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第十二章 死闘! レムジン陥落!?

 ガーゴイル大部隊が到着する前に、レムジンには守備を固めるわずかな猶予ゆうよがありました。

 ドレード元老長の指揮下で、ファルの兵士たちとメリンの魔法兵の部隊がすぐさま結成されます。

 街の外壁に魔法兵たちの第一陣が構え、住宅区の間に弓兵の第二陣、そして大教会と元老院議会堂があるところに最後の防衛ラインである第三陣の歩兵部隊が配置されます。

 ノアたちは一番の最前線である第一陣に向かって全力で走っていました。


「やっぱり大事なのは元老たちの命ってことかよ!」


 街の中心部に兵士が集まりつつあるのを見て、ノアは心底イヤそうな顔をしました。


「しかし、事実上の司令塔だ。ドレード卿が倒れれば、否応なしにレムジンの防備は崩れるさ」


 ファラーが魔法で空を飛びながらそう言います。

 遥か高くから、敵と味方の動きが見えるので、なかなか便利な魔法でした。


「ファラー大司教。あと、どれぐらいでヤツらはこのレムジンに着きますか!?」


 レイの問いかけに、ファラーは海の方を向いて目を細めて眉を寄せます。


「…あと15分と見たが。徐々にスピードを増しているようだから宛てにはせんでくれ。

 だが、どうやらメリンの魔法部隊の射程距離には入ったようだ」


 そう言い終えないうちに、外壁の上から、様々な魔法が放たれます!


 ドヒューーン! ……ドババババン!!!


 シャリーーン! ……ギャラララン!!!


 キューイーン! ……ズガガガガン!!! 

 

 炎、氷、雷……各自得意な魔法が放たれます。それが当たった何体かのガーゴイルは落ちていくのですが、一向に数が減っている気がしません。

 むしろ下手に刺激してることで、余計にいきり立ってますます勢いを増していくかのようです。


「あんなに強い魔法を使っているのに。まったく手に負えないなんて…」


 メルが不安気に言います。敵の勢力はどれほどだと言うのでしょう。皆目検討もつきません。メルだけでなく、他のみんなも顔を曇らせます。


「ええーい! 気張れ! 気張らんか!! ヤツらを街の中に入れさせてはいかん!! レムジンを我らが故郷ミルミ城の二の舞にしてはいかんのじゃぁ!!」


 外壁に並び立つ魔法兵の先頭で、大きい喝を入れているメリンの老人がいます。自身も魔法の杖を振るい、ファイヤーストームやブリザード、ライトニングという魔法を次々と使って応戦しています。どれもなかなかの高威力です!


「魔法兵長殿とお見受けする。戦況はいかかが?」


 ノアたちより一足先に、ファラーがその老人に声をかけました。


「おお! ファラー大司教!

 見てみるがええ! どうもこうもあるかい! ワシらの攻撃などじゃビクともせん!!

 今はネコの手も借りたい……いや、ファルの手は借りておるがな! そういうことじゃなくてな! こんなこと、魔神バルバトスが直接攻めて来た時以来の危機的状況じゃわい!!」


 魔法の音にかき消されてしまわぬよう、魔法兵長は大声でそう言いました。


「食い止めきれんだろうか?」


 ファラーの問いに、一際大きな魔法を放ってから、魔法兵長は重々しく頷きました。


「うむ。悔しいが、ここではせいぜい数を少しばかり減らすのが関の山じゃろ!

 だが、ここで食い止められるなどと考えておらん。このままいったん陣を退き、わざと敵を中にと誘い込む」

「街中に?」

「そうじゃ。そして外から魔法で狙い打ちにしつつ、内から弓兵と歩兵でたたみ掛ける!

 ドレード閣下の策は、確実に前後から殲滅せんめつする戦法じゃて!」


 ニヤリと魔法兵長は笑いましたが、その目は笑ってはいませんでした。

 そうです。敵の数を考えたとき、この戦法がどうしても上手くいくようには思えないからです。しかし、他に方法がないから致し方ないといった感じです。

 ファラーが壁から降りてきました。ノアたちの戦闘準備は万全となっていました。


「……このままではレムジンは崩壊する」


 重々しく言うファラーに、ノアも頷きます。


「でも、逃げるわけにはいかない」


 勇気を奮い立たせます。ボーズ太郎も、震える身体で一生懸命に立っています。


「来おったぞ!! 左右に散れ、各自最大の魔法を持って向かい討てッ!!」


 魔法兵長が指示を出すと、2人1組になって、メリンの魔法兵たちが左右に散らばっていきます。

 ついにガーゴイルの先頭が、ガシッと外壁にとりつきました。大きな咆吼ほうこうをあげ、つむじ風を巻き起こしながら、我先にと次から次に、壁に激突するのもお構いなしに乗り込んで来ます。


「おい! 右に固まりすぎだ! もっと左にも人員! どっちが崩れてもヤバイぞ!」


 左右に散った魔法兵たちは、一人が攻撃魔法を使い、もう一人がそのサポートをするという見事な連携をとり、乗り込んできたガーゴイルを誘導して行きます。


「娘たちよ、メリンの魔法兵たちのサポートを! 出来る限り分散させ、敵の戦力が集中するのを阻止するんだよ!」


 ファラーが指示を出すと、司教の娘たちがそれぞれ走り出します。

 司教たちは、魔法兵に負けないぐらいの魔法を次から次へと放ち、臆すことなくガーゴイルたちに立ち向かっていきます!


「私たちも行こう!」


 ノアたちも遅れを取るまいと走り出します。

 ガーゴイルが壁からのっそりと顔を出しました。ちょうどノアたちの目の前です。遠くで見た感じよりも、遙かに大きい姿でありました。大柄な大人よりも1回りは大きいでしょうか。

 顔は狼のようで、コウモリの様な羽と、ドラゴンの様なカギ爪を持っています。全身が灰褐色であり、ウロコ模様の鎧と一体化していました。まさに石像がそのまま命を持って動き出したのであります。


「20年前、魔神バルバトスがミルミ城を陥落させる時に使役した尖兵せんぺいの悪魔どもだ! もちろん魔物などより遙かに手強い! 油断するな!」

「こんな怖そうな悪魔のどこに油断するボー!!」


 レイの忠告に、ボーズ太郎が泣きながら反論します。


「ミャー!! 悪いヤツはやっつけるニャー!!」


 前を走っていたノアよりも先に、ミャオが飛び出します!

 高く跳躍したかと思うと、ガーゴイルの顔にとり付いて、爪を立てて引っかきました!


「おー! 頼りになるじゃん♪ ミャオ!」


 ノアがピューッと口笛を吹きました。そして、そのままミャオに続いてガーゴイルの胴体にダガーで斬りつけます!


「『轟き叫ぶ大気、我呼ばわるは聖なる雷光。ライトニング!!』」


 ノアとミャオがその場から飛び跳ね、怯んでいたガーゴイルの頭上にメルが放った雷の柱が見事命中します。ガーゴイルは消し炭となって消え果てました。

 斬り付けようとしていたレイが、抜いた剣を手にポカーンとします。それは周囲の兵士たちも同様で、あっという間に一体の悪魔を倒したのが、女の子たちだったということに驚いているようでした。


「よし! まずは1体!! 次々いくよ!」

「ニャー!」

「ええ!!」


 ノアとミャオとメルは一丸になって、次のガーゴイル目指して走り出します。


「お、おいおい。うちの女子は……強いなぁ」

「ま、負けてられないボー!」

 レイとボーズ太郎が顔を見合わせてニヤリと笑いました……。


 次から次へと、ガーゴイルたちはどこからでも侵入してきます。

 ノアたちの活躍もあり、敵の数は確実に減っているはずでした。しかし、それよりも乗り込んでくる量が多いので、まるで楽になる気配がありません。


「おい! 右にいるぞ!! 第三通りを通って中央に向かわせろ!」

「負傷者! 救護班はどこだ! 回復魔法を使えるのをこっちにまわしてくれ!!」

「第六班! 音信不通!! 安否不明!!!」


 兵士たちの叫び声が、あっちの通りからも、こっちの通りからもします。


「やれやれ…。あの様子じゃ、すぐに助けにいかないとな」


 建物の影に隠れながら、周囲の様子を伺っていたファラーが言います。顔はススで汚れ、高価そうだったローブも今やボロ切れのようでした。


「ひどく混乱しているね。…指揮が行き届いていない」


 最初、ファルとメリンは違う陣形をとっていたはずですが、今では両方がごっちゃになってしまっています。当初計画されていた戦法ではありません。

 いまでは弓兵が追い込み、歩兵と魔法兵両方で総攻撃して倒しています。まだ倒せているからいいものの、非効率すぎるせいで体力の消耗が激しいのです。まだまだ先は長いのに、こんな戦いをしていてはいつかバテてしまうでしょう。


「それだけ、敵の攻撃が苛烈なんです」


 レイが額の汗を拭いながら言いました。

 もう何体も敵を斬っています。剣先はちょっと刃こぼれし、敵の黒い血がべっとりと付いていました。マントの裾でそれを拭いますが、もう何度も拭っているのでマントの方もネトネトに付いていて意味がありません。


「固い! 固すぎなんだよ! アイツら!」

「ニャー。ミャオの爪もヒリヒリするぅー」


 ノアは痺れる手を握ったり開いたりさせます。

 ミャオは自分の爪を見て、悲しそうにペロペロと舐めました。

 固い敵にずっと攻撃していたせいで、手がジンジンと痺れて感覚が鈍くなっているのであります。


「ええ。攻撃力はさほどでもありませんが…。防御力が高すぎます。ライトニングでも、1発や2発でも倒せない時がありますし」


 メルもホウとため息をつきました。かなり魔法力を消耗したようで疲れ切っています。


「多勢に無勢だ…ボォー」


 ボーズ太郎もフラフラです。さっきから負傷した兵士をかたっぱしから治療しているのです。顔はヤセ痩けて今にも倒れてしまいそうです。


「…ああ。確かにキリがないね」


 ファラーは頭上を見やります。皆もつられてと上を見やりました。

 1000体近くのガーゴイルがレムジンの周囲を旋回して飛んでいます。それはハゲタカのように、弱った者をさがして飛び回っているのです。


「クソッ! どうすりゃいいってんだ…」


 そうやって、ノアが悪態をついて地面を殴りつけた時です。遠くから何かがかすかに聞こえました。


「……さーん。……かあさーん。…………おかあさーん!」


 それは子供の声です! ノアたちは一斉に声の方に振り返りました。


「お母さーん! どこ!? どこなのー!? うわああーん!!」


 小さな女の子がぬいぐるみを引きずりながら、大通りを歩いているではありませんか!


「そんな馬鹿な! 民間人がなぜ!? シェルターに避難しているはずなのに!」


 ファラーが驚いて声を上げます。

 兵士以外の人々は、各家にシェルターがあって、そこに避難しているのです。そこに逃げこんでいればまずは安全です。だかこそ、街の中に誘い込んで戦うという無茶な戦法がとれたわけなのですありますから…。

 獲物を物色している目ざといガーゴイルたちが、その無防備な少女に気づかないわけがありません。何匹かが旋回を止めて降りてきます。


「危ない!」


 とっさにノアたちは飛び出していました!

 しかし、ガーゴイルの方が女の子に近いです。大きな牙が、その小さな女の子の頭上に噛みつこうとした瞬間でした!


「……下郎め。失せろ」


 剣筋一閃。目にも止まらない一撃が、迫ろうとしていたガーゴイルたちの上を走ります。

 そして、一刀両断。ガーゴイルたちは真っ二つになって崩れて落ちました。


「ド、ドレード元老長?」


 ノアは目を疑いました。しかし、間違いなくそれはドレードです。

 自分の身の丈ほどもある長剣を片手に、女の子をかばうように立っていました。


「……お前たちか。まだレムジンにいたとは、な」


 ドレードは青白い顔をして、ノアをチラリと見やります。

 その顔は非常に疲れていました。ずっと戦い続けていたのでしょうか。よく見ると、傷やホコリにまみれています。


「この子を……議会堂に」


 近くにいた兵士に、泣きじゃくる女の子を託します。兵士は敬礼して、女の子を抱きかかえて走っていきました。


「まだこの街にいたのか…。さっさと立ち去ればよいものを」


 戦いでボロボロのノアたちを見やり、不満そうにドレードは髪をかきあげます。


「…見ろ。ガーゴイルどもがシェルターの存在に気づきはじめた…」


 家を破壊したガーゴイルが、床に隠されていた鉄の扉を殴りつけています。ガィン! という重い金属音があっちこっちから響いていました。


「すぐに壊れるようなヤワな造りではないが、すべてのシェルターが破壊されるのも時間の問題だろう」


 どうしようもないと言わんばかりにドレードは首を横に振ります。


「ドレード卿。あなたが最前線に出て、誰が指揮を?」


 ファラーは少し批難ひなんを込めた口調で問います。


「…この状況を見ろ。もはや誰が指揮をとろうと同じことだ」

 

 投げやりにドレードは言います。ノアたちには、ドレードがもう諦めてしまったのだということが解りました。


「…お前たちの言ったことの方が真実だった。魔神バルバトスは復活するのだろう。

 遅かれ早かれ、このままレムジンは滅びる。それならば、1匹でも道連れにしたほうがマシだと考えただけのこと。それがファルの戦士の矜持きょうじというものだ」


 ドレードはフッと笑って言います。キザな笑い方でしたが、ノアたちが初めてみるドレードの笑みです。


「……理性的なドレード元老長閣下の言葉とは思えませんね」


 レイがそう言います。なんだか、ちょっと怒っているようでした。


「……レイ王子」

「民の指導者たる人が、そう簡単に滅びるなんて口にすべきではないと思います。

 指導者は民を守る義務がある。そのためにはどんな手段も用い、決して諦めるべきじゃない!」


 レイは剣を力を入れて握りしめます。


「あなたの背中にはファルの……いや、レムジンにいるファルやメリンたちの命がかかっている! だったら、それを救うべく最後まで最善を尽くすべきです!

 敵を道連れにすることがあなたの役目じゃない!!」


 レイが一気にそう言い切るのに、ドレードは軽く目を伏せました。その内容をじっくりと噛みしめているようです。

 

「…………フッ。デムに真の王がいたわけか」


 少しして、ゆっくり目を開くと、もうそのドレードの瞳には、ノアたちへの冷たさが完全に消えていました。


「我々が気づかなかった。いや、違うな。認めたくなかっただけなのだな。ファルよりもデムが優秀だということに。

 英雄スタッド、医師バーボン。かの2人をして、デムの有能さは証明されていたのにな。

 …我々は見ぬように、気づかぬようにしてきた」


 自嘲じちょうするドレードに、メルが首を横に振ります。


「それは違うと思います。優秀とか……優秀じゃないとか。ファルだからメリンだからデムだから……ではないと、私は思います。私はそれをノアから教わりました」


 自分の名前を出されて、ノアはちょっとびっくりした顔をします。

 ドレードは何も答えず、ちょっと考えるように自分の足下を見ました。


「俺たちは諦めません。レムジンに残って……最後まで戦う。そして、皆を助ける」


 レイはそう言って、そのまま背を向けて行ってしまいます。

 慌ててボーズ太郎もそれを追いました。メルとファラーは軽く頭を下げてからレイたちにと続きました。

 ミャオだけはちょっと迷った素振りをして、「バイバーイ」と手を振ってから皆についていきます。

 ノアは1人残されるドレードを見て、ちょっと気まずそうにしながら口を開きました。


「んー、あ、あのさ。アタシは……ちょっとアンタのこと見直したよ」

「…なに?」

「ほら! 偉い人なんて、真っ先に逃げたり隠れたりするもんだろ! でも、一番偉いアンタが前にでて戦っているんだからさ」

「……私は元老である前に戦士だ。逃げたりなどはしない」


 ドレードがノアに振り返ってそう言った瞬間でした。  

 ノアの方を向いたドレードの目が、ノアの先にあるものをとらえて驚きに見開かれます。


「おい! 伏せろッ!!」

「へ!?」

「ミャ?」


 ドレードがノアの横を高速ですり抜けて走っていきます。そして、ちょうど振り返ったミャオを抱きかかえるようにして飛びました。


「うにゃああ!?」


 実は左手の建物の隙間に隠れていたガーゴイルの1匹が、鋭い爪を振り下ろしたのです! それがちょうど一番最後を歩いていたミャオを狙っていたのでした。


「グッ!!」


 鋭利な一撃で、ミャオをかばったドレードの左腕がズッパリと切れて吹っ飛んでいきます。それでもミャオが地面に叩きつけられないよう、ドレードはミャオを抱えたまま、自分の背で地面に着地しました。


「ちきしょう! 許さないぞ!」


 さらに追撃しようとしたガーゴイルでしたが、ノアたちの一斉攻撃にあってすぐに倒されます。


「大丈夫か!? ボーズ太郎!!」


 ボーズ太郎が、すぐさまドレードの失った左腕の治療を始めます。最低でも出血を止めなければ死んでしまいます。


「……ミャオを助けて…くれたニャ?」


 多量の出血を見て、ミャオはショックを受けているようでした。それが自分のせいであると思って、ミャオはいつになく深刻そうな顔つきです。

 ドレードは苦しそうに顔を歪めていましたが、フッと口元を笑わせました。


「これは……罰、だろう。お前たちを信じなかったことと、家族を捨てたことの、な」

「え?」


 ミャオは首を傾げます。それはノアたちも同じでした。しかし、ファラーが何かに気づいたようで眉をピクリと動かします。


「ドレード卿。もしかして……ミャオさんはあなたの?」


 ドレードはミャオの目をジッと見ます。ミャオもドレードの目をジッと見ました。


「……妹だ。今は亡き父と母が、レグー砂漠に捨てたのだ」

「ミャオの……家族? おにい……ちゃん?」


 ミャオは戸惑ったような顔をします。いきなり知らされた真相ですから、動揺するのは当然でした。


「……血はなんとか止まったボー。でも、腕は」


 ボーズ太郎が申し訳なさそうに言います。吹き飛んでいった腕は瓦礫の中で、もはやどこにあるか解らないのです。探しだす余裕もなかったのでありました。


「……世話をかけた。片手だけでも充分だ」


 ドレードは無い腕を隠すかのようにバサッとコートの袖を降ろします。そして、長剣を杖がわりに立ち上がりました。


「ちゃ、ちゃんと治療した方がいいボー! もう無理は……」


 心配する皆をよそに、ドレードはクルリと背を向けます。


「無理ではない。私はレムジンの指導者、元老長だ。その責務を果たす。レムジンは陥落させぬ」


 さっきまでの投げやりではありません。力強いその台詞に、レイもファラーも頷きました。これが本来のドレードの姿なのです。


「……この危機を乗り越えたら、ミャオ。ゆっくり話をする機会を私にくれないだろうか?」


 ドレードが尋ねるのに、ミャオは目をパチクリとさせました。


「……勝手を言っているとは思う。だが…」

「うん。解ったニャ!」


 断られてしまう可能性を考えていたドレードは少し驚きます。


「お話しよ。ミャオと! ミャオは、ミャオのお兄ちゃんともっともっとお話したいミャ!」


 無邪気にミャオは笑います。ドレードは心底嬉しそうに「ありがとう」と答えました。


「……ノア。持っていくがいい」


 ドレードが胸ポケットから、金色の鍵を取り出してノアに突き出します。


「これは?」

「ランドレークに繋がる移送魔法陣の部屋に入る鍵だ。場所は議会堂の裏口にある」


 ノアの手にそれを渡し、ドレードは長剣を振るいました。負傷したドレードを餌食にしようと、いつの間にか多くのガーゴイルたちが迫ってきていたのです!


「行け!! スタッド殿の元に!!」


 こう言って、ドレードは敵陣の中に突っ込んで行きました!


「お兄ちゃん!」

「1人じゃ無理だ! しかも片腕じゃないか! 急いで助けないと!」


 援護しに行こうとしたミャオとノアを、レイが肩に手を置いて引き止めます。


「ドレード閣下ならきっと大丈夫だ」

「でも!」


 ノアが抗議の声を上げますが、ファラーも「問題ありません」と頷きます。


「あの方には死ねない理由ができたのですよ」


 ファラーはミャオを見てニッコリと微笑みます。


「それに見てご覧なさい」


 ドレードが戦っている様に鼓舞こぶされた兵士たちが、一丸となって共に戦い始めます! それは今までとは勢いが違っていました。よく見ると、ドレードが細かく最善の指示を下しています。


「…ノア。行こうミャ」

「ミャオ…」

「大丈夫ニャ!」


 ミャオが笑って頷くのに、ようやくノアも納得します。


「ありがとう。ドレード」


 もらった鍵を握りしめ、ノアたちはドレードたちのいる方とは逆方向にと走り出したのでありました…………。



 元老院議会堂正面。そこに辿り着くまでに、幾匹ものガーゴイルたちを倒さねばなりませんでした。

 キリなく迫りくる敵軍ですが、先ほどよりは戦いが楽になっています。というのも、きっとドレードが最前線で指揮を執っているからです。そちらの方に敵の攻撃が集中しているので、ノアたちの方の敵が手薄となっていたのでした。


「……このままガーゴイルを放っておいて、私たちだけランドレークに行くのはマズいんじゃないかな」


 道の途中で、ノアはポツリと言いました。

 つい勢いで走り出したのは良いのですが、なんだか後ろ髪を引かれるような思いをずっと抱いていたのです。


「……ノアさん。お前さんが行かなければ、これ以上の悲劇がおきるかもしれんのだよ」


 ファラーがノアの肩をポンと叩きます。


「でも! アタシは!!」


 ノアはガーゴイルを蹴っ飛ばしながら、どうやって自分の気持ちを伝えればいいのか考えます。

 だって、ファルもメリンも皆力を合わせてレムジンを守ろうと戦っているのです。最初はレムジンという街は好きになれませんでしたし、そこにいる人々も高慢こうまんな人ばかりでイヤだなと思っていたのは事実です。

 でも、それでも、ノアはこのレムジンを見捨てたいだなんて思いません。滅んでほしくはないのです。何とかして、自分がやれることなら全部やって、助けたいと思っていたのです。


「…『死んで良い命なんて一つもない』。スタッドはアタシを助けてくれた時にそう言ったんだ! だから、アタシがここでレムジンのみんなを見捨てたら…どんな顔してスタッドに会えばいいんだよ?」

「……ノア」


 ノアの気持ちが痛いほどよく解り、メルは心苦しそうな顔をします。


「お前さんは……若い頃のスタッドによく似ているね」


 ファラーは懐かしむような顔でノアの顔を見やりました。


「え? それって……確か、ボーズ長老にも言われたけど」


 どこがどう似ているのだろうかと、ノアは不思議に思います。


「彼もボーッと何も考えていなさそうに見られたもんだが、実のところはそうやっていつも深く悩んでいたもんだよ。

 『人が全員が幸せになるにはどうしたらいいか』…だなんて、そんな答えのでそうにないことばかり考えている男だったさ」


 ファラーには、きっとノアたちの知らない若かりし頃のスタッドとの思い出が浮かんでいるのでしょう。


「アタシは…別にそこまで考えているわけじゃ…」

「そうかね? 私には他人のことばかり考えてしまっているように見えるよ。そうじゃなきゃ、そんなボロボロになってまで戦わんだろ」


 ノアの傷だらけの姿を見て、ファラーは優しく笑います。

 しかし、ノアはそれが特別なことには思えません。だって、メルやレイ、ボーズ太郎だって自分と同じように諦めずに戦っているんですから。


「私はノアがいてくれたから…ここまで戦って来れたんですよ」

「俺は正直、ドレード閣下とさっき会う前までは、この混乱に乗じてランドレークに行けないかとばかり考えてたさ。格好つけただけで、俺が真の王だなんてとんでもない買いかぶりだよ」

「ボー! わ、我もノアや皆が戦ってくれるから頑張れたんだボー!」

「ミャオはノアとずっと一緒ニャ!」

 

 やたらと仲間たちに持ち上げられるのに、ノアは恥ずかしくなります。 


「スタッドの元には不思議と人が集まってきたもんだよ。ノアさん、お前さんも…ぶっきらぼうでちょっと雑な女の子に見えるが、そうやって人を惹きつける何かがあるんだろうな」


 められたのか、けなされたのか解らなくて、ノアはボリボリと自分の頭をかきました。


「レムジンのことは心配しなくてもいい。強力な“助っ人”を呼んだからね」

「助っ人?」


 ファラーがそれを説明しようと口を開く前に、バッサバッサという無数の羽ばたき音と共にもの凄い風が吹き抜けます!

 顔を上げると、何やら街の中央にガーゴイルが集結しているのが見えます。まるで真っ黒い黒雲のように見えました。それを見て、メルは眉を寄せました。


「あれは魔法陣?」

「なにをする気なんだ?」


 ガーゴイルたちの動きは何やら規則性をもっていて、メルの言う通り魔法陣を描いているようにも見えます。



──常闇の石棺に封じられし王者よ。汝を拘束せし四重苦の楔を砕き、我大いなる東門を此処に開かん。王者を蔑み追いやった瑞光への怨嗟を都度想い起こせ。かつて畏れなく振るいし汝が力を、今一度万民に示威せよ…サモン・ロックキング!!──



 ガーゴイルたちの中心から、甲高い魔法の詠唱が街中に響き渡ります。

 そして、稲光がガーゴイルたちを包みました。それぞれが魔法力を帯びて黄金色に輝きます!


「なんだと!? これは召還魔法…それも、こんな上級な魔法を!? い、いったい誰が!!?」


 ファラーが目を見開きます。大司教が驚くほどの魔法なのです。それがいかに危険であるかは、魔法を扱えないノアにも解りました。

 ガーゴイルがピタッと動きを止めます。そして、そのガーゴイルたちの中央から、何か大きなものが現れて出てきました!


「な、なんだありゃ…」


 それは大きな巨岩でした。山ほどもあるかと思われるそれが、逆さ状に…つまり、尖った登頂の方を下にして出てきたのでございます!

 魔法陣を形成していたガーゴイルたちは、逃げる間もなく、無惨にもその大岩に押し潰されてしまいます。


「そ、そうか! ガーゴイルはそのために送り込んできたのか! あの、デカイのを街の中心に落とすために!!」


 ファラーだけでなく、皆の顔に絶望が浮かびます。

 ガーゴイルの相手だけで手一杯だというのに、もう為す術がありません。しかし、考えている暇もなく巨石は徐々に落下を始めています。


『ウゴゴゴゴゴゴッ!!!』


 巨石の落ちる音でしょうか?

 いいえ、違います。なんと、巨石が“鳴いた”のであります!

 よく見ると、それは人の形をしてました。尖った先端に、四角い目のようなものが付いています。魔法陣の端からは、指先らしき小山が突き出ているのが見えました。

 そうです。山のような巨石は、1体の巨大な悪魔だったであります!


「ま、魔神バルバトスと同じぐらい大きさがありそうボー!! な、なんだボー!!?」


「グッ…! あれは間違いない。『ロックゴーレム』だ!」

「ロックゴーレム?」

「ああ。単なる伝説の存在だとばかり思っていたが、ランドレークにある岩山が魔神の魔力を受け、魂を得て形を為した悪魔だ!」


 レイが剣を握りしめながらいいます。

 エリザベートなんかよりももっと大きい相手です。どう戦えばいいのかと思案を巡らします。


「あれも、元が人だってのかよ!? 信じられるか!」


 ランドレークに行きたいけれども、こんな状況では本当に行けません。あんなのが街中で暴れたらひとたまりもないのですから。かといって、自分たちの力でどうにかなるようなものでもなさそうです。

 どしたらいいか解らず、ノアは地団駄じたんだを踏みます!


「……なんだ。オイ。道があるのに、迷うなんてノアらしくねぇな」


 暴れているノアの頭を誰かがポンと叩きました。

 それはどこかで聞いたような声です。ノアはハッとして振り返りました。


「え? ウソ…? まさか、バーボンおじさん!?」

「だからよ、おじさんじゃねぇって」


 タバコをふかしながら、バーボンはニッと笑います。

 なんと、いつの間にかバーボンがノアの横に立っていたのであります!


「バーボンさん!!??」

「なんで、どうして……おじさんがここに!?」


 ノアとメルが詰め寄ります。

 バーボンはジャスト城に囚われの身になっているはずです。それが、どうしてレムジンにいるんでしょうか?


「俺だけじゃねぇぜ。ほら」


 バーボンが親指で指し示します。

 そこには、バッカレス、シュタイナ、ヤグル……そしてバッカレス盗賊団の皆が集結しているのです!


「親分!! シュタイナ!! ヤグル!! それにみんなも!!」

「おう! ノア!! なにやら苦戦しているみたいじゃねぇか!! ガッハッハ!」


 腰に手を当てて豪快に笑うバッカレス。その姿はなんだか懐かしく感じて、思わずノアは涙ぐみそうになりました。


「……でも、本当に、どうして?」


 メルがバーボンの顔をジッとみて尋ねます。久し振り会ったせいか、メルはちょっと緊張気味です。

 バーボンは目を優しく細めました。


「ファラー大司教の計らいさ」


 バーボンがファラーを見やります。ファラーはしたり顔でコクリと頷きました。


「疲れたー。父さんのようにテレポート上手くないから、時間かかっちまったよー」


 バッカレスの横で、疲れた顔をしているフェルデが魔法の杖を振りながら言います。


「ごくろうさん。フェルデ。

 実はガーゴイル部隊が迫っていると見た時、私はこのフェルデをジャスト城に送り込んだのだよ。

 さすがにこの多人数をテレポートするのは大変だったみたいだがね」


 ファラーがそう言うのに、ノアたちは驚いた顔をします。


「そ、そんな……。なんで!? アタシは親分やバーボンおじさんのことは言っていないのに!」

「そうか……。強力な助っ人とは、盗賊団のことか。

 これは全部、スタッドの指示なのですか?」


 レイが何か勘づいたように言います。ファラーはコクリと頷きました。


「ノアさんの事も知っていたスタッドが、バッカレス盗賊団のことを知らないはずがないだろう。

 何かあった際には、彼らに助力を求めるよう言われていたんだ。そこにバーボン医師がいたのは幸運な偶然だったけれどね」


 何もかも見透かされているような気がして、ノアはなんだかあまり気分がよくありませんでした。


「スタッドはいったい……何をしようとしてるんだろ」

「そいつを見つけにランドレークに行くんだろうが。さっさと行って帰ってこいや!」


 バッカレスがノアの頭をガシガシと撫でつけます。


「で、でも……。いくら親分たちが来てくれたからって、あんなデカイのを」


 ノアはロックゴーレムを見やります。

 もう身体の半分が出ています。それがブンブンと腕を振り回すだけで、近くにあった建物が吹き飛びました。あまりにスケールの違う敵に、ファルの兵士たちも、メリンの魔法兵たちも茫然(ぼうぜん)自失(じしつ)としています。


「フン。オ・パイとガチンコするよりはマシだぜ。

 ああいうバカデカイのをトラップに引っかけるなんざ、俺様からすりゃ朝飯前なもんだ」

 

 ブチッとヒゲを抜きながら、バッカレスはニヤリと笑います。


「おい、野郎ども! ありったけのロープを持ってこい! で、周りの兵士どもに協力させて、大穴を掘るぞ! 急げ!!」

「はい!」「わかりやした!」「おう!」


 バッカレスの指示で、盗賊団が散ります。


「な、なにする気なのさ!?」


 ノアが心配そうに言うのに、バーボンが大丈夫だと親指を立てます。


「心配するな。ああ見えて、やるときはやる男だ。なにせ、あの魔神バルバトスを落とし穴にハメた男だからな」


 バーボンの話に、ノアたちは目を丸くしました。


「噂話じゃ、スタッドが1人で魔神バルバトスを封印したかのように言われているが……。

 実際には多くの人が協力したんだって聞く。聖結界エミトンが発動するまでの時間を稼いだのが、あのバッカレスなんだぜ」


 続けて言うのに、バッカレスはフンと鼻を鳴らしました。


「ったく、おしゃべりめ。俺様はそんなガラじゃねぇ。大穴を掘って欲しいって頼まれたから、ただ掘っただけだ」

「親分……。スタッドと知り合いだったの? そんな聞いたことないよ」


 ノアの訴えに、バッカレスは気まずそうにポリッと頬をかきました。


「…んー、その、あれだ。聞かれたことなかったしな!」

「聞かれたことなかったとかじゃないだろ!」

「あー、スタッドは……あー、ああッ! うっせえッ! もうよ! いいだろ! そんな話グダグダしてる時じゃねぇーだろうが!!!」


 バッカレスは怒って話を途中でウヤムヤにしようとします!


「親分!」

「ほら! ノア! テメェはさっさとランドレークに行け!

 バーボン! テメェもボサッしてねぇで、さっさとそこらへんに転がっているヤツら治療しろ!!」


 バッカレスはそう言うと、そそくさと走って行ってしまいました。

 バーボンはフッと肩をすくめます。ノアは不満そうな顔を浮かべました。


「信じろ、俺たちのことを…。大丈夫だ。

 さぁ、俺は怪我人を助けてくるか」


 バーボンは傷ついた兵士たちの方に向かって歩いて行きます。


「うう! エテ公! わ、私に触れるな!!」


 ちょうどすぐ側にいた、通りの端に座っていたメリンを治療しようとバーボンが屈むと、慌てて逃げようとします。しかし、立ち上がれずにまたしゃがみ込みました。

 それは、元老院のディレアスでした。膝に大きな傷を受けて血が出ています。


「アンタ……。避難してたんじゃないの?」


 ノアが尋ねると、ディレアスはバツが悪そうにします。


「ド、ドレード卿が……前線に出てしまって。どうしていいか解らないのだ。他の元老たちは………あの大きな悪魔を見るや否や、レムジンから逃げ出してしまうし。私は……」


 なんともメリンの指導者なのに情けない話です。しかし、他の元老が真っ先にレムジンを見捨てて逃げてしまったのに、それでもまだここに残っていただけはちょっとマシですが。


「……チッ。ほら、自分で傷口だせ。そのままじゃ治してやれねぇじゃねぇか」


 バーボンが言うのに、ディレアスは首を横に振ります。


「いらん! け、汚らわしい! デムが!! 治療なんてしなくていい!」


 そんな風に言うディレアスの頬を、ピシャリとバーボンが引っぱたきます。


「な!? わ、私を…この、私をぶ、ぶった……」

「うるせぇ。患者はお前だけじゃねぇんだ。さっさと次の治療に行きてぇんだよ。お前以上の重症人もいるんだからな」


 バーボンはディレアスのズボンの布を破り、黙って治療を始めます。


「う、うう……。そ、そうだ。思い出した。その眼帯。思想犯バーボン!」


 ディレアスがそう言うのに、バーボンはチラッとディレアスの顔を見やりました。


「お前を街から追い出したのは私の……ち、父だ。そんな私を……治療しようっていうのか」


 ディレアスが皮肉を込めていうのに、バーボンはそれでも手を止めません。


「……俺は医者だ。人の命に定規を使うつもりはねぇ。人は定規じゃ計れねぇんだ」


 ディレアスは驚いたような顔をしました。ノアとメルも思わず顔を見合わせます。

 しばらく、ディレアスはバーボンの治療している様を見て、何かを考えるかのように眉を寄せてうつむいてしまいました。


「バーボンおじさん……」

「バーボンさん……」


 ノアとメルが何とも言えない気持ちでバーボンの背中に呼びかけます。

 自分を迫害した者たちを相手に治療を施するなんて、あまりにも辛い現実に思えたのです。

 しかし、バーボンはそんなことお構いなしといった風で、ディレアスを終えると次の患者の治療を開始します。


「バーボンさんは…」

「うん。昔のおじさんだよ。そのまんまだ」


 ノアがそう言って頷くと、メルは嬉しそうに強く頷き返します。

 バーボンはもう昔の思いをとっくに取り戻していたのでした。


「あ? まだんなところにいたのか。ほら、さっさと行け! 治療の邪魔だ!」


 ノアとメルはコクリと頷きます。


「お願いね!」

「バーボンさん! ありがとうございます!」


 2人がそう言うのに、治療を施しているバーボンは振り返らず、軽く片手を上げただけで応えました。


 そして、ここはバッカレス盗賊団とバーボンに任せて、ノアたちは議会堂の裏へと走っていきました…………。



 議会堂の裏手に回っていくだけでも、多くのガーゴイルたちが妨害して来ます。まるでノアたちがそこに行くのを防ごうとしているかのようです。

 ノアが、レイが、ミャオが、それぞれ手近にいる敵をみるやいなや先制攻撃して戦いますが、いくら倒してもまったくキリがありません。メルやボーズ太郎の魔法力も切れてしまいそうです。

 5分かけてほんの数歩進めればいいぐらいのペースです。これではいつまでたっても目的地に着きません。


「…………ここは私に任せ、先に向かってくれ」


 魔法を放って後方支援してくれていたファラーが、急に前線に進み出てきます。


「え? ファラー大司教?」


 戸惑うノアたちを前に、ファラーは振り返ってフッと笑います。

 そのファラーの目の前には、おびただしい数のガーゴイルが集まっていました。


「……私の魔法力も、あと残すところテレポート1回分だ。私はこいつらを連れへ連れて行く」

「そ、そんな! そんなことしないでくれ!!」


 ノアたちはファラーを止めたかったのですが、その間にも横から襲いかかるガーゴイルに邪魔されてしまいます。


「後のことは頼むよ。では、それじゃね。

 『道なき者の道標。次元を越え、瞬く間に我を何処へと移せ……テレポート!!』」

「ファラー大司教!!!」


 ノアと最初に出会った時のように、にこやかに笑ったかと思うと、光に包まれてファラーは消えてしまいました。周りにいた沢山のガーゴイルと共に……。

 ノアはグッと拳を握りしめます。レイはその肩にそっと手をかけました。


「………行こう。ノア。俺たちのために、ファラー大司教は道を切り開いてくれたんだ」

「…………うん」


 ようやく議会堂の裏につきます。

 そこは大きな倉庫になっていました。一見して何の変わりもない四角い建物です。とてもこんなところに重要な移送魔法陣があるとはちょっと思えませんが、逆にこういう風に目立たない風にしてあった方が安全だと考えたのかもしれません。

 ノアが金の鍵をとりだして、倉庫の鍵穴に差し込もうとした時、なんだか違和感を覚えます。


「あれ? 開いてる……?」


 扉を軽く押すと、鍵を回していないのにもかかわらずギーッと鈍い音がして開きました。最初から鍵がかかっていなかったのでしょうか? 


「ど、どういうことボー?」


 ノアが鍵穴をのぞき込むと、なんだかいじった形跡があります。無理にこじ開けた感じです。


「ミャオたち以外に、ランドレークに誰か用があるニャ?」


 鍵穴をジッと見ていると、ノアたちの周囲がフッと暗くなります。

 振り返ると、ガーゴイルが数体周りを囲んでいました。ファラーがテレポートさせたというのに、まだ残りがいたのです。


「う、うわあ! マズイぞ!!」


 ノアたちは慌てて扉の中に入ろうとしました。しかし、ガーゴイルの獰猛どうもうな爪が迫ります!


「どっせーーーい!!」


 飛びかかろうとしていたガーゴイルの横顔に、大きな張り手がぶちかまされます!

 それに意表をつかれた他のガーゴイルも、がっぷりと組まれて、うっちゃり! そして次のヤツは上手投げに放り投げられました。大きいガーゴイル相手に強引な力業です!


「ダーリン!! 助けにきたわーい!!!」


 それはファラーの末娘アングリーです。汗とホコリで化粧は乱れ、カツラは……ええ。オカッパのカツラがズレて、ツルリとしたハゲ頭が見え隠れしています。

 それを見た瞬間、レイの口から魂が抜け出てしまいそうになりましたが、慌ててボーズ太郎が押し戻します。


「アングリー!!」

「おう! 親父殿に言われ、ここを死守すべく司教様たちが集まっておるわい! 何人たりとも、ノアちゃんたちの後は追わせんので安心しんさい!!」


 アングリーはカツラをむんずとつかんで放り、そしてローブをビリビリと破きました。

 そこにいたのは司教の娘……などではありません。分厚いタイヤみたいな大胸筋、そしてバッキバッキに割れた腹筋。

 そうです。アングリーは女性ではなかったのです。ええ。まあ、もう最初に見た瞬間に誰でも解ることだとは思いますが……。


「ワシは、ファラー大司教を護る鉄壁の神官!! 神官戦士アングリーである! 猊下げいかの警護のため、司教様のフリをしておったが……もはや変装する意味もないわーい!」


 ググッと寄せたチカラコブを見せつけて、アングリーはニカッと歯を輝かせます!


「前任コネミ神官長殿には負けてはおれーん! 行くぞ、こんの怪物どもめが!!」


 軽くスクワットしてパンプアップし、筋肉をさらに盛り上がらせたアングリーが、ガーゴイルたちにダブルラリアットをかまします!

 ちなみにチラッとレイに向けてウインクをしたように見えたのは……たぶん、きっと、気のせいでしょう。


「私たちに任せて、行っちゃってー♫」

「ええ…。ここは問題ないわ」


 テーテとエカテナがテレポートで飛んできて、ノアたちが相手にしていたガーゴイルと代わりに戦い出します。


「テーテ!」

「ミャオ! また戻ってきたら一緒に遊ぼうね!」

「うんニャ!」


 テーテは大きな魔法を放ってガーゴイルをふっ飛ばしながらミャオに向って大きく手を振りました!


「さあ! 皆さん、お早く!」

「うっふん! ここから先には、わたくしたちがいる限り進めませんことよ!」


 続けてやって来たアルマとグリムアーが、入り口の側を確保してくれます。その張られた魔法結界によって、邪悪な者からの侵入を許しません!

 ノアたちをランドレークに行かせるため、皆が協力してくれているのです。ノアはなんだか胸に熱いものが込み上げてきました。


「ありがと! ホントに!

 うん。スタッドを連れて、必ず戻るよ! だから、だから……頼むね!!」


 ノアは司教たちやアングリーだけでなく、レムジンにいる皆に呼びかけるように大きな声で言いました。

 そして、守られつつ、ノアたちは倉庫の中へと入って行ったのであります……。


 倉庫の中は狭い通路になっていました。

 入ってすぐに、中が異常な状況だと気づきます。


「な、なんだこれ!?」


 ガーゴイルの死体がいくつも通路に崩れ倒れているのです。それも1体や2体どころじゃありません。通路を覆わんばかりに粉々に折り重なっているのです。


「……やはり、俺たち以前に入ってきたヤツがいるってことだな。しかもガーゴイルが攻めてくるのに乗じてだろう」

「ええ。しかも、相当なまでに強い人です……。魔法を使った形跡がありませんし、メリンではないですね」


 レイとメルがガーゴイルの死体を調べながら言います。


「ファルでもないニャー。だって、ミャオみたいに引っかいたり、ドレードお兄ちゃんみたいに剣とかで斬った感じじゃないもん」


 ミャオが形の辛うじて残っていたガーゴイルの鼻先を突っつくと、ボロリと簡単に崩れて落ちます


「な、なんか殴ったっぽい…ボー」


 確かに拳で殴ったような形跡が見られます。


「しかも、どれもたった1撃で倒している。こんな事を出来るのは一人ぐらいしか思い当たらない」

「……オ・パイ」


 ノアは重々しく言いました。きっとその予感は正しいでしょう。

 この混乱に乗じて、オ・パイはランドレークに向かったのです。いくら超人的な肉体を持つからといって、さすがに陸路を走っていくには無理があります。となれば、移送魔法陣を使うことを考えるのは当然と言えば当然のことでした。


「遅れるわけにはいかない。行こう、ランドレークに!」


 こうしてノアたちは、悪魔が総攻撃するレムジンを後にし、スタッドの待つランドレークへと急いで向かうことになったのでありました…………。

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