57、その悪の結末は
ルキウス様の一言に、その場がしんと静まり返った。
しかし、呆然としていた王妃は、はっと我に返ると鋭く声を放つ。
「......証拠とは?」
口元を扇子で隠し、優雅に佇むその姿は、あくまで余裕を崩していない。
ルキウス様は無言で書類を前へ突きつけた。
例の帳簿の写しだった。
王妃はそれを一瞥すると、ふっと鼻で笑う。
「ふぅん……それが本物であるという証拠は?」
「所詮は紙切れ。いくらでも偽造できるじゃない」
確かに、それは原本ではない。
本物でない以上、偽造だと言われればそれまでだ。
だけど――
こちらの切り札は、それじゃない。
ルキウス様の口元が、わずかに歪む。
「あなたなら、そう言うと思っていました」
そして静かに続けた。
「ですが……問題は、こちらです」
その金眼が、冷たく王妃を見据える。
「俺は、つい先ほどまで毒に侵されていた」
「もし、その毒の成分を密かに解析していたとしたら……?」
王妃の扇子が、ぴたりと止まる。
「あなたの部屋にある、あの引き出し......」
「そこからは、一体何が検出されるのでしょうね」
その瞬間。
王妃の顔色が、はっきりと変わった。
「な.........っ!」
わずかにずれた扇子の隙間から、動揺した表情が覗く。
それは――王妃が初めて見せた、明確な焦りだった。
王妃の視線が、一瞬だけドアへ向く。
「もちろん」
ルキウス様は淡々と告げた。
「すでに近衛騎士団が、あなたの部屋を調べています」
「……ルキウス、お前……!」
その表情が、今度は怒りへと変わる。
その時だった。
王妃の手が、ドレスの裾へと滑り込む。
何かを探るような動き。
(……何かしら)
次の瞬間。
王妃の視線が、まっすぐこちらへ向けられた。
そして――
彼女の手には、銀色に光る刃。
それを認識した瞬間、血の気が引いた。
本当に怖いのは、もう失うものがない人間だ。
「きゃっ......!」
咄嗟に身を強張らせる。
けれど。
――ドンッ。
王妃の身体が、まるで見えない力に弾き飛ばされたように壁へ叩きつけられた。
(……え……?)
何が起きたのか理解できない。
ただ――ルキウス様が、ゆっくりと王妃へ歩み寄っていく。
「ルキウス......お前、まさか......!」
王妃の声が震える。
ルキウス様は淡々と答えた。
「ああ、あなたには話していませんでしたね」
「俺は......王家の異能を発現しています」
その言葉に、空気が張り詰める。
「身を守るため、今まで隠してきました」
「ですが……もう隠す必要は無くなった」
彼の金眼が、冷酷に細められる。
「あなたは、もう終わりなのだから」
王妃の身体は壁に押し付けられたまま動けない。
ルキウス様はそのまま言葉を続ける。
「でも……残念です」
「俺は別に、王位なんて狙うつもりはなかった」
その声が、かすかに震えた。
「ただ……生きたかった」
「それだけだった」
次の瞬間。
声が、怒りに染まる。
「それなのにあなたは......!」
「リリーにまで手を出して......!」
ルキウス様の瞳から、完全に理性が消える。
そしてその手が――王妃の首元へ伸びた。
(まって、それだけはだめ......!)
私は勢いよく立ち上がる。
「ルキ様......!」
背後から彼に抱きついた。
「だめ……っ!」
その瞬間。
ルキウス様の動きが、ぴたりと止まる。
「ルキ様……こんな人のために、罪を犯すことなんてありません」
静かに言い聞かせる。
「初めは、王位継承権のためだったのかもしれません」
「でも……それ以上に」
私は王妃を睨みつけた。
「ただ、彼を苦しめるのが楽しかっただけじゃないですか?」
王妃の瞳が揺れる。
「あなたは……楽しんでいたでしょう」
「……何よ」
王妃の表情が歪む。
「何よ、何よ、何よ……!」
そして、ついに声を荒げた。
その時だった。
廊下から、複数の足音が響く。
扉が開き――
先頭に立っていたのは、レオナード殿下だった。
「母上……もうやめましょう」
静かな声だった。
「……レオナード……!」
王妃の表情が、完全に崩れる。
レオナード殿下は、ただ静かに命じた。
「……王妃を捕えろ」
近衛騎士たちが一斉に動く。
「待って……! 私は、あなたのために……!」
王妃の叫びを、レオナード殿下は遮る。
「話なら、後ほどゆっくりと伺います」
やがて王妃は、数人の騎士に拘束され、その場から連れ去られていった。
――気のせいだろうか。
最後に見えたその横顔。
王妃の頬を、涙が一筋だけ伝っていたように見えた。
残り3話!




