堕落楽園
【墜落楽園 ―無人島の12人と僕― 第1期前半 第1〜12話】
第1話「墜落、そして楽園(?)」
橘渉、二十歳。大学一年生の夏休み、格安チケットで東南アジアへの一人旅に出発したはずだった。
「シートベルトをお締めください」という客室乗務員のアナウンスの直後、機体は激しい乱気流に飲み込まれた。パニックになる乗客たち。渉の記憶はそこで途切れた。
目が覚めると、真っ青な空と白い砂浜だった。
「…夢?」
違う。全身が痛い。口の中に砂の感触がある。渉はゆっくり身を起こし、周囲を見渡した。そして固まった。
浜辺に横たわっているのは、自分だけじゃない。女性ばかり、数えると十二人が、砂の上でぐったりしている。
「えっ、えっ?」
どう見ても無人島だ。椰子の木。青い海。遥か彼方まで広がる水平線。文明の欠片もない。
「う…んん…」最初に目を覚ましたのは、黒髪のキリッとした美人だった。霧島凛、後に渉が知ることになるその名前の持ち主は、状況を確認するなり即座に立ち上がった。「全員、怪我はありますか! 返事ができる人は声を上げてください!」
次々と女性たちが目を覚ます。天然パーマのにぎやかな子(白瀬ひな)、メガネをかけた落ち着いた女性(遠藤莉奈)、やけに背の高いモデル体型の女(桂木美羽)――それぞれがパニックになりながらも、凛のリーダーシップに引っ張られて落ち着いていく。
そして全員の視線が、渉に集まった。
「あの…ここにいる男性、あなた一人みたいです」と莉奈が眼鏡をくいっと上げて言った。
「はい、そうです。橘渉、二十歳、大学一年生です」
「うわー! 男の子がおる!」ひなが目を輝かせて飛びかかってきた。砂まみれなのに笑顔が眩しい。「うちな、白瀬ひな言います! よろしゅーな!」
「よ、よろしく……」
渉は思った。助かったのはよかった。でもこれは、どういう状況だ?
男一人、美女十二人、無人島。
……神様、本気ですか?
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第2話「服が…ない! 緊急ドレスコード問題」
サバイバル初日の課題は「着替えと寝床の確保」だった。
墜落時に荷物の大半は失われたが、機内に積んでいた緊急用バッグがいくつか浜に流れ着いており、中には最低限の衣類や道具が入っていた。
「着替えは女性が先に使ってください」と渉が申し出ると、凛が一瞬だけ表情を和らげた。「…ありがとう。では遠慮なく」
渉は木陰に向かい、「絶対に振り向かない」と自分に誓った。男の誓い。鋼の意志。
――十秒後。
「きゃあっ!」
ひなの叫び声と同時に、何かが渉の背中に激突した。勢いよく転んだひなが、渉の背中に正面からダイブしてきたのだ。
「いったぁ……ごめんなぁ、滑って——」
気がつくと、二人は砂浜に折り重なっていた。ひなは着替えの途中で、薄いタンクトップ一枚だった。渉の顔面には、やわらかくて温かい何かが当たっている。
「……ちょっと」
凛の声が、真後ろから降ってきた。
「何やってるんですか、あなたたち」
氷点下の目線。渉は砂を口に含んだまま「違いますこれは事故ですなんでもありません」と高速で訴えた。
「見てへんかったん? うちが落ちてくるの」とひなは頬を赤らめつつも、どこかケロッとしている。
「見てませんでした! ちゃんと背中を向けてました!」
「ふーん」凛は腕を組んで、ため息をついた。「……まあ、無人島では多少のアクシデントは避けられない。今後はお互い気をつけましょう」
「霧島さんが一番怒ってないのが逆に怖いんですが」と莉奈がつぶやいた。
夕暮れの浜辺で、十三人の無人島生活は、こうして賑やかに始まった。
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第3話「東條さんの包丁は島でも現役」
「食料を確保します」
東條朱里が宣言した瞬間、場の空気が変わった。彼女は料理学校出身で、機内からサバイバルナイフ一本を奇跡的に確保していた。
「魚、獲ります。渉さん、海に入れますか?」
「え、はい、泳げますけど」
「じゃあ追い込み漁。私が指示します」
朱里は普段、ほとんど喋らない。料理のこと以外は、特に。でも今この瞬間は、まるで別人のように生き生きしていた。
浅瀬で渉がバシャバシャと魚を追いかけ、朱里が岩陰で素早く手づかみにする。想像よりずっと上手くいき、三十分で十数匹の熱帯魚が確保できた。
「すごい! 東條さん天才や!」とひなが飛び跳ねる。
「料理学校で習ったのは下処理が中心だから」朱里は淡々と魚の内臓を処理しながら言った。「でも食材があれば、なんとかする」
問題が起きたのは、火おこしの段階だった。
宮本千夏が木と木を組み合わせてフリクション式で火を起こそうと奮戦中、渉がそっと近づいて「あの、手伝いましょうか」と声をかけた。
「いらない、自分でできる」千夏は機械的にコロコロと木を転がし続ける。
五分後、千夏の手のひらに豆ができた。渉はそっとそばに座り、一緒に摩擦を始めた。二人分の熱量で、小さな火種が生まれた瞬間、千夏が「……ありがと」とかすかに言った。
焚き火の上で朱里が焼いた魚は、塩もないのに驚くほどうまかった。
「料理ってすごい」渉がしみじみ言うと、朱里が照れたように顔を背けた。「……当たり前です。これが私の全部だから」
夜、焚き火を囲んで十三人が魚を頬張った。星空が、これ以上ないくらい美しかった。
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第4話「天野さんの包帯と僕の心拍数」
三日目の朝、渉は木登り中に枝から落ちて右腕を擦り傷だらけにした。ヤシの実を取ろうとした結果だ。
「もー、無茶しないでください」天野紗月が駆け寄り、救急セットから消毒液を取り出した。「ちょっとしみますよ」
「あ、大丈夫です、自分で——」
「させません」
紗月は看護学生だった。手際は完璧で、消毒から包帯の巻き方まで、すべてが正確だった。問題は、処置の際に彼女が渉の腕をそっと両手で包み込む形になったことだ。
距離、十五センチ。
ほのかな石けんの香り。つやつやした黒髪が顔のそばに垂れている。紗月が「痛い?」と覗き込んでくる大きな目は、ものすごく近い。
「い、痛くないです! 全然! むしろ気持ちいいくらいで!」
「気持ちいいのは消毒液の効果じゃないと思いますけど」と莉奈が遠くからメモを取りながら言った。なんでメモしてるんだ。
「渉さんって、意外と肌きれいですね」紗月がしみじみ言う。
「は、はあ…」
「男の子の腕って、こんな感じなんだ」独り言のようにつぶやきながら、紗月は包帯を巻き終えた。「はい、完了。次から気をつけてください」
「天野さんは…看護師を目指してるんですか?」
「はい」紗月は穏やかに微笑んだ。「人の役に立てるのが、一番好きなんです。こういう時にちゃんと役に立てて、よかったです」
渉はその笑顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。包帯の感触と一緒に、その温かさは夕方まで残った。
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第5話「雨宿りと、桂木先輩の秘密」
スコールは突然やってきた。
渉と桂木美羽の二人は、果実を探しに内陸部へ入っていたところだった。雨宿りできる岩陰を見つけた時には、二人ともずぶ濡れだった。
「最悪」美羽は濡れた金髪を搔き上げながら、岩壁にもたれた。「こんなことになるなんて」
「無人島ですから」
「わかってる」
美羽は普段、誰に対しても高飛車だ。「こんな島、さっさと出たい」「なんで私がこんなところに」が口癖で、特に渉には冷たかった。
でも今、岩陰で膝を抱えている彼女は、それとは違って見えた。
「怖いですか、雷」
「……は? 怖くない」
ドーン、と大きな落雷の音。美羽の肩が、ビクッと跳ね上がった。
「…怖くないって言いましたよね?」
「う、うるさい! 体が勝手に反応しただけ!」
渉は笑わなかった。「怖くて当然ですよ、こんな状況で。俺だって正直、毎日ちょっと怖いです」
「…あなたが?」
「助かるかどうか、わからないし。こんなこと言っていいかわかりませんけど、俺が怖いのは、みんなのことなんです。自分じゃなくて」
美羽はしばらく黙っていた。雨音が岩を叩く。
「……私ね」美羽がぽつりと言った。「モデルの仕事、うまくいってなかったの。あの飛行機、逃げるために乗ったのかもしれない」
「逃げることも、勇気だと思います」
「慰めてるの?」
「本音です」
雨が上がった。美羽は立ち上がりながら、ほんの少し、唇の端を上げた。「……ありがと」それだけ言って、足早に歩き出した。
渉はその小さな横顔を、なぜかずっと覚えていた。
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第6話「柊さんのトレーニングに巻き込まれました」
「渉、朝のトレーニングに付き合え」
柊梓に言われたのは、夜明け前だった。ショートカットに日焼けした肌、スポーツブラとショートパンツという格好で仁王立ちしている。
「体力維持は生存率に直結する」梓は真顔だ。「俺の大学では一日五キロ走るのが当たり前だった」
「俺の…?」
「あ。私の大学で、ね。なんとなく」
梓は体育会バレーボール部出身で、日常会話にいちいち体育会系の文法が混じる。渉はそれを密かに可愛いと思っている。
砂浜ダッシュ、スクワット、腕立て伏せ。梓のメニューは容赦なかった。
「ちょっ、待って、もう限界……」
「根性ない。もう一セット」
「人権! 人権ください!」
最後の腕立て伏せで、渉は限界を超えた。そのまま崩れ落ちたところに、真横でいっしょに腕立てをしていた梓が倒れ込んできた。
砂浜の上で、梓が渉の上に乗っかる形になる。
一瞬、静止。
「……退け」梓の顔が赤い。「今すぐ退けと言っている」
「俺は下なので退けない物理的に」
梓は素早く立ち上がり、砂を払いながら渉に背中を向けた。「み、見るな」
「何も見てないですけど」
「見るな!」
ひとしきり怒鳴ったあと、梓はぽつりと言った。「……明日も付き合え」
渉は筋肉痛の体で笑った。
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第7話「遠藤さんの百科事典と、涙の記録」
遠藤莉奈は毎日、何かを書き続けていた。
浜に流れ着いた機内誌の余白に、枝の先を炭で染めた即席のペンで、びっしりと文字を埋めていく。
「何書いてるんですか」渉が覗き込むと、莉奈は少し照れた。「記録、です。十三人全員の、毎日の記録」
何を食べたか。誰がどんな発見をしたか。誰が笑い、誰が泣いたか。島の気温の変化、潮の満ち引き、発見した植物の種類。
「司書って、記録を守る仕事だから」莉奈はメガネを拭きながら言った。「ここで起きていることを、誰かに伝えたいって思って」
「誰かって、誰に?」
「……助けが来た時に。それか、ずっと来なかった時に、あとから見つけた人に」
渉はその言葉の意味を、一拍遅れて受け取った。
「莉奈さん」
「莉奈でいいです。みんなそう呼んでる」
「莉奈。俺たち、絶対に助かると思う。でも、もしそうじゃなかったとしても、その記録はきっと意味がある」
莉奈はしばらく黙っていた。メガネの奥の目が、ゆっくりと潤んでいく。
「……なんで急にそんなこと言うんですか」
「本当のことだから」
莉奈は俯いて、ぽたりと涙を機内誌の余白に落とした。その染みを眺めてから、「これも記録にします」と言って、書き続けた。
渉は黙って隣に座り、夕陽が海に沈むまで一緒にいた。
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第8話「水無月さんのステージは浜辺で」
「みんな聞いて! わたし、コンサートします!」
水無月詩織の宣言に、全員がぽかんとした。
「コ、コンサート? 楽器もないのに?」と千夏が言う。
「声があるじゃないですか!」詩織はきらきらした目で両手を広げた。「みんなが落ち込んでる時に、音楽って一番効くんですよ! わたし、元アイドル卵だったんで!」
元アイドル卵。渉がその言葉を噛みしめる間もなく、詩織は準備を始めた。椰子の葉をマイク代わりに握り、砂浜に手作りのステージを設置(ただの砂盛りだ)して、夕暮れ時に全員を集める。
「それでは! 水無月詩織、無人島ファーストライブ、始まりまーす!」
彼女が歌い出した瞬間、全員が息を飲んだ。
声が、本当に良かった。アイドルの卵というより、本物のシンガーの声だった。海風に乗って、その声はどこまでも透き通っていく。
「……うまい」梓がぼそりと言った。
「そうなの、実はすごくうまいの」凛も静かに微笑む。
三曲目あたりで、ひなが踊り始めた。莉奈も手拍子を打ち始め、千夏が椰子の実でパーカッションを即興で作り、気がつくと全員が何かしら参加していた。
「渉さんも踊ってください!」詩織が手を引っ張る。
「踊れないんですが」
「大丈夫です! 無人島に上手い踊りなんていらないんです!」
渉は引きずられるように砂の上に立ち、めちゃくちゃなステップを踏んだ。全員が笑い転げた。詩織も笑いながら歌い続けた。
その夜、焚き火の周りで笑い声が途絶えなかった。少しだけ、無人島であることを忘れた。
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第9話「神谷さんと、虫と、俺の限界」
「渉さん! 見てください、このカブトムシの仲間! 熱帯固有種です! 最高じゃないですか!?」
神谷ゆずが、拳大の黒い甲虫を満面の笑みで差し出してきた。
渉は三歩後退した。
「……デカい」
「大きいですよね! ツノの形がこれまた個性的で! この複眼のつやつや感、見てください!」
「い、いや、ちょっと——」
「あ! 今触角が動いた! かわいい〜!」
ゆずは農学部出身で、植物と昆虫が心の底から好きらしい。好きすぎて他者へのダメージを完全に度外視している。
この日、彼女はキノコ、ヤシの新芽、野生のハーブ類を次々と同定し、食用可能な植物リストを作り上げた。それだけでも十分すごいのに、ついでにアリの巣の構造を調査し始め、渉を巻き込もうとした。
「アリって社会性昆虫だから、組織論として学べることがいっぱいあるんですよ!」
「俺たちもアリみたいに生きろってことですか」
「そうです! あ、でも女王アリは一匹なのにここは女性が多いですね」ゆずはきょとんとした顔で渉を見た。「渉さんは働きバチですか?」
「なんか扱いが違う気がしますが」
「冗談です!」ゆずはくすくす笑った。「渉さんがいてよかった。重い荷物も持ってくれるし、夜の見張りも頑張ってくれるし」
さらっと言われたそのひと言が、なぜかしみじみと嬉しかった。虫は苦手だけど、この人は好きだなと渉は思った。
その夜の夕食には、ゆず監修のハーブ料理が加わった。予想外に美味しく、全員が驚いた。
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第10話「宮本さんの発明と、また事故」
宮本千夏が「シャワー装置を作った」と言ったとき、全員が泣きそうになった。
二週間、まともに体を洗えていなかった。川の水で体を拭くのは限界があったし、全員が口には出さないが、それがストレスになっていた。
千夏が作ったのは、竹を組み合わせて高い位置に水を溜める構造物だった。竹の節を抜いてパイプ代わりにし、上のタンクに水を張れば、下に立った人間にシャワーのように水が落ちてくる仕組みだ。
「天才!」詩織が叫んだ。「千夏ちゃん、天才!」
「まあ単純な構造だし」千夏は照れながら頭を掻いた。
プライバシー確保のため、周囲に葉っぱで目隠しを作り、交代でシャワーを浴びることになった。渉は「男ひとりだから最後でいい」と申し出た。
全員が終わり、渉がシャワー装置の前に立ったその時。
「あっ! 渉、ちょっと待って! 水の量が多すぎたかも——」
千夏の声とほぼ同時に、竹の継ぎ目が外れた。大量の水が目隠しの葉ごと吹き飛ばし、ずぶ濡れになった渉が立ちすくんだ。
で、水が飛んだ先には、着替えの途中だった千夏がいた。
一秒間の沈黙。
「……見た?」千夏が静かに言う。
「見てない! 目に水が入ってた!」
「……そう」千夏は服を直しながら、ぽりぽり頬を掻いた。「まあ、事故だから。でも次はちゃんと設計する」
「信頼してます!」
「そういう顔して言うな」
翌日、改良版シャワー装置は完璧に機能した。全員が千夏を称えた。
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第11話「如月さんの正拳突きと甘いもの」
「渉! 朝の稽古に付き合え!」
今度は如月葵だった。空手着——もちろん持参していた——に白帯(厳密には黒帯だが海水で色落ちした)姿で、道場主のような顔をしている。
梓の体力トレーニングに続き、葵の武道トレーニングが加わることになった渉の朝は、だいぶ忙しくなった。
「護身術は全員が身につけるべき。まず構えから教える」
「葵さん、俺、朝から梓さんのトレーニングで筋肉が……」
「体の痛みは精神で超える」
「人間の体について話してます!?」
葵は超真面目だ。冗談が通じないのではなく、冗談と本気の区別がわからない性質らしい。渉が「冗談ですよ」と言うたびに「冗談とはどういう意味か」と真顔で聞いてくる。
ひとしきり型を教えたあと、葵はふいにリュックから小さな紙袋を取り出した。
「これを」
中には砂糖の塊があった。機内食の袋についていた小さなスティックシュガーを、葵が大切に取っておいたものだった。
「甘いものは脳に良い。稽古のあとに摂取すると効果的と聞いた」
「葵さんのために取っておいてたんじゃないんですか」
「私は甘いものが好きではない」間を置いて。「………嘘だ。本当は大好きだ」
渉は吹き出した。葵は耳まで赤くなって、「笑うな」と正拳突きの構えをとった。
スティックシュガーを二人で半分こにした朝は、不思議と甘かった。
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第12話「八重さんの秘密と、最初の満月」
八重椿はいつも、少し離れたところにいた。
他の十一人が焚き火を囲んで笑っている時も、椿は砂浜の外れで海を眺めていた。話しかけると短く答えるが、自分から何かを語ることはない。
渉は気になっていた。でも踏み込めなかった。
島に来て二十一日目の夜、満月が出た。
渉が一人で浜を歩いていると、椿が岩の上に座って月を見上げているのを見つけた。
「座っていいですか」渉は聞いた。
椿は少し考えてから、「どうぞ」と言った。
しばらく、二人で黙って月を見た。波の音だけがあった。
「椿さんって、なぜこの飛行機に乗ってたんですか」
「……聞いていいの?」
「嫌なら聞きません」
また沈黙。椿の横顔は、月の光の中で彫刻みたいに綺麗だった。
「会いに行く途中だった」椿はゆっくりと言った。「もう会えない人に」
渉は何も言わなかった。
「お父さんが、亡くなったの。遠い国で。最後に会えないまま。だから…骨を受け取りに行く途中で、この飛行機に乗ってた」
波が足元を濡らした。椿は膝を抱えて、静かに泣いていた。声も出さず、ただ涙だけが月明かりに光っている。
渉はそっと、椿の隣に座り続けた。何も言わなかった。ただ、そこにいた。
どれくらい経ったか、椿が「ありがとう」とつぶやいた。「隣にいてくれて」
「どこにも行きませんよ」渉は言った。「みんなのこと、全員が帰るまで」
満月が海に揺れていた。遠くで焚き火の笑い声が、風に乗って届いてきた。
椿が初めて、穏やかに微笑んだ。
【墜落楽園 ―無人島の12人と僕― 第1期後半 第13〜24話】
第13話「台風接近! 全員で嵐を乗り越えろ」
空の色が変わったのは、昼過ぎだった。
ゆずが「気圧が下がってる。台風か熱帯低気圧が来る」と告げた時、全員の表情が引き締まった。
「今から三時間でシェルターを強化する」凛がすぐに指示を出す。「全員、持ち場に就いて。渉、あなたはシェルターの補強材を集めてきて」
「了解です」
それから二時間、全員が無言で動いた。平時の笑顔も冗談もなく、ただ必要なことを必要なだけやった。渉は何往復もして木材と葉束を運び、千夏が設計した補強構造に梓と葵が力を合わせて取り付けていく。
夕方、嵐が来た。
風雨の激しさは、渉が経験したことのないものだった。シェルターがミシミシと音を立て、葉の隙間から雨が吹き込む。ひなが渉の腕をぎゅっと掴んだ。「怖い…」珍しく、声が震えていた。
「大丈夫。シェルターはちゃんと耐える。千夏が設計したんだから」
「そやな…」ひなが深呼吸する。「そやな、うん」
嵐の中で詩織が歌い始めた。小さな声で、でも確かに歌った。それに引きずられるように、誰かが鼻歌で続く。気づけば十三人全員が、嵐の中でなんとなく同じメロディーを口ずさんでいた。
夜明け前、嵐は過ぎた。シェルターは無事だった。
凛がため息をついた。「よかった」そのひと言に、全員の緊張が溶けた。
朝日の中で、みんなが顔を見合わせて笑った。ボロボロのシェルターの中で、これほど安心したことはなかった。
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第14話「凛さんの涙は見ちゃいけなかった」
嵐の翌日、渉は早朝に目が覚めた。
水を飲もうと外に出ると、浜の端に一人のシルエットがあった。霧島凛だった。彼女は膝を抱えて砂に座り、海を見ていた。
渉は近づくか迷った。でも足が勝手に動いた。
「眠れなかったんですか」
凛は振り向かなかった。少しして「少し、ね」と答えた。
渉は隣に腰を下ろした。朝焼けが水平線を染め始めている。
「みんな、凛さんが引っ張ってくれるから安心してると思います」
「そう見えてる?」
「実際そうですよ」
「……私ね」凛は静かに言った。「本当は、毎晩怖いんだよ。リーダーでいなきゃって思うと、昼間は怖くない。でも夜に一人になると、全部が怖くて」
渉は何も言わなかった。
「あなたのこと、最初は正直、荷物かなって思ってた。男一人で役に立てるの、って」
「そうでしたか」
「でも今は、あなたがいてよかったって思う。みんなそう思ってる。私もそう思ってる」
凛の声が、最後だけ少し揺れた。渉が横を向くと、彼女の頬に一筋の涙が光っていた。
凛はすぐに手で拭いて、「見た?」と聞いた。
「見てません」
「嘘つき」
「…少し、見ました」
凛は短く笑った。こんなに柔らかく笑う人だったんだと、渉は初めて知った。
二人は朝日が完全に上がるまで、並んで海を見ていた。
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第15話「ひな、ケンカする」
それは、些細なことから始まった。
食料の分配を巡って、ひなと美羽が言い合いになった。「同じ量でいい」と主張するひなと、「体格差があるから不公平」と言う美羽。どちらも間違っていないからこそ、収まりがつかなかった。
「あんた、いっつもそうや! 人より多く取ろうとして!」
「そんなつもりじゃない! 合理的に言ってるだけ!」
二人の間に入ろうとした渉は、ひなに「渉は黙っとって!」と遮られ、美羽には「あなたも余計なこと言わないで」と弾かれた。
その夜、ひなは一人で浜に出ていた。渉がそっと後を追うと、彼女は膝を抱えて座っていた。
「怒ってる?」
「……怒ってへん。自分に怒ってる」ひなは頭を抱えた。「うち、いっつもやりすぎるねん。感情的になって、後で後悔して。美羽ちゃんのこと、嫌いなわけちゃうのに」
「ひなが感情的なの、俺は好きですよ」
「え?」
「本音で生きてる人って、素直で羨ましい。俺、言いたいこと飲み込みすぎるタイプだから」
ひなはしばらく黙っていた。それから「……そんなんゆわれたら、泣けてくるやんか」と言って、ぐすっと鼻をすすった。
翌朝、ひなは美羽のところへ行って「昨日はごめんな」と頭を下げた。美羽は一瞬固まってから「……私も言いすぎた」と返した。
渉はそれを遠くから見て、なんとなく安堵した。島の十三人は、ちゃんと一つの家族になりつつある。
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第16話「洞窟温泉、発見!(ただし混浴)」
ゆずが内陸を探索中に、岩場から湯気が立ち上っているのを発見した。
「温泉です!」彼女が駆け戻ってきた時、全員の目が輝いた。「地熱活動があるみたいで、洞窟の奥に天然のお湯溜まりがあります!」
歓声が上がった。温かいお湯に浸かれるなんて、まさか無人島でそれが実現するとは思っていなかった。
洞窟内の温泉は、思った以上に広かった。緑の苔が壁を覆い、天井の隙間から光が差し込む。お湯はほんのり硫黄のにおいがした。
「女性が先ですよ、当然」渉が申し出ると、全員が頷いた。
渉は洞窟の入り口で見張りをしていた。三十分後、「終わりましたよー」という詩織の声。渉が入ろうとした瞬間——
「あっ、眼鏡忘れた!」莉奈が洞窟に飛び込んでくる。
「え、ちょっ——」
「すいません、見えなくて」莉奈はほぼ裸眼で洞窟内を手探りし、眼鏡を拾い上げた。かけた瞬間、渉の服を半分脱いだ姿と目が合う。
「……あ」
「あ」
「眼鏡をかけるタイミングが最悪でしたね」莉奈は眼鏡をくいっと押さえながら言った。「記録しておきます」
「記録しないでください!!」
後から入った温泉は、顔が赤いのがお湯のせいなのか羞恥心のせいかわからなかった。でもお湯は最高で、渉は湯船の中で「神様ありがとう」とつぶやいた。無人島の神様が、たまに優しい。
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第17話「梓の過去と、夕焼けのバレーボール」
「渉、バレーやれ」
椰子の実でボール代わりにして、砂浜でバレーボールをやろうという梓の提案に、渉は快諾した。
二人きりで、夕暮れの浜辺でサーブ練習をしながら、梓が珍しくぽつりぽつりと話し始めた。
「大学で、レギュラー落ちたんだ」
渉は手を止めた。「そうなんですか」
「三年生の時に怪我して、復帰したら後輩に抜かれてた。当たり前のことなんだけど、受け入れられなくて。なんか全部嫌になって、その後の遠征で乗った飛行機が…この飛行機だった」
「逃げてたんですか、俺と同じで」
「一緒にするな」梓は笑った。でも柔らかい笑いだった。「…でもまあ、似てるかもな」
「梓さんのバレー、好きですよ。見たことないけど」
「見たことないのに言うな」
「でもここで動いてる梓さん見てたら、絶対うまいってわかる。体の使い方がきれいだから」
梓はしばらく黙って、椰子の実を両手でくるくると回した。「……帰ったら、もう一回やろうと思う。バレー。できるかわからないけど」
「応援します。試合、見に行っていいですか」
「……来るな。恥ずかしい」間を置いて、「……まあ、来てもいい」
夕陽が溶けていく砂浜で、二人は最後まで椰子の実を打ち合った。梓のスパイクは、やっぱり綺麗だった。
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第18話「信号火を上げろ! 初めての救助チャンス」
島に来て三十五日目。莉奈が「飛行機の音が聞こえる!」と叫んだのは、昼下がりのことだった。
全員が空を見上げると、雲の切れ間に小さな機体の影があった。
「信号火! 今すぐ焚き火を最大にして!」凛が叫ぶ。
渉はすでに走り出していた。用意してあった葉の束を焚き火に投げ込み、水で湿らせて白煙を最大限に出す。梓と葵が砂浜に巨大なSOSを書き始める。千夏が機内から取り出した金属片をミラーとして日光を反射させる。
全員が無言で、無我夢中で動いた。
飛行機は…進路を変えなかった。
雲の向こうに消えていく機体を、十三人は黙って見送った。
しばらく誰も動かなかった。詩織が「……」と口を開きかけて、閉じた。ひなが砂の上にぺたんと座り込んだ。
渉は深呼吸した。「次は気づいてくれる。絶対にまたチャンスは来る」
誰かが「うん」と言った。誰かが「そうだな」と言った。
凛がゆっくり立ち上がり、「煙の出し方を改良しましょう。次のために」と言った。
諦めない人たちの顔が、夕陽の中に並んでいた。
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第19話「朱里さんとサプライズ誕生日」
莉奈の記録帳に、重要なことが書いてあった。「明日は東條朱里の誕生日」。
「サプライズパーティーやろう!」詩織が提案すると全員が乗り気になった。無人島でどうやって祝うかが問題だったが、それぞれがアイデアを出した。
渉は朝から朱里に「今日は俺が食料採集をやるから、あなたはゆっくりしてていい」と言った。朱里は「なんで?」と怪訝な顔をしたが、結局頷いた。
準備は大変だった。ゆずが島のフルーツを集め、千夏が石で即席のオーブンを作り、ひなと詩織が椰子の葉で飾り付けをした。莉奈はサプライズカードを書いた。梓と葵は「誕生日ケーキ的な何か」として、バナナ系の果物を積み上げてロウソク代わりに木の棒を刺した。
夕方、朱里を連れてきた渉が目隠しを外すと——
「はっぴーばーすでー!!!」
全員が叫んだ。朱里はしばらく口を開けたまま固まっていた。
「…なんで、知って……」
「莉奈が全部記録してるから」渉が笑う。
朱里は唇を噛んで、ぐっと目を細めた。「……泣かないから」と言った。
「泣いていいんですよ」と紗月が言った。
朱里はそれでも泣かなかったが、その夜の食事は「今まで作った中で一番うまいものを作る」と宣言して、全員を唸らせる料理を作り上げた。材料は同じなのに、どうしてこんなに美味しいんだろうと渉は思った。きっと気持ちが入ってるから、と朱里は言った。
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第20話「葵さんは本当に天然だった」
如月葵は、天然だ。
これは渉が四十日間の観察を経て到達した確固たる結論だった。
「渉、体温を測ってほしい」葵が真顔で言ってきたのは、ある朝のことだった。
「体温計ないですよ?」
「手の平を額に当てて確認する方法がある。紗月から聞いた」
「それは俺がやるんですか」
「頼む」
渉は葵の額に手を当てた。「ちょっと熱いかも」と言いながら、距離が近い。葵は目を閉じている。
「ちなみに」葵が目を閉じたまま言う。「体温確認の方法として、額同士を合わせる方法もあると聞いた」
「それは俗説で医学的に——」
「試してみるか」
「試さなくていいです!!!」
葵は真顔のまま「なぜ?」と聞く。
「なぜっていうか…距離感が……」
「距離感? 私と渉の間に何かあるのか」
「あります! いろいろ!!」
葵はしばらく考えて、「わからない」と言った。「渉が赤くなっている理由がわからない。説明してくれ」
「熱が移りました!」
幸い葵の体温は平熱で、翌日には元気に正拳突きの稽古を再開していた。
渉の心拍は、なぜか一日中高いままだった。
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第21話「千夏の「帰ったらやりたいこと」リスト」
千夏が何か作っているのに気づいたのは、夜だった。
焚き火の端で、炭のペンを使って何かを書いている。渉が覗き込むと、それは「帰ったらやりたいことリスト」だった。
「ちょっと見てもいいですか」
千夏は迷ってから、差し出した。
リストには、こんなことが書いてあった。「①シャワーを三十分浴びる ②ラーメンを食べる ③大学の研究室に戻る ④お母さんに電話する ⑤人工衛星を作る」
「…人工衛星?」
「大学院でそれを研究するつもりだった」千夏は照れたように頭を掻いた。「笑う?」
「笑わないです。すごいと思う」
「この島で、宮本さんがいなかったらシェルターもシャワーも水の確保も全部うまくいかなかった。俺は本当にそう思う。絶対、いい研究者になる」
千夏はリストを見下ろした。「④が一番難しいかもしれない」とつぶやく。
「お母さんと、仲良くないんですか?」
「仲は良い。でも電話が苦手で…ずっと避けてた。心配かけてると思う、今頃」
「帰ったら、一番最初に電話してあげてください。絶対泣いて喜ぶから」
千夏は小さく「……うん」と言って、リストに「④は帰ってすぐ」と書き足した。
渉も自分のやりたいことを考えた。一番最初に思い浮かんだのは、この十二人ともう一度会うことだった。
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第22話「詩織の最後のステージと、流れ星」
島に来て四十五日目の夜、詩織が「スペシャルライブをします」と宣言した。
理由を聞くと、「今夜、流星群が来るってゆずちゃんが言ったから」と答えた。
確かにゆずが「この時期、この緯度なら見えるはず」と言っていた。
焚き火を少し抑えて、十三人が砂浜に寝転んだ。詩織だけが立って、満天の星空の下で歌い始めた。
マイクも楽器もない。ただ声だけが、夜の海に溶けていく。
最初の流れ星が走ったのは、詩織が三曲目に差し掛かった時だった。
「あっ!」ひなが声を上げた。すぐにまた一つ、また一つ。流星群は本物だった。
詩織は歌いながら泣いていた。渉は横に寝転びながら、その声を聞いていた。
「詩織さん」渉は歌の合間に言った。「アイドルになれると思う。本当に」
詩織は歌を止めずに「知ってる」と言った。笑いながら泣きながら、歌い続けた。
「でもね」詩織が続ける。「こんな夜があるの、アイドルになっても絶対忘れない。この島で歌ったこと、忘れない」
流れ星が空を横切るたびに、誰かが願い事をつぶやいた。ひなは「帰ること」、莉奈は「この記録を届けること」、千夏は「人工衛星」、葵は「渉の幸せ」と言って全員に笑われた。
渉の願い事は、声に出さなかった。でも胸の中ではっきりと思った。——みんなで、帰る。
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第23話「船が来た」
四十九日目の朝、梓が叫んだ。
「船!! 船が来た!!!」
全員が飛び起きた。渉が浜に駆け出ると、水平線に白い船の姿があった。それは遠くない。明らかにこちらに近づいてきている。
「信号火!」凛が叫ぶ。「準備してある全部を使って!」
用意してあった信号火セットが点火された。白煙が空高く立ち上る。千夏のミラーが光を反射する。詩織が声の限りに叫んだ。
船は…止まった。
変針した。こちらに来る。
「来た!!!」ひなが跳び上がった。「来た来た来た!!!」
全員が抱き合った。泣き声と笑い声が混じった。渉は気づいたら莉奈に抱き着かれており、反対側から葵が肩をバンバン叩いており、詩織が号泣しながら歌っていた。
船が近づく。国際的な捜索隊の船だった。乗組員が手を振っている。
渉は砂浜に仁王立ちして、腕を大きく振った。「こっちです! こっちに全員います!!!」
ボートが降ろされ、乗組員が浜に上陸してきた。「生存者の確認を行います」という無線の声。
凛が一歩前に出た。「十三名、全員無事です」
その言葉を聞いた瞬間、渉はようやく、膝から力が抜けた。砂の上に座り込んで、声を上げて泣いた。四十九日分の全部が、一度に溢れ出した。
「渉」椿がそっと隣に座った。「お疲れ様」
波が足元を濡らした。青い空が、バカみたいにきれいだった。
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第24話(最終話)「また、ここで会おう」
救助船の上で、渉は海を眺めていた。
島が遠ざかっていく。あの白い砂浜が、あの椰子の木が、あの洞窟温泉が、少しずつ小さくなる。
「名残惜しい?」莉奈が隣に来た。記録帳を胸に抱えて。
「少し」渉は正直に言った。「おかしいですか」
「おかしくない。私もです」
甲板では、ひなが乗組員に関西弁で話しかけてにぎやかにしており、梓がしゃきっと姿勢を正して立ち、千夏が船の構造を眺めてメモを取り、葵が「何か手伝うことは?」と乗組員に申し出ており、詩織が鼻歌を歌い、朱里が船の食堂の様子を気にして覗き込み、紗月が念のための簡単な健康チェックをしている。
凛が渉の隣に立った。「みんな、元気そうね」
「凛さんのおかげですよ」
「みんなのおかげ。あなたのおかげ」凛は少し微笑んだ。「最初は荷物かと思ったって言ったでしょう」
「言いましたね」
「……一番の荷物持ちだったけど、それ以上のものもたくさんくれた。ありがとう」
椿が静かにやってきて、渉の隣に立った。「お父さんのお骨、受け取りに行ける」と言った。「帰れてよかった」
美羽が「写真くらい撮っておきたかった、あの島の」とぼそっと言い、ゆずが「サンプルを持ってくればよかった」と言い、全員が口々にそれぞれの後悔と安堵を言い合い始めた。
渉は全員の声を聞きながら思った。
この人たちのことを、きっと一生忘れない。忘れたくない。
「ねえ、渉」ひなが駆けてきた。「帰ったらまた、みんなで集まろうな!」
「絶対に」渉は迷わず言った。
「約束な!」ひなが小指を差し出す。渉は笑って、小指を絡めた。
それが合図になったように、一人また一人と集まってきた。甲板の上に十三人が集まって、遠ざかる島を見送った。
あの島には何もなかった。電気もなく、お店もなく、文明の便利さもなかった。
でも全員で笑った夜があった。泣いた朝があった。怒って、仲直りして、助け合って、ご飯を食べた。
莉奈が記録帳をそっと開いた。最後のページに、今日の日付と一言だけ書いた。「全員、帰還」
島が、水平線の向こうに消えた。
橘渉、二十歳の夏は、こうして終わった。——と同時に、何かが始まった気がした。
青い海の向こうで、故郷が待っていた。
【第1期・完】




