千年前の壁画
広場の壁面は、町の建物よりも高かった。
壁面の側にはベンチや机があり人々がよく集まって当時は人々の憩いの場であることがわかる。
側には小さな祭壇のようなものがある。何も置かれていない。
その奥には石でできた広い家ぐらいの石室がある。
広場の壁面には長い石壁に六枚続きで刻まれた、高さ5メートルの巨大な壁画。
あまりの存在感に全員が注目した。
その壁画は急いだ筆致なのに骨格の取り方は見事で、巧み者の手であることがわかる。
ところどころに印のような刻みがあり『後に見る者よ』と言わんばかりの強い意識が滲む。
千年を得ても色はほとんど褪せず、まるで先日描かれたように残っていた。
最初の壁画を見た瞬間――
ラジレスー魔導師ーが足を止めた。驚いた顔だった。こんなに驚いた顔は彼らしくなかった。
「……これは」
無言ではなかった。はっきりと、動揺していた。
壁に描かれているのは三つの種族。異なる紋様を掲げた三つの種族が三角形を成すように配置されている。
その中心で三つの種族の代表が手を取り合い、まるで平和を誓う儀式の一瞬が壁に残されている。
周囲では市のように交易が行われ、人々は仲睦まじく振る舞う姿で彩られている。
ただ、その三つの種族には人族以外がいた。
猫の耳を持つ獣人。長い耳の、細身の種族。そして人族。
フォックー騎士ーが低く呟く。
「……神話の絵か?」
アリスー魔導師ーが首を振る。 長い黒髪が首に合わせて動く
「いいえ。細部が具体的すぎる。装飾や衣装に生活感がある」
俺ー商人ーは猫の獣人の絵の描写を見つめる。
「空想にしては、筋肉の付き方が現実的だ」
ラジレスは、壁画に触れかけて、止めた。
「……獣人と、エルフ……?」
その声は、確認するようだった。
「ご存じないのですか?」
アリスがわずかに驚く。
「神話や童話に出てくる存在です。実在は確認されていません。」
ラジレスは、ほんのわずかに目を細めた。
「……そうか。神話や童話に出てくるのは知っているが…確認の為だ。」
その一言が、重かった。まるで、“初めて見る”ような顔だった。
「ただ、エルフや獣人が現実にいたとは考えられないです。何かの比喩でしょうか?」
アリスはそう言い皆に意見を求める。
誰も答えようとしないので獣人を指差しながら俺が答える。
「比喩にしてはここまで細部まで描く必要はないと思います。
この種族は実在したか、神話を表現したかだと思います。
…これ以上考えてわからないので次の壁画を見ましょう。」
全員納得して次を見る。
____________
2枚目の壁画へ進む。
倒れているのは人族だけだ。膝をつき、苦しむ姿。
だが、その隣で――
猫獣人が人を支えている。
背負い、肩を貸し、水を飲ませている。
アリスが小さく息を呑む。
「……助けている」
さらに視線を動かす。
長耳の種族――エルフが薬草を差し出している。
だが。
人族が、その手を払いのけている。
拒絶。
明確な拒否の描写。
フォックが眉をひそめる。
「なぜだ」
アリスは壁を見つめたまま答える。
「……恐怖か、偏見か」
俺は別の部分に気づいた。
壁の上段。森が広がり、塔が立ち並ぶ。豊かな建築。繁栄しているのは、エルフの都市だ。
「エルフだけが栄えている」
俺が言う。
アリスが頷く。
「疫病に罹患していないのかもしれません。」
人族のみが倒れている。
獣人は支え、エルフは助けようとし、だが拒否される。
ラジレスは、その光景を静かに見つめていた。
何も言わない。だが、その沈黙は考察のそれだった。
____________
3枚目の壁画に進む。
空が赤く塗られている。巨大な影。
魔王の襲来。町が燃え、人々が逃げる。
「疫病の後に……」
アリスの声は低い。
「弱ったところを突かれた」
彼女の言葉に俺が続けた。魔王…
魔王の襲来は珍しいことではなく、10年に1回くらいの頻度で世界のどこかで起こっている。
ただ、人の一生では出会わないことが多い。
魔王の襲来は色々伝承があるが詳しいことは俺は知らない。
『夜寝ないと魔王が来るぞ』『いい子にしてないと魔王のいる異世界に連れて行かれるぞ』とかはよく祖父に聞かされた。
「見て。人とエルフと獣人が助け合って魔王の軍勢と戦っている。」
アリスは指差しながら答えた。確かに壁画の上部で三つの種族が一致団結して魔王の軍勢に戦う様子が描かれている。
俺は戦っている人達の目を見て気付いた事があった。
「さっきの絵と比べて目の色が変わってないか?人は黄色、獣人は赤色、エルフは青色に見えないか?」
アリスは考えながら答えた。
「そう、見えるかも…でも、私達の瞳は黄色になったりしないです。
…そんな事は聞いたことがないですよね。フォック様」
「わしは年のせいか目の色が違うとは思わないが…人の目の色が変わることは聞いたことが無い。
政務官をしていたお前の父なら何か知っているかも知れないが、わしは知らん。
そもそもエルフや獣人の存在も知らないし現実だと思えない。やはり神話の壁画ではないだろうか…」
「確かに現実的ではないですね。ラジレス様はどう思いますか?」
ラジレスに全員の視線が向く。
彼は年は30代だが、短い付き合いの俺でもわかる程どの魔法も高水準で使用している。
この壁画についてか知っているかもしれない。
だが、全員の期待とは違いラジレスは再び動揺したように見えた。
「私には目の色が変わったように見えない。同じに…見える。」
ラジレスは動揺しながらも強めの口調で言い放った。何故そこまで動揺しているのか理解できなった。
俺は彼からこれ以上の答えは聞けないだろうと感じた。
「そうですか。」
アリスが答えた。これ以上誰も追及しようとしなかった。
____________
4枚目の壁画。
この壁画から明らかに未完成だとわかった。構図を表した線や空白の部分が多い。
何かに急かされているのか、時間が無い中急いで描いているのが伝わった。
描かれている人の数が減り。まず、エルフの姿が消える。
豊かな森の都市は描かれなくなる。塔は崩れ、森は黒く塗られている。
「……最初はエルフ」
アリスが呟く。
続いて。5枚目の壁画では
獣人の姿が減る。 猫耳の獣人が描かれなくなる。
最後に残るのは、人族だけ。
荒れた大地に立つ、小さな人影。
フォックが低く言う。
「勝った……のか?」
「違う」
アリスが即座に否定する。
「これは勝利の構図ではない」
俺も同じ考えだった。
「……残っただけだ」
偶然か、運か。理由は分からない。
だが、選ばれたというより、取り残された。
____________
最後の6枚目の壁面へ。
そこは、赤黒く塗り潰されていた。乾いた塗料。剥がれかけている。
フォックがそっと触れる。
「……血か」
胸元の遺物の欠片が、強く脈打つ。ドクン、と。まるで俺の心臓を鷲掴みされているような感覚に襲われて態勢が崩れる。
アリスが反射的に俺の腕を掴もうとしたが、手で制した。
「無理はしないでください」
冷静な彼女らしくない言葉だった。
「……大丈夫だ。この遺物が反応したようだ。」
遺物をアリスに見せる。
「本当ですね。この絵に反応しているように見えます。
…この絵には何が描かれていた?」
遺物の欠片の鼓動は収まってきた。
塗り潰された下に、何が描かれていたのか。
想像するだけで、喉が乾く。
人族の――終わり。
壁画の並びは、そこまで示していた。
全部の壁画を見終わった後、アリスが話し始めた。
「結局この町についての事は何も描かれていませんね。
何故壁に覆われているのか。罠がこんなに多いのか。千年前なのに当時のままなのか。生活感はあるのに人の遺体がないとか。この壁画は何なんか。
この町は謎が多すぎます。」
アリスの言い分に誰も答えられない。
確かに進めば進むほど謎だけが増えていく。
この絵も後世に残したい意識は現れているが肝心な所が空白のような気がする。
魔王の襲来後どうなったか。何故種族が一つ一つ消えているか。そもそも制作者が描きたかった事が全てが描かれているのか。結末が血で見えないが何か残そうとしたのか…
ラジレスはずっと黙っている。彼は何かを知っているのだろうか。
____________
静寂が戻る。
そのとき。
遠くから爆音が響いた。
遺跡の別方向。
フォックが即座に振り向く。
「戦闘だ。少し見てくる。」
「待て、偵察の魔道具を使う。」
そう言った後、ラジレスは目に見えない何かを取り出しそれに魔力のような物を込める。何かが飛び立ったような気配だけがした。
続いて水晶なような魔道具を取り出した。水晶から映像が映し出される。
「これで何が起こった確認する。フォックすまないが魔道具を操作している間、周囲の警戒をしてくれ」
「わかった。」
フォックはすぐ周囲を警戒し臨戦態勢を取った。
『え・・・・・もしか・・』
アリスはブツブツ言いながら、考えを巡らせているようだった。ふと上を向く。何かを悟ったようだ。
そしてラジレスに話しかけたが…態度がかなり下からになったように感じた。
「…こちらの魔道具を私は拝見した事はございません。
私達は貴方に敵意はございません。
もし宜しければ今まで使わなかったのか理由をお教えいただけないでしょうか。」
「どうしたアリス。
普通でいいぞ。
この遺跡が破壊されるたら困るからだ。調査が終わるまでこの場所を保存するように言われている。
この魔道具については何も話すことは出来ない。他人無用で頼む。」
アリスは態度を変えなった。
「もしお答え頂けるなら誰に頼まれたか教えて下さい。
また、その者の目的はここ一帯の場所の保存以外もございますか?」
「それは言えない。」
「…畏まりました。
そちらの魔道具、魔力以外に何かが干渉しておられますね。
私達に危害がないなら、これ以上申し上げません。」
「危険な物ではないと断定しよう。」
ラジレスは言葉を選びながら説明しているように感じた。
特にラジレスは真実の核心だけは喉元で飲み込み混み続けているだった。
ラジレスから魔力ではない、静電気めいた白い稲光の細い線が水晶の魔道具と繋がっていた。
俺にはそれが何か分からなかった。ただ水晶で映し出さる魔道具は一般家庭でも手に入る代物。
飛んで行った何かは驚きはしたが、俺の知らない未知の魔道具や原理が不明で使っている魔道具もあるので、それほど危険では無いことは感じた。
アリスが側まできた。そして小言で忠告した。
「ラジレスに十分警戒して。」
「…わかった。」
何故かはわからないがそう答えた。
____________
水晶から写し出された映像はこの広場からこの町の入り口の方何かが起こったの場所に移動する。
画面の向こうで煙がたなびき、砕けた瓦礫の間を火の粉がまだ赤く瞬いている。そこには5人の人相が見えた。
アリスが俺を見る。
「……あなたの元仲間達では?」
胸の奥が、嫌な音を立てた。
まさか。だが、あり得る。滅びの記録を踏み越えた先で。
何かが、動き始めていた。
四話終了
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第4話では壁画の内容です。想定以上に長くなり申し訳ございません。
ここでも次の物語の背景があります。ラジレスの序盤の反応と三種族がいることです。
壁画の内容を全て忘れてもこれだけ覚えて頂けば大丈夫です。
第5話は前の仲間達視点から入ります。
是非お楽しみください。




