「君の悪口はもう聞き飽きたよ」と言われて婚約破棄された陰口令嬢、追放先で精霊達に溺愛されて悠々自適なスローライフを送る 。貴方には『陰口』と言われた〈SNS〉の助言は精霊達には大好評のようです。
ふと思いついたネタを腐らないうちに物語にしてみました。面白いと思って下さった方はリアクションを頂けるとめちゃうれしいです!
「カサンドラ、君との婚約を破棄する!」
そんなことすべきではないわ!
いきなり言われた言葉からとっさに思ったのはそんなこと。愛した人から言われた別れの言葉を聞いて最初に思ったのは“何故”でも“嫌”でもなかった。
(だって、私達の婚約は伯爵家と王家の結びつきを強めるためのもので……)
感情よりも先にそんな考えが頭を過ぎる。が、それは口にすべきじゃない。この世界では妻は夫を立てるもの。意見するなんてすべきじゃないのだ。
「君は毎日毎日人の陰口ばかり。もう嫌になる!」
だって、あなたは知っておくべきだと思ったのだ。何故ならこの人は将来国を背負う人だから。城にいる人が何を思っているか知っておくべきなんだ。
(どうしてこうなったんだろう……)
婚約者、いや元婚約者のフェルナンド王子が私の不満を次々と口にするのを聞きながら、私は今までのことを思い出していた。
*
私、カサンドラには前世の記憶がある。この世界に転生する前の名前は長谷川紀子。しっかりとした両親に育てられ、ごく一般的な常識を身につけた私はとある企業に就職。その三年後、勤務中に倒れた私は何故かこのファンタジー世界のカサンドラとして目を覚ました。
(正直びっくりしたけど……上手くやれていたはず)
種々の礼儀作法に教養の勉強……覚えることはたくさんあったけど、すべきことをするというのは前世と変わらない。私は毎日必死で努力した。
(で、無事にあの日を迎えた……)
このルーンガルド王国における最重要の儀式、天恵の儀だ。スキルを与える重要な儀式を成人したその年に受けることが出来たことが期待に応えた証拠と言ってもいいと思う。この天恵の儀は貴族でさえおいそれと受けられるものじゃないんだから。
(そっか……もしかしたら、ここからがおかしかったのかな)
私が授かったスキルは〈SNS〉と言うユニークスキルだった。周りの人達はこのスキルの力が分からなかったらしいが、前世の知識があった私には分かった。いや、それがあるから授かったのかもしれないけど。
(ユニークスキルは長いルーンガルド王国の歴史でも数人しか発現していない希少なものだったから最初は皆が祝福してくれた)
過去の記録にあるユニークスキルはどれもこの国に大きな富をもたらし、国を発展させたらしい。そのせいもあって、詳細は分からなくてもとにかくユニークスキルを得たという事実に父は興奮し、国中が私に期待した。その結果、遂に次期国王の最有力候補との呼び声が高いフェルナンド王子と婚約することになった。
(顔も知らない王子との婚約なんて前の人生ならあり得ないけど、こっちでは普通。ううん、親の決めた結婚に黙って首を振るべきなのよ)
私はそう常識的に判断し、あるべき婚約者になるために努力した。
(美容とかオシャレとかは得意じゃなかったけど、聞かなくても皆が教えてくれるから困らなかったな)
けど、それだけじゃ駄目だ。私は〈SNS〉というユニークスキルを評価されて婚約者になったんだから、この力を王太子様のために使うべきなんだと思った。
(でも、それが駄目だったのかしら……)
私のスキル〈SNS〉はその名の通り、皆のつぶやきを知ることが出来る力だ。具体的には周りの人が無意識に呟いたり、心のなかで思っていることが書かれた掲示板のようなものを見ることが出来る。
(あっちのSNSと一緒で匿名だけど、よく見ればどれが誰のアカウントかなんてすぐ分かるわ)
口先では賛成しておきながら実は恨みに思っている貴族、フェルナンド王子や国王陛下に満面の笑みを浮かべながら裏では罵っている令嬢、忠誠を誓いながら裏では備品を流用する騎士……そう言った嘘つき達の真の姿をありのままに伝えたのだ。
(その結果がこれ……)
フェルナンド王子のためを思った進言はどうやら陰口としか思われなかったようだ。私は一体どうすべきだったんだろう……
*
数日後、婚約破棄と同時に私はある地域の領主に任ぜられた私は自分の領地へ向かっていた。
(フェルナンド王子はもう私の顔も見たくないんだ)
あるいは死んでほしいのかも知れない。形式上は手切れ金としての領主任命となっているが、私が向かうのは人どころか生き物さえほとんどいない不毛の土地。事実上の死刑宣告と言える。
「本当に何もない……」
僅かな荷物と共に私を降ろした馬車は逃げるように去っていく。それだけこのエンドヘイムは恐れられている土地なのだろう。
(でも、私はここの領主だからここにいるべき)
逃げ出したいとか考えている暇はない。今の私は領主。領主がすべきことをしないといけない。
(まずは水を確保しないと)
伯爵令嬢として何不自由なく育ったカサンドラとしての記憶ではなく、前世の長谷川紀子としての記憶がそう囁く。まずは水を見つけないと領主として働く前にあっさり野垂れ死んでしまうだろう。
(でも、水なんてあるのかな)
見渡す限りひび割れた土ばかり。川はおろか水たまりさえありそうにはないけど……
(ピコン!)
頭の中で通知音がなった。これは私のスキルのものだ。
(……確認すべきね)
こうなった全ての元凶とも言える私のユニークスキルのことを今は考えたくもないというのが本音だが、前世での経験が〈SNS〉を開かせる。もはや習慣というより病気だ。
(あれ……増えてる)
今まで私の〈SNS〉で見られた掲示板は『K』という王城にいる人の呟きが表示されるものだけだったのだが、今はそれとは違うものが横に表示されている。
(『ぶるーおーしゃん』、何なのこれ?)
こんな誰もいない場所で誰のつぶやきが? とにかく見てみるべきよね。
◆◆◆
しずく三号:このままじゃ本当に全滅だ。あいつらのせいだ。精霊界にも帰れそうにない……
しずく七号:諦めちゃ駄目だ。闇落ちするぞ!
しずく五号:気休めを言うなよ!
◆◆◆
全滅……? 一体何のこと?
(見ていけば何か分かるかな)
順に見ていくと、いくつかのことが分かった。まず一つ目はこのつぶやきは人間のものじゃなく、水の精霊達のものらしいこと。そして、今彼らは困っているらしいことだ。
(精霊を閉じ込めるなんて一体誰が……)
精霊はこの世界の秩序を運行する存在。水の精霊がいるから雨は降るし、火の精霊がいるから暖炉に火が灯る。そんな彼らに危害を加えるなんて絶対にすべきじゃない。
(これかな……?)
辺りを探すと井戸が見つかった。が、そこには金属製の蓋のようなものがついている。蓋は見るからに重そうで私では動かせそうにない。けど、近くには水が並々と入った桶がある。
(水はあった。けど……)
見つかった水よりも気になるのは多分水の精霊達が中にいるであろうこの井戸だ。蓋をされた井戸には厳重に複雑な模様が書かれた細長い紙のようなもので封印されている。
(これを剥がせば良いのよね?)
巻き付けられている細長い紙は魔封紙と言って魔力を封じ込めるためのもの。精霊達はこれのせいで井戸から出られないのだ。
(だからこれを剥がしてしまえば……)
私が紙を引きちぎると……
ドッカァァァン!
凄い勢いと共に水柱が立ち、金属製の蓋を空へと吹き飛ばす。そう、精霊達は外へ出ようと蓋を押し続けていたのだ!
“ありがとう!”
“君のおかげで助かった!”
空から落ちてくる小さな雫から声がする。これは水の精霊の声?
“困った時は呼んで!”
“力になるから”
えっ、それってどういうこと?
「待って!」
私は思わずそう言うが、水の精霊達には聞こえなかったらしい。彼らは口々に別れと感謝の言葉を口にしながら消えていった。
※
(色々あったけど、何とか水は確保出来そうね)
水の精霊達のおかげなのか、井戸からは綺麗な水がいくらでも汲める。それに心なしか辺りの空気にも潤いが出た気がするくらい。これで水には困らないような気がするけど。
(次は火が欲しい……)
前世では“人は水がないと三日で死んでしまう”と聞いた気もするけど、水があっても火がないのは不便だ。少ない荷物の中には火を熾す魔道具があるのからそれを使えば……
(あった。えいっ!)
ぼぅぅぅ!
本来ロウソクの火くらいの大きさにしかならないはずが、まるで焚き火のような勢いの火になってる。まあ、これなら簡単に火を沸かせそうだけし、便利かもしれないけど……
(火の精霊にも何かあるのかしら)
そんなことを思った瞬間……
(ピコン!)
頭の中で〈SNS〉の通知音がなった。
(確認しなきゃ)
開いてみると、『MErameRa』という項目が増えている。これはもしかして……
(とにかく開けてみよう)
これで三つ目。まあ、似たような感じだろうと思うけど……
(えっ……)
開けてみると『MErameRa』は動画や写真が主だ。これって今までのと違って●ンスタとなTik●okとかみたい。
(それにこれってどういうノリ?)
載せられている動画や写真はよく分からない石像のようなものと決めポーズをとった火の精霊達が写ったものばかり。一体何がしたいのかよく分からないんだけど……
(……もしかして魔道具の様子がおかしいのはこの変な石像のせい?)
枯れ木で火を熾すのも魔道具で火をつけるもの火の精霊が関わっているらしい。だとすると彼らが石像に夢中なせいで魔道具がおかしくなってるのかも。
(この石像、何とかしなきゃ)
誰がこんなことをしたのか分からないけど、精霊の働きを妨げるなんて絶対すべきじゃない。
(動画や写真には背景も写っている。それが手がかりになるはず!)
私は『MErameRa』に上げられている動画や写真を片っ端から調べ始めた。こんな何もない場所には目印となるようなものなんてほとんどない。それでもスイッチが入った私は誰にも止められない。
(ここだ!)
百に近い動画と写真を見、靴擦れが出来るくらい歩き回った結果、私はついに探していた銅像を見つけた。
(暑っ……)
石像の周りは頬に熱気を感じるくらいの熱風が渦巻いている。これは火の精霊達の大騒ぎのせいに違いない。
(どうやって壊したら良いか分からないけど、とにかく台座から落としてみよう)
そう思って一歩前に出ると、さらに熱気が強まった。ちょっと近づいただけでこんなに熱気が強まるなんて……台座の近くに行けば火傷をしかねない。
(けど……それでも!)
私は腕で顔を庇いならさらに前に出る。熱い! 手の甲で火花が散るような音がする。でも、それでもやらなきゃ!
(後ちょっと……)
全身が燃えそうなくらいの熱風が吹きつける中、私は石像へと手を伸ばす。後ちょっと……後ちょっと!
フッ
急に熱風が涼しくなった。何で? いや、今はそれよりも!
ドン! ボロッ!
熱風が弱まった隙に私が台座を押すと石像が落ちて端が欠けた。これで壊したことになるのかしら。
(『MErameRa』を見てみよう)
私が『MErameRa』を開くと、さっきまでせわしなく上がっていた動画や写真の投稿がピタリと止んでいた。
(上手くいったの?)
ピコン!
私にしか聞こえない通知音と共に新たに投稿が!
◆◆◆
灯花A:俺、何してたんだろう。
灯火G:私何でこんなにしょうもない動画上げてん
の!?
◆◆◆
動画や写真はなくなり、今までの悪ノリを後悔するような書き込みばかり! 良かった! 皆元に戻ったみたいね!
◆◆◆
灯火D:俺達、この石像のせいでバグってたのか?
灯火H:ダッセェな、この石像! こんなもんに夢
中だったのか、俺!?
◆◆◆
欠けたせいなのか火の精霊達はもう石像に魅力を感じなくなったみたい。これでもう大丈夫かな。じゃあ、私は井戸のところに帰ることにしよう。
◆◆◆
灯火G:ねぇ、誰が近くにいるよ。
灯火I:本当だ。若い女の子みたいだ。
◆◆◆
えっ……これって私のこと?
ピコン! ピコン! ピコン!
次々に鳴る通知音と共に私の写真や動画がアップされていく。ちょ、ちょっと待って!
◆◆◆
灯火D:もしかして、この人間のおかげで俺達を正
気に戻ったのか?
灯火F:俺の黒歴史の更新を止めてくれた神だよ、
この子は!
◆◆◆
何かまた火の精霊達のテンションがおかしくなってきたような……
◆◆◆
灯火B:この恩、返さない訳にはいかないな!
灯火C:ああ! 俺達の女神に加護を!
◆◆◆
女神? 加護? ちょ、ちょっと待って!
カッ!
何か暖かいものが体に流れ込んできた次の瞬間、それは私の体から弾き出された!
“ちょっと、何で入って来てんのよ!”
私の目の前に水で出来た女の子……いや、水が女の子の姿になったような何かが現れた。この子は一体……?
◆◆◆
灯火A:げっ、ウンディーネ!
灯火D:何で人間に憑いてんだ?
◆◆◆
ウンディーネ? ひょっとしてこの子は水の精霊?
“私達はこの子に助けられた。だから、力になろうって決めたの! 邪魔しないで!”
もしかして、さっき熱風が弱まったのもこの子のおかげなのかな?
◆◆◆
灯火B:俺達だって世話になったんだ!
灯火K:ウンディーネごときに俺達の女神を任せら
れるか!
◆◆◆
水の精霊ウンディーネの言葉に『MErameRa』に次々と火の精霊達の怒りのコメントが上げられていく。わわっ、大炎上!
“何が女神よ! かってに憑こうとするなんて失礼だとは思わないの? そう言うガザツさ、特に女の子には嫌われるよ!”
ちょ、ちょっと待って! 何でケンカみたいになってるの!?
◆◆◆
灯火C:こいつ、俺達が迷惑だと!
灯火D:言わせておけば……よし、目にもの見せて
やる! みんな!
◆◆◆
ボン!
何かが爆発するような音と共に火が少年の形になったような何かが現れる。これって火の精霊なの?
“何よ、やるの?”
“ビビってんのか、あん?”
互いに睨み合う二人は今にすぐにでも取っ組み合いになりそうだ。駄目! 世界の秩序を守る精霊同士がケンカなんて絶対にすべきじゃない!
「やめて! ケンカしないで!」
私がそう叫ぶと二人はピタリと動きを止めた。
“……確かに私達がここでケンカしたら迷惑ね”
“推しに見せる姿じゃねーな”
ほっ……良かった。
“でもあなたとは白黒つけなきゃね、サラマンダー“”
“こっちのセリフだよ、ウンディーネ!”
でも、仲良くなった訳じゃないみたい。うーん、どうしたら……
“なら、こうしましょう。どちらがこの子の役に立てるかで競いましょう。それなら迷惑はかからないでしょ”
えっ?
“なるほど、お前にしちゃいい考えだ”
“あんたは一言余計なのよ。ぶっ飛ばされたいの!”
あわわ! またケンカになりそう!
「ケンカは駄目!」
私が二人の間に割ってはいると再び二人は大人しくなった。
“駄目ね。顔を合わせるとケンカになる。お互い呼ばれるまでは静かにしておきましょう”
“分かった”
そう言うと、二人は姿を消した。
(何か大変なことになってきたような……)
精霊の力を借りられることは頼もしい。けど、その反面、何かとんでもないことに巻き込れたような気もするな……
*
(これは面白いな)
忘れ去られた土地で封印が破られたと聞いて物見を飛ばした俺の目に入ったのは思ってもないものだった。
(仲の悪いウンディーネとサラマンダーが手をくむとはな)
しかもそのきっかけが一人の人間だと言うのだからさらに面白い。一体どんな奇跡が起こればこんな展開になるのやら。
(それにしてもこの人間、何故わざわざ厄介事に首を突っ込みたがるのだ?)
わざわざ井戸の封印を解かなくても近くの桶に水があったはずだし、持っていた火の魔道具はむしろ普段より威力が上がっていたはず。なのに何故わざわざ……
「殿下、いかがなされました?」
使いをやって呼んでいた部下がいつの間にか目の前にいる。来たことに気付かないほど夢中になっていたということか?
「珍しいですね。殿下が他人の接近に気付かないほど何かに集中されているなんて」
「……」
面白い……まさか俺がこれほど興味を持つなんてな。
(一度見に行ってみけたら面白いかもな)
無論そんなこと出来るはずもない。政務に複雑な王宮の事情……その一つ一つがいくら時間を割いても足りないくらいなのだ。
「お前に頼みたいのは……」
俺は頭を振って馬鹿な夢想を追い出し、しなければならない問題の解決に乗り出した。




