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【完結】「年収900万はゴミ」と俺を捨てた元港区女子の末路。年収3000万の俺を見て、時給1150円のコールセンターで発狂中  作者: 崖っぷちしゃちょー


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第2話 「40歳の地味なおばさんに夫を奪われるわけない」と笑っていた元港区女子の末路 〜時給1150円のコールセンターで「私は悪くない」と叫ぶ〜

 私、橋本美咲、34歳。


 元港区女子。現在は専業主婦。


 結婚して6年。夫の健一はITコンサル会社勤務、36歳。


 年収は900万。


 ……たったの900万。


「ねえ、知ってる?麻衣の旦那、外資系で年収2000万だって」


「へえ」


「由香の旦那は起業して、年商5億らしいよ」


「そうなんだ」


「健一ももうちょっと頑張ってよ。転職とか、副業とか」


「……俺なりに頑張ってるけど」


「頑張ってその程度なの?」


 健一は黙った。


 いつもそう。何を言っても言い返してこない。


 つまらない男。


 でも、まあいいか。


 私と結婚できただけでも、この男はラッキーなんだから。


 ◇


 私は20代、港区で輝いていた。


 六本木、麻布、西麻布、赤坂。


 毎晩のようにギャラ飲みに参加して、金持ちの男たちに囲まれていた。


 1回の飲み会で2万円。


 週に3回で6万円。


 それに加えて、パパからのお小遣いが月に100万。


 シャンパン、高級寿司、焼肉、タワマンパーティー。


 バーキン、ヴァンクリ、カルティエ。


 全部、男が払ってくれた。


 私は「港区の姫」だった。


 インスタのフォロワーは5万人。


 シャンパンタワーの写真、高級レストランの料理、新作のブランドバッグ。


「美咲ちゃん可愛い!」「セレブ!」「憧れる!」


 コメントが止まらなかった。


 あの頃が、私の全盛期だった。


 ◇


 でも、港区は残酷な世界だった。


 25歳を過ぎた頃から、明らかに扱いが変わった。


 ギャラ飲みの呼び出しが減った。


 22歳、23歳の新しい子たちが入ってきた。


「美咲さん、今日は大丈夫ですよ」


 幹事からそう言われた時、私は悟った。


 港区では、25歳を過ぎたら「おばさん」なのだ。


 28歳の時、焦った私は健一と結婚した。


 クルージングパーティーで知り合った、ITコンサル会社勤務の男。


 年収900万。


 ……正直、全然足りない。


 港区時代、パパは月に100万くれていた。


 900万なんて、年収じゃなくてお小遣いのレベル。


 でも、港区での価値が暴落していく中、これが精一杯だった。


「適当なところで早く結婚した方がいい」


 先輩の港区女子にそう言われて、渋々妥協した。


 本当は、年収2000万以上が最低ラインだと思っていた。


 でも、そんな男は私を選んでくれなかった。


 仕方なく健一で手を打った、というのが本音だ。


 ◇


 結婚してからも、私の金遣いは変った。


 全然足りなかった。節約するしかなかった。


「ねえ、今月のお小遣い、30万でいい?」


「30万?」


「少ないけど、我慢するから」


「いや、30万って……俺の手取り56万なんだけど」


「だから何?」


「生活費とか、家賃とか……」


「私のお金は私のお金。生活費は別でしょ」


「……」


 健一は渋々、30万を渡した。


 でも、30万じゃ全然足りない。


 本当は50万欲しい。


 いや、港区時代はパパから100万もらってたんだから、100万が普通なのに。


 健一の小遣いは2万円。


「俺の小遣い、少なくない……?」


「は?私は30万で我慢してるの。あなたは2万で十分でしょ」


「でも、昼飯代とか……」


 コンビニで適当に買えばいい。


 ◇


 30万のお小遣いの使い道。


 美容院、月1回。カット&カラー&トリートメントで3万5000円。安いところ選んでるのに。


 ネイル、月2回。1回1万2000円で2万4000円。これでも抑えてる。


 エステ、月3回。1回1万5000円で4万5000円。本当は週1で行きたい。


 まつエク、月1回。8000円。最低限。


 化粧品、月3万円。デパコスしか使わない。当然。


 服、月5万円。全然足りない。本当は20万は欲しい。


 ランチ、週3回。1回3000円で月4万円くらい。節約してる。


 カフェ、毎日。1回1500円で月4万5000円。これくらい普通。


 ……計算したら、27万7000円。


 残り2万3000円しかない。


 ありえない。


 全然足りない。


 友達の麻衣は、旦那から月に80万もらってるって言ってた。


 由香は100万。


 なんで私だけ30万なの?


 健一の稼ぎが悪いせいだ。


 ◇


 買い物は成城石井でしかしない。


 普通のスーパーなんて、ありえない。品質が違う。


「ねえ、食費もうちょっと抑えられない?」


「は?どこで買えっていうの?」


「いや、普通のスーパーでも……」


「普通のスーパー?私に安物食べろって?添加物まみれの?」


「そういうわけじゃ……」


「私は成城石井で我慢してるの。本当は紀ノ国屋か明治屋で買いたいのに。感謝してほしいくらい」


 健一は黙った。


 当たり前。


 私が成城石井で妥協してるのに、文句言わないでほしい。


 ◇


 専業主婦になっても、インスタは続けていた。


 キラキラした投稿を続けないと、港区女子としてのプライドが保てない。


『今日はリッツカールトンでアフタヌーンティー❤️ 幸せ〜』


 友達と割り勘。一人8000円。これでも安い方。本当はペニンシュラに行きたかったのに。


『新作のDiorリップ やっぱりDiorは最高❤️』


 1本5000円。安い。本当はシャネルのリップも欲しいけど、健一の稼ぎじゃ我慢するしかない。


『愛する旦那様と記念日ディナー✨』


 健一に払わせた。3万円。記念日にしては安い店だったけど、まぁ仕方ない。健一が「結構したね」とか言っててウザかった。たった3万で文句言うな。


 フォロワーからのコメント。


「素敵!」「羨ましい!」「理想の夫婦!」


 ……まあ、表向きはそういうことになっている。


 本当は全然理想じゃない。


 年収900万の男と、30万のお小遣いで我慢する生活。


 港区時代は月100万使えたのに。


 でも、無職よりはマシ。


 一応、専業主婦という肩書きはあるし。


 ……それだけ。


 ◇


 健一への不満は、日に日にエスカレートしていった。


 でも、不満をぶつけてるだけ。


 妻として当然のこと。


「ねえ、帰り遅くない?」


「残業で……」


「残業?嘘でしょ。浮気?」


「してないよ!」


「じゃあなんで連絡しないの?私のこと、どうでもいいと思ってる?」


「そんなことない……」


「じゃあ、証明して」


「え?」


「今すぐ会社の人に電話して、残業してたって証言してもらって」


「そんな……」


「できないの?やっぱり浮気だ」


「違う!分かった、電話する……」


 健一は、夜10時に同僚に電話をかけた。


 当然、同僚は困惑していた。


 でも、私は満足した。


 夫を管理するのは、妻の義務だから。


 ◇


 結婚して3年目、健一は明らかに変わっていた。


 仕事から帰ってきても、ぼーっとしている。


 表情がない。


 目に光がない。


「ねえ、聞いてる?」


「……聞いてる」


「今日ランチ会でさ、嫌なことあったんだけど」


「……うん」


「ちゃんと聞いてる?」


「聞いてるって……」


「その態度何?私の話、つまらない?」


「……ごめん」


 健一は、いつも謝ってばかりだった。


 仕事でも、ミスが増えたらしい。


「また上司に怒られた……」


「は?使えないね」


「……」


「だから言ったじゃん、もっとしっかりしろって」


「……うん」


「返事だけは一人前だね」


 健一は黙った。


 昔は、もう少し覇気があった気がする。


 でも最近は、何を言っても「うん」「ごめん」しか言わない。


 つまらない男。


 もっと頑張ってくれればいいのに。


 私が発破かけてあげてるのに、全然響かない。


 健一が悪い。


 ◇


 家事は、ほとんどしなかった。


「今日のご飯、何?」


「あー、作ってない。Uber頼もう」


「また……?今月もう何回目……」


「は?私、今日疲れてるの。美容院行ってきたから」


「美容院で疲れるの……?」


「カラーとトリートメントで4時間座りっぱなしだったの。どれだけ大変か分かる?」


「……」


「あなたは座ってるだけで給料もらえるんだから、楽でいいよね」


 健一の顔が歪んだ。


 でも、何も言い返してこなかった。


 言い返せないんだ。


 だって、私が正しいんだから。


 ◇


 健一が家事を手伝おうとすると、全力でダメ出しした。


「洗濯物、畳み方が違う」


「え、どこが……」


「シワになるでしょ。やり直して」


 健一がやり直す。


「まだ違う。もういい、私がやる」


「でも……」


「あなたがやると二度手間なの。最初から私がやった方が早い」


 そして、健一には家事をさせなくなった。


 でも、私も家事をしない。


 そして言う。


「私ばっかり家事して!あなたは何もしないくせに!」


 矛盾?


 してない。


 私が大変だと感じてるんだから、大変なの。


 ◇


 健一の実家も、当然嫌いだった。


「今度の日曜、実家に行かない?」


「え、また?先月も行ったじゃん」


「親が孫の顔見たいって……」


「孫いないでしょ。子供作ってないんだから」


「いや、俺たちの顔を……」


「私、あなたの実家、無理。空気悪いし、田舎だし、トイレ汚いし」


「……」


「行くなら一人で行って。私は友達とランチあるから」


 健一は一人で実家に行った。


 私はその間、友達と1万2000円のランチ。まあ普通。本当はもっといいところ行きたかったけど、健一の稼ぎじゃこれが限界。


 インスタに投稿。


『休日は自分へのご褒美❤️』


 健一の親が何か言ってきたらしいけど、知らない。


 私は私の時間を大切にしてるだけ。


 ◇


 健一の友達付き合いも、徹底的に潰した。


「土曜日、大学の同窓会があるんだけど……」


「女の人いるの?」


「同窓会だから……いると思う」


「ふーん。行くんだ。私を置いて」


「いや、美咲も一緒に……」


「私、あなたの同窓会なんか興味ないし」


「……」


「でも、女の人がいる飲み会に夫を行かせる妻って、どう思われるかな」


「……やめとくよ」


「え?私は何も言ってないけど?」


「いや、でも美咲が嫌そうだから……」


「私のせいにしないで。あなたが自分で判断したんでしょ」


 健一は同窓会に行かなかった。


 私は満足した。


 ◇


 友達の前では、「不幸な妻」を演じた。


「健一、本当にケチなの。お小遣い30万しかくれなくて」


「30万?結構もらってない?」


「え、少なくない?麻衣は80万でしょ?」


「いや、うちは共働きで、家賃や生活費込みだし……」


「私は専業主婦だから、夫に養ってもらうのが当然じゃない?」


「まあ……」


「しかも家事もしてくれないし、私ばっかり苦労してる」


 友達は微妙な顔をしていた。


 でも、気にしない。


 私は被害者なんだから。


 ◇


 ある日、健一の会社の忘年会があった。


 配偶者も参加OKのやつ。


 私は張り切って出席した。


 新しいワンピース、3万8000円。セールで安かったから買った。本当は10万くらいの欲しかったけど。


 ヘアセット、1万2000円。普通。


 ネイル、付け替え1万5000円。これも普通。


「まあ、最低限よね」


 会場は、都内のホテルのパーティルーム。


 私は健一の腕を組んで入場した。


 周りの視線を感じる。


 当然よね。私、綺麗だから。


 ◇


 会場をぐるっと見回して、私は安心した。


 正直、大したことない女ばっかり。


 地味な服、安っぽいアクセサリー、手入れされてない髪。


 なんでこんな人たちと一緒の空間にいなきゃいけないんだろう。


「健一、あなたの会社の人、地味ね」


「え……?普通だと思うけど」


「私みたいにちゃんとしてる人、いないじゃん」


「……」


 その時、一人の女が目に入った。


 40歳くらい。


 顔立ちは、まあ悪くない。


 切れ長の目に、シャープな輪郭。


 素材は良さそう。


 でも、もったいない。


 化粧は薄い。というか、ほとんどしてない。


 髪は黒髪のボブ。特に手入れしてる感じもない。


 服は紺色のシンプルなワンピース。ブランドロゴなんて一つもない。


 アクセサリーは、小さなパールのピアスだけ。


 地味。


 ありえないくらい地味。


 せっかく顔の造りは悪くないのに、全然活かしてない。


 努力すれば、もうちょっとマシになれるのに。


 何もしてない。


 諦めてる。


 可哀想な人。


「ねえ、あの人誰?」


「え?ああ、山田由美子さん。うちの部署の先輩」


「何歳?」


「40歳……だったかな」


「40歳であの格好?終わってるね」


 私は笑った。


 健一の顔が曇った。


 ◇


 由美子という女は、隅の方で静かにお酒を飲んでいた。


 私は興味本位で観察した。


 ……ありえない。


 肌の手入れ、してなさそう。エステとか行ったことないんじゃない?


 髪、艶がない。トリートメントとかしてないでしょ。


 服、多分ユニクロ。よくて無印。


 靴、ヒール低い。ダサい。


 バッグ、ノーブランド。終わってる。


 女として、頑張ることを放棄してる。


 40歳になって、もう諦めちゃったんだろうな。


「どうせ私なんか」って思ってそう。


 可哀想。


 私は絶対、ああはならない。


「ねえ、あの人、なんで40歳で独身なのか分かるわ」


「美咲……」


「だって、あれじゃ男できないでしょ。女捨ててるじゃん」


「……由美子さんは、仕事が忙しくて……」


「仕事が忙しいから女捨てていいの?言い訳でしょ」


「……」


「努力しないで『私なんか』って諦めてる女、一番ダサいよね」


「……」


「私があの年齢になっても、絶対あんな風にはならないから」


 健一は何も言わなかった。


 でも、その目が少し冷たかった。


 気のせいだと思った。


 ◇


 帰り道、私は由美子の悪口を言い続けた。


「ねえ、あの人、ほんと終わってたよね」


「……」


「40歳で独身、しかもあの地味さ。そりゃ結婚できないわ」


「……由美子さんは、いい人だよ」


「は?庇うの?」


「いや、仕事ができるし、優しいし……」


「優しかったら結婚できるでしょ。できてないってことは、何か問題があるんでしょ」


「……」


「まあいいけど。あんなおばさん、どうでもいいし」


 健一は黙ったまま、前を向いて歩いていた。


 ◇


 それから、健一の様子が少しずつ変わった。


 帰りが遅くなった。


「残業?」


「うん」


「本当に?」


「本当だよ」


 スマホを見る回数が増えた。


「誰からのLINE?」


「仕事の連絡」


「見せて」


「いや、仕事だから……」


「見せてって言ってるの」


「……」


 健一は渋々スマホを見せた。


 本当に仕事の連絡だった。


 でも、なんか怪しい。


 ◇


 ある日、健一が風呂に入っている間に、スマホをチェックした。


 パスワードは知ってる。誕生日を設定してるの、バレバレだから。


 LINEを開く。


『由美子』


 ……は?


 トーク履歴を見る。


『今日もありがとう。健一くんと話してると、元気が出るよ』


『俺の方こそ。由美子さんといると、なんか落ち着くんです』


『奥さん、厳しい人なんだね……』


『まあ、色々あって……』


『大変だね。愚痴とか、いつでも聞くよ』


『ありがとうございます。由美子さんは優しいですね』


 ……何これ。


 私のことを「厳しい人」?


 健一が、私の悪口を言ってる?


 あの地味なおばさんに?


 ◇


 私は風呂場に突撃した。


「ねえ、由美子って誰」


 健一が飛び上がった。


「え……」


「LINE見た。何あれ」


「いや、ただの同僚で……」


「『由美子さんは優しいですね』?私が優しくないって言いたいの?」


「そうじゃなくて……」


「あの40歳のおばさんと何かあるの?」


「何もないよ!ただ、話を聞いてもらってただけで……」


「私の悪口言ってたじゃん。『厳しい方』って」


「それは由美子さんが勝手に……」


「庇うんだ。あのおばさんを」


 健一は裸のまま、震えていた。


「もうあの女と連絡取らないで」


「え……同じ部署だから……」


「LINEブロックして」


「でも、仕事の連絡が……」


「仕事は会社のメールでしょ。LINEいらないじゃん」


「……分かった」


 健一は由美子をブロックした。


 私は満足した。


 あんなおばさんに、私の夫を取られるわけがない。


 ◇


 でも、それから健一はさらに変わった。


 前は、私が何を言っても「ごめん」と謝っていた。


 でも最近は、黙って聞き流すことが増えた。


 目が死んでいる。


 私が話しかけても、上の空。


「ねえ、聞いてる?」


「……聞いてる」


「私の話、つまらない?」


「そんなことない」


「じゃあなんでそんな顔してるの」


「……疲れてる」


「疲れてる?私だって疲れてるんだけど」


「……」


「私の方がよっぽど大変なの。分かってる?」


 健一は何も言わなかった。


 ◇


 ある日、健一が真剣な顔で言った。


「話がある」


「何?」


「離婚してほしい」


 ……は?


「え、何言ってるの」


「離婚したい」


「は?意味分かんないんだけど」


「もう、限界なんだ」


「限界って何?私が何かした?」


「……」


「ねえ、何か言ってよ」


「美咲といると、俺は自分が無価値な人間だと思わされる」


「は?」


「何をしても否定される。何を言ってもバカにされる。俺の存在自体を、否定されてきた」


「そんなこと言ってないけど」


「言ってた。『その程度の稼ぎ』『使えない』『役立たず』『つまらない男』……全部、美咲が言った言葉だよ」


「……」


「俺は、美咲の奴隷じゃない」


 健一の目が、今まで見たことないくらい冷たかった。


「もう、解放されたい」


 ◇


 私は泣いた。


 泣けば、今まで何とかなってきた。


「待って、やり直せるよ」


「無理だ」


「私、変わるから」


「もう遅い」


「お願い、離婚だけは……」


 健一は動じなかった。


「由美子って女でしょ。知ってるんだから!あの女に洗脳されたんでしょ」


「由美子さんは関係ない」


「嘘。あの女が私たちの仲を壊したんだ」


「違う。俺が自分で決めたことだ」


「あのおばさんのどこがいいの!?40歳だよ!?私より6歳も年上じゃん!」


「……」


「化粧もしてない、服もダサい、ブランド物なんて一つも持ってない!私の方が絶対綺麗なのに!」


「美咲」


「何!?」


「綺麗かどうかじゃないんだ」


「……は?」


「由美子さんは、俺の話を聞いてくれた。俺を否定しなかった。俺といて、笑ってくれた」


「……」


「美咲といると、俺は消えてしまいたくなる。でも由美子さんといると、俺は俺でいいんだって思える」


「……私だって……」


「無理だよ。美咲には」


 健一の目が、悲しそうだった。


「俺たちは、もう終わりだ」


 ◇


 離婚が成立した。


 ……いや、正確には「させられた」。


 最初、私は強気だった。


「不倫したんでしょ?慰謝料300万は払ってもらうから」


 健一の弁護士が出てきた時点で、嫌な予感はした。


「こちらも資料がございます」


 弁護士が出してきたのは、大量の録音データだった。


『その程度の稼ぎで偉そうにしないで』


『友達の旦那は2000万超えてるのに、なんであなたはこんなに無能なの』


『私のお小遣い30万で足りるわけないでしょ。50万にして』


『あなたの実家?行くわけないじゃん。田舎だし、汚いし』


『使えない。本当に使えない。なんで私がこんな男と結婚しなきゃいけなかったの』


 ……全部、私の声だった。


「え、いつ録ってたの」


「依頼人は2年以上前から記録を取っていました」


 2年前?


 そんな前から、離婚を考えてたの?


 さらに、弁護士はタブレットを出した。


「こちらもご確認ください」


 X(旧Twitter)の画面だった。


 アカウント名は「モラハラ妻から逃げたい男」。


 フォロワー、3万2000人。


 ……は?


「依頼人が運営していたアカウントです」


 スクロールしていくと、私のことが書かれていた。


『今日も「お前の稼ぎが悪い」と言われた。年収900万じゃ足りないらしい』


 いいね、2.4万。


『妻のお小遣いは30万。俺は2万。昼飯はコンビニのおにぎり』


 いいね、3.1万。


『「友達の旦那は2000万超え」が口癖。俺の存在価値って何だろう』


 いいね、2.8万。


 リプライ欄を見る。


『それ完全にモラハラですよ。逃げてください』


『経済的DVじゃん。証拠集めて離婚した方がいい』


『弁護士に相談を!』


『応援してます。あなたは悪くない』


 ……は?


 私がモラハラ?


 経済的DV?


 何言ってるの、この人たち。


 ◇


 さらにスクロールする。


『今日、妻に「能無し」と言われた。会議で発言できなかった自分が悪いらしい』


『料理は作らない。掃除もしない。でも俺が手伝うと「やり方が違う」と怒られる』


『妻の美容院代、月3万5000円。エステ、月4万5000円。俺の小遣い、2万円』


『同窓会に行こうとしたら「女がいるんでしょ」と詰められた。結局キャンセルした』


『今日も「あなたと結婚したのは妥協だった」と言われた』


 全部、事実だった。


 でも、私は正当なことを言っただけ。


 なのに、リプライ欄は……


『完全にモラハラ。記録して弁護士へ』


『これ読んでて辛くなる。主さん、逃げて』


『奥さん、人格障害では?』


『応援してます。あなたの人生を取り戻して』


 フォロワー3万人以上が、健一の味方だった。


 私の知らないところで、私は「モラハラ妻」として晒されていた。


 ◇


 5ちゃんねるにもスレッドがあった。


【悲報】モラハラ妻から逃げたい男、壮絶すぎる


 1: 名無しさん

 まとめ

 ・年収900万でも「稼ぎが悪い」と言われる

 ・妻の小遣い30万、夫は2万

 ・料理も掃除もしないのに「私ばかり家事してる」と言われる

 ・友達の旦那と比較されまくる

 ・「妥協で結婚した」と言われる


 53: 名無しさん

 これはキツい


 78: 名無しさん

 900万で足りないとかダメな港区女子かよ


 124: 名無しさん

 証拠集めて逃げろ


 156: 名無しさん

 弁護士案件


 203: 名無しさん

 モラハラの教科書みたいな嫁だな


 287: 名無しさん

 こういう女と結婚すると人生終わる


 342: 名無しさん

 >>1

 応援してる。絶対逃げろ


 スレッドは5まで伸びていた。


 私は、ネットで「モラハラの教科書」と呼ばれていた。


 ◇


 弁護士が言った。


「以上の証拠から、婚姻関係は依頼人側の責任で破綻したとは言えません。むしろ、奥様の言動が婚姻関係を著しく悪化させたと考えられます」


「は?私が悪いって言いたいの?」


「慰謝料については、不貞行為の事実はございますが、婚姻関係が既に悪化していたこと、依頼人が精神的苦痛を受けていたことを考慮し、減額を主張いたします」


「減額?ふざけないで。不倫したのはそっちでしょ!?」


「奥様も、依頼人への精神的虐待により、慰謝料請求の対象となり得ます」


「……は?」


「相殺という形で、双方の請求を相殺することを提案いたします」


 ◇


 結局、慰謝料は100万円になった。


 私が300万請求して、健一側が「モラハラ慰謝料」として200万を主張して、差し引き100万。


 財産分与は……ほぼなかった。


「貯金、これだけ?」


「奥様が生活費として使用されていましたので」


 私が使った。


 成城石井で。エステで。美容院で。ネイルで。ランチで。


 全部、私が使った。


 だから、分けるものがなかった。


「ふざけないで!6年も一緒にいたのに、100万円だけ!?」


 健一は何も言わなかった。


 ただ、疲れた顔で書類にサインしていた。


 あの目。


 私といた時、ずっとあんな目をしていた。


 死んだような目。


 ……でも、それは健一が弱いから。


 私のせいじゃない。


 ◇


 離婚後、Xのアカウントを見に行った。


『報告です。本日、正式に離婚が成立しました』


 いいね、8.7万。


 リプライ欄。


『おめでとうございます!!!』


『長かったですね。本当にお疲れ様でした』


『ずっと応援してました。これからの人生、幸せになってください』


『モラハラから解放されて良かった。あなたは何も悪くない』


『新しい人生の始まりですね!』


 ……何これ。


 私と離婚したことを、3万人以上が祝ってる。


 私が「解放された悪者」扱いされてる。


 ふざけないで。


 私は何も悪くない。


 不満をぶつけてただけ。


 妻として当然のことを言っただけ。


 なのに、なんで私がモラハラ加害者扱いされてるの。


 意味が分からない。


 ◇


 離婚して、私は地獄を見た。


 まず、金がない。


 港区女子時代の浪費癖が抜けず、貯金はほぼゼロ。


 健一の給料に頼り切っていたから、自分では何も稼いでいなかった。


 実家に戻るしかなかった。


 千葉の実家。


 港区から、千葉。


 ありえない。


「美咲、お帰り」


 母の顔が複雑だった。


「離婚したの?」


「……うん」


「健一さん、いい人だったのに」


「は?健一が悪いんだけど」


「え?」


「浮気したの。40歳のおばさんと」


「浮気……」


「私、何も悪くないのに、捨てられた」


 母は黙っていた。


 ◇


 派遣の仕事を始めた。


 事務職。時給1400円。


 ……ありえない。


 港区時代、1回の飲み会で2万円もらってたのに。


 今は、8時間働いて1万1200円。


 バカにしてるの?


 派遣先には、私と同じような女がいた。


 36歳、バツイチ、元アパレル店員。


 昔は「六本木でよく遊んでた」らしい。


 ……港区女子崩れだ。


 見ていて痛い。


 昔の栄光にすがって、「私、昔はモテたんだよね」とか言ってる。


 ランチも、やたらインスタ映えする店に行きたがる。


「この店、前に彼氏と来たことあるんだ〜」とか、聞いてもないのに言ってくる。


 元カレ自慢とか、興味ないんだけど。


 あと、婚活の話ばっかり。


「今度、年収1000万以上限定のパーティ行くんだ」


「36歳でそれは厳しくない?」


 つい、口に出てしまった。


 彼女の顔が凍りついた。


「……美咲さんも、34歳バツイチでしょ?」


「私は全然違うけど」


「どこが?」


「私は元港区女子だから。あなたとは格が違う」


 彼女は黙った。


 その後、彼女は私を避けるようになった。


 まあいいけど。


 あんな「痛い女」と一緒にされたくないし。


 ……私とは違う。絶対に違う。


「橋本さん、この資料まとめといてもらえます?」


「……はい」


 上司にこき使われる毎日。


 私、本来こんなところにいる人間じゃないのに。


 ◇


 お昼は、コンビニのおにぎり。


 昔は、毎日3000円のランチを食べてたのに。


「橋本さん、今日のランチ、一緒にどうですか?」


 顔もよく覚えていない同僚に誘われた。


「どこ行くの?」


「近くの定食屋です。700円くらいで」


「……いい、私はいつもの」


 700円の定食屋なんて、無理。


 プライドが許さない。


 でも、高いランチに行く金もない。


 だから、一人でコンビニのおにぎりを食べる。


 惨め。


 でも、私のせいじゃない。


 健一が捨てたから、こうなったんだ。


 ◇


 婚活を始めた。


 34歳、バツイチ、派遣社員。


 でも、私にはまだ価値がある。


 港区で鍛えた美貌。


 インスタのフォロワー5万人(放置してるけど)。


 アプリに登録した。


 条件は、年収1000万以上、身長175cm以上、初婚。


 ……マッチングが全然来ない。


「え、なんで?」


 おかしい。


 私、こんなに綺麗なのに。


 ◇


 たまにマッチングしても、会うと微妙な反応をされた。


「橋本さんって、今は何されてるんですか?」


「派遣で事務してます」


「へえ……前は?」


「受付嬢をしてました」


「それだけ?」


「……はい」


「ふーん」


 相手の興味が明らかに薄れていく。


「失礼ですけど、橋本さん、結婚したら仕事どうするつもりですか?」


「専業主婦になりたいです」


「あー……」


 相手の顔が引きつった。


「今時、専業主婦希望だと厳しいかもですね」


「は?なんで?」


「いや、共働きじゃないと……」


「私、家事とか得意なんで」


「でも、年収1000万以上で専業主婦OKって、かなり限られますよ」


「そんなの、そっちの都合でしょ」


「……まあ、そうですけど」


 気まずい空気のまま、解散。


 その後、連絡は来なかった。


 なんで?


 私、悪いこと言ってないのに。


 ◇


 婚活パーティにも行った。


「年収800万以上限定」のやつ。


 一度底辺を見てみたかった。


 会場に入って、驚いた。


 女性の参加者が、みんな若い。


 25歳、26歳、27歳……。


 私は明らかに浮いていた。


「あの人、いくつ?」


「34歳だって」


「バツイチらしいよ」


「え、やば……場違いじゃない?」


 ヒソヒソ声が聞こえた。


 私は港区で輝いていた女。


「場違い」扱い? 


 当然よね、私とはランクが違うし。


 隅の方に、私と同じくらいの年齢の女がいた。


 35歳くらい。ブランドバッグ持って、明らかに港区女子崩れ。


 必死に若い男に話しかけてるけど、相手にされてない。


 ……痛い。


 あの歳で婚活パーティーガチ勢って、恥ずかしくないのかな。


 しかも若い男狙いとか、身の程知らずにも程がある。


 元港区女子ってバレバレで、見てるこっちが恥ずかしい。


 ああいう風にはなりたくないな。


 ……私とは違う。


 私はまだ34歳だし、あの人より全然綺麗だし。


 あの人は「痛い婚活女」。私は「たまたま来てみただけ」。


 全然違う。


 パーティが終わった後、誰からも連絡先を聞かれなかった。


 は?


 なんで?


 私、この会場で一番綺麗だったのに。


 見る目がない男ばっかり。


 ◇


 港区女子時代の友達にも連絡した。


「美咲、久しぶり〜。元気?」


「うん、まあまあ。ねえ、今度ご飯行かない?」


「いいね〜。いつにする?」


 日程を決めて、場所を決める。


「あ、ごめん、その日ちょっと予定入ったかも。また連絡するね」


 ……連絡は来なかった。


 別の友達にも連絡した。


「美咲?うん、元気元気。ご飯?うーん、最近ちょっと忙しくて」


 ……そのまま既読スルー。


 また別の友達。


「え、美咲って離婚したんだ?大変だったね。うん、また今度ね」


 ……今度は来なかった。


 みんな、私を避けている。


 金の切れ目が縁の切れ目。


 港区女子の世界は、残酷だった。


 私が輝いていた時はチヤホヤしてたくせに。


 落ちぶれたら、手のひら返し。


 薄情な奴ら。


 でも、私は悪くない。


 悪いのは、私を捨てた健一と、夫を奪ったあの女。


 ◇


 ある日、SNSで衝撃的な投稿を見た。


 麻衣のインスタ。


『美咲の離婚の話聞いた?やっぱりって感じだよね。あの性格じゃ続かないって思ってた』


『分かるー。健一さん、いつも死んだ目してたもん』


『旦那の悪口ばっか言ってたよね。小遣い30万でも足りないとか言っててドン引きだった』


『しかも家事もしないで、港区時代の自慢ばっかり。そりゃ捨てられるわ』


 ……私のこと、陰で笑ってたんだ。


 友達だと思ってたのに。


 コメント欄を見る。


『美咲って昔から自己中だったよね』


『港区時代も、自分が一番可愛いと思ってて痛かった』


『結婚して落ち着くかと思ったら、むしろ悪化してたよね』


『旦那さん、解放されてよかったね』


 ……は?


 私、何も悪いことしてないのに。


 なんでこんなこと言われなきゃいけないの。


 私はスマホを投げた。


 ◇


 会社でも、居場所がなくなっていった。


「橋本さんって、前は何されてたんですか?」


「受付嬢です」


「へえ、華やかですね。なんで辞めたんですか?」


「結婚したので」


「あ、結婚されてるんですか?」


「……離婚しました」


「あ、そうなんですね……」


 気まずい空気。


「ご飯でも一緒にどうですか?」


「どこ行くんですか?」


「サイゼリヤとか」


「……遠慮しときます」


 同僚の顔が曇った。


「橋本さんって、いつもお一人ですよね」


「……別にいいでしょ」


「いや、別にいいんですけど」


 その後、誰も私を誘わなくなった。


 私は悪くない。


 サイゼリヤなんかに行けないだけ。


 ◇


 35歳になった。


 婚活は続けているけど、全然うまくいかない。


 条件を下げたくない。


 だって、私にはもっと相応しい相手がいるはずだから。


「橋本さん、現実を見ましょう」


 婚活アドバイザーに言われた。


「35歳バツイチで、年収1000万以上・初婚は厳しいです」


「でも、私は元港区女子で……」


「港区女子?」


「はい。昔はモテモテだったんです」


 アドバイザーの表情が微妙になった。


「あの……今の市場価値で考えましょう」


「市場価値?」


「35歳バツイチ、派遣社員、子なし。正直、条件を下げないと厳しいです」


「は?」


「年収600万、バツイチ可、年齢40歳以上なら、マッチングも増えると思います」


「……ありえない」


 私は席を立った。


 なんで私が条件を下げなきゃいけないの。


 私は悪くない。


 市場価値とか言ってる、このアドバイザーがおかしい。


 ◇


 ある日、駅前で健一を見かけた。


 隣に、女がいた。


 由美子。


 あの、40歳の地味なおばさん。


 ……いや、よく見ると、地味じゃなかった。


 化粧は薄いけど、肌は綺麗。


 髪はツヤツヤ。


 服はシンプルだけど、上質そう。


 何より、笑顔が柔らかかった。


 健一も笑っていた。


 私といた時とは、全然違う顔。


 穏やかで、リラックスしていて、幸せそう。


 二人は手を繋いで、楽しそうに話しながら歩いていた。


 私は物陰に隠れて、見ていることしかできなかった。


 ◇


 家に帰って、泣いた。


 悔しくて。


 私より6歳も年上の、地味なおばさん。


 そんな女に、夫を奪われた。


 ……いや、違う。


 奪われたんじゃない。


 健一が勝手に逃げたんだ。


 あの女が、健一を洗脳したんだ。


 私は何も悪くない。


 悪いのは、弱い男と、男を奪った女。


 ◇


 36歳になった。


 婚活は続けている。


 でも、うまくいかない。


「橋本さんって、理想高いですよね」


 お見合い相手に言われた。


「は?」


「年収1000万、身長175cm、初婚……僕みたいな700万のバツイチは眼中にないでしょ」


「……」


「でも、橋本さんも35歳バツイチですよね」


「だから何?」


「お互い様じゃないですか」


「私と一緒にしないでくれます?」


 相手の顔が冷めた。


「……もういいです。お会計、別々で」


 また、失敗した。


 でも、私は悪くない。


 こんなこと言ってくる男がおかしいだけ。


 ◇


 SNSで、また健一の情報を見てしまった。


 共通の知人が投稿していた。


『健一さんと由美子さん、結婚したんだって!おめでとう!』


 写真が添付されていた。


 小さな結婚式。


 親族だけの、アットホームな式。


 健一は、泣いていた。


「やっと、本当の家族ができた」


 そうコメントされていた。


 私との結婚は、「本当の家族」じゃなかったんだ。


 ……当たり前でしょ。


 私は、もっと上の男と結婚するべきだったのに、妥協してあげたんだから。


 感謝されてもいいくらいなのに。


 なんで私が傷つかなきゃいけないの。


 ◇


 37歳。


 婚活は、ほぼ諦めた。


 でも、諦めたとは思いたくない。


「今は休憩中」ということにしている。


 派遣の仕事は続けている。


 千葉の実家に住んでいる。


 港区で輝いていた頃が、嘘みたいだ。


 でも、私は悪くない。


 時代が悪い。


 男が見る目がない。


 あの女がいなければ、私は今でも今よりマシな生活だったはず。


 ◇


 ある日、共通の知人からLINEが来た。


『美咲、聞いた?健一さんのとこ、子供生まれたって!』


 ……は?


『由美子さん、41歳で初産だったらしいけど、元気な男の子だって』


『健一さん、めちゃくちゃ幸せそうだったよ〜』


 私は、スマホを握りしめた。


 子供?


 あの健一と、あの地味なおばさんに、子供?


 健一は、私と結婚してた時、「子供欲しいな」って何回も言ってきた。


 でも私は「まだいい」って断ってた。


 だって、子供なんか作ったら自由がなくなる。


 体型も崩れるし、お金もかかるし。


 私は、まだ自分のために時間とお金を使いたかったの。


 それの何が悪いの?


 ……なのに。


 あの女とは、すぐ作ったんだ。


 私には何年もお願いしてきたくせに。


 私が断ったら諦めてたくせに。


 あの女には、結婚してすぐ子供を作った。


 私より、あの女を選んだってこと?


 私より、あの女との子供が欲しかったってこと?


 ……許せない。


 ◇


 SNSで、健一の投稿を見てしまった。


 健一と由美子と赤ちゃん。


 家族3人で、公園にいる写真。


 健一が赤ちゃんを抱いて、由美子を見つめている。


 その笑顔が、眩しかった。


 私といた時、健一はあんな顔しなかった。


 いつも疲れた顔で、怯えた目をしていた。


 キャプションには、こう書いてあった。


『この子と、この人と、一緒に歳を取りたい』


 ……私と一緒に歳を取りたいとは、思わなかったんだ。


 当たり前でしょ。


 私だって思ってなかったし。


 健一なんか、妥協で結婚した相手だったし。


 ……でも、なんかムカつく。


 私が断った子供を、あの女が産んでる。


 私が見下してた男が、幸せそうに笑ってる。


 意味が分からない。


 ◇


 母に言われた。


「美咲、いつまでも昔のこと引きずってないで」


「引きずってない」


「健一さんのこと、まだ恨んでるでしょ」


「恨んでる。当然でしょ。私を捨てたんだから」


「でも、美咲にも……」


「私は悪くない」


「……」


「悪いのは、健一と、あの女。私は被害者なの」


 母は何も言わなくなった。


 ◇


 38歳になった。


 派遣の契約が切れた。


 次の仕事がなかなか見つからない。


「38歳、事務経験4年、PCスキルは基礎レベル……」


 派遣会社の担当者が言った。


「正直、条件厳しいですね」


「は?」


「時給1200円くらいで、郊外のコールセンターならご紹介できますけど」


「1200円?ありえない」


「でも、他に……」


「もういいです」


 私は席を立った。


 なんで私がコールセンターなんかで働かなきゃいけないの。


 私は、本来こんなところにいる人間じゃないのに。


 ◇


 貯金が尽きてきた。


 母に借金した。


「美咲、いつ返せるの……」


「仕事見つかったら返す」


「でも、仕事探してる様子ないじゃない」


「探してる。でも、私に合う仕事がないだけ」


「選んでる場合じゃないでしょ」


「は?私に合わない仕事させようとしてるの?」


「そうじゃなくて……」


「もういい。お母さんは私の敵なんだね」


 母は泣いていた。


 でも、私は悪くない。


 私を理解してくれない母が悪い。


 ◇


 健一と由美子の話は、たまに聞こえてくる。


 最初に聞いたのは、健一が転職したという話だった。


「健一さん、外資系に転職したらしいよ」


「え?」


「由美子さんに背中押されたんだって。年収、1.5倍以上になったらしい」


 ……は?


 あの健一が、外資系?


 私が何度「転職しろ」「もっと稼げ」と言っても、「俺なりに頑張ってる」とか言い訳してたくせに。


 あの女に言われたら、すぐ転職するの?


 ◇


 その後も、健一の話は次々と入ってきた。


「健一さん、マネージャーに昇進したんだって」


「え、あの健一が?」


「由美子さんが毎日お弁当作って、健一さんの愚痴も全部聞いてあげてるらしいよ」


「……」


「健一さん、すごく自信ついたみたいで、会議でもバンバン発言するようになったって」


 私といた時、健一は会議で発言なんてしなかった。


 いつも黙って座ってるだけだった。


「お前、もっと存在感出せないの?」って言ったら、「俺には無理だよ……」って。


 なんで、あの女といたら変わるの?


 ◇


 そしてある日、とどめの情報が来た。


「健一さん、起業したらしいよ」


「は?起業?」


「由美子さんと一緒に、コンサル会社立ち上げたんだって」


「あの健一が、起業……?」


「由美子さんが経理やって、健一さんがコンサルタント。すごく順調らしい」


 信じられなかった。


 私が「副業でもしたら?」って言った時、「俺には無理だって」と逃げてた男が。


 起業?


 しかも順調?


 ありえない。


 ◇


 さらに噂は続いた。


「健一さんの会社、年商3億超えたらしいよ」


「……」


「健一さんの役員報酬、2000万以上だって」


 ……2000万?


 私が結婚相手に求めていた、最低ラインの年収。


「港区で輝いていた頃の私に相応しい男」の条件。


 それに、あの健一が到達した?


 あの、900万で「俺なりに頑張ってる」とか言ってた男が?


「タワマンに引っ越したらしいよ。湾岸エリアの」


「車もレクサスに買い替えたって」


「由美子さん、『健一さんのおかげ』ってすごく感謝してるらしい」


 ……は?


 健一のおかげ?


 違う。


 あの女が何か悪いことをしたから、健一は変わったんだ。


 ◇


 私は、ネットで調べた。


「あげまん」「さげまん」


 検索結果を見て、イライラした。


『あげまんの特徴:夫を否定しない、話を聞く、信じて応援する』


『さげまんの特徴:夫を否定する、自分の話ばかり、足を引っ張る』


 ……私のことじゃない。


 私は、健一のために言ってあげてただけ。


「もっと稼げ」「もっと頑張れ」って、発破かけてただけ。


 それのどこがさげまんなの?


 あの女は、ただ甘やかしてるだけでしょ。


 それで健一が調子に乗っただけ。


 私は悪くない。


 ◇


 でも、事実として。


 私といた時の健一:年収900万、自信なし、覇気なし


 由美子といる健一:年収2000万超え、起業成功、自信満々


 ……なんで?


 私の方が綺麗だし、港区女子としてのレベルも高いのに。


 あの地味なおばさんといた方が、健一は輝いてる。


 意味が分からない。


 きっと、健一の才能がたまたま開花しただけ。


 タイミングの問題。


 私といた時は、まだ準備期間だっただけ。


 私が育てたようなものでしょ。


 ……なのに、収穫するのはあの女。


 ずるい。


 私が6年も我慢して育てた男を、横取りしたんだ。


 ◇


 SNSで、健一の会社のパーティの写真を見た。


 高級ホテルの会場。


 健一はスーツを着て、堂々と挨拶していた。


 隣に、由美子がいた。


 シンプルな黒のドレス。


 相変わらず地味。


 でも、健一は由美子を見つめて、こう言っていた。


「この会社があるのは、妻のおかげです。僕を信じて、支えてくれた。僕は妻と出会って、人生が変わりました」


 会場から拍手。


 由美子は、照れたように笑っていた。


 ……私といた時、健一はあんな顔しなかった。


 いつも疲れた顔で、死んだ目をしていた。


「お前の稼ぎが悪い」


「もっと頑張れ」


「友達の旦那は1000万超えてる」


 私が発破をかけても、健一はどんどん元気がなくなっていった。


 ……私のせいじゃない。


 健一が弱い男だっただけ。


 あの女が、たまたま健一に合ってただけ。


 私は、悪くない。


 ◇


 39歳になった。


 仕事は、結局コールセンターで働いている。


 時給1150円。


 毎日、クレームの電話を受ける。


 隣の席に、同じような境遇の女がいた。


 42歳、バツイチ、子なし。


 元キャバ嬢らしい。


「私、昔は銀座で働いてたんだよね〜」


「へえ」


「お客さんに何百万も貢がせてたの。あの頃は楽しかったな〜」


 ……痛い。


 42歳で元キャバ嬢アピールとか、見苦しい。


 しかも今、コールセンターで時給1150円でしょ。


 過去の栄光にすがって、惨めじゃないのかな。


「橋本さんは?若い頃、何してたの?」


「……別に」


「え〜、教えてよ〜」


「私は、あなたとは違うから」


 彼女の顔が固まった。


「……何それ」


「何でもない」


 私は、ああはならない。


 42歳でコールセンターとか、絶対に嫌。


 その前に、いい男見つけて結婚してる。


 ……私とは違う。絶対に違う。


「いい加減にしろ!」


「責任者出せ!」


「お前じゃ話にならん!」


 怒鳴られる毎日。


 私は、港区で輝いていた女なのに。


 なんでこんな目に遭わなきゃいけないの。


 ◇


 実家で、一人でお酒を飲む。


 インスタを開く。


 昔の投稿が出てくる。


『リッツカールトンでアフタヌーンティー❤️』


『新作のDiorリップ』


『愛する旦那様と記念日ディナー✨』


 ……全部、嘘の幸せだった。


 でも、あの頃は輝いていた。


 私は、価値のある女だった。


 他の投稿も流れてくる。


 元港区女子らしき女のアカウント。


 37歳、独身。


「今日は自分へのご褒美にスタバ❤️」


「休日は一人映画✨」


「推し活最高!!!」


 ……痛い。


 37歳で独身で、スタバがご褒美とか。


 推し活とか、現実逃避でしょ。


 結婚できなかった負け組が、必死に「充実してますアピール」してる。


 見てるこっちが恥ずかしくなる。


 私はああはならない。


 絶対にならない。


 ……私とは違う。


 今は、何もない。


 仕事もない。金もない。男もいない。友達もいない。


 全部、あの女のせいだ。


 あの女さえいなければ。


 健一を洗脳しなければ。


 私は今でも、今よりはマシな生活だったのに。


 年収900万で全然足りなかったけど、コールセンターで怒鳴られるよりはマシだった。


 30万のお小遣いで我慢させられてたけど、時給1150円よりはマシだった。


 健一はつまらない男だったけど、実家にいるよりはマシだった。


 ……それだけ。


 別に幸せだったとは思ってない。


 理想には程遠かった。


 でも、今よりはマシだった。


 それを奪ったあの女が、許せない。


 ◇


 40歳になった。


 私は、まだ一人だ。


 婚活は、今は休憩中。


 いつか、私に相応しい男が現れる。


 年収2000万以上で、私を姫のように扱ってくれる男が。


 絶対にいる。


 いないとおかしい。


 だって、私は綺麗だから。


 港区で輝いていた頃と、何一つ変わってないはずだから。


 コールセンターの同僚、42歳の元キャバ嬢。


 派遣先にいた、36歳の港区女子崩れ。


 婚活パーティで見た、35歳の必死な女。


 SNSで見た、37歳の「推し活で充実アピール」女。


 みんな、痛い。


 過去の栄光にすがって、現実が見えてない。


 高望みして、身の程を知らない。


 私は、ああはならない。


 ◇


 鏡を見る。


 ……シワが増えた気がするが大丈夫。


 たるみも出てきたけど、年齢の割には充分。


 髪にも、艶がない。美容院に行けてないから仕方ない。


 でも、私は綺麗。


 昔より少し老けたけど、まだまだイケる。


 だって、私は港区の姫だったんだから。


 ◇


 健一と由美子の結婚から、5年が経った。


 SNSで、たまに写真が流れてくる。


 子供は元気に育っている。


 健一は、幸せそうな父親になっている。


 会社は順調に成長して、社員も増えたらしい。


 年収は3000万を超えたとか。


 タワマンから、さらに広いタワマンに引っ越したとか。


 由美子は、穏やかな母親になっている。


「夫を支える妻」として、雑誌に取材されたらしい。


『夫の才能を信じて、否定しないこと。それが一番大切だと思います』


 ……は?


 私だって、健一の才能を信じてたし。


「もっと頑張れ」「もっと稼げ」って、期待してたから言ってたの。


 あの女は、ただ甘やかしてるだけじゃん。


 なのに、なんであの女が「良い妻」扱いされて、私が「さげまん」みたいに言われなきゃいけないの。


 ◇


 私は、40歳で一人、実家暮らし。


 コールセンターで時給1150円。


 ……ありえない。


 港区時代、1回のアフタヌーンティーで8000円使ってたのに。


 今は1日働いても9200円。


 しかも怒鳴られて。


 バカにしてるの?


 ◇


 今日も、インスタをチェックする。


 健一のアカウント。


 タワマンのリビングで、子供と遊んでる写真。


 由美子が作った料理の写真。「妻の手料理、最高」ってキャプション。


 ……は?


 私といた時、「美咲の料理が食べたい」とか一回も言わなかったくせに。


 言ったら作ってあげたのに。


 言わないから作らなかっただけなのに。


 由美子のアカウントも見る。


「今日は家族でお出かけ」


 写真は、軽井沢のホテル。


 あ、ここ知ってる。私が「行きたい」って言ったら「高いから」って断られたところ。


 なんで由美子とは行くの。


 私とは行かなかったくせに。


 ……ふと、思った。


 健一、やっとまともに稼げるようになったんだ。


 私と一緒にいた時は全然ダメだったのに。


 あの女と結婚して、たまたま運が良かっただけでしょ。


 でも、稼げるようになったなら……。


 復縁してあげてもいいかな。


 私が戻ってあげれば、健一も喜ぶでしょ。


 だって、私の方があの女より若いし、綺麗だし。


 健一だって、本当は私みたいな女の方がいいに決まってる。


 あの地味な女より、私の方がいいって、絶対思ってる。


 共通の知人に頼んで、健一の電話番号を聞き出した。


「えー、美咲ちゃん、まだ健一くんのこと……」


「違うの。ちょっと謝りたいことがあって」


 嘘だけど。


 謝ることなんて、何もないし。


 電話をかけた。


『……もしもし』


「健一?私、美咲だけど」


『……』


「ねえ、あなた最近すごく稼いでるみたいじゃない」


『……』


「私、復縁してあげてもいいかなって思って」


『……』


「私と一緒にいた時は全然ダメだったのに、やっとまともになったみたいね」


 沈黙。


「私、前みたいなこと言わないようにしてあげるから」


『……』


「ね、どう?私、あなたのこと支えてあげるよ?」


『……』


「……ねえ、聞いてる?」


『美咲』


「なに?」


『俺は、もう前に進んでるんだ』


「……え?」


『由美子と、子供と、幸せに暮らしてる』


「……」


『美咲のことは、もうどうでもいい。恨んでもいないし、許してもいない。ただ、もう関係ない』


「……ちょっと待って」


『電話してこないでくれ。番号も変えるから』


「健一!待って!私……」


 プツッ。


 切られた。


 ◇


 ……は?


 なに、今の。


 私が復縁してあげるって言ってるのに。


 断るとか、ありえないんだけど。


 あの地味な女のどこがいいの。


 私の方が絶対いいのに。


 健一、見る目ないな。


 昔からそうだった。


 私の良さが分からないんだ、あいつ。


 ……まあいいか。


 健一なんかより、もっといい男見つけるし。


 年収2000万以上の男。


 私にはそれくらいの価値がある。


 健一の3000万だって、私がいれば5000万くらいになったかもしれないのに。


 損してるのは健一の方だから。


 ◇


 Xも毎日チェックしてる。


 健一の「モラハラ妻から逃げた男」アカウント。


『離婚から3年。今、本当に幸せです。あの時、勇気を出して良かった』


 いいね、12万。


 リプ欄。


『あの頃から応援してました!幸せそうで本当に良かったです!』


『奥様と出会えて良かったですね。お子さんも可愛い!』


『モラハラから逃げて成功した最高の例』


 ……私のこと、まだ「モラハラ」って言ってる。


 3年経っても。


 私は不満をぶつけてただけなのに。


 ◇


 5chのスレも、まだ続いてる。


【朗報】モラハラ妻から逃げた男、年収3000万で幸せな家庭を築く


 287: 名無しさん

 逃げて正解だったな


 342: 名無しさん

 嫁変えたら年収3倍とかあげまん効果すごすぎ


 456: 名無しさん

 元嫁は今頃どうしてるんだろうな


 512: 名無しさん

 >>456

 港区女子の末路でググれ


 534: 名無しさん

 元嫁、婚活してるけど相手見つからないらしいぞ


 567: 名無しさん

 >>534

 そりゃそうだろ。あのスペックで高望みしてたら一生無理


 598: 名無しさん

 さげまんの教科書として語り継がれてて草


 ……私のこと、ネットで笑ってる。


「さげまんの教科書」って。


 ふざけないで。


 私は悪くない。


 健一が弱かっただけ。


 私が発破かけても伸びなかっただけ。


 あの女がたまたま合ってただけ。


 てか、個人情報が漏洩している。


 私は履歴を遡った。


 誰かは分からなかったけど、港区女子仲間の一人なのは間違いなかった。


 ◇


 コールセンターの隣の席の女。


 42歳の元キャバ嬢。


 今日も昔の話をしてる。


「私、銀座で働いてた時、月100万稼いでたんだよね〜」


 ……まだ言ってる。


 何回聞いたか分からない。


 過去の栄光にすがって、惨め。


 私はああはならない。


「橋本さんは?若い頃、何してたの?」


「……港区で遊んでた」


「え、港区女子だったの?」


「まあ、ね」


「じゃあ私たち似てるね!」


「……全然違うけど」


 彼女は黙った。


 私と、元キャバ嬢は違う。


 私は港区の姫だった。


 フォロワー5万人いた。


 毎週末、六本木や麻布で遊んでた。


 この元キャバ嬢とは、格が違う。


 ◇


 休憩時間、スマホで婚活アプリを開く。


 プロフィール。


 40歳、バツイチ、子なし、派遣社員。


 希望条件:年収1500万以上、初婚、身長175cm以上。


 ……本当は2000万以上がいい。


 でも、それだと「条件厳しすぎ」ってアプリに弾かれるから。


 マッチング、ゼロ。


 1ヶ月前からゼロ。


 なんで?


 私、綺麗だし。


 港区時代と比べたら少し老けたけど、40歳にしては全然イケてる。


 鏡を見る。


 目の下のクマ。


 ほうれい線。


 白髪。


 ……エステ行きたい。


 美容院行きたい。


 でも、お金がない。


 時給1150円じゃ、ネイルすら行けない。


 港区時代、月27万使ってた美容代。


 今は、ドラッグストアの500円の化粧水。


 ……ありえない。


 私は、こんな生活をする人間じゃないのに。


 ◇


 今日も、コールセンターで働く。


「いい加減にしろ!」


「すみません……」


「お前じゃ話にならん!」


「申し訳ございません……」


 謝りながら、スマホを見る。


 由美子のインスタ、更新されてる。


「結婚記念日、夫からカルティエのネックレスをもらいました」


 写真には、30万はするであろうネックレス。


 ……30万。


 私が健一に「カルティエ欲しい」って言ったら、「そんな余裕ない」って言われた。


 なんで由美子には買うの。


 私には買ってくれなかったくせに。


 また電話が鳴る。


「はい、お電話ありがとうございます」


「おい、いつまで待たせるんだ!」


「申し訳ございません……」


 謝りながら、私は思う。


 私は、本来こんなところにいる人間じゃない。


 港区で輝いていた、あの頃の私。


 フォロワー5万人いた、あの頃の私。


 毎週末、経営者やIT社長とシャンパン開けてた、あの頃の私。


 あの私は、どこに行ったの。


 いつか、きっと。


 年収2000万以上の男が現れて、私を見初めてくれる。


「君は港区の姫だったんだね。僕が君を救い出してあげる」


 そう言って、私をタワマンに連れて行ってくれる。


 また、エステに行ける。


 また、美容院に月3万5000円使える。


 また、成城石井で買い物できる。


 また、インスタで「幸せな私」をアピールできる。


 そう思って、今日も生きている。


 ……でも、誰も来ない。


 当たり前だ。


 婚活アプリ、マッチングゼロ。


 婚活パーティ、連絡先交換ゼロ。


 職場の飲み会、誘われない。


 実家の母には、「いい加減、条件下げなさい」と言われる。


 でも、下げられない。


 私は港区女子だ。


 年収2000万以上の男と付き合ってた。


 なんで今更、500万とか600万の男で妥協しなきゃいけないの。


 私のレベルに合わない。


 ◇


 Xで、私の5ch のスレがまとめられてた。


『【悲報】さげまんの教科書と呼ばれた女、40歳になっても婚活で高望みしてる模様』


 コメント欄。


『学習能力ゼロで草』


『一生独身確定』


『港区女子の末路、悲惨すぎる』


『元旦那は年収3000万で幸せな家庭、元嫁は時給1150円で独身。残酷すぎ』


 ……ふざけないで。


 私は悪くない。


 健一がもっと早く稼いでくれれば、こんなことにならなかった。


 由美子があの女が夫を奪わなければ、私は今でもマシな生活だった。


 婚活市場がおかしい。私みたいな美人が売れ残るなんて。


 世間が私を正当に評価してくれない。


 全部、全部、私以外の誰かのせい。


 私は、40歳。


 バツイチ。コールセンター。実家暮らし。


 友達ゼロ。貯金ゼロ。マッチングゼロ。


 それが、今の私。


 でも。


 私は、港区で輝いていた女。


 フォロワー5万人いた女。


 年収900万の男で妥協してあげた女。


 私は悪くない。


 私は何も間違ってない。


 私にはもっと相応しい人生があったはず。


 それを奪った健一が悪い。


 由美子が悪い。


 世間が悪い。


 私は、悪くない。


 絶対に、悪くない。


 最後の最後まで、そう思い続けている。


 だって、私が悪いわけない。


 私は、港区の姫なんだから。


(最終話へつづく)


ここまでお読みいただきありがとうございます。

元妻・美咲の視点でした。

最後まで「自分は悪くない」と思い込む彼女の末路、いかがでしたでしょうか。


次が最終話です。

健一を救った先輩・由美子の視点。「なぜ40歳まで独身だったのか」「20年間の想い」が明かされます。

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