最終話「病弱令嬢は、今日も王子を甘やかす」
数ヶ月後。
王宮の庭園で、私はルキウス様と並んで歩いていた。
そう、私たちは再び婚約することになった。
王妃は幽閉され、ルキウス様の冤罪もすべて晴れた。
王妃の罪が明らかになったことで、世間では私たちの再婚約を祝う声が広がっている。
「ふふ。無能王子だなんて、もう誰も言いませんね?」
「俺は周りからどう思われようと、リリーが真実を知ってくれていれば十分だ」
「でも私が嫌なんですよ。こんなに素敵な王子様なのに」
「……リリー、君はすぐ俺を煽るな」
「そんなつもりはないですよ?」
顔を見合わせ、二人でくすりと笑った。
「あ、そういえば聞いてください。この前、医師に診察してもらったら体調が良くなっているって……!」
「毎日、力を送り込んでいるからな」
その言葉に、昨日のことを思い出してしまい、思わず顔が熱くなる。
そう、ルキウス様は毎日、異能で屋敷にやってきては――
治療という名目でキスをする。
しかもそれは、最初の頃よりもずっと深く、激しいものに変わっていて……。
昨日なんて、あんな……!
すると、耳元に低い声が落ちた。
「どうしたんだ、リリー?」
ルキウス様が覗き込むように、私を見つめている。
「……わかっているくせに」
「あれでも我慢しているんだ。本当はもっと、それ以上のことをしても――」
「それはダメです!! 結婚してからです!」
思わず声を上げると、ルキウス様は一瞬きょとんとしたあと、くつりと笑った。
「……そんな顔をするからだ」
そう言って、私の頬に指先が触れる。
そのまま顎をそっと持ち上げられ、視線が絡んだ。
「ル、ルキ様……?」
「安心してくれ。今は本当にキスだけだ」
「“今は”って何ですか……!」
抗議する間もなく、唇が重なる。
けれどそれは、今までの治療のキスとはまるで違っていた。
優しく、ゆっくりと触れて――
それだけで胸がいっぱいになる。
唇が離れると、ルキウス様は私の額に軽く口づけた。
「結婚したら覚悟しておけ」
なんだか余裕そう。
本当は甘えん坊なくせに。
「ねえ、ルキ様」
「なんだ」
「こっちにきてください」
私はルキウス様の手を引き、庭園にあるガセボのベンチへと歩みを進める。
そしてベンチに腰を下ろすと、膝をぽんぽんと叩いた。
「……リリー?」
「ルキ様、こちらへ。今日はたくさん甘やかしてあげますよ」
「……“今日も”だろう」
そう言いながらも、ルキウス様は私の膝へ静かに横たわる。
「ふふ。本当にかわいい人」
「……君こそ」
ルキウス様の手が、私の頬へそっと伸びる。
私はその手を優しく包み込んだ。
「結婚式が待ち遠しいですね?」
「ああ、待ちきれない」
ルキウス様は目を閉じたまま、私の膝に頬を預ける。
来年には結婚式が行われる。
その日が来るまで、きっと遠いようで――でも、あっという間なのだろう。
それまでは、こんな風に。
甘えたり、甘やかしたりしながら、穏やかな日々を過ごしたい。
やっと、二人で同じ未来を歩けるのだから。
「リリー。君のことは絶対に死なせない」
「ルキ様がずっと一緒にいてくれるなら、大丈夫ですよ」
「それは当然だ」
「私も、ルキウス様がこの世界に絶望しないように見守っていますから」
「見守るだけか?」
「んー……甘やかします」
「君は、そればっかりだな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
ルキウス様は小さく笑った。
「まったく……だが、絶望なんてしないさ」
「前にも言っただろう?」
「俺にとって、リリーが世界のすべてなんだ。絶望なんてするはずがない」
「それは、責任重大ですね」
「ああ。だから――これからもずっとそばにいてくれ」
「それは……もちろん」
二人の視線が重なる。
ルキウス様がゆっくりと起き上がり、唇が重なった。
身体にじんわりと熱が広がる。
甘く、愛おしい口づけ。
このままずっと、あなたと同じ未来を。
私は、死にたくなかった。
だから闇堕ちするはずだった王子を甘やかした。
その結果――
気づけば私は、
誰よりも幸せになっていた。
闇堕ちするはずだった王子と一緒に。
そしてきっとこれからも、
私はこの王子を甘やかし続けるのだろう。
最後までお読みいただきありがとうございました!
今後も番外編は更新予定ですので、お楽しみに。




