女尊男卑の世界で婚約破棄された地味男と、それをもらった公爵令嬢
婚約破棄された地味男、実は顔面SSRでした
「あんたとの婚約は破棄するわ!」
パーティー会場の喧騒から逃れるように庭園に出てきた私——公爵令嬢のアリシア・シンクレアは、その声を聞いた瞬間、失敗したと思った。
話の内容からして、どうやら男女の修羅場が近くで勃発しているらしい。
巻き込まれないよう物陰に隠れてから、声の主たちをじっくり観察してみた。
婚約破棄を言い渡したのは伯爵令嬢キャロルのようだ。
そしてその隣には、侯爵令息のクリスが静かに微笑みを浮かべて立っている。
金の髪、蒼い瞳、完璧な顔立ち。
まるで彫刻のようで、遠目から見ても、よくお似合いの二人。
一方、婚約破棄を突きつけられた子爵令息アーサーは——正直、地味だ。
黒髪はぼさぼさで、服装もどこか野暮ったい。
背は高いけれど猫背で、眼鏡の奥の瞳はいつも自信なさげに揺れている。
キャロルとは釣り合わない、というのが周囲の共通認識だった。
「……承知いたしました」
アーサーが小さく頭を下げた。
その肩が震えているのが遠目からでも分かる。
ああ、可哀想に。
——その時、私は初めてまともにアーサーを見た。
彼の骨格、首の長さ、肩幅、横顔のライン。
私は思わず、息を呑んだ。
(これ……知ってる)
前世で夢中になって追いかけていた推しと、同じ匂いがした。
磨けば、間違いなく化ける。
「あ、じゃあ私がもらいます」
善は急げだ。
私は物陰から姿を現すと、何食わぬ顔ですっと手を挙げてみた。
「……え?」
私の言葉に、キャロルは固まってしまった。そりゃそうだ。
一方、アーサーは驚いたように目を見開いて、私を見つめている。
眼鏡越しに覗く瞳には、戸惑いと——ほんの少しの希望が混じっていた。
◇◇◇
実を言うと、私は異世界転生者だ。
前世は日本のOLで、ある日気づいたらこの世界にいた。
面食いな母のおかげで、私の顔面の出来は最高。
そのため転生当初は、断罪される悪役令嬢に違いないと震えていたものだ。
しかし、結局特に何も起こらず、普通に大人になってしまったわけだが。
そんな私も、着々とこの中世ヨーロッパのような世界に馴染んでいったけれども、一つだけどうしても馴染めない価値観がある。
——この世界、男女の力関係が完全に逆転しているのだ。
生命の母たる女性が絶対的優位に立ち、子を産めぬ男は女に黙って付き従う。
そのため、女性が家を継ぎ、男性は嫁ぐのが常識。
男性に求められるのは、従順さと慎ましさ。
だから、我が公爵家でも絶対的権力を握っているのは母で、父はいつも母の言いなりだ。
……おや? 前世と大して変わらないな?
とにかく。この世界で求められる男性は、自己主張のない、お人形のようなイエスマン。
学問に没頭するタイプの男性は、”男のくせに、女を差し置いて生意気”だと蔑まれる。
アーサーみたいに、見た目が地味な上に、優秀で学のある男にとっては、地獄みたいな世界だろう。
——なにこれ、理不尽すぎない!?
私はおもしれー男(※ただしイケメンに限る)が好きだ!
従順なだけのお人形さんなんてつまらない。
そのせいで適齢期になっても結婚どころか、婚約者さえ決まらないという体たらくなわけだが。
ちなみに、周囲の令嬢たちには、「アリシア様は婚約者選びにも一切妥協なさらないのね。なんて立派な姿勢なの!」と褒められた。
違う、そうじゃない。
前世なら独身でも親に文句を言われる程度で済んだが、今や私は公爵家の後継者。
跡継ぎを残す義務がある。
実は密かに悩んでいたのだが——今夜、チャンスが転がり込んできた。
「アリシア様、本当によろしいのですか?」
アーサーが震える声で尋ねる。
信じられない、という表情。
けれどその奥には、抑えようとしても隠しきれない期待が滲んでいる。
「あなたの農地改革に関する論文を読ませていただいたけど……四輪作で休耕地をなくすという発想、とても素晴らしかったわ」
「……!?」
「あれだけのアイディアが誰にも評価されないなんて、馬鹿げている」
アーサーの瞳が、大きく見開かれた。
初めて、自分の価値を肯定された人間の顔だ。
「私と来て。あなたの才能、私が証明してみせる」
「……はい。喜んでっ!」
その声は、涙で震えていた。
◇◇◇
それからの日々は忙しく、そして楽しかった。
私はまず、彼が提唱した農地改革を、公爵領で実行に移した。
結果は圧倒的だった。
四輪作のおかげで冬の間も家畜の飼育が可能となり、長年の課題であった、冬の間の食糧不足が解決したのだ。
アーサーの手腕は瞬く間に王国中に知れ渡り、誰もがその功績を認めざるを得なくなった。
そして同時に、外見も整えた。
「姿勢は真っ直ぐ! 猫背にならない!」
「は、はい!」
「堂々としていればいいの。あなたにはそれだけの価値があるのだから」
髪を整え、体格に合った服を仕立て、眼鏡を洗練されたデザインに変えた。
鏡の前に立ったアーサーは、まるで他人を見るように呟いた。
「……これが、俺?」
「ええ。これが本来のあなたよ」
彼はしばらく鏡を見つめたあと、ポツリとこぼした。
「俺は……ずっと、自分のことが嫌いでした」
胸が、ずきりと痛んだ。
適当に周囲の価値観に合わせていれば、もっと楽に生きられたはずなのに。
しかし、それができない不器用さが、彼らしさでもあった。
「でも、アリシア様は、そんな俺にも価値があると言ってくださった……俺の人生を、変えてくださった」
その目には、もう以前の怯えはない。
「全て、あなたのおかげです」
彼は私の手を取り、恭しく口づけた。
その仕草の一つ一つが、完璧に洗練されている。
これが一年前の「もっさり子爵令息」と同一人物だとは、誰も信じないだろう。
「あなたがいなければ、俺は今でも誰にも認められず、惨めに生きていたでしょう。あなたは俺に全てを与えてくださった。名誉も、地位も、そして——自分の価値を信じる心を」
「アーサー……」
「アリシア様。あなたは私の命の恩人であり、人生の導き手であり——そして何より、この世で最も愛しい方です」
アーサーの瞳が、熱を帯びる。
「ですから。この命、この全て、あなたに捧げます。どうか、私を永遠にあなたのものとしてください」
(……ああ、もう)
初めは、こんな気持ちになるつもりはなかった。
ダイヤの原石を磨いて、理想のイケメンに育成する。
そして、あわよくばイケメンの子を産んで、跡継ぎ問題も解決!
そんな軽い気持ちだった。
でも、今はもう違う。
彼が私だけを見つめる瞳も、私のために全力を尽くす姿も、私への盲目的なまでの愛を囁く声も——すべてが愛おしい。
「ええ、もちろんよ。あなたは私のものよ、アーサー。……愛してるわ」
「アリシア様……!」
思わず、といった様子で、彼が私を強く抱きしめる。
私もそんな彼の首に腕を回すと、そっと唇を重ねた。
◇◇◇
「アリシア様! お願いがあるの!」
アーサーとの結婚後、初めて出席した夜会で、キャロルが駆け寄ってきた。
一年前、あんなに高慢だった彼女の顔には、今や焦燥の色が浮かんでいる。
「アーサーを……アーサーを返して!」
「まあ、何をおっしゃるの」
私は優雅に微笑む。
「あなたが捨てた方でしょう?」
「だって、あの時はあんなに地味で生意気で……! まさかこんなに素敵になるなんて!」
「御愁傷様。私には最初から分かっていたわ」
私の隣にいるアーサーが魅力的なことは、もはや誰も否定できない。
今だってその美貌と知性、そして献身的な性格に、多くの令嬢が羨望の眼差しを向けている。
「クリスは……クリスは、結局中身が空っぽだったわ! 美しいだけで、話していてもつまらなくて! アーサーと違って私の仕事を手伝おうともしないで、ただ微笑んでいるだけ!」
“従順さ”と“慎ましさ”を選んだのは、キャロルの方だ。
今更そんなことを言われても、「知らんがな」としか言いようがない。
「あら? それがあなたの理想だったのでしょう? 望み通りのお人形を手に入れたのに、人の夫を奪おうだなんて……あまりにも品がないのでは?」
「そんな……!」
「それに——」
そこでいったん言葉を止めると、私の肩を優しく抱き寄せるアーサーの瞳を、じっと見つめる。
「私は夫を心から愛しているの。他の誰にも渡しませんわ」
「アリシア様……!」
アーサーが私を見る目は、まるで神を見るかのよう。
そう、彼は私を神様のように崇めている。
命の恩人として、人生を変えてくれた運命の人として、そして最愛の妻として。
その愛情は、もはや狂気と呼べるほどに一途だった。
「キャロル様、失礼いたします」
アーサーが冷たく告げた。
それは、かつて婚約者だった相手に向けるには、あまりにも冷淡な声。
「私は生涯、アリシア様だけを愛し、うやまい、慈しむために生まれてきたのです。そこに、他人が入る余地などありません」
そう言ってアーサーは、甘く蕩けるような瞳で私を見つめる。
「行きましょう、アリシア様」
「ええ」
キャロルの悲鳴を背に、私たちは歩き出す。
そこら中から、羨望と嫉妬の視線が注がれるのを感じる。
(ふふっ、これが“ざまぁ”ってやつね!)
いえーい! 前世の私、見てるー?
私、ついに見つけたよ。
外見も中身も完璧で、私に一途な、理想の王子様を。
それも、自分の手で育て上げるという、最高のボーナス付きでね!
アーサー視点はこちら
『婚約破棄で死を決意した俺を、公爵令嬢が拾ってくれました』
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