7、……彼の境遇を、私は利用している
王妃とのお茶会から三日。
今日は、ルキウス殿下がフランヴェール公爵家を訪れてくれる日だった。
「体調はどうだ」
公爵家の庭園でのティータイム。
彼はティーカップに口をつけ、ひと呼吸置いてからそう尋ねた。
「……殿下のおかげで、今日は、少し……身体が軽いです」
すると、ルキウス殿下は立ち上がり、こちらへ歩み寄ると、私の顔を覗き込むように屈む。
「......その割には、顔色が悪そうだが」
「やっぱり、殿下には分かってしまいますよね。実は……身体が楽でいられるのも、一日ほどなのです」
「......そうなのか」
金色の瞳が、わずかに見開かれる。
「ふむ......もう少し、時間を作るようにする」
「い、いえ……! 殿下のご都合の良い時で構いません。来ていただけるだけで、十分すぎるほどです……!」
「構わない。隠してきた力ゆえ、使い所がなかったんだ。ちょうどいい練習にもなる」
「殿下がそう仰るなら……」
「――ルキウス」
「......え?」
「そう呼んでくれていい。俺も、名前で呼ばせてもらう。――リリアーナ」
その瞬間、心臓が大きくどくんと跳ねた。
ただ、名前を呼ばれた。それだけなのに。
「……はい、ルキウス、様......?」
「それでいい」
短く頷いた彼は、周囲を見渡す。
「リリアーナ、どこか人気のない場所に案内してもらえるか?」
そう言われ、庭園の茂みに案内する。身を隠すようにして二人でしゃがみ込む。
そっと手を繋がれた瞬間、温かな力が身体の奥へと流れ込んできた。
それが妙に心地いい。
優しく包まれる様で、安心する。
「……やっぱりすごいですね、あっという間に、身体が軽くなりました」
「それなら、よかった」
「えへへ、こんなの夢みたいです」
「それは、大袈裟じゃないか?」
「いいえ。私にとっては、本当のことです。旅行どころか、遠出もしたことがなくて……屋敷にいても、寝込んでばかりで……こんなふうに、自分の人生に希望を持てたのは、初めてなんです」
少しの沈黙。
「……今度、どこかへ行くか。一緒に」
そう言って、彼は一瞬だけ視線を逸らした。
金色の瞳が、ほんのわずかに細まった気がしたけれど――私は気づかないふりをした。
「ほ、本当ですか……!? 今、聞きましたからね! 絶対、絶対ですよ?」
「……ああ」
***
「なあ、リリー。殿下と思ったよりも上手くいっているみたいだな」
不意に、兄から声をかけられた。
「ええ。いつもルキウス様には、よくしていただいているわ」
「当然だ。うちのかわいいリリーと婚約したのだからな」
兄がそう思うのも無理はない。
ルキウス様は、三日おきに公爵家を訪れるようになっていた。
ルキウス様との距離は、前より近づけた気がする。
だけど、ほんの少し胸の奥がちくりと痛む。
(……彼の境遇を、私は利用している)
誰にも選ばれず、疎まれ、
生きているだけで邪魔者扱いされてきた人。
そんな時に現れた"私"という存在。
多分、ルキウス様は、私という人間ではなく――
私のこの身体を見ている。
自分の癒しの力を、確かに必要としている存在だと。
そう判断しているのだろう。
けれどそれは、きっと彼にとって初めての感覚だ。
誰かに「必要」とされること。
(三日おきに来てくれる理由も……分かる)
で、でも……! ただ利用するだけじゃない、彼の心も救いたい。だって、ずっと一緒にいるのなら、心だって通わせたいじゃない。
距離は縮まったはずなのに、
触れられたくない場所が、彼の中に、まだ残っている気がした
彼は、私を拒まない。
けれど、完全には迎え入れてもいない。
当然だと思う。私は突然告白し、彼にとっては得体の知れない人物だ。
「……リリー?」
兄が覗き込む様に、首を傾げる。
「ごめんなさい、少しぼーっとしてしまっていたわ。ルキウス様とは上手くいっているから、問題ないわ、お兄様」
「……何かあったら、すぐに言うんだぞ」
そう、今はこれでいいの。
このまま着実に距離を縮めよう。
そうでないと私は……前に進めない。
後々、彼女を苦しめる種になるんですよねー




