどく、今にも気を失ってしまいそうです。
「…治療魔法が使えるボーズ星人が重傷ではな。どうしたものか」
オ・パイはチラッとボーズ太郎を見ました。ボーズ太郎も完全に気を失っています。回復魔法が使える者は、今動ける者の中には一人もいません。
「仕方あるまい。一度、レムジンに戻って…」
「ボ、ボクがやる!」
シャリオが声を張り上げました。オ・パイは怪訝そうな顔をします。
「シャリオ! 回復魔法が使えるチョ!?」
「んだが、シャリオは…ファルだべー。魔法は…」
アホンとダラが心配そうに言いますが、シャリオは「任せて!」と自信あり気に頷いてみせます。
「『高貴なる慈しみの雫。鳴動するは生命回帰の調べ。壮大なる救済の協奏を響き渡らせたまえ…ゴッドキュア!!!!』」
シャリオが詠唱と共に両手を開くと、薄緑色の雨が辺りに降り注ぎました。それは不思議と温かく、とても優しい感じのする雨です。
「チョ!? なんだチョ!? キズが…塞がっていくチョ!!」
「おー。なんだか、力が湧いてくるべー!!」
アホンとダラが喜びに飛び跳ねます。
痛みが、疲労が、寒さが…あらゆるダメージをその雨が癒してくれるのです。
「う、うう…ん? ああ!?」
雪と瓦礫に、半ば埋もれていたノアが飛び跳ねます。
レイやボーズ太郎もむくりと起きあがります。ミャオが顔をあげて歓喜に鳴きました。
「な、なんだ…これ! あ。鼻血も止まってるし…歯も、歯がまた生えてきてる!?」
ノアが自分の口の中を指でなぞって驚きます。
ビシュエルに蹴り飛ばされ、折れた歯が目の前の雪の中に落ちているのに変な感じでした。
「よ、良かったな。ノア! お前も一応は女だからボコボコの顔のままなのは…ぐげッ!」
「何が一応だ! アタシはれっきとした女だ!」
安堵に微笑むレイでしたが、余計なことを口走ったせいでノアの拳が振り下ろされました。
「おー、痛た…殴ることはないだろ。でも、この雨のお陰ですぐ治るな」
「なら何発も殴っても平気だね!」
「ええ。勘弁してくれよ」
そんなやり取りをして、ノアとレイはプッとお互い見つめ合った後に笑い転げます。それを見ていた周りも笑いが伝染してケラケラ、クスクスと笑い声があがりました。
「…こんな癒しの魔法は、20年前の戦乱でも見たことがない。大司教ファラーを遙かに凌ぐ魔法力だな」
オ・パイは腕を組みながらシャリオを見やります。メルも「凄い魔法ね」と言って頷きました。
「で、でも、なんでファルのシャリオが魔法を…使えるんだチョ?」
「フン…。剣技はファル、魔法はメリン。そんな事を言い出したのは、レムジン元老院どもだ。自分たちの種族優位を示すために誇張しているに過ぎぬ。
実際には、ファル以上の剣士がデムにもいる。魔力を持つファルや、メリンの剣士なども確かに存在しているのだ。表舞台に出てこないだけでな」
そう説明するも、アホンもダラも理解できないようで首を傾げています。オ・パイは何とも言い難い顔をして口をへの字にしました。
「ああ。お姉ちゃんたち…良かった。あ! お父さん! お母さん!!」
ノアたちに向かって微笑んだシャリオでしたが、その先の何かに気づいて走り出します。
シャリオが向かったのは、あの台所にあったマネキンの方でした。
「お父さん? お母さん? どう見てもあれはただの人形…」
「いえ、よく見て。目を凝らすと、何か他の物が見えるわ」
メルの言う通り、下半身だけのマネキンの上に何かが覆い被さっています。
ぼんやりとですが、人影のようです。それはファルの夫婦のようでした。
『シャリオ! 無事だったんだな』
『ああ。シャリオ! よく頑張ったわね』
その人影たちが、シャリオの頭をなでました。
半透明で、先の風景が透けてみえてしまっています。しかし、シャリオは満足そうになでられるままにしていました。
「…ねえ。あれ、どういうこと? まさか…幽霊?」
ノアが言うと、ボーズ太郎がブルッと身震いしました。
「…いえ。魔力を感じます。あの人形に魔法力が投影されているわ。シャリオの魔法力が、あの両親を生み出しているの」
よく見やると、シャリオの身体から紐のような光が伸びていて、それが両親の影にと結びついていました。
「どういうことだ? じゃあ、この小屋には…シャリオしかいなかったってことか?」
レイが尋ねますが、誰も答えられません。どういうことなのか誰もさっぱり解らないのです。
「……ビシュエルが、この小屋には神王の加護とやらがあり、普通の悪魔では立ち入れないと言っていた」
オ・パイが壊れた部屋を見渡しながら話し始めます。
「そこで悪魔の身体ではない私であれば、問題なく入れるだろう。そうビシュエルに言われてここに来たのだ。
ラグナロク遺跡の居場所を突き止めることを条件にな」
「へー、そうだったんだ……って! オ・パイ!?」
本当にいまさらではありましたが、ノアはようやくオ・パイが側にいることに気づいて驚きます。
その言葉で、レイやボーズ太郎もハッとしました。
敵意が感じられませんでしたし、今の今まで呆然としていて気づかなかったのです。
ノアがダガーを構えるのを見ても、オ・パイは後ろ手を組んで無防備のままです。
「…私に戦う意思はない」
オ・パイは肩をすくめて言いましたが、しかしノアは信じることが出来ません。
「本当なの! ノア! お父さんは…お父さんは記憶を、記憶をとりもどしたの! 私のことも思い出してくれた! そして、あのビシュエルと戦ってくれたの!!」
メルがオ・パイをかばうようにして立ちはだかります。
アホンもダラも「そうだ!」と強く頷きました。
「で、でも…」
ノアの視線が、メルとオ・パイの間を行ったり来たりします。
いきなりオ・パイが善人になったと言われても信じられません。特にボーズ太郎はそうでした。長老や仲間たちを殺されているのですから…。
「…スタッドへの借りは返した。後はラグナロク遺跡でもどこでも行くがいい」
オ・パイはそう言って背を向けます。
「お父さん! なんで!! なんで、そうなの!? ちゃんと訳を、訳を言って!! そうすればノアたちだって…」
メルは父の手をとって揺さぶります。しかし、オ・パイは微動だにしません。
「…スタッドを私の元へ連れてこい。さすれば、野望をもつ男でも、四天王でもない。ただの一介の暗殺者オ・パイが相手をしよう。…ジャスト城で待つ」
オ・パイはメルの手を優しく振り払い、そして立ち去っていきます。
アホンとダラはチラリとノアたちを見たかと思うと、慌ててオ・パイの後を追いました。
オ・パイが進んで行く途中にボーズ太郎が居ました。立ち止まると、オ・パイはボーズ太郎を見やります。
恐怖を震えながらも、怒りと憎しみを込めた目でボーズ太郎はにらみ付けていました。
「…ボーズ星人が、そう感情をあらわにするところを初めて見た」
「あ、当たり前だボー! 皆が…皆が許しても、我は…我は絶対に許さないボーッ!!」
拳を震わせて叫ぶボーズ太郎です。今にでも殴りかかってしまいそうな雰囲気でした。
オ・パイは目を軽くつむったかと思いきや、両足の爪先をクルッとボーズ太郎の方向に向けます。そして、腰を深く折りました。なんと頭を下げたのです。
「…我が非道を詫びる。貴様たちには何の罪もない」
謝られたことに、ボーズ太郎は呆気にとられます。しかし、それだけで怒りが消えるはずもありません。複雑な気持ちで、ボーズ太郎はモゴモゴと口を動かしました。しかし、肝心の言葉が出てきません。
「許してくれとは言わぬ。だが、復讐を果たしたければ、魔神バルバトスの件が片づいた後にしてもらいたい」
「か、勝手だボー!」
「逃げはせぬ。その時にはいかなる罰も受けよう」
オ・パイはそう言い切ると、頭をあげてその場を立ち去りました……。
シャリオはずっと両親の側で幸せそうな顔をしています。それを壊したくなくて、ノアたちは困ってしまいました。
「ど、どうするんだ?」
「どうすうもこうするも。このまま放って置くわけにはいかないだろ」
迷った挙げ句、ノアは頭をガリガリとかいて、シャリオの側に立ちます。そして、そのシャリオの肩をポンと叩きました。
「あ!」
驚いたシャリオの魔力が途絶えます。そして、両親の影は消えて…マネキンの下半身がその場に倒れました。
「あ! お父さん!! お母さん!!」
悲しそうな顔をして、慌ててシャリオは魔法を詠唱し出します。再び両親を生み出すつもりでした。
「アタシを見て!」
しかし、ノアはそれを止めさせて、自分の方に無理やり向かせました。
「これは、アンタのお父さんでもお母さんでもないよ」
シャリオはクシャクシャに顔を歪めます。そして、激しく首を横に振って再び詠唱しだしました。
「シャリオ!!」
ノアはシャリオを抱きしめます。まるでそれは両親の代わりをするかのようでした。
最初ビックリしていたシャリオでしたが、長いマツゲが伏せられるとポロポロと涙をこぼします。
「…お父さんと、お母さんがもう死んじゃったの。ボクは知っていたんだ」
切々と語るのに、誰もが何とも言えない顔をします。
「もう何年も何年も昔。シワクチャになって、おじいちゃんとおばあちゃんになっちゃって…それで動かなくなって死んじゃったんだ」
老人になって死んでしまった…というのは、どういうことかノアたちには解りませんでした。
それでも、シャリオはきっと心細い思いをしていたのだろうということだけは伝わってきます。
「シャリオ。この小屋も壊れてしまったし…私たちと一緒に行きましょう」
メルが優しく言うと、目をこすりながらシャリオはコクリと頷きます。
「ああ。行こう…。スタッドの待つところへ。そこで全て解るはずだ」
こうしてノアたち一行は、シャリオという幼いながらも強力な魔力を秘めた子供を新たに仲間にし、ラグナロク遺跡へと向かうのでありました……。