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解かれた遺物

 千年ものあいだ「死の砂漠」と呼ばれてきたこの地に、ここ数年で“道”ができた。完全ではない。だが、かつてのように一歩踏み込めば即座に命を奪われる場所ではなくなった。

 なぜ“道“ができたかはわからない。

 ただ、この砂漠の先に人の住む場所があると言う伝説がある。

 この伝説を信じた近くの国はここの権利を取ろうと冒険者や兵士を派遣している。犠牲は多かったが、今やっと遺跡の手前まで進めることができた。


 だから俺ートライセル ステナドーは、ここにいる。

 背負い袋の重みを確かめながら、砂丘を一つ越える。

 戦闘は得意じゃない。

 だが物資の計算、地形の把握、風向きの変化――生き残るための知識ならある。

 胸元の革紐に吊るした小さな金属片が、陽を反射する。


 先祖から伝わる遺物の欠片。 真ん中にくすんだ青の宝石がついている。商品価値はない。

 祖父は酒に酔うと決まって言った。


「本物は、砂の向こうだ」


 祖父はこの“道“ができた情報をどこかから知った時、冒険者の商人として板に付いてきた俺にこう言った。


「老いぼれたワシの代わりに“道”の先に行って欲しい。一族の祈願だ」


 そして神棚に飾ってあったこの遺物の欠片を俺に渡した。


 何が“本物”なのかは知らない。

 何をするのか、一族の祈願も、分からない。

 ただ、家が千年前に失った何かがあるらしい。

 それが、この遺跡に関係しているかもしれない――それだけだ。

 

「……本当に、ここなのか」


 遺物の欠片は何の反応も示さない。

 ただの古い金属片にしか見えない。


 ____________

 


 拠点を目指して歩いていた。おそらく夕方までには着くだろう。

 そのときだった。足元の砂が不自然に盛り上がる。

 咄嗟に砂を思いっきり蹴り何物かの攻撃を回避する。何者かはすぐにわかった。


「・・っ 運が悪いサンドワームか。群れを離れた若い個体か」


 サンドワーム――火に耐性があり、砂の中を縦横無尽に駆け回る魔物。大きさは、個体によって異なり10mを越す場合もある。

 単独の討伐はある程度の経験がある者が必要。群れると国が動く場合がある砂漠の脅威

 

 低く構える。愛用の両手持ちのウォーハンマーを構える。大丈夫だ、十分勝てると自分に言い聞かせる。

 

 サンドワームを視界にいれ距離を測っていると、どこからか声が聞こえる。


「――伏せろ!」


 咄嗟に伏せた。


 同時に、轟音。火の魔法がサンドワームに命中した。

 火を飛ばす魔法は、魔法が開花した6歳頃になれば誰もが使える初歩の魔法である。

 サンドワームは火抵抗が高く、この程度の火の魔法では息絶えるはずはないが…何かの術式が施されているのか、サンドワームは全く抵抗ができずその場で息たえた。


 そこに立っていたのは三人。

 先頭に立つのは先ほどの火の魔法を唱えた男だった。

 男は淡い光をまとっているように見える。静かな雰囲気の30前後の青年であった。表情はやや無機質だが、どこか戸惑ったような優しさが残る。砂色の長いローブをまとい、その下には質素な長靴と細身の衣服を着ている。長い杖を持ち、纏う魔力が異様に整っている。


「大丈夫か?」


 柔らかな声。


「……助かりました」


 多分1人でも勝てたと思うが何があるかわからない。正直に答える。


 男は軽く頷いた。


「私はしがない魔導師のラジレスだ。こっちは護衛の騎士のフォックだ」


 フォックは会釈する。

 フォックは50代だろうか年老いているが歴戦の戦士であることがわかった。体は質実剛健、無駄がない。 武器は使い込まれたバトルアックスを持っている。


  「そして――」


 もう一人、ローブ姿の少女が前に出る。

 褐色の肌と切れ長の黒の瞳を持つ、理知的な表情の魔法使いの少女。長い黒髪を背中に流し、砂色のフード付きローブを身に纏っている。腰には魔導書と小瓶が揺れ、ローブの下は動きやすい軽装の旅装束。 手には使い慣れたとすぐわかる長いつえを持っていた。


「私も魔導師のアリス ポリスンです。単独行動は非合理的です。」


 第一声がそれだった。


 だが、馬鹿にした響きはない。思ったことがすぐに声に出てしまうのだろう。


「商人のトライセル ステナドです。さっきまで戦士キリアンの所に所属していましたが、探索者が加入したので追い出されました。

 今から拠点まで戻るところです。

 助けて頂いてありがとうございます。」

 

 アリスの眉が、わずかに動く。


「……それは大変でしたね。言い過ぎてごめんなさい。」


 おそらく高い教養があるのだろう。素直に謝罪ができるようだ。


 男―ラジレスーが微笑む。 そして俺に聞いてきた。


「拠点に戻ってどうする気だ。我々は昨日の砂漠船でここまで来たが…あれは壊れしまってもう動かないぞ。砂漠を徒歩で帰るのか。ただ徒歩は危険すぎるぞ。」


 砂漠船は砂を上を進む船である。詳しくはわからないが、砂が、ある性質の魔力を通すと液状化するので、海と同じように進むらしい。

 俺は答えた。


「いえ、まだ帰らないです。拠点で新たに人を募集するかどこかに加入する予定です。」


 ラジレスは少し考えた後、言った。


「あの拠点で人の募集はなかったが…もし君さえよければ、我々の“ドゴの寵愛”に加入しないか。

丁度、魔力探知や鑑定が得意そうな人を探していた。

私も多少できるが…君は探索者の代わりでここまでの旅しているなら、

かなりの実力だろう?君が良ければ是非ともお願いしたい。」


「…わかりました。対等ならいいですよ。」


 少し考えた後にそう答えた。前のキリアン達の事が脳裏に過ぎった。すぐに鞍替えするのは良くない。俺の中に“極ジムハーレ”の未練があるのだろう。

 だがこのまま、のこのこ帰る事は出来なかった。


「もちろんだ」


「では契約魔法を唱えます。サインをお願いします。」


 俺の中の気が変わらないうちに無理やり話を進めた。


「お、すまない。これでいいか。」


「確認しました。では契約に基づき私は“ドゴの寵愛”に参加します。」


 契約はあっさりと成立し俺は“ドゴの寵愛”の一員になった。

 ちなみにドゴは有名な旅の神の名前である。そのご利益をあやかりたいという思いが込められているのだろう。俺は悪い人達ではないだろうと思った。


 ____________



 夜。砂漠の岩陰にキャンプを張る。焚き火の火が静かに揺れる。

 フォックは周囲を警戒し、アリスは魔力感知の結界を張っている。

 “ドゴの寵愛”について色々聞きたかったが、…それどころではないようだ。

 常に警戒しないと、どこからでも魔物が現れた。もう5回は襲撃されている。

 フォックと俺が前衛になって、あとの2人が援護してくれた。やっと落ち着いたが疲れた。


 ラジレスが火に薪をくべる。

 その瞬間。

 空気が、わずかに歪んだ。 錯覚かと思った。

 だが胸元の遺物の欠片が、ほんの一瞬だけ熱を帯びる。


 思わず遺物の欠片を握る。

 ……今、何か。光ったような…

 周囲に変化はない。

 アリスもフォックも気づいていない。

 だが、ラジレスと目が合った。 一瞬だけ。

 何も言わない。 ただ、穏やかな微笑み。

 背筋に薄い違和感が走る。


 その夜はあまり眠れなかった。


 ____________



 翌日。

 何かに導かれるように進んだ。砂丘を越えた先で、それは現れた。


 巨大な壁。

 四メートルほどの石造り。半分は砂に埋もれているが、崩壊は最小限だ。


「……保存状態が良すぎます。」


 アリスが呟く。

 

 そのとき。胸元の遺物の欠片が、確かに光った。

 今度は見間違いじゃない。

 淡い、青白い光。


「それ……今、光りましたね。」


 アリスが目を細める。

 

「こんな事は、初めてです。」


 これまで何の反応もなかった。


 ラジレスは空を見上げる。


「面白い。どうやら歓迎されているらしい」


 歓迎…か。偶然じゃない気がした。

 壁の向こう千年間、閉ざされていた区画。 この先に先祖の手がかりがあるかもしれない場所。

 俺は息を吸い、足を踏み出した。



 二話終了

お読みいただきありがとうございます。

第二話では、新たな出会いと「再出発の基盤」を描きました。

主人公はまだ大きく変わってはいませんが、確実に環境が変わり始めています。

また、この章から世界観や違和感の種も少しずつ配置しています。

何気ない描写が後で意味を持つかもしれません。

小話:ヒロインのアリスは最初の魔導師の後釜で急遽登場したキャラです。本当は男性の冷静な魔導師が登場する予定でした。あとでヒロインがいない事に気付いた…

次章では遺跡に戻りますが特殊な場所になります。

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