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女尊男卑の世界で婚約破棄された地味男と、それをもらった公爵令嬢

婚約破棄された地味男、実は顔面SSRでした

作者: Megumi
掲載日:2026/02/10

「あんたとの婚約は破棄するわ!」


 パーティー会場の喧騒から逃れるように庭園に出てきた私——公爵令嬢のアリシア・シンクレアは、その声を聞いた瞬間、失敗したと思った。


 話の内容からして、どうやら男女の修羅場が近くで勃発しているらしい。

 巻き込まれないよう物陰に隠れてから、声の主たちをじっくり観察してみた。


 婚約破棄を言い渡したのは伯爵令嬢キャロルのようだ。

 そしてその隣には、侯爵令息のクリスが静かに微笑みを浮かべて立っている。

 金の髪、蒼い瞳、完璧な顔立ち。

 まるで彫刻のようで、遠目から見ても、よくお似合いの二人。


 一方、婚約破棄を突きつけられた子爵令息アーサーは——正直、地味だ。

 黒髪はぼさぼさで、服装もどこか野暮ったい。

 背は高いけれど猫背で、眼鏡の奥の瞳はいつも自信なさげに揺れている。

 キャロルとは釣り合わない、というのが周囲の共通認識だった。


「……承知いたしました」


 アーサーが小さく頭を下げた。

 その肩が震えているのが遠目からでも分かる。

 ああ、可哀想に。


 ——その時、私は初めてまともにアーサーを見た。


 彼の骨格、首の長さ、肩幅、横顔のライン。

 私は思わず、息を呑んだ。


(これ……知ってる)


 前世で夢中になって追いかけていた推しと、同じ匂いがした。

 磨けば、間違いなく化ける。


「あ、じゃあ私がもらいます」


 善は急げだ。

 私は物陰から姿を現すと、何食わぬ顔ですっと手を挙げてみた。


「……え?」


 私の言葉に、キャロルは固まってしまった。そりゃそうだ。

 一方、アーサーは驚いたように目を見開いて、私を見つめている。

 眼鏡越しに覗く瞳には、戸惑いと——ほんの少しの希望が混じっていた。


 ◇◇◇


 実を言うと、私は異世界転生者だ。


 前世は日本のOLで、ある日気づいたらこの世界にいた。

 面食いな母のおかげで、私の顔面の出来は最高。

 そのため転生当初は、断罪される悪役令嬢に違いないと震えていたものだ。

 しかし、結局特に何も起こらず、普通に大人になってしまったわけだが。


 そんな私も、着々とこの中世ヨーロッパのような世界に馴染んでいったけれども、一つだけどうしても馴染めない価値観がある。


 ——この世界、男女の力関係が完全に逆転しているのだ。


 生命の母たる女性が絶対的優位に立ち、子を産めぬ男は女に黙って付き従う。

 そのため、女性が家を継ぎ、男性は嫁ぐのが常識。

 男性に求められるのは、従順さと慎ましさ。


 だから、我が公爵家でも絶対的権力を握っているのは母で、父はいつも母の言いなりだ。

 ……おや? 前世と大して変わらないな?


 とにかく。この世界で求められる男性は、自己主張のない、お人形のようなイエスマン。

 学問に没頭するタイプの男性は、”男のくせに、女を差し置いて生意気”だと蔑まれる。

 アーサーみたいに、見た目が地味な上に、優秀で学のある男にとっては、地獄みたいな世界だろう。


 ——なにこれ、理不尽すぎない!?


 私はおもしれー男(※ただしイケメンに限る)が好きだ!

 従順なだけのお人形さんなんてつまらない。

 そのせいで適齢期になっても結婚どころか、婚約者さえ決まらないという体たらくなわけだが。


 ちなみに、周囲の令嬢たちには、「アリシア様は婚約者選びにも一切妥協なさらないのね。なんて立派な姿勢なの!」と褒められた。

 違う、そうじゃない。


 前世なら独身でも親に文句を言われる程度で済んだが、今や私は公爵家の後継者。

 跡継ぎを残す義務がある。

 実は密かに悩んでいたのだが——今夜、チャンスが転がり込んできた。


「アリシア様、本当によろしいのですか?」


 アーサーが震える声で尋ねる。

 信じられない、という表情。

 けれどその奥には、抑えようとしても隠しきれない期待が滲んでいる。


「あなたの農地改革に関する論文を読ませていただいたけど……四輪作で休耕地をなくすという発想、とても素晴らしかったわ」

「……!?」

「あれだけのアイディアが誰にも評価されないなんて、馬鹿げている」


 アーサーの瞳が、大きく見開かれた。

 初めて、自分の価値を肯定された人間の顔だ。


「私と来て。あなたの才能、私が証明してみせる」

「……はい。喜んでっ!」


 その声は、涙で震えていた。


 ◇◇◇


 それからの日々は忙しく、そして楽しかった。


 私はまず、彼が提唱した農地改革を、公爵領で実行に移した。

 結果は圧倒的だった。


 四輪作のおかげで冬の間も家畜の飼育が可能となり、長年の課題であった、冬の間の食糧不足が解決したのだ。


 アーサーの手腕は瞬く間に王国中に知れ渡り、誰もがその功績を認めざるを得なくなった。


 そして同時に、外見も整えた。


「姿勢は真っ直ぐ! 猫背にならない!」

「は、はい!」

「堂々としていればいいの。あなたにはそれだけの価値があるのだから」


 髪を整え、体格に合った服を仕立て、眼鏡を洗練されたデザインに変えた。

 鏡の前に立ったアーサーは、まるで他人を見るように呟いた。


「……これが、俺?」

「ええ。これが本来のあなたよ」


 彼はしばらく鏡を見つめたあと、ポツリとこぼした。


「俺は……ずっと、自分のことが嫌いでした」


 胸が、ずきりと痛んだ。

 適当に周囲の価値観に合わせていれば、もっと楽に生きられたはずなのに。

 しかし、それができない不器用さが、彼らしさでもあった。


「でも、アリシア様は、そんな俺にも価値があると言ってくださった……俺の人生を、変えてくださった」


 その目には、もう以前の怯えはない。


「全て、あなたのおかげです」


 彼は私の手を取り、恭しく口づけた。

 その仕草の一つ一つが、完璧に洗練されている。

 これが一年前の「もっさり子爵令息」と同一人物だとは、誰も信じないだろう。


「あなたがいなければ、俺は今でも誰にも認められず、惨めに生きていたでしょう。あなたは俺に全てを与えてくださった。名誉も、地位も、そして——自分の価値を信じる心を」

「アーサー……」

「アリシア様。あなたは私の命の恩人であり、人生の導き手であり——そして何より、この世で最も愛しい方です」


 アーサーの瞳が、熱を帯びる。


「ですから。この命、この全て、あなたに捧げます。どうか、私を永遠にあなたのものとしてください」


(……ああ、もう)


 初めは、こんな気持ちになるつもりはなかった。

 ダイヤの原石を磨いて、理想のイケメンに育成する。

 そして、あわよくばイケメンの子を産んで、跡継ぎ問題も解決!

 そんな軽い気持ちだった。


 でも、今はもう違う。

 彼が私だけを見つめる瞳も、私のために全力を尽くす姿も、私への盲目的なまでの愛を囁く声も——すべてが愛おしい。


「ええ、もちろんよ。あなたは私のものよ、アーサー。……愛してるわ」

「アリシア様……!」


 思わず、といった様子で、彼が私を強く抱きしめる。

 私もそんな彼の首に腕を回すと、そっと唇を重ねた。


 ◇◇◇


「アリシア様! お願いがあるの!」


 アーサーとの結婚後、初めて出席した夜会で、キャロルが駆け寄ってきた。

 一年前、あんなに高慢だった彼女の顔には、今や焦燥の色が浮かんでいる。


「アーサーを……アーサーを返して!」

「まあ、何をおっしゃるの」


 私は優雅に微笑む。


「あなたが捨てた方でしょう?」

「だって、あの時はあんなに地味で生意気で……! まさかこんなに素敵になるなんて!」

「御愁傷様。私には最初から分かっていたわ」


 私の隣にいるアーサーが魅力的なことは、もはや誰も否定できない。

 今だってその美貌と知性、そして献身的な性格に、多くの令嬢が羨望の眼差しを向けている。


「クリスは……クリスは、結局中身が空っぽだったわ! 美しいだけで、話していてもつまらなくて! アーサーと違って私の仕事を手伝おうともしないで、ただ微笑んでいるだけ!」


 “従順さ”と“慎ましさ”を選んだのは、キャロルの方だ。

 今更そんなことを言われても、「知らんがな」としか言いようがない。


「あら? それがあなたの理想だったのでしょう? 望み通りのお人形を手に入れたのに、人の夫を奪おうだなんて……あまりにも品がないのでは?」

「そんな……!」

「それに——」


 そこでいったん言葉を止めると、私の肩を優しく抱き寄せるアーサーの瞳を、じっと見つめる。


「私は夫を心から愛しているの。他の誰にも渡しませんわ」

「アリシア様……!」


 アーサーが私を見る目は、まるで神を見るかのよう。

 そう、彼は私を神様のように崇めている。

 命の恩人として、人生を変えてくれた運命の人として、そして最愛の妻として。

 その愛情は、もはや狂気と呼べるほどに一途だった。


「キャロル様、失礼いたします」


 アーサーが冷たく告げた。

 それは、かつて婚約者だった相手に向けるには、あまりにも冷淡な声。


「私は生涯、アリシア様だけを愛し、うやまい、慈しむために生まれてきたのです。そこに、他人が入る余地などありません」


 そう言ってアーサーは、甘く蕩けるような瞳で私を見つめる。


「行きましょう、アリシア様」

「ええ」


 キャロルの悲鳴を背に、私たちは歩き出す。

 そこら中から、羨望と嫉妬の視線が注がれるのを感じる。


(ふふっ、これが“ざまぁ”ってやつね!)


 いえーい! 前世の私、見てるー?

 私、ついに見つけたよ。

 外見も中身も完璧で、私に一途な、理想の王子様を。


 それも、自分の手で育て上げるという、最高のボーナス付きでね!


アーサー視点はこちら

『婚約破棄で死を決意した俺を、公爵令嬢が拾ってくれました』

https://ncode.syosetu.com/n4194lu/

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― 新着の感想 ―
短編ですが、盛り上がりもざまぁもしっかりあって 読み終わりの満足感がしっかりあり楽しかったです ヒーロー目線の続編などもぜひ読みたいです
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