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第十章 ファルの大首都レムジン

 捜索部隊をかって出たノアとメルの2人組が、ステラに追いついたのは夜もさらに更けた頃のことでした。

 正確に言えば、縦横無尽じゅうおうむじんに走らされたウィリアムが、疲れ果てて、ひっくり返っているのを見つけたわけなんですけれどもね……。

 それと捜索部隊が2人しかいなかったのも、白熱するノアとメルに、レイもボーズ太郎もついてこれなかったせいでもあります。


 昼の砂漠はこれでもかというぐらいの暑さですが、夜になるとそれが嘘だったかのように冷え込みます。

 ノアたち3人は、女だけで焚き火を囲っていました。

 さんざん泣きはらしたのでしょう。ステラの目は真っ赤にはれあがっていました。ノアがタオルを渡すと、目を抑えて再び、さめざめと泣きはじめます。


「………っきしょうッ。コネミのバカやろ~」

「ホントに好きなんですね。コネミさんのことを…」


 同情するかのように言うメルを、ステラはジロッと睨みます。


「なんだよ。どうせ、馬鹿にしてんだろ。あんなデブでハゲたオヤジを好きになるなんて……変だって」

「そんなことはないです!」「んなことないよ!」


 メルの否定に、ノアの言葉も重なります。

 立ち上がって拳を振るわせるノアに、ステラはちょっと驚いた顔をしました。


「アタシだって、猫背で冴えないオッサンを好きになったんだ! 好きになるのに、容姿とか体型とかんなの関係ないよ!」


 ノアが力説するのに、メルも目を丸くします。


「ノア……? ノアの好きな人って……もしかして、スタッドさん?」


 メルの言葉に、ノアが真っ赤になります。

 熟れたトマト、茹でダコのようです。


「な、な、な!? だ、誰もそんなこと言ってない、ない、ないだろ! どうして、そんなこと……解るのさ?」


 明らかに動揺を隠せないでいる姿に、メルはちょっと気まずそうな顔をします。


「え。その…ほら、ずっとノアはスタッドさんを追いかけているし。冴えない……と言っては失礼だとは思いますが、その、あまり目立たないというのが有名なスタッドさんの特徴だと聞いていたので。

 ただの私の勘だったんですけど。当たっていたんですか?」


 ノアはムッスリして、頭をかきながらドサッとその場に座り込みます。

 自分でもよく解らない感情を、人から直接に指摘されるのは恥ずかしいものです。

 でも、この気持ちは恋以外のなにものでもないのだろうとノアはすでに解っていました。いえ、もしかしたら、最初からそうだったのだろうとすら思います。


「ああ! そうだよ! アタシが好きなのは……たぶん…スタッドだ! 文句ある!?」

「文句だなんて……」


 ぶっきらぼうに言うノアを見て、メルはちょっとおかしそうに笑います。


「へえ。あの英雄スタッドを、ねぇ。お前も物好きだね」


 黙ってやり取りを見ていたステラもフッと笑いました。


「人のこと言えるか! アンタこそ、あんな変なオヤジを!」


 ムッとした表情でノアが言います。

 ノアとステラはジッと互いの顔を見合わせ、そして、どちらからというでもなく、ぷっと吹き出して、お腹を抱えて笑い出しました。


「ああ。でも、昔は……あんなヤツじゃなかったんだよ」


 ステラが寂しそうに言うのに、ノアもメルも不思議そうな顔をします。


「全部、レムジンにいる元老院が原因さ」

「レムジンの元老院?」


 こんなファルの領地の外れに住んでいるコネミが、レムジンとどういう関係があるのかと、ノアは首を傾げます。


「……何度も、コネミはミャオを元いた場所に戻そうとしたんだよ。でも、デムに育てられたミャオをレムジンは受け入れなかったのさ」

「邪魔だったんじゃないの? なんか、そう言ってたけど…」

「だから、それは本心じゃないよ。コネミなりに距離を置いてるつもりなんだ。まったく不器用なヤツさ」


 なんだかノアもメルも、コネミへの印象が変わってきてしまいます。


「でも、変ですね。その話だとコネミさんはレムジンに行ったことがあるみたいに聞こえますが? コネミさんは、ヤマンバ洞窟のせいでミャオを帰せないと…」


 不思議に思ったメルが尋ねます。ノアも「そういえば…」という顔をしました。


「は? コネミなら、ヤマンバ洞窟なんか何度も行き来してるさ。アタイだって、そこでコネミに会って惚れちまったんだからね」


 照れくさそうに言うステラです。しかし、ノアたちは口をへの字にして考えこみます。


「じゃあ、どうしてレムジンに行けないような事を言ったんだろ? ミャオが、ステラに洞窟の魔物を説得してもらおうって言い出した時も、なんかコネミさんは乗り気じゃなかったようだし」

「アタイに? あ~、あそこの魔物は我の強い連中さね。洞窟を出たアタイの言葉なんて聞いてくれるかどうか…だからじゃないのかね?」


 ステラがそう言いますが、ノアもメルも違うような気がしていました。


「とりあえず、戻って話をもう一度聞いてみましょう」


 メルの意見に、ステラは嫌そうな顔をしましたが、2人ともそれは真剣な顔だったので、やがては渋々と頷きました……。

 

 意識を取り戻したウィリアムに乗り、ヤマンバ洞窟に戻ってみると、さっきとは状況が一変していました。

 何者かが洞窟の前で争った形跡があります。レイたちの寝袋や、さっき食べた魚の残骸が飛び散っているのです。


「な、なんだよ。これ?」


 ノアが唖然としていると、砂山から滑り降りてくるレイが見えました。剣を抜いているのを見る限り戦闘があったのは間違いありません。

 レイの後ろからは、ボーズ太郎が腹ばいにワタワタと砂をかきながら降りてきます。


「逃げろ! まずい相手だ!」


 レイが叫びます。その後ろから、何かが現れました。

 ずんぐりむっくりした熊のような大きな身体。爆発したような赤いパーマ、夜叉やしゃのような形相、服装は割烹着かっぽうぎ…いわゆるオバサン。典型的なオバサンです! しかもサイズは特大でありますが!


「フンガー!」


 巨大オバサンが拳を降り下ろします!

 あわや潰されそうになったボーズ太郎を、レイがスライディングして脇に抱えて助けだしました。


「な、なんじゃありゃ!?」


 ノアが驚きながらもダガーを構えます。


「まさか、ありゃエリザベートかい?! なんで、あんな姿に?」


 ステラがゴーグルを上げて目を細めます。どうやらステラの知り合いの魔物のようです。


 巨大なオバサン…エリザベートは、当然ともいうべきか、同じ大きさで目立つウィリアムに気づきます。

 しかし、怒り狂っている様子から、どうやら向こうはステラのことを解ってないようです。

 エリザベートは逃げたレイたちを追うのを止め、本能のままにウィリアムに襲いかかりました!


「チィッ! いくよ! ウィリアム!!」


 ステラが手綱を引くと、慌ててウィリアムが戦闘態勢になります。

 両ハサミと両手が、ガシン! と、組み合います!! 背中にいたノアたちは、衝撃で降り落とされそうになりました。


「なんだよコレ! 怪獣大決戦かよ?」

「ダメだ! ひっくり返えされるぞ!! 飛び降りな!」


 ステラが手綱を離します!

 ノアはメルを抱えて、ウィリアムの背から飛びました!


「キィィイ!!!」


 なんと、力負けしたウィリアムが仰向けにされてしまったのです! ドッシーン!!! という轟音と砂煙が巻き起こりました!

 ガシガシとウィリアムは脚を動かしますが、上手く起き上がれません。


「ブッホォッホ!!」


 勝ち誇った笑い声をあげます。 なんかイライラさせられるエリザベートのドヤ顔です。


「ペッぺ! クソ、砂が口に入ったじゃんか! なんか、アタシこんなんばっかだなぁ~。あ! メル! 大丈夫?」


 ノアが砂から頭を上げます。メルも頭を左右に振りながら、「ええ」と答えました。


「なんてこった! デザート・スコーピオンを力で負かすだなんて…」

「相手が大きすぎるボー! 魔法もあんま効かないボー!」


 レイがボーズ太郎と共に走って来ます。


「なんなんだよ、あれは!」


 ノアが高笑いをあげているエリザベートを指差します。


「俺にも解らない。ノアたちを待っていたら、いきなりヤマンバ洞窟から出てきたんだ」

「あれはエリザベートぢゃ」

「ワシらの仲間ぢゃ」


 レイの背中から、左右にヒョコヒョコと2人の老婆の魔物が顔を出します。


「げ! な、なんだぁ!?」


 レイはサーッと青い顔をしました。


「アンタらは…」


 ノアにはこの2人に見覚えがありました。レムジン洞窟で襲いかかり、レイに執拗にキスをしまくっていた魔物です。


「ソラ! ラソ!」


 ステラが声を上げました。ソラとラソと呼ばれた二人の老婆は目を丸くしたかと思いきや、ニタアッと笑いました。その顔もそっくり瓜2つであります。


「おお、ステラ首魁しゅかいぢゃないか!」

「洞窟を抜け出して、はて何年ぶりぞ?」


 挨拶などいらないと、ステラは手刀で空を切ります。


「アタイはもう首魁じゃない! 今では一番の双子魔法の使いのお前らがリーダーなんだろ! 教えてくれ、なんでエリザベートがあんなになっちまったんだい!?」


 双子の魔術師ソラとラソが、レイを間に挟んで顔を見合わます。


「魔神バルバトス様の命令ぢゃ!」

「レムジンにあるランドレークへの門に、立ち入らせぬためぢゃ!」


 甲高い声で説明するソラとラソに、ステラは怪訝な顔をします。


「魔神バルバトス? 確かにアタイらは魔神に造られた魔物だ。でも、スタッドが魔神を封印して以来、アタイら自意識を持つ魔物は、その支配から抜け出たはずだろ!? なぜ今更になって!?」


 ソラとラソが、レイの背中で入れ替わって、再び顔を出します。


「魔神バルバトス様の封印は解かれつつあるのぢゃ!」

「魔神バルバトス様の力を受け、エリザベートは急激な進化を遂げたのぢゃ!」


 ソラとラソは、エリザベートを指さします。


「もはやワシらの力でも止められぬ!!」

「ここにいる者ら、全てを殺すまで止まらぬ!!」


 レイの肩からヒョイと降り、2人は手を上げます。そしてそのまま両手を組み合わせ、エリザベートに向き直りました。


「おお! エリザベート! ここぢゃ!」

「魔神様に仇なす者どもはここぢゃ!」


 ソラとラソが甲高い声で、エリザベートを呼びます。


「あ! このババアども!!」


 ノアが止めようとしますが、すでに手遅れでした。笑っていたエリザベートが、ノアたちに気づいてギロリと睨みます。


「フンガー!」


 そして、予想通りと言うべきか、拳を振り回して突撃してきました!


「クソ! 正面からやりあっては勝ち目はないぞ!」


 レイは舌打ちして、レイジングファンの構えを取ります。


「フヒヒ! さあこっちぢゃ!」

「暴力の限りを尽くすのぢゃ!」


 ソラとラソはエリザベートの方に歩みつつ、ノアたちに向き直り魔法を唱え始めます!


「喰らえ! 我が魔法……ぐびぇ!」

「こやつらの息の根を……ぶぴぃ!」


 おやおや、魔法を放とうした瞬間に、なんと双子はエリザベートの大きな足に踏みつぶされてしまいます! よく見ないで近づき過ぎたのですね。

 本当に、『全てを殺すまで…』だったのでございました。2人はそれを身をもって証明してくれました。 


「ニャーーッ!!」

「ミャオ!」


 砂山の斜面を利用して勢い良く飛び、ミャオがエリザベートの後ろから飛びかかります!

 鋭い爪を立て、素早い動作でエリザベートの頬を引っ掻きました!


「ブフォ!?」

「ニャー! ニャーッ!」


 うっとおしそうにエリザベートは頭を振ります。払ってくる攻撃をミャオは巧みにかわし、クルリンと空中で一回転して、ネコパンチを繰り出しました! その動きは、盗賊のノアが「おお」と感嘆するほど見事なものであります。


「ミャ!?」


 連続攻撃をしかけていたミャオですが、エリザベートのパーマヘアーから、触手のようなものが伸びてきます。それがスルリとミャオの体に巻き付きました。


「ミャー! きもちわるーいニャ!!」


 よくわからない成分でできたヌメヌメの触手は、もがくミャオにベトベトとひっついて逃れられなくします!


「な、なんかエッチだぞ…」

「マズいボー! レイ! そんなことを言ってる場合かボー!」


 ボーズ太郎のツッコミに、レイはハッとして頭を振ります。


「今助けるぞ! 飛来剛刃ひらいごうじん!」


 レイが剣を持ったまま、その場で回転し出します!


「雷神の剣柱けんちゅう、『テンペスト!!!』」


 やがて金色の光りを帯びて高速になり、砲丸投げの要領で剣を放ります!

 それはビューンと綺麗にエリザベートの頭上に飛んでいき、空から稲光が落ちて剣に当たりました!!

 帯電した剣は垂直に向きを変え、見事にエリザベートの頭上に突き刺さります!!


「アンガガガガガ!?」


 感電して、エリザベートの鼻と口から煙が吹き出ます。痺れたせいで、掴んでいたミャオをポロッと離しました。


「どうだ! ジャスト国に代々伝わる奥義!」

「ニャー?」


 ミャオを受け止めながら、レイがニヤリと笑います。


「グルルルルル!!」

「レイ! いい気になって油断するな!」


 頭を振ってエリザベートが怒りの形相になります。それに気づいたノアが叫びました。


「な!? ま、まだ動けるのか!?」


 ミャオを降ろしたレイが、腰から剣を抜こうとしますが……ありません。あるわけがありません。

 そうです。エリザベートの頭上に刺さったままなのです。テンペストは強力な奥義でしたが、剣を手放してしまうという弱点があったのです!


「し、しまった…。俺としたことが。敵を1撃で倒せるのが前提の技だった」

「フンガガガー!!!」

「逃げるミャ!!」


 ミャオが、青ざめているレイを背中に抱えて走り出します。男1人担いでいるというのに、なかなか素早いステップでエリザベートの攻撃を避けます!


「ニャニャニャ! コネミのおじちゃーーん! 助けてニャーー!!」


 あまりの猛攻にミャオが悲鳴を上げます。


「コネミ?」


 ステラが目を見張りました。

 すぐ側の砂山から、肉厚の手がボゴンと生え出ます。そして、ザバーッと砂をかきながらコネミが姿を現しました。

 どうやら、エリザベートが姿を現した瞬間に砂の中に隠れたようですね。


「やれやれ。どうやら、私が戦わねばならぬようですね」


 パンパンと服の砂を払い、コネミは深くため息を吐き出します。


「老骨にはしんどいですが、久し振りにやりますか……」


 そう言って、両手両足をブラブラさせたかと思いきや、大きくコネミは息を吸います!


「ふんりゃッ!」


 そして全身に気合いを入れます! 無駄にあふれていた脂肪が、瞬時に鋼鉄の筋肉と化しました!

 あの量の脂肪全てが筋肉となったわけですから、まるでそれは紐でキュッと縛ったボンレスハムのようです。

 ただ顔はそのままなので、顔と身体のアンバランスさに気持ち悪さも倍増となります。


「コネミのおじちゃーん!」

「コネミ!」


 ミャオとステラが呼びかけます。


「さあ、どいていなさい! 私がやります!」


 激震の足音を響かせながら迫り来るエリザベートに、ムキムキのコネミが立ちふさがります。


「どりゃッ!」


 ボヒュッ! という風切り音と共に繰り出されたコネミの拳が、エリザベートのスネに当たります!


「ホガァ!」


 いわゆる弁慶の泣き所ですね。これにはたまらず、エリザベートも涙を流して痛がります。まさに鬼の目にも涙…いえ、もちろん意味が違いますが。

 敵の怯んだ隙を見逃さず、倒れかかったエリザベートの爪先を掴み、ジャイアントスイングの体勢です!


「いきますよ!」

「ウ、ウガァァ!」

「そりゃそりゃそりゃ!」

 

 どれだけの馬鹿力だというのでしょう。あの大きなエリザベートを、まるで風力発電のプロペラの如くグルグルとものすごい迫力で回します!!

 そして、そのまま「どりゃあッ!!」と、放り投げてしまいました!! 

 ドッヒューン!! と、遙か彼方へとエリザベートは飛んでいってしまいます!


「ふう……。やれやれ」


 コネミが額をタオルで拭うと、もういつもの体型に戻っていました。

 あまりに現実離れした出来事に、ノアたちは開いた口がふさがりません。


「……なんだ、何がどうなっているんだ?」


 レイもボーズ太郎も、困惑した様子でコネミを見やります。

 本人は素知らぬ顔で、ゴシゴシと顔を拭い、脇まで拭きだしました。


「…アンタ。いったい何者なんだよ?」

「あー、だからですね。ただの釣り好きの隠居人ですよ」


 ノアの問いにも、コネミは素っ気なくそう答えます。


「おい! コネミ! こいつらは、レムジンに行きたがっているんだ! なんで、通ったことないなんて嘘を言うんだよ!? お前の力なら普通に通れるだろうが!」


 そんな呑気な態度に怒ったステラが問いかけます。


「コネミさん!」

「教えてください!」


 ノアたちも、真剣な表情でした。コネミは、観念したかのようにフウとため息を吐き出します。

 魔神の力を受けたエリザベートをあしらってしまうコネミの実力は皆に解ってしまいました。いまさら、なんの言い逃れもできません。


「…………レムジンに行ってどうするのです? あそこは、デムが行くところではありませんよ」


 そう言うコネミの前に、メルが一歩前に進み出ます。


「私たちは、レムジンの先ランドレークを目指しています」

「ランドレークですって?」


 コネミは驚き、ノアたちを順繰りに見回します。ステラも初めて聞いた話だったので「え?」と言って固まっています。


「危機に瀕している仲間たちを助けるため、そして目覚めつつある魔神バルバトスを再度封印するため……私達たちは英雄スタッドさんに何としても会わねばならないのです」


 コネミは何かを言いかけようと口を開きますが、思いとどまって首を横に振ります。


「滅びの都ランドレーク……。確かに、そこに行くためには、レムジンにある移送魔法陣を使わねばなりません。

 ただそのためには、レムジンの最高機関である元老院。そして『大司教ファラー』の許可が必要になるはずです」


 今度はレイが前に進み出て拳を握って見せます。


「俺が直接に取り合うつもりです。俺はジャスト国の王子です。話ぐらいは聞いてもらえるでしょう」


 レイが王族の証であるペンダントを出しました。しかし、コネミはそれを見ても顔色ひとつ変えません。


「…そうですね。少し……昔話をしましょうか」


 コネミがその場にゆっくり座ります。ノアたちも、誰も何も言わずにその場にしゃがみました。

 レイは剣を取りに行き、ステラとミャオは倒れているウィリアムを起こしに行きます。ウィリアムが無事なのを確認して、元に戻してやり、慌てて戻ってきてから、コネミの側に座りました。

 皆が聞く準備ができたのを見て、コネミは静かに語り出します。


「……英雄スタッド。彼が魔神バルバトスを封印したのは偉大な行為でした。

 その功績により、今までまるで見向きもされなかったデムたち。“一部の才能のある者だけ”…という条件付きではありましたが…デムはレムジンに入ることが許されるようになったのです。

 自慢ではありませんが、かくいう私も、かつてはその中の1人でした」


 コネミもレムジンにいたのだと知って、誰もが驚きを隠せないでいます。コネミはちょっと自嘲じちょう気味に笑って続けました。


「英雄スタッド。そして天才医バーボン。互いに面識はなかったでしょうが、特に秀でていたと話が出るのは、いつもこの2人のことです」


 バーボンの名前がでたのに、ノアもメルも驚いた顔をします。


「コネミさんはバーボンさんを知っているのですか?」

「ええ。レムジンでは有名人でした。会ったことはなくとも、同じデムとして噂だけは毎日のように聞きましたよ」


 懐かしむように、遠い目をしながらコネミが自分の拳をさすります。


「この2人なんですが、実はその持つ思想も似ているものがありました。

 ファルの閉鎖的な種族差別を無くすよう、彼らは奮闘したのです。

 ファルとメリンとデム。この三種族が協力しあい、平和を築いていこうと……」

「人は定規じゃ計れない…」


 ノアがバーボンの昔の決め台詞をポツリと言います。コネミはゆっくりと頷きました。


「しかし、ファルの元老院はそれを聞き入れませんでした。『ファルとメリンは上位種族であり、デムは下位種族である。突然変異で、稀に才能を持つ者がいることは認めても、その種の全てを認めることはできない』、と…これが元老たちの出した見解だったのです。

 やがて、スタッドは自分の主張が受け入れられないと見るや、論文だけを残してレムジンから姿を消してしまいます。

 そして、バーボン医師は……最後まで主張をやめなかったため、それは言葉に表せぬくらいの、ひどい迫害を受けたと聞きます」


 ノアとメルが辛そうな顔をします。


「ファルはスタッドとバーボンがいなくなっても考えを決して改めようとはしませんでした。

 むしろ、それどころかより規律が厳しくなり、やがては私などもレムジンにいられなくなってしまったのですよ」


 コネミは今までにない、真剣な面持ちでノアたちを見回します。


「それでも……それでも、レムジンに行かれるというのですか?

 あそこには非人道的な扱いしか待ち受けていません。それを受け入れるだけの覚悟があるのですか?」


 コネミの問いかけに、ミャオが伸びをしながらミャーと鳴きました。


「ミャオは、レムジンに行ってみたい。ミャオみたいなのがいーっぱいいるんでしょ? ならミャオは行くよ♪」


 そんな純真な目で見つめられ、コネミは眉を寄せます。

「ミャオ……」

「ミャオは大丈夫だよ。ミャオはノアたちと行くニャ」


 ミャオは、ノアとメルの腕をとってニッコリと笑いました。


「アタシたちは構わないけど。ミャオはコネミさんと一緒にいた方が良いんじゃない?」

「……いえ。私からもお願いします。ミャオをレムジンに連れて行ってやって下さい」

「コネミさん…」


 コネミの目に、初めて慈愛といった感情が表れます。


「今までは、同種族から差別されるよりは、私と共にいた方がまだ良いだろうとそう思っていました……。

 ですが、彼女はファルなのです。私は必要以上に親しくしてはいけないと、わざと冷たい素振りをしていましたが……そんなことをしつつも、側にいるのは単なる逃げだったのですね」


 コネミは優しくミャオの頭を撫でます。心地よさそうに、彼女はゴロゴロと喉を鳴らせました。


「こんなことはずっと続けていてはいけない。ミャオも、私も…」

「ミャオ知ってるよ。コネミのおじちゃん、ミャオがヒドイから守ってくれたミャ!

 レムジンにはミャオの仲間がいるけれど、ミャオにダメーってするから!

 でもね、でもね! それでも、ミャオは、ミャオみたいな仲間がいるなら見てみたいの!」


 コネミはハッとした顔をしました。それを見て、ステラはフッと笑います。


「いつまでも子供じゃないのさ。ミャオは強いんだ。それはお前だって解ってんだろ。

 レムジンには……もしかしたら、ミャオの家族がいるかもしれないしね。お前が心配しなくても、自分の道を進んでいけるさ。このなら」


 ステラの言葉に、コネミは頷きます。

 ノアはコネミをジッと強い目で見やりました。


「……お願い。ヤマンバ洞窟をどうしても抜けたいんだ。そして、アタシたちはレムジンに行く。

 ミャオのことは命をかけてもアタシが守る。だから、通して欲しいんだ」


 ノアの肩に、後ろからレイが、メルが、ボーズ太郎が…それぞれ手を当てます。それを見て、ミャオは爛々(らんらん)と光る目でニカッと笑いました。

 ノアは照れくさそうに「アタシたちが…だったね」と訂正しました。そう。ノアは一人ではないのです。仲間たちも同じ想いなのです。


「…………解りました。英雄スタッドは、未来を君たち若者に任せたのかも知れませんね。

 私がここでその未来を止めても仕方ないこと。あなたたちなら、私たちの出せなかった答えをだせるのかも知れない」


 コネミはゆっくりと立ち上がります。そして、洞窟の入り口に向って歩いて行き、その手前で立ち止まります。


「ヤマンバ洞窟の魔物たちが私を襲うのは……私が倒れれば、ステラが戻ってくると考えたからです」


 コネミはニコッと笑い、ステラの手を取ります。ステラは真っ赤になりました。


「一緒に……」

「あ、ああ!」


 コネミとステラが大きく息を吸います。


『バカヤロオオオーーーッ!!!!!』


 とんでもない2人の怒号が、洞窟内に響き渡ります!!


 バカヤロー……カヤロー……ヤロー……ロー…


 耳の良いメルとミャオは目を白黒させました。頭の中がクワーンと響いたようです。


「……ヤマンバ洞窟の元首魁と、魔物たちをボッコボコにした私の一喝です。

 しばらくは、ビビッて悪さができないでしょう。今のうちに抜けてしまうといい。それほど長い洞窟ではありません」


 コネミの言葉に、半信半疑なノアとレイです。でも、ここまでこては信じる他ありません。コクリと頷きました。


「よし! 行くよ!!」


 ノアたちは拳を振り上げ、ヤマンバ洞窟へと入っていきました…………。


 残されたコネミとステラは、見送っていたノアたちの背中が見えなくなるまで洞窟の入り口に立っていました。


「行っちまったな……。じゃ、アタイも帰るとするか」


 コネミの横顔をチラリと見て、ステラは肩を落としながら踵を返そうとした瞬間でした。


「……ミャオがいなくなって、魚が余りそうですね。ウィリアムならガッツリと食べてくれそうですが」


 小さな声でしたが、ステラの地獄耳は聞き逃しません。パーッと明るい顔になります。


「な、なら!!」

「………あなたは、料理ぐらいできるんでしょう? 手伝ってくれるなら、私の家に来なさい」


「あ、ああ! とっておきのアタイの手料理を食わせてやるよ!」

「私はグルメですから。美味しいものをお願いしますよ」

「任せろってんだよー♪」


 コネミとステラは、そんなやりとりをしながら家路へと戻っていったのでした……。


 計らずとも、ノアとメルの『コネミとステラをくっつけろ作戦!』は大成功したようです。もちろん、先に進んでいくノアもメルもそんなことを知る由もなかったわけですが…………。




☆☆☆




 ヤマンバ洞窟。

 洞窟自体はシンプルで真っ直ぐな道のりだったのですが、その距離はコネミが言ったほど短いものではありませんでした。ましてや薄暗い洞窟なので、どれくらい時間が経過したかも解りにくいのです。


 ようやくのことで、外に出た時にはすでに朝日が昇っていました。

 外は大きな岩がゴロゴロしている荒野でした。

 魔物に見つからなさそうな場所を探します。そして巨人が転がしてきたような、丸いの大石の下にテントを張りました。

 4人はそこでちょっとだけ仮眠をとります。まるまる一晩、寝ずに戦ったり歩いたりしていたのですから少し休みたくなるのも仕方がありませんでした。

 しばらく目をつむっていたメルでしたが、フッと起きあがって周囲を見回します。そして、皆から離れて座り込みました。

 清々しいほどの晴天です。砂漠とは違い気温も過ごしやすく、風も穏やかです。だからこそ、そんな中で昼寝をしているのが申し訳ないような気がしていたのでした。

 盗賊の森から逃げてきてから、メルは一度も熟睡したことがありません。必ずといっていいほど、寝てる最中に目が冷めてしまうのです。


「どうしたニャ、メル?」


 ヒョイッと横から顔を出され、メルはちょっと驚いた顔をします。

 八重歯をむき出しにして、ミャオがニッと笑いました。


「え、ええ。こう明るいとなんだか眠れなくて……。ミャオも眠れないのですか?」


 メルが微笑み返すのに、ミャオは同じような顔を真似しようとして口をモゴモゴさせます。でも、すぐに飽きたらしく、ミャオのいつもの笑顔に戻りました。

 メルのその隣にちょこんと座ります。


「お昼寝はあんまり好きじゃないのニャー。コネミのおじちゃんも、あんまお昼寝すると、夜に眠れなくなるからダメーって言うニャ」


「そうですか……。そうですね。コネミさんの言う通りかもしれませんね」


 メルはコクリと頷きます。そして、ミャオの顔をジッとみました。


「……ミャオは、コネミさんが大好きなのでしょう?」

「うん。大好き。ミャオに魚くれるし、いろんなことをいーっぱい教えてくれるニャ!」

「……そのコネミさんと、離ればなれになって、寂しくはないんですか?」


 メルの問いに、ミャオは首を傾げます。


「……私は……寂しい。寂しくてどうしようもないの。

 好きな人と会えないのも辛いんです……。

 本当は……お母さんに、ボーズ長老さんやボーズ星人の皆に……バーボンさんに、会いたい………ううっ」


 メルの大きな目からパラパラと雫が落ちました。

 天真爛漫てんしんらんまんなミャオを見ていて、幼い頃の自分をメルは思い出していたのです。

 気丈に振る舞わなければ、涙をながしてはいけない……そうは思いながらも、あふれ出す気持ちは止まりません。

 そうです。こんなところで、ノンビリと昼寝をしていてはいけない気がするのです。不眠不休で急がねばならないのではないでしょうか。


「ミャー。コネミのおじちゃんが言ってたよ」


 ミャオは空を指さします。メルは涙に濡れた顔をあげ、青空をもう一度見やりました。


「ミャオはね。お父さんの顔もお母さんの顔も解らないニャ」

「…え? そ、そうなんですか?」

「うん。ミャオがずーっとずーっと小さい時に、コネミのおじちゃんに拾ってもらったんだって」

「そんな…。私、そんなこと知らずに」


 寂しいからと泣いてしまったことが恥ずかしく思えてきます。ミャオの方がもっと辛いじゃないかと、何を自分は甘えたことを言ったのかとメルは後悔しました。

 でもそんなメルの気持ちには気づかず、ミャオはニコニコと笑いながら続けます。


「でもね、そんなミャオのお父さんやお母さんも、きっとこの空を見上げているんだって」

「この空を?」


 どこまでも続く空。それは確かに、レグー砂漠でも、釣り人の海でも、ガラガ山道でも、クラレ村でもジャスト城からでも、同じように見え、決して途切れずに繋がっていることでしょう。それはどの地上にいてもそうなのだとメルは気づきます。


「あのね。同じ空の下じゃ、誰も1人じゃないんだよ、って。

 きっとコネミのおじちゃんもステラも、同じ空を見てるニャ。だから、ミャオはみんなといつも一緒なのニャ。空がある限りは、誰も1人じゃないんだよー」

「同じ空の下では、誰も一人じゃない……」


 メルはポツリと呟いて、涙を拭きました。


「それはメルもだよー。メルも1人なんかじゃないんだニャ」


 この言葉を教えただろうコネミが、いかにミャオを大事にしていたのかがメルには伝わって来ます。


「……ありがとうございます。ミャオ。レムジンで、仲間たちに…。家族に会えるといいですね」

「うん♪ そしたら、空を見る人がもっと増えるミャ! もっともっと! ミャオは知らない人に会うニャ!」


 無邪気に手足をばたつかせて喜ぶミャオに、メルも知らずうちに笑みがこぼれました…………。




☆☆☆




 ファルの大首都レムジン。

 それは広がる荒れ果てた地のど真ん中に、秩序と整然という言葉を体現するかのごとく現れました。

 首都の中心にある大教会を中心にして、街は正方形状に広がり、その中央を大道路が十字に走っています。

 大きさはジャスト城と城下町あわせても足りないほど。その3倍か4倍かは軽くありそうです。

 寸分くるわぬ測量を持ってして、わずかな歪みも許さずに真っ直ぐにのびる道路。合わせ鏡のように、同じ形でズラリと連なる家の壁。すべてが左右対称。完全なシンメトリーでございます。

 左の屋根が赤ければ、当然に右の屋根も赤いです。左の家の芝生の長さが5センチであれば、当然、右の家の芝生の長さもきっかり5センチ。驚くことに街路樹なども、まったく同じような形のもので揃えられています。自然すら、この街の規律に縛られているのではないかと思えてきます。

 街に入った瞬間、ノアたちは立ちくらみのようなものを感じました。あまりにもキッチリとしすぎていて、チリ1つとしてない綺麗すぎる街並みです。あまりに正確すぎて、見ているこちらが疲れてしまったのです。


「なんだ…? ここ。変な感じ」

「ええ。なんだかすべてが作り物のよう…命が感じられません」


 メルは側にあった木に手を当てます。退化の森の樹木たちのような命の息吹がまるで感じられません。形だけがそこにあるかのようでした。


「…これがレグー砂漠が生まれた理由さ。これだけの人工物を生み出すには、大量の資材が必要だったんだよ」


 レイが言うのに、ノアもメルも眉をひそめました。

 不自然なこの都を作るために、自然を破壊するなんてどういうことでしょうか。まったくその気持ちや考えが理解できないのです。


「アタシ……この街は好きになれそうにない」


 ノアがふて腐れたようにそう言います。

 街の真ん中でそんなことをしていると、沢山の兵士が走って来ました。

 いずれも青いフルフェイスの兜と四角い鎧に、槍や剣で武装しています。

 そして問答無用とばかりに、その兵士たちはいきなり攻撃してきました。


「な、なにするんだよ!?」

「黙れ! エテ公ども! 大人しく捕縛されろ!!」


 くぐもった声で兜の中でそう言います。表情が見えないのですし、機械的なその声はやけに冷徹に聞こえました。

 ただやられるわけにもいきません。ノアたちは抵抗します。


「おい! 待て! 俺はジャスト国の王子で…! って、は、話を聞け!!」


 王子の証を取り出す間もなく、レイも剣を抜かざるをえませんでした。


「なんだー! お前らー!!」


 両手を縛られそうになったミャオが怒ります。爪をたててガリガリと、兜を引っかきました!


「ええい! 反抗するならば、容赦はせんぞ!!」


 隊長格らしき人物が、剣を高々と掲げました。

 それだけで周囲の兵士たちの雰囲気が一変します。フォーメーションを組み直し、ノアたちに再び襲いかかります!


「遊びは終わりだ! 全員捕縛!」


 素早く逃げまわっていたノアを、それを上回るスピードで頭から抑えつけます!

 何本もの槍が降り下ろされ、レイのもっていた剣を叩き落とします!

 魔法を唱えようとしたメルとボーズ太郎の首に、剣の先が当てられます!

 引っかいたり蹴っていたミャオを、左右から腕をとって捕まえます!

 こうして、あっという間に、ノアたちはファルの兵士達に抑えつけられてしまったのです!


「グッ。さすがは武闘派ファルの精鋭兵士。街の中央まで誘き寄せ、たたみかける常套(じょうとう)戦術といい。この俺たちが手も足もでないとは……」


 レイは感心したように、払われた痛む手を抑えて言いました。


「勝手な発言をするな!」


 槍の石突きで首筋を打たれ、レイは気絶してドサリと倒れます。


「おい! 何もしてないだろ!」


 ノアが怒りますが、頭を抑えている兵士が力を入れて地面にグリグリとキツく抑えつけられます。これではしゃべることもままなりません。


「……貴様らの罪状は不法侵入と公務執行妨害だ。

 裁判はファラー大司教が執り行う。さあ、大教会に連行しろ!」


 レムジンにやって来たノアたちは、なんの弁明も許されることなく、こうしていきなり捕まってしまったのでした……。


 黒くて重い鉛の手かせをつけさせられ、大通りを大教会に向かって連れて行かれます……。


 しかし、こんな大ピンチであったわけですが、実はこれから向かう大教会にこそ、ノアたちにとって、とても心強い味方たちとの出会いがあるのでありました…………。

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